魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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159話

 

 

7月3日ーー

 

深夜、フレームがフルサイズ状態のリインは人気のない通路を疲れ切った顔で歩いており、飲み物を買おうと近くの自販機に向かっていた。 現在、六課の仕事が山のようにあり、その中でも比較的量が軽いリインですら頭を悩ませていた。

 

「………………はあ………」

 

リインはおしるこ(粒入り)しか売ってない自販機をしばらく眺め、ため息をついた。 だが背に腹はかえられず、結局それを買った。おしるこを手に、疲れ切った顔をしながらネクタイを緩めながら自室に戻ると……

 

「……あ……」

 

「よお、お帰り〜。 邪魔してんぜぇ〜」

 

アギトが自分の室のようにソファーでダラケきっていた。 リインは疲れ切った顔からイライラした顔に変わった。

 

「……通りで散らかってると思ったら……」

 

「? ここだけだろ」

 

そもそも何故ここにいるのか、と聞きたい所だったが。 リインは無視して向かい側のソファーに座り、おしるこの缶の蓋を開けて中身を飲んだ。 それと同時にアギトも持参していたジュースを開けた。

 

「…………………………」

 

リインは視線をテーブルの上に向けた。 そこはジュースの空き缶と菓子類でゴチャゴチャしていた。 それがリインのイライラを加速させる。

 

「……噂好きの掃除係のおばあちゃんがこれを見たらどう思うんでしょうか……?」

 

「んー?」

 

「子どもみたいにグータラとお菓子とジュースを食っちゃ寝していると、皆に思われるのはとても我慢できません……!」

 

「何だそれ? アタシの事言ってんのか?」

 

「あなた以外に誰がいると言うんです!?」

 

アギトの物言いに、とうとうリインの不満が爆発した。

 

「はぁん、随分じゃねぇか。 お偉いリイン様にとっては菓子食ってジュース飲んでれば全員子どもってわけか?」

 

「そう言う言葉使い辞めてもらえます? B級映画のギャングみたい……!」

 

「何言ってんだよ。 オメェの主はギャングの親玉みたいなもんじゃねえか」

 

「っ!」

 

アギトは足で指差しながらふざけた風に言うと……リインの堪忍袋の尾が切れ、おしるこ缶をテーブルに叩きつけた。 その際中身が飛び散る。

 

「心外です! 私とはやてちゃんは六課がそう思われないように毎日努力しているのに……! それなのに下っ端のあなたがその調子じゃ……!!」

 

「下っ端……!? 下っ端だと!? よくもまあそんな舐めた口聞けたもんだなぁ!!」

 

売り言葉に買い言葉……リインの溜め込んでいた怒りが日頃思っていた事を吐き出し。 アギトも一気に頭に来て、怒りを表すように持っていたジュース缶を投げ捨てた。

 

「その無責任な根性が下っ端なんですぅ! 少しは自覚を持って下さい!!」

 

「うっわ、偉そーに……いっつも肝心な時は役立たずのくせに。 この前のアグスタの時だって羽みたいのに襲われたのを誰が助けたのかなぁ〜?」

 

「酷い侮辱です! 私の仕事が何たるかを知らないくせに!」

 

自分の力不足を痛感しながらも嫌いな相手に指摘されるのは我慢ならず……むしろ開き直って日々溜めていた鬱憤を吐き出した。

 

「ええそうですよ! 脳みそが筋肉で出来ている古臭いあなたには私の責任は想像も出来ないでしょうね!」

 

「っ! 煩っせい!」

 

リインの言い分に怒りを覚え、アギトは足で思いっきりテーブルを踏みつける。

 

「だったらたまには身体張って、敵の前に立ってみな!」

 

「フェアリンクシステムに頼っておいて一端の勇者気取りですか!」

 

「はっ! ユニゾンばっかでまともにフェアライズした事もないやつに、何が分かるってんだぁあ!?」

 

「いいえー使えます〜。 でも使わないだけですぅ!」

 

「ああ〜、そうだったわけ?」

 

「ええ! 直感に頼るだけでフェアリンクシステムの性能を活かしきれない野蛮なあなたの戦い方なんかよりー。 ずーっと、ずーーっと上手く使えますー!」

 

「こ、こっのガキが……!」

 

胸を反り返すリインは反りすぎて天井を見上げ、アギトは怒りに震えるが……と、そこでアギトは何かを思いつき。 ニタリと口元を歪めた。

 

「ふん、だったら見せてみな」

 

「え…………え?」

 

