【子蜘蛛シリーズ1】play house family   作:餡子郎

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No.013/はじめてのどろぼう(1)

 

 

「パパはどろぼうだったんだね! だってものすごくうそつきだもんね!」

「泥棒じゃなくて盗賊だ」

「ウボーもトトロじゃなかったし」

「聞け」

 本当の事であるし本来なら腹の立つ事でもないのであるが、クロロは無邪気な子供の声に、何やら据わりの悪いものを抱えた。

 確かに自分は正直者か嘘つきかと言われると、ぶっちぎりで後者であろう。少なくとも、嘘をつく時に罪悪感や焦りを感じた事はない。──嘘をつく時に限った事でもないのだが。

 

「もう寝ろ」

「ご本読んで」

「もう三十回は読んだだろう、それ。よく飽きないな」

 シロノが持っているのは、パクノダが持ってきたあの本である。

 初めは無視していたのだが、しかしすっかり子供らしい様子でしつこく「読んで」と連発され、クロロは仕方なく本を受け取った。

 

「……“クジラが海を泳いでいる”」

 

 クロロは、殆ど字を目で追わずに読み上げ始めた。

 クロロに限らず、団員たちのうち数人は既に暗唱できるほどこの本を読まされていた。自分で読むのを嫌がったシロノに、「内容を教えてやれば読むだろう」と最初だけのつもりで読み聞かせたのをいたく気に入られてしまったのである。

 

「……“海は素晴らしく青く、波はきらきらと白く、遠い空は涙が出るほどまぶしい”」

 

 きっぱり断ればシロノも諦めるのだが、すっかり習慣化したこの読み聞かせは、クロロにとっても就寝儀式と化している。羊を数えるようなものだ。

 

「“優しい泡ぶくが、クジラの腹を撫でていく。クジラは潜ってゆく。青色から藍色へ、海は深く美しく、うっとりするほどやさしい。だが”」

 

 クロロは、目を閉じた。

 

「“空と違い、海には果てがある事をクジラは知っている”」

 

 シロノより先に、クロロが眠ってしまうこともある。

 子供向けのこの本は、物語というよりは詩に近い。韻を踏んで熟れた言葉の羅列が、眠気を誘うのだ。

 

「“だがクジラは”」

 

 深く深く、眠るように潜ってゆく。果てがあると知りながら。

 

 

 

「──いよいよアタシの娘をドロボーにするつもりね」

 潜った海の底には、赤い髪の女が居た。

 相変わらず身体は全く動かず、女も枕元の定位置に立ったままで、声しか聞こえない。

 

「泥棒じゃない、盗賊だ」

「なお悪いような気がするけど」

「不満か」

「別に?」

「殺しもさせる。いずれは」

「アタシはこの子が生きてて幸せなら、何も言う事はないわ」

 ならいい、とクロロは言った。話の分かる女だ、とも言うと、女は笑った。

 

「母親だからね」

 

 嬉しそうな声だった。

「それに、アケミちゃんは話のわかる女だって評判だったんだから」

「……アケミ?」

「朱と海って意味でアケミ。別に覚えなくていいわよ」

 女の名前は、アケミ、というらしい。

 クロロはほぼ自動的に、知能指数だけはやたらに高い自分の脳みそがその名前を刻み込むのを感じた。きっと意味もなくずっと覚えているだろう。

 

「まだ夢だと思ってるでしょ」

「……今確信した。朱の海だなんて、俺の頭もわりと単純だ」

「はァ? 何の話? 疑い深い上にわけわかんないわねクロちゃんは。電波?」

「誰がクロちゃんでしかも電波だ」

 二回目、しかも夢と確信できると、クロロの口調も刺が抜けて滑らかだった。

 

「何よ、あんたハタチそこそこでしょ」

「お前はいくつだ」

「女に年齢を聞くなんて、やっぱり子供ね! デリカシーってものがないわ、モテないわよ」

「残念だったな、むしろ鬱陶しいほど困ってない」

 でしょうね! 可愛くない! と女は言いながら、けらけら笑った。

 

「この子に良くしてくれて、ありがとうね」

「訓練をつけている事か?」

「それもあるけど……色々よ。衣食住から何から、不自由なく」

「そのくらいの甲斐性はあるつもりだ。拾ったからには」

「男前ね! 惚れそうよクロちゃん」

「クロちゃんって言うな」

 けらけら笑う女の声は、不思議と不快ではなかった。

 

