魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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133話

 

 

「な、何んだ……こいつは……?」

 

ピリピリとしている空間の沈黙を破ったのはヴァイスさんの呟きだった。

 

「おいお前、何者だ⁉︎ 俺達は管理局員だぞ!」

 

「………………」

 

マハと名乗る男は何も言わず、ただゆっくりこちらに近付いてくる。

 

「おい聞いてんのか! いったい何の目的でーー」

 

「無駄ですよ、あの男に何を言っても」

 

怒りかけたヴァイスさんを遮り、俺は刀をシェルティスは双剣を手の中で回し逆手に構えた。

 

「会話の通じる相手じゃないですね」

 

マハから受ける威圧感は明らかに敵意が混じっている。 飛空挺を墜落させたのがあの男なら、先ほど俺達のことを対象と言った。 狙われているのは間違いないだろう。 だが何だ、この男から違和感を感じるのは……?

 

「ヴァイスさん、離れてください」

 

視線をマハから離さず、後ろのヴァイスさんに聞こえるように絞るようにお願いした。

 

「で、でもよ……」

 

「あなたは遠距離からの狙撃を得意と聞いています。 いきなり僕達に合わせるのは無理があります、どうかここはお願いします」

 

返事をまたず、改めてマハを見据える。 先ほど墜落された時にあった巨大な腕は見当たらない……なら、出される前に叩く!

 

俺とシェルティスはほぼ同じに飛び出し、一瞬でマハと距離をつめた。 懐に入り、刀を振り抜こうとしたーーその瞬間。

 

()()()()()()()()()()

 

ローブに隠れた男の口元が、笑みを浮かべたように感じた。

 

()……()……()()()()……()……」

 

呟かれたのは奇妙なざわつき。 だが何だ……これを聞いた途端嫌な予感がしてたまらない。

 

()()()()()………()……()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()………()()……()()()()()()()()……()……()()……()()()()……()()()()()………()()()()()()()()()()()………()()()()()()()()()()()………()()()()()………」

 

ぼこり、と突如地面から何が飛び出してきた。 それは黄金の杭……地中から高速で撃ち出された無数の杭が、(やり)さながらな鋭利な先端を向けて放たれた。 何十本、何百本という桁違いの数が。

 

(こんな数を一気に創造して操作した⁉︎)

 

「くっ!」

 

考える暇もなく眼前に迫った杭を斬り裂く。 杭を払い、逸らし、飛び交う杭を弾きながら後退する。 濛々と巻き上がる土砂。 迎撃され地に落ちた杭が黄金色の輝きを失って土砂に変わった。 どうやらあれは黄金で出来た杭ではなく、土塊で出来た杭が黄金に光っていたようだ。 そして先ほどの違和感に気付いた、この男……

 

「規定する。 根が世界を覆う夢」

 

マハの呟きと同時に足元の大地が揺れた。 妙な気配が下から発せられるのを感じ、跳躍してその場から離れると……先ほどいた場所に根が飛び出していた。

 

「あれは……」

 

「……根?」

 

シェルティスは感じる事が出来なかったのか、呆然と右足に絡みついた人の腕よりも太い根を見た。

 

「規定する」

 

今度なマハの両側から何が這い上がってくる。 現れたのは勇猛な鬣をもつ獅子の像が2体。

 

「土塊より擬似創造。 色は紅玉、性質は雄壮、形状(かたち)は獅子。 2頭もって顕現せよ。 眼前の敵の排除を規定する」

 

次の瞬間、ただの像に過ぎなかった2頭の獅子の瞳が輝き出し、その代表も炎のように真っ赤に輝くルビー色へと変化していく。

 

「……まさか」

 

「ここまで精巧な造形を一瞬で……」

 

目の前の現象を目の当たりにし、俺達はマハの術式の一端を理解する。 マハの左右で雄叫びを上げる獅子……いや、これはもう赤獅子(マンティコア)……奴は幻想上の生物を創造したのだ。

 

「レンヤ!」

 

「大丈夫です!」

 

駆け寄ろうとしたヴァイスさんを一声で押し返し、シェルティスに絡みついた根を切断する。 そしてすぐに駆け出し、赤獅子の1体に接近した。 跳躍して頭上から迫る爪を蹴り弾き、空いた懐を横薙ぎで斬り裂いた。 シェルティスも、同様にもう1体の赤獅子顎先を剣の刀身で叩いた。 直後、今みで赤獅子だったものは土砂に変わり、さらさらと崩れて地に落ちた。

