魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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112話

 

 

空白の分身を倒した後すぐに移動し、途中でアリシアと合流してソーマ達の元に向かうと……3人は肩で息をしていて、空白(イグニド)は膝をついていた。

 

「はあはあ、どうですか!」

 

「や、やったんですか……?」

 

「皆! 大丈夫?」

 

「はい。 でも、これで何とか……」

 

「……………いや……駄目だな」

 

「え……」

 

空白を見て判断した俺の否定の言葉に、ギンガはなぜという視線を向けるが……その前に小さい笑い声が響いた。

 

『さすがは聖王、なかなかできますね』

 

それと同時に目の前で膝をついている空白が消え、後に残されたのは小さい立方体の石だった。

 

「え……⁉︎」

 

「石……⁉︎」

 

ソーマ達が驚く中、どこからともなくまた空白が現れ、またレイピアを構えた。

 

「いつの間にそっちに……」

 

「き、気付きませんでした……」

 

「戦闘中に分身だけ残して高みの見物か。 かなり腕が立つようだが……いい趣味とは言えないな」

 

「ふふ……気に障ったのなら謝罪します。 瞬時に私が分身だと気付くあなたも中々の実力、それも直感ですか?」

 

「さぁてな? ま、これでもそれなりに修羅場は潜ってるからと言っておこう。 それで……まだ続けるか?」

 

「いえ……これ以上続ければ苦戦は免れないでしょう」

 

空白はレイピアを消し、あっさりと身を引いた。 それを確認すると俺達も武装をしまった。

 

「本題に入ろうか。 俺達に何のようでここに呼んだんだ?」

 

「ふふ、神崎 蓮也。 もう既に見当はついているはずです」

 

「……………………」

 

戦闘中に気付いたことだが、見透かされたように空白も気付いたようだ。

 

「え……」

 

「どういう事ですか……?」

 

「あなたの事は調べています。 特別捜査官として、強い勘が働いているようです。 でしたら、私の用件もすでに」

 

「ああ、そうだな。 お前の用件はカリムに届いた脅迫状……それについての話だな?」

 

「ふふ、その通り……では、その脅迫状の何について話があるというのかな?」

 

いちいち質問する上に挑発してきて腹立つな。 そんな感情を抑えて、答えを出した。

 

「あの脅迫状を送った人物……それは、お前じゃないな?」

 

「え……⁉︎」

 

「ど、どういう事ですか……⁉︎」

 

「! まさか……」

 

「ええ、その通り……あれをカリム・グラシアに送ったのは、私ではありません。 空白の名を騙った誰かというわけです」

 

俺の推理と、空白が言った事実に皆は驚愕する。

 

「やっぱりか……捜査をしている最中、どうも違和感があったんだ。 奇怪な行動……巨大な拝見……調べるほどその存在は強くなっていった。 だが、それに比べて、最初の脅迫状は……あまりにもこけ脅しな感じがしたんだ」

 

「あ……」

 

「ふふ……その通り。 どうやら最初に見た時に、すでに違和感を感じたみたいですね。 あなたはあの脅迫状が本来の目的を達成するつもりがないと感じ取った。 さすがは虚空に至った者……」

 

「世辞はいい」

 

「ふふ、それは失敬。 ですが……ならば何故、脅迫状がカリム・グラシアに送られたという話になります」

 

空白は帽子を抑えてながら、相変わらず挑発するように歩く。

 

「そ、その……よく判りませんけど。 それこそただのイタズラじゃないのですか?」

 

「ううん、空白がミッドチルダにいる事を知っている人は限られたいるの。 ヘインダール、フェノール商会、首都防衛隊……あとはその関係者くらいだね」

 

「なるほど……そうなると確かにイタズラの線は無さそうですね」

 

「ええ……ですが脅迫状1つで新立会が中止することはありません。 さらに名指しでカリムさんを狙うと宣告したのも不可解です。 その結果、首都防衛隊を招きカリム周囲の安全に関しては万全の体制で敷かれる事になりました。 それこそ司会中に狙われても未然に防げるくらいです」

