魔法少女リリカルなのは 軌跡を探して   作:にこにこみ

109 / 198
109話

 

 

3月中旬ーー

 

2学年も残り1ヶ月に迫るこの頃、この時期は去年と同じように勉強はあんまり進ませず訓練が多めに行われている。 日に日に難易度が上がっていく訓練をこなしながら卒業生を見送る準備もキチンとやらなければならないのがハード差を上げている。 それに加えて来月にはミッドチルダの創立記念日で、それに乗じて祭が開催される。 それによる異界対策課にくる支援要請は1ヶ月前にも限らずかなりの量になっている。 そのため在校生VII組のメンバーは4月下旬に行われる特別実習を急遽変更して記念祭と同じ日に行われることになったりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異界対策課ーー

 

今日は学院の授業……というより訓練は午後から開始される予定のため、俺は午前に依頼をソーマと一緒に受けており、それがひと段落して対策課に戻っていた。

 

「ただいま」

 

「ただいま帰りました」

 

「あ、お帰りなさ〜い」

 

(パタパタ)

 

中にはルーテシアとガリュー、サーシャとアリシア、すずかがいた。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

「ああ。 4人はもう帰って来てたのか?」

 

「私達は近場で書類整理の手伝いをしてただけだから。 サーシャもいたし、早く終わったんだ」

 

「私は開発部の様子を見ていただけだったから」

 

「えとえと、それでもう昼ごろなのでランチの用意をしてたのです」

 

「僕達の分はあるのですか?」

 

「うん、簡単なパスタとサラダだけど」

 

「それで構わないさ。 ありがたくご馳走になるよ」

 

(パタパタ)

 

ガリューのハンドジェスチャーで俺とソーマは手を洗いに行き、それからさっそく昼食をいただいた。

 

「そういえば……レンヤさん達の方は交通整理の手伝い、どうでしたか?」

 

「ああ、結構面倒だったな。 何台か違法駐車している車に違反キップを貼り付けたな」

 

「北部が1番多かったですね、以外にも多くて警邏隊も困ってましたよ。 記念祭が近付いているのはわかりますけど、今北部になにかありましたっけ?」

 

「ーーザンクト・ヒルデ魔法学院に新規魔法の発表会……通称、魔法新立会が行われるようだよ。 様々さ学者が集まって披露される色んな魔法……数年に1度くらいに開催されるけど、今年は時期が近かったようだね」

 

「攻撃、防御、機動といった戦闘用や補助、結界、捕獲、回復などの支援もありますし、もしもの時に使える生活魔法なんてものも過去にありまして、管理局も注目している行事です」

 

「6年前に開催されたのが最後だな。 その時に俺達が使っている魔法……特にアリシアの作った魔法が多く発表されて、あの時はまだ管理局に入ってなかったからスカウトが来たのなんので」

 

「ああー……それはいいから、あれはちょっと思い出したく無い。 それに今回もその話は来ているし」

 

アリシアは懐から1枚の封筒を取り出して机の上に置いた。 新立会の招待状だ。

 

「わぁ……! アリシアさん、もう呼ばていたんですか⁉︎」

 

「あれからバンバン新しい魔法を作っているからな、当然と言えば当然か」

 

「私としてはどうでもいいんだけどね。 まあ、行くには行くんだけど、適当な魔法使ってから速攻帰るつもり」

 

「そ、そうですか……」

 

「もう、アリシアちゃんたら」

 

「でも、最近回ってくる仕事が妙に多いとは思ってたけど……それも原因の1つでいいんですよね?」

 

「まあ、ミッドチルダの創立記念祭と新立会が丁度重なってしまったし……例年よりも警邏隊は忙しくなりそうだよ」

 

「それでこっちに回って来るのが雑用ばかりなんですね……て言うか、僕達って本当に異界対策課でいいんですよね?」

 

「ま、まあまあ。 依頼の中にはちゃんと異界関連の物もあるし、これはこれで評判もいいからな」

 

最近市民の人達もグリードを見かけることが多発しているが、迷惑しているだけで脅威にはなっていないのだ。 だからって慣れ過ぎだろ、ミッドチルダ人……

 

「ではでは、午後からは僕達が依頼を受けますので、レンヤさん達は学院に戻ってください」

 

「後は私とガリューにお任せです!」

 

(コクン)

 

「それじゃあ、後はお願いね」

 

「は、はいぃ! お任せ下さい!」

 