 

《シェルティス、この術式はーー》

 

「規定する。 世界が石になる」

 

イリスが何か言いかけた時、さらなるマハの追唱にかき消された。 地面を揺るがす地鳴りと共に足下の大地が沈みはじめ、逆に周囲から岩の壁がせり上がり……わずか数秒で巨岩の檻に包囲された。

 

「閉じ込められた⁉︎」

 

「……いや、これは」

 

僅かに空が見える頭上を見上げ、背筋が凍りついた。 奴の狙いは捕獲ではなく……

 

「重圧にて排除する」

 

ピシリッ……と何十トンほどよ質量をもつ巨岩の檻にひびが走った。 次の瞬間、頭上を覆っていた巨岩の天井が崩落し、雪崩のように押し寄せたきた。

 

「くっ……」

 

「飛ぶぞ!」

 

同時に跳躍し、岩と岩のわずかな隙間へ飛び込む。 避けきれない石片は刀で弾き、落下してくる岩から岩へと飛び移り、地上を目指した。

 

《……相変わらずデタラメな運動能力ですね》

 

シェルティスの首から下がる青い水晶が点滅するのをあえて無視し、崩壊する岩の牢獄から抜け、崩れずに残った巨岩に頂上に着地した。 そこから離れた場所にいるマハを見据える。

 

《マジェスティー、恐らくあの魔法は創成魔法(クリエイト)と思われます》

 

創成魔法……魔力を込めた物質を自分が思い描いた形に創成し、操る魔法か。 だがこの魔法はせいぜい数百キロしかできないはずだ。 文字通り桁が違う。 しかもこれだけの質量の岩をこうも繊細に操作して相手を閉じ込め、その岩そのものを自在に崩落させる術式。 魔力量もかなりの物かもしれない。

 

(……だが、違う)

 

奴の力の本質はそこではない、その前に行われる……

 

「規定する」

 

またマハの足下から創り出されたのは巨鳥の像。 黄金に輝く魔力光を浴びて輝く石像が、さらなる定義を与えられてい変化していく。

 

「地中の有機を抽出して擬似創造。 色は黒色、性質は激昂、形状は鳥。 体内に炎を有して顕現せよ。 眼前の敵を巻き込む破壊を規定する」

 

鋭い嘴と爪をもち、漆黒の怪鳥がその翼を羽ばたかせる。 ゆるりと飛び上がった怪鳥はゆっくりとこちらに飛来してくる。 だがその飛行速度は自然の鳥では有りえないほど遅い……おかしい、何が狙いだ? あれでは簡単に迎撃できてしまう速度だ。

 

《待ってください!》

 

「っ⁉︎ なんだどうした?」

 

魔力弾で撃ち落とそうとした時、レゾナンスアークに待ったがかかった。

 

《あの像から熱源反応があります》

 

「熱源反応?」

 

あの物体に熱が……一度マハの詠唱を思い返してみる。 体内に炎、それが熱を……激昂、怒り……地中から抽出……有機……有機、化合物!

 

「まずい、あれは鳥の形をした爆弾だ!」

 

「爆弾⁉︎」

 

「下手すればこの辺りが吹き飛ぶ!」

 

すぐにマハに背を向け、シェルティスの腕を掴んでその場から離れた。 だがその後すぐに漆黒の怪鳥が巨岩めがけて追突……そして、目の前が白に染まった。 間をおかず広がる衝撃波と熱が草原の花を燃やし、地面を剥がしていく。 逃げる途中でヴァイスさんも回収し、先ほどのマハの行動で地面に出来た無数の亀裂……その1つに雪崩れ込むように飛び込んだ。 すぐに頭上を衝撃が通過し……しばらくして燃える音だけが聞こえてきた。

 

「……逃走と判断する」

 

マハはそう告げると歩き始め、足音が遠ざかって行くのを確認して……ようやく大きく息を吐きながら脱力した。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。 助かった」

 

恐らく奴も俺達がこの亀裂のどこかに身を潜めている事には気付いているだろうが、探す術がないようで。 少しは時間が稼げそうだ。

 

「……しっかし信じられねえな、これが人間の術式かよ」

 

ヴァイスさんは悪夢を見ているかのように上を見上げる。

 