 

「という事は……脅迫状を送ってこの状況を作り上げる事で何か別の狙いを達成した……あるいはこれから達成しようとしている……?」

 

「その可能性は高いです」

 

空白は歩みを止めて、帽子を抑えながらこちらの方に向いた。

 

「ーー改めてあなた達に依頼しましょう。 私の名を騙ったそのその何者の企みを阻止してください」

 

「えぇっ……⁉︎」

 

「そう来たか……」

 

「そんな依頼、受けるとでも?」

 

「ふふ、そんな事を言っていいのですか? その誰かが、何を狙っているのなんて私にも見当もつきませんが……ロクでもないことは目に見えていますよ?」

 

「っ……」

 

「確かにその可能性は高いそうだね。 でも……どうしてわざわざ私達にそんな依頼を頼むの? 自分でやればいいじゃない」

 

「……………………」

 

アリシアの質問に、空白は直ぐには応えなかった。

 

「ふふ、こう見えても私はそれなりに忙しい身でしてね。 例えば、フェノールの相手とか」

 

「やっぱり、マフィアと暗闘しているんですね……手を出さない事をいいことに……!」

 

「ふふ、そう怖い顔をしないでください。 大ごとになると面倒ですし、民間人にも一応気を配っています。 もっともフェノールの方がそこまで殊勝かどうかは知りませんけど」

 

「くっ……」

 

「いずれにしても、私の名を騙って勝手な事をされては困ります。 依頼を受けるか否か……返答をお願いします」

 

ほぼ強制に近いが、推理も理にかなっているし断る要素もない。

 

「分かった……お前の口車に乗る気はないが、真犯人の企ての阻止には協力する」

 

「ふふ……賢明な判断です」

 

「でもでも、どうするんですか? いつ、誰が何をしようとしているのか全く分からないのに……」

 

「いつ、というのは心当たりがあります。 もしその真犯人が新立会に関する事で何か仕掛けてくるとすれば……新立会開催の前日の行われるパーティーか、新立会当日でしょう」

 

「パーティー?」

 

「各地のお偉いさんを前日で呼んだ方が何かと都合がいいし、交流の場ができるから前日にパーティーが開かれるし……」

 

「新立会も関係者一同がいますし、当日も格好のターゲットですね」

 

「ふふ、その通りです。 あなた達に頼みたいのはその両日における警戒活動……防衛隊が裏をかかれた時のために、会場内を密かに巡回。 そして、いざ何かあった時には迅速な対処をお願いします」

 

「……勝手を言う……だが、筋は通っているようだな」

 

「カリムに頼めば、会場内の巡回は問題なさそうだね。 問題は防衛隊の目を誤魔化せるかくらいだけど……」

 

「あうあう、見つかったら追い出されます……」

 

「はは、でもやるしかないですね」

 

「ふふ、引き受けてくれて何より」

 

空白は依頼を承諾した事を確認すると、踵を返して背を向けた。

 

「ーーそれでは私は、これで失礼します。 朗報を期待しますよ」

 

「あ、良かったら伝言よろしく! あの馬鹿の実験なんかお断りだってね!」

 

「…………ふふ、確かに、それには同感です」

 

顔だけ振り返り、隠されていない口元が笑うと……どこかに転移していった。

 

「アリシアさん、誰に伝言をしたのですか?」

 

「ん〜? 私達テスタロッサ家に、因縁がある奴に。 あいつの最後の言葉で確証したよ」

 

「そうか……」

 

「?」

 

「…………その、何て言うか。 皆さん、とんでもない人を相手にしているみたいですね……」

 

ギンガに同情をもらいながら、星見の塔を降りて。 一旦、地上本部前に来た。

 

「皆さん、お疲れ様です。 本当だったら私も協力したい所ですけど……」

 

