同日、23:20ーー
現在、俺はシェルティスと共に……真っ暗闇の中、雲の真上を道のようにして小型の飛行艇で飛んでいた。 ただし俺達がいるのは強風吹き荒れる甲板の上だ。
『これ以上は近づけねえ……奴らのレーダーに引っかかっちまう』
『……レンヤ、機関室に着いたら機能停止を忘れるなよ』
「ああ、分かっている」
「レンヤ……本当にやるのか?」
《あれ〜? 今更怖気ついたんじゃないですよねー? シェールティース?》
「いや、これは常人なら当たり前……」
「いいから行くぞ!」
「ちょっ、待って⁉︎ まだ心のーー」
問答無用でシェルティスの襟を掴み、飛行艇から飛び降りた。
「うわああああ⁉︎」
シェルティスが悲鳴が風でかき消される中、一瞬で雲を抜けた。 その先には……人口の明かりが一つもない地帯、その上空を大量の艦隊が埋め尽くしていた。 さて、何故いきなりパラシュートないのスカイダイビングまがいな真似をしているのかと言うと……それはほんの数分前にさかのぼる。
23:10ーー
DBMのビルからクラウディアで出発し、太陽の砦に向かう手段としてクロノの策を聞くため俺達異界対策課とテオ教官達はブリッジにいた。
「やっほー皆、久しぶりだねー」
「エイミィ!」
「地球に居たんじゃ……」
「こんな事態になっちゃったし、カレルとリエラをリンディお義母さんに預けて育児休暇繰り上げ、現場復帰ってわけ」
「それは大変ですね……でも、またエイミィさんがオペレーターをやってくれるなら安心です」
「あは、ありがとう♪」
こんな状況でも女子の会話には花が咲くものだな……
「コホン、あー話を戻してもいいか?」
「ご、ごめん、レンヤ」
「あ、うん。 それでクロノ君、策は本当にあるの?」
すずかがディスプレイに表示された映像を指差しながら質問した。 そこに映っていたのはグランツェーレ平原に上空に停留している航空武装隊の大艦隊……地上には主要道路にフェノールが防衛線を敷いている。
「いくらクラウディアでもアレを突破するのは至難の技……いえ、自殺行為よ」
「だから策を講じないといけないんだ。 例え可能性が低くても……」
「……まさかクロノ、また……運任せみたいな、賭け?」
「ああ、そうだ」
何の躊躇もなく澄まし顔で言いやがったよ。 比喩で頭を押さえながら一応その策とやらを聞いてみた。
「それでクロノ、その策と言うのはどんなものだ?」
「まず、ハッキリ言ってこのままだと突破は完全に無理だ。 シュミレーターもそう出している」
「だろうね……」
《正面突破の成功率0.6%、クラウディアの推定破損率80%オーバー。 冗談抜きで死にますね》
「そこでだ、あの大艦隊を指揮しているのは中央にあるこの母艦だ。 恐らくここから他の戦艦や飛行艇を指揮している。 まずはここを叩く」
「イヤイヤイヤ、ど真ん中じゃん。 ここにどうやって攻め入る気?」
小型の飛行艇で高速に入っても突破は不可能、飛行魔法を使っても感知されてアウト……一体どんな策があるんだ?