「そこまで言うなら、模擬戦で勝負しようぜ。 もしアタシが負けたら〜、六課の中を……裸で一周してやるよ!」

 

「は、はだ!?」

 

服を捲り、ヘソを見せながら答えるアギトに、リインは顔を赤くして両手で身を隠す。

 

「本当ならフェアリンクシステムを使って白黒付けたいが、アタシらの問題にアリサを巻き込みたくはねぇ。 でままあ、テメェの場合は下着で許してやらなくもねぇぞ〜? く、くふふふふふ……」

 

かなり悪い顔をして笑うアギト。 明らかに調子に乗っていた。 だがリインは、頰を赤くしたまま腕を組んで……

 

「…………いいでしょう、上等です……!」

 

「え……」

 

「勝負しようじゃありませんか。 フェアリンクシステムで。 あなたのその思い上がりを、この私が正して上げましょう。 負けたら裸で一周でも何でもしてみせます!」

 

「っ………」

 

お互い、歯を噛み締めながら怒りの形相で睨み合った。 こうして……2人の仲の悪さによって引き起こされた喧嘩という名の模擬戦が決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月4日ーー

 

翌日、リインは昨夜の怒りが冷めることなく、怒りの形相で端末を睨み……

 

(アギトなんか………大っ嫌いっ!!!)

 

キーボードを弾き、端末に怒りをぶつけるように文字を打ち込むのであった。 そして……

 

〈親愛なるアギト・バニングス様。 6日18時00分、六課敷地内、陸戦用空間シュミレーターまで来られたし〉

 

『リミッターの限定解除、非殺傷設定付きのリストバンドは手配済み。 リインフォース・ツヴァイ…………追伸、逃げないように。 負けたら………裸で、六課一周よおおっ!?』

 

突然六課全体に告知されたこの情報は……食堂で一緒に昼食を食べていた管理局達を含めて、レンヤとヴァイスも驚愕させた。

 

「な、何でこんなことに……?」

 

「リイン曹長とアギト曹長が模擬戦……!?」

 

「あわわわ、どうしてこんな事に……」

 

「仲が悪いとは知っていたけど、まさかここまでするなんて……」

 

「そういえば昨日、素振りの帰りに2人が喧嘩していたような……?」

 

どうようにフォワード陣もこの告知に驚いた。

 

「裸……!? ちょ、リイン曹長……? それとも、まさかアギト?」

 

「ーーアタシじゃ不満か?」

 

「うおっ!!??」

 

いつの間かフルサイズのアギトがヴァイスの隣に座っていた。 しかもかなりイラついている顔をして、ポ○キーをタバコのように咥えながら。

 

「あの温厚なリインが………受けるのか?」

 

「受けるさ。 さすがにここまで言われちゃあね……く、くくく……」

 

「あ、あははー……」

 

アギトは少し苦笑い気味で呟き、笑う。 それにスバルは少し引きながら苦笑いをする。

 

「辞めた方がいいですって、可哀想ですよ」

 

「そうよ。 いつものような喧嘩じゃない?」

 

「リインちゃんは一応まだ子どもだよ、大人気ないってー?」

 

「そうは行くか。 ま、せいぜいからかってやるよ。 ベソかいて……『ごめんなさーい!』って言うまで、散々小突きまわしてやるよ……! ふふ、ふふふふふ……!」

 

アギトは“ごめんなさい”の部分を涙目になりながらリインの声真似し、すぐに悪い顔をして笑ってる。

 

「みょ、妙に嬉しそうだね……」

 

「さすがに大人気ないっスよ」

 

「それはあっちも同じだよ。 全くガキなんだからなー」

 

「ーー誰がガキですって?」

 

反論がアギトの隣から聞こえ、またいつの間にかリインが座っていた。

 

「こ、これはこれは曹長殿」

 

「軽く捻ってやるとでも思ってるんでしょう? でも、そうは行きませんよ」

 

「ふっ……それよりも裸で六課一周……オメェに出来るのか?」

 

「あなたこそ……」

 

2人は睨み合い、何とも言えない空気が食堂に漂う。 周りにいた隊員達もそそくさと逃げる中、リインが立ち上がった。

 

「仕事がありますので、外回りに行ってきます!」

 

「は、はい……」

 

「い、行ってらっしゃい……」

 

荷物を持って憤慨したまま、リインは食堂を後にした。

 

「は、はだ……リイン曹長の……裸っ!?」

 

「………ヴァイス」

 

「うお!? リンスさん!?」

 

