魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

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110話

 

西部開発区から中央区に位置する港湾地区に移動し、その一角にヘインダールの拠点がある。 建物はルーフェン風で、周りと比べるとかなり浮いている。

 

「ここだな……前にリヴァンから場所を聞いてよかった」

 

「どうする、中に入る?」

 

「ああ」

 

扉に近付き、ノックする。 しばらく待つとメガネをかけた女性が出てきた。

 

「あ……」

 

「時空管理局、異界対策課の神崎 蓮也です。 とある事件に関してカリブラさんに話を聞きければと思いまして」

 

「……はい、リヴァンさんのご友人なら気軽に通せとの団長が。 最もそれを言ってから1年近くご友人は来てませんけど」

 

「あ、あはは……失礼します」

 

微妙に通っていいのか不安だったが、建物の中に入って一階の突き当たりにあった部屋に入れられた。

 

「よお、待ってたさぁ」

 

開け放たれた窓の縁に腰掛けていたのは、ヘインダール教導傭兵団、団長のカリブラ・ヘインダール・アストラだ。

 

「その口ぶりだと来るのが分かっていたみたいだな」

 

「分かったのはついさっきさぁ。 あんたの魔力はよく覚えているさ」

 

(……剄を扱う武芸者は魔力で相手が誰だか判断出来ます。 今回の件とは無関係でしょう)

 

(な、なるほど)

 

ソーマがカリブラの発言の意味を説明し、改めて要件を言う。

 

「それで、何のごようさ? ウチは基本真っ当な商売しかしないさぁ」

 

「どの口が言う……俺達今とある事件を追っている。 その過程で空白(イグニド)という人物を知りたいんだ。 何かに心当たりでもいい、教えてくれないか?」

 

空白(イグニド)? んー、知ってるには知っているが……ほんとちょっとだけだぜ? それでもいいんなら教えてやるよ」

 

「うん、頼むよ」

 

「オーケー、あんたらには借りがあるからな。 俺も一度会ったことがあんだよ、イグニドに」

 

「え⁉︎」

 

驚きでサーシャが思わず声を上げた。

 

「外見は黒のスーツに同色の帽子を目深にかぶっていて素顔を隠しているから、一見すると男性と思うが実際の性別は不明だな。 俺っち達が初めて会った時はフェノール商会とやり合っていたさぁ。 ずいぶんと見透かしたような口振りで、実力も大したもんだったさぁ」

 

「あなた達もフェノール商会と敵対しているの?」

 

「おうさぁ、あいつらとは馬が合わないからなぁ。 そんで、ここからが重要なんだが……イグニドはとある次元犯罪者と手を組んでいるそうさぁ」

 

「それは一体誰なんですか?」

 

「俺っちの口からは何とも言えないさぁ。 ただ……イグニドが誰と組んで何をしているのかは分からないが、ロクでもないことは確かさぁ」

 

「なるほど……情報感謝する。 そのうち対策課に依頼でもしてくれ、リヴァンを寄越すから」

 

お礼を言い、出口の方を向く。

 

「それはありがたいさぁ、ユラギ」

 

「はい」

 

メガネの女性……ユラギにドアを開けられ、そのまま外まで見送られた。 ほれから建物から離れ、車の前で情報を整理した。

 

「それでは皆様。 団長はまたいつでもいらっしゃっても構わないとのこと……またのお越しをお待ちしています」

 

「ありがとうございます」

 

ユラギはお辞儀をして、建物の中に戻って行った。

 

「あのあの、面白い人でしたね?」

 

「ああ見えてかなりの実力の持ち主だよ。 責任感もあるし、相手にならない方がいいね」

 

「はい、正直剣の腕では負けている気がします。 フェノールよりは断然友好的でしたけど」

 

「まあ、あんなヤツだから付いて行けるんだろうな」

 

だが、本題に戻るとあの情報では結局今回の件と結びつけるのは難しい。 しかし、得られた人物像と脅迫状を比較すると、なにかが……

 

「それよりも、空白(イグニド)は確実にいるみたいだね。 正体が分からない以上、結局手詰まりだけど……」

 

「イグニドが属している組織が大なり小なりだとしても、どうやら個人で動いていそうですね」

 

「フェノール商会と戦っていたとすると、あのゼアドールさんとも会っているはずです。 そうなるとかなりの手練れだと思います」

 

