第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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都市と星/時空の結合より2年半

 その銀河は、遺跡だらけだった。星々は老いていた。爆撃されたような虚空も多くあった。生身の肉体を持つ知的生命体は、一つの星にしかいなかった。

 が、その星は今、息を吹き返そうとしていた。

 一つの都市と、一つの森の民。手を携え、残されていた膨大な技術遺産を用いて、砂漠と化していた惑星に海をよみがえらせ、木を植えた。

 だが、それは他者の目を引き寄せることにもなる。

 もとより、昔のように閉じこもっていても、見つかるときには見つかったろうが……

 

 その銀河には、〈ABSOLUTE〉に直行できる門はなかった。その時空には〈ABSOLUTE〉への門があるが、二十億光年かなた。〔UPW〕はこの時空を無人時空として扱っている。

 どこの勢力にとっても、手つかずの処女地。だが、それは魅力がないということでもある。

 元寇は、日本を侵略して抵抗に遭い撃退された。北海道を侵略すれば抵抗もなかっただろう、だがそうはしなかった。朝鮮・明を侵略した豊臣秀吉も、北海道なら楽に占領できたはずだが、そうしなかった。なぜ?

 費用対効果の問題だ。元や秀吉が当時の北海道を占領しても、得るものはほとんどない。バイキングがアメリカに力を注がず地中海を目指したのも、同様の理由だ。

 それに対してコロンブスの、ピサロやコルテスの侵略は儲かった。元……モンゴルが中国を、またイスラム諸国を攻めるのも、儲かった。日本を滅ぼしていても、少しは儲かったろう。

 すでに存在する帝国と、それがない無主(狩猟採集民しかいない)の地……その違いは、ちょうど金塊と金鉱に等しい。

 金塊はほぼ100%。それに対して金鉱は、1トンの鉱石あたり金が10グラムあれば優良とされる。金鉱石から黄金を取り出すにはえらい手間と費用、有能な人間が多数必要なのだ。

 モンゴルが滅ぼした宋やイスラム諸国、スペインが滅ぼしたアステカ・インカ帝国は金塊だ。精製された黄金が大量にある。銀や銅も。布も。家畜も。

 別の種類の、もっとも価値のある家畜もたくさんいる……奴隷。都市には何万という人間がいて、それはそのままとても高い換金価値を持つ商品になる。

 しかも都市で、支配されることに慣れている人が多数いる。たとえば、元寇当時のアイヌを奴隷にしても仕事を教えるのにえらく苦労するが、当時の日本人であれば誰もが布を織り、田畑を耕し、牛馬の世話をすることができる。読み書きできる者もいる。磨かれた美女もいる……文化を破壊する蛮族でも性技は高く評価する。それは奴隷の価格差であり、金で数えられる価値、費用対効果だ。

 さらに農地も整備されているし、社会階級の頂点を倒して従わせれば、何万何十万という人の支配体系の、その頂点にぽんと乗り移ることができる。何十万という人を集めさせ、労働者は皆すぐに死んでいくポトシ銀山に流しこみ続けることもできたのだ。

 それに対して、狩猟採集民しかいない地を支配し、先住民を皆殺しにして自分たちで開墾し、堤防を築き、鉱山を掘る……それには膨大な費用が必要で、割に合わないのだ。

 加えてモンゴルのような遊牧民、スペインのような武人貴族は文化的に、自ら地を耕し働くことを嫌う。彼らにとって、文明のない侵略先は価値がないのだ。

 

 ただ、地球の歴史では皮肉なことに、「割に合う」侵略先に恵まれたスペインはそのために収奪的な政治・経済に固定されて衰退し、遠い未来まで本国も独立した植民地も苦しんだ。それは資源の呪いと同様だった……豊かすぎて工夫を怠ったのだ。

 反面、先住民を皆殺しにして開拓した、イギリスから来たアメリカ・オーストラリアの人々は包括的な政治・経済を築き、後の繁栄につながった。

 

*参考文献:「国家はなぜ衰退するのか(上・下)」*

 

 そのことは、恒星間戦争の時代もさして変わるものではない。

 ファウンデーションのある時空を攻めた練・パルパティーン帝国の両軍は、略奪で膨大な資源を手に入れ、儲かったのだ。

 ただし、〔UPW〕は無人の時空も、ちょうど〈黒き月〉が資源惑星一つ・わずかな月日で無人艦隊を作り上げたと同じように活用できる。ほかにも、いくつかの高水準の文明には、無人の星系から短期間で巨大艦隊を作り上げる力はある。