「うん、見た目は言う事ないし、強くしてくれるし、なかなかいい“パパ”よ」

「……それはどうも」

「特に、強くしてくれるのは本当に有り難いわ」

 赤い、……いや、朱い髪が、さらりと顔にかかった。

 

「……アタシが守ってあげられるのは、子供のうちだけだから」

 大人になったらひとりで生きていけるように、強くなくちゃ、とアケミは言った。その声はどこか寂しそうな色が滲んでいる。

 

「この子に何度も本を読んでくれて、ありがとうね。クロちゃん」

「だからクロちゃんって言うな」

「アタシももう何度も聞いて暗記しちゃったわー。クロちゃんたらイイ声してるし」

 クロロは、自分をこんな名前で呼び、そして自分の話を無視する女に初めて出会った。

「キレイな話よね、アタシも好き。また読んでね。じゃ、お仕事頑張って」

 鮮やかに朱い髪の奥にある女の目は、冴え冴えとするようなブルーだった。

 

 

 

 

++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 

 

「ぎゃはははははははは!」

「笑いすぎだ、ウボー」

 巨体をのたうち回らせながら大笑いするウボォーギンにクロロは言うが、他の団員たちを見渡し、諦めたように溜め息をついた。全員が、ほとんど同じ有様だったからだ。

 

「ぶはははは! マチ、お前最高! イイ仕事しすぎだって!」

「でしょ」

 涙を浮かべて笑うノブナガに、マチは満足げな笑みを浮かべた。

「あっはっはっはっは! ミニ団長! プチ団長!」

「しつこいぞシャル」

「いや無理ねえよ団長、ところで指示は」

「そっちはシロノだフィンクス、笑いを堪えながらわざわざやるな」

 その言葉のあと、フィンクスは盛大に吹き出し、地面に突っ伏して笑い出した。

 

「あはははは、かわいいわよシロノ」

「パパかわいい?」

「団長は可愛くないわ。団長の服を着たあなたがかわいいの」

 パクノダは、シロノが同行すると決まってからマチがまるまる三日かけて作った衣装に身を包み、カチューシャで額を全開にしたシロノの頭を優しく撫でた。

 

「初・仕事同伴だから」というよくわからない理由でマチが作った“団長モデル”は、クロロの衣装をアレンジして白基調にした服で、仕事モードで団長姿のクロロと並ぶと、まさに大小セットという感じだった。

 ただし黒ずくめでロングコート、威圧感が有り余るクロロと比べ、ショート丈で白基調のシロノはひたすらかわいい感じだ。むしろクロロの威圧感が、無害げな愛らしさに食われているような気さえする。

 しかも迷子防止の連絡用としてシャルナークが自作した、ウサギ型のピンクの小さな携帯電話をストラップたすき掛けで持たされているので、そのプリティさはひとしおである。

 更に無駄に芸が細かい事に、携帯電話自体がシロノの手にジャストサイズの特別製だ。

 

「……本気でこの服で行くのか」

「初・仕事同伴だからね」

「いやだからその理由がわからん、マチ」

「いいじゃない、折角この日の為に作ったんだし」

 女性陣二人にやたらイイ笑顔で言われ、クロロは渋々黙り込んだ。

「こうなったら額に十字も描く?」

「やめろ」

 

 決行当日、出掛けにそんな一幕を経てから、彼らは展示会場に乗り込んだ。

 

 

 

 まだ客が居る間のほうが面白いという意見もあったのだが、さすがに客がギチギチの状態で居るのでは動きにくく、つまらない。

 だから閉館直後、まだ客がまばらにいて、しかもいよいよ本腰を入れて警戒せねば、というまっただ中を、彼らは狙った。

 

 シャルナークがわざわざ増やした警備はまさに烏合の衆、質より量という感じだったが、その中に何人かある程度の念能力者も含まれており、皆それぞれに楽しげに戦闘を繰り広げていた。

 黄金と宝石の反射光がこれでもかと眩く煌めくホールでばったばったと警備員たちを殺していく団員たちを、クロロに手を繋がれたシロノはぽかんとした顔で眺めていた。

 