「ううん、塔の探索を手伝ってくれただけでも十分だよ」

 

「はい、すごく助かりました!」

 

「ギンガさんのおかげで助けられた場面もありましたし」

 

「ギンガ、本当にありがとうな」

 

「ふふっ、どういたしまして。 でも、何かあったら遠慮なく108部隊に連絡して下さいね? 今日のことは隊長に一通り報告しておきますから」

 

「ああ、その時はよろしく頼むよ」

 

「それでは、スバルによろしく言っておいてください」

 

「うん、分かった……皆さん、お疲れ様でした!」

 

ギンガは敬礼をしてから車に乗り込んで、そのまま去って行った。

 

「さてと……まずは今週末にある前日のパーティーでの警戒活動か」

 

「とりあえず対策課に戻って、段取りについて検討しよう。 カリムにも連絡しないと」

 

「防衛隊の動向も掴んでおく必要がありますね。 その辺りは私の方で探っておきます」

 

「いずれにしても、これから忙しくなりそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ーー

 

俺達はカリムに連絡して事情を説明し、パーティーから新立会の2日間の段取りを詰めていき。 その結果、パーティーの日にソーマとサーシャが、俺とアリシアが会場外で待機。 新立会当日は内外交代しての警戒活動することになったが、アリシアは出演する側だったので、代わりにアリサと組むことになり、すずか達は念のためにバックアップに回ってもらい、万全の状態で警備に当たれる。

 

新立会前日でパーティー……俺とアリシアは外の張り込みをしていたが、怪しい人物はいなく。 その日の警戒活動は終了した。 そして残された新立会当日……すでに会場は満席で、あちらこちらに警備に当たっている防衛隊員が見つかる。 先に座っている人はミゼットさんも含めてかなり有名人物が多い。

 

「さて、2日目だけど……真犯人が行動を起こすとしたら今日かもしれない」

 

「あの、その空白という人が言ったように本当に何か起こるんでしょうか?」

 

先ほど控え室で待機している時にユミィが訪れて、不安そうにそう聞いてきた。

 

「……分らない。 だけど、その可能性は高いよ。 防衛隊が警戒しているからカリムは大丈夫だと思うけど」

 

「そうですか……」

 

「それよりも……カリムに今回のことを本当に伝えなくてよかったの? シャッハも同じ考えのようだけど……」

 

「はい……いいんです。 あの人には……カリムさんには余計な心配をして欲しくありませんので。 それが私が……私達全員の願いですから」

 

本心からそう思っているようで、安心したような表情を浮かべる。

 

「ユミィは本当にカリムを尊敬しているんだな……いったい、どうしてそこまで?」

 

「ふふ……カリムさんには何度も助けられたんです。 周りからおばあちゃんと比較されて、自分を守るために自分じゃなくなってしまって」

 

「え……」

 

「その時、カリムさんが私の前に現れてくれて。 教えてくれたんです、私は私だって。 あはは、手伝っているのも、ただの恩返ししたいだけなんですけど」

 

「ユミィ……」

 

その時、控え室の扉が開いて……シェルティスが中に入って来た。

 

「あ、いた。 ユミィ、カリムさんが呼んでいたよ」

 

「え、シェルティス⁉︎」

 

《久しぶりですねユミィ。 相変わらずのビックバンで何よりです》

 

「次それを言ったらヤスリで削るからね……!」

 

「……ふふ」

 

そんな光景を見てアリサが笑った。

 

「ユミィも、心を許せる人がいるじゃない。 あんまり1人でこんを詰めないで、仲間と手を取り合ってお互いを助けながら前に進んで行きなさい」

 

「ああ、そうだな」

 

「アリサさん、レンヤさん……」

 

「? 何の話をしているの?」

 

《シェルティス、ここは大人の対応ですよ〜》

 

「いや、そうゆうのはいいから。 ユミィ」

 

「あ! そうでした、アリシアさん。 そろそろ会場に行きますよ」

 