慌てていたヴァイスの背後に、いつの間にかリンスがいた。 その顔は姉妹揃って怒りの形相をしている。

 

「貴様、人の妹に良からぬ目で見てはいないだろうな……?」

 

「め、めめめ滅相もありません!!」

 

手をワタワタし、しどろもどろになりながらも何とか弁明するヴァイスを他所に……

 

「いつかはこうなるとは思っていたけど……」

 

「ふう、かなり大ごとになったわね」

 

「アリサちゃん、心配じゃないの?」

 

すずか心配そうな目でアリサを見る。 アリサはそれを一瞥すると、紅茶を一口飲んだ。

 

「……これはアギトとリインの問題よ。 いい機会だし、この辺りでケリを付けた方が2人のためだわ」

 

「ま、そのために少しはこっちで色々と手回ししておかないといけないけどな」

 

「やれやれ、ティアナの件が一件落着したと思ったら……」

 

「仕方ないよ。 六課の皆は、誰もが何かを抱えている……今回はその思いがぶつかり合っただけ」

 

すずかの言葉に、全員が無言で頷く。 そしてそれ以上は語らず、レンヤはコーヒーを飲み干すとおもむろに立ち上がった。

 

「さて、やるとしますか。 手伝ってくれるか、アリサ?」

 

「し、仕方ないわね。 手伝ってあげてもいいわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドチルダ中央、首都クラナガンーー

 

「…………………………」

 

その街並みの中で、明らかに不機嫌そうなオーラを放ちながらズンズンと地面を揺らしそうな勢いで歩いているリインがいた。 そんなリインを、市民の方々は怪訝そうに見つめる。 それを他所に、仕事帰りのリイン……その歩幅が少しずつ小さくなり、オーラが縮小して行き……

 

「……はう……どうしましょう……」

 

完全に消えると、リインは両膝と両手を地面に付いて項垂れた。 その顔はすっかり冷めており、“やってしまった”という顔をしていた。

 

「……戦闘経験はアギトちゃんの方が遥かに上……どうやったってリインが勝てる相手じゃないですよぉ……」

 

だが、放ってしまった矢はもう戻せない。 後悔先に立たず、リインはこの状況をどう乗り切ろうか周りの視線も気にせず考えていた。

 

「ーー何してるの?」

 

「ふえ?」

 

声をかけられ、リインが顔を上げると……目の前に黄色い髪をした少年が屈んで顔を覗き込んでいた。

 

「どうかしたの? 天下の往来で四つん這いになって?」

 

「はっ……!」

 

リインは辺りを見渡し、すぐさま飛び上がるように立ち上がった。 膝を払って咳払いをし、何事もなかったかのように振る舞った。

 

「ありがとうございますです。 えっと、あなたは?」

 

「僕? 僕はコルディ、ただの一般市民さ」

 

「それ、自分でいいます?」

 

「じゃあ、フリーの魔導師ってことで」

 

「適当ですね……」

 

呆れながらも場所を変え、近くにあった公園のベンチに座った。 コルディはリインと同い年に見える少年だが、リインは見た目だけで実年齢は二桁にも満たない。 そして座った2人だが、現在の心境のリインは思わず愚痴らずにはいられなかった。

 

「ーーなるほど、そんな事があったんだね」

 

「……はい……私も頭に血が上ってしまいまして……こうなってしまいましたです……」

 

「ふうん……で、後になって後悔していると。 見た目に似合わず大胆なことするんだねぇ」

 

「そ、それは……」

 

その言葉にリインは反応する。 事実、リインの見た目の精神年齢は合っていない、その事が胸に刺さり、リインは俯いた。

 

「ま、とにかく勝てるまでも行かなくても良い勝負が出来ればいいんじゃないかな?」

 

「そうは言われても……」

 

思い切った顔をして勢いよく立ち上がり、リインの前に立った。

 

「よし! じゃあ、僕が手伝ってあげるよ!」

 

「え……」

 

「まだまだ未熟だけど……僕は姉さんに教導と指揮を教わってもらってるんだ。 ちょっとくらいは力になれると思うよ?」

 

笑顔で答えるコルディだが、リインは訳のわからない顔をして困惑している。

 

「ど、どうしてそんな事を……今会ったばかりなのに……」

 

「そんなの、手伝ってあげたいからに決まってるよ! 僕が手伝いたいって決めた、僕がそうしたいって決めた、ただそれだけ! 君の意志に、想いに……熱く、熱く燃えるようなバチバチを僕が感じただけ! それ以外の理由なんてこれっぽっちもない!」