「……しかし、そうなると……これはもう、俺達の仕事では無いかもしれないな……」

 

「え……」

 

俺の言葉に、サーシャとソーマは惚け、アリシアは同意するように頷く。

 

「あくまで私達は異界対策課、その副次的の仕事で市民からの依頼を受けているけど……これはその範疇を超えてしまっている。 そのイグニドに遅れは取るつもりはないけど、どうしても後手に回ってしまうのが落ちだね」

 

「もちろん一応特別捜査官である俺は捜査は続行できるが、どちらにせよソーマ達は外れる事になる」

 

「そんな……」

 

「一旦対策課に戻ろう、信頼できる人を……ゼストさんあたりに相談してーー」

 

「ーーいいだろう」

 

突然、誰が会話に入り込んできた。 声のする方を見ると、ちょうど話に出てきたゼストさんがいた。

 

「ゼストさん⁉︎」

 

「どうしてここに?」

 

「ヘインダールはフェノールほどやんちゃしていないが、それでも監視対象でな。 定期的に巡回しているところをお前達が入って行くのを見かけたのだ」

 

「なるほど……それでお願いできますか?」

 

「あの! それはやっぱり私達が引き受けた依頼ですし、私達が最後まで……」

 

「イグニドを探しつつカリムを守りきる……そうなるとどうしても人手が足りなくなるんだ」

 

「もちろんお前達の腕ならその程度どうということはないが、逆に警戒されて尻尾を出さんかもしれん。 後のことは首都防衛隊に任せておけ」

 

「了解しました、連絡はこちらで引き受けます」

 

でわなと言い、ゼストさんは近くに駐車していた車で去って行った。

 

「…………………」

 

「ごめんな、結局こんなことになっちゃって」

 

「い、いえ。 レンヤさん達の言い分も理解できますし、カリムさんとユミィさんには事情を説明して謝らないといけませんね……」

 

「まあ、話を通せば2人も新立会の警備に参加できそうだし、私も出演者としてなんとかしてみるよ」

 

「ありがとうございます、でも大丈夫です」

 

「そうか……そろそろザンクト・ヒルデ魔法学院に戻ろう。 カリムに報告したら一度休もう」

 

「そうですね、それがいいと思います」

 

「それじゃあ、魔法学院に行こうか」

 

少し気が重いが、報告しないわけにもいかず。 また車で魔法学院に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、皆さん!」

 

「あれ、ユミィさん?」

 

正門をくぐろうとした所で、背後からユミィが駆け寄ってきた。

 

「ユミィ、学院の外に行っていたのか?」

 

「はい、少し用事がありまして。 それで進展はどうなりましたか?」

 

「それは……」

 

そう聞かれるとやはり口ごもってしまう。 その時、本校舎の方から1人の老婦人と女性が歩いてきた。 老婦人はユミィの顔を見ると驚いたように声を上げる。

 

「あら……!」

 

「ユミィ様……?」

 

「お婆様、エリンさん」

 

(え……)

 

(ユミィさんのお祖母ちゃん……?)

 

どうやらユミィはこの2人は家族とその友人みたいだ。 というかこの老婦人って顔は隠しているがどう見ても……

 

「ふふ、なかなか会えませんが、元気にやっているようですね? どうやら今回の新立会も頑張っているそうじゃない」

 

「いえ………まだまだ未熟者なのでカリムさんにご迷惑ばかりですが……クローベルの名に恥じぬよう精一杯、頑張っています」

 

「ふふ……前にも言いましたがそのようなことを気にする必要はありませんよ」

 

老婦人は口に手を当てて微笑むと、こちらの方を向いた。

 

「お久しぶりですね、レンヤさん、アリシアさん。 次元会議以来でしょうか?」

 

「そうですね。 ご無沙汰してます、ミゼットさん」

 

「はやてとはよく会っているって聞いているけどねぇ。 あ、それとこっちは私達の後輩の……」

 

「は、初めまして、ソーマ・アルセイフです」

 

「サ、サーシャ・エクリプス、です」

 

「ええ、初めまして。 私はミゼット・クローベルといいます。 どうやら孫娘がお世話になっているようですね」

 

「ちなみにユミィ様、シェルティス様とは最近お会いになられていなさそうですね? ご友人もいることですし、一度お会いになられてはーー」

 

「も、もう! そういうのはいいから!」

 

ユミィがエリンという女性に否定するような両手を勢いよく横に振る。

 

