魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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156話

 

 

6月24日ーー

 

色々とギクシャクしながらも、スバルがティアナの早朝訓練に付き合い。 本来の訓練にも気合いが入り、少しずつだが元の関係に戻って来たが……根元は未だに引きずったままだ。 それに早朝訓練も正規の訓練メニューにない秘密の特訓……これでは心身共にティアは参ってしまいかねない。 これに加えて3人だけで怪異を発見、撃退しなければならない。 そして、怪異を見つけ出す1番手取り早い方法は……

 

「っ………!」

 

それは出来ない。 頭を左右に振って雑念を振り払う。

 

「ソーマさん?」

 

「どうかしたんですか?」

 

自身の行動に、サーシャとエリオが不審に思い声をかけてきた。 何でもないとなんとか笑って誤魔化し、朝食を口に入れた。 隣を見ると……大量に盛られたパンを美味しそうに食べるエリオ。 相変わらずスバル並みの食欲、見てるだけで満腹になりそうだが……そうすると保たないので、ちゃんと食べよう。

 

「あれ? そういえばティアナさんとスバルさん、遅いですね? いつもなら1番最初に起きていたのに……ソーマさん、何かしりませんか?」

 

エリオがパンの壁越しに聞いてきた。

 

「さ、さあ……サーシャ、何か知っている?」

 

「うえぇっ!? そ、それは……」

 

「?」

 

事情を知っているサーシャは、いきなり話を振られた事に驚きワタワタする。 と、そこに手のひらにフリードを乗せたキャロと、肩にガリューを乗せているルーテシアがが食堂に入っきた。 逃げるように手を上げると、それに気づいた2人が寄ってきた。

 

「おはようございます。 ソーマさん、サーシャさん、エリオ君」

 

「おはよう、キャロ」

 

「おはよう、いい朝ね」

 

「そ、そうだね」

 

キャロはいつも通りだが、僕達の行動にルーテシアが不審に思い、少し顔をしかめる。

 

「フリードとガリューもおはよう」

 

「キュクルー!」

 

(ペコリ)

 

それから2人も朝食を取りに行き、しばらく和気藹々と朝食を食べていた。

 

「ーーあ……あの、ソーマさん。ちょっと気になる事があるんですけど……」

 

「え……何かな?」

 

突然、キャロが思い出したかのような顔をして、質問してきた。

 

「えーと、食堂に来る前にスバルさん達の部屋に寄ったんですけど、返事がなくて」

 

キャロの言葉に、僕とサーシャの動きがピタリと止まる。 まさか……

 

「2人は部屋にいた?」

 

「よくわからなかったんですけど……いなかったと思います」

 

「そう……」

 

ティア、今日も早朝から特訓を……スバルも付き合っているみたいだし。 無理してないといいんだけど……

 

「モグ……そういえば……最近ソーマ。 ティアナと何かあったのかしら?」

 

「え……!?」

 

「なーんかいきなり折り合い悪くなっんじゃない。 特にティアナがソーマを避けてる気がする。 それにスバルとも。 スバルはいつも通りだと思うけど、どことなく落ち込んでるわよ、あれ」

 

「あ、僕もそう思った。 何かこう……ギクシャクしているよね?」

 

「お2人は喧嘩でもしたのですか?」

 

「そ、そん事ないさ。 ほら、しっかり食べて。 じゃないと今日一日保たないよ!」

 

「そ、そうだねー」

 

サーシャも緊張しながらも同意してくれ。 何とかこの場はやり過ごせた。 だが、ティアとの関係も、ティアを狙うグリードの事も何にも出来ていない。 時間はもう残されていないのに、事態は刻一刻と悪化して行く。

 

ここ最近ティアの日々過酷だ。 早朝自主練に始まり、日中のなのはさんの訓練。 それが終わってから深夜にまで及ぶ自主訓練と、寝る間も惜しんで特訓に明け暮れていた。 僕はそんなティアを苦々しい表情で見ていた。常軌を逸した訓練をしているティアとスバルを止めようと、訓練前後で何とかコミュニケーションを取ろうとしたが、全ては無駄に終わっている。 最初はティアも反応していたが、今では無視を決め込んでいる。 強引に話をしようと思っても、ホテルアグスタ警備後の夜の事もあって強く言えずにいた。 ティアを放ったらかしにしたのは自業自得……だが確実に自身に責はある。

