俺の妹分が世界一可愛いと思うのは間違っていない   作:EXEC

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さて、結構長かったので時間がかかりました。
まぁ現状スランプになるまでは毎日更新するつもりがあるので許してくださると幸いです。

後、ラストまでの筋道が少しずつ定まってきました。

そのうちあらすじのネタと予定は未定を外そうかと思います。

用語解説

古代
神が降臨する前の時代のこと。この時代、人類はダンジョンから無限に溢れ出して来るモンスターに悩まされていた。現在世界に散らばっているモンスターはダンジョンから生み出されたあと繁殖したものらしい。古代の人間たちの中には神がいないゆえ恩恵に一切頼らずモンスターを倒す戦士たちがいたとされている。

白髪の少年
言わずと知れた原作主人公。ミノタウロスからアイズに助けられた際アイズに惚れ、成長強化スキルを手に入れる。その白い髪と赤い瞳から兎と称されることが多い。残念ながらこの作品では失恋することが確定している。


6.彼の戦い/彼女の疑問

「雑魚にアイズ・ヴァレンシュタインは釣りあわねぇ」

 

その言葉と同時に、視界の端で白髪の少年が酒場の入り口へ駆け出して出て行ったのが見えた。

 

ここは、オラリオにある酒場、豊穣の女主人。

そこで俺の紹介が終わり、宴会が始まった後。

問題が起きたのはこの発言の直後だった。

 

「喰い逃げか?」

 

誰かが言う。

だが、その疑念は隣のアイズによって晴らされた。

 

「あの子……私が助けた子だ。謝らないと」

そういって立ち上がり少年を追おうとする。しかし、ベートがそれを引き止めた。

 

どうやらあの白髪の少年がアイズがミノタウロスから助けた際ミノタウロスの血で血まみれになった少年のようだ。

 

そして、先ほどベートが散々に侮辱した少年でもある。

 

「ハン、雑魚なんざ放っておけ。今のを聞いて身の程を弁えただろうよ」

 

「ほんと最っ低ね、ベート」

 

ティオネが非難する。

 

「だがアイズ、追うのはやめておけ。お前が行っても逆効果だろう。少し時間を置いてから謝ったほうが良い」

 

そうリヴェリアが言って、アイズを止める。そして、ベートの方を見て口を開こうとする。恐らく叱責しようとしたのだろう。

 

そこへ俺が割り込んで言った。

 

「ベェェェトォ、俺の前でアイズを口説いた上、宴会に水を差すとは良い度胸だな。

殴って良いか?」

 

「ハッ、出来るもんならな。大体、さっき言ったのはお前にも当てはまるぜ。雑魚はアイズには釣りあわねぇ。お前みたいなレベル2の雑魚がアイズの家族で兄貴分だと?バカも休み休み言いやがれ。俺は認めねぇぞ」

 

ベートはそう返す。これに反論するようにアイズが言った。

 

「ジンは雑魚じゃない。私が模擬戦しても勝てなかった」

 

「え、ジンはレベル2でしょ?アイズに勝てるわけないじゃん」

 

ティオナが反応する。

 

「うん。だからジンは勝ててはない。ただジンの体力が尽きるまで負けずに粘って模擬戦が終わっただけ。ジンは勝ってないけど、私も勝ったとは言えない」

 

「えぇー、どんな戦いだったの?」

 

こちらはティオネだ。

 

「凄く嫌らしい戦い方だった」

 

「イヤラシイ?まさか、アイズさんにセクハラしながら戦ったとか!?

