魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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92話

 

 

ーーあれから数日。ミッドチルダと、俺達をめぐる状況は少しずつ確実に動いていた。シメオン霊山、それと地上本部での功績を遅くなりながらも認められ、俺達VII組のメンバー全員が次元の狭間にある時空管理局本局に招かれた。

 

レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル。彼ら伝説の三提督に謁見し、労って頂いた一方で、俺達は改めてミッドチルダを二分する勢力の領袖達に対面することとなった。ミッドチルダの自治管理をしている、イレイザーズ率いる航空武装隊、通称“空”。各世界に駐留して治安維持を務める地上警備隊、通称“陸”。そして次元世界を行き来する次元航行達、通称“海”。俺達を労いながらも、海と陸は空を牽制しながら睨み合いが続いていたが……最後に呆れ果てた顔になったレオーネ・フィルスに釘を刺されるのであった。あれ以降、航空武装隊は表立った行動はせず。海と陸は警戒を怠らず……図らずもしばらくは静かになる事だろう。

 

そして、ミゼットさんの提案により……俺達はとある地への小旅行に赴く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達、VII組はミゼットさんの提案によって小旅行に招待された。騒動の解決に協力してくれたフィアット会長とエテルナ先輩達上級生とテオ教官も一緒だ。行き先は、ユエの故郷であり、俺とユエとリヴァンが使用している剄の発祥地……ルーフェン。初めて名前を聞いてから気になっていた場所、おそらく父シャオとゆかりのある地……そんな思いを胸に抱きながらも、間近に控えた学院祭に備えて、皆と骨休みをすることになった。

 

ルーフェンに向かう当日ーー

 

ミッドチルダ中央次元港からルーフェンに向かい、そこから中央リニアラインでユエの実家の最寄り駅に到着した。ルーフェンは長い歴史と独特な文化を持った土地。剄からわかる通り武術も魔導もミッドやベルカの物とは根本的に違う。

 

「へえ、ここがユエの故郷かぁ」

 

「良い場所だね」

 

「はい、それとここが私の実家の最寄り駅です。迎えが来ますので少々お待ちください」

 

「は〜いっ!」

 

「すごいね!まさに大自然!」

 

「ミッドチルダはそこまで空気は汚れていないけど、空気の違いがはっきりわかるね」

 

辺りを見回すと、剥き出しの岩山が結構目立ち。駅の前にある建物の様式を見るからに地球の中国を連想させる。

 

「…………………」

 

「? レンヤ君、どないしたん?」

 

「え、いや、何でもない……」

 

この風景を見て、どこか懐かしい感じがする。

 

「わあ、綺麗な花……!」

 

「記念に写真を撮っておきましょう」

 

アリサはついこの前発売されたMIPHONを構え、写真を撮ろうとすると……2人の背後に虎が静かに現れた。

 

「えっ……」

 

「ん?」

 

ゴアアアアアッ!

 

「キャアアアア⁉︎」

 

「ひ、悲鳴⁉︎」

 

「この声は……」

 

「アリサ⁉︎」

 

「あっちだよ!」

 

急いでなのはが指差した方向に向かうと……

 

「ほれほれ〜〜ここがいいの〜?」

 

すずかが虎に抱きついてお腹を撫で回していた。

 

「ガクッ……」

 

「な、何やってんの……?」

 

「すずかちゃん離れて!猫は猫でも虎だよ⁉︎」

 

「大丈夫だよ、こ〜んなに人懐っこいよ〜」

 

「あ、あかん、猫好きスイッチが入ってもうた……」

 

「す、すみませーん!」

 

そこに中学生くらいの……どう見たってチャイナ服を来た少女が走って来た。後ろに同じ体躯の虎もいる。

 

「こら、フー。やめなさい」

 

「ニャア」

 

「え、ニャア?」

 

ユエに頭を撫でられ、虎……フーはすずかから離れた。

 

「あぁ……ニャンコ……」

 

「後にしなさい」

 

「はあはあ……すみません、ウチの猫でして」

 

「猫?虎でしょう?」

 

「そう思いますが、猫です」

 

その体躯とタイガーパターンの模様、時折見える牙を見てもどう見たって虎だと言いたい。

 

「た、確かに前に大きい猫を飼っていたとは聞いていたけど……」

 

「ニャアって鳴くから猫だとは思うけど……」

 

「予想外だね」

 