 

「……付け焼き刃の技や連携なんて、脆いだけなのに……」

 

血反吐吐いて、辛い思いをして手札を増やそうとしても……ティアとスバルの特訓の事を。 そう、呟ずにはいられなかった……

 

(明日は模擬戦もある……何事も無いといいんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月28日ーー

 

午前中のまとめとして、2on1の模擬戦が行われた。 ライトニングから始まり、クレードル、フェザーズ、スターズの順番でこれまでの訓練成果の総集として模擬戦が行われた。

 

「ーーまあ、いいでしょう」

 

『あ、ありがとうございます!』

 

模擬戦の相手をしてもらったアリサさんに何とかいい勝負をし、ギリギリ合格点ももらった。 ライトニングの模擬戦を担当したアリシアさんは結構ユルユルだったのに……

 

「よし、それじゃあ次はスターズだね。 バリアジャケット、準備して」

 

『はい!』

 

僕達は見学のためビルの屋上に移動し、それから模擬戦が開始された。 今のところは2人ともなのはさんについて行けてる。

 

「ーーごめん遅れて。 もう始まっちゃった?」

 

と、そこにフェイトさんが屋上に現れた。 かなり急いで来たようだが、息が上がってない所が流石だと言える。

 

「フェイトさん」

 

「どうしてこちらに?」

 

「本当は今日の模擬戦、私と姉さんとアリサが受け持つはずだったんだ」

 

「そうだったんですか?」

 

「この頃なのは、働きっぱなしだったから疲労が心配でよ。 フェイトに今日の模擬戦を提案したんだけどよ……」

 

「朝から晩までみんなと一緒に訓練して、1人だけの時はモニターとにらめっこして訓練映像を確認して訓練メニューを考えたりで」

 

「私も負担を減らそうとしてるんだけど、なのはは妙な所で遠慮して。 まあ、テオ教官のおかげで柔な鍛え方はしてないし、倒れる事は無いと思うけど」

 

「なのは……少なからず心労は溜まってるだろうね」

 

「ああ……このままじゃなのはでもいつかまいっちまうから、休ませてやりたかったんだよ」

 

「そう……全くあの子は……そういう所はレンヤと似てるんだから」

 

2人から聞かされた自分達の知らない場所でのなのはさんの姿。 自分達がどれほどなのはさんに……隊長方に想われていたのか、キャロとエリオとルーテシアは改めて知り感銘を受け。 美由希さんは少し呆れながらなのはさんを見上げた。

 

「本当なら、全ての模擬戦をアリサが担当するはずだったんだけど……」

 

「なのは、頑固だからねぇ……まあ生徒の成長を確認したいのは分かるけど」

 

「あ、そういえばレンヤさんは? 今日は来られないんでしょうか?」

 

「レンヤなら大丈夫、必ず来るよ。 執務がひと段落ついたら直ぐに向かって」

 

「考えてみりゃ、アイツもアイツでけっこう激務だよな」

 

普段、六課のほぼ全体の執務やフォワード隊の訓練と僕達の個別指導。 更にたまに来る対策課の依頼や任務……慣れているとは思うとはいえ、なのはさん並みに心配になってくる。 だが、今僕が懸念する所は……

 

「…………………」

 

ピピ、ピピ♪

 

メイフォンを取り出し、サーチアプリに表示された数値を見る。 やっぱり……あの夜から日に日に数値が上がっている。 もしかしたら、何らかのきっかけで今日ピークに達っするかもしれない。

 

(ティア……)

 

「ーー戦況が動いた」

 

「クロスシフトね」

 

横目で僕の行動を見ていたヴィータさんとアリサさんが流れが変わった事を伝えた。 グリードの事は隊長達もすでに認知している。 そして、相変わらずこういう時の皆さんは手厳しい……

 

「クロスファイアーー………シュートッ!」

 

ティアが仕掛け、幾つものクロスファイアがなのはさんを目がけて不規則な軌道を描いていく。

 

「……なんかキレがねーな」

 

「コントロールはいいみたいだけど……」

 

「それにしても……」

 