 

コルディはその場で楽しげに笑いながらクルクルと回る。

 

「さあ、とにかくまずは行動だ!」

 

「わっ!?」

 

「場所は南寄りの海辺でいいよね? それじゃあ、レッツ・ゴー!」

 

リインの意見も聞かないままコルディはリイン手を取り、鼻歌交じりで目的の場所に向かった。 リインは流されながらもコルディの提案に乗り、今日は帰らないとはやてに連絡した。

 

その後、リインも移動中の間に乗り気になり、その意気のまますぐに特訓を開始……八神家近く、人気のない砂浜で特訓を開始する事にした。

 

『そう、分かった。 ーーーーに伝えておく』

 

「ちょ、だから!」

 

ブツン! ツー、ツー、ツー……

 

「………………………」

 

コルディは連絡して相手に問答無用で通信を切られ、メイフォンから聞こえる話中音が虚しく響いた。 コルディはメイフォンをしまい、後ろを振り向くと……準備運動をしていたリインがニコリと笑った。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろ始めようかな?」

 

「はい! お願いします、コーチ!」

 

「あ、あはは……コルルでいいよ。 皆に愛称でそう呼ばれてるから……」

 

「はい、コーチ! いえ、コルルさん♪」

 

リインは敬礼しながら笑顔で答えた。 それに対してコルディ……コルルは愛想笑いで返した。

 

「コホン……まずはそのアギトって人の戦闘パターンを想定して。 弾丸回避訓練(シュートイベーション)が最適な訓練法だね」

 

「シュートイベーションと言っても、通常の魔力弾ではなくサッカーボール台の炎球ですけど……とにかく、お願いします!」

 

リインはバリアジャケットを纏い、蒼天の書を手に持って身構える。 コルルは頷くと、手のひらを上に向け……大きめの電撃が迸る魔力弾を展開した。

 

「それは……」

 

「僕は電気の魔力変換資質を持っているんだ。 種類は違うけど、本番と似た特訓ができるはずだよ」

 

「なるほど……では、お願いします!」

 

「ーー行くよ!」

 

コルルは手を振りかぶり、リインに向かって雷球を投げた。

 

「まだまだ、続けて行くよ!」

 

「え……」

 

間髪入れずに第2球を投げると、リインはすぐに反応できず呆けてしまい……

 

「きゃあああああ!?」

 

「えええっ!?」

 

アッサリと直撃、威力は弱めてあるとはいえ電撃がリインの身体中を走り回り……地面に倒れ伏した。

 

「ちょ、リイン!」

 

予想外の事にコルルも焦り、リインの元に駆け寄ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日ーー

 

夜遅く、会議室の一室で八神家とレンヤ達が集められた。

 

「リインが不良になってもうたぁーー!!」

 

議題はこれ、リインがこの時間になっても帰ってこない事だった。 もちろん連絡は届いているが……はやては気が気でなかった。

 

「リインが……リインが……リインが帰って来ないんよーー!」

 

「は、はやてちゃん、落ち着いて……!」

 

「ど、どうどう……」

 

「そんな事で俺達を呼び出したのかよ……」

 

「そんな事とはなんや! これは八神家の一大事なんやで!!」

 

半狂乱状態のはやてをレンヤ達が抑えて何とか宥めようとする。

 

「主はやて、落ち着いて下さい。 リインも夜天を守護するヴォルケンリッターの一員、必ず理由があるはずです」

 

「理由って、確実にアギトとの模擬戦の事じゃねぇのか?」

 

「アギトちゃんに勝つために秘密の特訓、そんなとこかしら?」

 

「問題はそこじゃあらへん……問題は一体誰と一緒に特訓しとるかや」

 

「と、言うと?」

 

はやての疑問になのはが詳細を聞いてみた。

 

「リイン1人で特訓なんて無理があるし勝機もない、だれか指導するやつが必要や」

 

「それがどうかしたの?」

 

「……知り合い全員に連絡をとったんやけど……誰もリインを見てないらしいんや」

 

「それは……少し心配ね」

 

「メイフォンも繋がらへんし。 も、もしかして……悪い大人に唆されて……!」

 

(はやてちゃーーん!!)