「あ、うん、わかったよ。 じゃあ、後はよろしくね」

 

「ええ」

 

「了解だ」

 

ユミィはアリシアを引き連れて控え室を出て行き、シェルティスもそれについて行った。

 

「俺達も行こう、何としてもこと事件を解決しないと」

 

「ええ……もちろんよ」

 

それからすぐに新立会が開催され、防衛隊が会場内に入ったのを見計らって控え室から出た。

 

「始まったか……しかし案外盛り上っているんだな?」

 

「砲撃魔法といった派手なものも多いみたいね。 私も正直、生で見たかったわ。 ちょっと、防衛隊の人達が羨ましいしいわね」

 

「しかし、そんな物を前にして警戒し続けないとならないんだろ? 逆に辛そうだな」

 

「ふふ、そうかもね。 それじゃあ、私達も会場内の巡回を始めましょう。 ただし、防衛隊がいるから観客席は覗くぐらいにしないと」

 

「ああ、そうだな」

 

メイフォンを取り出し、会場外にいるソーマ達に連絡を取った。

 

「こちらレンヤ……2人共、聞こえているか?」

 

『はい、聞こえています』

 

『どうやら、始まったようですね』

 

「ああ、これから会場内の巡回を開始する。 そっちは引き続き、会場周辺の警戒を続けてくれ」

 

『了解しました。 ルーテシアちゃんとガリューも来てくれたので、こちらの方は万全です』

 

『は〜い! 頑張りますよ〜!』

 

「そ、そうか……」

 

ルーテシアの緊張感の無い声に、つい苦笑いしてしまう。

 

『不審な人物がいましたら連絡します。 防衛隊の人達に見つからないでくださいよ』

 

「分かってるって」

 

通信を切り、巡回を開始した。 各場面が始まるたびに会場の様子をコッソリ確認しつつ、巡回を続ける。 新立会が半分過ぎたところも何事もなく、そろそろ終盤を迎えようとした時、同じく巡回していたシャッハが駆け寄ってきた。

 

「シャッハ……?」

 

「何かあったのかしら?」

 

「はい……それが、少し不審な動きをしている方がおりまして。 確認した所、招待客リストの中にはいない人物でした」

 

そろそろ終わりそうだったが、ここで問題がおきた。

 

「なに?」

 

「何処にいたの?」

 

「右奥にある通路の奥です。 どうやら会場内を伺っているみたいでした」

 

「分かった。 すぐに確認してくる」

 

「よろしくお願いします……!」

 

すぐさま右奥の通路に向かい、通路内に入いると……

 

「な、なんでゼスト隊長がここにぃ⁉︎ どうしましょう……なぜか防衛隊もまとめているし。 警備に出張るなんて聞いてないわよ……!」

 

「クイントさん……」

 

そこには、僅かに開いたドアの隙間を覗き込んでいるスーツ姿のクイントさんがいた。

 

「あら……レンヤ君⁉︎ アリサちゃんも……こんな所で何しているの?」

 

「それはこっちの台詞です」

 

「クイントさん、どうしてここに? あなたは警備に参加していませんでしたよね?」

 

「あはは……実はちょっとした事情があってね……裏技使って入ったのよ」

 

「う、裏技……?」

 

「あ、ギンガ達には内緒にしてよね? 清掃業者の人達に紛れてコッソリと……って感じで」

 

仮にも管理局員が犯罪紛いな事をしないで下さいよ。

 

「ゼストさんに頼めばいいものを……何か事情でもあったのですか?」

 

「いやねぇ、私とメガーヌは結構前からゼスト隊長の指揮下から離れていてね……ゼスト隊長がここの警備を担当するなんて初耳だったんだもの! 知っていたらすぐにでも頼み込んでいたよ!」

 

「……人騒がせな……それでどんな理由でここにいるんですか? もしかして脅迫状の件ですか?」

 