「はは、サーシャは相変わらずだな」

 

後のことをソーマ達に任せ、俺達は一旦車でルキュウに向かった。 訓練場で皆と合流した後すぐにテオ教官の訓練が始まり、終わったの時には全員バテバテになっていた。

 

「ふう! 疲れた……」

 

「はあはあ……慣れるたびにキツくなって来てないかな?」

 

「それが普通でしょ、キツイには変わりないけど」

 

「なのはの教導はもうちょっと優しかった気もするけど……」

 

「そうかな? 私も教える相手に合わせて教導するから、これで丁度いいと思うな」

 

「本職がそう言うのですから、そうなんでしょうね」

 

息を整えながら会話していると、テオ教官が音を立てながら手を叩いた。

 

「今日の訓練は以上、各自クールダウンして解散だ」

 

「は、はい!」

 

それから着替えて管理局組は一緒にまた首都方面に向かおうとした時、メイフォンに通信が入って来た。

 

「はい、レンヤです」

 

『あ、レンヤさん、サーシャです』

 

「サーシャか、何か問題が起きたのか?」

 

『実は対策課に相談があるという方がいらっしゃっているんですけど……軽く聞いた話だと怪異とはあんまり関係が無くて。 でも放ってはおけなくて、私とソーマ君が責任を持って請け負いますから許可を得たくてれんらくしました』

 

「ああ……構わないけど。 いつものように掲示できる話じゃないのか?」

 

『はい、ハッキリ言うと私達では荷が重い気もします……』

 

「わかった、相談者にはそのまま待たせてくれ。 すぐにそっちに向かう』

 

『お願いします』

 

ピ……

 

「何かあったの?」

 

「ああ……怪異とは関係ないけど、厄介ごとなのは確かだ」

 

「ふう、その手の依頼ね……やるのは構わないけど、手広くやり過ぎて疲れるわね」

 

「あはは、大変そうやなぁ」

 

「とにかく対策課に行こう、話はそれからだよ」

 

「うん、さっそく行ってみよう」

 

車で地上本部に向かい、途中でなのは達と別れてから対策課に向かった。 対策課に入ろうとした所で丁度戻って来たルーテシアと会い、そのまま一緒に応接室に入ると、そこにはサーシャとソーマがいて、向かいに長い金髪でザンクト・ヒルデ魔法学院の制服を着た同い年くらいの女子が座っていた。 女子はサーシャと楽しく雑談をしていた。

 

「あ、レンヤさん!」

 

「! あ、すいません! 呑気に話していて……」

 

「ああ、楽にしていいですよ。 相談者の方ですね? ようこそ、異界対策課へ」

 

責任者として当然の敬語の対応すると、彼女は安心したようでホッと息をはく。

 

「あ、初めまして。 ユミィ・エル・クローベルといいます。 本日は相談に乗ってもらいありがとうございます……!」

 

彼女……ユミィは深々とお辞儀をする。 その瞬間に気付いた、この人……すずか並みだ……

 

(うわ……)

 

(圧倒的だよ……)

 

(ぐらまーと、とらんじすたぐらまー……)

 

(ル、ルーテシアちゃん? 私と見比べないで……)

 

(あんまり露骨に見ないの。 ちょっとレンヤ?)

 

「あの……?」

 

「(はっ……)と、とりあえず座って下さい。 まずは一通りお話を伺います」

 

アリサにジト目で注意され、訝しんでいるユミィに取り繕い気を取り直して話を伺った。 ユミィの相談、それはいわゆる脅迫状だった。 午前に話題になっていた新立会、そして今回運営兼司会を勤めることになったカリム・グラシアに向けての手紙、内容は新立会の中止の要求だった。

 

「ーー聞くところによると差出人はカリム自体に恨みはなく、新立会を中止にしたい、ただ今回運営を任されたカリムだった……と言うわけね」

 

「はい、だからカリムさんも任された責任もあってイタズラと思い無視してたんですが、不気味な文面で……私にはどうもそうは思わなくて。 それでとにかく管理局に相談してみようって」

 

「……脅迫状の現物はどこにあるの?」

 

「今はカリムさん本人が念のために持っています」

 

「なら、まずはその脅迫状を見る必要があるりますね」

 

そこで気が付いた。カリムと彼女の関係はどういうものなのか一応聞いておかないと。

 