 

 というわけで、この銀河につながる侵略性の高い文明は、あまり関心を持たなかった。だが、本当はこの星々には宝があった。砂利に混じる小さな、特上のダイヤモンドが。土の下に埋もれた黄金が。

 流浪の女将軍と別時空から流れてきた移民船が、それを同時に見つけた。

 

 

「明らかに、この七つの星は人工のものです」

 人質として正宗に同行しているが、実際には結婚前のベータ植民星での仕事、天体調査隊隊長をしているコーデリア・ネイスミス・ヴォルコシガンが分析した。

 正宗は黙ってうなずく。以前よりやせているが、目は健康と回復にかがやいている。

 こうして旅をしていれば、思い出すゆとりもある。バラヤー帝国との戦いから、二年以上が過ぎていた。

 病院まで生き、立って歩いていたのも気力でだった。すぐに診察と延命が同時進行だった。セルギアールからバラヤーまで行き、治療を続けた。内臓の多くを新しく培養して交換し、遺伝子改良されたウィルスで細胞を書き換えた。

 回復までの長い時間、様々なことを学んだ。

 意識が回復してから、動けない状態でも一千万近い臣民を指導した。

 何人もの人に会った。アラール・ヴォルコシガン。グレゴール・ヴォルバーラ帝。

 智の廷臣たちと変わらない、伝統はあるがくだらぬ人々も多くいた。伝統に潰されながら祖国のため、名誉のために生きている人々もいた。

 弟王はグレゴール帝に人質として預けた。また隠し子の雷丸はセルギアール総督アラール・ヴォルコシガンにゆだねた。

 また臣民たちはセルギアールの開拓を助け、別世界の技術と学問を学ぶよう命じた。

 

 アラール・ヴォルコシガンは正宗にとって、理想というべき存在だった。

 戦争の英雄であり、内戦を乗り越えて幼帝を守り育て国を保った。そして人々の予想を裏切り青年皇帝に権力を譲り、今は新天地の開拓を指導している。

 戦場でも、情報とシールドを信じ迷わず砲火に身をさらす勇気は自らの目で見た。

 彼に育てられたグレゴール帝も印象の強い人物だった。まだ若く、細身で物静かだが、かなりの修羅場をくぐってもいる。

 何よりも驚かされたのが、無人銀河の開拓に、ベータ・エスコバールなどワームホール・ネクサス各地から協力者を募ったのだ。バラヤーで独占するのではなく……とてつもない度量と勇気である。

 特に人口過剰で厳しい産児制限があるベータでは、それは福音だった。その教育水準の高い人々は、開拓の上でも大いに役立つのは当然である。

 バラヤーの人々の話に出てくる、今は留守だというマイルズ・ヴォルコシガンにも強い印象を受けたが、実際にどんな人物かは会ってみなければわからない。

 

 弟王、幼名虎丸をグレゴールに預け、入院した時のことは忘れられない。

 ハサダーにある、帝国で最も高水準の病院での予備手術……面会が許されたとき、虎丸の様子は一変していたのだ。

 幼いころの無謀さが消えて、ただ流されるだけ、快楽と怠惰に溺れる弱い存在になっていたのが、少年らしい狼のような雰囲気になっていた。

 どんなことをしたのか、いきりたつ廷臣を抑えて話を聞いて、あきれ返った。

 グレゴール帝は、留学から期末休暇で帰省していたアラール・ヴォルコシガンの次男マーク卿に幼子をゆだねた……教育せよ、と。

 

 マークはグレゴール帝の命令を受けると、幼王を守ろうとする廷臣たちを無視してあっさりと本人を拉致し、山岳地帯出身・元軍人の親衛衛士数人とともにヴォルコシガン領の山奥に閉じこもった。

 それから丸一日、ともに最低限のサバイバル技術を教わるや、幼王を何日も一人きりで放りだしたという。自分で尻を拭いたことすらない子を。それから数日間暗殺者の技能で気づかれずに見張り、死にかけたときだけ助けていたという。

 それからヴォルコシガン邸で、暗殺術だけを叩きこんだそうだ。一言も言葉をかわすこともなく。

 それを知った正宗は、自分のコマンドも補助教師として送った。

(暗殺術を学ぶには、人体を学び、自分の体を使うことを学び、人の心の虚実も学ぶことになるな。体力が増せば自信にもなる)

 廷臣どもが国の品格だの帝王学だの王の地位だの騒ぐのを尻目に、正宗はほくそ笑んだ。

 

