魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

129 / 198
129話

 

 

同日、20:45ーー

 

対策課に到着する頃にはもうすっかり夜になっており、俺達が到着すると……またヴィヴィオがタックルしてきた。 こんな状況でもヴィヴィオはヴィヴィオだった。 とりあえずヴィヴィオとユノはファリンとルーテシアとガリューとアギトに任せ、会議室で待ってもらっていたゼストさんとクイントさんの元に向かった。 そして、ラーグとソエル、ソーマとサーシャと共にホアキン先生の研究室で押収したファイルを見てもらい、今までの情報を詳細に説明した。

 

「クッ……何を考えている⁉︎」

 

ゼストさんはファイルを軽く目を通しただけだが、決定的な証拠なのは明白。 そしてホアキン先生のそんな行動が理解できなかった。

 

「ホアキン・ムルシエラゴ……一体何を考えている……⁉︎ 何故自分が不利になる情報をわざわざ残したりする⁉︎」

 

「フン、確かにな……ーーレンヤ、偽造の可能性はあるか?」

 

「……低いかもしれない、今更偽造した所で意味は無いだろう。 全ての状況が先生を指していて、フェノールや議長との関係も明らかになっている……」

 

「空白の行動やクレフの発言から見る限り、他勢力の工作の可能性も低いでしょうね」

 

「まあ、これ見よがしに誇示しているだけじゃないの? あの秘書の態度だって相当飛んでいる感じだったし」

 

「……同感だよ。 その2つのファイルからは自己顕示欲と一緒に、何らかの狂信的なメッセージかもしれないよ。 それも恐らく、ヴィヴィオについての……」

 

「なるほどな……」

 

ここでヴィヴィオに繋がるとは思ってもいなかったが……

 

「……そこまで拘らせる何かをヴィヴィオが持っているのかなぁ?」

 

「あの子はレンヤの……聖王のクローンだからな。 狙われる要素は幾らでもある」

 

「それに、この白いファイルにヴィヴィオの写真が挟まっていた事の意味はなんだろう?」

 

「明らかに意図的なのは分かりますけど……」

 

「そうね……レンヤ君、何かわかる?」

 

クイントさんに説明を振られ、D∵G教団の今までの行動と黒と白のファイルの情報をまとめ、自分の考えを言った。

 

「……はい。 6年前まで続いていた非道な“儀式”の数々……その締めくくりとしてヴィヴィオを利用するというメッセージなのかもしれません」

 

「っ……」

 

「趣味の悪いことを……!」

 

「……そんなこと、絶対にさせない……」

 

「ああ……もちろんだ」

 

アリサ達も同じ気持ちで強く頷いた。 続いて俺は上層部の動向について聞いてみた。

 

「ーーゼストさん。 上層部の方はどうですか?」

 

「……間の悪いことに例の軌道拘置所襲撃の報せがあってな。 しかもそれに次いで本局も襲われたらしい。 そちらの対応で管理局全体は蜂の巣を突いた状態だ」

 

「分かりました……これ以上増援は求められませんね。 ……ーーどうにかしてヴィヴィオを管理外世界に逃がしましょう」

 

悩んだ末に出した提案を言った。

 

「レンヤ、それは……」

 

「できれば地球がいいです。 あそこなら身内もいますし、エイミィさんもいますから安全だろうし、教団の手も届きにくいはず」

 

「まあ……確かにそれが一番安全だとは思うな。 ーーだが、いいのか? おめえ自身の手でヴィヴィオを守れなくなっても」

 

「……俺の拘りでヴィヴィオを危険に合わせたら本末転倒だ。 皆は反対するかもしれないけど……あの子が少しでも安全なら俺はそうしたい」

 

「レンヤ君……」

 

「やれやれ……仕方ないね」

 

「……とはいえ、今はどこもかしこも混乱している……ここは私の部隊が所有している次元艦を使うといい。 こんな事態だ、手続きは後にどうとでもなる」

 

「ありがとうございます……!」

 

話はスムーズに進み、これでヴィヴィオを安全な場所に送れる。 次はこの事を一度なのは達に連絡するため、メイフォンで通信した。

 

