そりゃ羅候の旅の事後処理だけでも大変です。
練南蛮をどうするかなんて考えてませんでしたが、十分大変。
…そして『戦国時代に宇宙要塞~』と同じ…「尾張だけ近代」の隣の隣、何も知らずにヒャッハーしてたら金色酒という真綿が首に絡みついている…
今の日本も笑えないかもしれません。
今更ですがこの作品での姜子昌。
「敵国の王に(精神治療のため)主君をゆだねる」
「敵国の王から外見偽装装置を借りて主君の影武者をしつらえ、それを傀儡として留守国を好き勝手統治」
「敵国の王と連絡してなれ合い戦争」
…売国とか簒奪とか傀儡とか全部足すじゃなく掛けてさらに階乗(指数関数より増大が早い)するぐらいの何かですが、120%忠誠心というのが…
練の羅候が帰国した。皇后の邑峻、小さい子供や女官も連れて。
竜我雷に、捕虜というか治療というか、からの武者修行。その間は影武者が羅候を演じ、姜子昌が練を治めていた。
主君との再会。姜子昌は一目見て、願っていた以上に、
(一皮むけた……)
ことが腹に落ちた。
「道場に来い」
主君は、それだけ言って背を向け歩き出した。
木剣を手にした忠臣は、静かに主君に向き合う。
震えあがった。
(絶対に勝てない……)
留守の激務は言い訳にならない。時間を盗んで鍛えてきたつもりだった。
だが、完全に大人と子供だ。
そしてすぐにわかった。
普通の主従ならこの稽古は、
(主従、上下を確認するため……)
だろう。影武者を傀儡にしての統治、真の主君を排除して簒奪するチャンスは嫌というほどあった。いや、元から政治に関心がない主君、簒奪しようと思えばいつでもできた。
だからこそ、体に上下を叩き込みなおす、と。
だが、羅候の剣には一切の疑心暗鬼がない。ただただ、
(ものすごい高みを見てしまったことを伝えるため……)
(好意と、興奮……)
(友に、自分と同じものを見せたい……)
であることが伝わる。
旅で羅候が見てしまった高みは、誰にも伝えられなければ孤独にもなりかねないほどだと。
羅候の剣は、〈神剣〉の幅の中でも今別動隊にいるブルックリン・ラックフィールドらがナシェルに直接学んだのに似る、薩摩示現流寄り、攻撃重視の剛剣だ。だが長い旅の中、ロイエンタールと〈神剣〉全体の基礎も学んだ。第二ダイアスパーで学び始めた練操剣の水準も高い。
羅候が、ふわりと歩み寄り、破れかぶれで切りつける姜子昌の剣を薄紙ほどによける。足さばきが精妙で、体幹の信じがたい強さがわかる。
姜子昌が一瞬幻を見ていたように認識が落ち、我に返ると悟る……頸動脈に舞い降りるような寸止め。刃であれば必要十分なだけ切れていることがわかる。
最低限。いかなる動きの無駄もない。
以前の羅候にあった、動きの飾り、カッコつけを徹底的に、徹底的にそぎ落としている。
羅候は、確かに強かった。若くして勇名を轟かせるほど。
だが、剣の名手でもある姜子昌から見れば、
(もったいない……)
と思うこともあった。
羅候は、あまりにも心が幼く、感情が激しすぎたのだ。
注目されたい。自分のすごさを見せつけたい。残虐のための残虐。
それは、蛮族を率いて戦うには巨大な長所ともなった。圧倒的に激しく、けた外れに残酷な男の中の男にこそ、力のみを信じる蛮族たちは狂信的に従うのだ。今は亡き南蛮王が娘と国を託したのも、それを見込んでである。
だが、剣士としては……かっこいいポーズが非常に多い剣となってしまっていた。
「剣は小人数しか相手にできない、万人を相手にすることを学びたい」
と、剣の修行も中途半端なままだった。
また、感情が激しすぎ、また才能が大きく、名家の嫡子でもあったため、真に努力する必要もなかった。
父の戦死で一国一城の主となり、のし上がる……その時も、統治者としてはとことん怠惰だった。
興味がないこと、嫌なことをする人間ではなかった。
だが、今の羅候の剣はそのような甘さが完全にない。
いかなる飾りもない、他人の賞賛や自分自身の驕りも無視、機械のように無駄なく敵の急所に刃を届けている。