「脅迫状? 何それ? もしかしてそれ絡みがゼスト隊長達がいる理由?」

 

『……違うようね』

 

『そうらしいな……』

 

普通に考えてあり得ないだろう。 ギンガのあの戦いぶりを見れば一目瞭然だ。

 

「ま、いくらクイントさんでもそこまではしないか」

 

「いくらあたしでもって……ちょっと失礼なんじゃないの?」

 

「いや現に、忍び込んでいますし……と、そういえば……何をしにここにいるのですか?」

 

「ん? それは言えないかな。 あ……もしかして防衛隊がいるのは彼を監視しているからとか……? んん〜、さすがはゼスト隊長、気付いたはあたしだけかと思ってたんだけど……」

 

「彼? それって空白(イグニド)の事かしら?」

 

「空白……何それ? さっき言っていた脅迫状と何か関係があること?」

 

違うのか。 つまり空白とは完全に別件でここにいるのか。 ここは聞いてみないとな……

 

「……クイントさん。 知っている事を話してください。 じゃないと突き出しますよ?」

 

「ちょ、ちょっとレンヤ君、そんな殺生な。 あたしと君の仲じゃない」

 

「今は少しでも手掛かりが欲しいんです。 だから教えてください」

 

「ふう……本気なのね」

 

俺の言葉が通じたのか、ため息をはいた。

 

「いいわ、教えてあげる。 あたしが追っていたのはクローベル議長の秘書に関する黒い噂よ」

 

「………………え」

 

その声は俺とアリサからではなく、後ろから現れたユミィからだった。 一緒にシェルティスもいる。

 

「ユミィとシェルティス、どうしてここに?」

 

「僕達もシャッハさんから話を聞いてね。 それで様子を見に来たんだけど……」

 

「ど、どういう事ですか⁉︎ エリンさんが……」

 

「ユミィ……」

 

「……このまま話すわよ。 彼女、相当ヤバイわよ。 議長に内緒で事務所の資金を勝手に流用しているらしいし……最近じゃ、空と密談して何か企んでいるみたいなのよねぇ。 まさか議長を亡き者に……って流石にそこまではないか」

 

DBMでエリンさんの後にクイントさんが出て来たのはそういうことか。 だが、空白が言っていたロクでもない事とクイントさんの冗談で言った事は……どうしても合致してしまう。

 

「ねえ、レンヤ……もしこの状況だ、ミゼットさんが何者かに亡き者にされたら……」

 

「……目撃者さえ作らなければ犯人は後からでも別の誰かに偽装できる……それが狙いか!」

 

新立会は終盤、先ほど覗いた時は無事だったが。 もし計画を実行するのなら……もう時間はない。 半開きだったドアを勢いよく開け、会場内に入った。

 

「ちょ、ちょっと……⁉︎」

 

突然の事でクイントさんは驚愕し、シェルティス達も俺達の後に続いた。 会場で行われている魔法は攻撃魔法といった派手なものになっていたが、それを無視して反対側に急いだ。 貴賓席前までくると、その前で警備を担当していた管理局員が倒れていた。

 

「あ……!」

 

「これは……」

 

「貴賓席にいた管理局員……⁉︎」

 

「……気絶しているだけだね」

 

「ーーお前達、一体ここで何をしている!」

 

そこに、会場を通り抜けた時に気付かれたのか、防衛隊の副隊長らしき人物とゼストさんが追いついて来た。 2人は倒れている管理局員を見ると驚いた顔になる。

 

「なっ……⁉︎」

 

「なにが……」

 

「話は後です……! アリサ、飛び込むぞ!」

 

「ええ!」

 

貴賓席に飛び込み、照明が落とされた暗がりの中で……床に倒れたミゼットさんに、エリンさんがナイフを振り上げていた。

 

「っ……!」

 

「むっ……⁉︎」

 

「させるか!」

 