『はい、なのはです。 どうかしたのレン君? まだ他の皆は帰っていないけど……』

 

「いや、それとは別件でな。 今どこにいるんだ?」

 

『? 今さっき寮に戻って来たばかりだよ』

 

「そうか……ちょっとヴィヴィオに関することで伝えておきたい事があるんだ」

 

『ヴィヴィオに? ……分かった、詳しい話をーー」

 

ガシャァンッ‼︎

 

『えっ……』

 

その時、メイフォンごしからガラスが割れる音が聞こえ。 続いて数人の走る足音が聞こえた。

 

『あなた達は⁉︎ 一体これは何の真似ーー』

 

何が構えられる音が聞こえ、なのはの言葉を中断させられた。

 

『……っ……』

 

次の瞬間、銃撃音がメイフォンから響いてきた。 そして通信が切れた。

 

「‼︎ なのは⁉︎ おい、なのは!」

 

……くっ、なのはの奴メイフォンを手放したのか……⁉︎

 

「おい、何があった……⁉︎」

 

「……どうやら寮が何者かに襲撃されたようです。 通信が切れる直前に機関銃の音が聞こえました」

 

「な、なんですって……」

 

「そんな、学生寮が……⁉︎」

 

「まさか操られたマフィアが……⁉︎」

 

「チッ……可能性は高そうだな」

 

「ヴィヴィオを連れて来たのが、不幸中の幸いでしたけど……」

 

確かに、今の状況ならマフィアの襲撃の線があるが……

 

「……マフィアの襲撃にしては、何か……」

 

「レンヤ、何か気になるの?」

 

「ああ……」

 

散々銃口を向けられてブッ放されてきた重機関銃の銃声音……あきらかにそれとは別の銃声だった。 武装を変えてきた……? いや、今の奴らにそんな理性があるかどうか。 どういうことか、頭を悩ませていたら……

 

プルルルルルルルル!

 

今度は執務室にある通信機が鳴り始めた。 こうも連続して通信が来るなんて……

 

「っ……どんなタイミングだ……!」

 

「とにかく早く出るわよ!」

 

急いで会議室を出て、通信機の方に向かった。

 

「あ、パパー。 おでんわが来ているよ〜?」

 

「ああ、すぐに出る!」

 

「ごめんね、ユノちゃん。 うるさくしちゃって……」

 

「だいじょうぶですよ〜」

 

「あのー、何事ですか?」

 

「また、事件でフか?」

 

「こっちが知りたいよ……」

 

「ママ……?」

 

「大丈夫よ、ルーテシア……」

 

(…………………)

 

ヴィヴィオ達に一言謝りつつ、通信に出た。

 

「はい、異界対策課です!」

 

『あっ、レンヤさん⁉︎ よ、よかった! 無事に繋がって……!』

 

「その声は……ギンガか?」

 

『はい、先ほどはどうも! ーー実はレンヤさん達にお伝えしたい事があるんです! 他の警備隊との連絡が完全に途絶えました……!』

 

「何だって……⁉︎ 一体、何があったんだ⁉︎」

 

『わ、分かりません。 こちらも現在確認中で……念のため、そちらにもお伝えするよう隊長に指示されました!』

 

「分かった、情報感謝する! っと、そうだ……こちらも伝えたい事があるんだ」

 

俺は先ほどなのはとの通信で起きた事……ルキュウにある第3学生寮が襲撃された事を手短にギンガに伝えた。

 

『郊外とはいえ、そんな事が……! 分かりました! 隊長に伝えておきます! そ、それで……あの……』

 

何か言いたそうに口籠るギンガ。 ギンガの部隊以外が連絡が取れないとなると……おそらくスバルを心配しているのだろう。

 

「ギンガ、心配するな。 スバルの事だ、ティアナと一緒で無事だろう。 お前は今自分が出来る事をやればいい」

 

『っ! ……あ、ありがとうございます! グスッ……何が起きているのか分かりません! くれぐれも気をつけてください……!』

 

「ああ、そっちもな……!」

 

通信を切り、皆の方を向いた。 尋常ではない状況ということは分かっているようだ。

 