無意味に大きい傷をつけて強さと残忍さを見せつけることもない。相手の生命を止める最小限の傷を、外科手術のように正確に入れてくる。
異様な、知らない動きではない。自分も学んだ双剣の基礎にとても近い。歩き方がわずかに異なるぐらいだ。
基本に忠実、ともいえる。最も基本の技だけを丁寧にやった、ともいえる。
(日に何千、何十年修行したらこうなるんだ……)
というほどに正確に。
動きの無駄がない、大げさな予備動作がないので読めない。
無駄に速くもない。だが、足腰がありえないほど強いことはすぐわかる。
姜子昌はかなり無理をして、切り結ぼうとしない羅候と剣を合わせた。
水に沈む高価な銅木の太い木剣が二本とも折れた。それは大したことではない。
(鋼の塊)
羅候の身は、打つ瞬間鋼の塊であった。特に体幹が。足腰が。握力が。
(鋼のバネ)
そのすべてが、鋼のバネ。粉一つの力の無駄もなく、力を剣に集中させていた。
手打ちではない、しっかりと体幹を使っている。大げさではない、最小限の動き。
強者である姜子昌でない常人なら吹っ飛んでいた。骸羅のような巨体怪力なら、重心を崩され自分の力で床に顔を叩きつけられていた。
死ななかったのが不思議なほどの修行の日々を送ってきたのだと、自分も剣に優れる姜子昌はよくわかった。
また姜子昌は知らないが、〈虚憶〉も羅候にとって経験になっている。
五千の精鋭を斬ったのだ。項武をはじめ、何人もの竜我雷が誇り天下を取った猛将たちとも戦い、そのすべてに重傷を負わせて退けたのだ。
極限を超えて超えて超えつくした疲労。膨大な数の、十分に才がある男たちの生命。
そのまま剣の糧となっている。
そして最近、ラインハルトとロイエンタールの戦いの背を守り、あの五千にも劣らぬ膨大な怪物と戦って戦って戦い抜いた。
その経験も膨大だ。
さらにロイエンタールと、銅骸骨との稽古の日々。
(佞臣だった)
姜子昌はそう思わざるを得なかった。
主君の心の病から目をそらし、敵なのに救いに来てくれた竜我雷に面罵されてより、一夜の安眠も許さず身をさいなむ自責。
さらに強まる。
(主君の剣術が不完全であることも改善しようとしなかった。十分強いからいいと思ってしまった)
もはや、喜びというには大きすぎる感情だった。
稽古の後、羅候は姜子昌に一つの映像を見せた。
柄の長い両手剣を持つ若い男と、常寸の刀を持つ女が斬り合う映像だ。
速くない。別に万斤を揚げる力でもない。だが……
「いやというほど見た、この映像。バケモノとバケモノ。速さでも力でもない、もっと上、もっと上。
ロイエンタールとラインハルト、ガイコツだってそのくちだ。
……頂上が見えない階段を、ほんの数段上っただけだ」
忙しい。だが姜子昌は、その映像に魂を奪われた。
剣の極み。
身長に近い両手剣の、半分以上に長い柄。時に片手剣、時に刀、時に斧、時に槍、時に短剣と両手剣のまま千変万化する。素手の、投げる・関節・打つ・蹴る・肘・頭突きさえ統合した動きも混じる。
また、主君自らの戦いの映像も。主君と、離れた国の金髪の美しき君主、主君とともに旅した騎士の三人が戦い抜いた凄絶な白兵戦。想像を絶する怪物と、それを圧倒する技。
極端に、自分が知らない動きではない。自分たちに共通する、二足歩行の人が必然的にたどり着く剣術。
だが……
(これほどの旅をしてきたのか……)
主君の、友の成長。それほどうれしいこともない。
「お前も、人を育てて何とか任せられるようにして、修行して来い。〔UPW〕のアイナ・カラメルとリリィ・C・シャーベット、ローエングラム帝国のラインハルトとロイエンタールに紹介してやる」
そう言われた姜子昌は少しあきれた。
多忙で無理、それだけではなく、練と南蛮のずれ、ゲートでつながる別時空で得た領土など問題は多い。
さらに、見えてきた新五丈との経済格差。なれ合い戦争の中でもわかる、相手の技術水準や、心の在り方が急速に変わっていることが。