 マークは、最初はグレゴールに文句を言った。

「まともに育っていないぼくに、子供を育てるなんてできるわけないでしょう」

「智王陛下も、まともとは程遠い。生まれの身分自体が、悲惨としか言いようがない宿命だ。王家の跡継ぎであり、しかも偉大な姉と比べられる、という」

 グレゴールはもの静かに話し、そして黙ることでマークの言葉を引き出した。

「陛下をまともに育てた、うちの国主夫婦こそがふさわしい。ぼくには、暗殺術と経済学を教えるぐらいしかできない」

「それでいい。暗殺術と経済学を、しっかり教えてやってくれ」

 

 智王の目には、マークも最初は大嫌いな英雄の一人にしか見えていなかった。

 何日も、ただわけのわからないことを教え、生命の危険にさらす、身長が自分とさほど変わらない、不気味な姿で怖い大人……さらにその眼を見れば、まともな精神でないことすら感じられる。

 マークがなんとか片言を覚え、少しずつ会話をするようになった。

「姉上がどうした?ぼくだって、偉大な」思い切りゆがんだ口調で、「兄上さまと父上さま、お祖父さま、もーっととーんでもなく偉大な母上さまがいるんだぞ。逆立ちしたってかなうわけがない」

「できることをやれ、生き延びろ。配られたカードでプレイしろ」

「ぼくが英雄?冗談じゃない。初陣で、どんな大失敗をしたか」

「命がある限り、終わってないんだ。金でもなんでもいい、手に入れろ」

 

 グレゴールの静かな言葉も、正宗の耳に残っている。

「智王陛下は、自分が無力だという思いにとりつかれています。

 彼の回りには、これまでふたつしかおりませんでした。

 一方は、姉を越えよと無理を言う武官。

 一方は、しきたりに従い生きて子を残せばいい、自らは快楽をむさぼる以外何もしてはならぬ、という文官。

 これで潰れないほうがおかしいでしょう。

 マークは偉大な兄や父を、普通の何倍も意識させられて育ち、重大な失敗を乗り越えて人となったのです。だからこそ彼に預けました。

 まずは人となることです。王家に生まれた者の義務を受け入れるのは、それからでいいでしょう」

(虎丸を一人の人、一人の男として扱っていなかったな。臣下たちはもちろん。グレゴールは虎丸を一人の男子、血の流れる人間として扱っているのだ)

 そして、マークもまた偉大な兄と自分との比較で苦闘したことを調べて知った。

 アラールの長子マイルズのクローン、それもコマールのテロリストが注文し製造させたという。マイルズといれかわってバラヤー帝国首脳部を暗殺するために、訓練・教育された。さらに生来の障害で骨が砕けやすく極端に体が小さいマイルズに合わせ、手足を折らて肉体を造型される子供時代を送った。

 あまつさえ、アラールに激しい恨みを持つテロリストはマークにも、狂気じみた虐待を繰り返していた。

 マイルズと出会って一時は入れ替わり、育ての親を自らの手で殺したマークは、ヴォルコシガン家に引き取られて主にベータ星で教育を受けている。自分自身で莫大な財産を獲得し、それを事業投資で増やしてもいるそうだ。智が持っていた遺伝子資源を、バラヤーの技術で研究する事業も主導しているらしい。

 また、グレゴール自身が若いころ行方不明事件を起こしたことも知った。

(私はなんということをしていたのだ、虎丸自身の教育に何をしてきた?)

 グレゴールの慧眼に改めて敬服した。

 

 

 ちなみに、マイルズ一家が留守でマークも留学、アラール夫妻もセルギアールにいるヴォルコシガン邸には、シモン・イリヤンとその恋人アリス・ヴォルパトリルの肝煎りで智の重臣が何人か住み、ある意味大使館の機能を果たしている。

 

 赤子の雷丸も心配はない。正宗は老齢で引退する、という家臣を数人、幼子も含めてアラールの総督邸に住まわせてもらい、その一人……身分は低いが忠誠は絶対に信頼できる……に赤子をゆだねたのだ。

 無論、アラールは事情を知っている。

 

 

 正宗が健康を取り戻してから、もう一年半は、何百隻もの超光速船で無人の銀河を探検している。

 住みやすい惑星はいくつもあった。重力井戸がない分扱いやすい資源小惑星もあった。そこに、智の臣民を何万人もおろし、バラヤーから買いつけた機械を用いて開拓する……機械の使い方を学びながら。

