君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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ついに目覚めた榛名が最初に望んだのは…ご飯。
一週間以上眠り続けていた体が示す健康なサイン。
拓真の生活に、榛名が少しずつ変化を起こし始める。




榛名の日々
第10話 榛名と、朝ご飯と二人


 一週間以上眠っていたはるなさん、確かにお腹も空くよな(笑)。真っ暗なバスルームのバスタブで目が覚めると誰もいなくて、とりあえず手近にあったバスタオルで体を覆い、おずおずと様子を見に出てきたら、目に入るのは月明かりが照らす知らない部屋。様子を確かめようと進んだ部屋では見知らぬ男が眠っている。はるなさん、完全にパニックで固まったんだって。俺が見た無表情の顔は、まさにそれだったようだ。

 

 「声と呼び方で、『あぁ、ここにいるのは拓真さんだ』って分かった途端、安心して力が抜けちゃって。それで…お腹がとても空いてることに気づいたんです。いったん気づくと、もう…どうしても我慢できなくて」

 

 半泣きで開口一番飛び出した言葉の言い訳を一生懸命にするはるなさん。ベッドに腰かける俺は、床に女の子座りで座るはるなさんを見下ろすような形になり、俺目線だと、はるなさんが真っ赤な顔で目をうるうるさせながら、上目遣いで俺を見上げていることになる。いや、もちろん彼女がワザとそうしている訳じゃないことは分かっている。けれど、その仕草をバスタオルだけ巻いた格好でされてみ? …かなり天然というか無防備ですよ、はるなさん…。

 

 「えっと…、とりあえず何か食べるものを用意するから。その間に、向こうの部屋で着替えてくれるかな。その…なんだ…、色々刺激が強すぎて…」

目を逸らしながら立ち上がり、はるなさんが着れそうな服をクローゼットから物色する。この家には女物の服が、俺にはファッションセンスが、それぞれ欠けている。とりあえず大丈夫だろうと思われる服をいくつか選び、案内をするようにそのまま隣の部屋へと向かう。

 

 一方のはるなさんは、俺に指摘され、自分がどういう格好で男性の前にいるのか、改めて意識したみたいで、いきなり体を隠すように体を丸めて、俺に背を向けた。ちらっと俺の方を振り返りながら、本当に真っ赤な顔で、ぼそっとつぶやいた。

 

 「……拓真さん…榛名は大丈夫じゃありません…」

 

 「と、とにかく着替えてね。終わったらダイニングの方へ来て。ちょっと早いけど朝ご飯にしよう」

 

 ダメだ、はるなさんは無自覚に波状攻撃を仕掛けてくる。このままでは俺が持たない。早足で台所へ向かう。はるなさんは、俺がダイニングに入ったのを確認してから、隣の部屋へ向かったようだ。

 

 

 とは言ったものの。

 

 

 ご飯は昨日の残りを炊飯器で保温してるけど、おかずは用意しなきゃ。それなりに自炊はできるが、あくまでもそれなりだ。冷蔵庫のドアを開け、中身と相談する。俺が冷蔵庫相手にぶつぶつ言ってると、背中にはるなさんから声がかかった。

 

 「拓真さん、ドライヤーがあったらお借りできますか?」

 「いいよ。洗面台の鏡の横の物入れに入ってるから、ご自由にどうぞ」

 

 俺は献立を考えるのに夢中で、はるなさんの方を振り返らずに返事をした。よし決まった、材料を手に振り返ると彼女はもう洗面室で、ダイニングとの間を仕切るスライドドアは閉め切られていた。一瞬不安がよぎる。

 

 -ぶぉ~

 

 何となく間の抜けたドライヤーの音をBGMに、俺は調理に取り掛かる。まぁ…ごく一般的な朝ご飯だ。残念ながら俺は完璧超人ではない。

 

 

 スライドドアが開き、はるなさんが出てきた。

 

 XLサイズのぶかぶかのTシャツにハーフパンツをはいたはるなさん。ウェストのサイズが合わなくて、ドローコードを目いっぱいにして結んでもずり落ちそうになるハーフパンツを気にしながらの登場。ちなみに俺は、身長180㎝、体重75kg、けっこうマッチョで厳ついタイプ。よく軍関係のお仕事ですか、とか間違われる。

 

 「お魚、いい匂いですね。榛名、期待しちゃいます」

 「…………………」

 「拓真さん? 榛名もお手伝いしますね。何でも言ってくださいっ」

 

 俺ははるなさんに見とれてたとは言えず、とりあえずごまかす。

 「………あ、あぁ。じゃぁ…そこのお皿とか箸とかテーブルに並べてくれる? 俺は卵焼きを作るから」

 

 「はいっ! 榛名、全力で頑張りますっ!」

 

 いや、そんなに気合いれるほどのことじゃないから。そろそろ魚もいい感じだし、卵焼きをやっちゃおう。とか何とかやってるうちに、準備が整った。

 

 

 はるなさんの目の前に、茗荷と豆腐の味噌汁、だし巻き卵、鯵の干物、大根の漬物(これは買ったやつ)、ご飯を並べる。

 

 「榛名、感激ですっ! ほんとにおいしそうです。拓真さん、ありがとうございますっ!!」

 「冷めないうちに食べて。簡単なやつで悪いけどさ」

 

 テーブルにつきキラキラした目をしていたはるなさんだが、すぐに不審げな表情に変わる。

 

 「…拓真さんは食べないのですか?」

 

 テーブルに並んだ食事は、彼女一人分だけ。そんな彼女を余所に、俺は自分の朝食を用意する。朝ご飯の代わりに、トマトジュースにレモン半分をしぼり、岩塩を一つまみ加えたものを毎朝飲んでいる。無言でグラスを見せる俺。

 

 

 はるなさんはテーブルに手を付き立ち上がる。

 

 「ダメですよ、拓真さんっ! 朝ご飯を食べないと1日の元気が足りなくなっちゃいますっ!」

 

 そういうこと言う人いるよね、でも人それぞれだから。朝から栄養についての議論なんかしたくないので、適当なことを言ってごまかそうとしたら、はるなさんの癇に障ったようだ。

 

 「…分かりました。拓真さんが一緒に食べてくれるまで、榛名も食べませんっ!」

 むくれた顔でそっぽを向いたはるなさん。うーん、困ったなぁ…。

 

 -クゥ~

 

 「……無理しないで、食べてよ。俺は大丈夫だから」

 はるなさんのお腹が鳴り、彼女は再び真っ赤な顔になった。それでも、はるなさんは言う。

 

 「…それに、一人で食べるご飯は…さびしいです」

 

 分かりました、俺の負けです。俺はご飯と味噌汁を用意して、はるなさんの向かいに座る。

 

 「「いただきま~す」」

 満面の笑みを浮かべて手を合わせるはるなさん。それを見ているだけで幸せな気分になりお腹いっぱいになりそうだ。箸を取り、まず味噌汁を軽くすする。

 

 

 あれ、なんかおいしい…。いつものと味に大差はない。そうか、自分のことを気にかけてくれる人と一緒に食べる朝ご飯のおいしさを、俺は知らなかっただけなんだ。


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