(人を使い捨てればいい……)
態度ではないのだ。
新五丈はなれ合い戦争も利用し、多くのことを学んでいる。次々と新兵器を試し、心を変えている。元海賊の乱暴者だった項武が、一度戦って一月後にまた戦えば別人なのだ。一兵卒に至るまでそうだ。
(向こうが本気を出せばすぐに負けるぞ……)
その恐怖も感じずにはいられない。それを見ない、自陣営の蛮族たちに絶望するのも毎日のことだ。
それどころかある時期から、なれ合い戦争は、
(敵の兵站を襲い奪うことに成功する……)
ことを通じて、こちらが多くの金品や食料を得ることすらできている。技術のかけらもない、あきらかにつかまされたものを。
それも、なれ合い戦争を続けさせるため、こちらの蛮族に餌を与えてくれているのだ、と姜子昌たち頭がある重臣はわかっていた。
ほかにも、パルパティーン帝国、コロニー連合、ミュール、旧帝国の廃墟……多くの他者と接し、練にも奇妙な商人が食い込む。
通過したいという客人が麻薬商人を摘発してくれたこともある。姜子昌は報告されている、想像以上の技術力を持つ恐ろしい敵が、短期間でかなり深い組織を作っていたのだと。自らも複数の重臣を、別の罪で族滅せねばならなかった……組織のことは公に出せなかった。
さらに、新しい技術や商人が、どんなにわずかな接触でも人の心を変えてしまうことにもおびえていた。
技術を学ばず焼き尽くし殺し尽くした野蛮な同僚たちや主君にさえ怒りを感じていたが、わかるのだ。
(いっそすべてなかったことにして、自らは変わらないほうが楽だ……)
と。意識してのことではないだろうが。
〈共通歴史〉で、明が鄭和の航海をやめ、すべての記録を抹消したのにはそれもあるかもしれない。新大陸に触れたカソリック・古代ギリシャローマ古典の権威が崩れたように、未知の異文明と接することで儒教の権威が崩れるのではないか、と。
スペインを領し同じ風に吹かれていた、コロンブスと同じ機会を持っていたイスラム帝国が海に出なかったのも。
姜子昌自身、乱世の新興国出身ではあるが軍師としては飛竜と机を並べて留学し、最高水準の文化も身につけている。同時に戦国の野蛮にもしっかりと身を浸している。二つの目、だからわかるのだ。変化の恐ろしさが。
そんな苦労をしている姜子昌だが、羅候の目にもっと強いものを感じた。
彼が旅で学んだ、このおそるべき剣。それが、
(自分の第一印象以上に重要ではないか……)
と。
第一印象を利用し疑う、その訓練は師から叩き込まれている。
(自分が、この剣術を学ぶことが、それほど重要なのか?)
このことだ。
もとより、人を育てなければ、
(自分が倒れたら終わる……)
そのことは常に真実である。見たくない真実だが。
智の紅玉、前正宗が倒れかけたことを、今は星占いからも情報収集からも知っている。
そして、〔UPW〕やゴールデンバウム帝国に留学できるなら、味方を募れるのなら、リスクも高いが願ってもないことでもある。
姜子昌はまだ、羅候が稼いできた外交預金の巨大さを知らない。
そして、実際にどれほど時代が変わっているのかも、半分も知らない。
そして姜子昌たち、練の、
(頭がある……)
幹部たちは、じっくりと羅候の旅話を聞いた。皇后や、いろいろあって同行した女官たちの話も。
集めていた情報をはるかに絶する、〔UPW〕と加入国の技術や産業の規模、そして新五丈の、さらに智の変化。
自分たちが、
(虫以下……)
であるという不都合な真実を認めるしかない。
虫ならばむしろ恐ろしい、イナゴ(バッタ)の害は常にあり、ペストはネズミについたノミ、いくつかの熱病は蚊、という情報も入っている。
新五丈すら、『道』を通じて莫大な富と、政治的な貯金が入り続けている。
まして智、〔UPW〕に移籍した紅玉の持つ力と技術……
駆逐艦一隻、いや艦載機一機で、練・南蛮の全艦隊、何十という帝虎級を簡単に原子以下に消し去れる。
