君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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物語の舞台とか背景とか。

次から本格的に始まります。
この話をすっ飛ばして第1話からでも大丈夫です。


プロローグ
第0話 舞台装置


 中央部に急峻な山を抱え、麓から海までの間に、わずかに開けた狭い平地を無理やり開発した細長い半島の先に、この街はある。

 

 街の南部にデンと構える港とその関連施設を有する関東最大の軍港都市で、古くは帝国海軍、少し前までは海上自衛隊とそのお友達のアメリカ海軍、そして今は、鎮守府と呼ばれる軍の施設が、良くも悪くもこの街のシンボルだ。

 

 俺が在籍する大学の学部と研究施設もこの街にあるが、その筋では有名なだけで、街の知名度アップにはあまり貢献していないだろう。一般教養の2年間だけ帝都で暮らし、専門課程になってからは、海だけは余ってるこの街で暮らし始めた。そして大学院への進学が決まり、少なくともあと二年、長ければ四年、引き続きここにいる。

 

 海だけは余ってる、と言ったが、それは間違いかも。余ってはいるが、俺達人間のものではないからだ。

 

 今、日本は戦争をしている。相手は他の国ではなく、深海棲艦と呼ばれる謎の存在。なにせ敵には自衛隊や米軍の兵器がほとんど通用しないらしく、あっという間に人類は追い込まれた。うかつに海に出ると、深海棲艦の餌食になる。その結果、海外との貿易や漁業が壊滅的な打撃と被害を受け、多くの人命が失われた。その中には、タンカーの機関長を務めていた俺の父親も含まれる。そして今、四方を海に囲まれた日本は望まない半鎖国状態を強いられている。

 

 深海棲艦も謎だが、それに唯一対抗できる存在の艦娘も謎だ。日本が独自に開発した美少女型生体兵器であり、その運用基地が鎮守府と呼ばれている。テクノロジーとオカルトの高度な融合らしいが、専門外なのでよく分からん。兵器なのに美少女型、というあたりが「OTAKU」「HENTAI」を世界標準語にした日本の面目躍如だが、そこは突っ込んでも仕方ないのだろう。だいたい俺自身軍港都市に住んでいながら艦娘の実物は見たことがない。だが、俺の乏しい想像力ではどう考えても美少女が浮かんでこない。だって兵器なんだろ?

 

 

 そんな訳で、今や民間人が海に出るのは許可制となったこのご時世。けれども、俺はこっそりと海に出て父親の遺品となったプレジャーボートをたまに動かすことがある。安心してくれ、これでも一級船舶免許は持っている。軍も、港から沖合までの間なら、割と目を瞑ってくれるし、たまに見つかっても早く港に戻りなさい、とスピーカー越しに軽く注意されるだけだ。だが、例の鎮守府が指定した接近禁止エリアは話が別だ。民間人が近づくと警告射撃まで受けるそうだ。

 

 別に目的があって海にいる訳じゃない。ただ、こうやって海に出ていると、数少ない父親との記憶を思い出せる。年に数回しか帰って来ない船乗りの父親。子供心にさびしくなかったと言えば嘘になる。けれど、いっぱいのお土産と一緒に帰ってくる父親の笑顔は、今でも鮮明に覚えている。

 

 突然、黒くて長細い物体が水面すぐ下を猛烈な速度で接近してきたと思うと、俺の船の舳先を直撃した。強烈な衝撃で、俺は船から投げ出された。船の端から端まで吹っ飛ばされる途中で、ライフジャケットが舷側に引っかかり、落下する方向や角度が変わった。派手な水音を立てて海に背中から叩きつけられ、衝撃で一瞬息ができなくなった。

 

 ライフジャケットはすでに破けていて役に立たない。そのまま体が船の方に吸い寄せられる。船が急速に沈んでいる。小さいとはいえ船が沈む際にできる渦に引き寄せられている。慌てて逃げようとするが、思い通りに体が動かない。

 

 

 海水をしこたま飲みながら海に引きずり込まれ、俺の意識は遠のいていった。

 


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