「警備隊方面で何があった?」

 

「陸士108部隊以外の部隊との連絡が完全に途絶したそうだ……今、現状を確認中との事だ」

 

「なんだと……⁉︎」

 

「一体、何が起きているの……」

 

(ピク……ワタワタ)

 

ガリューが何かを感じとり、ルーテシアに伝えようとした。

 

「えっ、何ガリュー? ……囲まれて、いる⁉︎」

 

ガリューの警告を聞き、急いで虚空で意識を広げると……次々と人の気配が対策課付近に集まって来ていた。

 

「! いつの間に……!」

 

「人の気配が集まって来ている……まさか……!」

 

「学生寮を襲撃した……⁉︎」

 

「……間違いなさそうだな」

 

寮に続いてここが狙われる理由は……おそらく、ヴィヴィオの身柄を確保するため……

 

「ーー総員、脱出の準備を。 レンヤとアリサはヴィヴィオとユノを連れていけ」

 

「はい……!」

 

「分かったわ!」

 

「アリシアは周囲の警戒を。 すずかとアギトはフォローに回れ」

 

「了解だよ!」

 

「分かりました……!」

 

「やってやるぜ!」

 

「ソーマとサーシャ、ルーテシアは先頭と左右をカバーしろ」

 

「はい!」

 

「は、はい!」

 

「やるよ、ガリュー!」

 

(コクン)

 

「私も戦います。 メイドとはいえ、仕える主を護るために武術の心得はあります」

 

「しかし……ファリンさんのお気持ちはよく分かりますが。 敵が分からない以上、いくらあなたが腕が立つと言ってもーー」

 

「問題ありません、私は1人ではないので。 ねえ、ビエンフー?」

 

「は、はいでフー!」

 

「ゼストさん、ファリンが足手まといにならないのは私が保証します。 どうか手伝いだけでもお願いできませんか?」

 

メガーヌの制止を振り切ってやる気を出すファリンに、すずかがゼストさんにそうお願いした。

 

「……分かった、ではあなたにはもしもの時のレンヤとアリサのフォローをお願いします」

 

「はい! 行きますよ、ビエンフー!」

 

「りょ、了解でフー!」

 

「クイント。 殿(しんがり)は俺とお前で持つぞ」

 

「了解しました」

 

アリシア達はバリアジャケットを纏って武器を持ち、俺とアリサはヴィヴィオとユノの前に行く。

 

「ヴィヴィオ。 しっかり掴まっててくれ」

 

「うんっ! えへへ……」

 

「失礼するわよ、ユノ。 あなたのお兄さんに比べれば心許ないかもしれないけどね」

 

「いえいえ、そんな事ありませんよ〜」

 

ヴィヴィオを抱きかかえ、脱出の準備は出来た。

 

「よし……なるべく陣形を崩さずにーー」

 

ダダダダダダダダッ‼︎

 

次の瞬間、対策課に大量の魔力弾が撃ち込まれた。 すぐさまプロテクションで防いだが、対策課は一瞬で銃痕だらけのボロボロになってしまった。 そしてドアを蹴破って入って来たのは……

 

「なっ……⁉︎」

 

「け、警備隊……⁉︎」

 

通信が途絶えたと思われる警備隊だった。 だが、その隊員の目に生気はなく、無言でこちらに機関銃型のデバイスの銃口を向けた。

 

「こっちだ! 裏から下に行ける!」

 

「え、裏って……」

 

「とにかく行くぞ!」

 

ラーグの指示で奥に向かって走り、各部屋を繋ぐ廊下の奥に差し掛かるとすずかが壁の一部を開き。 カードを読み込ませると……壁が下に下り、隠し上と下に繋がる階段が出て来た。

 

「これって……⁉︎」

 

「隊舎と研究室を繋ぐ階段だよ。 こっちにあった方が何かと便利な事もあるんだよ。 そういえばソーマ君達にはまだ説明してなかったね」

 

「どこの秘密基地ですか……」

 

「いいから早く行きなさい!」

 

追いついて来たメガーヌさんに急かされて階段を下り、研究室フロアに来ると今度は非常口を開けた。

 