「そういえば……ユミィさんと言いましたか。 ザンクト・ヒルデ魔法学院の生徒なのは分かりますが、やはりあなたも運営に協力を?」

 

「あ、ユミィでいいですよ、敬語もいいです。カリムさんは私の先輩でして。 カリムさんがか学生の時にお世話になってたんです。 その感 関係でお手伝いをと」

 

「! て、ああ!」

 

突然、アリシアが思い出したかのように大声を上げる。

 

「な、なによ突然」

 

「なんで気付かなかったんだろう、クローベル……あなた、もしかしてミゼット・クローベルのお孫さん⁉︎」

 

「ええっ⁉︎」

 

(コテン)

 

ルーテシアが驚いてイスを倒しながら立ち上がり、その勢いで肩に乗っていたガリューが転がり落ちる。

 

「あはは……おばあちゃんが有名なだけで私自身は大したことないですよ」

 

「ふふっ、そんなことないよ。 カリムに任されて手伝いるなんて、優秀な証拠だよ」

 

「ううっ……」

 

「はは……大体分かった。 ただ話を聞いてみるとカリム自身は、この件について乗り気ではないようだな?」

 

「ええ……今は発表者、観覧者の応対が激しくて。 無闇にこのことを公表すると新立会どころではなくなっていまうからって……特にその……航空武装隊は……」

 

「あー、なるほど」

 

「それで、カリムさんの知り合いでもあって皆さんに。 それならカリムさんも納得してくれると思いまして。 身勝手なのは重々承知していますが……」

 

俺達は基本的に異界関連の対応を目的としていて、その他の依頼は副次的な対応になっている。 そのためか進んで深刻な依頼は基本的に来ない、深刻でければ大量にくるが……

 

「あのレンヤさん、この依頼は当初の予定通り僕達だけでも受けさせて下さい」

 

「はい、私は引き受けたいです……!」

 

「まあ待て、もちろん引き受けるが先ずはカリムに会いに行く。 話を聞きてから任せるにしても遅くはない」

 

「そうね、それがいいわ」

 

「賛成〜!」

 

「私も引き受けるよ」

 

「というわけで、ユミィ。 脅迫状の件、異界対策課が引き受けるよ」

 

「あ、ありがとう! それでは私……一足先に学院に戻ります。 カリムさんには私の方で報告しておきますからいつ来ても大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「またね、ユミィさん」

 

ユミィは一言礼を言い、異界対策課を後にした。

 

「さてと……とりあえずザンクト・ヒルデ魔法学院に行ってみよう。 脅迫状を見せてもらわない事には始まらないしな」

 

「そうだね。 ただのイタズラの可能性もありそうだけど……」

 

「全員で行っても返って目立つわね……私とすずかは残るから、レンヤとアリシアで行ってきなさい」

 

「ソーマ君とサーシャちゃんをよろしくね」

 

「ええぇ⁉︎ わたしは⁉︎」

 

「あんたはお留守番よ、まだまだここでやる事は多いんだから」

 

「そんなぁ〜」

 

(ポンポン)

 

そんなルーテシアに苦笑いしながら、俺達は北部にあるザンクト・ヒルデ魔法学院に向かった。 こちらも授業は早めに終わったのか、生徒が何人か帰宅していた。 俺とアリシアは認識阻害の魔法のかかったメガネで騒ぎにならずに学院に入った。 どうやら新立会が行われる会場は変わってないらしく、うる覚えだったが会場に到着した。 中ではすでに準備が始まっているらしく、かなりの人が出入りしていた。

 

「すごい人ですね」

 

「前回は参加していた側だったから、こんな準備風景を見るのは初めてだよ」

 

「さて、カリムは……」

 

「ーーあ、レンヤさん! こっちです!」

 

ステージ前にユミィが手を振っていて、その隣にはカリムとシャッハが作業をしていた。

 

「2人とも久し振りだな、こっちの学院祭以来か」

 

「はい……此度はこのような事に巻き込んでしまい申し訳ございません」

 

「いいって、それが仕事なんだし」

 

(……レンヤさんって、本当に聖王様だったんだね)

 

(あんまりそんな雰囲気なくて親しみやすいし、実感ないけど)

 

ソーマとサーシャが何か言っているが、ここだと目立つので控え室に移動した。

 

「お2人とは初対面ですね。 初めまして、聖王教会・教会騎士団所属のカリム・グラシアです。 時空管理局理事官も兼任しているわ、以後よろしくね」

 