 マーク・ヴォルコシガンが経営する企業の製品、バター虫の存在も大きい。人を拒むジャングルの植物を短期間で食い、腸内の微生物で分解し、ミツバチのように分泌した食物を巣穴に貯めこみつつ増えていく。それは人が必要とする栄養をすべて満たしてくれ、どのようにも調味できる。

 それで食料を確保すれば、あとは安心して山を切り開いて水路を作り、繊維作物を栽培する。

 鉱山を掘り、水を確保して工場を作り、智の超光速機関とバラヤーのシールドを兼ね備えた艦を作る……。

 最初の艦が進宙するまで五年はかかるだろう。

 

 戦いがないことに不満もあったが、むしろ雑兵や連れてきた貧民たち、一人一人に広い土地を与えることで下から不満をなだめた。また、使えない智の貴族層も、土地の欲望を利用してなだめている。

 黄金や勝利も魅力的かもしれないが、土地の魅力はまた違うものがある。地平線まで見渡す限りおまえのものだ……そう言われて喜ばぬものはいないのだ。

 だが天下を目指した英雄の方向転換に、反対する者は多かった。自分の脳内で作り上げた英雄や国の像しか見ない狂信者も多くいた。そして、利益よりも仲間との争い、党閥を優先する者も多くいた。何の意味もなく悪意を暴走させる者もいた。

 忠義勇猛で知られた臣に暗殺されかけたことも一度ならずあった。

 正宗は多くの臣一人一人をよく知っており、だからこそ一人一人にほしいものを与えた。欲望をあおり、競争心をあおった。人間が思い通りにならないことも、よく知っていた。

 それは戦いそのものだった。

 親友にしんがりの死を命じ、落伍した兄弟にとどめを刺して人肉をくらう撤退戦と同じ地獄だった。

 変化についていける強い者以外、内心涙をふるって切り捨てる……土地を与えて引退させるという形であっても。

(練・五丈と戦い続けるほうが、どんなに楽だったか)

(治療を拒み、死んでいればよかった)

 そう思わぬ日もなかった。

 ただ、新しい戦いに順応する者、伸びる者もいた。

 バラヤーの側も、智に、開拓に対する反発はあった。それは主にグレゴール帝と、アリス・ヴォルパトリルが巧妙になだめ、政治的な噴火を押さえ続けた。

 ベータやエスコバールからの移民が銀河テクを用いて短期間での開拓を監督し、教育水準の低い智の民を助けている。遺伝子改良でつくられた四肢がすべて手のクァディーも、資源惑星を工場とするのに活躍している。

 それが身分制度になって智の臣民が抑圧されないよう、正宗とコーデリアは卓越した政治力を発揮した。

 

 バラヤーとも緊密に連絡できている。智では、星の間でも電話ができる……多少雑音は入るが、即時通信が可能なのだ。

 もちろんその技術は、とんでもない金額でワームホール・ネクサス全域に売られている。

 さらに智の超光速船はこのゲートの向こうの銀河だけでなく、ワームホールがなかったために利用されていなかった、バラヤーのある銀河の星々の探検にも使われている。

 

 

 開拓と探検の中、正宗たちが明らかに人工的に配列された七つの恒星を見つけた。七色の宝石を並べた指輪のように、華やかな色の違いで、完璧な形で並んでいた。

 ほぼ同時に、近くにフォールドしてきた超巨大艦の通信を受信した。

 1620mの圧倒的な規模。

「こちらメガロード01、艦長一条未沙」

 

 第一次星間大戦ののち、生存者たちは滅亡を免れるために星々に種を播くことを決めた。タンポポが風に乗って多くの種を飛ばすように。

 その最初の試みが、戦前から作られていたメガロード級移民艦。ゼントラーディ艦を含む護衛艦隊とともに地球を出発し、銀河中心部で謎の歌声を調べ、消失していた。

 その行きついた先は、いくつもの遺跡はあるが生きている人の形跡がない銀河だった。

 