「って、非常口なのに階段がないじゃないですか!」

 

そう、非常口は開けたら地上本部の外には出るが……階段も何もなく、高所故の強風が吹き付ける。

 

「非常時に使うから非常口なんだよ。 ほら、飛ぶよ!」

 

「ええええっ⁉︎」

 

ルーテシアが叫ぶ中、非常口から飛び出し、飛行魔法で制動を取った。 サーシャは輪刀を背中で回転させたり、ファリンは式神というものに乗ったり、ソーマは剣を低い位置にあるビルに投げて転移したりとそれぞれが地上に降り立った。

 

「追っ手は?」

 

「来ないわね。 地上部隊だから飛行魔法を使える人が少ないのだと思うけど……」

 

「それに、今のはまさか108部隊以外の警備隊では……?」

 

「見知った顔がいました……」

 

「まさかマフィアと同じように操られているのか……⁉︎」

 

「……昨日、はやてから情報が届いたんだけど。 上層部から地上本部及び本局、空域本部に通達とある栄養剤が支給されたそうだよ。 あんまり気にしてなかったけど、もしかすると……」

 

「その栄養剤がネクター……!」

 

「でも、ゲンヤさんはそんな事なにも……!」

 

「私達の部隊にもそんな通達ないわ。 どうやら何も知らない部隊にばら撒かれたようね」

 

対策課(うち)にもそのような通達は来ていない。 なのはとフェイトにもそんな話はなかったから、2人の同僚の周りは安心できるとは思うが、それでも相当数……

 

「くっ、一体どこまで……!」

 

「ここに留まっても別働隊が来る。 急いで移動するぞ」

 

「車庫は本部を挟んで反対側……走るしかありませんね」

 

「とにかく、まずは安全な場所まで……!」

 

(ピク……)

 

ガリューが何かを感じ取り、球の状態から元に戻って警戒した。 するとガリューが警戒した方向から警備隊が使用している装甲車が走ってきた。 ブレーキ音を立てながら横向きで止まり、次々と警備隊員が出て来ていきなり撃って来た。

 

「わわ、また来た〜⁉︎」

 

「いったん正面に出るぞ!」

 

急いで正面入口に向かうと……そこは警備隊で埋め尽くされていた。 本部内をガラス越しで見ると、受付や非魔導師の職員、一般市民は身動きが封じられているが危害は加えていないようだ。

 

「どれだけの人にネクターを……!」

 

「はやての情報が確かなら、あらかた9割は全滅だろ……」

 

「一体どこのバイオなんだよ⁉︎」

 

「ゲームのやり過ぎよ、アリシア……それに、噛まれて増えるより遥かにマシよ」

 

「デバイスや車を使えている時点でマシなのかなぁ……?」

 

「……このままだと包囲されるな。 一度クラナガンから出よう」

 

「そうですね……」

 

と、そこで隊員の1人に気付かれた。 その前に踵を返して走り、本道を南下する。

 

「どこに向かうつもり⁉︎ 本部はクラナガンの中心、飛ぶにしても郊外までには距離があるよ!」

 

「どこかで足を確保したいがーー」

 

ブォォオオンッ‼︎

 

大きなエンジン音を響かせ、装甲車が後方から現れ横について来た。 後部ドアが開けられ、操られている隊員が銃口を向けた。

 

「くっ……」

 

「飛び出せ霊脈動(さんぶんしん)!」

 

ファリンが前に出て、手を振り上げると装甲車の下から式神が3体が横並びで這い出し、装甲車をひっくり返した。

 

「ファリンさん、やるぅ!」

 

「へっへ〜ん、どんなもんですか」

 

「一昨日来やがれでフー!」

 

「お望み通り来たわよ」

 

『え……』

 

2人が後ろを見ると、奥からさらに数台の装甲車が迫って来ていた。

 

「ビ、ビエエン⁉︎」

 

「よ、余裕です……!」

 

「いいから逃げますよ!」

 

すぐに路地裏に入り、追っ手から逃げる。 途中で横に曲がり……そこから跳躍してビルの屋上に飛び乗った。 ビルの上を駆けては飛び移り、西へ向かった。 その間にも警備隊に遭遇し、その度に即制圧して囲まれる前に全力で走った。