……恐らく、ティアは他の作戦を考えていて集中しきれてない。 そして、この魔力弾の動きではなのはさんを追い立てるのがやっと、撹乱させる事はできない。 その時、ウィングロードがなのはさんに向かって行き、スバルがなのはさんに向かって行く。 本来なら、向かって来るスバルは幻覚によるフェイクのはずだが……あのスバルは本物だ。 なのはさんは直ぐにそれに気付き、牽制のため魔力弾を発車する。 スバルはなのはさんが放った魔力弾を、身体に纏ったフィールド系の防御魔法とシューティングアーツの防御の体捌きで弾き飛ばしながら前に突き進む。

 

「うりゃあああああっ!!」

 

拳をなのはさんに向け振り下ろす。 拳となのはさんのシールドがぶつかり、魔力が飛び散る。

 

「ぐう……」

 

「…………………」

 

しばらく打ち合いが続いたが、なのはさんがレイジングハートを振りぬき、スバルを大きく弾き飛ばした。

 

「こらスバル! ダメだよ、そんな危ない軌道!」

 

ウイングロードに着地したスバルに、ティアの誘導弾を躱しながら話すなのはさんの叱咤が飛ぶ。

 

「うわっ……っと、すみません! でも、ちゃんと防ぎますから!」

 

自分の注意に対してスバルが応えた一言に、なのはさんは一瞬表情を少し厳しくするが、ティアの姿が見当たらない事に気付く。

 

「っ……」

 

辺りを見回して直ぐにティアを見つけるが、そのティア行動……レーザーポインターが頰に当たりながらなのはさんは訝しむ。 ティアは廃ビルの屋上に立ちクロスミラージュをなのはに向け構え、魔力を収束させていた。 その行動はティアナのポジションからは考えられないものだ。

 

「砲撃? ティアナが?」

 

「……おかしいわね。 あんな動きは……」

 

「…………………」

 

戦闘を観戦していたフェイトさんとアリサさんがそんな声を漏らし、アリシアさんは険しそうな顔をして模擬戦を見つめた。 ティアをよく知る者がこのティアの動きを見れば、驚くのも無理もないのかもれない。 あれは秘密特訓によるアレンジだ。

 

『スバル! 特訓成果……クロスシフトC、行くわよ!』

 

「ーーおう!!」

 

恐らく念話でのティアの指示に、スバルは気合いの入った声で応える。 スバルはカートリッジをロードし、足に装着したマッハキャリバーが唸りを上げ、なのはさんへ急接近する。

 

「でえぇりゃあああああっ!!」

 

なのはさんは接近するスバルを魔力弾で迎撃するが、スバルはそれらを超スピードで掻い更に潜り重い一撃を繰り出す。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

「……っ!」

 

2度に渡り、スバルの拳となのはさんのシールドがぶつかり合い、魔力を弾けさせながら攻めぎ合う。 スバルは弾かれないように足に力を込めながら耐える。

 

「っ!」

 

その時、魔力の揺らぎを感じた。 なのはさんも同様に気付き……それと同時に屋上で砲撃を放とうと構えていたティアナの姿が一瞬にして消える。

 

「あっちのティアさんは幻影!?」

 

「じゃあ、本物は!?」

 

「ーーいた!」

 

屋上からなのはを狙っていたティアは幻影魔法のフェイクシルエット……キャロとエリオが慌てて視線をフィールド内に巡らし、ティアナを探そうとし、ルーテシアがティアの姿を捉えた。

 

「ティアナちゃん!?」

 

サーシャが声を上げ、ルーテシアの指した方向を見る。 その先にいたのはティア……勿論フェイクではなく本物。 ティアはあらかじめスバルが展開していたウイングロード上を駆け上がり、2人に向かって接近する。 ティアはクロスミラージュを右手に持ちトリガーを引き、オレンジ色の魔力で構成された短剣を生み出す。

 

「あれは……」

 

「まさか……!」

 

「っ!」

 

ティアの行動に全員が驚愕する中。 剣帯からダイトを抜き取り……復元して剣にした。

 

「! ソーマ……!?」

 

「ーーすみません……こんなの、見過ごせません!」

 

活剄で脚力を強化し、ビルから飛び降りてティアの元に向かう。 そして、ティアはなのはさんの頭上辺りまで駆け上がると、足場のウィングロードを力強く蹴り……

 

「一撃……必殺!」

 

短剣を展開したクロスミラージュを構え前に突き出し、なのはさん目がけ急降下していく。

 

「でええええぇぇぇぇいっ!!」

 

勝った。無防備ななのはさんの背を前にして、ティアは確信の笑みを無意識に浮かべていた。 その時……

 

「レイジングハート……モードリリース……」

 

《オーライ》

 

「っ!?(何て威圧……マズい!)」

 

感情のこもっていない、氷のような冷たい声が耳に届いた気がした。 模擬戦を止めるべく、剣をティアのクロスミラージュに向かって投擲した。

 

ガキィィッ!

