君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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そもそも今回の一件は、直接的には榛名の脱走から始まる。
なぜそんなことが起きたのか-?
拓真の問いに、榛名は静かに語り始める。




第11話 榛名と、記憶と思い

 いくつか分かったことがある。はるなさんは、意外なほどよく食べる。ご飯も味噌汁もしっかりお代わりして、魚も追加で焼いた。それでいてこれだけ細い体形を維持できてるのは、すごいよね。

 

 「すみません…、戦艦の中では燃費がいい方なんですけど、やっぱり私も戦艦なので、どうしても…。赤城さんや加賀さん、大和さんよりは食べないのですが…」

 

 うん、周囲にもっと食べる友達がいて、その人たちに比べると少食な方だと、そういうことが言いたいのだろう。途中で聞こえた戦艦云々は、ちょっと俺の理解を超えてるので、いったん聞かなかったことにしよう。

 

 

 食後のお茶を二人ですする間、沈黙が流れる。はるなさんは、時折こちらをチラッと見るが、目が合うと慌てて視線を逸らす。冷静に振り返る。金剛さん達から聞いている情報で、断片的にだが事態は把握しているつもりだ。

 

 

 目の前にいる、艦娘の榛名さんは、どうやら所属基地の鎮守府を脱走し、攻撃を受け、大けがをした。

たまたま俺と、姉妹の金剛さん達が瀕死の榛名さんを発見し、色々あってウチで匿うことになった。

 

 で、次の問題は、榛名さんのしたいことって何だ? それによって、何ができるのか、何をすべきなのか、俺のやることも変わってくる。意を決して、榛名さんに質問を始める。

 

 「は、榛名さん、ちょっといいですか?」

 「むぐっ! ゲホゲホ は、はいっ、拓真さん。なんでしょうか?」

 咽ながらはるなさんが返事をする。ダイニングの上にあったしっとりタイプのクッキーを、こっそり食べていた。…結局、ご飯足りなかったんですね。クッキー全部食べていいですから…。何か、ごめんね。

 

 「金剛さん達から少しだけ話は聞いてます。榛名さんからも、何があったのか、教えてもらえませんか? そして、霧島さんからは『目が覚めたら榛名さんの好きなようにさせてほしい』と頼まれています。俺もそれに協力するつもりです。榛名さんのしたいことって何ですか?」

 

 軍人にとって、軍からの脱走が命がけなことくらい、俺にだって分かる。比べちゃいけないだろうが、大学のサークルを辞めるのだって意外と勇気がいる。つまり、榛名さんには命を賭けてでもやるべきことがある、ということだろう。

 

 

 榛名さんは、長い髪をいじりながら困ったような表情をしていたが、口を開き始めた。

 

 

 「…自分が何のために生まれて、何のために戦い、何を成し遂げようとしているか、拓真さんはご存知ですか?」

 

 

 質問で返された。しかも哲学的だ。榛名さんの表情は、すごく真剣で、真っすぐに俺の目を見てくる。少しの間見つめあっていたが、ふと俺から目を逸らす。

 

 「…生まれた理由は親に聞いてほしいし、榛名さんの言う『戦い』と、俺が思うそれはきっと違うと思う。今俺が大学院で専攻してるのはマリンバイオテクノロジーで、何かというと、海洋生物、俺の場合は深海魚由来の機能性素材の研究なんだけどね。それで何を成し遂げたいか、と言われると、正直まだ定まっていないんだ。ただ、死んだ親父が船乗りでさ、きっとその影響もあって海に関わる何をしたいのかな、と思う」

 

 自分で喋りながら分かる-これは榛名さんを納得させられる答えではない。でも、俺くらいの年齢で、人生そこまで決め打ちで生きてる奴も少ないんじゃないか?

 

 「そうですか…『末は博士か大臣か』で、拓真さんは博士を選んだんですね。ご立派です」

 曖昧な笑みを浮かべる俺。いや、修士課程の1年目で、博士課程なんてまだまだ遠い話なんですよ…。

 

 

 榛名さんは目を静かに閉じ、何かを思い出すように両手を胸に当てる。

 

 

 「…私も含め艦娘は、かつての戦争で沈んだ軍艦、それと運命を共にした軍人達の魂の一部を体に宿します。この体は、私にもよく分かりませんが、人工的に作られたもので、人間の女性と機能的にはほぼ同じだと聞いています」

 

 人工の生命体に宿る魂と記憶、それが榛名さんだというのか? この時点で俺の理解を超えた。

 

 「魂とともに引き継いだ記憶の中で、最も鮮明なのが、空を見上げている光景と人々の笑顔です。私、当時の軍艦『榛名』は、江田島の港外で大破着底しています。動くこともできず空襲に晒され、それでも必死に抵抗しましたが、力及びませんでした。戦後、解体され鋼材となった私で日本の復興に取り組む国民の笑顔を見ると、きっとこれでよかったんだ、そう思いながら眠りにつきました。でも、甦った今、今度こそ生まれた理由、国を、国民を守ること、そのために全力で働ける、そう思っていました」

 

 思っていた? なぜ過去形?

 

 「…私がいた鎮守府は、2か月ほど前の大規模な作戦で大敗を喫し、多くの艦娘が轟沈しました。先任提督は解任され、補充の艦娘達と一緒に新しい提督が着任しました。演習を通して強化指定の艦娘が選抜され、私はその強化(近代化改修)の素材に選ばれました。艦娘として命令に従うのは当然です…でも、でも…私はまだ何も成し遂げていません、何のために生まれてきたのか…自分の中のもやもやが消えませんでした。それで…行くあてなどありませんでしたが、このまま終わりたくない、その一心で、鎮守府を後にしました」

 

 その結果追撃を受け瀕死の重傷を負った、ということですか、との俺の問いに、静かにうなずく榛名さん。あまりも俺の日常とかけ離れた、生と死と実用主義だけが支配する世界-それが榛名さんの世界のようだ。

 

 その中で自分が自分であり続けるために、榛名さんは命がけで飛び出した、ということか。


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