最低ですね、ジンさん!」

 

レフィーヤが謂れのない非難をしてきた。

 

ちなみに、俺を紹介した後全員の紹介は済んでいる。

 

その中でもレフィーヤはアイズを尊敬しているらしく、俺がアイズに懐かれているのを知ると物凄く敵意を向けてきた。

 

そんなレフィーヤの非難に、そんなわけないだろ、と思っていると。

それもアイズが首を振って否定してくれた。

 

「ジンを相手にすると、物凄く戦い辛い。攻撃が読まれて、間を外されて、当たったと思ったらすり抜けられてる。対人ならかなり強いと思う」

 

これを聞いたベートは苦い顔で言葉に詰まったような顔をしていたが、俺の顔を見ると、再び嘲笑するような口調で言った。

 

「……仮に対人で強かろうが、ロキファミリアは探索系だ。モンスター相手にそんなもん通用するかよ。所詮雑魚は雑魚だ。お前に、アイズが守れるかよ」

 

―――お前にアイズが守れるかよ

 

この言葉を聞いた瞬間俺の中で何かが切れる音がした。自分の中の感情が制御できなくなる。どうにかしようと思うが、次の瞬間にはそれもどうでもよくなった。

 

「言うじゃないか、ベート。流石に女を一人口説くのに誰かを貶して踏み台にしなければ口説けないだけはある。ヘタレが。口だけは達者だな」

 

自分の口が勝手に動く。だが微塵も気にならない。

ただ、極まった苛立ちが少しだけ収まった。

 

「……吐いた唾は吞み込めねぇぞ」

 

「ハッ!お優しいことだな。俺なら顔を床に擦り付けて舐めさせるところだが。

だが怪物相手にファックするしか能がない犬は違うらしい」

 

我ながらよくこんな言葉が出てくるものだと頭の片隅で思いながら言った。

 

「上っ等だ!!表に出やがれ、叩き潰してやる」

 

ベートが立ち上がる。

 

「こちらこそ望むところだ」

 

そう返すとこちらも立ち上がった。

 

そして、外へ出ようとする。だが、そこへロキが最悪の爆弾を放り込んだ。

 

「じゃあ、勝った方にアイズたんの胸を揉める権利を進呈やな。

―――(アイズたんが認めれば、やけどな!)」

 

酒場の男どもがどよめき、湧く。

 

ちなみにこの時ロキが思っていたのはこんなことだった。

 

(これで、ジンの共鳴効果が発動するなら、効果の確認ができる。発動せーへん時は危機的状況とかじゃないと発動できんってことやろ、たぶん。それにアイズたんが認めなければそれでええからな。後半は声を小さくした?ハッ知ったことじゃあらへんわ!)

 

後半はごにょごにょとして聞こえづらかったが、前半は聞こえた。

 

勝った方がアイズの胸を揉む?

つまり、俺が負けたらアイズが…。

 

理解した瞬間さっきまで感じていた苛立ちが全て吹き飛んだ。

 

背中のステイタスが熱く燃え滾るのを感じた。

それを疑問に思うこともなく、自らに誓う。

 

(絶対に、勝つ!)

 

アイズは必ず守らなければならない。絶対に。

 

同時にロキに向けて後で覚えてろと全力の殺気を送った。

 

 

そうして再び酒場の出口へと歩き始めるが、

その途中ベートが固まっているのが見えた。

加えて、よく見ると肩がプルプルと震えている。

 

こいつ大丈夫か?と思っていると、突然ベートが吠えた。

 

「やぁってやるぜぇぇぇ!!」

 

いきなりの大声にどよめいていた男どもが沈黙する。

 

しかし、ベートはそれを気にもとめず、辺りを見回して言った。

 

「野郎ども、俺は勝って……アイズの胸を、揉む!見ていろ!」

 

一瞬の沈黙の後、男どもが今度は先ほどよりも大きく湧く。

ベートの宣言に何か感じ入るところでもあったのだろうか。

 

湧いた男どもが次々にベートに声をかける。

”あの男に負けんじゃねぇぞ””剣姫の胸を揉めたら、感触を教えてくれ!””いいぜ、400字以内で感想を言ってやる。””おぉぉぉぉぉ!!!!”