「こちらは智・バラヤー連合の銀河探索隊旗艦大帝山」

 にらみ合う。もう、メガロードからは航空隊が出動している。智の空母からも爆撃機は出ている。

「防御隊形を崩さないで」

「りょーかい」

 一条艦長が、夫でもある輝に命令した。昔の命令無視傾向は最近はおとなしいが、心配ではある。

 二万人もの移民団と愛娘のことも心配だ。

 ライトニング3は高速で飛び、瞬時にバトロイドに変形するや捧げ筒で整列した。

 厳しい訓練の成果、一糸乱れぬ隊列。敵意はないが、攻撃されたら徹底的に叩く、と表現している。

「ほう」

 正宗の頬がほころび、負けじと整列を命じる。

 ライトニング3の陣には、訓練だけの甘さはない。本当に殺してやる、という、戦場の狼の気配があった。

 輝たち地球人は、百億の人口を百万人足らずまで減らされている。家族を失い、絆の濃い戦友を喪っている。

 戦国の世で戦い抜いてきた正宗たちと、同じ殺気だった。

「戦う必要はありませんよ、どちらも」

 コーデリアが深く息を整え、正宗と未沙の双方に向けて言う。

「群れがふたつ、飢えていて一つの獲物を取り合うのなら、戦うしかないかもしれません。でも、両方の背後には豊かにおいしい実がなる森があります。ただ背を向ければいい。

 いいえ、今はまるで、船を持つ人と網を持つ人が出会ったようなものです。船から糸をたれるだけでも、岸から網を投げるだけでも多くの魚はとれない、でも船から網を投げればいくらでもとれます。

 わたしたちバラヤーと智も、一方にシールドとバイオ技術があり、もう一方に超光速機関があったから協力した……また技術をつがわせることで、より大きな可能性が開けるでしょう」

「だが、部下たちは戦いたがっている。バラヤーのヴォルたちもだ」正宗が冷徹に言う。「理屈で人が動くなら、戦国などない。戦いたいという人の狂心は、すさまじく強い」

「ええ、そうよ。人間はもともと、群れて互いに戦って進化してきたのだから。ある意味戦闘のために作られた機械のようなもの」

「デカルチャー!戦闘のために作られた機械、というなら、われらゼントラーディこそまさにそうだ!!」

 メガロード01を護衛していた駆逐艦から激しい叫びが入る。

「なぜそれほど、必要がなくても戦いたがるの?」

 未沙が悲痛に訴えた。

「未沙と未来、妻と娘を殺されるのは嫌だ。メガロードや護衛艦隊のみんなも。それを殺そうとする相手とは、命をかけて戦う」

 そう、輝が言う。

 未沙も、コーデリアも正宗もうなずく。

「ええ。それはわたしたちも同じです。ですが、それだけではない……戦争による名誉は、社会における重要な評価基準です。

 また、他者に対して、まず恐怖を抱くのも人の常です。傲慢で他の群れに対する軽蔑と憎悪、まず戦闘というプログラムが染みついているのも、智の貴族層とバラヤーのヴォルに共通します。

 さらに、軍隊や国家という階層があり洗脳状態にある集団を維持するのには、戦い続けて考える暇をなくすことも必要とされます。略奪に経済を依存していたころからの伝統もあります。

 ちなみに、智は技術差があまりない、狭い世界の出身です。容赦なく戦って天下を狙う行動も、多元宇宙が開かれるまでは正しかったのです」

 正宗は無反応だが、内心はほっとしている。

「なぜでしょうね。戦争はあれほどの地獄なのに」

 未沙が苦悩を目に出し、身を乗り出す。

「実戦経験者は、罪悪感を紛らわすために戦いに溺れることがあります。未経験者は現実の戦場の地獄を知らず、物語の世界の栄光を追うだけ。また前線を知らない貴族・官僚は、抽象的な言葉の世界を現実と混同し、自国民の被害すら数字にしてしまいます」

 コーデリアの冷徹な分析を、未沙も正宗も冷静に聞き入った。むしろ、背後では智の武将たちやヴォルたちが激しい怒りを訴えている。

 戦わせてくれ、と脅し、哀願し、叫ぶ獣たち。

 しばし沈黙した未沙が訴えかける。

「おっしゃるとおりです。協力できるのに争ってしまった場合、大きい損をする可能性もあります。

 何より、こちらを観測してください。明らかに遠い過去、桁外れに優れた文明の遺物……あなた方と争うことに、時間を費やしたくないのです。

 争うのであれば、痛撃を与えて逃げうせ、別のどこかを開拓して復讐する自信はあります」

「そうね。その遺跡は見たいわ」

「そう、いまだ智の旧領にとらわれている臣民たちのためにも、より大きい力が必要だ。下らない争いで時間と人材を浪費する時間などない」

 コーデリアと正宗が同意する。

「行動を選ぶことは、結果を選ぶことよ。いい結果をもたらすため、どのような行動を今とるか」

「困難な道を歩くべきだな」

 正宗が歯を食いしばって決意する。

「防衛は解除しませんが、お互いの歴史情報をある程度交換いたしませんか?」

「こちらは、別時空出身の勢力が連合している」

「わたしも歴史情報を送ります」

 正宗とコーデリアがうなずきあう。

「皆のもの!あちらには桁外れの富がある。小さな敵などを食っている暇があれば、富をかき集めよう!」

 正宗の大音声が、人々の狂気を欲望にかきたてる。

 

