魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

117 / 198
117話

 

 

「日が沈んできたな……」

 

クーの客室に戻り、開場されるまで打ち合わせをしていた。 時間が経った時に何となく窓の外を見ると、空は暗くなっていた。 そろそろ7時を回ろうとした時……何がが打ち上げられる音がすると……空に花火が上がった。

 

「わあ……!」

 

「綺麗……」

 

「どうやらこの花火、記念祭中は毎日あるみたいだ」

 

「大盤振る舞いなことで」

 

「テーマパークは眠らない、だね」

 

夜空に咲く花火はいつ見ても綺麗だな。 競売会に迫るせいの緊張がほぐれていくようだ。

 

「ーーさて。 俺は一足先に行かせてもらうぜ」

 

「そうか……どこかの婦人と待ち合わせしているんだったか」

 

「まあな。 それじゃあ、無事に朝日を拝めることを祈ってるぜ。 お前達がヘマしなければオークション会場でな」

 

最後に不吉な助言をして、クーは客室を後にした。

 

「人の喰った野郎だぜ」

 

「色んな意味で人脈を広いよね、色んな意味で」

 

「でも正直、競売会の情報を教えてくれたのは助かったね。 色々とお世話になっちゃったよ」

 

「そうだな……」

 

頼りになる時は頼りになるんだが、その方向性がいつものおかしいのが否めないのだが……

 

「ーー俺達もそろそろオークション会場に向かおう。 何とか入口のチェックを抜けて会場の中に入り込まないとな」

 

「うん……そうだね!」

 

慣れない服装にちぐはぐしながらオークション会場に向かった。

 

「私はいつでも大丈夫だよ。 オークション会場に入る?」

 

「ああ……」

 

肯定の意味を込めて伊達メガネを掛けて頷く。

 

「問題なし。 オークション会場に入ろう」

 

「うん、分かったよ」

 

「レンヤ、すずか……気をつけてね」

 

「打ち合わせ通り、私達はこの付近に待機しているわ。 何かあったらすぐに連絡をちょうだい」

 

「ああ。 そっちの方も気をつけてな」

 

「それじゃあ行って来るね」

 

「頑張れよ」

 

皆に激励を貰い、すずかと共に屋敷に続く橋を渡る。 緊張しながらもそれを表に出さぬよう、平常を保ち胸を張りながらすずかの少し前を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入口前に来ると、サングラスを掛けている黒服の男2人がいた。 マフィアのチェックだろうが……いくら顔を隠すとはいえ夜にサングラスはどうかと思う。

 

「ようこそ、黒の競売会へ。 招待カードを見せていただけますか?」

 

「ああ、これでいいかな」

 

懐から招待カードを取り出し、男の1人に渡した。 男はしばらくカードと睨みあった後……静かに頷いた。

 

「……確かに。 念のためお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「えっと……」

 

この振りは聞いて無かったので少し口籠もってしまう。 本名は無いとして……

 

「ーーシャオ・ハーディンだ。 身分を明かす必要はないだろう?」

 

とっさに父さんの名前を言った。 少し安易過ぎたかと後悔したが、男達は特に反応しなかった。

 

「ええ、それはもちろん。 そちらの方は……?」

 

「ふふ、お疲れ様です。 私の方は事情があって、身分を明かせませんけど……こういう催しでもありますし、別に構いませんよね?」

 

「え、ええ、まあ……ですが一応、そちらのシャオ様とのご関係を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

すずかの対応に男は少し困惑したが、すぐに気を取り直して関係を聞いてきた。 すずかはニコッと笑うと……俺の隣に来て腕を組んできた。

 

「ふふ、恋人には見えませんでしたか? と言っても、まだ父にも母にも内密にしている関係なんですけど」

 

「済まない、私がもっと優秀であれば良かったのだが……だが必ず、君を堂々と迎えに行くから」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

これは事前に決めたいたことで。 打ち合わせ通りに話を進め、チェックを通過しようと試みる。

 