「ふふ、元気そうでなによりだわ。 焦ることはありません、ゆっくりと自分が納得のいく道を歩いていきなさい。 公私混同はできませんが、出来る限り協力させてもらいますよ」

 

「……はい。 ありがとうございます」

 

ミゼットさんの優しさに、ユミィは本当に感謝している。

 

「それではエリン、行きましょう。 次は視察でしたね?」

 

「はい、5時から湾岸地区に建設中の施設となります」

 

2人は歩きながら次の行き先を確認して、路上に止めてあった車に乗って行った。

 

「ご家族と仲がいいんだね?」

 

「あはは、皆さんのお話は祖母からよく聞いています。 それで例の件についてはどうなったのですか?」

 

「え、ええっと……」

 

「それはカリム達を交えて話すよ」

 

「ところで、そのユミィさんのお婆さんがどうして魔法学院に来てたんですか?」

 

「ああ、そうだね……」

 

ソーマの質問に、ユミィは少し考えてから答えた。

 

「今回の新立会は、ミッドチルダの創立記念祭と合わせて開催されるそうだから……その関係で打ち合わせに来たんだと思うよ」

 

疑問が解消された後、ユミィと一緒に新立会の会場に向かった。 会場は先ほどより整っていて、ちょうどステージにはカリムとシャッハがいた。

 

「カリムさん、シャッハさん! ただいま戻りました!」

 

「あら、お帰りなさい」

 

「陛下達もご一緒でしたか。 何か進展でもあったのですか?」

 

「は、はい……」

 

「ちょっと、残念な報告もしないといけないが……」

 

「え……」

 

「……構いません。 お話をお聞かせください」

 

俺はイグニドのこと、イグニドを雇っている勢力、そして首都防衛隊に護衛を引き継ぐことも事細かに報告した。

 

空白(イグニド)……そのような危険な人物が……」

 

「そ、そんな……本当にそんな人がこの街に?」

 

「ふう、どうやら……冗談ではなくなりましたね」

 

「ある勢力がイグニドの名を使っているか、もしくはイグニド個人で脅迫状を出したのかは不明だけど、イタズラである可能性は低くなったきたみたいだね。 ま、そうなったとしても、新立会は中止できないけど」

 

「え、なんでですか⁉︎」

 

「この新立会には各方面の援助もあり、かなり注目度が高いものになっています。 私個人のために中止に追い込むことは、あってはならないのです」

 

「開催も残りわずかです、今更中止にしてしますと教会としても尊厳に関わってしまいます」

 

「となると、他の部署の警備などを引き継ぐ形になっても構わないと……?」

 

「まあ、もちろん教会騎士団が警備を担当するのですが……どうしても内外同時に担当してしまっているので人手不足でして。 正直言ってしまうと助かります。 首都防衛隊、かのゼスト氏が引き連れる部隊。 安心して身を任せられます」

 

「………あ、あの、それじゃあ……レンヤさん達はこれで捜査の方は……?」

 

「ああ……申し訳ないけど。 まあ、後は防衛隊が引き継ぐし、心配することはないと思う」

 

少々心苦しいが……カリム自身信用しているし、ゼストさんの実力は知っている。 安心して任せられる。

 

「そ、そうですか……」

 

「申し訳ありません、この埋め合わせはいつか必ず」

 

「気にしないでください、さすがに僕にも身に余りましたし」

 

カリムとシャッハの謝罪に困りながらも、2人は忙しなく新立会の準備のために分かれ。 ユミィに正門まで見送られた。

 

「すみません……その……何だかご迷惑ばかりかけちゃったみたいで……」

 

「いや、気にしないでくれ。 元々捜査なんて地道な無駄骨の繰り返しだからな」

 

「防犯とか、そんな感じですよ」

 

「そうですよ、ユミィさん。 僕達のことは気にしないで新立会、頑張ってください!」

 

「はい、ありがとうございます。 それでは私はこれで、皆さん、ありがとうございました」

 

ユミィがお礼を言って、本校舎に入るのをしばらく見送った。

 

「……はあ……今日はもう帰るか」

 

「ですね……」

 

「何だか気が抜けてしまいました」

 

「そうだねぇ」

 

色の濃い一日だったので、終わったと分かったら疲れが出てきた。 異界対策課に戻り、課内にいたアリサ達に今回の件を報告した。

 

