更識家長男はシスコンである。【完結】   作:イーベル

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前回のあらすじ

ピンチだった千冬の救援に入ることに成功した刃。
しかし彼の攻撃は無力化されてしまい、炎の一太刀が彼に迫る!


俺史上最大の無茶

 垂直に振り下ろされる炎剣。刀身の無い青天井で防ぐのは不可能。俺は、とっさにハイパーセンサーを起動。太刀筋を把握、両手を合わせて奴の剣を挟んだ。ジュっと、炭火で肉を焼いているような音が耳に付く。

 

 「グッ……!」

 「金属すら()()()()()この剣を白刃取りとはね……」

 

 余裕など無い。痛みに耐え、歯を食いしばり、ただ必死に挟み込む。少しでも緩めてしまえば体を一刀両断されてしまう。両手が上がってがら空きになった胴体を前蹴りで蹴飛ばされる。呼吸が一瞬途切れ、壁にぶち当てられた。

 

 「刃!」

 「カハッ……ゲホッ、ゲホッ……」

 

 口内を鉄の味で占拠される。咳き込んで気管に入りそうな赤い液体を吐き出す。今にも駆け寄ってきそうな千冬を左手で制す。唇に纏わりつくそれをシャツの袖で拭おうとして、右腕に鈍痛が走った。骨が折れたか。口元を拭わずに、フラフラと立ち上がる。

 

 「やはり、君は危険だ。僕らISにとっては最大の障害だ。でも弱点が無い訳じゃ無い」

 「俺の……弱点だと?」

 「一つ、君の身内を盾にすると後手に回らざるを得ない。これは多くの人間に対しても言えるけど、君の場合それが特に顕著に表れている。そしてもう一つ。君の刀は熱に弱いという事。銃弾はほぼ無制限に弾けても、レーザー等の高熱の物体に対しては相殺が一発が限界。なぜなら刀身が融けてしまうからね」

 

 この言葉で俺は確信する。刀身は消えたのでは無い。融けて、いや、蒸発してしまったと考えるべき。これから導き出される答えは、奴の体は『金属をも融かしてしまうほどの熱エネルギー』で覆われているという事……!

 これではどれだけ強く刀を振るおうとも奴の体に触れることは無い。その前に刀身が融けてしまうのだから。しかし、これで奴の弱点も割り出せる。それは……

 

 「宿主の体は人間だ。いつまでも熱に耐えられる訳じゃ無い。それだけのエネルギーだ、後二、三分もすれば自らの炎に体を焼かれることになるぞ」

 「その通り。僕は自分の弱点くらい把握しているさ。これはそこの織斑千冬が相手だから取った戦術。君には効果が薄い。さっきだって構わず攻撃してきたしね。だから……この体は捨てる」

 

 口が裂けるんじゃないかと思うほど口角を上げて、少女の身体は、糸の切れた操り人形の様に膝からゆっくりと崩れ落ちた。握られていた炎剣が独りでに浮き上がって粒子となる。そこには小さな金属球が残り、炎の光を浴びて鈍く輝いた。ISコアだ、それを炎が包み人型を成す。

 人が乗らない完全独立稼働、無人機の技術をここにきて使用してきた。それは、時間制限による勝利への道が閉ざされた事を意味していた。

 

 「これで、僕の弱点は消えた。肉体を捨てたことで時間制限も無い。これで君は僕を倒すことは出来ない」

 

 してやられた……! 俺の右腕は折れて使い物にならない。『荒天』で無理矢理動かしても刃が届くことは無い。そして時間制限という最後の勝ち目もむしり取られてしまった。

 

 どうすればいい?

 

 どう戦えば俺は勝てる?

 

 どう動けば束の依頼を果たせる?

 

 どうしたらクロエや簪、刀奈の期待に応えられる?

