【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎

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No.002/緋色の目、透明な審美眼

 

「そうだ。俺たちと来い」

 にやり、と、クロロは笑った。

 

「おいおい団長、マジかよ」

「本気? 確かに面白い能力みたいだけど……」

 団員たちだけでなく、クルタの村人たちもざわざわとしていた。

 

「待て」

 

 進み出たのは、体格のいい男だった。他の者が頼るような視線を送っている所からして、彼のポジションが伺える。真っ赤な目のままの男は、歯ぎしりをしそうな声で言った。

「貴様ら、何様のつもりだ」

「“蜘蛛”だよ。聞いていなかったか?」

 クロロは、冷ややかな声で言った。今自分が殺されても、あとの団員が村人全員とこの子供を殺すのは容易な事だ。当たり前、と言ってもいい。

 

「……ふざけるなよ……私たちがそんなにむざむざやられると……」

「確かに、楽に勝てるとは思っていない。実際、こちらも一人殺られたしな」

 クルタは、追われ続けてきた一族だ。それ故、逃げ足だけでなく、戦闘技術においても他部族をかなり凌ぐ。

 ひとりひとりは、ベテランの念能力者より随分劣るかもしれない。しかし、束になってかかられたら、幻影旅団といえども無傷でというわけにはいかないだろう。

「しかし、俺たちは必ずお前たちを殺す」

「……くっ」

 跪かされているはずのクロロの、底のない闇のような目に、男だけでなく、クルタ族全員が気圧されて青くなった。

 クロロが言っている事は、嘘でもハッタリでもなんでもない。事実だ。

 

「そしてこの能力は、最初に、“円”……自分の周りの範囲に対象を誘い込まなくてはならないようだ。それがわかっていて、こいつらがまさかそんなヘマはしないだろう」

「当然」

 フィンクスが言った。男は悔しそうに黙り込み、緋の目が更に濃くなる。

「この子供は、クルタではないのだろう? なら俺たちに寄越したって惜しくはないはずだ」

「なん……」

 クルタではない、という言葉に、村人たちがさわさわと反応した。

 

 子供は小綺麗な身なりをしているし、髪もきちんと梳かされ、健康そうな肌艶をしている。それにこの子供が一応身体を張って彼らを守ろうとしているあたりからして、それなりに優遇されているのだろう。

 しかし子供が着せられているのは、何の変哲もない、サイズの合っていないお下がりのシャツだった。

 クルタ族は、独特の文様を織り込んだ民族衣装を着る。その服装の差は、村人たちが、この子供はクルタではない、と明確に線引きしている証でもあるということに、彼らに対して文化学者的な知識を十分に持つクロロは気付いていた。

 

「……くッ! だが! 今シロノが術を解けば、その途端にお前たちが襲ってくる!」

 子供を引き渡す事については明言しない男に、クロロは無感情な目を向けた。

「その点は──そうだな、おい、この状態でどのくらいいられるんだ?」

「んと、あと二日ぐらい。“おしおき”する、ってなったら、すぐママがパーンてするから」

「パーンか……恐ろしいな」

 オーラが“硬”状態でギュンギュン集まっている平手を掲げる幽霊……“ママ”をちらりと見遣り、クロロは苦笑した。

 

「というわけだ。あと二日、俺はこの子供に拘束される。“約束”しよう」

 

 “約束する”と宣言した以上、これを破ればあのビンタを食らう回数が三回に増える事が決まったわけだ。続けて、逃げ足の速いクルタ族なら、その間に行方をくらますのは楽勝だろう、とクロロは言う。

 クルタの男は、黙した。

 

「信じる信じないはお前たちの勝手だが、発信器などの類いもしかけていない。まだ足りなければ、今後お前たちを追わないという約束もしよう。既に死んでいる者の緋の目と、余所者の子供、今後の追跡をしない約束。これ以上はないと思うが?」

「なんだ、いつになく親切だな団長」

 呆れたように言ったウボォーギンに、「ちょっと、長引いたらめんどくさいんだから刺激しないでよ」と、パクノダが面倒臭そうに釘を刺す。

 

 クルタたちは、ざわざわとそれぞれ何か言いあっていたが、やがて、おそらく長老とおぼしき老人が進み出た。

「──その子をどうするつもりかね」

「能力に興味がある。お前たち緋の目と引き換えにしても、だ。痛い目に遭わせるつもりはない」

「……本当か」

「こればっかりは信じてもらうしかないな」

 老人は、思案するように目線を泳がせ、子供に言った。

「……シロノ。おまえはどうしたい」

 けっ、ガキに決めさせるのかよ、とノブナガが乾いた小声で吐き捨てる。

 子供は、「んー」と二秒ほど首をひねったあと、「あたしはいいよ」とあっさり言った。

 

「シロノっ……!」

 色のない子供が、振り向いた。呼んだのは、クロロに首を吊られていた金髪のクルタの子供。

 

「だいじょうぶ?」

「シロノ」

「ばいばい、クラピカ」

 

 交渉は、成立した。

 

 “蜘蛛”──幻影旅団は、一対のみごとな緋の目と、透明な目を持つ子供、シロノを獲物として、この仕事を終了したのだった。

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 とりあえずアジトへ戻ろうぜ、なんかどっと疲れた、という怠そうなフィンクスの意見に全員が賛同し、彼らはとりあえずアジトへ戻ることになった。