「なるほどね、大体事情は判ったわ。 それで? あなた達はこのままでいいのかしら?」

 

「いいもなにも、僕達が出た所でいい迷惑だと思いますし」

 

「確かに、ゼストさんは許可すると思うけど、他の管理局員にはまだ確執があるからね。 どうしても揉め事になっちゃうんだよ」

 

「へえ、そういうのがあるんですね?」

 

「突然できた異界対策課、それを良く思わない人は多かれ少なかれいるもんだ。 特にこう言う怪異と関係ものになると途端に否定ばかりする」

 

「依頼を受けると確率的に何んらかの事件とか関わるからね、その度にいざこざがあるんだけど……ただし、黙ってやる分には話は別だよ」

 

「え……」

 

アリシアの言葉に、ソーマは驚いた。

 

「この異界対策課はある意味規格外の部署だ。 その性質上、ある程度の裁量が任せれている。 それこそ黙ってやる分には他の部署の警備を踏み越えられるくらいな」

 

「あの……そんな事を言っても大丈夫ですか?」

 

「基本、俺達は管理局に放し飼いされているようなもんだ。 さっきはああ言ったが、2人はどうやっても構わない。 後処理は俺に任せろ、これでも二等陸佐の位は飾りじゃないんでね」

 

「決めるのは、あなた達だよ。 そのための協力は惜しまないから」

 

『………………』

 

すずかの助言に、2人は考え込む。

 

「明日はレルムも自由行動日だ。 焦ることはない、ゆっくりと答えを出してくれ」

 

ソーマとサーシャは無言で頷き、一旦解散となった。 その後ラーグとソエルが帰ってきて、溜まっていた書類がまた追加された。 文句言いながらも書類を片付けていき、今日は帰らないと分かるとファリンさんに対策課で寝泊まりすると連絡した。 他にもルーテシア以外もここで寝泊まりするようだ。

 

こうなる事も多いからもう仮眠室ではなくて個人の部屋を作ってしまっている。 そうなると色々と問題があるのだが、ラーグとソエルの提案で地上本部の3フロアが異界対策課が所有していることになってしまっている。 やり過ぎたと否定しようにも正論ばかりで結局却下できなかったし、その上下2フロアは無人だからよかったものの、はっきり色々と言って荷が重い。

 

「ふう〜、ようやく終わった……」

 

時間を見るとまだ9時くらいだった。 以外にも早く終わったことに驚いた、いつもの倍は書類があったのに。 少し気を休ませるため、いつの間にか作られたガラス張りの展望テラスのある場所に向かう。

 

「ん?」

 

テラスに近付くにつれて話し声が聞こえてきた。 耳を澄ましてみると……どうやらソーマとサーシャが会話しているようだ。 おそらく例の件についての相談だろう、2人ともかなり悩んでいるようだ。

 

心の中で応援しながら静かにその場を離れ、もう寝ようと思い自室に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日ーー

 

朝に朝食を食べた後、ソーマとサーシャは捜査の続行を希望した。 早速今後の行動を起こすための会議室でミーティングを始めた。 今回はラーグとソエル、ルーテシア達も一緒に参加している。

 

「ーーとなると、イグニドの動向を知る必要があるな」

 

「あの、そもそもイグニドの存在を認知しているのはどれくらいいるんですか?」

 

「そうね、あなた達に情報提供したヘインダールは当然として。 敵対しているフェノール商会、それに首都防衛隊もありえる……後は、フェノールと関係のあるギャラン議長も知っていそうね」

 

「ギャラン議長? それって確か、次元会議で出席してい大物政治家だよね? フェノール最大の後ろ盾でもあるらしいね」

 

「そうなるとイグニドとは敵対関係にありますね、関係は薄そうです」

 

「捜査方針としてはまず、イグニドに迫る必要があるね。 といっても切り口が多々あるし、逆に迷っちゃうよ」

 

「そいつの背景を調べるのも可能性としてはあるが、思い当たる次元犯罪者はいるがどれも決め手に欠けているし……」

 

「……………………」

 

先ほどから提案を出しては悩むの繰り返しを続けていたが、未だにまとまらない。 そして黙って考え込んでいたサーシャが唐突に空間ディスプレイを開いた。

 

「サーシャ……?」

 

「どうしたの?」

 

「管理局のデータベースをもう少し漁ろうかと。 防衛隊の動向なども掴めるかもしれませんし……ただ、昨夜調べたばかりなので追加情報はないかもされませんけど」

 

