同日ーー
あの後、学生時代で培ったサバイバル訓練を生かして太陽の砦周辺で食料(川魚や野草や果物、そして解体済みのイノシシやシカ)を調達し、クイントさんとメガーヌさんの母親ペアによって調理され……夕食を済ました。 俺達年長者ならともかく、まだまだ成長するイットとヴィヴィオとルーテシアは食べないとまずいからな。 そして今は……
「ふう〜…………」
太陽の砦の最奥、地底湖の底に湧いていた温泉に入っていた。
「まさか元の世界では祭壇がある場所に温泉が湧いていたなんてな……リヴァンの言う通り、洗ってない2日目の風呂に入った気分だな」
「そんな気持ちいい気分が削がれるような事は言わないでよ……」
「でもまあ、実際に気持ちいいからいいじゃねえか」
「まさしく秘湯、ですね」
ちなみにこの温泉、どうやら実際に砦が機能していた時に使われていたらしく。 男女湯がキチンと岩の仕切りで別れていた。 しかも傷を治癒する効果もあるらしく、期せずして右腕の湯治が出来たわけだ。
問題があるとすれば、温泉自体が無害だが常に発火性の高いガスを纏っており。 炎を近付けると温泉の上が燃えるという現象が起きるくらいだ。 名付けるとしたら
「不幸中の幸いってやつだな。 日頃の疲れが取れるようだ〜」
「こっちに来れなかった奴らに悪いことしちまったかもな……」
「なんか複雑ですね……」
来たら来たで問題だけど、来れなかったらこの温泉を堪能したと思われて羨ましがられる……
『ちよっ!? 美由希さん何しているんですか!?』
『え? 私のソウルデヴァイスの属性は霊だからね。 この水の性質を貰えればなぁーって』
『今やらなくてもいいじゃない……剥き身の刀をこっちに向けられる身にもなりなさいよ』
『うわぁい! 面白ーい♪』
『きゃ!? やったなー!』
『こら、辞めないか!』
『あらあら、ルーテシアちゃんったら』
『やれやれ……』
壁を通して、女湯ではかなり楽しそうにしているようだ。
「……楽しそうですね」
「姦しいの間違いだろ」
「女はそれくらいがちょうどいいのかもしれないな」
「パパーー!」
その時、岩の塀の上にヴィヴィオが立っていた。 ちゃんとタオルを巻いているが……女湯からはアリサ達の心配した声が聞こえてくる。
「あ、こらヴィヴィオ! 危ないから降りて来なさい!」
「はーい」
元気よく手を上げて返事をすると……こっちに向かって降りて来た。 いや降りて来いとは言ったけど……
「ヴィヴィオ、良い子だからママ達の方に行きなさい」
「ええ〜? ヴィヴィオ、パパと入りたーい」
「いいじゃねえか。 すぐに大きくなるんだし、今のうちに一緒に入っとけよ」
「……その言い回しはどことなく犯罪っぽく聞こえるのは気のせいか……?」
もし気のせいなら俺の心がアレだから、ヴァイスの言葉が卑猥に聞こえるのだと納得できるんだが……
「わーい、お兄ちゃーん♪」
「うわっ!? ちょ、ちょっとヴィヴィオ!?」
結局そのまま放置する事に、子ども達の喧騒を聞きながら身を湯治した。
翌日ーー
俺達が就寝した後、デバイス達がこの世界のネットワークから情報を集めていたようで。 それで分かった事はこの世界でもJS事件が起こっており、異界対策課がない事が分かった。
「ルキューもレルムもない、イラもアーネンベルクもない、マインツもない……それどころか……」
「対策課もないなんてな。 平行世界だからってここまで違うものなのか?」
「地上本部や機動六課、本局といった主要部署はあるけど……空はなく、むしろ地上部隊の1つとして航空武装隊が配備されている。 意味が分からんな」
「太陽の砦や星見の塔はあるくせに……どうなっているんだろう?」
自分達の世界とこの世界の差異が多過ぎて、俺達は困惑していた。
「はあ……個人情報だし、まだもう1人の俺達がこの世界にいるかは分からないとして……」
「パパー、お腹空いたー」
不意に扉が開き、眠そうな顔をしながらお腹を抑えるヴィヴィオが入ってきた。 それを見て苦笑し……
「まずは朝食しましょう」
「そうね。 メガーヌ、今日もやるわよ」
「ふふ、子持ちの母親としての見せ所ね」
「あ、私も手伝います」
昨日取った食材をすずかが冷凍したため今日まで保ち、それを解凍してあっという間に朝食が出来てしまった。
「うーーっん! やっぱりおいしー!」
「今日もそうだっけど、優しい味がするわ。 これが母の味というものかしら?」
「ふっふ〜ん、どう? 凄いでしょう?」
「でも、アリサちゃん達も結婚して、子を産めばすぐに上達するわよ。 もちろん、先輩として教える事も多いから気軽に頼ってね?」
『はい!』
3人は元気よく返事をするが……さっきっからリヴァン達が俺に向ける変な視線はなんだ?