「奴らのはるか上空から小型の飛行艇でレーダーギリギリまで接近し、そこから生身の人員を降下……戦艦伝いで母艦に潜入して機関を停止させる」
「清々しいほど馬鹿で無防備な作戦ね!」
「さ、さすがに無理では……」
「シュミレーターによれば可能らしい。 もちろん、それを実行する人物を入れた時の確率だが」
「おいクロノ、それってもしかしなくても……」
「レンヤ、お前がやれ」
「だと思った!」
クロノの無茶振りはユーノにだけ向けられる物ではなかったか……
「あのクロノ、レンヤ1人だけなの? さすがに無理があるんじゃ……」
「それは問題ない、レンヤも含めて2人までなら行ける。 それ以上は無理だ」
「……話は分かったが……その後どうするんだ? 指揮系統は確かに麻痺するとは思うが、それでもあの数をどうするつもりだ?」
「目的は太陽の砦だから、全部倒す必要はないけど……」
「それに私達は? レンヤに任せてお留守番なんてヤダだからね」
俺達はいつも皆で苦難を乗り越えてきた、1人も欠けて戦う事はできない。
「母艦の機能を停止させた後、レンヤは即刻脱出……そのまま太陽に直行してくれ。 そして残りはこのクラウディアで送り届ける」
「それってつまり……」
「直進……正面突破だ」
「結局そうなるの⁉︎」
《成功確率45%にまで上昇、中破を覚悟すれば成功しますよ》
「シンプルイズベスト……事実、正面突破なら通り道の艦隊を相手にする覚悟があれば、残りはこちらに攻撃もできず、傍観するだけになるはず……指揮系統が麻痺してるならなおさらだよ」
「じゃあ、行けるんだね⁉︎」
「いいえ、まだまだ問題点は多いわ。 まず正面突破するには風穴を開ける必要がある……それにその作戦は送り届けるのが本命だから恐らく一撃離脱だとしても、私達が降りた後の防衛はどうする気? 最悪囲まれて蜂の巣よ」
その時、ソーマが手を上げて名乗り出た。
「それなら、僕が残ります。 シフト転移しながら敵艦隊を撹乱できます」
「わ、私も! 砲撃を逸らすことなら誰にも負けません!」
「私もやるよ、ガリューの隠密性はこういう場面で本領を発揮するんだから!」
(コクン)
「なら風穴はどうやって? クラウディアの砲撃を使ったら確実に死人が出るよ⁉︎」
「あいつらは操られているだけだ、それだけは避けねぇとな……」
「それに、防衛もクロノを含んでも4人だけだと……」
「ーー誰が4人だけって言ったんだよ?」
「え……⁉︎」
ブリッジに入って来たのはヴィータだった。 続いてシグナム、シャマル、ザフィーラ、リンスとリインも入って来た。
「皆⁉︎ どうしてここに⁉︎」
「本局から帰還しようとした道中、巻き込まれてしまってな。 その時ちょうど襲われていたクラウディアを応援し、そのまま乗って来たのだ」
「道はあたしらが開けてやるぜ、先に行ったはやてとなのはの事を任せたからな」
「我が主の事、よろしく頼んだ」
「皆は今のうちに休んでね。 だけど……あんまり無茶もしないで」
「ですですぅ〜。 皆さんなら大丈夫ですぅ!」
ヴォルケンリッターも作戦に協力してくれるようだ。
「さて、後はレンヤの同行者と正面突破におけるクラウディア前面の防衛だが……」
「なら僕が同行するよ」
「シェルティスが?」
「うん、皆消耗が激しいし、疲れていない人以外でレンヤと上手く連携できるのは僕くらいだも思う」
「おい、俺も一応消耗しているんだが?」
《レンヤはタフですからねぇ》
「はあ、答えになってないっての……」
「なら、疲労回復、魔力回復を増進させた新作のファンーー」
「結構です‼︎」
だが、休んでいたら朝日が来てしまう。 ホアキンが何を企んでいるか分からない以上、ここで時間を掛けるのは得策ではない。
「それで、残りはこの艦の正面防衛……つまりは1番敵からの激しい砲撃受ける場所。 その対応はどうするんだ、ザフィーラでもキツイだろ?」