 

ふー、と大きくため息をついて呆れを吐き出す。

とりあえず思ったのは負けられない理由が増えたな、という感想だった。

 

―――――――

 

ごく短い距離を置いてベートとジンが対峙する。そこから距離を置いて周辺をわざわざ酒場から出てきた男たちが輪を作って取り巻いている。

 

ベートもジンも互いに無手だ。刃がついた武器を振るえば酒場の喧嘩で収まらないし、かといって木剣なども持っていないため両者無手に落ち着いた。

 

審判を勝って出たロキが、1枚の金貨を高く投げる。これが地面に落ちれば開始だ。投げられた金貨が二人のちょうど間に落ちて澄んだ音が響くその瞬間、二人は激突した。

 

 

ベートは正面から、最速の踏み込みと共に右拳を突き出す。レベル2のジンに速度に特化したベートの拳が見えるわけがない。対人経験が多いならこの一撃くらいは対処できるかもしれないがそれでも体勢が崩れる。後はジリ貧で負けることになるだろう。

 

だが、このベートの予測は外れることになる。

 

「!?」

 

ジンの視線がベートの拳に追いついていた。

咄嗟に右拳を引き戻して両手で連撃に持っていく。だが、それも―――

 

「……」

 

全て捌かれた。それも正面から受け止めることなく、次の攻撃をやりづらくなるように拳を外側に流して。それは完全に見えていなければ出来ない捌き方だ。

 

ベートは一旦距離を取る。

 

「どういうカラクリだ?レベル2のお前が俺の拳を完全に見切れるとは思えねぇ」

 

「さてな、俺にも分からん。だが、心しろ。今の俺はこれまでの人生で最強の俺だ。せいぜい、臆すことなく吠え掛かってくるがいい」

 

そう、ジンが挑発する。

 

「ぬかせ!お前の方こそ、吠え面かかせてやんよ!」

 

そう言ってベートはジンに再び飛びがかかった。

 

―――――――

 

(ジン…)

 

視線の先でベートとジンが互いにぶつかり合っている。離れては近づいて、時には跳び上がって上段から、時には屈んで下から足を払おうとする。アイズも驚くほどの高速戦闘だ。

 

では、ジンはアイズと模擬戦をしたとき本気で戦っていなかったのだろうか。

 

手を抜かれた。一瞬そう思って心が冷えたのは事実だが、すぐに否定した。

 

(ううん、違う)

 

(なんとなくだけど、わかる)

 

ジンは今、アイズのために戦っている。

それが為に、ジンは今これだけの力が発揮できている。戦っているジンが一瞬アイズを見た。その瞳の中に彼女を想う気持ちが見て取れたとき、アイズは根拠はないがそう感じた。

 

そう思うと、何かこみ上げるものがあって、彼女の心は暖かくなった。僅かに胸の鼓動が早まるのを感じる。そして、同時に少しの申し訳なさが湧き上がってきた。自分の為に戦っていることに対して。

 

故に彼女は思った。

 

(この戦いが終わったとき、少しだけ報いることができたらいいな)

 

―――――――

 

僅かだが、押されつつある。戦況を冷静に分析してベートはそう感じた。このままでは、徐々に徐々に不利になって最終的に負ける。ベートの中の獣人としての勘がそう言っていた。

 

だが―――

 

(チィィィッ!)

 

間を外して放たれた拳撃を回避は不可能と判断して受け止める。受け止めた腕に微かな痺れが走った。また、少し不利になった。そうベートは感じた。

 

(だが、実際ここからの挽回は難しい。)

 

(確かにアイズが言うだけはある。意識の死角をついた攻撃が引くほど上手い。勘で対処してるが、正直ジリ貧だ)

 

仕切り直すか?ベートの脳裏にその考えが浮かんだが、即座に却下する。プライドからではない。退いても相手が踏み込んでくるからだ。

 

どういうカラクリか、相手の身体能力はレベル5のベートと等しい。振り切ることはできず、そのまま相手を調子づかせるだけだ。

 

(大体……)

 

ジンの目を見る。そこには全く動揺も優越感も映っていない。ただ、覗き込めば、その奥で何か強い感情が燃えているのが分かるだけだ。

 

(冷静すぎる。戦い始めてから一切迷いや躊躇がない。紙一重でかわせば普通少しくらい何かの揺らぎが生じるはずだ。だが……)

 

一度も何の揺らぎもその瞳に映らず、行動はあまりにも滑らかで即断即決。そして恐ろしく正確だ。

 

