目覚めぬままの榛名を預かる拓真。
変化は、やがて訪れる。
※この世界での艦娘に関する独自解釈あります。苦手な人はブラウザバック推奨
俺ははるなさんを除く三人を、例の砂浜まで送ってきた。
「Thank you 拓真、榛名のこと……頼むネ。これは、お礼でース」
言いながら金剛さんは俺の肩に手をかけ、少し背伸びするようにして俺の頬に軽くキスをした。金剛さんは俺に笑いかけ、そのまま波打ち際のその先、海の中まで駆けて行った。
俺は、本当に艦娘と呼ばれる存在と一緒にいたことを否応なしに実感させられた。
三人とも艤装と呼ばれる武装を展開し、
「金剛お姉さま、鎮守府から通信が! ……えっ、私たちまで脱走を疑われている!? ひえ~っ」
比叡さんがめちゃ焦ってる。
「上陸したことが筒抜けですね。なんとかうまく誤魔化さないと……」
考え込む霧島さん。
「私にgood ideaがありマースッ!! さぁ、Follow me! 二人とも、ついて来てくださいネー」
金剛さんの掛け声で、三人が一斉に猛スピードで海面を滑るように走りだし、鎮守府へと向かう。俺から彼女達の姿が見えなくなる頃、それでも彼女達は声を潜めて会話をしていた。
「榛名は…大丈夫ですよね?」
誰かに安心させてほしい比叡。
「……きっと大丈夫……デース」
妹たちに、そして自分に言い聞かせるように言う金剛。
「
上手く言い逃れなければ、拓真と榛名のいるマンションが監視、最悪の場合は家宅捜索の対象になる。長姉の
「けど、それがない榛名は……人間と何が違うのでしょう……?」
霧島は、金剛が手にしている榛名のカチューシャの残骸に視線を送る。
無論拓真は知る由もないが、全ての艦娘には、身体能力や運動能力を最大限発揮させたり、装備の展開・格納や運用、通信・ロケーティング等、制御を担う艤装が必ずある。人によってアクセサリーやリボン、髪留めなど様々だが、金剛型の場合は、電探を兼ねたカチューシャがそれに当る。それを失うことは、艦娘としての機能を発揮できないことでもある。
「……信じるしかないデース……」
天を仰ぐように、空を見上げる金剛。この先どうなるのか、分かるなら誰か教えてクダサーイ……。
月明かりが照らす拓真の部屋。
いまだに女の子特有の甘い匂いでリビングが満たされている。考えてみたら、彼女達がこの部屋に初めて来た女子なんだよな……艦娘だけど。美少女型生体兵器、か……日本の技術力の高さと方向性の危うさを同時に見た気がする。俺はダイニングに立ち、バスルームへと続くスライドドアを見つめている。この向こうに、はるなさんがいる。
-ー榛名が目覚めるまで、そっとしておいてほしいのです
いつ目覚めるか分からない
考えてみたら、俺すごい重い責任を引き受けちゃったんだな……。後悔はしてないが、不安はある。この先、どうしようか……。いくつか考えが浮かんだが、疲れで頭が回らなくなってきた。俺は、ふらふらと寝室へ向かい、適当に服を脱ぎ散らかして、ボクサーパンツ一丁でベッドに倒れ込む。
-ー榛名の好きなようにさせてあげてください、お願いします
はるなさん、目が覚めたら何がしたいですか? 問いかけに答えは無く、俺は深い眠りへと落ちて行った。
あれから今日で一週間になる。依然としてスライドドアは閉じられたまま。あの日以来金剛さん達とも連絡は取れない。
使えなくなったバスルームの代わりに、キッチンのシンクを使った洗髪や清拭にもすっかり慣れた。洗濯はコインランドリーへ行く。人間ってどんな環境にも対応する生き物だよね。そして俺の生活に新しい習慣が増えた。
「行ってきます、はるなさん」
ドアの向こうのはるなさんに必ず声をかける。もしかしたら俺の声に反応してくれるかも、という淡い期待はある。けれどその期待は今の所現実になっていない。今では、バスルームからほのかに漂ってくる入浴剤のような匂いが、すっかりウチの匂いになっている。自宅はそんな訳で非日常の世界になったが、それでも日々は俺の事情とは関わりなく進んでゆく。何をするにも身が入らないまま、あっという間に時間だけが経った。
「ただいま、はるなさん」
返事がない、という現実にもすっかり慣れた。何事もないように過ごし、眠くなるとドア越しにはるなさんにおやすみを言い、寝室へと向かう。繰り返されるそんな日々。
ある日の深夜、人の気配と濡れた足音が俺のベッドに近づき、自分の顔を覗き込んでいる。夢か現実か区別がつかなかったが、顔に滴ってきた水滴が夢ではないと俺に知らせる。跳ね起きた俺が見たものは……はるなさんだった。
濡れた髪も体もそのままに、バスタオルだけで体を覆った格好で、俺のベッドの脇に立ち、無表情で俺を見ている。差し込む月明かりが彼女をぼんやり照らし、彼女の体に残る水滴にきらめいている。
俺は、この時初めて恐怖を覚えた。あれは
「は……榛名、さん……?」
震える声で俺は彼女の名を呼ぶ。それを待っていたように、榛名さんはゆっくりとベッドサイドに膝立ちになった。
「拓真さん……」
濡れた髪がなまめかしい。ほとんど蒼白の顔色が徐々に赤みを帯び、目はうっすらと涙ぐみ、潤んでいるように見える。榛名さんから目を離せずにいる俺に向かい、彼女は意を決したように、口を開く。
「……お腹、空きました……」
言い終わるや否や両手で顔を覆い、小さな声で恥ずかしい、と言った彼女は、やっぱりはるなさんだった。