「ああ、耐えられても10秒が限界だ。 すまない……盾の守護獣でありながらこの体たらく、何を言われても受け入れよう」
「しょ、しょうがないですよ……そ、それに、艦隊の一斉砲撃で10秒持つ人はザフィーラさんくらいしかいませんよ……!」
「……済まない」
「クロノは何か案は無いの⁉︎ 立案者でしょう⁉︎」
「10秒もあれば十分だ。 防衛はザフィーラ1人に任せる訳でもないし、クラウディアもちょっとやそっとの破損で落ちたらしやしない」
しかし、ザフィーラが尻尾のくたびれ具合が心中を語る中……このままの作戦では皆のも怪我人も出しかねない。 もっと堅固で確実な案は……
「……あるよ、1つだけ」
「え……⁉︎」
「本当かアリシア⁉︎」
「うん、リンクシステムの発展なんだけど……その機能の1つにリンクを繋いでいる2人が専用の装備を衝突、干渉させた時に生じるエネルギーを防衛に使う防御機構があるんだ。 前方から放たれる攻撃を即座に弾き無効化しつつ、特攻を仕掛けることができる。 30秒は持つよ」
そのシステムは、確かさっき焦っていた時にそんな事を言っていたような……現存のと違って空戦用だとか……
「30秒あれば到達から離脱までの時間を余裕で稼ぐ事ができる……ならアリシア、さっそくそれでーー」
「ただし! このシステムはまだ未調整なんだよ。しかもリンクシステムと違って適性はさらに厳選されるんだ。 脳波がほぼ同一じゃ無いといけないとか……」
「そんな……」
「な、なら私は……⁉︎ 私は姉さんと同じじゃないの……⁉︎」
「確か……大丈夫だったんじゃないのか? 言っていたよな、フェイトとは行けるって」
「うん、行けるよ」
「あ、焦らせんじゃねえよ……」
アリシアの説明不足のせいで一同、無駄にホッとする。
「さらに、従来のと違って制限時間が設けられていてね。 これは脳だけじゃなくて全ての感覚器官を共有するから、身体に負担をかけないため……制限時間は300秒。 さらにさらに専用の装備の耐久性の都合上、発動時間がさっき言った通り30秒程度なんだよねぇ」
「……アリシア、本当にとんでもない物を作ったな」
「そうかなぁ? まあ、これ失敗すると人格崩壊起こしたり最悪死ぬから」
「なんで1番重要な事を省くんだ!」
「アイタタタタタアァ!?」
冗談じゃ済まないぞそれは……俺はそんな不謹慎なアリシアの両こめかみをグリグリする。
「大丈夫だよレンヤ君。 そうさせないために、私も手伝って完璧に完成させるから」
「それに、ここで諦めたくないから……なのはとはやて、今もあそこで戦っているんだ。 この程度の障害で立ち止まっていられないよ!」
「……分かったよ。 無理はするなよ」
「それはお互い様だよ」
フェイトも覚悟しているようだ。 ため息をはき、アリシアを離した。
「イタタタ……それじゃあさっそく調整しようか。 デバイスも併用して使用するから、バルディッシュもお願いね」
《ロジャー》
「あ、シャマル。 嫌だけどファ◯タG、3つ用意して」
『え』
突然の要求にフェイトとすずかは唖然とする。
「え、いいけど……飲むの?」
「シャマルがそれを言う? 嫌だけど、絶対に休めないから……それで回復するしかない……嫌だけど」
「嫌って3回言いましたね……」
「それほど嫌なんだ……」
「ああ、アレは兵器だかんな」
「アレで1度、家族会議にまで発展した……」
「ワオ……」
(…………………)
変に誰も喋らなくなったが、クロノの咳払いで沈黙を破った。
「作戦はこれで決定する。 ファーストフェイズ、敵母艦の機能停止。 セカンドフェイズ、混乱した敵艦隊を突破し、本隊を太陽の砦に送り届ける。 作戦名はレイピアスラストとする……各自、全力で挑んでくれ!」
『了解!』