ベートは心の中でそんなにアイズの胸が揉みたいのかよっと毒づく。ベートが言えた義理ではないが。

 

そして、思わず心の中から湧き上がってくるジンへの賛辞を押し殺す。その覚悟、その意思の強さへの感嘆を。

 

再び無拍子で打ち込まれた拳をこちらも拳で迎撃する。僅かに勢いで負け、押し込まれる。その拳から、強くなりたい、いや強くなるのだという意志、そして誰かを守りぬくという祈りが伝わってくる。

 

魂のこもった拳というべきか、一撃一撃に覚悟と意志が込められ、尋常でない重さを持っている。故にこれまで幾度迎撃しても押し負け、幾度も受け止めた両腕には確かな痺れが蓄積していた。

 

ーーー誰が知るだろう、ジンとその師匠が受け継いだ戦闘技術と精神性が古代から連綿と続く戦士の戦い方だと。ジン自身ですら知らないその事実を。

かつて、神が居らず恩恵も受けられない世界で人類は押し寄せるモンスターの波に絶望していた。それでも、その力でモンスターの波を押し返す戦士たちがいた。

彼らは戦友が死に、背後の家族がモンスターに襲われようとも人類の為に戦わなければならなかった。彼らは命を賭して戦闘技術を磨き、同胞の死を持って戦士としての精神性を築かなければならなかった。

 

その系譜にあるジンの覚悟と意志は戦闘中に彼が立ち止まることを許さない。

 

それをベートは無意識で感じ取った。

故にこれ以上不利になる前に勝負に出ることを決断した。

 

(これを捌けば認めてやる!)

そう胸中で無意識のうちに呟く。

 

直後タイミングを見計らって、ベートはジンの懐に捨て身で、そして無拍子で飛び込んだ。

 

飛び込んだベートは、ジンの瞳の中に今度こそ僅かな揺らぎを見つけていた。

 

ベートはただ単にジンの攻撃を受け続けたわけではない。それを観察し、ひたすら自分の中でトレースし続けたのだ。

 

結果、ベートは荒削りながらも無拍子の踏み込みーーー極まった武術家たちの間で縮地と呼ばれモンスターにすら通じると謳われる技術の原型を成功させていた。

 

踏み込んだ先で頭を狙い、蹴りを放つ。ただの蹴りではない。足に装備された特殊武装(スペリオル)、フロスヴィルト。それを用いて全力で蹴り抜く。

 

これまでも蹴りは使っていたが全力ではなかった。当然だ。モンスターすらたやすく殺すフロスヴィルトの一撃は喧嘩で使うものではない。だが使った。何故だろうか。それはベートにもわからない。推測するならば、相手に敬意を払って、だろうか。

 

そして、ベートが踏み込みの時タイミングを計った最大の要因は、ジンの背後にいるアイズである。

 

(背後にアイズを背負った状態でお前はどうする。後ろに下がって回避するか、横に逃げるか。だが、正面から捌いたならーーー認めてやる)

 

今度は意識して考えた言葉だった。

 

果たしてジンはーーー躱さない。

 

(殺った!)

 

確信した。だが同時に、ジンはこれを捌いてくると直感が言っていた。

 

ジンが最速で蹴りを放つ。ただし、ベートの蹴りを迎撃する方向ではなく、ベートの蹴りとむしろ同じ方向に。

最速で放たれたその蹴りはそのままベートの蹴り足の後ろにピタリと着くと、導くようにベートの蹴りをジンの頭の上へと押しやった。

 

(くっ、蹴りで蹴りを逸らすとは、このクソ度胸め)

 

そのまま、捨て身で飛び込んだ故に体勢を崩したベートの鳩尾にジンの拳が突き立った。

 

ーーーーー

 

ごふっという声とともにベートの口の端に僅かに赤いものが見えた。内臓にダメージでもあったのかもしれない。ベートは膝を折りそうになったが、なんとか耐えたようだ。

 

「……まだやるか?」

 

俺はベートへ問いを投げた。

 

「いいや、俺の負けだ。」

 

そして、続ける。

 

「悪かった、()()

 

そう言って頭を下げたベートに微かな違和感を感じるがその疑問が氷解する前にベートは踵を返した。

 