 

「あああぁーーーっ!!?? リイン! どこ行ったんやリインーーーッ!!」

 

「お、おい、はやて……」

 

「ああもう!」

 

変な妄想で再び狂乱状態になるはやて、レンヤ達は取押えるように落ち着かせる。 保護者として当然の反応だが、今までリインを正しく教育できたかと言えば……肯定はできない。

 

ピロンピロン、ピロンピロン♪

 

不意にシャマルのメイフォンにメールが届いた。

 

「あ、ごめんなさい…………リインちゃんからみたい」

 

「内容は!」

 

「ええっと………『模擬戦のために今日明日は八神家に泊まります。 街で会った男の子に指導してもらっているので心配しないで下さい。 リイン』……ですって」

 

「機動六課出動ーー」

 

ゴスッ!

 

「さて、部隊長が寝てしまった事だし。 会議は終了でいいわよね?」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

「お、おやすみなさーい」

 

はやてがシグナムとリンスが肩を貸して運ばれ、そのまま全員が会議室を出て行く中……レンヤとザフィーラが最後に残っていた。

 

「街で会った男の子、ね。 吉と見るべきか凶と見るべきか……」

 

「リインはああ見えても人を見る目はある。 問題はないだろう」

 

「だといいんだけどな」

 

リインの指導相手を懸念しながらも、2人はそう呟くのだった。

 

場所は変わり食堂……そこでアギトとすずかが夜食を食べていた。

 

「……リインちゃん、本気で練習してるみたいだよ」

 

唐突に、すずかがアギトにそう言った。 理由はもちろん模擬戦の原因となったリインとアギトの喧嘩についてだ。

 

「バカな奴、付き合わされている奴も気の毒なこった」

 

「そんな言い方はないでしょう……! あの子は出来ないことを、アギトちゃんに言われたから出来るって証明しなくちゃいけないだよ。 私達に少しでも追いつこうと頑張って、フォワードの皆には情けない姿を見せまいと頑張っている……そんなリインちゃんに向かって……」

 

「ーーんなこと、知ってるよ……!」

 

「え……」

 

意外な一言にすずかは思わず呆けてしまう。

 

「好きなおやつも、嫌いな虫も、下着の趣味も……! そんでもって……アタシはあいつのああいう不必要な事まで肩肘張っている事が気に食わないんだよ、前から」

 

「……そうだったの?」

 

「そうだ……変な悲壮感背負ってさ……自分が世界を変えられるとでも思ってんだろ? ガキってのはこれだから」

 

「アギトちゃんだったら……どうだったの?」

 

「ん? ん〜〜……多分、あいつよりもっとバカだったろーな」

 

「ーーぷっ……ふふふふふふ」

 

「な、何だよ?」

 

「ふふ……ううん、それがアギトちゃんの本音なんだね?」

 

すずかは手で口元を押さえ、笑いを堪えながらそう聞いた。

 

「そうだな………そうかもしんねえな。 アタシ……あいつに劣等感を感じてんだろうな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月5日ーー

 

翌日、コルルと鼻頭に絆創膏を付けたリインは模擬戦に使用されるシュミレーター訓練場マップと睨み合っていた。 今は戦術方面の対策をしていた。

 

「……………………(チラ)」

 

「……………………(チラ)」

 

2人共目だけ動かしお互いをチラ見しようとしたが、2人同時に行ったため視線が合わさってしまった。 そしてリインは大きく息を吐いてマップから身を離した。

 

「……コルルさんも勝てるわけないって思ってるんでしょう?」

 

「え……そ、それは……」

 

「いいんです、無理しないで。 でも、私だってバカじゃないし、一応は戦いの基礎くらいは知ってるつもりです」

 

「……じゃあ、勝つつもり?」

 

「はい! コルルさんがコーチを申し出てきてよかったです! 色々と意見が聞けてよかったです!」

 

その後も2人の意見を出し合い、ぶつかり合いながら戦略をまとめて行った。

 

「ーーどうでしょう?」

 

「……うん、いいと思うよ」

 

「そうですか! 良かった〜、苦労して考えたかいがありました!」

 

先ほどまでの張り詰めていた表情から一転、花咲くような笑顔になった。 コルルはそんなリインに目を奪われるが、すぐに正気に戻りマップを指差した。

 

「時間を考えたら、進路はこっちにした方がいいと思うよ。 逆光になるはずだから」

 

「なるほど……」

 

「ただ、いずれにせよチャンスは1度きり……」

 

「やってみて……ダメなら諦めます」

 

リインはそう言い、マップを消し立ち上がった。

 

「アギトちゃんをビックリさせるんです!」

 

「……ビックリ?」

 

「はい! それさえ出来れば裸で六課一周くらいどうって事はありませんです。 本当ですよ?」

 