敬礼で作戦を受諾し、俺とシェルティスはファーストフェイズを決行するため小型飛行艇がある格納庫に向かおうとした時……
「レンヤ!」
「っと……クロノ、まだ何かあるのか?」
「ああ、無事に帰って来ることはもちろんだが……帰って来たら全員、一人前として認めてやろう」
「なんだその上から目線……」
でも、悪くないな。 今までの経験を積んだとしてもどこで一人前になったのか分からなかったからな。
「了解、さっさと一人前になってクロノを追い抜いてやるからな!」
「ああ、そうでなければコッチも困る」
それを確認して踵を返し、ブリッジを出て格納庫まで走った。
「よお、待ってたぜ」
「ヴァイスさん! あなたが操縦を?」
「ああ、人員不足では、こいつでお前らを送り届ける。 覚悟はいいな?」
「もちろんです!」
ヴァイスさんはそれを聞いて頷くと、飛行艇の中に入って行った。 俺とシェルティスも甲板に飛び乗ると……ハッチが開き、外気が中に入って来る事で緊張感が生まれる。
『行くぜ、ストームレイダー!』
《オーケー、テイクオフ》
エンジンの振動が高まって行き……俺達を乗せた飛行艇は発進と同時に空高く上昇して行った。
長い浮遊感を体験するのも終わりにし……着地する瞬間、魔力を下に放出して制動し、端にあった戦艦に降り立った。
「ふう……」
「何とかなったね……」
飛行魔法が使えるからと言っても、スカイダイビングするとなると何かが違って少し気疲れをした。
《母艦までの距離は約3000mです。 敵に発見はされていません、作戦通りこのまま直進しましょう》
「ああ……」
母艦のある方向を見ると、改めて敵の勢力を目に見えて圧倒される。 だが怖気ついてもいられず、脚に力を入れて隣の艦に向かって跳躍した。 停止してほぼ無風とはいえ、慎重に前に進む。
「……レンヤ、なんか手馴れているね?」
「魔法抜きでも戦えるように鍛えているからな。 ある程度の無茶な動きは出来るかもな」
「へ、へえ……」
《シェルティスもやろうと思えば出来るんじゃないですかぁ?》
「張り合わないでよ……」
お互い余裕を見せながら母艦に接近し、ようやく母艦に辿り着いた。
「大きいね……」
「XX級大型次元航行母艦……大規模な非管理世界の調査くらいしか使わない代物だが。 一応、武装も積んでいる、気を抜かずに進むぞ」
「了解」
さっそく近場にあった非常ハッチのセキュリティーロックを解除し、艦内に潜入した。
《ザルなセキュリティーでしたね。 見取図も簡単に手に入れられましたし》
「操られているから、そこまで細かい命令は受けられないんだと思う。 こっちとしては好都合だけど」
「機関部は下だな。 奴らが巡回してないとも限らないし、急いで行こう」
こんなスパイみたいな事は初めてだが、気配が読めるおかげでそこまで苦労せず前に進めた。 部屋に身を潜めたり、時にはダクトにも入り込んで進んだ。 順調に進んでいたが、ここで壁にぶつかった。 機関部に向かうにはこの先にある訓練場を通らないといけないのだ。 迂回路を探したが、どこも必ず人がいるような場所で、抜け道も見つからない。
「……ここを通らないと先に進めなかな」
「訓練場か……誰もいないといいんだが」
《この状況で訓練場を使うような物好きがいますかねぇ?》
「行ってみるしかないようだね……」
訓練場の前まで来て、中を警戒しながら中に入った。 訓練場は当然の事照明は落とされていて、人の気配はなかった。
「杞憂、だったかな?」
「そうだな……誰の気配もしないし。 このまま通り抜けーー」
「そうは問屋がおろさないぜ」
突如、上から男性の声が聞こえ……俺達はすぐさまその場から飛び退き……
「おらああっ‼︎」
それと同時にその声の主が短刀を振り下ろしてきた。
「くく、中々いい反応だ。 それでこそ殺し甲斐があるというもんだ」
「っ……一体どこから出てきたの⁉︎」