 

「なっ!?」

 

「………………………」

 

剣がクロスミラージュを弾き、辺りに甲高い音が響き渡った。 ティアの表情が驚きを見せる中、瞬時に転移してティアの前に現れ。 両肩を掴んで横に移動させ……隣にあったウィングロードに飛び降りた。

 

「ティア……」

 

「くっ……ソーマ! 何で邪魔したの! あと少しで勝てたのにーー」

 

パァン!

 

言い終わる前に、ティアの頰を叩いた。 ティアは叩かれた頰を抑え、呆然と僕を見つめた。

 

「ティア……ティアが求めていたのはこんなの喧嘩みたいな力なの?」

 

「……え……」

 

「傷や怪我、他人の心配も厭わない戦術が……本当にティアが求めていた力なの?」

 

顔を上げ、ウィングロードの上に立っているなのはさんを見た。 少し表情は暗いが、任せてくれるみたいだ。

 

「独り善がりで、なのはさんの気持ちすら考えないで焦って……ティア、君は本当に1人ぼっちになりたいの?」

 

「っ!」

 

「確かに、あの時僕はティアの側に居られなかった。 言い訳は言わない……でもよく考えて。 今、ティアは本当に1人ぼっちと思う?」

 

「そ、それは……」

 

思う所があり、ティアは黙って俯いてしまう。 ティアの持っている力はティアだけの力じゃない。 技術だって、クロスミラージュだって、1人ぼっちでは決して手に入れられないものだ。 だが、ティアの表情にはまだ迷いがある……だからある言葉を口にした。

 

「……自分の舵は自分の意志で取れ」

 

「え……」

 

「昔、レンヤさんに言われた言葉。 他人に自分の価値を委ねるなって意味。 ティアはいつも凡人って言って努力して来た。 けど、それは本来嫌味にしか聞こえないんだ」

 

「な、なんで? 私はどう見ても凡人で……」

 

「ーーヴァイスさんはどう? あの人はバリアジャケットを展開できる程の魔力もない……けど、それを補える程の狙撃の腕を持っている。 エナだと戦う事すら出来ない……でも、エナは自分の仕事に誇りを持っている。 そんな彼女を……ティアは凡人と言う?」

 

「…………………」

 

遮るように事実を言うと、ティアは喉まできた言葉を飲み込み、口を閉ざした。

 

「確かに、レンヤさん達と比べるとそう思っちゃうかもしれないけど……それはティアだけに言える事じゃない。 それに、僕とティアが戦えば勝率は五分五分なんだよ? だからそこまで深刻に考えなくてもいいんじゃないかな?」

 

「…………だからって……だからって、あんな事言っておいて……」

 

「ティア、それは……」

 

自責の念が湧き、それが目に見えて黒い影のようなものが溢れ出して来た。

 

「ーーッ!?」

 

「しまった!」

 

「ーー今更、アンタ達にどんな顔したらいいのよ!!」

 

ビキンッ!!

 

その言葉が皮切りとなり、ティアの背後に赤い亀裂が走った。

 

「えーー」

 

「ティアナちゃん!」

 

「ティア!」

 

赤い亀裂が広がり……完全にゲートが顕現した。

 

「きゃああああっ!?」

 

ティアは直ぐに反応できず、顕現したゲートの飲み込まれて行ってしまった。

 

異界化(イクリプス)……!」

 

「やっぱり特異点として働いていたか」

 

「レンヤさん……」

 

いつの間にかレンヤさんがなのはさんの隣にいて、肩に手を置いてなのはさんを落ち着かせていた。

 

「ここは俺に任せろ。 ソーマ、サーシャはティアナの救出、及びグリードの討伐に当たってくれ」

 

『了解!』

 

「あ、あの! 私にも行かせてください!」

 