単純な腕力でさえも、羅候はギド・ルシオン・デビルーク王とも会っている。個人で惑星破壊級の力を持つ、とてつもない武人と接してしまったのだ。
そして、
(あいつらは〈神剣〉がある程度できる剣士を十人も売ってやれば、練・南蛮の民ぐらい軽く食わせてくれる……)
という誇りも何もない真実すら突きつけられた。
羅候夫妻自身、バラヤーのグレゴール帝一家の生命を救い、ロイエンタールの旅につきあって共に戦い、ラインハルト皇帝の身も守っている。その政治的預金は莫大だ。
預金、というのはグレゴール帝が好む言い回しだが。
(あとは、レンズを持った連中の邪魔をしないことだ……)
このこともある。
実際には何度も、大艦隊ほどの物資を積んだ目に見えぬ〈影の月〉が領土を通過していることも知らされた。
羅候たちは、〔UPW〕のタクト・マイヤーズ長官、バラヤーのグレゴール帝らから姜子昌にあてた手紙も持ち帰っている。
中には、旅立つ前のエンダー・ウィッギンが残した手紙もあった。
姜子昌などは冷汗三斗であった。
エンダーからの手紙では、彼がこの時空の情勢も、羅候と雷、姜子昌その人の人となりも恐ろしいほど理解していることが伝わってくる。そのうえで、
「あくまで新五丈と決戦する」
と、
「練という国、家を保つ」
という目的別にどうすべきか、それこそ十年分の棋譜がしっかりと書かれている。
決戦を選べば、ほぼ完全に詰みであることも。別時空を変に利用しようとしたら、確実に潰すことも……練にできる謀略をいくつも先んじて予測している。
(なんという軍師だ、軍師の立場などまるでない)
と姜子昌が崩れ落ちるほど読み切られていた。
(まず、覚悟をしなさい。一つだけを選び、それ以外すべて捨てなさい。面目も、伝統も、誇りも)
(練という国の存続か、貴殿の主、羅候陛下の性格を見ればおそらくは竜我雷との決着か。いずれでも、それ以外のすべてを捨てる覚悟が必要です)
(智の紅玉殿を知るものに聞くとよいでしょう。彼女がどれほど捨てに捨てたか)
(貴国、特に南蛮の将兵は武・野蛮であること自体を尊ぶ精神が強い、それは高度技術に遅れることもあるものの、きわめて大切な財産となります。決して否定してはなりません)
(鍛えられた少数を傭兵として〔UPW〕に貸し出すことにより、国を保つことができます)
(むしろその尚武の精神を忘れてはなりません。蛮族が尚武の精神を忘れ、無理に文明をまねようとすれば自滅するのが歴史の常です)
(絶望する必要はありません。練・南蛮に生きる道はあります)
〔UPW〕にとっての練の価値も、タクトから、また紅玉に仕える飛竜から書かれていた。
練領土にもゲートがある。時空の結合から侵略を続け、もっぱらパルパティーン帝国と戦っている時空がある。
ミュールが〈ABSOLUTE〉のクロノゲートを封じ、コロニー連合・練・パルパティーン帝国に侵略されている滅んだ帝国。第二ファウンデーションが裏から支配している。
パルパティーン帝国は、〔UPW〕と惑星連邦の間に立ちふさがっている。できれば太い道を作りたい。
これまでも、エンダーらなど使者が様々な方法で通過している。
(新五丈がそうしているように、大規模な『道』を作ればその道の周辺も栄える)
とも知った。
また、多数の帝虎級を作るなど、総人口も多くそれなりの工業力もある練・南蛮は、教育次第では大きい人材源になる。
もうひとつ、練にとっても新五丈にとっても幸いだが、〔UPW〕の文明はもう、
(文明の有無を問わず多数の人を奴隷化し、残忍なプランテーションや苦力として使い捨てることで儲ける……)
構造にはなっていない。単純労働者は不要と言っていい水準に至っている。
それこそ、練・南蛮こそ、戦いで奴隷を得て生産力を支えている面が大きい。
それらの分析も、主にヴァレンタイン・ウィッギンから伝えられる。
グレゴールの手紙は思いやりに満ちたものであった。
自らと皇后、子供たちを守ってくれたことに対する感謝。