 

「ふう……」

 

「上手く撒けたかしら……」

 

「パパ〜、だいじょうぶ?」

 

「あの、降りた方が……」

 

子どもはやはり人の機微に敏感なのか、ヴィヴィオとユノは心配そうに声をかける。

 

「いや、大丈夫だ……!」

 

「このくらい任せておきなさい」

 

「でも、2人共辛くなったらいつでも言ってね。 いつでも交代するから」

 

「冗談言うな、娘が重いはずないだろ!」

 

「……レンヤさん、すっかり親バカになりましたね……」

 

「あ、あはは……」

 

ソーマは少し呆れ気味になり、サーシャは苦笑する。 そして西に近付くに連れ飛び移るビルも少なくなり、発見される危険も考慮してまた路地裏に降りた。 こっそりと表を覗くと、全ての建物のシャッターが降りており、人の気配はなかった。

 

「……どうやら警戒線は張られていないようですね」

 

「ただ襲って連れて来いとしか命令されていないのでしょうね」

 

「はあはあ……」

 

「大丈夫、ルーテシア?」

 

「だ、大丈夫です、このくらいへっちゃらです……!」

 

「無理するなよ」

 

「……………………」

 

とはいえ、このまま逃走劇を続けるわけにもいかない。

 

「隊長……」

 

「……ああ」

 

ゼストさんとメガーヌさんが何かをするのように短い会話をした。

 

「ーーよし。 ここから先は別行動だ。 お前達はこの通りを抜けて西郊まで脱出しろ」

 

「ゼストさん……⁉︎」

 

「警備隊がほぼ全滅している以上、頼れるのはゲンヤの陸士108部隊だけだ。 街道に出たら連絡して車両で迎えに来てもらえ」

 

「わ、分かりました……ですがゼストさん達は?」

 

「私とメガーヌは撹乱のためここに残る。 連中の注意を引きつけてかき回そう」

 

つまり、2人は囮をかって出るのか。

 

「そ、そんな……」

 

「いくら強くても無茶だよ⁉︎」

 

「マ、ママ……」

 

「心配しないで、撹乱するだけで本格的な戦闘はしないし。 頃合いを見計らってちゃんと撤退するわ」

 

「そうですか……」

 

ゼストさんとクイントさんなら引き際を見誤ることはないだろうが……一体どれだけの人数を相手にするつもりなんだ。

 

「急げ! 奴らは待ってくれないぞ!」

 

「………行きましょう!」

 

「おじさん! 気をつけてねー!」

 

「ああ……!」

 

罪悪感を振り切り、2人を背にして走った。 5、6分ほど走り、ミッドチルダ西部、西郊手前まで来た所で一旦足を止めた。

 

「ふう………さすがにここまで来れば一安心かな」

 

「ええ……ゼスト三佐のおかげでしょうね」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「……あの2人の事だから、心配いらないとは思うけど」

 

「そうだね、そう簡単にやられるような人達じゃないし」

 

「はい、いくら強化された警備隊でも。 それだけでやられるはずありません」

 

確かにネクターを投与して身体能力を強化しただけではあんまり意味はない。 慣れてしまえば力と速さも驚異ではなく、後はタフなだけだ。 と、その時腕の中にいるヴィヴィオの表情が少し辛そうだった。 無理もない、あれだけ激しく連れ回しては疲労も出るか。

 

「……ヴィヴィオ、ユノ。 大丈夫か?」

 

「だいじょうぶで〜す」

 

「ヴィヴィオもへいきだよー。 えへへ、みんなとはじめて会った時みたいだねー」

 

「はは……そうだな」

 

「あの競売会からまだ1月ちょっとかあ……」

 

「ちょっと信じられないね……」

 

「そうね……」

 

「ヴィヴィオちゃんが来てから、本当にあっという間でしたね」

 

本当に、あっという間だな……まだ両親にも紹介してもないのに。

 

「ーーさて、このまま街道に出るとして。 先に陸士108部隊に連絡する?」

 