本当に嫌という顔をせずに、リインは笑顔で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦、当日ーー

 

「ーー遅え!」

 

「ふわあぁ〜……」

 

定刻を過ぎてもリインは姿を現さず、アギトのイライラがつのるばかりだった。 立会人を引き受けたヴァイスも退屈で欠伸をもらしていた。

 

「……あのさぁ」

 

「あんだよ?」

 

「アギト、宮本武蔵って読んだ事ある?」

 

「んん? ………………………誰だ?」

 

アギトはたっぷり時間を置いて考え……結局何も出なかった。 それを聞いたヴァイスはガックリとうなだれた。

 

「……いや、気にしないでくれ……」

 

それから数時間が経ち……夕方になり、日が海に日と重なりそうになった頃……リインが姿を見せた。

 

「随分待たせてくれたな?」

 

「ごめんなさいですぅ。 ちょっとお腹が空いてましたから軽く食事を済ませてきたんですぅ」

 

「……チッ」

 

陽気に答えるリインに、アギトは険しい顔をして舌打ちをする。

 

定刻はとうに過ぎだが模擬戦を開始し、まずはお互いが見えない位置からのスタートとなった。

 

『アギトちゃん……』

 

模擬戦開始数秒前、リインがアギトに念話を飛ばして声をかけた。

 

『なんだ?』

 

『……手加減は無用ですからね?』

 

模擬戦開始の合図のため、ヴァイスがスターターピストルを天に向け……

 

『ふっ……上等だ!』

 

パンッ!

 

火薬が破裂……模擬戦が開始された。 それと同時にアギトがリインに向かって飛び出し、リインはビルの合間をぬって移動を開始した。

 

「あー! もう始まっちゃってる!」

 

「あれアリシア、仕事が残ってるからって帰ったんじゃなかったのか?」

 

「それはリインが時間に来なかったからだよ。 今さっきリインを食堂で見たって聞いて、慌てて来たんだから」

 

「そ、そうか……」

 

ヴァイスは本当に食事を取っていた事に驚きつつも、模擬戦に目を向けた。

 

「ーー見っけ」

 

アギトはビルの屋上に飛び乗り、そこからスコープを使いリインを視認した。

 

「本来のアタシなら白兵戦だが……ユニゾンデバイス単機で何が出来るっての。 こいつで……終わらせる」

 

手のひらに火球を出し、狙いを定め、遠距離からの攻撃で決着をつけようとする。 その容赦の無さにヴァイスが苦笑いし……アギトは直撃させず余波で倒そうとし、火球が放たれた。

 

「きゃっ……!」

 

狙い通り火球はリインのすぐ側の壁に直撃、余波でリインの体勢が崩れた。

 

『外れです』

 

「は? 何でだよ!」

 

『直撃してないですよ。 手前の壁に当たっただけ』

 

「何言ってんだよ! 本番だったら壁なんか一緒に吹き飛んでいるだろ!」

 

『だがこれは模擬戦です。 そこを間違えないでください』

 

「ッ〜〜〜! たくっ!!」

 

贔屓に聞こえるが正論でもあり、アギトはイライラをぶつけるように、直撃を狙って今度は小さめの火球を放った。

 

「はあはあ……!」

 

息を荒げながらもリインは迫って来た火球をギリギリで避け、余波で体勢を崩しながらも耐えた。

 

『全て外れです、直撃してないですよ』

 

「っんだよそれは!? ………っ!」

 

ヴァイスを文句を言うためにリインから視線を逸らした隙に、リインが放った魔力弾がアギトのすぐ下のビル壁に直撃。 煙幕弾だったらしく、直弾の衝撃と共に煙幕が舞った。

 

「うあっ!」

 

『これも外れです。 良かったですね、アギト曹長。 本番だったらただじゃ済まなかったですよ?』

 

『そうそう。 やるねー、リインも。 頑張れー』

 

「テ、テメェらなぁ……! っあ!?」

 

アギトは通信で明らかに審判が贔屓めいた判定をしているのに腹をたてるが……その直後同じ場所にまた煙幕弾が撃たれ、アギトは体勢を崩した。

 

「チッ……まあいい。 要するに直撃させればいいんだろ?」

 

『そうです』

 

「ーーじゃあ……よく見てろよ!」

 

3発目の魔力弾を飛んで避け、リインに向かって飛翔する。 それを確認したリインはアギトに背を向けて移動した。

 

「はあ、はあ、はあ……!」

 

リインは魔力温存のため、飛行魔法を使わず。 息を荒げ走って移動していた。

 

「はっ! うあ!?」

 

左右に撃たれる火球を避け、身体が汚れるのも御構い無しにフィールドを走る。

 

「(これが……本番を想定した戦場……)っ………ああっ!?」

 

足元に火球を撃たれ、転倒しそうになるが。 側にあったコンクリートから剥き出しの鉄骨を無我夢中で掴んで転倒を止めた。

 

(あ、あれが非殺傷設定だったら……! アギトちゃんはいつもこんな苦しい中を……!)

