『九頭龍閃』
発動を許してしまえば回避、防御共に不可能な剣術。振り返る間に発動を許してしまった。だがあくまで完全回避、完全防御が不可能。それだけの事だ。
致命傷を除き、あえて数発貰う。
壱、上段切り降ろし。これは貰っていい。束のヘルメットが命を最低限保証してくれる。脳が揺れた。まだ……意識を飛ばすな。耐えろ。ヘルメットのバイザーにヒビが入った。
弐、右肩からの振り落ろし。これはだめだ、右腕を飛ばされたら刀が握れない。
参、右薙ぎ。今の行動で回避、防御共に不可能。胴に刀が入る。束のスーツでも勢いを殺しきれず肌を割いた。痛みに表情が歪む。だがこれで正面での向かい合う体制に戻れた。
突進の威力を利用できないので威力は半減。だが……致命傷を避けるのには十分な威力を出せる自信はある。
「飛天御剣流―――九頭龍閃!」
途中の
左腕をジョセフターフの刀が貫く。
「ぐっ!?」
胴体を右足で蹴り、離脱。スーツが鮮血に染まった。ヘルメットにさらにヒビが入り蜘蛛の巣のように広がった。これでは使い物にならない。ヘルメットを右手で投げ捨て、ガシャンっと音を立てて壊れた。素顔が露わになる。
「躱したな……」
躱した……か。完全に出し抜かれ、左腕も形こそ残っているが、この戦闘ではもう自由に使うことは出来ないだろう。
『青天井』の機能が功を制した。『晴天』のままならば無手になり、九頭龍閃を防ぐことは敵わなかった。
『青天井』の『晴天』との違いは刀身の重量と耐久度の向上だけではない。それだけならば凡人にだってできる。束が青天井に施した機能は『壊れた本体を更に分解しもう一度作り直すこと』。そうすることで、絶対に壊れない刀は無理でも、壊れても何回でも元通りになる刀が完成されたのだ。
「ここまで手痛い傷を負わせておいて、よくそんな風に悔し気に言えるな」
「それはそうだ、あの千冬ですら沈められる自信があった」
俺と違い、最初から見えていた顔。ギリっと歯を食いしばった。
「千冬に勝ち逃げを食らったままでは私は前に進めない……。それまではどこぞの馬の骨か分からん奴には負けられない!」
「たいそうな心意気だが、俺だって負けられないのさ。お前を倒し、
「今なら見逃してやる。武器を置いて降参しろ、一方的な暴力は趣味じゃない」
「その言葉、そのままそっくり返してやるよ」
刀を前に突き出してそう答える。ジョセフターフは目を閉じてから見開くと
「分かった…後悔するなよ」
彼女の眼光が一段と鋭くなる。持っていた鞘に高速で納刀した。
「
鍔鳴りによる音の攻撃。超音波が空気中に充満して聴覚が著しく鈍る。耳鳴りが酷い。
だが刃は交わることなく、そのまますれ違うかのように後ろに回った。
「
振り返り、抜刀による一撃を受け止める。そこに迫る抜刀の勢いを利用した鞘による二撃目。バックステップで避けようするが、足を踏まれてそれは許されない。
胴に完璧に鞘の打撃が入る。内臓のダメージが酷い。口の中に鉄の味のする液体が駆け上って来た。それを吐き出さずに飲み込む。ドロッとした喉越しで最悪な味わいだ。
その間に彼女が持っていた刀は腕に取り付けるタイプの光学兵器に変わっている。
「
至近距離で合された標準は俺の顔面だった。しゃがんで回避すると尾を引く髪がチリチリと燃えていた。顔でなくて良かったと安堵したのも
遠心力を利用して悪あがきと言わんばかりにナイフを投合しようとするが、目標は雲隠れしてまたしても姿を捉えられなかった。
出鱈目にナイフを砂浜に放り投げた。
回転が弱まり、ドボンと水柱を立てて海に落ちる。傷口に海水が染みてズキズキと痛む。指一本と動かせる気がしない。口から赤い物が漏れ出す。やっぱりさっきのは血液だった。
くそ……死にたくない。こんなところで……。俺はまだ……刀奈達に会えて無いってのに……。
想いとは裏腹に、俺の意識と体は逆らわず、ゆっくりと沈んでいった…。
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