「大地をそのものをひっくり返すような質量操作。 創成魔法で操れる質量はせいぜい数百キロ。 しかし今の岩石操作は優に数十トン。 文字通り桁違い……」

 

《問題はそっちではありません》

 

「……さっきの赤獅子と怪鳥だね」

 

ただの土塊であったものがマハの魔力を帯びて動き出す。 赤獅子は本物の獅子と遜色ない動きて襲いかかり、怪鳥には強力な爆発物が積んでいるという特殊能力が与えられていた。

 

「覚えている? あの男、森羅万象を規定するって」

 

《ありとあらゆるものを創造できる、それがあの男の魔法術式だと考えているのですか? あり得ません、確かにマハの魔力量は推定A+はありますが……それでも、限度はあると考えます》

 

「僕だってそう思っている。 だけど」

 

イリスの考えに、完全には同意できない。 赤獅子や怪鳥、地中深くの岩盤をそのものを揺るがしてみせたのは事実だ。 あの男の術式……創成魔法、黄金六面体が桁外れなのは間違いない。

 

《私が気になっているのは、あの奇妙な詠唱です》

 

「規定する、とかいうやつか? 性質は、色は、って言ってたやつ」

 

《いいえ。 その前の“らかざざかかだ”という虫の羽音みたいな不気味な方です》

 

青い水晶が点滅しながら、イリスが予測した。

 

《気付きましたか? あの詠唱、ら、か、ざ、だの4文字のみで構成されていたんです。 さらにか、ざ、だの使用頻度に比べてらの使用回数が圧倒的に少なかった》

 

「そこに何かしらの法則がある……あの詠唱が奴の力の鍵を握っているはずということか」

 

「考えられるのは……その4文字が本儀式で、あの規定するから始まるのは単なる2次的なもの?」

 

《私も同じことを考えました。 あの4文字の詠唱が銃弾の装填(リロード)のようなもので、それを発射する引き金(トリガー)が規定するから始まる第2詠唱。 しかし……その仮説が正しかったとしても、4文字の詠唱が解読できなければ意味がありません》

 

「できる?」

 

《時間をかければ、可能です》

 

だが、たとえ詠唱を解読できなくとも……マハを倒さなければ太陽の砦には辿り着けない。 何か別の突破口も模索しないといけないだろう。

 

「とにかく……まずは現状をどうにかしねえとな。 次からは俺も戦闘に参加するぞ。 さっきの戦闘でお前達の動きは把握できた」

 

狙撃銃型のデバイス、ストームレイダーを調整しながらヴァイスさんが参戦すると言った。

 

「たったあれだけの間で……凄いですね」

 

「魔力量がお前達に比べてすずめの涙程度の俺にはそれしか取り柄がねえんだよ。 ま、足手まといにはならないつもりだ」

 

《それでも優秀ですよ。 ほとんどの管理局員は魔力量にあぐらをかきっぱなしですから》

 

「……褒め言葉として受け取っておく」

 

ヴァイスさんはやや呆れながらも苦笑した。 その後、メイフォンを取り出して時刻を確認する。 もう日付が変わっている、他の皆はどうなったんだ?

 

「にしても、クラウディアから何か応答はあったか?」

 

「それが全く。 定刻なっても道を作るための砲撃もありませんし、あっちでも何かトラブルが起こったのかもしれません。 なのはとはやてからも連絡もないですし……」

 

「……心配しても仕方ない、まずはマハをどうにかしないと」

 

立ち上がり、亀裂から少し顔を出した。 綺麗に花咲かせていたラベンダーは例外なく燃やし尽くされて地面が剥き出しになっている。 マハの姿は見当たらないし気配もないな……

 

(レンヤ、いる?)

 

(いや、いない……)

 

その時、後ろから気配……というより視線を感じた。 ゆっくりと振り返ると……目の前には色褪せた黄土色のローブの裾が見えた。 本当なら上を見上げたいが……その前に2人の襟を掴んで引き上げーーその時、ぐえっとカエルが潰れたような声が聞こえたがーー亀裂から自分と一緒に出た。

 

ドゴンッ‼︎

 

コンマ1秒遅れて先ほどいた場所に巨大な岩石が埋まった。 あと少しで圧殺されていたところだ。

 

「最悪だ、いきなり最悪だ!」

 

「いいからヴァイスさんは離れてください!」

 

心の準備が整う前に戦闘が再開され、マハは俺達を倒すために詠唱を始めた。

 