「自分、どこ行くんや?」

 

ロキが問う。

 

それにベートは返した。"頭を冷やしてくる"と。

 

 

戦いが終わり、深く深く息を吐く。確かに強敵だった。原因不明のステイタスの高まりが無ければ、とてつもなく不利な戦いだっただろう。

背後にアイズを背負っている以上決して負けるわけには行かないが。

 

にしても……

 

最後の応酬、アイズを俺の背後に位置するように狙ったのには驚いた。

 

卑怯とは思わない。むしろ賞賛しよう。それも戦術の一つだ。

 

存外頭は悪くないのだな、そんな思考がこの戦いへの最後の感想となった。

 

 

パチパチパチと手をたたく音が聞こえる。

 

俺の周りを囲む群集を自然と割って目の前に来たのは、小柄な小人族の男、ロキファミリアの団長、フィン・ディムナだった。

 

「素晴らしい戦いだった。先ほどの戦いを肴にもう一度飲み直そうじゃないか」

 

彼は機嫌良さそうにそう言った。

 

 

―――――――――

 

そういうわけで、酒場に入ったのだが、女性陣はベートの胸を揉む宣言時に男たちが沸いていたことを覚えていたらしい。

 

フィンやガレスといった、それに同調しなかったメンバーだけを酒場に入れると、他の男たちを叩き出した。

 

ロキファミリアはロキが気に入ったメンバーのみを入れるため、女性の方が多いのだ。

 

当然女性のほうが組織力学的に強い。

 

残念ながら、男たちにはなす術も無かった。

 

なお、ロキはアイズに叩き出されていたのでここにはいない。

 

「では、聞こうじゃないか。なぜ君はレベルが劣るはずなのにベートと同じくらいの身体能力を発揮していたんだい?」

 

「さぁ……正直わかりません。自分でも原因不明でステイタスが高まったとしか言えませんし、普段はあそこまでの力は発揮できません。

ただ、ロキが言うには俺のステイタスには特殊なスキルがあるらしく、俺にその内容を教えると効果を阻害する恐れがあるとのことで内容は聞いてません」

 

フィンの問いにそう返す。

 

それを聞いたフィンはしばらく考え込むと"まぁロキが言うなら間違いないだろう"そう言った。

 

思わず目を見開いていると、

 

"ロキはあれで普段ふざけてるけど、眷属のことになると本気だ。彼女は私たちのことを確かに大切に思っているんだよ"

 

苦笑しながらフィンは言った。

 

ファミリアのメンバーとロキの間には随分と強い信頼関係があるらしい。そう感じて素直に羨ましく思った。

 

"ところで"とフィンは前置きすると、ニヤリと笑って、

 

「賭けの報酬はどうすんだい?」

 

……あー今の今まで忘れていた。

 

すぐ傍にいるアイズの方を見ると、彼女は微かに頬を染めて上目遣いで俺に言った。

 

「ジンなら、いいよ」

 

……うん、クラッと来たのは認める。

 

視界の端でレフィーヤが何事か喚いた後、魔法の詠唱とおぼしきものを唱え始め、直後にリヴェリアに羽交い絞めされているのが見えた。

 

俺は顔だけアイズの方に向けた状態から体ごとアイズに向きなおる。

 

女性陣の冷たい視線が突き刺さるが気にしない。

 

そのまま、手を下から上に持っていく。アイズが少しだけ体を硬くしたの感じ取った。緊張しているらしい。

 

そのまま手を胸の前で止める、と見せかけて手を頬まで素早く持っていくとアイズの頬を引っ張った。

 

「……いふぁい、でぃん」

 

「あきらめろ、アイズ。全く、女の子なんだから体は大事にしなさい」

 

そう言って手を離すと、心なしかアイズが残念そうにした気がするが気のせいだろうと片付ける。

 

テーブルの上の自分のグラスに入った酒を飲み干す。

 

そして、フィンに"先に上がらせていただきますね"と告げると酒場を出た。

 

 

酒場を出ると、どういうわけか追い出されたはずの男たちが屯っていた。

 