 

 ぐるぐると、足りない頭で解を模索しても導かれることは無かった。

 そんな時、炎で(かたど)られた人型が口を開く。さっきまでの女性の声ではなく青年の声だった。

 

 「ククククッ……悩んでいるね更識刃。無理もない、今の君はエラーのあるプログラムを実行し続けているような物さ。成功することは無い。でも、そんな君にチャンスをあげるよ」

 「チャンスだと?」

 「そう、チャンスさ。もし君が僕に体を貸してくれるって言うならこの場は手を引こう。そして今後一切君に関係する者に危害は加えない事を約束しようじゃないか」

 

 唐突に告げられた交換条件。この条件を鵜呑みにすれば、無事この場を収め、妹達を守ることが出来る。俺が……犠牲になりさえすれば。

 

 「本気で言っているのか?」

 「これでも君のことは高く買っているんだ。ここで殺すのは惜しい。これが終わったら僕の肉体として使いたいからね。信じられないならそれはそれで構わないよ。残念だけど、ここで死んでもらうだけのことだ」

 

 ここでこの交渉に乗らなければ待っているのは死。受ければ、たとえ意思が消えたとしても俺の体が妹や、俺と親しい人達の役に立てるのなら……。これ以上魅力的な提案は無いように思えた。

 

 「俺は――――――『待って!!』」

 

 頭に声が響き、雲ひとつないどこまでも広がる青空と同色の水平線に目の前の景色が塗りつぶされた。

 

 ▼▼▼

 

 訪れるのも三度目になるこの場所に、空色のドレスを着た女性。浜風に吹かれて腰まで伸びた彼女の黒髪が揺れた。腕を組んで仁王立ちをしている。見るからに不機嫌そうだ。

 

 「私は今怒っています」

 

 自分で言っちゃうのかよ……。その理由は分かり切ってはいるんだが、どうあがいても勝敗は覆らない。チェスや将棋でいう所の積み(チェックメイト)にはまったのだから。

 

 「はぁ……私はマスターの良い所はそんな現実主義者なところじゃなくて、無茶とも思える理想を描いて、それを実現してきたところだと思うよ。今はどう? やる前から諦めて、弱気になって、逃げてるだけじゃない。そんなのかっこ悪いよ」

 「かっこ悪い……?」

 「うん、かっこ悪い。カッコイイって妹達から言われたいんでしょ? だったらそんなんじゃダメ。こんな逆境ぐらい楽々飛び越えるぐらいじゃないと」

 

 俺が真似してきた『カッコイイ奴』はどんな時でも決して諦めなかった。家族思いの死神も、英霊になった農民も、ジーンズに金髪の侍や王になった魔物の子。彼らは大切なもの、譲れないものの為に最後まで戦い抜いた。

 それを見て俺は憧れた。その姿を目指したんだ。妹達にとって『最高にカッコイイ兄』でいられるように。今の俺はそうあれているだろうか……? それに相応しい姿でいれてるだろうか?

 

 「いや、そう考えている時点で駄目なんだろうな。たかだか勝ち目が無いぐらいで情けない。悪かったな青天井。おかげで覚悟が決まった。最後まで妹の為に戦う覚悟が。だから……お前の力全部貸してくれ」

 「最初っからそのつもり」

 

 そう言って控えめに笑うと、霧が晴れて行くかの様に視界が元に戻っていく。

 さあ、始めよう。『俺史上最大の無茶』を。

 

 ▼▼▼

 

 「どうした更識刃。怖気づいたか? 無理もない。君の人生で最も大きな選択だろう。五分待とうじゃないか」

 「――――――いや、その必要は無い」

 「そうか、おとなしく体を受け渡す気に「どちらも選ばない」……何?」

 「聞こえなかったか? どちらも選ばないって言ったんだ」

 「正気かい? 説明した通り君に勝ち目は無い事は十分理解できたはずだけど?」

 「常識的に考えればな。それを受け入れればこの騒動も収まるんだろう。でも、戦わずして負けたら『かっこ悪いお兄ちゃん』になっちまう。それはゴメンだね」

 

 腕輪に戻っていた青天井を再度展開する。メタルブルーの刀身は元通りに修復され、痛みが残る右手に収まった。切っ先を奴の顔面に突き付ける。

 

 「妹の為ならば不可能を可能に、(ゼロ)%を百%にして、俺は……勝つ!!」

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 




次回最終回。最終回+エピローグを一話にまとめるか、分けるかは検討中です。
最後まで楽しんでいただければ幸いです。

感想評価お待ちしております。ではまた次回!


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