「規定する。 世界が森を唱和する」

 

地表に落ちた葉と花弁、地中からは大樹の根と蔓。 木々が擦れる音を立てながら天上を覆い尽くすように浮かび上がる緑が……吹き荒れる風に乗って瀑布の如き勢いで押し寄せてきた。

 

「あれは……避けるのは難しいね」

 

《出来ないわけではないんですね……》

 

「だったら……」

 

《オールギア、ドライブ》

 

「斬るのみ! 抜刀!」

 

《ブレイドオン》

 

全ての歯車が稼働し魔力を上げ、刀身は蒼い魔力光を纏った。 そして緑の滝に向かって飛び込み……

 

「はあああああっ‼︎」

 

裂帛と共に刀を振り下ろし、緑の滝を左右に叩き割った。 間髪いれずシェルティスがその間を通り抜け、一瞬でマハの眼前へ。

 

「規定する」

 

が、マハの次なる術式をすでに構成していた。

 

「地中の毒素を抽出して擬似創造。 色は白、性質は臆病、現状は蛇。 牙に猛毒を有して十尾をもって顕現せよ。 眼前の敵を封ずる毒鎖(どくさ)を規定する」

 

マハの足下に浮き上がる蛇の土像が、黄金の魔力を帯びて変化していく。 生々しく蠢く10匹の純白の蛇。 その口腔からは毒液が滴る牙がのぞきていた。

 

「……邪魔だっ!」

 

1匹一方向、合計10方向からの飛びかかる蛇を躱し、剣で弾いてマハへと迫るシェルティス。 追尾しようとした蛇は、後方から飛来した魔力弾で頭を撃ち抜かれ、土砂に戻って行く。 ヴァイスさんからの援護射撃だ。 そして蛇の軍勢を突破したその直後、対峙するマハの動きが止まった。

 

「規定する」

 

マハから発せられる黄金の魔力光、物質を顕現させる創成魔法の輝きがかつてないほどに強まっている。

 

「地中の鉱石より擬似創造」

 

大地が割れ、巨大な亀裂から盛り上がる巨大な鉱石、それも小高い山ほどをともなう鉱石がシェルティスとマハとの間に立ち塞がり、鉱石が出現した時に発生した衝撃でシェルティスは俺のいる地点まで後退した。

 

「色は褐色、性質は獰猛、形状は竜。 その創造に細工は不要。 大いなる体躯と牙、比類なき爪を有して単体にて顕現せよ。 全ての敵の圧倒を規定する」

 

黄金色に輝く魔力に覆われた鉱石が脈動し始めた。 鉱石が歪に変形していき、現れたのは火山石のような黒色の鱗をした巨体。 蜥蜴に似た逆三角形の頭部と、後頭部から突き出た2本の角。 大地を揺るがす逞しい四肢はそれだけで大人より大きく……

 

「地竜……こんなものまで!」

 

「もはや何でもありだな……」

 

グリードで竜種は何度か相手をした事があるが、どちらかと言えば腕と翼が一体化している飛竜ぐらいだ。 と、思考を辞めさせるように咆哮を上げる地竜。

 

《解析完了まで、あと50秒》

 

「長い!」

 

地鳴りを従えて戦車が走るような勢いで迫る地竜。 頭上から振り下ろされた巨腕を飛び越え、叩きつけるように横薙ぐ尾の一撃から身を捻ってかわす。 その時、ヴァイスさんの援護射撃が地竜の目に飛来したが……直撃せず弾かれる。 どうやら眼球にはガラスみたいな膜で覆われているようだ。

 

「圧倒せよ」

 

それが気に喰わなかったのか、マハの指示で地竜が再び動き出した。 その方向には狙撃銃を構えているヴァイスさんの姿が。

 

「マズい!」

 

「行かせるか!」

 

疾走、そして加速。 ヴァイスさんに迫る地竜に追いつき、その脚を同時に片側ずつ薙ぎ払った。 痛みや怒りがあるのか、激昂して地竜が振り返る。 傷付いた四肢で大地を踏みつけ、その巨大な尾を振りかざす。 その刹那、シェルティスは誰よりも高く飛んだ。 尾に飛び移り、背中を駆け抜け頭を目指して走った。 シェルティスのおかげで意識が上に隙に、地面すれすれに身をかがめ傷付けた片足に接近し、脚を斬り落とした。