その中の一人が固唾を呑んで言った。

 

「どうだった?」

 

何のことか考えて、あぁと思い出す。そういえばベートが男たちに胸の感触の感想を言ってやるとか約束してたっけ。

 

一瞬言うべきか悩んで、言った。

 

「やわらかくて、すべすべしていた」

 

それだけ言うと、沸く男たちを無視して俺はファミリアの屋敷へと向かった。

 

嘘は言っていない。俺はどうだったと聞かれて、頬を引っ張ったときの感触を答えただけだ。

 

少しだけ苦笑すると、思う。これからの日々が楽しくなりそうだ、と。

 

 

――――――――

 

ロキは酒場を追い出されたため、一人寂しく屋敷へ帰っていた。

 

追い出された仲間たちは何故か帰らず一人残らず酒場に張り付いていたためだ。

 

そうして歩きながら思うのは、先の戦いのこと。

 

(確かに共鳴効果は発動しよった。でも、それだけでベートと同等のスペックになれるか?)

 

答えは否だ。ジンのスペックはレベル1のときに築いた莫大なアビリティによってレベル3の下位と等しい程度だ。

 

無論ここに彼の戦闘技術を加えればレベル4とも戦える。

 

だが、ここで問題なのはレベル3の下位と等しいはずのジンがスキルにより一時ランクアップしたとはいえその身体能力でベートと競っていた点だ。

 

おかしいのは、レベル5とレベル4(スキルランクアップ)の差がなぜ埋まったのかという点だ。

 

(どうしても一つレベルが足りへん。これじゃスキルのランクアップが二つ…ふた、つ?)

 

覚えているだろうか。

 

ジンのステイタスには共鳴効果と付け足されたスキルが二つあったことを。

 

(まさか、二つで一つなんやなくて両方とも別々で、記述されてた両方の効果が同時に発動した?)

 

(それしか考えられへん。なんちゅー強力な効果や)

 

だがわからなくもないロキは思う。

 

二つのレアスキルを持つほどの稀な存在の中でもスキルの相性の良いほんの一握りの人間だけが共鳴効果を得られる。

 

ロキの推測の通りなら、それを持つのは選ばれた存在と言って良い。

 

(とんでもないなぁ。神会の前に既に胃が痛いわー)

 

そういって、一人胃を抑えて歩くロキの姿が目撃されたとか。

 

 

 

一方その頃。

 

頭を冷やしに行くといったベートは現在ダンジョンに来ていた。

 

ジンとの戦いで限界までテンションの上がった体をクールダウンさせるためだ。

 

事実弱いモンスターを蹴散らすことで、ベートの中の熱は徐々に収まっていった。

 

そこで、かなりの数のモンスターが一箇所に集まり動き回っているのを知覚した。

 

(あん?どうしたんだ?こんな夜中に冒険者が戦ってるわけじゃねぇだろうし)

 

冒険者が夜中にダンジョンに入る事は基本的にない。

 

特別な理由があるわけではないが、ギルドが閉まっているのが理由の一つだ。

 

ギルドが開いていなければ、帰ったときシャワーを浴びて血を洗い流せないし、破れた服を買うこともできない

 

そのため、冒険者は基本的に昼に潜って夜に休むのだ。

 

疑問を持ったベートはそのモンスターたちのところに行くと、大量のモンスターの隙間から囲まれて戦う見覚えのある白髪の少年が見えた。

 

(……チッ。俺が原因か。助けないわけにもいかねぇな)

 

そのままモンスターに突っ込み撹乱すると少年に近いところからモンスターを削っていった。

 

終わったあと、少年を振り返って言う。

 

「何してやがる?」

 

少年は自分を助けたのがベートだと気づくと、とてつもなくうろたえ詰まりながら言った。

 

「え、えっと、あ、あの後、悔しくてそのままダンジョンに…」

 

言いながら少年はうつむく。

 

(やっぱ俺が原因か)

 

だが、ベートは少年を見てベート自身は認めないかも知れないが少しだけ感心した。

 

あのまま折れずに見返してやろうとダンジョンに潜ったこの少年に。

 

「……帰るぞ」

 

そのまま、ついてくるように促して歩き出す。幸い体の熱も大分下がった。

 

このままダンジョンを出て屋敷に戻ることを決めた。

 

言われた少年は少し迷ってしかし"はい…"と答えると大人しくついてきた。

 

なお少年は帰るまでに、

 

(えーと、この人どうしてこんな夜中にダンジョンに来たんだろう。

……まさかとは思うけど、悪いと思って僕を追いかけてきたのかな?

