「――――来たな」
海水をかき分けて一隻のボートが後を追ってくる。彼の手には既に武器が握られている。両手にナイフを逆手に持って、背中を向けていたが私を敵にさらされないようにバック走に切り替えた。
船頭にサブマシンガンを持った男がそれぞれ立つと私達に鉛の雨を掃射した。発砲音が誰もいない海上に鳴り響く。
彼はフッと息を吐いてナイフで銃弾を弾きながらも足をボートに進める。寸分の狂いもない機械のように、獣を凌駕する俊敏さを持って、それを繰り返す。……だが何発かは逸らしきれずにスーツを掠める。私を庇っているから完全に防ぎ切れないんだ。
そして船まで約10メートル、男に向けてナイフを一つ放り投げる。男はそれを銃を盾にして防ぐ。水面を蹴って船に乗り込む。反応している男は今度は足技で抵抗するが紙一重のタイミングで空いた右腕を盾にしてうけとめて、反対の手に残っていたナイフを躊躇なくその脚に突き刺した。痛みに耐えかねて力が緩んだ男を海に突き落とした。
「ハァ…ハァ…ハァ……こんなんで息が上がるとは情けねぇ。そんなんじゃ簪に忍者名乗ったの嘘だって言われちまう。小学一年生には夢を見せてやらなきゃ……」
額の汗を余らせていた袖で拭う。気にしている余裕が無かったから分からなかったけど最初に比べると肌に触れている部分が熱くなっている。
「大丈夫ですか?」
思わず声を掛けた。彼のこれまでの動きは明らかに人間のキャパシティーを超えている。いつガタが来てもおかしくない。
「依頼人にまで心配されるとは落ちたもんだ。安心しろ、もう遅れは取らない」
そう言われて自分が他人を心配していたことに気が付く。なぜだろうか。数日過ごしたこの男に情が移ったのだろうか。妹はともかく親にだってそんなことは無かったのに……。
味方がやられたのを察知したのか、ドタバタと数人の足音が聞こえる。それを聞いた彼は憎らし気にこうつぶやく。
「本当に面倒だな――――全員まとめて、沈んでしまえ」
彼は大きく息を吸って、何回か軽くジャンプすると甲板を蹴り垂直飛びした。押し付けられた力に耐え切れず船体が傾き、転覆する様を空中で見届けた。中にいた人はもれなく水中牢獄に閉じ込められてしまった。船底に着地する。私を背中から降ろすとポケットから携帯を取り出して慣れた手つきで電話を掛ける。
「もしもし、山田か?俺だ。親父にボートで沖合に迎えに来いって伝えてくれるか。ああ
連絡を取り終えてパタンと二つに折った。
「…これで仕事も終わりだ。怪我はないか?」
「……はい。問題ありません」
急に聞かれたので驚き、冗談を言う余裕はなく、そう素っ気無く答えてしまった。ちーちゃんにも言われたがこの距離感を置く話し方が友達がほぼいない最たる原因なのだ。現に彼にも面倒くさいと言われた。
何とかして打破しなければ……でもどうすれば―――そうだ。
「いや…私よりも『やっくん』は大丈夫?」
ちーちゃんと接しているときのようにあだ名で呼ぼう。多少は親近感が沸くはずだ。単純だけど刃だからやっくんにした。
「俺のことか? そのやっくんってのは?」
「駄目ですか?」
「どうも性に合わないから却下だ」
「ところでやっくんはさ………ロリコンなの?さっき土壇場で小学一年の簪って口走ってたけど」
「俺の意思は無視かよ…まあいいあとで修正しろ。それと簪は一番下の妹だよ。これがまた可愛いんだ、世界一だね」
鋭い目つきになった後、頬を緩めてそう答えた。今まで話したどの話題よりも彼の口は回った。彼もまた私やちーちゃんと同じように妹や弟を溺愛しているのだろうと思った。
それから帰りの船ではお互いの妹達について話したりして盛り上がった。誕生日には何をあげようか悩んでいるとか、可愛い仕草だとか。島に着くころには意気投合していた。
これが彼との出会い。ちーちゃんの他に初めて気の置けない友人が出来たのだった。
▼▼▼
最後の的も中央を射抜かれて砕け散る。西部劇に出てくるガンマンのようにクルクルと銃を回してからホルスターに収めた。
「こんなものか」
「―――意外でした。剣を振るうだけしか能がないのかと思いましたが。そうでは無いのですね」
「でしょでしょ~やっくんは芸達者なんだよ~」
驚きが隠せずにくーちゃんは目を見開く。面白い所が見れたので見学させたのは正解だった。
「ハァ、別に見世物としてやっている訳じゃないぞ」
呆れながらこっちに近づき隣の椅子に座る。はい、と冷えた飲み物を入れた容器を渡し彼は一気にその中身を空にした。
「他にはどのような武器が使えるのでしょうか? 気になります」
くーちゃんは興味津々といった様子で尋ねる。
「リクエストに応えていろいろやったな……トンファー、鎖鎌、ワイヤー、鉄扇、ヨーヨーにチェーンハンマー……」
「刃様はすごいですね。出来ないことはないように感じます……」
「そんなことはない。悔しいが流石にトランプで戦うのは無理だった」
やっくんは悔しそうな顔で拳を強く握る。
このときくーちゃんと私の心はきっと一つだっただろう。
やる前に気が付けよ、と。
感想評価等お待ちしております。