「私は修道女のシャッハ・ヌエラです」

 

「は、はい。 ソーマ・アルセイフです」

 

「サーシャ・エクリプスです。よ、よろしくお願いします」

 

「それで、その脅迫状というのは?」

 

「はい、こちらです」

 

渡されたのは一般的な手紙だ。 すでに封が切られており、中から文章の書かれた便箋を取り出し、3人も横から読んだ。

 

〈新立会ヲ中止セヨ。 サモナケレバ預言者二悲劇ガ振リ返ルダロウーーー空白〉

 

「これは……」

 

「新立会を中止せよ……さもなくば預言者に悲劇が振り返るだろうーーー空白」

 

「確かに脅迫文みたいですね」

 

「脅迫文というより嫌がらせと思いまして、文中通り私のレアスキルのせいでそう言った脅しなどは珍しくありませんし」

 

「騎士カリムの預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)は良くも悪くも管理局と言った組織に影響が出ますから、そう言った脅しめいた手紙はたびたび届きます。 ただ、今回は少しばかり気になることがありまして……」

 

「気になること……?」

 

「うんと……差出人ですか?」

 

「ええ、そうです。 今まで送られてきたのは無記名が殆どでしたが……」

 

「それが今回は“空白”という思わせぶりな名前が書かれていて……ただのイタズラとは違う感じがするんです……」

 

「………………」

 

今までとは毛色が違う脅迫状……同一犯が趣向を変えたか、または別の犯人かだな。 だが、この感じは……

 

「レンヤ?」

 

「いや……カリム達は、空白という名前に心当たりはないのか?」

 

「いえ、それが全く。 そもそも人の名前かすら」

 

「何かの暗号とか、そんな感じはするけど……」

 

「これと言って関連するものは何も」

 

「そのままの意味かもしれませんし、別の読み方もあるかもしれませんね」

 

なるほどね、サーシャが以前に使っていた月蝕(エクリプス)みたいな感じてことか。

 

「なら、それ以外の心当たりはある? 最近、誰かの恨みを買うような事があったりとか」

 

「そ、それは……」

 

「……まさかとは思いますが」

 

ユミィとシャッハが心当たりがあるように考え込む。

 

「えっと、まさかアレですか?」

 

「はい、つい先日にお会いした例の会長さんのことです」

 

「……あんまり思い出したくありませんけど……」

 

カリムにしては珍しく嫌そうな顔をする。

 

「その方というのは?」

 

「カクラフという……ちょっとユニークな老人のことです。 フェノール商会の会長らしいです」

 

「な……⁉︎」

 

「フェノール商会……!」

 

そこでその名前が出たことに俺達……とくにサーシャは驚いた。

 

「それって確か……」

 

「? 商会とは面識があったのですか?」

 

「いや、ちょっとな。 それでフェノール商会の会長とはどういった経緯で?」

 

「私のレアスキル……延いては騎士団の有用な運営を補助する提案など恩着せがましいことを言って来たんです」

 

「それは……」

 

「あり得なくないね、フェノール商会は各次元世界にコネクションを持っている。 有用な運営というのはあながち否定できないよ」

 

「そ、それで……その会長をどうしたのですか?」

 

「その……少し感に触ること言ってきたので……」

 

「……平手打ちをしてしまったのです」

 

口ごもったカリムの代わりにシャッハが内容を言った。

 

「ええっ⁉︎」

 

「マフィアのボス相手に怖いもの知らずだねぇ」

 

「そうなんです……私も気が気じゃなくて」

 

「私も驚きで固まりました……」

 

「カリムが平手打ちするほどだ、相手は相当無礼を働いたんだろう」

 

「はい……教会騎士団は時代遅れだの有用に使ってやるだのと言うのでつい……」

 

「ともかく、その時は周りの取り成しもあり何とか収まりましたが……」

 

「相手がその時の屈辱を忘れてない可能性はある……そういう事ですね」

 

「確かに脅迫状を出す動機にはなりそうですね」

 

「…………事情は大体理解した。 まずは幾つかの手掛かりを当たってみようと思う。 カリム、脅迫状はこのまま預かってもいいか?」

 

「ええ、構いません。 本当は皆さんに頼むのは心苦しですが、ユミィにこれ以上心配もかけたくありません。 どうかよろしくお願いします」

 

「カリムさん……」

 

「ああ、引き受けた」

 