この中でフーが平気なのは飼い主のユエと猫好きのすずか、それにリヴァンとテオ教官。俺は彼女が豹を戯れていたので平気である。あの魔女猫は知らんが……

 

「ニャア」

 

「ニャアニャア」

 

少女の後ろから同じ毛色の2匹の子猫……にしてはやっぱり大きい……がフーに向かっていき、じゃれついた。

 

「わああぁ!この子達は⁉︎」

 

「えっと、リボンが付いているのがメイメイで、付いていないのがシャオです」

 

「へえ〜……」

 

偶然か父と同じ名の猫。頭を撫でると気持ちよさそうにニャアっと鳴く。

 

「紹介します。私の妹のリンナ・タンドラです」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくね、リンナちゃん」

 

「はい!それでは皆さん、荷物をお持ちします」

 

「え、大丈夫だよ。自分で運べるから」

 

「女の子に持たせるわけにもいかない」

 

「あ、いえ。私じゃなくてこの子達が運んでくれるんです」

 

リンナを手に持っていた鞍をフーの背に取り付けた。

 

「でも……」

 

「女は遠慮せず乗せちまえよ。ここでどうこう言うつもりはないぞ」

 

「それじゃあ、よろしくね」

 

「ニャア!」

 

女性陣が優先的に虎……ではなく猫達の背に荷物を載せ、ユエの実家に向かって舗装されていない山道を登った。

 

メイメイはすずかが愛でながら抱えて、シャオはなぜか俺の側から離れない。

 

「すごいね……!」

 

「本当ね」

 

「重くない?大丈夫?」

 

「ニャア」

 

なのはが心配して声をかけると、フーは大丈夫だと鳴いた。

 

「大丈夫ですよ」

 

「ルーフェンの猫は人ひとり乗せて山を越えるくらい楽勝なんです!」

 

「へえ〜〜」

 

「す、すごいですね」

 

「つうか、それってもう虎じゃねぇ?」

 

「あはは、だよね」

 

「それにしても、来れなかったクー先輩達は本当に残念だね」

 

この場にいないクー先輩とグロリア先輩は外せない用事があるそうなので、今回の小旅行に参加しなかった。

 

「お土産を買って参りましょう」

 

「うんうん、それがいいよ」

 

「あ、見えてきましたよ〜」

 

山を抜けると、そこには大きな道場があった。広場では数人が同じ動きをして稽古していた。

 

「あれは?」

 

「あそこはいとこに当たる春光拳の道場です。今回宿泊してもらうのはもう少し先です」

 

「後少しです、頑張ってください!」

 

「ええ、ありがとう」

 

「うん!」

 

それからすぐにユエの実家に到着した。

 

「うわぁ……!」

 

「ツァリ、上を見ながら歩くと転ぶぞ」

 

「ご、ごめん。雰囲気のある建物だね」

 

「ここが皆さんが宿泊する私達の実家です。この奥でおじいちゃんが待っています」

 

「ユエの……叔父か……」

 

「き、緊張するね」

 

「え、そうなの?」

 

ユエの叔父と聞いて、リヴァンとすずかが緊張をあらわにする。

 

「知らないの?春光拳道場の総師範レイ・タンドラ老師といえば……」

 

「ルーフェン武術界で5人もいない“拳仙”の1人なんだよ」

 

「確か、若い時から無双無敗……だったかしら?」

 

「そうなんだ……」

 

「なんだか凄そう……」

 

その凄そうというイメージとは絶対にかけ離れていると思うぞ、なのは。

 

「あ、いたいた。おじいちゃーん!」

 

先に老人の背中が見えるとリンナが声をかけた。

 

「おお、ユエ」

 

老人が振り返ると……老人の背後に不思議な景色が見えた。老人……レイ・タンドラは薄目のあご髭があるご高齢の老人だったか。

 

「叔父上、ただいま戻りました」

 

「うむ、よく帰ってきた」

 

ユエが老人の前に立ち、右拳を左手で包んで礼をした。

 

「ふみ、文で聞いてはいたが……また一回り成長したな」

 

「これも、VII組の仲間と培った力の賜物です」

 

「今、なんだか……」

 

「うん、今のはいったい……」

 

「気のせい……なのかな?」

 

どうやら今の風景を他の皆も見たらしい。

 

「お友達と先輩、先生もよく来たの〜」

 

『はじめましてっ!』

 