「そうか……」

 

「やらないよりはマシかな」

 

サーシャはまず異界対策課のデータベースにアクセスしてから検索を開始しようとすると、ちょうど今メールが届いた。

 

「珍しいね、こっちにメールなんて」

 

「いつもは大体個人の端末に送られてくるのにな」

 

「それで、誰からなんですか?」

 

「今、開いてみるよ」

 

送られてきたメールを開いて、内容を読むとサーシャは突然惚けた声を出した。

 

「? どうかしたの?」

 

「なんだなんだ?」

 

アリサとアギトは横からディスプレイを覗き込むと、顔を強張らせた。

 

「どうしたんですか? 何かおかしなものでも……」

 

「い、今そちらにも表示します」

 

目の前に空間ディスプレイが開き、メールの内容が映し出された。

 

〈空白より依頼。 試練を乗り越えて、私の元に辿り着いてください。 そうすればあなた達に真実を〉

 

まるでタイミングを見計らったかのようなメールだ。 サーシャは出所を調べるためにキーボードを打ち込む。

 

「これは……」

 

「まさか、本当に……?」

 

「サーシャちゃん、このメールはどこから?」

 

「どこの管理局施設でもありません……」

 

それから数秒で出所を特定した。

 

「分かりました。 ミッドチルダ次元銀行(Dimensional Bank of Midchilda)……通称、DBMです」

 

そんな場所から空白の名が使われたメールが? あそこは管理世界、管理外世界のお金を取り扱っている場所だ。 俺達が地球のお金をミッドチルダのお金に換金しているのにも使用している。

 

「どういうことだろう……?」

 

「なんであんな所から……イタズラにしてはタイミングが良過ぎます」

 

「私に聞かれても……でも、間違いなくこのメールはDBMの端末から送られています」

 

「…………もしかして空白がDBMに潜入しているのかな?」

 

「正直、あり得なくないわね。 DBMのビルには他にも外部の会社も幾つか入っているわ」

 

「でも……どうやらこのメールはDBMのメイン端末から送信されているね。 外部の会社が関わっている可能性は低いよ」

 

メイン端末に触れられるのはその関係者と責任者は含めてもかなり少ない。 空白が関係者に成りすましてメイン端末を操作して送ったのか、それとも……

 

「……直接聞いてみるしかないね。 なるべく防衛隊には内密に捜査を進めないといけないかな……」

 

「さすがに身分を明かさないで聞くのは難しいと思いますけど。 横槍が入る前になんとかしたいですね」

 

「それなら大丈夫だ。 友人にDBMの関係者がいるんだ。 その人に事情を話せば力になってくれると思う」

 

「アトラスさんだね、確かに力を貸してくれそうだよ」

 

すずかが何気なく言った名前に、サーシャは反応した。

 

「え、アトラスさんって……もしかして、アトラス・オルム?」

 

「そうよ、有数の資産家にして次元経済の中心人物の1人……現DBM総裁よ」

 

「ええっ⁉︎ 銀行のトップですか⁉︎」

 

(コロン)

 

「そ、以前レンヤが総裁から依頼があったね。 それ以来私達にも良くしてもらっているんだ。 事情を説明したら快く引き受けてくれるよ」

 

「忙しいから、会えるかどうかは分からないが……訪ねるだけ訪ねてみよう」

 

「それにしても、なんのつもりだ? こんなメールを送って来やがって。 脅迫状もそうだが、どうゆうつもりなんだ」

 

「ここは相手から接触したきた、あえて乗ってみましょう」

 

捜査の目処がつき、昨日のメンバーで車で向かい、DBMビル前まで着いてから徒歩で坂を登ってビル前に来た。 DBMビルは小高い丘の上に建っており、防犯の為にかなり強固なゲートが設置されていた。

 

「DBMビル……何度見てもすごいですね」

 

「改めてこうして見ると……20階くらいはあるね」

 

「確か24階建てのはずだ。 そのうち5階から10階までが外部が入っているみたいだな」

 

「そうなんだ……」

 

「ほうほう……ミッドチルダの税収に相当、貢献していそうですね」

 

DBMビルを見てそれぞれが感想を言う。 ここではそれほど目立つわけでもないし、珍しくもないが……どこか最先端の技術を感じさせる。

 

「それでどうするの? アポイントなしで来ちゃったけど」

 