「コホン……失礼しました」

 

どうやら信じ込めた様で、男は俺達の雰囲気を変えるため軽く咳払いをした。

 

「それではシャオ様、お連れ様。 どうか存分に、今宵の競売会をお楽しみください」

 

男2人は道を開け、すずかと腕を組んだまま屋敷の中に入った。 屋敷の中は外の装飾で分かる通り豪華絢爛だった。 すでに他の招待客もいるようで、外の2人と同じ格好をしたマフィアが数名いた。

 

「すごいな……」

 

「アザール議長邸……噂に聞いていたけど、こんな壮麗な建物だったなんて」

 

「ああ、想像以上だった……」

 

アリサ、すずか、一応実家になる聖王邸……それを見ていなかったら内心かなり慌てていたと思う。 そして……改めてアザール議長、フェノール商会の大きさを目の当たりにする。

 

「ーーようこそ、お客様」

 

その時、正面にいた老人が声をかけて近付いてきた。 おそらく競売会の案内人だろう。

 

「黒の競売会へようこそ。 お客様は……初めてのご来場でございますか?」

 

「ああ、そうですけど」

 

「オークションは午後9時から、正面ホールにて開催を予定しております。 それまでの間、左手にあるサロンで饗応の用意をさせて頂いておりますので、お酒やお食事などをお楽しみください。 ちなみに今宵は、当館にお泊りになるつもりはございますか?」

 

「いや結構。 ホテルに部屋を取っているし、友人も待たせているからね。 今回は遠慮させてもらうよ」

 

「かしこまりました。 もし気が変わられた場合、すぐにでも部屋を用意いたしますので、遠慮なくお申し付けください」

 

その後も立ち入りの禁止場所などの注意を受け、案内人は元の場所に戻って行った。

 

『オークション開催まで2時間はある……それまで一通り屋敷の中を回ってみよう』

 

『うん、怪しまれないようにしないとね』

 

念話で会話した後、オークション会場を少し覗いた後に案内人に言われた通り左手あるサロンに向かった。 中は食べ物やお酒の匂いが溢れていて、先に来ていた招待客が楽しそうに食事をしていた。

 

「立食形式のパーティか……ほとんどの招待客が集まっているみたいだけど」

 

「料理やお酒もさすがに豪華だね……一流のシェフを雇っているんだと思う」

 

「昔にアリサとすずかに連れられてこういうパーティに出た事はあったけど……さすがにそんな余裕はないな」

 

「ふふ、食べたいのなら食べさせてあげる♪」

 

「食欲もないよ」

 

さすが慣れているだけはあって立ち振る舞いに余裕がある。 しかも周りの男達の視線を釘付けにしながらも、身元がバレない上に軽く流している。 しばらくサロンを周っていると……

 

「あら……」

 

「あ……」

 

「キルマリアさん……⁉︎」

 

ソファーに座って休んでいたのは……ディアドラグループ、会長秘書のキルマリア・デュエットさんだった。

 

「……奇遇ですね。 こんな場所であなた方と会うとはさすがに予想外です」

 

「こ、これはその……」

 

「その、色々と事情が……」

 

「ふふ、いいわよ」

 

誤魔化そうとするが、キルマリアさん特に気にしなかった。

 

「ーーそれで、ここでは何とお呼びすればいいのでしょうか?」

 

「え……」

 

「ど、どうしてそこまで……」

 

「あなた方の立場を考えれば何をしているかは想像が付きます。 そして招待カードを渡す時には代表者が名乗る必要がある……それで、何とお呼びすればいいのでしょうか?」

 

「……シャオ、でお願いします」

 

もう一度聞かれたので素直に偽名を言った。 なんかこの人には色々と勝てない気がする。

 

「ええ、よろしくお願いします、シャオさん。 私はそのままキルマリアで結構です」

 

