更識家長男はシスコンである。【完結】   作:イーベル

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繰り出される牙

 金属の壁に囲まれた薄暗い通路、彼は渡されたスコープをのぞき込み、張り巡らせられたレーザ感知器に()()()()()()()進んでいた。

 警報音が通路に鳴り響き警戒を促すが、我関さずといった様子だ。それも今回の目的が侵入後の暗殺ではなく力を見せつけることによる脅しだからだ。本来彼の本業は前者であるが、この襲撃は他の組織へのけん制も兼ねているため後者の作戦になった。

 

 やがて突き当りにある鋼鉄の扉にたどり着く。外界からの侵入を拒絶する門の横にはナンバーキーとカメラが設置されており、突破するには正しいパスワード、更には網膜認証が必要なのだろう。

 

「束さんが解除しようか?」

 多機能型インカムから協力者が語り掛ける。

「問題ない、任せてくれ」

 そう助けを断ると、扉に近づきノックする。

「厚さ二メートルといったところか……」

 右手首に付けた腕輪に触れる。白を主体に、斜めに水色のラインが入っているそれは輝きながら崩れて、日本刀となって右手に収まった。鞘に収まったまま腰の横の高さに持ってくる。

 更識流剣術、抜刀―――『さいの目切り』

 青みがかった刃が鞘から姿を現し、行く先を阻む壁を粉々に切断した。欠片は全てサイコロのように均一な立方体になっていた。

「やっくん流石だね~ハッキングするより楽でいいや」

「だろう? 見せつけるならこのぐらい派手にやらなきゃな」

「それよりどう? 『青天井(あおてんじょう)』の使い心地は?」

 

『青天井』、それがこの刀の名だ。破壊された『晴天』を束がISの戦闘に耐えられるように修復、改造したものである。重量を増やし、耐久度と一撃ごとの威力の向上に重点を置いた専用機ならぬ専用武器。

 ISの使えない俺の武器はもとよりこの一振りのみだ。

 

「かなり良いな。まあ……『晴天』が姿を変えた物なのだから当然か」

「気に入ってくれたようで何よりだよ。自信作だったからね、安心したよ」

 安心したように天災はふぅ、と一息つく。

 

 だがそれもつかの間、声色が凍り付く。

 

「やっくん! 何かが来る!!」

 

 その何かがどこから来るのか彼には判断がつかず、対応が遅れる。

 目の前には黒い人形。そいつの顔はのっぺらぼう、目もなければ口もない。辛うじて鼻がある程度、それが顔であることを分からせてくれた。

 

 顔に横薙ぎに振るわれた直剣。洗練された動きで人形は彼の命を絶ちに来た。

 先ほどの束の忠告により神経を研ぎ澄ましていたこともあり、上半身を後ろにそらし、何とか回避に成功する。この半年で肩まで伸びた藍色の髪が切り裂かれ、パラパラと床に落ちていく。

 青天井を元の腕輪に戻し、そのままバク転で距離を取った。

 

 改めてそいつを観察する。全身真っ黒で一本の刀を両腕で握っている。その姿はまるで―――

 

「織斑……千冬――?」

 

 そう、半年前にモンドグロッソで歓声を集めていた彼女に瓜二つだったのだ。

 

「――やっくん。これがどうやらVTシステムの正体みたいだよ」

 よく考えてみると突入前に聞いていた特徴であるヴァルキリーの模倣。まさか全身を覆い、容姿まで模倣するとはな…。

「つまり、こいつを倒せば任務は完了というわけか」

 

 再び刀を実体化させて鞘から抜き走り出す。一瞬のうちに互いの間合いを詰めて黒の刀と青い刃が衝突し空気を震わせた。一進一退の攻防。鋭く鋭利な剣撃は一手一撃、その全てが常人には見ることさえ許されない極致。

 

 今度は上からの振り下ろし、剣道で言うところの「面」の動き。本来ならば刃を横に構え受け止めるところだが、彼はここにきて刀を腕輪に戻し一歩踏み込んだ。

 

「はぁ!!」

 

 気合を込めて拳を胴体に叩き込む。拳は泥に覆われたような体にめり込み振りぬかれた。受け身を取れずに吹き飛ばされ、床を転がる。

「なるほど、そういうことか」

 納得したように彼は呟いた。

 所詮は模倣(トレース)、参考にしているのがモンドグロッソでのデータならそれ以外の戦闘経験は蓄積されていない。故に対処ができず、今の拳も防げなかった。流石にモンドグロッソには素手で戦う(やから)はいなかったからな。

 つまりモンドグロッソではなかった動きをすれば無防備に攻撃を受けてくれるということだ。

 よろよろと立ち上がる人形。あと一息で決着がつく。だがいくら模倣品(トレース)とは言ってもその技術は世界最強のものだ。生半可なものでは容易に対処されるだろう。

 

 だから出し惜しみは無しだ。

 

 刀を実体化させ、上段に構えて数メートル先の敵を睨む。

 

 

 

「――――月牙(げつが)

 

 危機を察したのか、かなりのスピードで突っ込んでくる。だがもう遅い。この技はたとえ刃そのものが届かずとも敵を切り裂く。

 

天衝(てんしょう)―――!!!」

 

 

 放たれた斬撃が敵を斜めに両断する。

 致命傷を負った人形は苦しみながら消滅し、銀髪の少女が代わりに残されていた。

 

「確かに強力ではあったが……あの女を完全再現するにはブラコンが足りてねぇよ」

 

「指摘するとこそこじゃないよね!?」

 

 天災の突っ込みがインカムから炸裂した。

 

 

 

 

 




どうでもいい用語集

多機能型インカム:会話機能に加えカメラ機能などが追加されている天災お手製の物。正直なところほとんどが無駄な機能。

さいの目切り:作者が学食で麻婆丼を食しているときに思いついた技。ネーミングはかっこいい名前が思いつかなかったためそのまま。主に豆腐に対して用いられる。

青天井:性能に関しては本文参照。意味は(シスコンに)上限のないことを果てしない空に見立てて言うこと。

月牙天衝:言わずと知れた某大人気漫画の主人公の必殺技。本来なら霊圧を消費して斬撃をとばすのだが、そんなものないので高速で振るった刀によって発生する衝撃波を飛ばしているので正確には月牙天衝もどき。

以上。

そのうちお気に入り登録が切り良い所まで行ったら書こうと思っている番外編シリーズで「更識姉妹はじめてのおつかい」を思いついたけど需要あるかなこれ・・・。

感想評価等お待ちしております。

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