刀を抜刀し、エリンさんが持っていたナイフを手から弾き飛ばした。 エリンさんは一瞬怯むが、すぐさまミゼットさんを抱えて後ろに下がり。 腰から質量兵器である拳銃をミゼットさんの頭に押し当てた。

 

「おばあちゃん……!」

 

「そんなものまで……!」

 

「ミゼットさん!」

 

「こ、これは……一体どういうことだ⁉︎」

 

「あなたは……ミゼット議長の秘書……」

 

「フフ、まさか君達が……こんな場所に現れるなんてね……少々、過小評価し過ぎたかしら?」

 

「エリンさん……いったいどうして……! あんなにおばあちゃんを尊敬して支えてくれた貴方がなんで!」

 

ユミィが目の前の真実を否定するかのように叫ぶが、エリンさんはそれを嘲笑うかのように笑う。

 

「……フフ、私もいい加減、この状況にはウンザリしていたのよ……結局、何かを変えるのにはより強い者に従うしかない……だからこそ私は行動したのよ!」

 

「そのために空白の名を騙り、カリムに脅迫状を送って……空白が現れると思い込ませてミゼットさんの抹殺を図ったのか……!」

 

「……そういう事か。 ずいぶんと舐められたものだな……!」

 

「フフ、防衛隊といっても所詮は無能な管理局にしかすぎない。 フェノールも、ヘインダールも、本物の空白とやらも……全員、私の掌の上で踊っていたにすぎないのよ!」

 

「くっ……」

 

副隊長は苦い顔をするが、銃型のデバイスをエリンさんに向けて動くな、と叫んだ。

 

「大人しく、銃を捨ててもらおう。 今ならまだ、未遂で済む」

 

「フフ、それはこちらの台詞です。 三提督の1人でもあるこの人の命……あなた達の前で、散らしてもいいのよ……?」

 

「やめてっ……!」

 

「エリンさん……本当に……」

 

「チッ……」

 

「実の祖母が果てる瞬間を、その孫娘に見せたくないでしょう? そちらの壁際まで移動して、道を空けてもらいましょうか……?」

 

「……どうするつもりだ? この場を逃れたところで、あなたに逃げ場はないぞ」

 

「うるさいっ! いいから言う通りにしなさい!」

 

「くっ……」

 

全く聞く耳を持たず怒鳴るエリンさん。 俺達は言う通りにして出入り口を空けて壁際まで下がった。

 

「……いいでしょう」

 

俺達を警戒しながらゆっくりと出口に近付く。 そして俺達の目の前まで来ると……

 

「それでは返しましょう!」

 

ミゼットさんを乱暴に押し、笑い声を上げながら貴賓席を出て行った。 俺はミゼットさんを受け止め、優しく横たえた。

 

「おばあちゃん……!」

 

「行って!」

 

「ここは僕達が引き受ける!」

 

「ああ、任せた……!」

 

「逃がすか……!」

 

この場をアリサとシェルティスに任せ、俺はエリンさんを追った。 どうやら正面から堂々と逃げるらしいが……エリンさんはあり得ない速度で走っている。 いくら鍛えていてもあの速度は出ないぞ。

 

「くっ……なんだあの異常な速度は⁉︎」

 

「魔力を使用した形跡はないが……」

 

『ソーマ、サーシャ! そっちにミゼットさんの秘書が行く! 真犯人だ、足止めしてくれ!』

 

ゼストさん達がエリンさんに驚愕する中、俺は念話で外のソーマ達に連絡した。

 

『りょ、了解です……!』

 

『は、はい……!』

 

念話を切り、急いで会場の外に出ると……ソーマとサーシャが少し困惑した顔でエリンさんを制圧していた。

 

「よかった……捕まえてくれたか」

 

「はい、拳銃を持っていましたので思わす気絶させてしまいましたが」

 

「ああ、問題ない」

 

「それで、どうしてレンヤさんが防衛隊の人達と?」

 

「お前達……これは一体どういう事だ? バックアップまで用意して一体、何をしていた……⁉︎」

 