「今回の宿泊場所の提供、ありがとうございます」

 

「ほっほっ、構わんよ。ま、そんなにかしこまらんでええよ。長旅でお疲れじゃろ、部屋で一休みするとよかろう」

 

「はい、それでは」

 

「おっと、そうじゃった。ワシとしたことが自己紹介を忘れとった、もうボケてきたかの。ユエとリンナの祖父のレイ・タンドラじゃよ。春光拳の師範をやっとる。気軽に“じーちゃん”ととでも呼んでおくれ」

 

『いえいえいえいえ‼︎』

 

レイさんはのんびりそうにそう言うが、恐れ多いと感じほぼ全員が手荷物を落として手を横に振った。

 

「よろしく、じーちゃん!」

 

「ちょっとは遠慮しなさい!」

 

「アイタッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、リンナちゃんに部屋まで案内された。

 

「左側が男性の皆さんのお部屋、右側が女性の皆さんのお部屋になります。上級生の皆さんと先生にもそれぞれ別室を用意しています。何かありましたら家事用人を呼んでください。ミゼット提督からの言伝で誠心誠意もて成します」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

「さっそく荷物を置かせてもらいおう」

 

それから男性陣はユエに、女性陣はリンナに案内されてされていた。

 

「レイ総師範って思ったより優しい人だね」

 

「かなりのんびりしていたな」

 

「そういえば、さっき総師範の後ろに不思議な景色が見えたんだ」

 

「おお俺もだ」

 

「どんな景色でしたか?」

 

「とても綺麗な空に風に平原と……」

 

「あと海もあったね」

 

「そうですか……」

 

「ユエ、それっていったい……」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

珍しくユエにしては妙はぐらかされた。その後、VII組のメンバーはロビーに集まった。今月に行われる学院祭についての打ち合わせをするために集まった。

 

「皆集まったみたいだな」

 

「ええ」

 

「打ち合わせが出来るということは、学院祭の喫茶店内容が詰め終わったんだね」

 

「基本的にレンヤ以外の男子が接客、完全に厨房がレンヤ、はやて。残りが両方を交代で行うのだったな」

 

「問題はメニューと内装、それに合わせた衣装の方向性だったんだけど……はやてとなのはのおかげでなんとかまとまったんだ」

 

「実は実習明けに伝える予定だったんだけど、小旅行をすることになるなんて思わなかったから」

 

「確かに……それならしょうがないね」

 

「それじゃあレン君に任されたから、さっそく発表するよ」

 

なのはが空間ディスプレイを操作して、全員の前にディスプレイが展開される。内容は学院祭期間中に出すメニュー表と交代、休憩などの時間割表。そして店名。

 

「翠屋、ミッドチルダ出張店……いいんじゃないかな!」

 

「個人的な物も見えるけど、下手な名前よりはいいかな」

 

「ランチは5種類、スイーツは3種類かぁ……少なくない?」

 

「確かに、上位を習うならもっと増やしてもいいんじゃないか?」

 

ツァリとリヴァンの疑問はもっともだ、上を狙うのならもっと増やした方がいいのが当たり前だが……

 

「そうなんだけど……メニュー数は増やしすぎない。これは屋台や個人店においての鉄則なんだよ」

 

「確かにメニューが多ければ選ぶ楽しみがおうたり再来店のきっかけにもなるん。せやけど、メニューが少なく方が仕込みの手間や食材のロスが少なくなるんし、1つ1つ手間をかけることができるんよ。更に、印象にも残りやすい」

 

いわゆる少数精鋭、どこの業界にも通用する言葉だ。

 

「それに来店人数が増え、注文がバラバラで殺到すれば中も外も混乱する。慣れていないのにそんな事は出来ないし、時間をかけ過ぎるとお客が帰って、それから噂が広まれば来店数はガクッと減る」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「それとこれが内装と当日の衣装案だよ」

 

次にディスプレイに映し出されたのは教室の内装案とそれぞれのメンバーの衣装案だった。

 

「へえ、結構洒落ているね」

 

「教室の隣の空き教室で調理して運ぶんだね」

 

「調理機材の取り寄せは……ディアドラグループ……」

 

「この前の実習の後に提案してみたんだけど、喜んで貸してくれるそうなんだ!」

 

「いや、こうも簡単に大企業の会長本人頼めて了承できるか普通……」

 