 

足を止め、膝をついてしまうリイン。 火球が着弾した地面が剥がれているのを見て……走って出てきた汗と共に、恐怖で出てきた冷や汗が急速に身体を冷やして行く。

 

「(何で同じユニゾンデバイスなのに……次元が違う。 敵わない……)とても敵わない!」

 

『リイン!』

 

思わず胸に渦巻いた気持ちを言い放った時……リインに念話でコルルの声が届いてきた。

 

「コルルさん!」

 

『アギトって人の動きが鈍っているよ。 落ち着いて移動して!』

 

「わ、分かってます。 でも……」

 

『大丈夫。 君になら出来るはずだよ、僕が保証する!』

 

リインは横を向き、訓練場の近くにあった波止場を見た。 そこにあった灯台の下に、リインを見守るコルルがいた。 リインはコルルの目を見て……顔色が変わった。

 

「ーーはい!」

 

リインの顔に活力が戻り、再び地面を蹴って走り出した。

 

「意外と粘ったな。 だが、これで……」

 

走り回るリインの背中を一瞥し、右手の人差し指と親指だけを立て……指で銃を撃つ構えを取った。

 

「さあて、終わらせるか……!」

 

指先に火球を置き。 射撃アシストを使い、狙いを定めた瞬間……リインの姿が掻き消えた。

 

「なっ……幻影魔法!?」

 

アギトは驚きながらも冷静に目視でリインを探し始める。

 

「……大したもんだな、ホント。 だが」

 

関心しながらもリインを発見。 確実に直撃を狙うため両手に火球を持ちながら飛翔して接近する。

 

「はっ……!」

 

「遅え!」

 

接近に気付き、振り返ったリインよりも早くアギトは腕を振り下ろし……次の瞬間、アギトの視界が強烈な光に遮られた。

 

光の正体は太陽……アギトの隙を作るため、日暮れの逆光を利用したリインの作戦である。 このためにワザと定刻を越えて日暮れ前に現れ、逆光がさす西へ向かって移動していたのだ。

 

「なっ!?」

 

「やあっ!」

 

リインに妨害の素振りは無かった……アギトはその油断が判断を鈍らせ、迫ってきたバインドに拘束、地面に叩きつけられた。

 

「ぐう……」

 

「………………………」

 

アギトが目を開いた時、目の前には幾つもの魔力弾を浮遊させているリインがいた。

 

「当たって!」

 

リインは夢中で、出鱈目に魔力弾を発射。 今の緊迫している精神状態もあってほとんど外れているが……直撃判定を取れる魔力弾がアギトに当たった。

 

「はあはあ、っはあはあ………!」

 

過呼吸気味に息を荒げるリイン。 その瞳はまだ戦っており、視線はアギトから離さなかった。

 

「ーーそこまで! 勝者、リイン曹長!」

 

審判のヴァイスが模擬戦の勝者と終了を告げ、模擬戦は終わった。

 

その後、疲労しているリインは後で来るとのことで。 アギトはアリシアとヴァイスの元に戻った。

 

「負けたぞー、完敗。 ケチなんかつけないぞ。 罠を用意しとくのがズルいとか、審判が贔屓ばっかりしてるとか、皆でリインの味方してアタシはなぁんて不幸で孤独なんだろー……とか、そういう愚痴も言わない。 これが実戦だったらやっぱり勝ったのはアタシだろーとか、そういう見苦しい主張もしねぇよ」

 

「……思いっきり不満があるみたいですね?」

 

愚痴をかなり言い、ヴァイスはその事を指摘しながらも事実なので強くは言えなかった。

 

「あ、あはは……油断大敵、ってことで」

 

「……そうだな。 油断大敵ってことだよなー。 ふ、まあアタシなんか……アタシ何やってだろーなー……たっくさー……やれやれ……」

 

アリシアの言葉を飲み込み、アギトは項垂れながら何度も踵を鳴らし……そのまま座り込んだ。

 