 

 美しく並べられた七つの恒星、それらをめぐるいくつもの惑星を、二つの艦隊が共同して探索する……互いを疑い、監視し合いながら。

 凶暴な生物だらけの、緑の惑星があった。生物のいない砂漠の惑星があった。

 そして、明らかに人工の遺跡があった。

 その人工遺跡の分析も始めたが、巨大な球をこじ開けることすらむずかしい。科学技術水準の高いエスコバールやベータの人々が挑み、小さなおもちゃのようなものから原子単位で解析している。

「信じられない」

 そればかり、科学者・技術者たちの口からは漏れている。

 緑の惑星では巨大な生物に襲われ、ライトニング3が格闘することもあった。

 サンプルを取ってくるにも苦労する。

 

 そんな苦闘をしながらも、連合艦隊は探索を続けている……特に、人がいる文明はどこかにないか。

「人がいれば、開け方を教えてくれるかもしれない」

 そのためだけでも。

 

 多数の艦が星々をめぐり、情報を集め、ついに辺境の、砂漠の惑星に生きた都市が見つかった。

 訪れた大帝山とメガロード01は、都市の規模と美しさに呆然とした。

「こんな巨大な都市、見たことがない」

「わたしの故郷時空にも、ここまでの都市はありません。バラヤーからの手紙で、ガルマン・ガミラスやボラー連邦の首都、イスカンダルのダイヤモンド宮殿も見ましたが……それらも圧倒しています」

「密偵が手に入れた、インペリアル・センター(コンサルト)の映像を思い出す」

「なんという美しさ」

 その周囲は砂漠ではあるが、ふたたび水が流され、新しい木々が育ちつつある。水が流れ始めてから三十年ほど、と分析結果が出ている。

 また、かなり離れたところに古くからの森林地帯がある。農地と人家も、高性能の望遠鏡には見える。

 都市の近くの砂漠であった場所には、砂が除かれつつある巨大な宇宙港があり、いくつもの船が転がっていた。

 

 さらに、よく調べてみるとその星系の惑星は、どれも徹底的に開発され、放棄された痕跡がある。

 巨大なガス惑星の核だったと思われる、地球以上の質量をもつ人工球が何百個も太陽をめぐり、帰らぬ主を待っている。

「木星や土星にあたる星のようですが……その、膨大なガスはどこにやったのでしょう」

 コーデリアと未沙が目を見合わせ、震える。

 