また、
(強くなりたいと励み続けている、そうしているうちは誰よりも大きい男にほかなりません)
とも。
自分自身も励む、という約束は羅候にとって強い励ましにもなった。
そして羅候は本気で忘れかけていたが、土産も持ち帰っていた。数十兆食、何百億人も一年食えるほどの食。
「奴らにゃこんなのなんてこたねえよ」
羅候の言葉に姜子昌は崩れそうになる。
羅候が帰ってきた船自体、見た目は練の老朽輸送艦であり……その内部の倉庫にゲートがあり、『道』の管理設備の一つの惑星級巨大倉庫に直結している。
中身はかなり多様。規格化され、非常にコンパクト、すべて鉄缶に入り何十年も保存できる。それでいて高カロリー、さらに飢餓状態の人用など、さまざまな病人・体質用も行き届いている。
汚水をも浄化する付属の袋があり、浄化した水を混ぜ、付属の塊を揉んで器にくっつければその塊が火ではない熱も出し、熱い具だくさんの汁を食べられるものが中心。
歩きながら手を汚さず口に放り込める食物もある。
何十人もの集団のための、最低限の手間である程度ちゃんとした食事を作り配れるシステム化されたコンテナがある。
きわめて体積当たり栄養が高い、掌に乗る大きさで重労働をする成人男性一日分の栄養を満たす、調理なくそのまま食べられる塊状の食品もある。これは(反それが作ったネガティブ並行世界の)ローダン軍の鹵獲艦から得た凝縮口糧も参照されている。
試食した幹部たちはまた呆然とした。
「兵がどれほど連食しても満足できる、士気を保てる美味……」
「練、南蛮の多様な部族の好み・タブーも知り尽くしている……」
開けると誰もが悲鳴を上げるほど臭いが、かなり有力なある種族がとてつもなく好む発酵食もある。
そのラベルの細かい文字を、姜子昌らはじっと読んだ。そして知る名を見た。
「大帝山の李八」
智の、軍の食をつかさどる男の名は調べている。調略が絶対に不可能である忠誠心も、何人もの密偵の首を送り返されて知っている。
だが、
(これほどとは……)
であった。
(練・南蛮の諸種族の、生理・習俗・宗教・タブー・好みを知り尽くしているのか……)
である。
それを攻撃・調略に用いられたら、
(掌の上のように滅ぼされる……)
こともわかる。
そして姜子昌たちは知った。
〔UPW〕に深く属する国々は、もう飢えを忘れつつあることを。
エネルギーで水と空気、それもたとえば地球のある太陽系の、土星の衛星の一つエンケラドゥスに地球の海より多くの水がある……そんなのがどこの星にも多数、さらに海王星や天王星型ならもっと。
その水と、二酸化炭素とアンモニアからブドウ糖などをエネルギーで直接合成、それを細胞培養肉に注ぐことで……
化学合成菌共生のバター虫、恒星のすぐそばを公転する巨大ガラス管での藻類養殖、その他の高度技術も。
飢え。まさにそれこそ、戦乱の本質に他ならない。
飢えているからこそ、特に野蛮な民は命を捨てて戦うのだ。敵を倒し、食料を奪い、奴隷を売るために。
自分たちを飢えさせて贅沢を楽しむ文明人に対する、文明に対する憎悪のために。
その違いがあるから、食を提供されたことも知らされる。
この莫大な食は、兵器だ。これをうまく使えば戦国に凝り固まった武将たちに対し、姜子昌ら頭がある忠臣たちが圧倒的な優位を持つことができる。
戦国、狭い地域を支配する武装地主たちのまとめ役という弱い立場を脱し、民・雑兵を直接掌握し、逆らう部下を容赦なく潰すことができるのだ。
変化を拳で強要することができるのだ。
皇后の邑峻もすっかり人変わりしていた。
以前は、南蛮の王女らしく普通に驕慢で贅沢で残忍だった。ひたすら羅候を慕っていた。
だが、彼女は贅沢はやりつくした。第二ダイアスパーで数日過ごせば、練と南蛮に智と五丈を征服し砂漠になるまで絞りつくしてすべて贅沢に注いでさえ、
(貧民の幼子のままごと以下……)
である。