戻ってきたリインは、俯きながらアギトの前に来た。

 

「アギトちゃん……」

 

「ーー色々酷い事言って済まなかったな」

 

「っ!」

 

感極まり、リインはアギトに抱きついた。 アギトは泣いているリインの頭を優しく撫でた。

 

「ごめんなさい……! こんなバカなことして……」

 

自分の言い放ってしまった言葉を理解し、涙声でリインは誤った。

 

「いや、負けて良かったさ。 この方が多分自然なんだろ。 でもま、これっきりにしような?」

 

「ぐす……はい! もうこんな事はこりごりです」

 

アギトはリインの頭を撫でながらそう言い。 リインはアギトから身を離し、涙目で返事をした。

 

「あのー、それで………裸で六課一周って件は?」

 

ヴァイスはアギトがその事をやるかどうか、恐る恐る聞いてみると……2人はヴァイスを嫌いな虫でも見るかのような冷たい目をして……

 

『最低』

 

「ぬっあ!?」

 

容赦無く、2人でヴァイスの顔面を蹴った。 地に転がったヴァイスを見て、2人は嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだい、ぶあっ!?」

 

どこかの薄暗い部屋、コルルが入って来た瞬間誰かに顔面を蹴られ、コルルは反対側の壁まで吹き飛ばされた。 コルルを蹴り、足を振り上げた状態で立っていたのは……騎士甲冑に身を包んだ女性、流動のウルクだった。

 

「今までどこほっつき歩いていた? このポンコツデバイス」

 

「ま、待って! ちゃんと説明したでしょう!? 敵状偵察だよ! 敵状偵察!」

 

「あんたにそんな趣旨と策を考えているわけないでしょう。 どうせその場任せのノリでしょう」

 

ウルクは寝転がっているコルルの頭を鷲掴みにし、衝撃を与えるように魔力を流すと……コルルは一瞬光ると小人サイズになってしまった。 ウルクはそのまま巨人が人間を掴むようにコルルを持った。

 

「ポンコツデバイスが帰って来たわよ」

 

「……お帰りー……」

 

「ようやく帰って来ましたか。 勝手な行動は困りますよ?」

 

「あ、あはは……」

 

ラドムの眼光に睨まれ、苦笑いしながらウルクの手から逃れた。

 

「? コルル、何か楽しいことでもあった?」

 

「あ、わかる? すっごいバチバチするような楽しい事があったんだよー♪」

 

クレフの質問に答えながら、コルルはジリジリと距離を取って行く。 そのまま逃げようしているらしいが……

 

「……ダメ」

 

「ふにゃう!?」

 

「ーー目を離すなとマスターに言われてます。 敵の手に渡るようなら破壊しろとも」

 

「ぎいやああああぁ!! 今! 今破壊されるーー!?」

 

ファウレは逃げようとしたコルルを転ばせ。 ウルクは容赦なく頭と体を持ち、捻った。 首が限界まで曲げられ、脅しにしては目が本気に見える。

 

「あら? 破壊するなら私にくれませんか? ユニゾンデバイスの解体なんてそうありませんから」

 

横にいた茶髪でメガネをかけた少女が手を上げ……その隣にあったガジェットから幾つものアームが飛び出した。 そのアームの先端にはドリルやカッターやらが大量に取り付けられていた。

 

ウルクは無情にもコルルを部屋の隅に放り投げられた。 ガジェットはドリルなどの駆動音を轟かせ、単眼カメラが怪しく点灯しながらゆっくり接近する。

 

「いーーやあああーーーっ!?」

 

「ふふふ、痛くしませんから、大人しく私に解剖ーー」

 

「させるかバカ」

 

コルルに迫っていたガジェットを、ゼファーが背後から踵落としで脳天を凹ませ停止させた。

 

「こんなんでもマスターの大事な友人だからな。 そう手荒に扱われると困る」

 

「あっ、ちょっと待っーー」

 

有無言わさずコルルは『コルルのへや』と書かれた紙が貼られた金庫に放り入れられ……扉が閉められた。

 

『うわ酷っ! えっとこういう時は……はっ! あ、暗黒の帳がーー! 暗いよー! ママ、怖いよー! ベットの下に斧を持った男がいるよーー!!』

 

「これで安心ですね」

 

「ピュイ」

 

「安心の定義が少し違う気もしますが……」

 

「……バカにはいい薬」

 

扉を叩きながら叫ぶコルルをスルーして、この部屋にいた全員はコルルを放っておいて部屋を出て行った。

 

 


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