「……なるほど、してやられたな」

 

副隊長が怒り気味で聞いてきて、ゼストさんが理解したかのように苦笑する。 俺が説明しようとすると……突然エリンさんが大声を上げながら立ち上がり、逃走していった。

 

「なっ……⁉︎」

 

「まだ動けたのか……!」

 

「追うぞ!」

 

急いで追いかけ、正門前まで行くと、ガリューがエリンさんを抑え付けて拘束していた。

 

「ガリュー……!」

 

「ルーテシアの召喚獣か」

 

「わわっ、皆さん⁉︎ この人誰ですか⁉︎ 物凄い形相で走って来たもんですからつい抑えましたけど……」

 

「お手柄ですよ、ルーテシアちゃん!」

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「あっちゃ〜、美味しい所を取られちゃったか」

 

クイントさんも追いついて、拘束されているエリンさんを見て頭を抑えた。

 

「クイント……お前もいたのか……」

 

「お、お前達。 いい加減にしてもらおうか……」

 

勝手な行動をしまくったせいか、副隊長がそろそろキレそうだ。

 

「グゥ……離せ……わ、私は……私は絶対に………絶対に議長になるんだあああ!」

 

そんなエリンさんの歪んだ願望が、夜のミッドチルダの空に儚く響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日ーー

 

昨日の事件は新立会の記事と一緒に新聞に掲載されていた。 この文面は多かれ少なかれ管理局に影響が出るかもしれないな。 一応、俺達異界対策課が事件を解決した貢献者として載せられており、ミゼットさんは歳も歳なのでこのまま療養するらしい。

 

新聞をあらかた読み上げ、ため息をついてテーブルに放って乗せた。

 

「いやぁ……すごい事件になりましたね。 今頃、市民の皆さんのほとんどが混乱しているんじゃないですか?」

 

「まあ、新立会が行われている最中に議長の暗殺未遂ですから……スキャンダル、ここに極まれりって感じですね」

 

「議長に同情的な意見が多いのは不幸中の幸いだったが……結局エリンさんと関係していた航空武装隊の名前は上がってこなかったな」

 

「ええ、確実に規制されているわね」

 

「それに流石に、あの暗殺未遂は秘書嬢の暴走だろうな」

 

「あー、確かにそんな感じでしたね」

 

(コクン)

 

ラーグが的を射た事を言った。

 

「ああ……多分な。 空にとってもミゼットさんを暗殺するメリットなんて、それほど無いはずだし……」

 

「ただ、暗殺者を空白に仕立てて対次元犯罪者の為の戦力増加を狙った可能性もあるかもね」

 

「なるほど……」

 

そもそも、どうやってエリンさんが空白の名を知った経緯も定かでは無いし。 ただ……仮説を立ててれば、エリンさんに空白の名を呟いたのはもう1人の議長、ライアルという次元派の議長……恐らくフェノールのカクラフ会長から聞いたのだろう。

 

「でもエリンさん……何だか様子がおかしかったです。 正気を失っているというか……歯止めが利かなくなっているというか」

 

「ええ……それは思ったわ。 防衛隊が取調べをしているらしいけど結局、どうなったのかしら?」

 

「ーーどうやら錯乱しちまって話せる状態じゃないみたいでな」

 

そこに、ヴィータとアギトが対策課に入ってきた。

 

「ヴィータ、アギト……」

 

「それってつまり、取調べができる精神状態じゃないってこと?」

 

「ああ、ラチが明かねぇから、一旦隔離施設送りにするそうだ」

 

「今んところ教会方面で助けを借りることにはなっているぞ」

 

「そう……」

 

確かに聖王教会の方が精神面のケアはミッドチルダよりは進んでいる、任せるしかないな。

 

「しかし、お前達もとんだ大金星じゃねえのか? さっき嫌味言ってくる上層部の奴がお前達の事を褒めてたぜ」

 

「ええ〜……」

 