「わ、分かりました。 それで……どうしてキルマリアさんはこの場所に? やっぱり出品物目当てですか?」

 

「ええ、ソアラ会長からどんな出物があるかどうか確かめて欲しいと頼まれたのです。 いわゆる、市場調査ですね」

 

「なるほど……」

 

「しかしアザール議長という方はなかなか抜け目のない人物のようですね。 この競売会……仕組みとしてよく出来ています」

 

「と、言うと?」

 

疑問を聞くと、キルマリアさんはこの競売会の仕組みを教えてくれた。 摘発されることのない上流階級御用達の裏の催し、それは各次元世界が扱いの困る曰くつきの品物を自分でなく相手に処理できるという利点にこそ意味があった。 違法になりうる行為、その証拠品……それらがこの場ではなかったことにされてしまう。 だからこそ管理局や聖王教会かま黙認し、上層部も手を出すことはできない。 フェノールも安定して多額の資金が得られる。参加者はお金さえあれば望みの品が手に入る。 誰もが特になる為、止めることはできない。

 

「なんかそれ知ってます、爆弾ゲームってやつです……」

 

「爆弾は受け渡しが成立した時点で不発弾になりますけど、あながち間違ってませんね。 歯痒い現実ですが、逆らうのは難しいでしょう」

 

「………………」

 

「レンヤ君……」

 

改めて真実という壁にぶつかり、自分の無力さを実感してしまう。 カードを手に入れて、この場所に来れたからどうにかなるかもしれない……そんな気持ちは現実では役に立たなかった。

 

「でも、不自然さは否めない」

 

『え?』

 

キルマリアさんのその言葉に俺達は同時に声を漏らし、キルマリアさんはそんな俺達を見て面白そうに微笑んだ。

 

「ここは完璧な仕組みで回っていますけど、異質なものは異質なことは避けられません。 異質で異様、そして異常だということは、あってはならない構造です。 何かのきっかけさえあれば……たやすく崩れ去るでしょう。 そういう意味では、あなた方の行動は無駄にはならないかもしれません」

 

つまりは、俺達の石ころ程度の行動でもこの競売会が崩れる可能性があるということなのだろうか……

 

「キルマリアさん……」

 

「助言、ありがとうございます」

 

「ふふ、少しお喋りが過ぎましたね。 せっかくの機会です、色々な物を見ていくとよろしいかと。 それはきっとあなた方の血と肉になっていくでしょう」

 

キルマリアさんにお礼を言い、サロンを出ようとした時……入り口に先ほどの案内人がいた。

 

「ご来場の皆様……当競売会の主催者が参りましたので、皆様にご挨拶をさせていただきます」

 

案内人が横に逸れた後に、2人の男性がサロンに入ってきた。

 

『あれが……』

 

『フェノール商会の会長とアザール議長だね……』

 

挨拶をするために、豪華そうなスーツを着た男……カクラフ会長が前に出た。

 

「ーー皆様、ご機嫌よう! 当オークションを主催しておるフェノール商会のカクラフです。 早いもので、この競売会も今年で8回目を迎えました。 年々、来場される方々も増え、それに比例して出品物もますます充実したものになっております。これもひとえに、皆様のご理解とご愛顧の賜物であると言えましょう!」

 

一旦そこで切ると、来場者から拍手が送られた。

 

「そしてもう一方……毎年、わたくしどもの催しにこの素晴らしい邸宅を会場として提供して下さって方がおります。 ご紹介しましょうーーミッドチルダ代表にして次元議会をまとめる大政治家……アザール議長閣下です!」

 

カクラフ会長が議長を紹介し、アザール議長はカクラフ会長の隣に出た。

 

「ーーたった今、紹介にあずかったミッドチルダ議長を務めるアザールです。 今宵、この素晴らしい催しの場を提供させて頂くのは光栄の極み。 単なる競売会というだけではなく、各界の名士の方々が集い、交歓する出会いの場であるとも言えましょう。 まだまだ宵の口……オークションが終了した後にはささやかな夜会も用意しております。 皆様におかれましては、どうか当館をご自分の家と思い、心より寛いでいただきたい」