この件を正式に受け、その後カリム達は会議があるとのことで別れた。 ユミィに見送られた後に一旦駐車場の自分達の車の前に集まった。

 

「あの……それでどうしますか?」

 

「内容によっては2人に任せるにつもりだったが……フェノールが出た以上そうもいかないな。 もちろん2人には引き続き協力してもらうが、どうする?」

 

「はい! 頑張ります」

 

「ご期待に応えられるよう、全力で行きます」

 

それで話はまとまり、次の行動に移すために全員で話し合った。

 

「手掛かりはフェノール商会、それと空白も手掛かりになりそうですね」

 

「ここは手っ取り早くフェノール商会に行ってみるのがいいんだけどねぇ……」

 

「わ、私は大丈夫です! むしろ顔見知りで何とかなりそうです!」

 

「サーシャ、あんまり無理はしないで」

 

サーシャは気丈に振る舞うが、動揺しているのは明白だ。

 

「行ってみるしかないか、フェノール商会に。 面倒を避けては何も進まないからな」

 

「別に何かするわけでもないし、ただ事情聴取するだけだからそれほど危険はないかな。 それに知っておきたいからね、レイヴンクロウと違ってあれだけの事をしでかしているのに捕まらずに釈放、堂々歩ける連中……どんな実態なのか掴めるかもしれない」

 

「はい、それでは行きましょう。 フェノール商会のビルは西部の開発区、そこの路地裏にあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決まったらさっそく車で西部、開発区に向かい。 路地の手前で降りて徒歩でフェノール商会の前まで来た。 まさしく路地裏のようで、陽の光は薄く、蛍光灯の光で明るくされているのが余計に暗闇を強く感じる。 商会前には見張りらしき黒スーツの男2人が会話していた。

 

(ここがフェノール商会……)

 

(ずいぶん怪しい路地だね……)

 

気付かれないように小声で話すが、男達がこっちに気づいた。

 

「なんだ、お前ら?」

 

「ここはガキ共が近寄るようなら場所じゃねえ。 さっさと失せやがれ」

 

「俺達は時空管理局、異界対策課の者です。 今日は捜査の一環でこちらに伺わせてもらいました」

 

「なっ⁉︎」

 

「管理局だと⁉︎」

 

男達は怒りの形相を浮かべ、いつ攻撃してもおかしくない状態になった。

 

「ちょっと聞きたい事があるの、会長さんに取り次いでくれないかな?」

 

「なにぃ……?」

 

「はっ、強いと思って調子に乗っているなぁ……ここは異界じゃねぇぜ、とっとと帰んな」

 

「いや、先ずは礼儀ってもんを教えねえとな」

 

(……なんか駄目みたいですよ?)

 

(……仕方ない。 退散するか……)

 

男達は全く聞く耳持たず、このままここにいるとさらに悪化することになる。 踵を返そうとした時、商会のビルの扉が開いた。

 

「ーー通してやれ」

 

中から豪胆な男性の声が聞こえ、出て来たのは2人とは違うスーツを着た巨漢が出てきた。

 

「わ、若頭……!」

 

「お、お疲れ様です!」

 

「おう、ご苦労」

 

(で、でかい……)

 

(軽く2メートルは超えるね)

 

(それに、この雰囲気……かなり強いです)

 

(………………)

 

男は目の前に来るとその大きさがはっきりと分かる。 そしてスーツの下に隠された筋肉が強さの証として浮き出ている。

 

「クク……お前らが管理局のガキ共か。 話には聞いていたが、やはり若いな」

 

「……異界対策課の神崎 蓮也です。あなたは……?」

 

「ゼアドール・スクラム。 フェノール商会の営業本部長を勤めている。 ククク……まあ若頭と呼ばれることの方が多いがなぁ」

 

「……………………」

 

まさかいきなり幹部クラスの大物が出てくるとは、たがこの人の心情はなんだ?