子供たちをいつくしみ、羅候と睦み合う……羅候についているシューマッハのレンズ通信の帯域幅を消費して、別時空に預けてある子を感覚と体温と柔らかさを全部共有する人形で抱きしめることも。
もう次の子も腹にいる。
落ち着いてすぐ、羅候は新五丈の雷に手紙を送った。
感謝を含む礼儀部分は姜子昌に書かせ、本体は、
「〔UPW〕に頼み〈神剣〉を修行しろ。行が成ったと思ったら来い、約束は変わらない」
と。
かつて、危険を犯し使者に混じって雷の元を訪れ剣を交わし、
「熱い時代を」
と約束した、約束は変わらない。だからこそ雷は羅候を助けたのだし、羅候は武者修行の旅にも出、厳しい修業を積んだのだ。
さらに宮殿に大きな道場を作った羅候は、若く素質がある者を下級兵卒からも集め、厳しい修業をつけ始めた。
巨大な象を操り、また体重より重い分銅をつけた鎖を自在に使う女将、神楽が熱心だった。
「この剣をちゃんと身につけたら姜子昌に紹介してやる」
と飴を投げられたからである。彼女は昔から姜子昌に憧れていたのだ。
手紙を受け取った雷は師真に相談した。彼は目の色を変えてうなずいた。
『道』作りでオーベルシュタインや、〔UPW〕首脳と折衝することが多い師真は、そちら側についても詳しい。
「それが羅候の礼だろうな。深読みする必要はないだろ」
と肩をすくめた。
戦いの最前線に身を置いていた羅候は、〈神剣〉が、ジェダイの技が今後どれほど重要になるかを見ているのだ。
といっても、雷も別時空まで剣術修行に行くのはなかなか難しく、〔UPW〕でもジェダイ、セルダールの魔を断つ練操剣、そして〈神剣〉を本当に身につけている者はアイラ・カラメルぐらいだ。
新五丈そのものの変化も大きい。
不妊だった正妻の紫紋も人工子宮の子が生まれている。継承順は麗羅の子に確定しているが。
少し時をさかのぼる。戦いが終わり、意識が戻らぬとはいえロイエンタールが息子を取り戻した。
疲労を通り越して入院した羅候が起きてすぐに、ラインハルトとも秘密裏に謁見できた。美しき皇帝は、形式も何もなく道場に誘った。
(羅候が何よりも求めるもの……)
を、満腹するまで与えてくれたのだ。自分自身と、親衛隊、また〈老薔薇〉たちを糧として与えて。
ヒルダ皇后やアンネローゼも、心から邑峻を歓迎した。母親の先輩として。
それから〈ABSOLUTE〉に行った羅候夫妻は、娘の救出作戦への協力を頼みに来たギド・ルシオン・デビルークとも会った。
そこでは、同行していたギドの娘の婚約者と、邑峻と前正宗の紅玉、飛竜らがまとめてとんでもないことになったのだが……それはまた別の話である。
羅候はラインハルトの話も聞いた。姉を奪われ、不公平な社会に対する怒り、友との約束とのために天下を取った男。
また、単純な戦闘力でけた外れどころではなく羅候を圧倒するギド……惚れた女、そして野望のために銀河を統一した男。
自分の夢をやってのけた男たちと語らった。
古代守から、デスラーやズォーダー大帝の話も聞いた。守自身も亡国の王配であり、今復興している国をあちこちに飛び回りつつ支えてもいる。
多くの覇者たちとの出会い。それは、
(天下を取る)
ということが何かを見つめなおすことにもなった。
羅候に少し先んじて同じ人々と会い、共に戦い、先に故国に返った竜我雷も、同じように感じていることを知っている。
ただ、男が目指すべき野望……そう教わったことに、ひたむきに走っていた。
それだけが、地方の弱い国が生き延び、家族と家臣たちを守るすべだった。
弱肉強食の群雄の中、食う者が今日を生き、食われる者は滅んだ。食い続ける以外に生きるすべはなかった。その先に天下……
以前の自分には、家臣も領民も目に入っていなかった。
だが、今は……
新旧エンジェル隊や、ヒルダ・アンネローゼもリトさんの毒牙に…じっくり描きたかったんですがまた今度。
さらにそろそろ、エンジェル隊の余り組(本作は桜葉姉妹ルートです)と銀英伝独身組、そしてアンネローゼの結婚も…と思っていますが今回はちょっと無理です。