 

アザール議長が礼をし、またもや拍手が送られた。

 

『会長は写真でしか見たことなかったけど、議長はやっぱり喰えない人物だな』

 

『……自分の権威が揺るがないものであることを確信しているからだろうね。 フェノールの会長は初めて見たけど……思っていた以上に狡猾でやり手といった感じだね』

 

『どちらも一筋縄ではいかないか。 できれば話してみたいけど……議長に顔が割れているし、自重した方がいいな』

 

『そうだね、他の来場者と話している隙にサロンから出よう』

 

不審に思われないようにサロンから離れ。 次に休憩室に入ると……そこにはクーがいて、椅子に座ってカクテルを楽しんでいた。 離れた場所で夫婦らしき男女と、かなり大胆なドレスを着ている1人の女性が言い争っていたが……

 

「よお、無事に入れたようで何よりだ」

 

「おかげさまで、それよりも何を飲んでいるんですか?」

 

「んー? ただの綺麗なジュースだ」

 

「嘘付かないでください、先輩はまだ未成年でしょう」

 

すずかにグラスを取られ、クーは少し不満そうに肩をすくめる。

 

「それよりも、これは何の騒ぎですか? 予想はつきますけど……」

 

「ご覧の通り修羅場ってヤツだ。 お前も何度か経験したことあるだろう?」

 

「そんなのありません」

 

「見るからに泥沼ですけど……」

 

そんな会話を余所に口喧嘩は勢いを増し、そこにクーがほんの少しスイッチと言う横槍を入れ……一気に爆発した。

 

「な、何だかお邪魔しちゃうと悪そうだね……」

 

こんな三角関係を体験したことないし、対処方がよくわからないしな。 触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「……じゃあ、俺達はこれで失礼するから」

 

「くく、その方がいいだろう。 また後でな、宴を楽しんでこい」

 

いつのまにかすずかから取り返していたカクテルを口に含み、とても良い悪い顔で言った。

 

屋敷の捜索を続け、廻廊と思わしき通路を歩いていると……観賞植物や観賞魚がいる庭園に出た。 未だに屋内だが……

 

先ほどオークション会場の奥に流れてた水の正体を、俺達はしばらく呆然とながら見下ろした。

 

「……なあ、すずか。 こういう設備を屋内に造るのにどのくらいのお金が必要だ?」

 

「……ざっと、レンヤ君の年収の10倍は優に超えるかな?」

 

ため息すら出ないな。 綺麗な光景を見ているはずなのに、まるで心が癒される気がしないなんてな……

 

「ーーふむ、題して……異形庭園の2人、ね」

 

後方から突如聞こえてきた言葉にすぐに振り返る。 そこには真紅のチャイナドレスを着た赤髪の女性が両手の人差し指と親指で長方形を作り、その輪を通してこちらを見ていた。

 

「あなた達も招待客? こんな場所にいるなんて迷ったか、それとも良い年して探検しているのかしら?」

 

「い、いえ、迷っただけです……!」

 

「ふふ、そうかもね。 まあ、常人には分からない場所かもしれないわね、ここは」

 

「は、はあ……」

 

俺達をからかって楽しんでいるのか、口元に手を当てて微笑む。

 

「えっと、あなたは?」

 

「ーーナタラーシャ・エメロード。 今後ともによろしくしてくれると嬉しいわ」

 

「は、はい……」

 

「そんなに緊張しなくてもいいわよ。 議長が言った通り自宅だと思って寛いでおきなさい。 タダ飯を食べておかないと損よ」

 

「そこまで飢えてません」

 

やっぱりからかっているよ、この人。

 

「ふふ、それじゃあね、友達を待たせているの」

 

「え……」

 

言うや否やさっさとこの場から出て行ってしまった。

 

