更識家長男はシスコンである。【完結】   作:イーベル

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好敵手

「そこまで!!」

 

 道場の床に倒れ込む。息が切れて腹部が膨らんではしぼむ事を繰り返す。対照的に目の前の対戦相手は呼吸は整ったままで俺を見下ろす。

 早朝の道場でいつもより早く目が覚めた俺は廊下で偶然刃さんに会い、手合わせを申し込んだ。結果は見ての通り惨敗。最初の方は竹刀一本で相手をしていたが、その途中にランニングを済ませた千冬姉が合流し、「二刀流は使わないのか」と聞いたことでそちらに変更。遊ばれているのは分かるのだが、手も足も出なかった。

 

「もうへばったのか一夏君?」

「いえ……まだまだ行けます!」

「その辺にしておけ一夏。お前にはこの人の相手はまだ早い」

 

 そう言ってタオルを顔にかけられる。反論したいところだが千冬姉のいうことも正論だ。実際に手合わせしてみて格が違うことは明確。同じ刀剣使いとして新たなステージを見れたのは大きい収穫だった。

 

「全く……お世辞が上手いね千冬さんは」

「千冬で良い。あなたも年は大して変わらないだろう?」

「なら俺も刃で構わん、楯無だとややこしいからな」

 

 楯無さんもとい刃さんは、持っていた竹刀を投げて千冬姉に渡した。戸惑いながらもそれを見事に千冬姉はキャッチ。

 

「時間も余っているし、一試合いかがかな?」

「そうだな……喜んで受けさせて頂こう」

 

 白いビニールテープが張ってある位置に向かい合うように立ち、竹刀を構える。空気がビリビリとした緊張感を醸し出す。

 

「ルールは目潰しと金的は危ないから無し、それと場外無しだな。勝利条件は……」

「有効打を決めたらで良いだろう」

「それで行こう。じゃあ一夏君、開始の合図を頼む」

「は、はい!」

 

 ちょうど中間の位置に移動して二人を改めて見る。千冬姉は世界最強の元IS操縦者、生身でも身体能力は高く、ラウラの機体をブレードで止めていた。片や、刃さんは竹刀でISに乗った俺達を圧倒したのは記憶に新しい。まさに頂上決戦と言っても過言ではない。

 

「始め!」

 

 俺の合図で戦いの火蓋は切られた。

 

 

 ▼▼▼

 

 

 その後、繰り広げられた戦いは常人の理解を遥かに凌駕していた。

 

 例えば…

 ◦太刀筋が分裂するのは当たり前。

 ◦それどころか戦っている本人たちが分身して「馬鹿め、それは残像だ」合戦。

 ◦瞬間移動にしか見えない移動。

 ◦竹刀での鍔迫(つばぜ)り合いなのに何故か火花が散る、ついでに衝撃波。

 ◦室内なのに時折暴風が発生。

 ◦武器破壊は基本、折れた竹刀で敵の竹刀を切断する。

 

 今は折れた竹刀を捨てて、素手での組手になっている。後ろにある道場の扉が開けられ、ガラガラという音を立てた。振り返ると箒が入ってきていた。

 

「おお、早いな一夏! こんなに朝早くから鍛錬とは感心したぞ! 今日も精一杯特訓を……」

 

 どうやら箒もこの室内で繰り広げられている。超人同士の戦いに気が付いたらしい。

 

「一夏、一つ聞かせてくれ……何が起こっている」

「(人外同士の)組手だ。危険だからこの線から先は入らないようにしろよ」

「組手……だと……これで?」

「ああ、本人達がそう言っている以上組手なんだ」

 

 そう組手だ。例え室内戦争に見えようと、超常現象に見えようとも、これはKUMITEだ。

 

 ☆

 

 竹刀が渡され、指定の位置に移動する。かつて、私は自分より上の力量を持つ相手は居ないと思っていた。剣道の試合では負けなし、年上の相手にも後れを取ることは無かった。だが、一人の男によってその考えは覆された。格が違う。勝てる気がしない。そう思えるほどに……。

 今思えばあの時私はあの剣技に心奪われていた。挑む事すら叶わなかった相手にようやく挑める。

 

 ルールを決め後は一夏の合図を待つのみ。

 

「ついてこれるか?千冬」

「フッ……追い越してしまうかもしれんな」

「成程な。良い目をしている。なら追い越されないように最初からトップギアだ」

 

 竹刀を地面と水平に、背中を見せるようにして構える。あれはたしか斬撃を同時に放つときの構えだったな。

 

「始め!!」

 

 合図とともに走り出す。奴の間合いに入った瞬間竹刀が揺れ、分裂した。

 

「秘剣――燕返し!」

 

 囲むようにして放たれた斬撃。回避不可、そう思えるこの技だが…対抗手段が無い訳ではない。要するに私も同じように竹刀を打ち込めばいいだけだ。

 

 竹刀を強く握り、太刀筋を凝視して同じように三方向同時に竹刀を振るった。

 

「燕返し破れたり。貰った!」

 

 燕返しを破られ、斬撃を弾かれた相手はここから防御することは出来まい。竹刀を頭上から振り下ろす。追い詰められたこの状況でも奴は笑っていた。

 

「ククククッ……。想像以上だ。だが……残像だ」

 

 背後に回っていた。今度は奴が真上から竹刀が振り下ろされる。横に転がって避けた。

 顔を上げるともう一度振り下ろされた竹刀が迫っていた。竹刀を横にして受け止めた。重い一太刀。腕が痺れる。

 

 押し返して再び立ち上がり向かい合う。

 

「久しぶりだ……ここまで楽しいのは」

「俺もだ」

「そうか……!」

 

 それからも戦いは続き、竹刀が折れても続き。チャイムが鳴るまで続いた。

 

 時間を忘れて勝負に没頭していた。それだけ私はこの瞬間を楽しんでいた。こんな好敵手(ライバル)がずっと…欲しかったんだ。

 

 

 

 




運動部にいた経験からしてスポーツって競う相手がいないとモチベが上がらないと思うんですよね。だからきっと圧倒的な強さを持つ千冬さんはきっとそういう相手が欲しかったと思うんです。そんな妄想をしながら今回は書いてみました。

ちなみに、燕返しの派生技がいくつか出ましたが本家がでるのは実は初だったりします。

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