 軌道から都市を観測していた正宗がついに断じ、コーデリア・未沙を連れて、都市のそばの巨大な港に降下した。

「ダイアスパーにようこそ。アルヴィンといいます」

 恐ろしいほど美しい青年が出迎えた。

 いや、その周囲の人々も、半分はすさまじい美形だ。

「ヒルヴァーだ。先に言っておく、私たちリスのものは、人の心を読める」

 年老いた、むしろ醜い男の言葉に、並行時空からの客たちは衝撃を受ける。だが、百戦錬磨の強さ、平静を保つ。

「許可を受けなければ、読むことはしない」

「能力を証明するため、三桁ほどの数字を思い浮かべてください」

 アルヴィンの言葉に応じて、三人がそれぞれ数を頭に浮かべる。

 ヒルヴァーはそれを正確に読んだ。いたずらに、亡父の名を思った未沙が正確に当てられ、一番驚いた。

「この能力だけでも、恐ろしいことだ」

「あなたがたの目的、そして侵略するつもりかどうかを教えていただけますか?」

 アルヴィンの厳しい目に、三人はふっと笑みを漏らした。

「嘘を言っても無駄だな。侵略が必要なら、利益になるならする」

「国という化け物の挙動はコントロールできるとは限りません。が、国益にならぬ侵略はしないようにこころがけています」

「攻撃されれば自衛します」

 三人それぞれ、せいいっぱい率直に答える。

「そのようだな。しかし、後ろの乗組員どもは……」

 ヒルヴァーがぞっとした表情で、智の乗組員を見る。

「どうしたんだ?」

 アルヴィンの問いに、ヒルヴァーが首を振った。

「おまえに、人の心を読む力がなくて幸いだよ」

 ヒルヴァーが読み取った、戦国の普通の人間……まさに豺狼であった。

 ダイアスパーとリスの人間自体、メンタリティは大きく異なっている……ダイアスパーの人には性も子も死も病もない……

 が、リスも戦争や疫病、奴隷制はない。どちらも、野生とはかけはなれたニワトリだ。

 戦国の普通人は、爪とくちばしを血と腐肉にまみれさせた野鳥だ。何億年もの文明、遺伝子改良を受けていないのだ。

 育ちもまったく違う。暴力が当たり前……マクロス出身者たちも、地球人の大半が死ぬ激しい戦争を経験し、またゼントラーディは文化を奪われ戦いの生涯を送ってきた。

 バラヤーや智の士官たちも、武を尊ぶ伝統で厳しく鍛えられている。

 飢え、虐殺、拷問と言っていい体罰と異常な規律、家族や愛する戦友の残酷な死、狂信……どれも、平和なリスの人間には想像もできない。

「これほど技術がかけ離れ、しかもあなたがたは心を読むこともできる。こちらから征服しようとしても無理でしょう」

 コーデリアが釘をさす。

「はい、無駄でしょう」

 アルヴィンの言葉に冷徹さが混じる。そう、無限の力を持つ超絶存在がいる……いや、戦艦一隻、ダイアスパーの〈中央コンピュータ〉が起動させれば、バラヤーとセタガンダに智と五丈と練が加わって総がかりでも一蹴できる。

 もし降りてきた船が敵対的であれば、まずリスのテレパシーが読み取り、すぐにダイアスパーに攻撃を命じるだけのことだ。

「わたしどもに、あなたがたにさしあげられるものがあればいいのですが。せいぜい、つたない歌と物語程度しかないですね」

 そう、未沙が圧倒されながら言う。

「われわれダイアスパーのものも、千年を千度繰り返す生涯の中、芸術を磨いてきました。芸術はとても好きです。喜んでわかちあいましょう」

「われわれが侵略をしなくても、別のものはするかもしれない。だからわれらは、できる限り強くなければならない。技術がほしい」

 正宗はまっすぐに要求した。

「わたしたちバラヤーも、それを方針としています」

「わかりました。議会と〈中央コンピュータ〉にかけあってみます」

 アルヴィンは冷静に受け止めている。

「もしよろしければ、メガロードには優れた歌手が何人か乗っています。歌を交換いたしませんか?」

「それはすばらしいですね」

 未沙とアルヴィンが笑い合った。

「われらにも、メガロードのように専業ではないが歌い手はいるぞ」

「バラヤーからも呼んできましょう」

 正宗とコーデリアも、なんとか平和な雰囲気を維持しようと笑う。

 さっそく特設されたステージで、リン・ミンメイが歌う。ダイアスパーとリスの人々も、智やバラヤーの宇宙戦士たちも楽しげに拍手をはじめた。

 

 この時空には桁外れに高い技術水準が残る。それこそ、塗料ひとかけらの分析に何世紀もかかりそうなほど。

 源平の武士団がイージス艦・原子力空母・原子力潜水艦を手に入れてしまったようだ。素材や機械の原理すら理解できない。

 確かに莫大なごちそうではあるが、それを食べて血肉にするのに、どれほど時間がかかるかわからない。その水準の戦艦を作れるのは、いつになるかもわからない。

 ダイアスパーの〈中央コンピュータ〉が、一瞬で智・バラヤー・マクロス・ゼントラーディの技術を解析し、その連絡を受けて海王星があったところに置かれた巨大工場が動き始めている。客のそれぞれの技術の、次の段階を教科書にして配ってもくれた。

 数十年前にダイアスパーとリスが鎖国を解いて以来、ダイアスパーの人々は自らを支える技術の勉強も始めていたので、それが参考になった。

 これまで、ずっと何の疑問もなく、人や食物、家具を部屋に出現させ、ロボットを動かしてきた……それが、どのようにして動くかを数学から学び始めるのだ。とてつもないことになるが、千年の寿命があり死を知らず、全員が天才であるダイアスパー人にとって、どれほど困難なことであってもなんということもない。

 ちなみにリスは、完全にではないが技術を理解し、再生産し続けていた。

「ここがどんなに素晴らしい都市でも、突然の太陽の異常で滅びるかもしれません。別の星に、ダイアスパーとリスの複製を作るべきです」

 コーデリアもそう言った。

「自分に満足し、向上を怠るものは負けて滅びた。常に向上する以外、生き延びるすべなどない」

 それが正宗の実体験だった。

 

