更識家長男はシスコンである。【完結】   作:イーベル

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剣撃対決決着

 切り裂かれた海水がシャワーのように俺に降り注ぐ。海水浴をした後のように体はずぶ濡れだ。

 テンペスタが振り返る。距離は526メートル。ハイパーセンサーがそう観測した。便利なものだ。

 海水を含んだ砂利を蹴ると、バチバチと再び体に電気が走った。長時間正座をしたかのように痺れる。だが、そのおかげで痛みは活動できる程度には和らいでいた。

 

 二秒とかからず間合いを詰めて刃を振りかざす。敵は受け止めるかと思いきや一歩引き、姿を消した。裂けていた海に海水が流れ込み、元通りになる。

 いや、おかしい。ISで最高加速速度を誇るのはアメリカの『ファング・クエイク』。速度を維持し続けることが可能かどうかは別にして、消えるように錯覚するほどの加速ではPICがあるとはいえパイロットの肉体が持たない。つまり、別の方法でその様に見せかけている…?

 

 わずかに()()()()()、ハイパーセンサーがそれを察知した。振り返らずにその一太刀を受け止める。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 戸惑った声が聞こえた。回し蹴りで胴体を捉える。手ごたえあり、完璧にヒットした。先ほどの俺のように海に突き飛ばされる。が、沈むことなく空中に停止した。

 

「見られた……? いや、そんなはずは…」

 

 小さい声であったが確かに聞こえた。成程な。見破ったぞ、その小細工。

 水面を走り抜ける。混乱した敵に逃げる隙を与えない。刀同士が衝突し、つばぜり合いになる。

 

「押し負けているのか、ありえない……!?」

「いい言葉を教えてやる。『ありえないなんて事はありえない』……だ」

 

 押して弾き飛ばすと、鞘を呼び出し刀を納める。敵は姿こそ見えているが、はるか上空を飛んでいた。

 水面を蹴る。グングンと高度を上げて近づくがあともう一伸び足りない。重力が俺を捕らえて、水中に再び突き落とそうとしてくる。

 

 だから今度は水ではなく、空気を踏みしめる。電気によって活性化された筋肉が虚空を蹴った。所詮、二段ジャンプってやつだ。

 下から切り上げるように抜刀する。

 

 更識流剣術、抜刀―――『一文字』!

 

 鞘から加速させて、力いっぱい振りぬく。シールドバリアを貫通、更に絶対防御を超える。シールドエネルギーを削り取り、ISスーツに赤い直線を引いた。赤い滴が頬にこびりつく。

 バチバチと帯電していた電気は弱まり、刀身も黒から元の青色。痛みが戻ってくる。顔をしかめた。

 

 テンペスタが解除されてツインテールの女性が放り出される。何とかしないと…この高度から叩き落されるのは危険だ。もう一度虚空を蹴ろうと力を入れたが、空振りする。

 

「あ……れ?」

 

 視界がかすむ、ピントが合わなくなった。体が凍り付いてしまったように動かない。くそったれ…生き残れたが、これじゃあ先も長くない。どうする? こうしている間にも下に落ち続けている。何かないか。……何か、解決策は。

 

「大丈夫ですか? ボロぞ…刃様」

「今、ボロ雑巾って言おうとしたな! ってクロエか!? ……いってぇ」

 

 黒鍵を展開して空中を飛んでいたクロエがそこにいた。喋ったら痛みが走った。

 

「ええ、あまりにも苦戦しているようなので応援に来ましたが……決着はついたようなので私は帰りますね。では……」

「いや助けろよ! いえ助けて下さい!」

「そこまで言うならしょうがないですね」

 

 クロエはジョセフターフと俺を米俵みたく肩に担ぐと、空中にあるラボに引き上げていった。

 

 

 ☆

 

 

 モニターで戦闘のログを確認する。改めて人類の頂上決戦を目の当たりにする。そしてやっくんが発動した機能を確認した。

 

 モード『荒天』

 

 肉体に電気を送り、全身の筋組織を活性化、運動能力を大幅に強化させる。シンプルにして強力な能力。彼の身体能力は元々常軌を逸している。これが使いこなせれば鬼に金棒だ。

 だが、反動も大きい。ズタズタだった彼の体がそれを物語っていた。無理やり元々の能力以上の力を引き出すのだ。その程度のリスクは仕様が無いだろう。

 

「やっくんさ~無茶しすぎ」

「分かってる…俺は図に乗っていた。IS最強の称号を持つ奴がこれほどとは思わなかった。まだまだだな俺も」

 

 正面では所々に包帯を巻いた彼が椅子に座っている。珍しく不貞腐(ふてくさ)れた様子だった。

 

「それとあれ、しばらく使わない方が良いよ」

「どうしてだ?」

「神経がズタズタになって体が動かなくなってもいいっていうなら使ってもいいよ?」

 

 今でさえボロボロなのに更に負荷をかけるとそのくらいは覚悟してもらわないと。忠告をすると私は意地悪く笑みを浮かべた。

 

「わかった、約束する」

「物分かりが良いのは助かるよ」

 

 やっくんにはまだまだ頑張ってもらわなきゃ困るからね。そのためにきっちりと今は休んでもらわなきゃ。

 診察を終えると彼はよろよろと立ち上がった。

 

「俺はそろそろ治療室に戻る」

「肩貸すよ?」

「いや、いい」

「まあまあ~そう言わずに…」

 

 断られたけれど肩を入れて楽に歩行を補助してあげると、彼は不快そうに顔をしかめた。

 

「いいって言っただろう」

「ドクターが必要だと判断しました~患者の意見は聞いてません」

「随分横暴なドクターだな……わかったよ好きにしろ」

 

 覗き込んだ横顔は呆れながらも優しく微笑んでいた。

 




オリジナル機体紹介
『青天井』
専用武器ではなく専用機であったことが発覚した機体。破損しても一度待機状態に戻せば修復される能力を持つ。また、荒天モードにすることで肉体を帯電させ、身体能力を強化できることが発覚している。
持ち主の刃の適正ランクがE+相当であるため、部分展開のみしかできないのが欠点。


感想評価等お待ちしております。

では…

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