 “ママ”が引っ込んだせいか拘束が解けたクロロも、膝を叩いて立ち上がり、歩き出す。

 シロノは彼を見上げ、逃げようという仕草など微塵も見せず、小さな歩幅で小走りに彼らについてきた。

 

 

 

「──さて。名前はシロノ、でよかったか?」

「うん」

 廃墟にしか見えないアジトを、物珍しそうにきょろきょろと見回していたシロノは、こくりと頷いた。

 子供らしい、細くてさらさらの髪が揺れる。

 

「俺は緋の目を保存処理してくるが」

 クロロは、男の生首の髪を掴んでブランとぶら下げた。シロノはそれを見るが、表情は変わらない。

「終わるまで適当にしてるか?」

「ううん、パパといる。パパが約束やぶるかもしれないもん」

「……ここまで来て、さすがにそれはない」

「でもさっき嘘ついた」

 そう言われると言い返せないので、クロロは勝手にさせる事にした。

 生首を持って別室へ向かう彼の後ろを、小さな影がやはり小走りについていく。その二つの後ろ姿を、皆は不思議な気持ちで見送った。

 

「……強いのかバカなのか大物なのかよくわかんねえガキだな」

 この怒濤の状況にも生首にも平然としているシロノに、ノブナガが、ばりばりと頭を掻きながら言った。

 他の者も同じ感想を抱いているのだろう、微妙な表情である。獲物をほとんど諦めさせられた事に腹を立てようにも、能力以外は全くもって子供そのものなシロノに向かってキレるのは、いくら世界一大人げない幻影旅団でも、躊躇う行為であるらしい。

 

 

 

「……お前、えらくあっさりついてきたな。クルタに未練はないのか?」

 クロロは様々な道具を使い、生首から丁寧に緋の目を摘出し、別々に処理を始めた。緋の目は、頭部とセットだとなお価値が高まるのだ。

 シロノは足を伸ばしてちょこんと側に座り込み、クロロが人間のホルマリン漬けを作るのをじっと見ている。

「みれんって何?」

「あー……。……ずっとあそこにいたかったんじゃないのか、ということだ」

 言葉を知らないものと話すのは難しいな、とクロロは小さく感想を抱いた。

 だが、こんな子供にもわかるような簡単な言葉で意味を説明するのは、クロロにとっては言語パズルのようでなかなか新鮮で、煩わしいとは感じなかった。

 

「えっと……、ううん、べつに」

「クルタが嫌いだったのか?」

「きらいじゃないけど」

 けど、と言ったまま余った袖に手を引っ込めて黙った子供に、クロロは「まあ、そうだろうな」とだけ言った。

 清潔な服と寝床、食事を与えられてはいたが、決して自分たちと同じ格好をさせてはくれなかった彼らである。この子供は、ただ単にそれ相応の感情を抱いているだけだ。

 恩はある。だが、恩以上の事をする気にはならない。それだけのこと。

 

「おまえ、いくつだ?」

「んー、と……わかんない」

「クルタの前はどこにいた?」

「どこかはわかんないけど、ママといた」

「“わかんない”だらけだな」

 作業の手を止めないまま、クロロは苦笑しながらため息をついた。

 

「……よし、出来た。どうだ、綺麗か?」

 クロロは、多少意地の悪い、……いや、十分に悪趣味な思いをもって、赤い眼球のホルマリン漬けを子供に見せた。

 おそらく今日まで共に暮らしていたはずの人間のホルマリン漬けを目の前に置かれたシロノだったが、その目はやはり透明で、ただまっすぐだった。

「んー、きれいな赤色だけど」

「……けど?」

 クロロは、子供が何と言うか興味があった。

 

「生きてる時に赤いほうが、きれいだった」

 

 あたし、怒られたことあるんだあ、とシロノは言った。そして、怒り方によって赤色がその都度微妙に濃くなったり薄くなったり輝いたりして、とても綺麗だったのだ、とも。

「これより、その時のほうがきれいだったよ」

 おこられるの怖かったけど、と、ホルマリン漬けを見つめながら子供は言った。

 

 クロロは、僅かに目を見開き、そしてややしてから細め、自分が作ったホルマリン漬けを見た。

 そして、この男の首を飛ばした時、クルタの子供の首を吊り上げたとき、そして自分たちが蜘蛛だと知らせた時、その度に微妙に揺らぐ美しい緋色を思い出す。

 確かにあれは、最高に美しかった。炎のように、血の波のように揺らぐ緋色の輝き。

 だが今、クロロの手の中にある緋色は、何の変化もない。

 

「──ああ、」

 手の中の緋色は確かに美しいが、あの揺らぐ緋色に比べると、ひどく味気ないものに思える。穏やかな茶から激しい緋へ変化するあの生きた瞳ならば、思い出すだけで、未だに背筋にぞくぞくと震えが走るというのに。

 クロロは、この戦利品が、今までで一番愛でる期間が短いだろう事を確信した。

 

「確かに、そうかもしれない」

「ね」

 子供は、ホルマリン漬けを見つめながら相槌を打つ。

 クロロは、緋の目を見つめる透明な目を見た。

 

 こちらは、どのくらいの期間、興味を持つことが出来るだろうか。

 

 

 

 

 

 


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