「想像し難い光景だね……」

 

「嬉しくもなんともないわ……」

 

「そいつだけじゃなくて、管理局全体の話でもあるがな。 これでお前達の評判もうなぎ登りってもんだ。 素直に喜べよ」

 

「わーいわーい!」

 

「宴だ宴だー!」

 

「やらないからな」

 

そこから皆が楽しそうに雑談が始まり、あの雰囲気から一気に騒がしくなった。

 

今ミゼットさんは自宅で療養している、ユミィとシェルティスもお見舞いに行っているはずだ。 ミゼットさんの事だから、ユミィを困らせてでも記念祭には出そうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドチルダ南部にある草原地帯ーー

 

草原地帯にある丘の上で、黒スーツと同色の帽子を目深く被った人物……空白(イグニド)が座っていた。 彼と草原はまるで合わず、空白は遠くからでも分かるほど浮いていたが、それを見る人はいない。

 

その時、空白の背後の空間が揺らぐと……茶髪でメガネをかけた少女が現れた。

 

「ーーお伝えしてある通り、こちらの攻勢は記念祭以降……最終日の仕掛けは、よろしく頼みますよ、空白殿」

 

「ふふ……いいでしょう」

 

彼女の提案に空白は了承し、頷くと立ち上がった。

 

「さて、予定があります。 私はそろそろ失礼させてもらいます」

 

そう言い残し、空白は転移していった。

 

「うふふ……相変わらず神出鬼没な人。 しかし予定ですか……」

 

残された女少女は現れた時のように霞がかかると……

 

「ふふ……一体何の予定なのやら」

 

蜃気楼のように消えていき、草原の吹く風が草を擦る音しか聞こえなくなった。

 

空白が再び現れたのは草原から差ほど離れていない高級住宅地が数多く点在している南部9区、アルテナ。 その豪勢な家の1つの屋根に空白は降り立った。 膝を抱えて跳躍すると、屋根から屋根へかなりの速度で飛び移った。 この昼まで黒い格好で移動するのはとても目立つが、空白の住民に影をかけさせない静かな動きは誰も気付かれなかった。 しばらくして目的の場所にたどり着き、屋根から先にある邸宅を見つめた。

 

「……………………」

 

空白がスーツを脱ぎ捨て、そのままスーツが消えていくと……

 

「……………………」

 

ザンクト・ヒルデ魔法学院の高等部の女子制服を着た少女……ユミィ・エル・クローベルがいた。 ユミィは最後に帽子を消すと隠されていた長い金髪が外に出され、改めて邸宅を見つめた。 その両目は蒼い色をしていた。 表情にも色はなく、深海の底のような冷たい目だった。 ユミィは邸宅から目を離すと、屋根から家影に飛び降り、公共歩道に出た。 ユミィはすぐ側にあったベンチに座り、目を閉じた。

 

「……………ん………あれ?」

 

再び目を開いたユミィ、その目の色は翠だ。

 

「私ったら、またこんな所で……」

 

「ユミィ!」

 

そこに、ユミィが見つめた邸宅からシェルティスが出てきた。

 

「どこ行ってたのさ、急にいなくなるから心配したんだよ?」

 

「あ、あはは……ごめん、やっぱりショックであんまり寝付けなかったんだ」

 

《あんまり無防備で寝ない方がいいですよぉ? どこぞの狼が襲ってくるかもしれません》

 

イリスが笑いながらおちょくってくる。

 

「おばあちゃんは?」

 

「今は寝ている。 記念祭には復帰するってきかないし、半端逃げるように寝たね」

 

「もお、おばあちゃんったら〜……」

 

「はは、僕はこの後学院に帰るけど……ユミィもSt.ヒルデに?」

 

「うん、授業が止まっているわけじゃないからね。 そっちと違ってコッチは学力主義だから」

 

「お互い、大変なんだね」

 

2人は楽しそうに会話しながら、クローベル邸に向かって行った。

 

 


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