 また、ダイアスパーは観光地としても、智の千万近い人々や、バラヤーや周辺国からの人々をやすやすと受け入れた。

 何十億でも部屋はあり、そのどの部屋も心で思うだけで心地よい家具・十億年かけて磨き上げられた料理がいくらでも「出て」くるのだ。

 もちろん音楽も映像も本も、限りなくある。

 どれほどあるかわからぬ通路・天井・壁のどれも、素晴らしい芸術作品に飾られている。

 それは教育にも転用できる。

 エスコバールやベータ、もっと遠いワームホール・ネクサスの星々にもその話は伝わり、金持ちたちはこぞって行きたがった。

 グレゴールはじめバラヤー首脳陣は、他国からの観光希望をあえて受け入れた。

「昔の地球で、広い土地に金が出たときに、それを独占しようとしてもだめでした。自由に掘らせ、シャベルを売ればもうかりますよ」

 そうマークが言って、旅行代理店に投資したものだ。

 それは出入り口であるコマールに莫大な金を落とし移民を増やすことにもなった。

 

 また客人たちの記憶から、様々な美しいものや激しい感情そのもの、一人一人の人生を含む無数の物語が取り出され、ダイアスパーの人々の手で見事な芸術に加工されもした。

 

 

 そして、正宗・コーデリア・未沙の三人は、ひとつの想を得た。

「多元宇宙では、争うよりも技術をつがわせ、古い技術を探し、無人の銀河を高い技術で開拓して富国強兵を進めることが、最も強く豊かになれるようです」

「富国強兵は、戦国の誰もがつとめてきた。だが常にいくさと、伝統や汚職に足を引っ張られてきた」

「一つの星を戦い取るより、何千もの星を得る方がよい……当たり前のことですよね?」

「一見、開拓より征服のほうが費用対効果がいいように見えます。ですが、技術水準がある程度以上であれば、水星や天王星のように一見不毛の星からでも、何兆人も贅沢に暮らせる都市を築き、宇宙艦隊を作りだすことができます」

「時間がかかるのは、指数関数で増殖する機械が増え始めるまでと、機械を使いこなす人の教育ですね」

「これが、答えだ」

「そう。〔UPW〕のシヴァ女皇が、どうすれば多元宇宙が戦乱にならずにすむか、問うたと皇帝陛下に聞いています」

「私も手紙を受けている」

「これが、答えです」

 彼女たち、そしてバラヤーのグレゴール帝は、また使者を送りだすことに決めた。

「シヴァ女皇がこの技術と、この想を託せる人か」

 それを判断するためには、正宗とコーデリア、そしてグレゴール自身が行きたかった……だが、この大開拓、三国の人々を思えばとても行けない。

 体が二つほしい、と激しく思いつつ、エリ・クインはじめデンダリィ隊の精鋭、そしてメガロード航空隊員とマイクローン措置を受けたゼントラーディの腕利き、さらに読心能力を持つリス人が、ダイアスパーの〈中央コンピュータ〉が改装したアリエール号に乗った。

 外見は変わらないが、中身はまったくの別物。八日で銀河を横断できる速度、エスコバールとベータのすべてを集めた以上の計算能力がある。

 ファイター形態全長9メートルまで小型化された体に、巨大人型艦マクロスに倍する推進力・腕力・火力があり、自力フォールドが可能な半可変戦闘機が積まれている。

 そして、ダイアスパーのコンピュータの一部……一つの可動部もない、キャベツ大の石に見えて、巨大発電所・コンピュータ・工場・病院・大劇場・図書館を兼ね備えた《技術》を積み、コマールからバラヤーへ、そして〔UPW〕に向かって旅立つことになった。

 あくまで正使はマイルズ・ヴォルコシガン皇帝直属聴聞卿であり、彼に追いつけ、彼の判断がなければ技術は渡すな、と厳命されたうえで、だ。

「マイルズ卿の目は朕の目だ」

 グレゴールのその言葉を、正宗も未沙も、アルヴィンも信じるほかなかった。

 誰もが、どれほど欲しがるだろう。危険な旅になることは避けられまい……

 

 また、理性とは程遠い人々を治める正宗やコーデリア、安全を求める未沙、そしてあまりにも心の在り方が違う人々を結びつけようとするアルヴィンも、見た目ほど穏やかな日々は待っていないのだ。




都市と星
ヴォルコシガン・サガ
銀河戦国群雄伝ライ
超時空要塞マクロス

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