「す、すごい人だったね……」

 

「……………」

 

「レンヤ君?」

 

「な、なんだ?」

 

「ああいう人が好みなの?」

 

「なんだよいきなり」

 

「年上のお姉さんみたいだし胸も大きかったし、足も見てたよね?」

 

「そ、そんなことないぞ……」

 

「ふ〜ん……レンヤ君の足フェチ」

 

「ちょっ、すずか⁉︎」

 

早足で歩き出したすずかを追いかけ、何とか誤解を解いた。 その後アザール議長の居室を見つけ……探索を続けると一本道の通路の奥にマフィアの1人がドアの前に立っていた。 男がこちらに気付いて近付いてきた。

 

「ーーお客様。 申し訳ありません。 こちらはスタッフ専用の部屋になっておりまして」

 

「ああ、それは失礼した。 広すぎて迷ってしまったみたいだ」

 

迷った事を装い、その場を誤魔化す。 しかしスタッフ専用か……他のフェノールの構成員が待機している場所か? そう考えていると、ドア越しから怒鳴り声が聞こえてきた。

 

『おい、ちゃんとリスト通りに揃っているだろうな⁉︎』

 

『ああ、前半の出品物はそろそろ会場に運び出すぞ!』

 

「ちっ、アイツら……」

 

男は苦い顔をして、中のマフィア達に舌打ちをした。

 

「ひょっとして……出品物はそちらの方に?」

 

「え、ええ。 万が一のことが無いよう、我々で保管しております。 オークションで出品されるのを楽しみにして頂けると」

 

「……ああ。 もちろん期待しているよ」

 

この奥に、出品物が……

 

「ーーそれじゃあ戻ろうか」

 

「うん、わかったよ」

 

この場で考えのは危険なので、すずかに声を掛けてその場を離れようとする。 その時……

 

【ーーーー】

 

「……!」

 

またあの感覚がおこる。 昼に感じた時と強くなっている気がする。

 

『? レンヤ君?』

 

「…………いや、何でも無い。 早くここから離れよう」

 

それにちょうど そろそろ競売会の開始時刻だ。 俺達は再び正面ホールへと向かうと……

 

「……っ」

 

『しまった……!』

 

不運なことにロビーには警備を指揮しているゼアドールがいた。 ゼアドールはこちらに気づいていないようだが、辺りを見渡しながら顔をしかめ、部下に指示を出していた。 この場から逃げるようにゆっくりと背を向けようとした時、不審に思われたのか気付かれてしまった。

 

「おっと、これは失礼した。 当会場の警備を担当していますゼアドール・スクラムといいます。 防犯のため見回っている最中でして、お見苦しいでしょうかどうかご容赦を」

 

どうやらこちらに気付いていないようだが……どうにかやり過ごさないと。

 

「……いや。 見回り、ご苦労さまだね」

 

ありきたりな返しをして、凌ごうとするが……ゼアドールは何か引っかかったのか、目の前まで歩いてきた。

 

「お客さん、どこかで見かけた事があるような………ふむ……?」

 

「……気のせいじゃないかな? あなたみたいな大柄な人、一度拝見したら忘れる事はないでしょう」

 

軽く笑いながら会話を続けるが、内心では冷や汗が滝のように流れていて気が気ではない。

 

「はは、そうかもしれません。 念のため、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「構わないよ。 初めまして、シャオ・ハーディンという」

 

「シャオ……? はて、その名前もどこかで聞いたような……」

 

『くっ……やっぱり安易すぎたか……⁉︎』

 

『ど、どうしよう……』

 

「ーーふう、少々遅れてしまいましたか」

 

助け舟のように玄関から声がすると……

 

「あ……」

 

「メ、メルファさん……⁉︎」

 

スーツを着て、茶髪を結い上げている女性……メルファ・オルムが屋敷の中に入ってきた。

 

「あら……こんばんは、シャオさん。 こんな場所で会うとは、本当に奇遇ですね」

 