「そうだな……とりあえず中に入って受付で聞いてみよう」

 

「とりあえずって言いましたよ……ノープランですか⁉︎」

 

「行き当たりばったりと言え」

 

「同じ意味ですよ……」

 

「ーーあら?」

 

DBMの方から女性の声が聞こえてくると、ミゼットさんの秘書のエリンさんが歩いて来た。

 

「奇遇ですね、こんな所で会うなんて。 ここには管理局の用事で?」

 

「はい……少し調べ物がありまして。 エリンさんはミゼットさんのご用事ですか?」

 

「ええ、運営資金の管理についての相談に。 来月から特に忙しいくなるので、色々とやりくりが大変なのです」

 

「……そうですか」

 

「ふふ、そう心配なさらなくていいですよ。 あなた達にはミゼット議長も含めて本当にお世話になっています。 はやてさんの件も快く引き受けます。ユミィ様とシェルティス様にもよろしく伝えおいてください。 古代遺物管理部機動六課……楽しみにしてますよ」

 

エリンさんは軽く礼をすると、坂を下りていった。

 

「エリンさんはシェルティスさんともお知り合いでしたっけ?」

 

「あの人達の孫同士、交流があるんだろう」

 

「それに、秘書にしては鍛えられていましたね。 彼女も魔導師なのですか?」

 

「そうだよ。 確かミゼットさんの護衛も兼任していたはずだよ。 結構な腕前だってミゼットから聞いたことがあるよ」

 

「なるほど、納得です」

 

「おやおや〜?」

 

またDBMの方から声がすると、こんどはクイントさんが現れた。

 

「いや〜、久しぶりだね。 活躍は耳によく入ってくるよ。 異界対策課、頑張っているそうじゃない」

 

「クイントさん……」

 

「久しぶり〜、メガーヌとは一緒じゃないの?」

 

「あ〜、メガーヌとは別行動しててね。 それはそうと……DBMに何か用事でも? 何かの捜査にでも来たのかしら?」

 

「い、いや別に……大したことじゃないですよ」

 

「は、はい。 ちょっとした問い合わせに来ただけです」

 

「ふーん……まあいいか。 あたしも忙しいからこれで、それじゃあ、まったね〜!」

 

クイントさんは駆け足に坂を下りていった。

 

「忙しい人でしたね……」

 

「でも、クイントにしては突っかかりが弱かったね。 そんなに忙しいのかな?」

 

「…………………」

 

「レンヤさん?」

 

「あ、ああ……まあそれはともかく、そろそろビルに入ろう。 面会できないか受付で聞いてみないと」

 

クイントさんがここに来た理由に疑問に思いながらもDBMに入り、受付で依頼のお礼など言われながらもアトラスさんがDBMにいることがわかり、アトラスさんは快く面会を引き受けてくれた。 認証カードをもらい、そのままエレベーターに乗り込んだ。

 

「えとえと……総裁さんの部屋は最上階でしたよね? カードを貰ってましたけど、あれはなんですか?」

 

「これか? これは認証用のカードだ。 他の会社も入っているから、関係のあるフロアでしか降りられないようにしているんだ」

 

「なるほど、セキュリティ対策ですか」

 

「そういうこと……カードを使うぞ」

 

エレベーターの奥にあったパネルにカードを置き、最上階のランプが点灯しそれを押すとエレベーターが上昇し、数秒して最上階に到着した。 エレベーターを降りて少し歩いて総裁室の前に来て、ドアにノックをした。

 

「ーーアトラスさん、レンヤです」

 

『入ってくれ』

 

「失礼します」

 

許可をもらい総裁室に入った。 部屋は奥の壁が一面ガラス張りになっていて、丘の上に建ってあることもあって見晴らしはとても良い。 その手前にある席に座っていたのはスーツを着た茶髪の男性だった。

 

「やあレンヤ君、久しぶりだね。 かれこれ半年ぶりくらいになるのかな?」

 

「そうですね、アトラスさんも元気そうで良かったです。 アポイントないでどうもすいません」

 

「はは、水臭いことは言いっこなしだよ。 君達には何度もお世話になっている、この程度何の問題もない」

 

「うん、ありがとうね、アトラス」

 

「それと……そちらが君達の後輩かな?」

 

「は、初めまして。 ソーマ・アルセイフです」

 

「サ、サーシャ・エクリプス、です……」

 