「美術品は壊すなよ。欲しいのがあれば、各自勝手にしろ。じゃあ俺たちは宝冠を取りに行くからな」

「ハイハイ、いってらっしゃい」

 証拠隠滅も兼ねてカメラを壊しつつ、「じゃあ俺はコンピュータールームに行って来るから」と、死体と戦闘をひょいひょいと避けて、シャルナークはひらひらと手を振った。

「フェイタン、フィンクス! 途中までついて来い」

「あぁ!? ンだよ団長、今ちょうど大勢出てきそうでいいとこ……!」

「宝冠に近い方が強力な念能力者がいるかもしれんぞ」

 そう言った途端、二人はコロリと態度を変えてついてきた。

 

「行くぞ、シロノ」

「あい」

 手を繋いで歩き出す二人は、クロロが髪を上げて団長モードなせいもあり、お揃いの格好をした親子に見える。

 ただし、周囲の背景が血と悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図でなければ、であるが。

 

 

 

「かんむり、取るんだよね」

「そうだ」

 最も厳重な警備装置が設置されたその道程は、本来なら一般の客もただ歩いて来れる所ではない。

 閲覧は予約制のグループ制で、ひとつのグループは、五人きっかり。そしていくつもの監視カメラが置かれた一本道には、十五の扉。一の扉が開いてそこを潜り、完全に閉まるまで二の扉が開かない、という、大銀行並みの慎重な作りになっている。しかも宝冠のある部屋に辿り着いても、滞在していられるのは僅か十分足らずだ。

 しかしそれも、シャルナークがコンピュータをハッキングし、プログラムを壊してしまえば意味はない。

 道すがらカメラを壊し、襲い掛かってくる何人かの警備員と念能力者をフェイタンとフィンクスに任せ、クロロとシロノはまっすぐ、のんびりとも言える悠々とした具合で、宝冠が収められている特別展示室へ向かった。

 

「シロノ、“堅”を怠るなよ。罠や弾は出来れば避けろ」

「はーい」

 扉は壊されているが、侵入者撃退用の数々のトラップはそのままだ。シャルナーク曰く、「あんまり簡単だとつまらないでしょ」「シロノの訓練も兼ねて」という仕様である。

「こら、遅い。ほらそこの床からマシンガン出てる。ボーっとするな」

「んー」

 まるでアスレチック感覚でサーモグラフィタイプのオートマシンガンやレーザーなどを避けたり壊したりしつつ、二人はどんどん奥に向かう。

 すると、ついに最奥の展示室に辿り着いた。

 正方形の真っ白な部屋は縦横二十五メートルほどの大きさで、その中央に、宝冠を収めた強化ガラスのケースが鎮座している。

 

 そして二人は、全く普通の歩調でもって、中央の台座に近付いた。

 純金に大小様々な宝石がぎっしりとあしらわれた宝冠が、分厚い強化ガラスの中で、目も眩むような、豪奢な光をきらきらと反射している。

 シロノは、しげしげと中を覘き込んだ。

 

「わあ、きれい」

「ははははは! このまま易々と宝冠を奪っていけると思うなよ!」

 突然部屋の中に響いたのは、男の声だった。

 見ると、白い壁がいくつか開き、その中からゾロゾロと五人の人間が現れた。最初に叫んだ男がリーダーらしく、彼がパチンと指を鳴らすと、クロロ達が入ってきた正面入り口、そして男たちが入ってきた入り口全てが閉まった。

 

「ククク、全員が念能力者だ。この人数には幻影旅団と言えどさすがに」

「念能力者、なあ……」

 クロロは“纏”や“練”を行なっている全員を見渡すが、とりあえず、眼鏡に適うようなオーラの人間は居なかった。クロロは残念そうにため息を吐くと、きょとんとしているシロノに言った。

「シロノ、『家』を建てろ。小さくていい」

「あい」

 シロノは言われてすぐに二メートル四方ほどの“円”を行ない、それを『レンガのおうち』に変化させた。

「オーラは大した事ないのしか居ないが、能力は面白いかもしれないからな。ちょっと探ってくるから、お前はここで見てろ」

「はーい。“いってらっしゃい”」

「“いってきます”」

 クロロがそう言った途端、『レンガのおうち』の一部に僅かに発光する部分が現れ、彼はそこを開けて外に出る。

 そしてビリビリと警戒する男たちに向かい、余裕綽々の様子のクロロはまっすぐに立ち、にやり、と笑った。

 

 

 

「わあ」

 宝冠の台座の前でしゃがみ込んだシロノは、頭上を泳ぐ長い魚を、飽きもせず眺めた。

 クロロが男たちの能力を盗むかどうか見定めている間は色々な能力が見れて結構面白かったのだが、五人中三人が単純な強化系──もちろん、ウボォーギン、ノブナガ、フィンクスにはとても及ばない──であった上、あとの二人も大した事はなかった。