「ヒューヒュー、モテモテだなぁ?」
「……それほどでも」
「開き直った!?」
「まあ、それはそれとして。 レンヤ以外の奴はどうなんだよ?」
ティーダさんが話を変え、少しホッとするが……その質問に他の皆は顔を逸らす。
「ふむ、全員脈ありっと……まあどうしてか俺達の周りにはいい女が多いからな。 1人や2人くらいいてもおかしくないだろう」
「ぼ、僕は健全に1人です!」
「おい、それは俺が不健全と言いたいのか?」
「ま、まあまあ……落ち着いてください」
そんなこんなで朝食を終え、ミッド全域の状況把握をツァリに任せて待機した。 それから日が頂点に行くか行かない頃……
「! 南東50キロの地点……ミッド南部の繁華街にグリードの反応の検出!」
「映像を出して!」
部屋の中央に空間ディスプレイが展開され、ミッドチルダの街並みとともに映し出されたのは……
「な、なにあれ……」
「巨大な……機械仕掛けの人形?」
「趣味が悪いわね……」
街で暴れているのは血のような赤いドレスを着た、3メートルくらいの人形型のグリード。 しかもドレス全体に壊れた普通の人形をぶら下げているのでかなり趣味が悪い。
しかし、問題はそれだけではなく。 対応のため出動していた管理局の部隊が……仲間同士で戦っていたのだ。
「か、管理局同士でなんで!?」
「見たところ原因はあのグリードしかいないけど……」
「
「それならどうやって?」
その時、見覚えのあるオレンジの魔力弾が発射され、グリードの頭を弾いた。
『ティア/ティアナ!』
『ティア! 全然効いてないよ!?」
『うっさい! 分かってるわよそんな事!』
『ーージジ……てぃあ……』
「!?」
あのグリード……ティアナの名前を言った。 すると、それが影響なのかティアナはガクッと頭を垂れ……
『………………』
『? ティア……うわっ!?』
スバルに銃口を向けて容赦なく魔力弾を撃った。
「ど、どうしてティアちゃんはスバルちゃんを……!?」
「表情がおかしい……まるで操られているみたいだ」
「野郎……!」
「……アリシア、これが何なのかわかる?」
アリサの問いに、アリシアは首を捻って考え込みながら唸る。
「……これは、説明が難しいね。 うーん……例として地球にある国、エジプト神話から取って説明するよ」
「また微妙なチョイスね」
「シャット・アップ。 ともかく、説明するよ。 まず、古代エジプト人は人間の構成を“5つの要素”で出来ていると考えていた。
“
“
“
“
“
今回のグリード、恐らく名前……真名を知る事で意思を奪い、意のままに操る洗脳術……禁術に近いものだね」
「グリードがそんな事を……」
確かにグリードは特異な存在だが、ここまでの特殊な能力を持ったグリードはそうはいない。 エルダーグリードでこれなので……事の重大さが改めて思い知らされる。
「さっき言った5つはいずれか1つでも奪われると人間として成り立たなくなる。 名前を奪われるということは一生支配されることに等しい……」
「じゃあ、ティアナや他の人達は……!」
「ーー俺達がさせない! ルーテシア、転移の準備を! 出るぞ!」
「そんな事、あると思って準備済み! 誰が行く?」
部屋前に転移の魔法陣が展開され、ルーテシアは誰が行くのか質問する。
「俺に行かせてくれ。 世界は違うが、妹をあのままにしては置けない」
「私も行くわ。 スバルも放って置けないし」
「なら私もー」
「ルーテシアは顔が割れてるだろ……まあいい、俺とアリシア、リヴァンとティーダさん、クイントさんとルーテシアの6名でいく」
「ああっ!」
「了解!」
「ルーテシアちゃんは転移だけをやって、座標は僕がやるから」
「お願いします!」
結果、この6名で出動する事になった。 転移魔法陣の中に入り、ツァリがウルレガリアを起動して構える。
「ーー転移開始まで3秒……2……1……転移開始!」
俺達は転送され……目的地手前の林の中に降り立った。 それと同時にここら一帯に避難警告が出されていた。 俺は急いで現場に向かおうとした時……
「っと、名前を呼ばれるとマズイな……機動六課は部隊名で呼ぶとしても、クイントさん達3人はどうしましょう?」
「勝手に決めていいぞ」
「じゃあシスコン」
「おい……」
ルーテシアがティーダさんに向かってそう言い、ティーダさんは一言で否定した。