「あはは……なのは達も微妙にレンヤ達に感化されているね……」

 

それは君達もだよ、普通にそんなに事を話している時点で。

 

「衣装もなかなかいいわね。翠屋と似たようなデザインだけど、受けはいいんじゃないかしら」

 

「全員が厨房とフロアを行き来して働いても変に思われんデザインやで」

 

「これなら受けは狙えそうだね」

 

「受けってなに……」

 

「それにしても……少し、その……胸が強調し過ぎじゃないかなぁ?」

 

「あはは……はやてが初期案からこれだけは譲れないって言って引かなくてね。そこまで心配する事はないと思う」

 

「まあ確かに、指摘されなければ気にすることでもないね。て言うか初期案はいったい何やったの……」

 

「にゃ、にゃはは……」

 

「休憩時間や交代とかは要相談だ、友達や家族が来るのならそっちを優先してもいいから」

 

「はい、それでいいと思います」

 

「同じく、同意するよ」

 

「よし、ひとまず大体の方針はこれで決定にしよう。学院に帰ったらまた忙しくなるけど、その分今日と明日の2日はしっかり休んでくれ」

 

ディスプレイを消して、立ち上がった。

 

「それじゃあ解散。この後は夕食まで自由行動だ」

 

「了解〜」

 

それから皆は思いのまま各自、自分が行きたい場所に向かった。

 

「レンヤ、この後どうするの?」

 

「そうだなぁ。その辺りをフラフラしようかな」

 

「そう、それじゃあまた後でね」

 

皆と別れ、俺は屋敷の中にあった道場を見て回った。

 

(そういえば実習や任務以外で遠くに行ったことってあまりなかったな……)

 

こんなのんびりできる時間は久しぶりだ。学院に入ってから事件の連続で休んでいられなかった事が多かった。適当な小さな道場に着くと、子ども達が真剣に武術を習っていた。どうやらここは入門したばかりの門下生が鍛練する場所らしい。

 

「見学ですか?」

 

「あ、はい。そんなとこです」

 

「でしたら軽く袋を殴ってみませんか、気晴らしにいいですよ」

 

袋?ああ、サンドバッグか。師範代が連れてきた場所に、木に吊るされた大きいサンドバッグがあった。木に繋いでいる部分が鉄製だし、軽く叩くとビクともしない、ゆうに300kgはある。俺はどちらかと言えば、それを支える木と枝がすごいと思う。

 

「すみません」

 

「ああ、ごめん」

 

中学生くらいの子が打ちたそうにしていたのですぐに退いた。

 

「せいっ!」

 

その子がサンドバッグを殴ると大きな音を立て、サンドバッグが少し軋んだ。俺は素直に凄いと思い、拍手する。

 

「おおお……凄い」

 

「えへへ」

 

「凄いでしょう、この子はこの中でかなりの実力者なんですよ」

 

「お兄さんもやってみてよ!」

 

「それじゃあ……」

 

サンドバッグの前に立ち、少しだけ腰を落とし下から上に手を振って、サンドバッグに手を添え……

 

「ふっ……!」

 

震脚の勢いを乗せてノーモーションで衝撃を放ち、サンドバッグを大きく飛ばした。

 

「凄い……」

 

「! 危ない、避けて!」

 

サンドバッグは勢いが止まると振り子のように戻ってきた。自然と手をそのままにして固定し、一歩引いた脚と一直線にして固定し……

 

ズドムッ‼︎

 

300の質量が勢いよく迫ったのをくの字に凹ませ、止めた。

 

「ふう……」

 

「え、今の……どうやったの?」

 

「わ、私にも何がなんだか……」

 

「お騒がせしてすみません。俺はこれで失礼します」

 

さすがにやり過ぎたと思い、頭を下げると門に向かって駆け出し……地を震脚で蹴って屋根に登ってそのまま外に走って行った。

 

しばらく走ると湖に出た。腰を下ろして水面に映る自分を見つめる。

 

「はあ……さすがにやり過ぎたかな」

 

水を掬い取り、顔にかけて目を覚まさせる。さっきの掌底……感覚がそうやれと感じた。ルーフェンに来て、何か感じたのか?