 そのため、クロロはさっさと『盗賊の極意(スキルハンター)』から一番お気に入りの念能力『密室遊魚(インドアフィッシュ)』を発動させ、あっという間に三人が残らず食べられてしまう。

 

 宝石がよく反射するようにと計算された照明が眩しい真っ白い部屋の中、そこをゆっくり悠々と泳ぐ密室遊魚(インドアフィッシュ)を『レンガのおうち』の中から眺めるのは、水族館の海中トンネルの風情にも似ている。

 部屋の端では魚に食べられながら狂った声を上げている一人がいるが、シロノは既に興味がないようだった。

 

「わざわざ密室にしてくれて、アリガトウ」

 この魚は閉め切った部屋でしか存在できないからな、とクロロは言い、腕の一部を食いちぎられながらも一人密室遊魚(インドアフィッシュ)から逃げ回っている、リーダーの男を眺めた。

 

「くっ……!」

 男は逃げ回りながらも、ジャケットの内側に手を差し入れた。

 何かのスイッチを押したのだろう、真っ白な部屋の扉が再度開き、密室ではなくなった空間から、フっと密室遊魚(インドアフィッシュ)が掻き消えた。

「あー」、と、シロノが残念そうな声を出す。

 

「お魚、かわいかったのに」

「ば、化け物どもめっ……!」

 男は足をやられているのかそれともただ単に腰が抜けたのか、立ち上がる事が出来ずに無様に後ずさるしかできない。

 クロロはそれに興味をなくしたように目を逸らし、「“ただいま”」と言って、再度『レンガのおうち』の中に入った。

 

「じゃあ、貰っていくか。シロノ、開けられるかコレ。やってみろ」

「えーっ、強化系むり」

「無理じゃない。練習だ、やれ。三分以内」

 “硬”が苦手なシロノは、渋々と小さな右手になんとかオーラを凝縮すると、宝冠の入ったガラスをガンガンと力任せに殴り始める。

 ガラスと台座は溶接されていて、出す時はガラスを特殊レーザーで切って出さねばならないというそれはさすがに堅く、いくら“硬”をしているといえど強化系のオーラのコントロールが苦手なシロノでは、なかなかヒビさえ入れることが出来ないようだった。

 

(クク……馬鹿め)

 男は二人の背中を見遣り、にやりと笑った。

 あのケースのガラスは特殊ファイバーの強化ガラスで、マシンガンを三十秒撃ち続けてもヒビが入るだけ、という代物なのだ。いくら念能力者でも、あんな小さな子供の“硬”で壊れるわけがない。

 そして、ウィイイン、ガシャッ、という重い機械音が部屋のあちこちから響き、男は笑みを深くした。

 

──ドガガガガガガガガ!

 

「はーっはっはっはっはっは!」

 数台のマシンガンの銃撃音が鳴り響く中、男は汗だくになりつつも高笑いをした。

 

「馬鹿め! その台座は十五秒以上連続で衝撃を与え続けるとセンサーが働き、部屋のあらゆる所に設置してあるマシンガンが、サーモグラフィによって四方百八十度方向からターゲットを狙い撃ちにするのだ!」

 そして宝冠はあの特殊ガラスが守っているので、ガラスにヒビは入れど宝冠は無傷のままで済む。

 男は興奮と痛みで凄まじい笑みを浮かべていたが、銃撃が止み、もうもうと立ちこめる煙が晴れた時、更に目を見開いた。

 

「……ほお、さすがの強度だな」

「うるさい~、今のなに?」

「マシンガンだろう。気にするな、ほらあと一分」

「やー!」

 クロロに追い立てられ、慌てて再度ガンガンと“硬”でガラスケースを叩き始める子供に、男は腰が抜けたように呆然と口を開けた。

 弾切れのマシンガンは、既に子供が与える衝撃に反応しない。凄まじい数の銃弾が真っ白な床に散らばっているが、彼らを中心とした二メートル四方の床だけが、綺麗にそのままである。

 

「……時間切れ。なんだ、ヒビすら入ってないじゃないか」

「だって、硬い~……」

「しょうがないな。……まあ、マシンガンを防いだからよしとしよう」

「わーい」

 シロノはばんざいをし、クロロの「退いてろ」という言葉に従い、彼の後方に退ける。

 クロロは利き手である左手にオーラを集中して“硬”にすると、思い切り強化ガラスを殴った。

 バキィッ! と凄まじい音がして、ガラスに盛大にヒビが入る。マシンガンを三十秒撃ち続けてもヒビが入るだけの特殊ファイバーガラスに、である。

 男はその様を見て、顎が外れそうなほど口を開けた。

 

