更識家長男はシスコンである。【完結】   作:イーベル

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クロエの悩み

 空が白んできた。学園祭から数週間。体も順調に回復し、ロードワークでも痛みを感じることは無い。IS学園がある孤島を三周し終えると、額に滲んだ汗を首にかけていたタオルで拭った。

 目を細めて水平線の向こうの太陽を見つめる。幻想的な光景に俺は釘付けになっていた。

 

「今日も早いですね」

 

 振り返ると、誰もいないと思っていた場所に人が立っていた。彼女の透き通るような銀髪が浜風に揺れて、ドレスのスカートを両手で押さえた。てっきり寝ていると思っていたが早起きとは珍しい。どんな心境の変化だろうか? まあ悪くない変化だからとめたりはしないが……。

 

「おはようクロエ。今日は早いんだな」

「余計なお世話です。その気になれば何時にだって起きれます」

 

 頬を膨らませてそっぽを向いた。拗ねてしまったのかもしれない。だが、いつもは九時ごろに起床するので、俺からすれば説得力は欠片も感じられなかった。コンクリートの上を歩いて、クロエは隣に立った。

 

「――そうか、悪かったよ」

「分ればいいのです」

「それで二度寝はしないのか?」

「分かってないじゃないですか!」

 

 笑いながらからかう俺の肩を軽く(はた)いた。いつもの小競り合い。少し怒ったクロエを見て笑うのは、この一年で日課に近いものになっていた。

 

「少し、話をしませんか」

 

 ☆

 

 しばらく歩いて、海辺にあるベンチに座る。視線を動かすと自販機を見つけた。ポケットにあった小銭入れを取り出して、その前に歩き出す。俺のだけじゃなくってクロエの分も買ってやろう。そういえば前はココアを買ってやったっけ。

 

「なあ、クロエ。何が良い?」

「コーヒーが良いです。ブラックで、甘いココアは卒業したんです」

 

 クロエはすかしたようにそう言った。俺は自販機にコインを入れて、スイッチを連打する。ガコンと、音を立てて缶を吐き出した。缶を持ってクロエの隣に座る。

 

「ほら」

「ありがとうございます」

 

 ほぼ同時に開封して、一口飲む。缶コーヒーは微糖と言いつつ、かなり甘いと思う。もう少し苦みがある方が好みだが、頭を使う時は甘いものを取った方が良いと聞いたことがあるのでそちらを選択した。

 

「この苦み、やはりコーヒーはブラックが一番です」

「味わっているところ悪いがそれ、微糖だぞ」

「騙しましたね!」

 

 別に子供なんだから、背伸びする必要はないだろうに。面白くて、ついつい(いじ)り過ぎてしまった。クロエは話がしたいと言っていたな。

 

「それで話ってなんだ?」

 

 そう聞くとクロエは思い出したかのようにハッとなっていた。

 

「そうでした、聞きたいことがあったんです。刃様は、もうラボからいなくなってしまうのですか?」

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「いえ、刃様の目的は妹達のところに帰ることだったんですよね? だったら……」

「もうラボに用は無いってか?」

「――はい」

 

 成程……確かにそうだ。束のラボに居たのは、妹達に危害を加える可能性がある亡国機業(ファントムタスク)を潰すのに都合がいいからだ。妹達も乗っているISの暴走を知ってからは、その第一人者である束に協力してきた。前者はともかく、後者に至っては解決のメドは立ってきた。ラボに滞在する理由も薄くなってきたと言える。

 そんな心配をするなんて、もしかして……

 

「なんだ、俺がいなくなったら寂しいのか?」

「そ、そんなことはないです!」

 

 目を俺からそらす。図星か。当初あれだけ反発していたのに、随分と態度が軟化したものだ。

 

「そうだな、いずれは出て行く事になるさ。簪や刀奈に無事に再会できたし、帰る場所だってある」

「そう……ですか」

 

 言葉に詰まりながら、そう答えたクロエはうつむいてしまった。ラボで対等に口喧嘩やじゃれ合いが出来るのは俺だけと言ってもいいが、そこまで残念そうにしなくてもいいだろうに。別に今生の別れという訳でもない。

 

「でも最近、束にまた借りを作っちまってな。束次第(しだい)で、まだ世話になるかもしれない」

「本当ですか!? そうですか、ならいいのです」

 

 クロエは確認するように何度もうなずいている。もし犬のように尻尾があったのならきっと、激しく左右に振られていることだろう。機嫌が良くなったところで、別の話題を振ることにしよう。

 

「そういえば、クロエはなんかやりたいことは見つかったか?」

「やりたいこと、ですか」

 

 以前聞いた問いをもう一度繰り返す。クロエは少し考えた後に、こう口にした。

 

「束様の手伝いをしているうちに機械弄りが楽しくなりました。なのでその様な事をしたいと思います」

 

 束の影響をもろに受けてそっちの方向へ進んだか。俺の影響を受けるよりは遥かにマシか……。

 

「でも一年近く手伝っていますが、助手の域を出ません。私には才能が無いのでしょうか……」

「そんなことは無い。あいつの助手を務められる時点で世界で指折りの才能がある」

 

 そっち方面で俺は束が何を言っているのか理解不能だし、どんな研究者が来たってあいつと比べるとかすんでしまうだろう。クロエの悩みはある意味贅沢だと思う。

 

「お世辞でも嬉しいです。少し自信がついた気がします。ところで刃様は海の切断に成功しましたけど、次は何を目指すのですか?」

 

 何を目指すか、か。そう言われると悩むな。やりたいことは大方やりつくしてしまったように感じる。クロエに意見を仰いでみよう。

 

「クロエは何を目指せばいいと思う?」

「科学の電気分野を勉強してみるのがいいと思いますよ。せっかく『荒天』で電気が操れるんですから、これを利用しない手はありません」

「その話は止めてくれ……。聞くだけで頭痛がする」

 

 俺は学生時代を思い出して頭を抱えた。

 

 

 

 




という訳でクロエ回でした。

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