サーシャが隣に来たと同時に、ウィングロード伝いに息を荒げながらスバルが走って来た。

 

「こうなった原因は私が手をこまねいていて、どうにかしたいと思っていてもティアの感情に流されていただけで……だから、私の意志で、ティアを助けたいんです!」

 

「……危険を伴うよ? それでもいいの?」

 

「もちろん! お母さんのしごき以上に怖いものなんてないし!」

 

意気揚々に言うけど……クイントさんに失礼じゃ? 事実だけど……

 

「レンヤさん、後はよろしくお願いします!」

 

「ああ、気を付けろよ」

 

「ーーよし、それじゃあ行くよ!」

 

「はい!」

 

「うん!」

 

僕達3人は、ティアを救い出すためゲートを潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートを抜けると、そこは巨大な月が空に浮かび、迷宮が月光の下にある庭園だった。 迷宮には水路が用いられているで、足元に水が流れていた。

 

「これが迷宮としての異界……こうして見るのは初めてかも」

 

「ソーマ君、スバルちゃん、無理はしないで確実に進んで行こう」

 

「うん……分かってる!」

 

僕とサーシャはバリアジャケットを纏い、武器を構えると迷宮に向かって走り出した。 足が濡れるのも気にしてはおられず、鬼神に迫る勢いで襲いかかる怪異を倒し、迷宮を駆け抜ける。

 

「ーーティア!」

 

息つく暇もなく最奥に辿り着き。 その中央にティアがいた。 周りに禍々しい影のようなものが纏わりついており、ティアは苦しそうに蹲っていた。

 

「ス、スバル……アンタまで……こんな所に……」

 

「なにあの影みたいなのは!?」

 

「まさか、あれが……!」

 

「待っててティア。 今すぐ助けてーー」

 

「ーーバカッ!! なんで来たのよ!?」

 

近付こうとした僕達をティアは拒絶の一括で止めた。 思わず足を止めてしまい、ティアは顔を左右に振った。

 

「助ける、だなんて……私にそんな価値、無いわよ……! アンタに……アンタ達にどれだけ、酷いことをしたと思って……!」

 

「ーーそんなこと、関係ないよ!」

 

「え……」

 

スバルのその一言に、ティアは思わず口を開けてしまった。 呆けるティアに、スバルは一歩前に踏み出す。

 

「私のシューティングアーツは確かにお母さんから教えてもらったものだよ。 でも、そこから訓練校に入って、ここまで来れたのはティアとソーマのおかげなんだよ。 私1人じゃ絶対に無理……2人がいたから頑張って来られたんだよ?」

 

「幻術魔法だって、ティアナちゃん並みに出来る人ってあんまりいないんだよ? 確かに私はティアナちゃんの持ってないものを持ってる……けど、逆に言えばティアナちゃんの持っているものは私には無いものなんだよ」

 

「だから僕達はチームなんだ。 それに、ティアはなのはさん達は完璧だと思っているけど……実際は全然普通なんだよ? 歳だって実際はそこまで差はないし、失敗だってする……僕達は人間なんだから完璧にはなれないんだ」

 

「あ……」

 

「ティーダさんだってティアとの関係で四苦八苦している。 レンヤさん達も僕達と同じで平和のために頑張ってる。 そして、私達もティアと仲直りしたと思っている……ティアもそれと同じ。 ただ無茶だっただけだよ」

 

僕達が出せる言葉はもう少ない……最後に一呼吸置いて、口を開いた。

 

「だからね、ティア……ここから出て、一緒になのはさんに叱られに行こう? まずはそこから初めて、前に進もう?」

 

「ソー、マ……」

 

心に届いたかどうかはわからないが、少し安堵の表情を見せた。 だが……突如、ティアに纏わりつく影が勢いを増した。

 

「ーーうああっ!?」

 

「ティアッ!?」

 

「早く逃げーー」

 

次の瞬間、影がティアを飲み込み………影が具現化したような、上半身が影から出ている鋭い爪を持つ半透明なエルダーグリードが顕現した。

 

「ファントム……! 人の心の影に付け込むエルダーグリード……グレアファントム!」

 

「あのグリードを倒さない限り、ティアは助けられない! 行くよ、サーシャ、スバル!」

 

「はいっ!」

 

「うんっ!」

 

グレアファントムを前にし、武器を構えて向かい合う。

 

「待ってて……ティア!」

 

グアアアアア……!