「ああ、頼む。 繋がりにくかったらギンガの方でもいいだろう」

 

「ええ、わかったわ」

 

アリサがメイフォンで通話し、しばらく待ったが……

 

「……話し中のようね……」

 

「無理もありません……相当、混乱しているでしょうし」

 

「どこもかしこもこんな感じなんだろうな」

 

「しばらく通信は繋がりにくいかもしれませんね」

 

どの部隊……というより管理局全体がパニック状態。 これを治るにはホアキン先生をどうにかするしかない。 と、そこでアリサは1度通話を切った。

 

「仕方ないわ。 直接ギンガの方にーー」

 

(!)

 

ガリューが何かを感じ取り、街道方面に立った。

 

「ガリュー?」

 

「どうかしたの?」

 

「まさか……!」

 

すると、街道方面から数名のフェノールのマフィアとアーミーハウンドが現れた。

 

「フェノール……⁉︎」

 

「医療院を襲撃したのとは別働隊みたいだね……」

 

「300人近い大所帯です。 まだまだいるでしょう……」

 

「……迂回している暇もないですし……」

 

「ここは突破するしかないないようですね」

 

ヴィヴィオを降ろし、ファリンさんとユノと一緒に後ろに下がらせた。

 

「ヴィヴィオ、ユノ。 出来るだけ下がってくれ」

 

「……うんっ……!」

 

「はい……!」

 

「ファリン、ビエンフー。 2人をよろしくね」

 

「かしこまりました、すずかお嬢様」

 

「りょ、了解でフー!」

 

マフィア達は警備隊同様、生気のない目でこちらを見つめ……襲って来た。

 

「ソーマ、サーシャ、ルーテシア! 奴らは確かに強化されているが、攻撃がワンパターンだ! 集中して動きを見れば普通より弱いぞ!」

 

「無茶言わないでくださいよぉ……!」

 

「くっ!」

 

「うわっ⁉︎」

 

ソーマ達3人は強化されたマフィアとアーミーハウンドに苦戦した。

 

「助けないの?」

 

「援護はするが、あいつら自身に倒させる。 時と場合を考えたい所だが……この程度で苦戦しているようではこの後も同行は難しいからな」

 

「……レンヤ君って時々厳しいよね……」

 

「でも間違ってもいないわ。 足手まといの面倒は見ていられないわよ」

 

『!』

 

アリサの辛辣な言葉が聞こえたのか、3人は険しい表情になる。

 

「……サーシャ、ルーテシア。 気合いを入れて」

 

「うん、了解だよ」

 

「このまま黙っているのも癪だし」

 

すると3人は目の色を変えて敵に向かって走った。

 

「……大丈夫そうだね」

 

「アリサちゃんも厳しいね」

 

「教導官なら当然よ」

 

「そうだな。 さて、あたしは力を蓄えたいし、サポートに回るからな」

 

そう言うとアギトはアリサの持つフレイムアイズのコアに近付き、そのまま中に吸い込まれて行った。

 

「もう、アギトったら。 フェアリンクはしておいきなさいよ」

 

『分かってるって』

 

短い翼(エーラ・コルト)!」

 

その間にもサーシャが輪刀を片手で振り回してマフィアのデバイスを狙いって弾きながら前に進んだ。

 

「外力系衝剄……九乃!」

 

ソーマは指の間に針のように細い剄弾を形成し、マフィア達の手から弾かれて大きくそれたデバイスを撃ち落とした。

 

「ガリュー! 衝撃弾、発射!」

 

ルーテシアの指示でガリューがマフィアとアーミーハウンドに直撃しないが近場の地面に魔力弾を発射し、着弾すると……轟くような大きな音と衝撃が発生させ、奴らを撹乱させた。

 

「皆さん!」

 

「分かってる!」

 

「ええ……!」

 

「一気に決めるよ!」

 

「やあっ!」

 

一気に畳み掛け、アーミーハウンドを倒し、マフィア達を昏倒させて制圧した。

 

「ふう……思っていたより上手く行きましたね」

 

「強かったですが、驚異ではありませんでした」

 

「余裕余裕♪」

 