「えっと……じゃあ兄貴で」
「………………まあそれでいい」
かなりの間があったが、一応納得したくれた。
「クイントさんは……死神?」
「なんでそうなるのかしら……?」
「痛い痛い痛い!?」
一瞬で死神に背後を取られ、頭をグリグリされた。 リボルバーナックルを付けているから超が付くほど痛い……
「ううっ……では上島で」
「適当ね!? ……まあいいわ」
「メガーヌはー……キロさんで」
「あらあら、何桁か下がったわねー」
そんなこんなでやっと現場に向かい、管理局同士で戦闘しているという混沌めいた場所に出た。
「改めて見ると酷いわね……」
「全く、胸糞悪いな……」
「ーー兄貴は操られている局員の制圧、キロさんはフェザーズ03と一緒に制圧した局員を退避! 残りは目標エルダーグリードを撃破する! 総員、気合いを入れて行くぞ!!」
『おおっ!!』
二手に分かれ、俺達は人形型のエルダーグリード……パペットシンガに向かい。 パペットシンガは俺達を視界に捉えると、表情は変わるはずないのに笑ったような気がした。 すると……
アー、アー……ア゛ア゛アアァァ!!!
右手、左手を広げながら歌い……最後に大きく両手を広げると同時に狂ったように叫び出した。
「な、何あれ……」
「変なグリードだな」
「でも、やる事は変わらないわ!」
クイントさん……もとい上島さんは飛び出し、流れるように拳と蹴りを放ち、直撃と同時に火花を散らす。 流れるように、しかし怒涛の攻めでパペットシンガに確実にダメージを与えて行く。
アァァーーー!
パペットシンガは片腕を上げ、機械のドレスの裾が上がって行き……砲門が顔を覗かせた。
「嘘っ!?」
「避けろ!」
次の瞬間、全方向にレーザーが照射された。 そこからさらに回転し、周囲を焼き切って回って行く。
《ミラーデバイス、セットアップ》
「ふうっ!」
アリシアは照射されているレーザーの数だけミラーデバイスを展開し。 レーザーを上に反射、さらに反射させてレーザーをパペットシンガに返した。
「スカート部分は効かない、上半身を狙って!」
「了解!」
続いて、パペットシンガは砲門からミサイルを打ち上げた。 ミサイルは急激に軌道を変えると……俺に向かって飛来してきた。
「誘導弾か!」
魔力弾を撃って迎撃しながら走り、今度は全砲門から刃を出してきた。 砲門が回転し、自分も回転しながら突撃してきた。 しかも笑いながら……
「なんか……いつものグリードと違うな」
「感情が、意思を持っているって感じだね……」
アリシアと並びながら逃げ、パペットシンガの異常性を考察する。
「あたあぁっ!!」
すると、上島さんが飛びかかり。 鞭のようなキックでパペットシンガの顔面を蹴り、ビルに吹き飛ばして叩きつけた。
「容赦ない以前に街に被害が……」
「そこに人達、離れてください!」
「!」
その時、後方からスバルが飛び出してきた。 スバルはローラーブーツで加速し……
「でやあ!」
渾身の一撃を放った。 が、煙が晴れると……拳がスカートの装甲で止まっていた。
「うわあああっ!!」
パペットシンガが衝撃波を出し、スバルは吹き飛ばされ、ビルに激突する前に……上島さんが優しく抱きとめた。 地上に降り立ち、スバルを優しく地に着かせる。
「ーーえ、お母……さん?」
「あらスバ……って、いけないいけない。 大丈夫、怪我はしてない?」
「う、うん……」
上島さんはスバルを起き上がられるが、スバルはまるで幽霊でも見ているような目でクイントさんを見る。
「
抜刀による摩擦で火花を起こし、魔力で火を燃え上がらせて腹部を一閃した。 それによりパペットシンガは身体中から火花を散らし、動きが止まった。
「止まった……?」
「今のうちに態勢を整えるよ。 近くにいる操られている人達はどこ? なんとか洗脳を解いてみる」
『そこから南に50メートルの地点に集めたわ』
「了解です。 レンヤ、上島、後はお願い」
「ああ」
「気をつけてね」
その時……火花を散らしながら停止していたパペットシンガが動き出した。
「っ!」
「まだ……!」
ーー私は……私は……
「! 言葉を……!」
ノイズ混じりだが、パペットシンガは確かに言葉を喋った。 先ほどまでは聞いた人の名を繰り返すだけだったのに……
ーー美しくなるんだっ!!