 

「そういえばここどこだろう?」

 

「ーーここは青空湖、この先に三岩窟がある」

 

斬り裂かれるような殺気を感じ、すぐさまその場から跳び退き、無手の構えを取る。こんな時にレゾナンスアークをおいてきたのは失敗だった。視線の先にいたのはレイさんと同じくらいの老人だったが……レイさんと違って鋭い気迫を纏っている。

 

「そう身構えんでも何もせんよ」

 

「あなたは……一体誰ですか?」

 

「ワシはユン。しがないジジイじゃよ」

 

「……ご冗談を」

 

この気あたり……テオ教官と先日戦ったフェローに匹敵する実力の持ち主だ。だがとりあえず敵意がないので構えを解く。

 

「それでなんのご用ですか?」

 

「ふむ?ちょっとした戯れじゃが?」

 

「戯れであんな殺気出さないでください!」

 

「ほっほっほっ」

 

とりあえず付き合っていられず、来た道を歩こうとする。

 

「なぜ、あんなことが出来たか……不思議に思っているんじゃろ」

 

その一言で、歩みを止め。ユンおじいさんを見た。

 

「おじいさんは何か知っているんですか?」

 

「知っておるぞ、その剄……おぬしシャオの子じゃろ」

 

「父を知っているんですか⁉︎」

 

「ほっほ、奴は感覚的にルーフェンの武術の理を体現出来た。ぬしにもその血が流れているようじゃな」

 

確かにあの時、どうすればいいのか感覚的に分かっていた。震脚と言う言葉もいつの間にか勝手に理解して使用していたし。

 

「それにおぬしのその靴、常に重心がバラバラになるように細工しておるじゃろ。そんな靴を履けば常に綱渡りしている状態じゃろ」

 

「う……」

 

実は中学生の時から、その時に履いている靴に重心がバラバラになる機能を付けていた。最初は歩くだけでバテバテになっていたが、一ヶ月で意識せず歩けるようになり。さらに一ヶ月で走れるようにと月日が経つごとに重心が安定して行き……物足りないなったらさらに重心ズレをを大きくして今に至っている。もちろん戦う時はその機能は切っている。

 

「ほっほ、そこまで行けば片足でも生活できるじゃろうて。なぜその鍛練を選んだんじゃ?」

 

「……なんでだろ、それが1番いいって思ったからで……特に理由は……」

 

「やはり血は争えんのー」

 

ユンおじいさんは踵を返すと反対方向に歩いて行った。

 

「明日の夜、三岩窟の西側……待っておるぞ」

 

「え、ちょっと!」

 

意味がわからず、聞き返そうとすると……音もなく消え去ってしまった。

 

「だああもう!あの人も人間辞めてるのかよ!」

 

怒っても仕方がないと思い、ユエの実家に戻って行った。

 

「…………………」

 

ユンじいさんの言葉を思い出し、重心のずらす機能を切り……その場で飛び上がり木の枝の上に乗り、木から木へ飛び移った。

 

(これは……)

 

速度を上げて全力で走ったり、ジグザグ移ったりしてはっきり分かった。

 

「重心が安定しているから細い枝を踏んでも折れずに飛べた……確実に重心をとらえられたから……」

 

少し工夫はしたが、暮らしの中に修業ありとはよく言ったものだ。

 

(そういえば……俺も大概、人を辞めている?)

 

いや、さすがにないな。木の頂点にブレずに立ったくらいで人間辞められたら色々と問題だ。そして今度こそ俺はユエの実家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方ーー

 

日が沈むと、俺達は食堂で夕食を食べていた。

 

「皆さん、美味しいですか?」

 

「ええ、とても美味しいわよ」

 

「モグモグ……うん、そうだね、美味しいねぇ」

 

「どれも自然豊かな料理って感じだねぇ」

 

「ありがとうね、こんなご馳走を用意してもらって」

 

「い、いえ、喜んでもらえて何よりです!」

 

「リンナちゃん、後でレシピを教えてもろうてもかまへんやろか?」

 

「構いませんよ。後で家事用人に用意させます」

 

皆、思い思いに食事と会話をを楽しんでいた。

 

「この魚も美味しいよ。どこから獲って来たんだろう?」

 

「おそらくここから北にある青空湖だろう。あそこの淡水魚はなかなか美味いと評判らしい」

 

「その魚はワシが釣って来たのだ。今日は大量に釣れて良かった」

 

「ありがとうございます、レイさん」

 

「いっつもお前達は、実習でご当地巡りができて羨ましかったんだよなぁ。今回は俺も楽しめて嬉しいぞ」

 

「……グルメ旅行をしていた訳じゃないですよ」

 