不器用で口が悪いけど本当はいい人なのかも)

 

こんなことを思っていたそうな。

 

―――――――――

 

 

宴会を終えて酒場から帰ってきたアイズは寝巻きに着替えて自分の部屋に戻っていた。

 

ベッドに座りながら考えるのは酒場でのこと。

 

"私はどうして、ジンならいいよと言ったのだろうか"と。

 

ベッドから立ち上がって机に近づくとそこにある本棚から一冊の本を抜き出した。

 

それは初めてアイズが読んだ小説。一人の女の子が男の子に恋をして結ばれる。そんな物語。

 

かつてジンとアイズ住んでいた家から持ち出したそれの、何度も読んだせいで擦り切れかすれた表紙を撫でる。

 

そして、アイズはそれを初めて読んだときのことを思い出した。

 

 

 

"ねぇ、ジン。恋ってなに?"

 

アイズが食器を洗っているジンに尋ねると、ジンは考え込んでから言った。

 

"それは難しい質問だなー。ちょっと答えられないかも"

 

まだ幼かったジンは大人びていたものの口調は年相応のものだった。

 

"ジンにも、わからないの?"

 

当時幼かったアイズにとって、ジンは何でも知っていて何でも良くできる凄い男の子だった。

 

"恋っていうのはある程度年をとって成長すると分かってくるものらしいよ"

 

食器洗いを終えて、アイズの隣に座るとジンは言った。

 

"まぁ、本を読んでの解釈だとたぶん、どこまで触れ合えるのが許せるのかだと思うよ"

 

"アイズは見ず知らずの人に抱きついたりするのは嫌でしょ?でも声をかけるのは平気"

 

"恋をすると、相手に対して抱きしめたりキスをしたりっていうのが許せるようになるんだよ"

 

"だから、そうじゃないかなーって"

 

それに対して疑問に思ったアイズは聞く。

 

"私はジンに抱きつくのも、キスするのも、平気だよ?"

 

それを聞くとジンは少し目を見開き、その後苦笑して、

 

"それはまだ僕とアイズが小さいからだよ"

 

そう、言った。

 

 

 

ベッドに横になって心の中でジンに問いかける。

 

"ねぇ、ジン。胸を触られるのが許せるのはどんな理由?"

 

最後に眠りに落ちる前に

 

"ねぇ、ジン。恋って何?"

 

ただそう問いかけた。

 

 

 




ジンがここまで冷静なのは発展スキル明鏡止水のおかげでもあります。
加えてジンがベートの腕を痺れさせてるのも発展スキル修羅のおかげです。

さーてどうですかね。戦闘シーンがうまく書けてるといいんですけど。

今回は一つのルールとして、一人称はジン視点のみ。他は三人称?で()を使い内心を表しました。

この方が読みやすいようなら以後この形で、あとこれまでの分も順次訂正して行こうと思います。

発展スキル
明鏡止水
戦闘中冷静さを常に保つ。ジンが師匠に精神を改造された結果得た発展スキル。副次効果として戦闘時体感時間を早める効力を持つ。このスキルがあるためジンは即断即決と正確な動きが可能となっている。古代の戦士には必須技能。

修羅
格上の敵に常に勝ち続けるというジャイアントキリングをやり続けた上で師匠の精神性を受け継いだ結果得たスキル。効果は格上への攻撃の威力の上昇。また、引くことができない何かを背負った戦いにおいて、ステイタス上昇及び物理的に戦闘不能にならない限り戦い続けることができる。副次効果で異常にタフになる。今回は格上殺しは機能していないが、引けない理由があるのでステイタスは上昇。


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