ソーマ達も最初は苦戦していたが、最後にはどこかホッとしたように余裕を見せた。

 

「皆、このまま街道にーー」

 

「ふふふ……」

 

突然、女性の笑い声が聞こえて来た。 辺りを警戒しながら見渡すと……道路脇にある街灯の上に淡い金の長髪した20代くらいの女性が座っていた。

 

「お見事。 さすがは異界対策課、優秀な人材が豊富ね」

 

「あなたは……」

 

「そこで何をしている、あなたは何者だ?」

 

「私はシャラン・エクセ。 そうね……ただの通りすがりかしら?」

 

「質問しているのはこっちよ」

 

「そう焦らないで。 私は幹部みたいな位置にいるわ……D∵G教団のね」

 

彼女……シャランがクスリと笑うと、体からゆらりと異質なオーラを放った。 今のは異界の気配……!

 

「まさか……魔乖術師!」

 

「他にもいたなんて⁉︎」

 

「ふふ……」

 

シャランが右腕を上げ、パチンッ! と指を鳴らした。 すると気絶したはずなマフィアが次々と起き上がり……その隣に彼女と同質のオーラが炎のように現れ、アーミーハウンドが復活するように出現した。

 

「なっ……⁉︎」

 

「そんな、完全に気絶させたのに⁉︎」

 

「それにグリードまで……!」

 

「エリンから聞いていると思うけど、魔乖咒は8つの系統に分かれているらしいのよ。 そして私の系統は“闇”、回復や蘇生が専門よ。 死後数分までなら生き返らせることもできるかもしれない、その気になれば墓から死者も蘇生できるかもね」

 

「……ずいぶんと曖昧な言い方だな」

 

「仕方ないでしょう。 この力を手に入れてから1月も経っていないんだから」

 

どうやら魔乖咒はここ最近発見され、扱えるのも数人みたいだな。 だが、系統が判明している以上8人はいると考えてもいい。 しかも滅と闇から考えても残り6つも常識では考えられない能力だろう。

 

「とにかく、そこから降りてもらよ」

 

「出来るかしら?」

 

「アギト!」

 

『マジカルエフェクト、バーン』

 

アリサはシャランに向けて手をかざすと真紅のベルカ式の魔法陣が展開され、大玉サイズの火球を撃った。 シャランは火球があたる直前に飛び上がり、その後火球が街灯に直撃し、その爆風でマフィアを挟んで反対側に降り立った。

 

「さてと、私はこれで失礼するわ。 まだまだ夜は長いわよ」

 

「待ちなさい!」

 

アリサの制止も聞かず、シャランは夜の闇の中に消えて行った。 追いかけようとするが、復活したマフィアとアーミーハウンドが道を塞いだ。 マフィアとアーミーハウンドがまた襲いかかって来たが、復活しただけで強さや行動は変わってはいなく……俺達も最初から戦ったので先ほどより早く片が付いた。

 

「たっく……手間を増やして」

 

「あのシャランって人は何がしたかったのでしょうか?」

 

「さあてね、分かりたくもない」

 

「ふう……そろそろここから離れよう」

 

「そうだね……っ!」

 

その時、前方からフェノールの所有している貨物車が2台現れ、先ほどより多い人数のマフィアが降りてこっちに向かって来た。

 

「……何人いるんだ……」

 

「少し面倒ね……」

 

「でも、増えた所で私達に勝てるわけーー」

 

「! 皆さん、背後から!」

 

サーシャが背後を向くと、警備隊が首都方面から現れた。

 

「くっ……!」

 

「追いつかれた……!」

 

「ちょっと、多いね……」

 

「ちょっとどころじゃないよ……」

 

「多勢に無勢ですねー」

 

「サーシャ、逃避行しないで」

 

「……実はおめえら余裕だろ?」

 

無駄口叩いてもマフィアと警備隊員は少しずつ、じりじりと距離を詰めていく。

 

「ふえ……」

 

「……お、お兄ちゃん……」

 

「大丈夫ですよ、すずかちゃん達なら……」

 

「ソー、バーット……」

 

くっ……何とかこの子達だけでも……。 そう考えた時、西郊方面からエンジン音が響いてきた。

 

