「通りすがりのお兄ちゃんだ!!」
突然姿を現したそいつは四か月ほど前に襲撃してきたジンという男だった。ヘルメットはしておらず、はみ出していた藍色の髪は完全に見えている。振り返れば素顔を見ることもできるだろう。
そして……俺を助けに来てくれた簪さんの様子からして間違いなく二年前に俺を助けに来てくれた人。
まさか楯無さんと同一人物だったなんて……今思えば共通点は多く、絞り込める情報もあった。鈴や箒がよく俺に鈍いと言うのも分かった気がする。
「まさか、生きていたとはなぁ……更識楯無!」
「覚えていたようでなによりだ……アラクネ。俺の妹が随分と世話になったみたいだな」
「ハッ、お前に比べれば遊びみたいなもんだったぜ。それでお前にリベンジできるのは嬉しいがな」
オータムは口角を上げて、邪悪な笑みを浮かべて笑う。それと対照的に俺たちの正面に立っている楯無さんは静まり返っている。張りつめたピアノ線のように空気がピリピリしてきた。
「リベンジ? 馬鹿言うなよ、これからやるのは
―――モード『荒天』
そう宣言すると、刀身が黒くなって電気を帯びる。楯無さんの髪は少し逆立ち、スパークがパチパチと音を立てた。
姿が一瞬にして消える。敵の真正面から切りかかっているのをなんとかハイパーセンサーで感知できた。でも真正面じゃあの網の餌食になってしまう。俺は思わず叫んだ。
「危ない楯無さん!!」
横にステップして、真正面からの直撃は避けたけど、刀を持っていた腕に蜘蛛の糸が絡まる。遅かったか……。
「お前にはこの糸はまだ見せていなかったよなぁ! 真正面から突っ込んでくるんじゃそこのガキとやってること一緒だぜ」
「馬鹿だな……お前。ISを拘束できたからって、この俺を捕まえられるとは限らないんだぜ」
腕に付いた糸を綱引きみたいに引っ張って、オータムを目の前まで引き寄せる。持っていた刀は粒子化して消えていた。右手でオータムの頭部を掴む。
「第一の術―――ザケル!!」
電撃の束が手の平から放出されてオータムを壁まで吹き飛ばし、枷になっていた糸を同時に焼き払った。いや……二年前、ISと並走していた時点でおかしいと思っていたけれど、もはやあの人は魔物の域に到達してるのかもしれない。そう思っていると後ろに隠れていた簪さんが呟いた。
「相変わらずお兄ちゃんは滅茶苦茶だ……」
「昔っからあんな感じなのか?」
「そう……だね。お兄ちゃんは常識から外れていると思っていい……。常識で考えるとついて行けなくなる……」
それを聞いて俺はあまり深く考えない事にした。楯無さんの警戒は緩まっておらず、視線は崩れ、積み上げられたロッカーの山に向けられていた。そこから這い出てきたオータムの頭部の装甲は跡形もなく壊されており、素顔が明らかになっている。さっきと違い表情に余裕はない。
「へぇ……。やっぱり便利なもんだな絶対防御ってのは」
「くそったれ……そんな隠し玉持ってやがったのか」
「こんなものを隠し玉とは言わん。……放出も可能みたいだな。実験にご協力感謝する」
楯無さんは手をグーとパーに交互に変えながらそう言った。まさかあの威力で付け焼き刃だったのか……? やっぱり格が違う。千冬姉クラスの桁違いだ。
オータムが銃を乱射しそれの合間を縫って接近、そして刀を実体化させた。抜き身ではなく鞘に収まっている。
「秘剣―――
抜刀した次の瞬間、副腕はもちろん、オータムの装甲は粉々に砕け散った。遠くから見ていた俺でも完全に捉えることは出来なかった。至近距離で実際に技を受けたオータムには何が起こったのか分からないだろう。俺には刀が無数に分かれて切り裂いたように見えた。
「隠し玉ってのはこういうのを言うんだよ」
「な、何をしやがった!?」
「何って…見えなかったのか?ただ単に
当たり前に、さも当然のように淡々とそう言った。
「だが……斬撃を増やし過ぎると一発一発が軽くなるみたいだな。絶対防御を貫通出来なかった」
「くっ……」
よわよわしく座り込むオータムに一歩一歩近づいていく。刀を消して、手の平をオータムに向けて構える。またあれをやるつもりみたいだ。手に電気が収束していく。
「お前を一片たりともこの世に残すつもりはない。今度はありったけをぶち込む」
楯無さんは殺すつもりなのか…いくら悪人だからと言ってそれは…
「楯無さん! それ以上はもうやめてください!!」
気がついたらもう口が動いていた。俺はこの人を止めなきゃいけない! 助けてもらったからにはこの人が道を外れるのを止めなければ!!
「……どうしてそんな事を言えるんだ君は。二度に渡って君はこいつに殺されかかっていただろう」
「たとえ相手がどんなに憎い
「構わない。二年…二年だ。死んだことにしておけば妹達にも危害は行かないと信じて、俺は姿を隠した。それでもこいつは……! 偶然とはいえ妹を見つけたら手を挙げて……! 殺しかけたんだぞ……! それでも君は俺を止めるか……!!」
言い返せなかった。俺も千冬姉に同じことをされたらと思うと……こんな事はきれいごとだと切って捨てただろう。駄目だ……俺はどうしたら楯無さんを止められる?
俺の後ろに隠れていた簪さんが楯無さんの方に駆け寄っていく。引き留めようとしたが俺の手足はまだ糸によって拘束されており、それが出来なかった。
「もういい、お兄ちゃん……私もお姉ちゃんも、そんな事……望んでない。私達はただ、帰ってきてくれればそれでいいの。もう……止めてよこんな事」
後ろから楯無さんの腰に抱き着いてそう言った。声が震えていて、とても悲しげだった。楯無さんは簪さんの表情を見て、顔を歪ませた。歯を食いしばり、オータムの頭上に向けて電撃を放出させた。壁に穴が開いて、薄暗いロッカールームに日が差す。
「……悪かったな簪。お前たちの気持ちを考えて無かった。これじゃ兄ちゃん失格だ」
楯無さんは手を下げると、そっと簪さんの頭を撫でた。その表情は、破裂寸前の風船がしぼんでしまったようにも感じられた。
没ネタ
シスコン「なあ、レールガンって知ってるか?」