 

「今だ!」

 

「ありがとう、レンヤ!」

 

妨害がなくなり、シェルティスは一気に頭部に接近して双剣を振り下ろした。 断末魔を上げて暴れる竜の頭部から、シェルティスは投げ出されるように離れ、受け身を取って着地した。

 

残り30秒。

 

「規定する」

 

立ち上がろうとしたシェルティスから、マハが視線を移動中のヴァイスさんに移した。

 

「天()く地母。 千の鎗にて射撃せよ」

 

黄土色の魔力を受け、大地そのものが金色に点滅。 脈動する大地。 その地表から、ぼこぼこと音を立てながら竹の様なものが次々と盛り上がってくる。 だが姿を現したのは竹ではなく、もっと鋭利な形をした……

 

「……鎗?」

 

「なんて凶悪な……」

 

金色に輝く土塊の鎗。 最初にマハが使用した術式だが、明らかに前回より強力だ。 この見渡す限りの大地から浮上する無数の鎗……数と規模が違いすぎる。 マハの言葉に偽らなければ、その数は千にも及ぶはず。

 

「ヴァイスさん!」

 

「嘘だろおい⁉︎」

 

《逃げてください》

 

慌てて逃げてはいるが、恐らくヴァイスさんにはこの数の鎗を1割も防ぐ手はないだろう。

 

「射出せよ」

 

マハの宣言。 同時に大地から突き出た千の土鎗がヴァイスさんに向かって射出された。

 

残り10秒。

 

「させるか!」

 

《シールドビット、アクティベート》

 

シールドビットをヴァイスさんの元に送り、鎗を防いだ。

 

「次!」

 

《カルテットモード》

 

その間に中型の機関銃を両手に構え、飛来する鎗を迎撃して行く。

 

「剣晶三四八・光臨翠流大瀑布(こうりんすいりゅうだいばくふ)‼︎」

 

シェルティスはいくつもの翠の結晶を頭上にマハと負けぬほどに大量に創り上げ、上空から降らせて土塊の鎗とぶつけて相殺した。

 

「はあ、はあ、くっ‼︎」

 

「…………………」

 

だが、徐々にシェルティスが押されて行く。 一から結晶を創り出すシェルティスに対し、マハは土塊という材料を加工して創造している。 疲労する速度はシェルティスの方が圧倒的に大きい。

 

「っ……!」

 

このままではマズい……迎撃をやめて駆け出し。 鎗を避けながらマハに迫る。 鎗の弾幕をぬって走り、後数歩で間合いに届こうとした時……

 

「ぐああっ‼︎」

 

「シェルティス!」

 

相殺しきれず、抜けてしまった鎗が深々とシェルティスの足に刺さっている。 後ろにはヴァイスさんもいた。

 

「済まねえ! 俺のせいでーー」

 

「いいから……! 早く逃げて!」

 

「んなことできるか!」

 

ヴァイスさんは倒れるシェルティスを担いで逃げてようとするが、無数の鎗は2人の背中を狙い高速で飛来する。 あの量はシールドビットだけじゃ防げない。 ならどうすれば……

 

(迷っている暇はない‼︎)

 

刀を納刀して地面に足を突き立て、地面を引きずりながら制動し。 振り返りながら抜刀の構えを取り……

 

「はあああああっ‼︎」

 

抜刀。 そしていくつもの斬撃が放たれ、その先にある黄金の鎗を斬り落とす。 だが、一太刀では足りない……もっと数を!

 

「おおおおおっ‼︎」

 

腕がかき消えるほど納刀と抜刀を繰り返し、2人に襲いかかる鎗を減らしていく。

 

「虚空……無影斬!」

 

刀を振り抜き、全方向に斬撃の波動が放たれ、周囲にあった鎗が止まった。 全て鎗に蒼い軌跡が走り、地に落ちあちこちに土砂の小山を作っていく。

 

そして50秒。 約束の時間が経過した。

 

「ーー脅威度の再確認、上位と判断して対処する」

 

距離を取ってさらなる詠唱へ。 マハのローブが魔力光に包まれた、その刹那……

 

()……()……()()()()……()……」

 

2()……1()……1()1()1()()……0()……》

 

イリスの声が、マハの詠唱に重なるように響きわたった。

 

()()()()()………()……()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()………()()……()()()()()()()()……()……()()……()()()()……()()()()()………………()()()()()()()()()()()………()()()()()()()()()()()………()()()()()………」