《発言を感知する以前は、周囲20mには全く生体反応はありませんでした。 いきなり現れたとしか……》
「まさか……魔乖術師か!」
「正解〜! よく分かったじゃん、蒼の羅刹……」
男はケラケラと笑いながら短刀を手の中で弄ぶ。 改めて男を見ると、顔はサングラスでよく見えないが20代くらい。 手入れしてなくて乱雑に切っている黒髪、そしていかにも軽そうな服装……
(読めないな……)
性格も軽薄そうで何を考えているのかサッパリ分からない。 だが、今の攻撃は確実にこちらを殺す気だった。
「あなた、暗殺者か」
「おお! これまた正解だ、オレぁ元は暗殺者……その過程で魔乖咒っつうもんが手に入ってよお。 これがまたオレと相性が良くてなぁ」
男がゆらりと左右に振れながら話す。 その揺らぎが大きく、ゆっくりになって行き……
「⁉︎」
「とにかくここをーー」
「シェルティス!」
いつの間にか男が消えていた事に気付いた時、虚空を使って辺りを把握し……シェルティスの背後から刃を感じ、すぐさまシェルティスを押し倒し刃を空振りさせた。
「このっ!」
振り向きぎわに右手に中型の銃を展開し、距離を取らせるために男に向かって撃った。
「お、おっとっと……危ないねぇ」
「どっちがだ!」
一瞬たりとも目を離したつもりはないのに、どうやって消えたんだ……
「ふむ……2回も避けられたとあっちゃ暗殺者として恥だな。 まあ最初からそんなもんは持ち合わせてはいねぇが……一応、敬意として名乗っておこう。 オレぁエルドラド・フォッティモだ。 魔乖咒の特性は“偽”、幻想を得意とする魔乖術師だ」
幻想……相手に幻ろしを見せ、惑わすような力か。 それなら気配もなく消えたり現れたりする説明がつく。
「シェルティス……戦うぞ」
「……分かった……」
シェルティスは双剣を構え、エルドラドから目を離さず警戒する。 俺も刀を抜刀し、エルドラドを見据える。 その行動を見たエルドラドは、顔を俯かせて肩で静かに笑い始めた。
「クククク……ああ来いよ、どこまで生きられるか……見せてもらおうかぁ‼︎」
一瞬でエルドラドの姿がかき消え、今度は複数の刃が同時に現れて迫ってきた。
「レゾナンスアーク!」
《シールドビット、アクティベート》
「イリス!」
《敵エネミーの反応、消滅。 この幻覚からも何も反応がないよ》
虚空の状態を維持したままシールドビットを展開し、刀と合わせて同時に刃を防ぐ。 シェルティスも双剣を巧みに操って幻覚を捌いている。 刀やシールドに刃が当たる瞬間、ほとんどの刃は幻覚のため消えるが、たまに実物のよる衝撃もあるので気は抜けない。
「やるじゃねぇか! コレやったの初めてだが、防ぎきるとはなぁ!」
「初めてって……暗殺者に2撃目は普通ないはずだぞ」
「クク、違げえねぇ!」
今度は刃だけではなく、エルドラド自身が複数、幻覚として現れて周囲を囲まれた。 同様に捌くが、このままだとラチがあかない……
「どうしたどうした、もうギブアップか⁉︎」
「誰が……!」
「そうかそうか、なら……もっと行くぜ!」
一気に幻覚の移動速度と出現速度が上がり、緩急を付けられ対応に遅れ。 1人を捌き損ねて肩を浅く切られる。
「レンヤ!」
「大丈夫だ、問題ない。 レゾナンスアーク」
《傷口から毒性の反応はありません。 しかし、要注意されたし》
「分かった」
暗殺者だから短刀に毒でも塗ってあると思ったが……たがレゾナンスアークの言う通り、念のため軽く見ない方が良さそうだ。
「休む暇はねぇぜ!」
正面にいたエルドラドの顔が一瞬で真っ黒になり、狂気の顔でシェルティスに向かって特攻してきた。
「なっ……⁉︎」
《幻覚です! 落ち着いて対処してください》
「……っ⁉︎」
シェルティスは避けずにそのまま立っていたが……その幻覚に違和感を感じ、すぐさまシールドビットをシェルティスの前に移動させ。 幻覚がシールドに衝突すると……砂が地面に落ちた。