その願望の叫びが怪奇音となり、全体に広がる。 すると……名を奪われて操られていた管理局達が一斉に俺達を囲ってきた。
「うわあっ!?」
「スバ……くっ……ちょ、やめなさい!」
「あら、しょうがないわね」
その時……突然現れたキロさんが正面に手を出し、網目状に編まれた紫色のバインドを展開し。 それに操られている管理局員達を捕縛した。
「フェザーズ02の代わりに来たわ。 これで時間は稼げる、早く決めちゃってね?」
「は、はい!」
今まで戦っている所やイメージはなかったが……やっぱりキロさんもゼストさんの部下、そして上島さんのバディなんだな。
ーーキレイになるんだ……キレイに……なるんだ……もっと……もっとキレイになる……んだ……もっと……もっと……!
《敵性グリード、自我が崩壊しています》
「一体なにが……」
「……………………」
この言動に、俺はこのグリードが何かしらの想念による顕現と考えた。 恐らくは女性、劇団関係の……
「おらっ!」
そう考え込んでいると……上空から魔力弾が撃ち込まれパペットシンガは怯み後退し、ティーダさん……もとい兄貴が飛んで来た。
「兄貴!」
「操られていた奴らはあらかたフェザーズ04が転送した。 後はこいつを片付けるぞ!」
パペットシンガはよろけながら電柱にぶつかり、火がついてしまった。 パペットシンガは燃え盛り、着ていた服は燃え尽きて金属の身体が丸出しになる。 そして、まるで火傷をするようにパペットシンガは悶え苦しむ。
ーータスケテ……ダレカタスケテ……
火だるまになりながらパペットシンガは助けを求める。 だが炎が振り払われると……また敵意を向けてきた。
「もう何がなんだがだな……」
「だったら倒すしかないよ! ソードビット……フルオープン!」
少し比喩で頭痛がしてくると、アリシアが全てタクティカルビット、ソードビットを展開し、手を掲げ……
《ソードバレット》
「フルファイア!」
指を鳴らし、全てのソードビットが発射された。 ソードビットは装甲に弾かれては追撃して、弾かれては追撃してを繰り返し……
《メテオショット》
「撃つぜ!」
ティー……兄貴がゼロ距離で大型の魔力弾を発射し、上半身の装甲を大きく凹ませる。 って言うか、偽名決めておいてあれだけど……やっぱりややこしい……
ーーイヤダ……イヤダイヤダイヤダ!!
パペットシンガは鉄のスカートを翻し……巨大を支える四つ脚を出し、地面を踏みしめて立ち上がった。
「うわキモ!」
「やっぱり……何が……」
通常のグリードの大きな違いに深く考え込んでしまい……パペットシンガは飛び上がっては落下し、地面を大きく揺らしながら衝撃波を放つ……その一辺倒の攻撃となった。 だが俺はそれに気付かず、音によってハッとなり、ギリギリで避けるも余波で飛ばされてしまう。
「うわっ!?」
「
「あ、ちょっ!?」
思わずの事だったのか、こっち来たルーテシアは俺の名を叫んでしまった。 もちろん、その叫びはパペットシンガの耳に届いていた。
「アー……れんや……」
パペットシンガが俺の名を雑音混じりに呟いた。 すると奴の口から黒い物体が飛来し、真っ直ぐ俺の胸に吸い込まれてしまった。
「そんな……」
「レンヤ君!」
「…………って、何も起きない?」
「え……」
確かに胸の中に君の悪い波動が入って来たが……すぐに霧散して消えてしまった。 何にも起きなかった……?