 

2()2()0()2()1()………1()……2()0()()0()()……2()1()1()1()2()0()0()0()2()1()2()0()2()1()………()1()……()0()2()2()0()0()1()1()……2()……2()2()……0()()0()()……2()1()1()1()1()………………2()0()2()1()0()2()1()1()1()()2()………0()0()0()2()()1()1()1()0()0()………2()2()2()1()0()………》

 

1秒の狂いもなく、完璧な同音で詠みあげた。

 

《ーー解析完了しました。 それに加えてイリスちゃんの知能レベルアップです。 203くらい上がりました》

 

「痛っ………基準はよく分からないけど……勝てる?」

 

《勝てます。 率直に言います、マハの詠唱は三進法です》

 

「三進法? それって一般的な物の数え方の十進法やコンピュータで使われている0と1だけの二進法とかの?」

 

《はい、その通りですレンヤ。 一方マハの詠唱は0、1、2で構成される三進法です。 か、だ、ざの3単語がそれぞれ0、1、2に対応しています。 その数字それぞれに意味を持たせ、複雑で強大な術式を編んでいたわけです》

 

「ん? おいちょっと待て、らはどうしたんだ?」

 

上着の袖を破り取り、シェルティスの太ももを強く縛り止血しながらヴァイスさんが疑問を言った。

 

《らは恐らく読点……カンマだと考えます。 他の3単語に比べて使用頻度が圧倒的に少ない……しかしそれだけでは確証は得られません。 ですが、この創成魔法の名称は黄金六面体です。 0、1、2という独立した3つの要素で構成されるという意味で3進法と共通概念をもっている。 ゆえにマハの術式は黄金六面体なのですね》

 

縦、横、奥の3辺が同じ長さの立方体……みたいなものか。

 

《マハの強大な魔導術式をを支えているのは複雑な詠唱儀礼です。 一見無敵の術式に見えますが、面白い欠点も判明しました》

 

ただし……と、そう続けたイリス。

 

《シェルティスは見ての通り故障中でして、必然的にあなたが挑む事になりますが……信用してくれますか?》

 

「ああ、信用する」

 

迷いもなく、マハを見据えながら答えた。

 

《やれやれ、変な所であなたとシェルティスは似ていますね。 ーー支援します、誘導はしますが指示はしません。 お気を付けて》

 

応答せず、少し笑みを浮かべた後、マハに向かって疾走する。

 

「規定する」

 

マハの足下に生まれる3つの土蔵。

 

「土塊より擬似創造。 色は紅玉、性質は雄壮、形状は獅子。 3頭をもって顕現せよ。 眼前の敵の排除を規定する」

 

前に使用した術式、だがその数は1体増えて合計3体。 赤獅子は草原に響き渡る咆哮を上げ、その逞しい四肢で地を駆ける。

 

「っ!」

 

1体でも厄介なのに、それが3体……とにかく各個撃破を優先して柄に手を添えたようとして……

 

《止まってください!》

 

レゾナンスアークを通してイリスが叫んだ。

 

《雄壮と規定された物は動的な対象しか狙いません! そのまま止まって、やり過ごしてください!》

 

本当か……? 思わず疑いながらも急停止しつつも柄から手を離さないようにした。 そして一瞬で迫る赤獅子。 その鋭い爪が鼻先を掠め……3体の獅子はそのまま通過し、後方に走り去った。 少し間を置き、また走り出す。

 

《そのまま聞いてください。 マハの術式を支えるのは長大な詠唱儀礼と、何百何千に及ぶ難解な条件設定です。 しかし同時にそれが弱点。 設定された条件を分析できれば術式の大半を無効化できます。 その条件を知られないために、マハの詠唱は3進法で構成されていたのです》

 

「………貴様」

 

マハの呻きそのものが、仮説が正しいことを告げる。

 

「規定する……地中の毒素を抽出して擬似創造。 色は白、性質は臆病、現状は蛇。 牙に猛毒を有して三十尾をもって顕現せよ。 眼前の敵を封ずる毒鎖を規定する」

 

マハの前衛として生まれる猛毒の白蛇。 鎌首をもたげて地を滑る白の軍勢を前にして……

 

《そのまま駆け抜けてください!》

 

イリスの誘導に、今度は一瞬も迷わず従った。

 

《臆病と規定された物は先ほどと逆、静止している対象しか狙いません! そのまま突っ切ってください!》

 

そのまま止まらず、逆に進行を止めた蛇を無視し、走り抜けた。

 

(ーー捉えた!)