 

グレアファントムが鈍い咆哮を上げ。 スバルは咆哮をものともせずグレアファントムに向かって走り出した。

 

「でやああああっ!」

 

跳躍、左足を振り上げ。 グレアファントムの顔面に向かって振り抜かれたが……

 

「えっ!?」

 

「スリ抜けた!?」

 

突然グレアファントムはほぼ透明になり……蹴りは抵抗なくスリ抜け、スバルは驚きながらも体勢を立て直し着地した。

 

「くっ……内力系活剄……旋剄!」

 

両脚に剄を流し、脚力を大幅に強化し高速移動。 グレアファントムの背後に回り込み、連弾を使いながら剣を振り抜いた。 今度は手応えを感じた。

 

「こっち!」

 

振り向こうとしたグレアファントムに、サーシャが魔力弾を放った事で敵意がサーシャに向き。 グレアファントムは左手を振り上げて黒い影のような魔力弾を放った。

 

「廻れ!」

 

サーシャはその場で静止、輪刀だけを回転させ。 迫ってきた黒い魔力弾を輪刀上に這わせるように受け流し……撃ち返した。 だが牽制に撃たれたようで、大したダメージもなく。 グレアファントムは爪を突き立てながら右手を構えた。

 

「ふっ、せい!」

 

振り下ろされた爪を一撃目は受け流し、二撃目は懐に潜り込んで避ける。

 

「外力系衝撃……轟剣!」

 

「てや!」

 

剄を練り上げて刀身を覆うように収束させ、胴体を斬りつけ。 サーシャは輪刀の刀身を掴んで顔面に叩きつけた。 するとグレアファントムは腕を交差させ……振り下ろしと全体に円形の黒い衝撃波を放った。

 

「おっと……」

 

「とおっ!」

 

「あわわ……!」

 

僕達は後退して迫ってきた衝撃波を飛び越えて躱した。 滞空している状態で剣を投げ、転移して頭上を取った。 だがグレアファントムはそれを狙い……影の中に潜り込み、剣は虚空を斬った。

 

「っ……重鈍の刃鋼(メタロ・ペテンザ)!」

 

影はサーシャの真下に這い寄り……グレアファントムが爪を振り回しながら影から飛び出してきた。 その前にサーシャは輪刀の中に入り高速に回転、球体のようになり。 ボールのように持ち上げられて攻撃を防ぎ……

 

「でりゃあ!」

 

ウィングロードで先に回り込んでいたスバルがその状態のサーシャをボールのように蹴り……グレアファントムの胴体にぶつけた。

 

「よし!」

 

「よくないよ!」

 

「あうあう〜〜……め、目が回ります〜……」

 

直ぐに目を回しているサーシャをビンタして目を覚まさせ……

 

「トイトイ! トイやあああっ!」

 

その間にスバルが素早くキレのあるフットワークでグレアファントムの攻撃を避けながらパンチを繰り出している。 その時、グレアファントムは左手を振り上げ、地面に叩きつけた。 その衝撃で地面は這うように黒い衝撃波がスバルに迫った。

 

「遅いっ!」

 

スバルは危なげなく避け、再び攻撃しようとした瞬間……スバルの背後から衝撃が襲った。 先ほどの衝撃波はどうやら追尾型、そして……

 

「う、動けない……!」

 

「捕獲効果もあったのか!」

 

黒い影がスバルに纏わりつき、動きを束縛されていた。 グレアファントムはスバルに向かって爪を向ける。

 

「こ、このおおおおおおっ!!」

 

スバルはガムシャラに身体を動かし……ギリギリの所で振りほどいて爪を回避した。

 

「スバル!」

 

「あ……」

 

スバルの元に駆け寄って腰を掴んで抱き寄せ、剣を投げ転移し。 グレアファントムから距離を置いた。

 

グレアムファントムは両腕を地に付け……障壁を展開しながら鈍い咆哮を上げ、全体に影の衝撃波を放った。

 

「きゃあっ!?」

 

「サーシャ!」

 

「大丈夫!?」

 

「う、うん……大したことはないよ……っ!?」

 

確かに大きなダメージは負っていないようだが、何故かサーシャはその場から動かなかった。 よく見ると身体が硬直している……

 

「あの咆哮で身体が麻痺したのか!」

 