メルファは先ほどの話が聞こえて合わせてくれている。 正直助かった……

 

「え、ええ……」

 

「本当に……そうですね」

 

「ふむ……お嬢さんはどちらさまで?」

 

「私はメルファ・オルムていいます。 どうかお見知りおきを」

 

メルファが名前を教えると、ゼアドールとマフィアの男が驚いた顔をしてメルファを見た。

 

「DBMの……」

 

「これはこれは……上からお話は聞いていましたよ。 今年はついに招待に応じてくださったのですね?」

 

「何度も断るのはさすがに失礼かと思いまして。 それで、こちらの方々は私の友人ですけど……何か問題でも?」

 

「いえいえ、とんでもない。 改めましてーーようこそ黒の競売会へ。 まずはアザール議長の元にご案内しましょうか?」

 

意識が完全にこちらから離れ、心の中でようやくため息ができた。

 

「いえ、議長閣下には後ほど改めてご挨拶させてもらいます。 それより出来れば部屋をご用意できますか? 先ほど商談を終えたばかりでして、少しばかり休みたいのです」

 

「かしこまりました。 案内人、彼女が部屋を希望している。 くれぐれも粗相の無いように」

 

「は、はい。 それではご案内させていただきます」

 

恭しく頭を下げると、案内人に脅し気味に指示をし。 案内人は慌てながら了承する。

 

案内された部屋に入り、数秒たったところで俺とすずかは今までの緊張から解放されるように長い息をはいた。 それからメルファにここにいる事情をかいつまんで説明した。

 

「なるほど。 そういう事情ですか。 なかなか大胆な事をしますね」

 

「……そうだな。 実際は見ているだけだし、ただの自己満足かもしれないけど……」

 

「ふふ、それでこそレンヤさん達です。 それくらいの思い切りがあればば怪異も余裕というものです」

 

「い、いえ、そんな事は……それよりも、メルファ、どうしてこんな場所に? 話を聞く限り、来るのは初めてらしいけど……」

 

「アザール議長からは毎年熱心に誘われているのです。 ただ、怪しい方々との交流がある方ですし。 父様は色々と理由をつけて断っているのですが……私の方は中々そうもいかなくて」

 

「あ、そうか……確かにそうかもしれないね」

 

「確か、DBMはこのエミューの開発も担当しているんだったな。 そしてそれはメルファが……」

 

「はい。 その関係でどうしても以前から住んでいる議長のお誘いは中々無下にできなくて。 今年はこうして出席することにしたのです」

 

色々と複雑な事情があったんだな……

 

「それに、今回は少々気になることもありましたので」

 

「気になること?」

 

「はい、どうやら出品物に面白いものがあるということで。 それの確認にも兼ねて」

 

「その品ってどんなものなんだ?」

 

「アーネンベルクにある人形工房で作られた初期型アンティークドールで……今出回っている人形より一回り大きいものらしいです」

 

目を少し輝かせながら少し興奮気味で語るメルファ。 そういえば可愛いものには目がない性格だったな……

 

その時、不意にドアがノックされた。

 

『失礼します、メルファ様。 オークションの開催時刻がそろそろ近付いて参りましたが……』

 

「ありがとうございます。 直ぐに参りますから、後ろの方に3人分の席を用意してください」

 

『ーーかしこまりました。 それでは手配しておきます』

 

案内人が去ったのを確認し、すずかは心配そうにメルファに話しかけた。

 

「えっと、メルファ……」

 

「心配はいりません。 私が議長と挨拶するのはオークションが終わった後です」

 

「ありがとう……レンヤ君もいいよね?」

 

「ああ、せっかくだし同席させてもらうよ。 メルファ、よろしくな」

 

「はい、こちらこそ」

 

3人で会場に向かい、ゼアドールも居なかったので怪しまれずに会場に入った。 会場にはすでに他の来場者が何人か席に座っている。 前の席には先ほど会ったキルマリアさんとナタラーシャさんがいた。