「これは……砂?」
「訓練場の砂だ。 エルドラドは幻覚の中に実物の砂を混ぜたんだ。 あのままだと目を潰されていたぞ」
《これが、暗殺者ですか……予想もつかない方法です》
「それは良い褒め言葉だ……ありがたく頂戴しよう!」
エルドラドの狙いは恐らく時間稼ぎだろう、このままだと奴の狙い通り時間を取られてしまう……いっきに片をつけるしかない。 シェルティスと目を合わせ、お互いに頷く。 そして、エルドラドが間合いに入った時……
「レンヤ!」
「ああ!」
その合図で飛び上がり、同時にシェルティスが剣を地面に刺し……
「剣晶六十八・
カウンター気味にシェルティスを中心とした全方向に地面から結晶が飛び出し、エルドラドを襲うが……ヤツはギリギリで避けた。
「うおっと……危ない危ないーー」
「まだまだ! 剣晶一三六・
「な、なにぃ⁉︎」
シェルティスはさらに力を込め……先ほどのを取り囲むようにさらに地面から結晶を出現させた。 それにはエルドラドも反応できず、幻覚が消えていき……本物が残った。
「そこだぁ‼︎
魔法陣を展開させ、それを足場にして一瞬でエルドラドの前に接近し……
「ぐああああっ!」
エルドラドは痛みで叫び、地面に倒れる。 勝った……そう思った時、エルドラドは霞のように消え、同じ場所に無傷のエルドラドが拍手しながら立っていた。
「お見事お見事、まさかやられるとは思ってもみなかった」
「やっぱりあれも幻覚だったか」
「ククク、実体のある幻覚はどうだった? なかなか面白いもんだろ?」
「実体のある幻覚……そこまでの事を魔乖咒は……」
ミッドチルダ式の幻術魔法、フェイクシルエットでもあんな事は出来ない。 どちらかと言えばこれは残像から実体のある幻像を生み出す剄技、千人衝に近い。 もっとも千人衝でもあんなにバンバンと分身が出るわけでもないし細かい動きも出来ないので、使い易さはこちらの方が高い。
「あ〜あ、疲れたな〜。 こんだけ稼げばホアキンの野郎も納得すんだろう」
エルドラドは短刀を納め、やれやれと肩をすくめ。 背を向けて歩き出した。
「まさか、逃げる気……⁉︎」
「待て!」
「そんじゃ〜なー。 せいぜいオレに殺されるまで死ぬなよー」
エルドラドは物騒なことをケタケタと笑いながら言い、そして魔乖咒を発動し……蜃気楼のようにゆらゆらと、霞に溶けていくように消えて行った。 何だか今まで会ったエリン以外の魔乖術師はかなり自由奔放だな。 組織としての統制に入っていないのか、それとも命令をしない時は基本自由なのか。 どちらにせよ……
「……遊ばれていたな」
《え……》
終始同じ雰囲気で殺気の少しもなく、本当に楽しそうに命のやり取りをしていた。
「うん、まるで本気を出していなかった。 彼が本気だったら一体どうなっていたか……」
《マジェスティー、ここは急いだ方が》
「ああ、考えても仕方ない。 こうなってしまった以上、すぐに機関部に向かおう!」
エルドラドのあの性格上、報告していないかもしれないが……あの戦闘で気付かれている可能性もある。 バレるのを承知で機関部に向かって走った。 訓練場から警報もなく、気付かれないまま機関室に到着し。 現在も駆動しているエンジンの前に来る。
「これがこの母艦のメインエンジン……」
「レゾナンスアーク、任せた」
《イエス、マジェスティー》
レゾナンスアークをコンソールに起き、システムに介入を始めた。 そして数秒でエンジンが停止して行き、駆動音と振動が徐々に消えて行く……
『機関の停止を確認。 これよりセカンドフェイズに移行するよ。 ヴァイス曹長の飛行艇に転移するから2人はそこでジッとしていてね』
「分かりました」
第1段階が成功し、ホッとする。 しばらく転送を待っていたが……突然母艦が揺れ始めた。