「ぐっ……」

 

サーシャは何とか動こうともがくが……突如グレアファントムが魔力を貯めだし、両手を天に掲げた。

 

「っ!?」

 

「マズい……あれはマズい!」

 

「サーシャ!」

 

救い出そうと僕とスバルは走り出すが……グレアファントムの両手に影の魔力が集まり……影の魔力の塊を振り下ろした。

 

「おおおおおおっ!!」

 

「くっ!」

 

「きゃっ!?」

 

ギリギリの所でスバルがグレアファントムの腕を蹴り、着弾を遅らせ。 その間にサーシャを抱えてその場を離脱……一瞬遅れて影の魔力が爆発、グレアファントムの目の前に影の衝撃波が柱のように立ち登り、異界の天まで衝撃が登った。

 

「きゃあああああっ!?」

 

衝撃が全体に広がり、空中にいたスバルは吹き飛ばされるが、何とか体勢を立て直して着地した。

 

「ソーマ君!」

 

「了解!」

 

そのやり取りだけで会話が成立し、グレアファントムに向かって駆け出す。 グレアファントムは爪を振り下ろすが……

 

「させない! 巨人の投擲(ティターノ・ランチャーレ)!!」

 

輪刀を振り回してその場で回転、その加速を利用して輪刀を投げた。 投げられた輪刀は爪に直撃し、輪刀が爪を弾き返した。 そのまま剣に大量の剄を流し込み……

 

「うおおおおおっ!!」

 

天剣技・霞楼

 

剣を振り抜いた。 一閃の斬撃として放った衝剄を、グレアファントムの胴体に撃ち込んだ瞬間……ゼロ距離で多数の斬撃として四散させる。 グレアファントムに大きなダメージを負わせたが、この技は天剣で放つ剄技……ダイトこの技に耐えられず一瞬で限界を超え、風化してボロボロと崩れ去った。 グレアファントムは呻き声を上げながら倒れ伏し。 身体から丸いコアのようなものが露出した。

 

「何あれ……?」

 

「あれがグレアファントムを構成するコア……弱点だよ!」

 

「だったら……!」

 

スバルはコアに向かって走り出し、跳躍。 右腕を振り上げ、カートリッジをロード……リボルバーナックルが急速に駆動を始め、スバルの右腕に6つの魔力弾が浮遊する。

 

《マグナムフィスト》

 

「ぶっ壊れろおおおおおおっ!!!」

 

コアに拳を振り下ろした瞬間魔力弾がリボルバーナックルに装填、それと同時に炸裂……コアに衝撃を撃ち込んだ。

 

「まだまだああああっ!」

 

スバルはそれを合計6回実行、魔力弾が炸裂する度にコアにヒビが走り……最後の1発が撃ち込まれると完全に砕け散った。

 

グレアファントムは断末魔を叫び……天に手を伸ばしながら溶けるように消えて行き。 後に残ったのは地面に横たわっているティアだった。 直ぐさま駆け寄り、上半身を上げて無事を確認する。

 

「ティア……!」

 

「……よかった、怪我はないみたい」

 

「ーー異界化が収束するよ」

 

辺りから白い光が溢れ出し、空間が歪んで行き……現実世界に戻って来た。 どうやら訓練場のビルの上のようで。 外はもう日が沈みかけていて、もう夕暮れ時だった。

 

「無事に戻ってこられたみたいだね」

 

「うん。 本当に無事かどうかはこれからなんだけど……」

 

「うっ……」

 

「ティア……!」

 

ティアが呻き声を漏らし、思わず呼びかけると……後ろからレンヤさん達が飛んで来た。 すずかさんがすぐに応急処置と状態を確認する。

 

「無事のようだな?」

 

「はい……何とか勝てました」

 

「あの、すみません。 ご迷惑をおかけして……」

 

「気にしないで。 スバルのせいじゃない事は分かってるから」

 

「……かなり消耗しているみたい。 まあ、ここ最近の疲れもあるんだと思うけど」

 

診察を終えたすずかさんがそう言い、一先ず安堵する。

 

「なら、医務室に運ぶわよ。 ソーマ、連れて行きなさい」

 

「は、はい!」

 

休ませる意味も含め、訓練を中止してアリサさんに言われティアを抱え、医務室に向かうのだった。

 

 


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