 

「かなりの盛況ぶりだな……」

 

「うん……かなりの紙幣が動きそうだね」

 

と、そこで案内人がこちらに気付いた。

 

「メルファ様、お待ちしておりました。 こちらの席で宜しいですか?」

 

「ええ、ありがとうございます。 さあ、座りましょう」

 

「ああ……」

 

「緊張してきたなぁ……」

 

席に座り、開催するまで息を整えながら待っていたが、そこにクーがやってきた。

 

「お、ここにいたのか」

 

「あれ、クー先輩」

 

「1人みたいだけど……さっきの喧嘩は収まったのか?」

 

「くく、何だかんだで元鞘に収まってな。 それで俺も晴れてお役御免になったのさ」

 

悪化させた張本人が何言っているといいたいが……ここは夫婦仲が良くなったことに安心する。

 

「ふふ、面白い方とお知り合いのようですね?」

 

「ああ……こちらの彼はーー」

 

「俺の名前はクー。 クー・ハイゼットだ。 DBM総裁の令嬢、メルファ・オルムだな? お初にお目にかかれて光栄だ」

 

クーを紹介しようとした時、俺の言葉を遮ってクー自身が名乗った。

 

「あら、機先を越されましたか。 クーさんと言いましたか。 よかったご一緒しませんか?」

 

「いや、それには及ばねえよ。 実は少しばかり、こいつらに伝えたい事があってな」

 

「え……」

 

クーは俺達の後ろに来て、耳元に顔を近付けて小声で言ってきた。

 

(……窓から裏庭を見下ろしたら犬っぽいヤツが何匹も眠ってた。 何か心当たりはあるか?)

 

(……本当か?)

 

(犬というと……以前商会が使用していたグリードのようだね。 でも、眠ってたいたって……)

 

……ここでは話しにくいな。 周りにも不審に思われそうだ。

 

「ーーメルファ。 申し訳ないけど、少し席を外すよ」

 

「ふふ、色々と大変な事になっているようですね。 私の方はお気になさらず。 皆さんの代わりにオークションの出品物を見届けておきます」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「ありがとう、メルファ」

 

メルファの礼を言い、席を外してクーと共に正面ホールに向かった。 念話で会話して不審に思われないように小声で会話する。

 

(庭に放たれいた番犬が何匹も眠っていた……くく、何を意味しているだろうな?)

 

(ああ、考えられるとすればーー何らかの侵入者が現れた……その可能性が高いかもしれない)

 

(成る程……そうかもしれないね)

 

クーの挑発的な質問に答え、すずかが頷く。

 

(いずれにしても、何かが起きようとしている……それだけは確かにみてえだな)

 

(ああ、念のため屋敷の中を一通り回ってみよう。 何が起きているのかわかるかもしれない)

 

(うん……!)

 

(乗りかかった船だ、俺も付き合うぜ)

 

最初に向かう場所。 侵入者に何か狙う物があるとしたら……右側3階、通路奥にある出品物が保管されている部屋だ。 すぐにそこに向かうと……先ほどの見張りの男が倒れ伏していた。

 

「駄目だ、気絶している……」

 

「ほお、どうやら一撃で昏倒されたみてえだな」

 

「相手は相当の手練れのようですね」

 

「……とにかく中に入ろう!」

 

すぐさま部屋の中に突入すると……数人のマフィアが武器を構えていた。 対立している人物は、両手のレイピアを構え、黒の帽子を目深く被っている黒スーツの男、空白(イグニド)だった。

 

「て、てめえ……!」

 

「いつの間に現れやがった……!」

 

「ふふ……私は空白。 色無き色、忘れ去られた過去の色。 存在しないはずの空位。 どこにあるものでないもの……最初からここにいたのかもしれませんね」

 

「ふ、ふざけろ……」

 

「く、くたばりやがれ……!」

 