「ふふ、そう硬くならなくてもいい。 DBMの総裁を務めているアトラス・オルムだ。 ソーマ君、サーシャ君、どうか私のことは遠慮なく、アトラスと呼んでくれ」

 

アトラスさんはフレンドリーな性格で、社員にも親しまれているが……初対面だとどう反応していいのか戸惑うことが多い。 現にソーマとサーシャはそうなっている。

 

「それで、管理局の仕事で相談したい事があるそうだが……一体どうしたのかな?」

 

「はい、実は……ある事件を追って捜査を進めているのですがーー」

 

今朝届いたメールについてと、脅迫状の件も含めてアトラスさんに事情を説明した。

 

「ーーなるほど。 その空白(イグニド)という人物がDBMから君達のオフィスにメールが送られたのか」

 

「はい、恐らくこのビルのメイン端末からだと考えられます。 それを操作、あるいはハッキングして送った可能性が高いかと」

 

「ふむ……このビルのセキュリティには正直、自信があってね。 特に端末室があるフロアには許可された人間しか入らないようにしている。 端末の操作も、権限がある者しか出来ないようになっている。 言いたくはないが、恐らくハッキングの可能性が高いだろ」

 

「そうだね……わざわざ自分の居場所を教える行為をしている訳だし」

 

「たとえそうだとしても、ここに誰にも気付かれずにハッキングするのはかなりの腕が必要です。 空白本人の実力かもしれませんが、仲間がいると考えてもいいです」

 

「そうなると、やはりハッキングの線が高いですね」

 

「ふむ、信頼するスタッフが疑わずに済むのはいいのだが……メイン端末がハッキングされたというのもそれはそれで由々しき問題だ」

 

確かに、次元世界を抱える大企業がハッキングされたというのは、色々と問題が発生するな。 アトラスさんはしばらく沈黙を続け、数秒たったころに口を開いた。

 

「よし、こうしよう。 君達が端末室に入れるように手配する」

 

「え……」

 

「えっと、いいんですか?」

 

「ああ、メイン端末を調べればハッキングの痕跡などが残っているかもしれないし……スタッフも詰めているから話を聞くこともできるだろう」

 

「……助かるよ」

 

「アトラスさん……どうもありがとうございます」

 

「いや、こちらにとっても見過ごせない問題だからね。 さて、本当なら私が案内したいところだが……あいにくこの後、色々と予定があってね」

 

「すみません。 忙しい時に……」

 

「気にしないでくれ。 しかしそうだな……スタッフの誰かをここに呼ぶとしようか」

 

「ーーその必要はありません」

 

女性の声が聞こえ来たと同時に総裁室の扉が開かれ、アトラスさんと同じ髪色でスーツを着た、メガネをかけた女性が入って来た。

 

「え……?」

 

「メルファ……!」

 

「おお、帰ってきたか」

 

「ただ今戻りました。 レンヤさん、アリシアさん、お久しぶりですね」

 

「メルファこそ、久しぶりだな。 紹介する、彼女はメルファ……アトラスさんの娘さんで俺達の友人だ。 メルファ、この子達は対策課の後輩で、ソーマとサーシャだ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「えとえと、どうもです」

 

「はい、私はDBMの総務に勤めている、メルファ・オルムと言います。 レンヤさん達の後輩……なかなか見所がありそうですね」

 

メルファはメガネを押し上げ、2人を値踏みするような目で見つめる。

 

「あうあう……」

 

「あんまりそう見つめては相手も困るぞ、メルファ」

 

「はい、失礼しました。 ソーマさん、サーシャさん、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ……お気になさらず」

 

「はは、若い者同士、我が娘と仲良くしてくれ。 そろそろ時間なので、私は失礼するよ。 メルファ、後で彼らを端末室に案内してくれ」

 

「はい、了解しました」

 

アトラスさんは後のことをメルファに任せると、総裁室を後にした。

 

「それでは参りましょう、端末室にご案内します」

 

「え〜っと、事情を聞かないのですか?」

 

「総裁も許可してますし、レンヤさん達も信頼できる人物です。 詳しく話はエレベーターに乗りながらにでも」

 

「話が早くて助かるよ」

 

移動しながら事情を説明し、エレベーターに乗り込み下に下りていった。

 

「しかし……空白と言いましたか。 その人物の目的は判明したのですか?」

 

「それはまだ判らないが……脅迫状とメールだけど、あれは同じ人間が書いたものじゃないな」

 