「何々⁉︎ 何事⁉︎」
「砲撃じゃない……これは、風か?」
『大変、2人共! 突発的に現れた乱気流のせいで転移が上手く行かないみたい! そこからだと格納庫が1番近いから、そこから脱出して!』
「冗談でしょう⁉︎」
「今更だな、こんな事態」
《本当に今更ですねー》
とはいえ、このままここに止まる意味もないのでさっさと機関部を後にし、エイミィさんの言う通り近場にあった格納庫に入った。 中にはクラウディアとほぼ同じ物があるが、数はこっちの方が上だな。
「えっとコンソールはっと……」
《シェルティス、右前方に》
「ありがとう、イリス」
ゆっくりと低い音を立てながら重鈍にメインハッチが開けられ、風を身体で感じながら下を見る。 光の点が1つもない真っ暗闇がそこにはあった。
「こ、今度こそヤバいかも……」
『そこから飛び降りて! あなた達が乗って来た飛行艇がスタンバイしているから』
「隠れる必要がもうないから普通に飛んだ方がいいんだが……行くか」
「あ⁉︎ 待ってよ!」
躊躇なく飛び降り、すぐに乗って来た小型飛行艇が見え。 同じ要領で着地した。
『どうやら上手く行ったようだな』
「はい……おかげさまで」
ヴァイスさんに労いの言葉を貰い、それと同時にレゾナンスアークに通信が届いた。
『レンヤ』
「クロノ、こっちの首尾は上々だ。 これより先に、太陽の砦に向かう」
『了解した。 こちらも準備は完了している、すぐに皆を送り届ける』
「ああ、頼んだぞ」
通信を切り、飛行艇の先頭まで歩いて下を見下ろす。 そこには広い平原にポツンと古い砦が置かれていた。 あそこが……
「それではヴァイスさん、このまま太陽の砦までお願いします」
『任せろ!』
アフターバーナーを噴かせ、飛行艇は太陽の砦に向かってゆっくりと降下して行く。 束の間の休憩が出来ると思い、力を抜いた時……突然機体が衝撃と共に大きく揺れだした。
「今度は何事⁉︎」
「ヴァイスさん!」
『分からねえ! いきなり……操縦が効かなくなった!』
《マジェスティー、船底に何かが張り付いています》
「っ!」
すぐに甲板を走って飛行艇後方から下を見下ろすと……巨大な両手が飛行艇をガッチリと掴んでいた。 何故こんなものが……と、考える間も無く。 飛行艇が地面に吸い込まれるように落下……いや落とされ始めた。
「シェルティス、ヴァイスさん! すぐに脱出を!」
「あ、ああ!」
『ちくしょう! なんだってんだ!』
悪態つきながらもヴァイスさんは脱出し、すぐに彼を抱えて飛行艇から離れた。 先に飛行艇が地面に叩きつけられる、爆発……炎上するのを上から見下ろし、その後大地に着地した。
「いったい何が……」
「分からないが、どうやらすんなり砦には行かせてもらえないようだ」
「マ、マジかよ……」
状況が追いつかず、言葉を失ってヴァイスさんが立ち尽くす。 煌々と燃え上がる炎……周りに咲き誇るラベンダーをも巻き込んで燃え広がる。
「……我が黄金六面体の前に敵は無し」
視線の向いている方角……飛行艇の墜落地点から低く重くのしかかるような声が響いてきた。 地面を引きずるような音を立てながら現れたのは……色褪せた黄土色のローブを目深にかぶり、指先すら袖の中に隠した不気味な姿。 身体の各所にはローブを締め付ける機械的なリングが施され、首や肩、肘から手首をきつく圧迫しているのが見てとれる。
(……こいつが)
対峙するだけで背中にのしかかる威圧感。 犯人は一目瞭然、すぐに分かったが……それと同時にこの男がかなりの強敵、いや……怪物だと直感的に悟った。
「我が名はマハ。 黄金のマハ」
目深のローブから重く、呪われるように響く名乗った。 それが宣戦布告であるかのように。
「これより介入。 対象3人の排除を開始する……」
徐々に迫って来る未知の敵を前に……冷や汗を背中で感じていた……