マフィア達が逆上し、一斉に空白に襲いかかった。

 

「あまいーー」

 

しかし空白は、レイピアを構えるとどこ吹く風のようにマフィア達の攻撃を躱し、立ち位置が入れ替わると……マフィア達は膝をついた。

 

「ぐふっ……!」

 

「ば、馬鹿な……」

 

マフィア達は激痛に耐えられず、気絶して倒れ伏した。

 

「おや」

 

「来ていたのか、空白」

 

「あなたが……」

 

空白がこちらに気付くと、帽子を抑えた。

 

「……見覚えのある気配がすると思えば、あなた達も入り込んでいましたか」

 

「へえ……随分とヤバそうなヤツだな。 察するに、巷で話題の空白さんかな?」

 

「ふふ、そうですね……クー・ハイゼット。 妙な気配の1つはあなたのものでしたか。 それ以外にもいるようですし……ふふ、ここは預かり知らないところでパンデモニウムとなっていましたか」

 

「ふぅん、面白い例えだな」

 

……なんか、初対面なのに妙に気が合っているような。

 

「それで……俺達もこいつらのように排除する気か?」

 

クーがそう質問すると、空白は少し考えた後レイピアを収め。 こちらに背を向けた。

 

「ふふ、あなた達を相手にすれば騒ぎは免れませんし……なにより、この場を任せても面白そうです」

 

「なに……」

 

「そちらの奥の部屋には競売会後半の出品物があります……雇い主に流れた情報によれば、面白い爆弾があるらしいですよ? その目で確かめてはどうです?」

 

それだけを言い残し、返事を聞く前に消えてしまった。

 

「ふう、勝手なヤツ」

 

「やれやれ……噂に違わぬ化物だな。 正直やり合う羽目にならなくてラッキーだったが……どうするんだ、レンヤ?」

 

「…………時間がない、空奥の部屋を調べよう。 空白が言っていた爆弾……本当にあるなら確かめて起きたい」

 

「くく…時間そう来なくちゃ」

 

「もう、2人して。 騒ぎになる前に、出来るだけ急いで調べよう」

 

「ああ……!」

 

警戒しつつ出品物が置かれている部屋のドアを開けると……

 

「これは……」

 

そこは様々な品物が無造作に置かれていた。 競売の品の数々で種類は多種多様で豊富、中には美術に疎い俺でも知っている有名な作品すらある。

 

【ーーーー。 ーーーーーー】

 

「……………………」

 

「……どうやら競売会後半に出品される物みたいだね。 まだ結構あるみたいだけど……爆弾、そのままの意味じゃないよね?」

 

「言葉の意味通りか、またはフェノールを名前を木っ端にするものか……時間もねえ、さっさと手分けして調べるぞ」

 

「……ああ。 どうやら……本当に何かありそうだ」

 

手分けして出品物を調べた。 少し見渡すと……正面に大きいトランクが無造作に置かれていた。

 

(このトランクは……ずいぶん大きいが、何が入っているんだ……?)

 

中身が気になり、伊達メガネを外して腰を下ろして開けようとするが……案の定鍵がかかっていた。 だが鍵は安易なもので、ピッキングでもあけられそうだ。 俺は携帯しているツールボックスからピッキング用のツールを取り出した。

 

(特別捜査官の研修の一環で習ったピッキング対策用の技術……まさかこんな所で使うなんてな)

 

そもそもピッキングなんて使い道が限られている以上、苦笑いしかできないが。 ツールを鍵穴に入れ、感覚通りにツールをカチャカチャと動かすこと数秒……

 

カチン

 

小気味いい音が鳴り、鍵が開いた。

 

(よし)

 

トランクに手をかけ、ギィ……とドアを開ける時に鳴る音を出しながら開けて中を確認すると……

 

「…………………え」

 

そこには……

 

「…………………」

 

1人の女の子が眠っていた。

 




誰なんでしょうねぇ、女の子(棒読み)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。