「え……?」

 

「どういう事ですか?」

 

「ああ、単純な話だ。 カリムが受け取った脅迫状は不気味だけど単純な言い回し……俺達が受け取ったメールは書いた人物の口調が入った挑発的な言い回し……ずいぶん感じが違うと思わないか?」

 

「……確かに」

 

「言われてみればそうですね……」

 

「メールが来たこ事に驚いて、そこまで考えられなかったよ」

 

今朝、メールを読んだ時に違和感を感じていたことだ。

 

「なるほど……それで、それが何を意味していますか?」

 

「そうだな……色々と憶測が出てくるが、空白に仲間がいてそいつに書かせたのか。 それとも空白本人が意図的にそう書いたのか。 他にもあるが……確証がない以上、これ以上の推理は逆に危険だな」

 

「なるほど……あ、そろそろ着きますよ」

 

途中から地下に入り、しばらくして最下層に到着した。

 

「ここが地下5階……メイン端末があるフロアです。 端末室はこの先にあります」

 

「随分、厳重な場所に設置されているんだな」

 

「設立当初からセキュリティ対策としてここに設置されているのをそのまましているだけです」

 

階段を降りて突き当たりにあるゲートを開けて入ると……中は最先端の技術の塊だった。 円形を象って置かれた無数のディスプレイ、そしてその背後に控えるその数倍の大きさの巨大ディスプレイに表示されている緑色の文字の羅列が高速に文字を変化させながら流れている。

 

「これは……」

 

「す、凄そうですね……」

 

「メルファお嬢様……?」

 

研究員が俺達の存在に気付いた。どうやら端末室に常駐する専門のスタッフのようだ。 メルファは彼らに事情を説明してメール送信の痕跡を辿らせてみたが、送信システムがクラッキングされたことが判明したこと以外はわからなかった。

 

「………あのあの、端末を一つ、貸してもらってもいいですか?」

 

「ええ、いいですよ。 よろしくお願いしますね、サーシャさん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

サーシャは空いていた席に座り、デバイスの一部を起動して頭にヘッドフォンを取り付けた。

 

「アクセス………エイオンシステム、起動」

 

ヘッドフォンが赤く明滅し、サーシャのワインレッドの瞳が薄い光を放つ。 正面にある大型ディスプレイと座席に設置されている三つのディスプレイに表示されている赤い文字が今までとは比べ物にならないほどの速さで移動する。

 

「不審と思われるログを抽出しますので調べてください」

 

2人の研究員は驚きに身を包まれながらも先ほどとは別人サーシャの指示で動いた。

 

「……レンヤ、分かる?」

 

「うーん、すずかがサーシャと協力して何か作っていたのがあれとしか……」

 

「なんというか、全く別次元な感じです」

 

「なるほど、魔法をノーウェイトで発動するための高速展開技術を端末のコントロールに利用してますね。 彼女自身、近接戦闘タイプなので使う機会がなさそうですけど」

 

「え、分かるんですか⁉︎」

 

「メルファは分析とかが得意だからな。 ま、詳しい話はすずかに聞こうっと」

 

しばらくして、低い機械音が響いた。 どうやらハッカーはジオフロントB区画、第8制御端末からアクセスしたらしい。 ミッドチルダ中央区、北西部の地下エリアだ。

 

「北西部ね……レンヤ、どうするの?」

 

「早速、行ってみよう。 ジオフロントのゲート管理は、たしか役所の管轄だったはずだ。 ソエルに連絡して、解除コードを送ってもらおう」

 

「はい、それではさっそく行ってみましょう」

 

「……どうやら、核心に近付いたようですね」

 

「ああ……色々とお世話になったよ。 サーシャもお疲れ様」

 

「い、いえ、エイオンシステムが完成していたおかげですよ。 それに私も、異界対策課の一員ですし……」

 

「あはは、そうだね。 僕も負けていられないね」

 

「ふふ……事件が解決しましたらできれば事の顛末を教えてください。 それと、お渡ししたセキュリティカードはそのままお持ちください。 最上階とこのフロアならいつでも来られるようにしておきますから、何かあったら遠慮なく訪ねてください」

 

「ありがとう、メルファ」

 

「それじゃあ、失礼するよ」

 

俺達はお礼を言ってこの場を離れた。 目指す場所はジオフロントB区画の入り口がある北西部だ。

 

 


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