「そう言うテオも、何だかんだで行く先々にいたよな。どうせ裏でちゃっかり楽しんでたんだろ?」

 

「ギクッ……」

 

「テオ教官……」

 

「ふふ、あなた達も今の内に骨を休んでおきなさい。戻ったらすぐに学院祭の準備があるのでしょう?」

 

「はい、出し物の内容が決まったので。後は帰ってから進めるだけですね」

 

「にゃはは……皆で頑張って行こうね」

 

「そうだね、せめて学院祭は楽しいものにしたいね。せっかくミッドチルダ各地も落ち着いてきたことだし」

 

「あ……」

 

フィアット会長の何気ない一言で周りの空気が変わってしまった。

 

「そうですね……」

 

「D∵G教団……イラの事件以来音沙汰なしのようですが……」

 

「彼らの次の目的がわからない状況ですね」

 

「お前らの情報が正しければ奴らに幹部と言う位は存在しないだろう。あったとしてもそれは低い……実質、継続性はかなり高い組織だ」

 

「厄介極まりないね……」

 

「それに、彼らの背後にいる組織も警戒しないといけない」

 

「フェローと言う仮面の女性の化け物じみた実力、クレフと言う少女の付けていた機械の技術力……かなり大きい組織と見て間違いないね」

 

「そしてミッドを巡る空と陸の対立……叔父が釘を刺したこともあって収まっているようだけど」

 

「それも飽くまで表面的なものや。未だ各地で火種は残っておるんからな」

 

「ミッドチルダが抱えている問題は、完全に解決された訳じゃないのか……」

 

「あ……だからこそ今は、学院祭を盛り上げればいいんじゃないのかな?」

 

「確かに、レルム学院祭は様々な関係者が訪れ、同じ空間で同じ楽しみを共感できる得難い行事です」

 

「と言うことは、私達の頑張りで少しは変わるかもしれないんだよね?」

 

「俄然、上位を狙わないといけないね!」

 

「そういえば、他のクラスって何を出すんだっけ?」

 

アリシアが忘れたような発言に、全員が肩を落とした。

 

「あのねぇ……」

 

「ね、姉さん……」

 

「コホン、ええっととりあえず1年の出し物を言うと……I組が貴族の茶会をモチーフにしたカフェテリアをやるみたいだよ」

 

「むむ、これは商売敵やな」

 

「II組は屋内庭園みたいなパビリオンをやるみたいだね。星空をモチーフにしたって言っていたよ」

 

「それはまた凝っているね」

 

「III組はブレードIIを使ったゲームコーナーをやるらしいです。内装も古城風にアレンジして初心者への指南を始め、試合なども開催するとか」

 

「へえ、面白そうだ」

 

「IV組は第二ドームを使用した異界風の迷路をやるみたい。よく私の所に来て現存する異界迷宮の特徴を記録した資料を見ていたよ」

 

「なるほど……そう来たか」

 

「V組はかなり変わっているわよ。練武館の一部を使うアトラクションで、名前は確かティポパニックだったよ」

 

「それって……あの緩いような……キモいようなあれ?」

 

「また微妙なチョイスだな」

 

「後は2年生が第一ドームでカートのレースをやるよ。グロリア君も協力しているから盛り上がると思うよ」

 

「カートという物には、あまり触れたことはないのですが……楽しそうですね」

 

「他にも2年生の出し物があるけど……とりあえず学年1位を狙うのならこの4つがライバルになるね」

 

「しかも、来場客からアンケートを取るみたいで……後夜祭で発表するらしいよ」

 

「いかにも煽っている感じだね」

 

「まあ、ともかく。ライバルがいるには越したことはないが……俺達ができる最大限のことはやっていこう」

 

「うん、そうだね!」

 

「了解!」

 

「本当に分かっているのかしら?」

 

「ふふふ……」

 

「むう……さっきから皆さんで盛り上がらないでください!置いていかれているようでイヤです!」

 

リンナが、私怒っていますという顔をして頰を膨らませている。

 

「あはは……ごめんねリンナちゃん」

 

「すまないリンナ。ちゃんと学院祭には呼ぶから、機嫌を直してくれ」

 

「レイさんもすみませんでした」

 

「構わんよ。若者達の語り合いはいつも真剣でいい」

 

俺達は気をとりなおして賑やかな食事をするのであった。

 

 

 


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