「あれは……⁉︎」

 

「車がもう1台来ます!」

 

「増援……⁉︎」

 

「ううん、アレは……」

 

こちらに向かって走って来たのは高級リムジンだった。 2台の貨物車の合間を抜け、目の前で急ブレーキをして停止した。

 

「このリムジンは……アトラスさんの⁉︎」

 

「と言うことは……」

 

「皆さん! 早く乗ってください!」

 

「メルファ……!」

 

「話は後だ! とにかく乗ってくれ!」

 

「は、はい! ヴィヴィオ、乗り込むぞ!」

 

「うんっ!」

 

「ユノ、来なさい!」

 

「はーい!」

 

俺はヴィヴィオを抱え、銃で敵を牽制しながらリムジンに飛び込むように乗り込み。 雪崩れ込むように皆が次から次へと進路を変更するために動いているリムジンに乗り込んでいき……リムジンはドアを開けたまま急発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当面の危機を脱し、しばらくしてからアトラスさんとメルファに今の事態を説明した。

 

「ーーそうか、フェノールのみならず警備隊はおろか管理局全体まで……」

 

「……何といいますか……とんでもない状況になっていますね」

 

「……はい。 正直、夢でも見ている気分です」

 

「ところで、アトラスさん達はどうしてあの場所に?」

 

「ああ、アーネンベルクに商談があって、その帰りだったんだが……前に通ったミートスを出たすぐにマフィア達の襲撃にあってね。 何とか振り切って街に辿り着いたら君達が襲われていたというわけだ」

 

「そうだったんですか……」

 

何はともあれ助かった。

 

「いや〜。 本当に助かったよ〜。 それにこの車って防御処置されているの?」

 

「ああ、すずか君に作ってもらった特注品でね。 衝撃、魔力攻撃に対しても耐性があるから。簡単には破れないはずさ」

 

「でも、さすがに大質量による重圧や砲撃には耐えられないよ」

 

「そうでしょうね」

 

すずかが作ったからか、相変わらず飛び抜けて非常識な車だな……

 

「ーーお父様。 このままDBMに戻ってみては?」

 

「ああ、そのつもりだ。 彼らも疲れているだろうから、ゆっくり休んでもらおう」

 

「そんな、これ以上、迷惑をかける訳には……」

 

「お2人まで危害が及ぶかもしれですし……」

 

「気持ちはありがたいけど……」

 

「アリシアさん。 水臭いことは言わないでください」

 

「DBMのゲートは特殊合金製だし、魔力動力による物理結界もある。 簡単に破られる事はないだろう。 それにDBM総裁としてミッドチルダの治安については無関心ではいられない……できれば、詳しく事情を君達から聞かせて欲しいんだ」

 

「アトラスさん……」

 

「……分かりました。 ご迷惑になります」

 

「ふふ、決まりですね」

 

そうと決まった所で……ヴィヴィオもユノが喋っていないことに気が付いた。 2人を見てみると、目を閉じようとするのに耐えていたカ

 

「2人とも……なんだか眠そうだな?」

 

「えー……? ヴィヴィオねむくないよー」

 

「も、もーまんたーい……」

 

「どこからそんな言葉を……」

 

「でも無理もないよ。 もう10時近くだし……」

 

「あれだけの修羅場に付き合わせてしましましたから」

 

「ふふ、DBMに着いたらベッドを用意しておきましょう」

 

「よし、そうと決まればせいぜい飛ばすとしようか!」

 

「あ、法定速度には……」

 

「サーシャ、今法を言っても仕方ないよ」

 

「ひゅ〜、飛ーばせー♪」

 

半端強引に決められたが、ひとまず態勢を立て直すことを優先……と言うよりもヴィヴィオとユノを安全を確保したいのを優先して、アトラスさんのお言葉に甘えることにした。 ふと外の景色を見ると、通りに人の気配や車の往来はまるでないが……それ以外はいつも通りの景色だ。 火事や荒らされたという事はなく、それだけは不幸中の幸いだろう。 そうこう考えているうちに、リムジンはDBMビルに向けて坂を登り始めたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。