「何でだろう……名前が間違っているわけじゃないし……」
「とにかく、レンヤ! 早くとどめを!」
「お、おう……!」
《ファイナルドライブ》
兄貴に急かされ、全てのギアを最大駆動させて抜刀を発動した。
「秘技……虚月!!」
一瞬で距離を詰めて抜刀で一閃、納刀で一閃を刹那の間に行い……
「レイブラスト……!」
スフィアを展開し、振り返り際に殴って砲撃を撃ち……付けた傷に撃ち込み、パペットシンガを完全に破壊した。
「ふう……こんなものか」
「やったね、レンヤ」
「ルーテシアが俺の名前を言わなければもっと楽だったよ」
「いひゃいいひゃい〜!」
頰を摘んで左右に引っ張りながら歩き、最後にパッと離しながら状況を確認した。
「操られていた人達はどうだった?」
「う〜……アリシアさんが言うには問題ないようだよ。 名前による洗脳も解けたみたい」
「そうか……って、あれ? 兄貴……はもういいか、ティーダさんは?」
「操られていた人を集めた場所じゃない? ティアナもいるし」
「なら行きましょう。 スバル、あなたも来なさい」
「え!? あ、うん……」
気になるな……俺達はこの場をこの世界の管理局に丸投げし、アリシア達の元に向かった。 到着するとそこは林の中で、アリシアとキロ……ではなくメガーヌさんが横たわっている管理局を診ていた。 そのすぐそばで、横たわっているティアナの側にティーダがいた。
「ティーダさん」
「レンヤ。 済まないな、先に行っちまって」
「いいえ」
心配そうに頭を撫でながら答えるティーダさん。 分かっていると思うが、俺は一応言っておいた。
「ティーダさん。 ティアナはティアナであってもあなたの妹ではありません。 そこは……」
「分かっている。 だからって、ティアナを心配しない俺じゃないさ」
「そうですか……」
弁えていて大人なのか、シスコンなのかはわからないが……俺はアリシアとメガーヌさんの元に向かう。
「メガーヌさん、彼らの容態は?」
「問題ないわよ。 ちょっと精神にきてフラつくと思うけど、命に別状はない」
「霊的な繋がりも残ってないし……グリードは完全に消滅したね。 ま、気になることは残されているけど……」
「それは帰ってからな。 そろそろ他の部隊……機動六課が出張ってもいい頃ーー」
次の瞬間、ここら一帯が結界に覆われてしまった。 遅かったか……
「……捕まったね……」
「転移による離脱も無理になりました〜」
「ルーテシア、なんでそう楽しそうなんだよ……」
「あらあら」
「恐らくなのはちゃん達ね。 さすが、世界が違っても優秀ね」
「……え〜っと、とりあえずツァリの念威で救援を呼ぶな」
アリシアはポケットから停止中の念威探査子を取り出し、掲げると……探査子に色がつき、浮き上がって蝶の形を取って飛び始めた。
「あー、ツァリ。 グリードは倒せたんだけど結界に捕まった。 救援を求む」
『結界に? ちょっと待って…………この程度の結界ならレンヤ達余裕で突破できるでしょう』
さすがはツァリ、ものの数秒で周辺の状況を把握したようだ。
「問題はその後の離脱なんだよ。 結界壊してもその後転移するには時間がかかり過ぎるんだ」
『ああ、なるほど。 それなら買い出しに行っていたヴァイスさんとリンスさんを送るよ。 車を調達して今首都にいるんだって』
「ちょっと待て。 買い出しはともかく車の調達って……まさか盗んだのか!?」
『ゲンヤさんの部隊から貸してもらったみたい。 この世界のヴァイスさんだと思ってくれたようだよ?』
「………………」
ごめんなさい、ここのゲンヤさん。 会えたらお詫びします……
『ーーヴァイスさんと連絡ついたよ。5分で向かうって』
「コホン、了解。 5分後に結界の破壊と同時にヴァイスに拾ってもらって離脱。 行先は……星見の塔で」
場所を指定して通信を切り、皆に事情を伝え……俺達はこの場を後にする。
「それじゃあね、スバル♪」
「ティアナをよろしくな」
「あ……」
スバルはクイントさんに手を伸ばし、空を掴む。 その行動がどこか寂しそうに見えたが……気にしてはいられず、また犯罪者の如く逃げるようにして走り出した。