「……あ痛ッた~~~~……、結構凄いな、このガラス……」

「ほらー、硬いって言ってるのに」

 ひらひらと少し赤くなった左手を振るクロロに、シロノが文句を付ける。

 クロロは「でもウボーとかだと、宝冠ごと粉微塵になるぞ」と言いながら、中の宝冠に傷が付かないよう、ぐしゃぐしゃになったグラスファイバーを今度は細かく砕いて取り除き、ついに宝冠をその手に収めた。

「わー」、と、シロノが気の抜けた歓声と拍手を送る。

 

「きれーい」

「うん、やっぱりガラス越しとは違うな。じゃあ帰るか」

 そう言ってくるりと回れ右をした二人に、男は床から飛び上がったのではないか、と思われるほどに身体を震わせた。

 綺麗に四角形を作っていた銃弾の絨毯は、ジャラリ、と壁を失ったように広がっている。

「あ…………あ……」

「ああ、そう言えば一人残っていたな」

 片手にきらびやかな宝冠を抱えたクロロが、すっかり忘れていた、という口調で言った。

 

 黒ずくめの格好に、金と宝石がやたらに映える。

 そして白い銀髪、薄いグレーの目をした、色素が全て抜けきっているような不思議な子供が、王者のマントのように長いファーコートの裾をちょんと摘んでいた。

 王冠を持った黒い王と白い子供は、無様に床に尻餅をついている男のほうへすたすたと歩いて向かってくる。

 二人は男の目前に立ち、クロロはコートの裾を掴むシロノに、気味が悪いほど優しく言った。

「シロノ、『ままごと』して遊んで帰ろうか」

 シロノは小動物めいたきょとんとした表情で彼を見上げ、そして男に視線をまっすぐ遣った。

 クロロの目は何も映さないのではないかと思うほど完璧な闇色をしていて、そしてこの子供の目は、透明すぎて何もかもがすり抜けてしまうのではないかというほど色がない。

 二対の真逆の色彩に、男はぞっとするものを覚えた。

 

「こいつは“犬”にしよう。名前はわかるな?」

「うん、最初に自分で言ってたもん」

「わざわざ大声でな」

 クロロは、美しいほどのくすくす笑いを披露した。

 シロノから、ぶわ、と、“円”のオーラが広がる。やはりそれは正方形で、今度は縦横四メートルほどの範囲だった。

 

「クロロがパパで、あたしがこども」

 歌うように、子供の甘く高い声が部屋に響く。

「マーレルが飼ってる犬ね」

「なっ……!?」

 名前とともに“犬”と呼ばれた男は、思わず声を上げた。

 そしてその途端、自分が強制的に“絶”になってしまったことに狼狽え、「な、なぜっ……!」と、消えてしまった自分のオーラをどうにかしてかき集めようとでもしているかのようにきょろきょろとした。

「あーあ、早いな、ペナルティ踏むの」と、あっけない、という言葉を滲ませながらクロロが言う。

 

「パパ、あたしお魚もう一回見たい」

「『密室遊魚(インドアフィッシュ)』か? でもあれは閉め切った部屋じゃないとな……」

「お部屋? ちゃんとお部屋だよ」

 シロノは「ほら」頭上を指差し、クロロはその意味を悟って、にやりと笑った。

「なるほど」

 そう、彼らは、『レンガのおうち』の中に居る。

 手順を踏まねば出る事も入る事も出来ない、完璧な密室。

 

 クロロは王冠を持っていない右手に、『盗賊の極意スキルハンター』を具現化した。

「犬は人間の言葉を喋ってはいけない」

 左手に豪奢な王冠、右手に分厚い不気味な本、そして黒ずくめでマントのように長いファーコートを来たクロロは、まるで闇の中から来た、審判を下す王のようだった。

「“仕置き”だ、犬」

 その途端、ビシッ、と、男の身体が硬直した。

密室遊魚(インドアフィッシュ)』が、クロロの身体をしなやかに取り巻く。

 美しいほどに真っ黒な闇色の王は、微笑みを浮かべながら言った。

 

「魚の餌になってしまえ」

 

 


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