 

「ーー入れ。 話は俺が聞いてやる」

 

踵を返して後ろ向きでそう言うと、返答も聞かずにビルに入って行った。 ここで断ると返って危険だ、意を決して入ろうとする。

 

「……お通りしても?」

 

「……ああ、若頭がそう言うなら仕方ねぇ。 とっとと入りやがれ」

 

「くれぐれもあの人に無礼を働くなよ? 長生きしたいならな」

 

2人の物騒な助言をもらってビルの中に入れてもらい、正面にあった応接室に入った。 中は高級感のある部屋で、ゼアドールがソフィーにズッシリと座っていた。 ゼアドールは顎で横にあったソフィーを指し、俺達は両側に分かれて座った。

 

「それで、お忙しい異界対策課がウチになんのごようだ?」

 

「俺達はある案件を追っています、その過程でこちらに。 単刀直入に言います、あなた方フェノール商会はカリム・グラシアに脅迫状を送りましたか?」

 

「あん?」

 

「実はーー」

 

アリシアはゼアドールに詳細を説明した。

 

「クク、何かと思えばそんなことか」

 

「カリムがそちらの会長と先日揉め事があったと聞きましてね」

 

「会長が引っ叩かれたヤツか。 その時会長は酒が入っていた、提案もその場任せで覚えてもなかった、ほとんど記憶にもないらしい。 ともかくコッチは何の関わりもない話だ。 分かったか、坊主ども?」

 

「そうですか……念のために脅迫状の現物を確認してもらっても構いませんか?」

 

「いいだろう」

 

俺はゼアドールに脅迫状を渡した。ゼアドールは便箋を取り出して文書に目を通した。

 

「陳腐な文面だな。 確かに新立会を妨害したいようだが………ん?」

 

ゼアドールは突然目を吊り上げ、怪訝そうに便箋を見る。 何かに気付いたようだが、鼻を鳴らすとこちらに脅迫状を投げ返した。

 

「身に覚えがないな、それに脅迫状というよりはイタズラじゃないのか?」

 

「え……でも今ーー」

 

「ありがとうございます、捜査のご協力感謝します」

 

何か言い出しそうになったアリシアを手で制し、お礼を言いソフィーから立ち上がる。

 

「行こう、皆。 書き込みはこれで十分だ」

 

「は、はい……」

 

「………………」

 

「ふっ、なかなか肝が据わっているな」

 

「それはどうも」

 

鋭い視線を背に受けながら部屋を出て、そのまま何事もなくビルから離れた。

 

「ふーう、生きた心地がしませんでした」

 

「ありがとうレンヤ、危うく面倒なことになっていたよ」

 

「気にするな、アリシアの疑問も最もだったし」

 

「…………………」

 

そんな中、サーシャはまだ顔色が悪く、身を丸めている。

 

「サーシャ、大丈夫?」

 

「……はい、あの人とは以前面識があったのですが、どうやら覚えていなかったようで逆に気付かれないかドキドキしました……」

 

「あんな人を前にするなら仕方ないと思う。 僕でも勝てるかどうか……」

 

「真っ正面からぶつかりたくはないけど……どうやらフェノールには何か心当たりがありそうだね」

 

「脅迫状の件か。 どうやらこの件とは関係はなさそうだな」

 

「え、どうしてですか? 脅迫状を見て明らかに反応してましたよね?」

 

「ああ、間違いなく何かに気付いたんだ」

 

脅迫状を取り出し、便箋を開いた。

 

「恐らく、気付いたのは差出人の名前……これに反応したんだと思う」

 

「空白……もしかしてフェノールの関係者に?」

 

「いや、そんな態度じゃなかった。 知ってはいるが全く関係がないことを確信していた」

 

「あ……」

 

「確かにそんな素振りでしたね」

 

「フェノールと無関係でありながら強く意識している存在……そういう人物ということですか」

 

「空白ね………………あ」

 

考え込んでいたアリシアが何か思い出したように声を上げた。

 

「これ空白(イグニド)って読むんじゃない?」

 

「イグニド、ですか?」

 

「それなら聞いたことあります、どこからともなく現れた仕事人。 たびたび現れては奇怪な実験をするなんて噂されています」

 

「私もそんな感じ、まあ空白がイグニドって読める人が少ないからあんまり広がりにくいようだけど」

 

「だが、イグニドどそういう人物だとしても……いったいどこにいるのか……」

 

こういうことに詳しい人物なんて………いた。 だがあんまり気乗りしないなぁ。

 

「確証はないが、イグニドについて何か知っているかも知れない人物がいる。 行って見る価値はあるが、どうする?」

 

「私はいいよ」

 

「僕も大丈夫です」

 

「それで、その人物とは?」

 

「ちょうど知りたい事もできたしな。フェノールを強く意識している……つまり敵対もしくは対立している集団。ルーフェンの魔導師一団、ヘインダール教導傭兵団だ」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。