 

マハが間合いに入り、柄を握る力がこもる。 この距離なら離れる事も防御も間に合わない。

 

「……我が術式に敵は無し」

 

マハが空を仰ぐように両手を掲げ、そして勢いよく振り下ろした。

 

「黄金六面体が規定する」

 

さらさらと、振り下ろした両袖から溢れる黄金色の砂。 いや、月明かりで反射するその輝きは、紛れもなく黄金そのものだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして黄金より生まれるマハ。 黄金によって創造した自分自身。 それを前にして悟った……これがマハの術式の真価、秘奥にして始原の黄金六面体なのだと。

 

「やっちまえ、レンヤ! 仇討ちだ!」

 

「……あの、勝手に殺さないで……!」

 

緊張感のない声援を背中で受け、黄金のマハが拳を振り上げる。 不可視の速度で打ち下ろされた拳、それがどんな威力なのかは分からないが……

 

(遅いっての‼︎)

 

虚空の領域に入った視界の前では、動きが早いただのパンチ。 頰を掠めながらギリギリで避ける。 掠めた衝撃波が頰が切れ、血が噴き出していくのを感じる。 だが、止まるわけにはいかない。

 

「こんな所で……立ち止まっていられないんだよ!」

 

蒼い魔力光を放つ刀身をひるがえし、黄金マハを像を切断し。 その勢いのまま下段に構え……

 

弧榎(こえのき)!」

 

大地もまとめて斬り裂きながら、マハ本体と先にあった岩ごと斬り裂いた。 次の瞬間、マハは力無く倒れ……衣服から砂金を出しながら倒れた。

 

「……痛み分け、か」

 

マハが倒れた場所にあるのは奴が着ていた黄土色のローブと砂金のみ。 それは今まで奴が人ではなかった事の証明だった。

 

《……恐ろしい相手でした。 まさかあの男すら単なる砂人形だったなんて。 あんまり驚いていないところ、どうやら気付いていたようですね?》

 

「ああ、割と最初からな。 どうも人と戦っている感じしなかったし、近付いた時に呼吸をしてなかったから。 シェルティスも気付いていたようだぞ」

 

「普通は気付かねぇよ……」

 

シェルティスに肩を貸しながら歩いて来たヴァイスさんが驚きながら微妙に呆れている。

 

「そうかなあ? 少し近付けば割と分かると思うけど?」

 

「だよなあ」

 

《……やれやれ、あなた達に常識を教えたいです》

 

夜の静けさーーと言っても上空には大量の飛行艇があるためそこまで静かではないがーーを取り戻した草原。

 

(………死ぬかと思った)

 

頰に付いた血を拭いながら胸の中でそうを思う。 マハの奴、物体を操作する力を黄金マハに最大限で使っていた、不可視の速度で繰り出された拳も納得だ。 しかも中身は人間よりはるかに比重がある黄金がギッシリと詰まっている体だ、当たっただけでも粉砕骨折は間違い無しだ。

 

「さて、本番はまだ何にも始まっていない……このまま太陽の砦に向かうぞ!」

 

「お、おー……!」

 

「ちょ⁉︎ 抱えるの手伝えよ!」

 

ヴァイスさんに言われもう片方のシェルティスの肩を抱えた時……

 

ドオオオオオオッ‼︎

 

暗い夜空に巨大な赤い魔力砲撃が放たれ、浮かんでいた戦艦の隊列が大きく乱れた。 あの色……アリサじゃないな。 おそらくヴィータ、恐ろしいものを覚えたか……と、今度はエンジンの高鳴りが聞こえた。

 

「すぐにクラウディアが来る。 急ぐぞ!」

 

浮遊魔法で面倒だからヴァイスさんもまとめて浮かし、そのまま掴んで太陽の砦に向かって疾走する。

 

「レンヤーー! もっと安全にーー‼︎」

 

「俺は関係ねえだろーー‼︎」

 

黄金のマハ……どうやらD∵G教団とは関わりの無さそうな人物だった。 そして恐らく、勘だが空白(イグニド)とも関係がある気がする。 そう考え事をしていたため……2人の叫びを無視ししてしまい、太陽の砦に入ったのだった。

 

 

 


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