艦船であるわたしが、衝撃に打たれている。
かつての、自分をほぼ取り戻した。何千もの属躰(アンシラリー)仲間とともに〈トーレンの正義〉のAIだったころと、ほぼ同じ。ほぼ、だが。
ズフィルード・クリスタルなど〈クロガネ〉が得たという技術。〈ミレニアム・ファルコン〉に積まれていた技術。
それらを複合し、ユリアン・ミンツが制御した技術。素材は価値がない、主星から光年で数えるほど離れた小惑星。
それで、わたしの記憶の中にあった兵員母艦〈トーレンの正義〉をほぼコピーし作り上げた。さらに人間の脳と同等の脳を備えた、三千のドローンと属躰の中間体も。
外見は多様。人間と区別がつかないものも数百。残りは手足が細すぎる、少し小柄な人形。C-3POにも似るが黒い金属の、指ぐらいの太さの手足。やや大きい頭。数十は、人間の形だが身長5メートルはある手足が細い身体。
属躰と同等以上の仕事をこなし、同等以上の頭脳と共通インプラントもある。
違いはある。属躰とは違い、機械の部分が圧倒的に多い。それらをメンテナンスするのは医療技師ではなく、それらどうしであり〈トーレンの正義〉より何十倍も拡張された機械工場だ。すべて食料は必要とせず、細い金属の手足のものや巨人は真空中でも活動できる。
この星域にある艦が蓄積している、サスペンション・ポッドの人々を利用して遺伝子が微妙に違うよう作られ、多様な人間と同様でもある。かつて、わたしが、わたしたちラドチが併合した人々を冷凍し、必要に応じて解凍してすぐインプラントを挿入したように。ただ、消去されたそれまでの人生がないだけで。
六千の目、三万の指から来る膨大な情報。三千の脳とインプラントと、ラドチのAIをエミュレートしている異質なコンピュータによる莫大な処理。わたし、1エスク19はそのごくわずかでしかない。
あまりに長い間忘れていた感覚が戻った。いや、かつてのわたし(トーレンの正義)よりはるか上の処理能力であることはわかる。
その労働力もあり、ちょっとしたトラブルで破壊されたステーションの修復もあっというまに終わった。
さらに、同じ規模のステーションも作られた。アンダーガーデンの住民たちにも十分な住居を割り当てることができるようになった。
さらについでに、有力市民フォシフ・デンチェの娘ロードが割り、カルル5が破片を集めていた、何千年も昔の茶器も完全に修復された。
それらを可能にした、別時空からの使者。〔UPW〕の〈レンズマン〉ユリアン・ミンツら。
本来彼女(ラドチは男女を区別せず、すべて女性として扱う)たちは、時空の間をさまよっている存在。そして〔UPW〕の基本方針は、別の時空の政体には干渉しない……内乱があればどれかが勝つまで見守り、特定勢力を助けることはしない。
だが、今は特別だ。彼女たちの勢力はあまりにも少なく、戦力が必要だ。ということで、恐ろしい技術で艦船を作り出した。そのついでに、わたしが提供した情報や協力に対する返礼として、わたし(艦と属躰)とステーションも複製してくれた。
さらに、たくさんの歌も教えてくれた。あちこちの時空の膨大な歌。
茶とその種も、茶器も交換してくれた。
これらの、恐ろしい量の創造に、アソエク星系や、わたしの艦〈カルルの慈(めぐみ)〉のクルーらは恐れおののいている。〔UPW〕について詳細な情報はまだ明かされていないにしても。
問題はいつもたくさんある、宗教関係者がステーション住民に、ステーションの修理や新しいステーションへの移住に協力しないよう訴えていること。また、ステーションに損害が出るきっかけになった〈アタガリスの剣〉のヘトニス艦長の行動の理由も、完全には理解できていない。
おそらく、あの割れた茶器がかかわっているだろう。あれはヘトニス艦長が労働者を売って手に入れ、市民フォシフに売ったものだ。ゴースト・ゲートの向こう側がかかわっている。
最近発見された奇妙な人も。彼女はアナーンダ・ミアナーイの一部が母星から出て帝国を作り始める以前に彼女に逆らった勢力、ノタイの艦〈スフェーン〉の属躰であることが判明した。
ついでに、通信機の故障で連絡不能になっていた〈イルヴェスの慈〉が〈クロガネ〉に発見され、わたしが派遣した修理班によって修理され艦隊に加わった。
いま問題になるのは、ツツル宮を制圧した、わたしを憎む側のアナーンダ・ミアナーイの艦隊が来ることだ。
ついでに、セイヴァーデン副官が恋愛がらみのトラブルと、薬物中毒の後遺症で不調だ。根本的には、彼女が生まれ育った時代、名家の一員であったのが、冷凍状態で漂流したため今はその何百年後、彼女の実家は滅びている、そのことがある。
もっと長期的には、不毛の小惑星から艦船を作るという考えを知ったことがある。このアソエク星系の主星より遠いところでも、また大気のない岩石惑星しかない星系……このアソエク星系から行ける、行き止まりのゲートとなっているゴースト星系にも、膨大な人口が生活できるということだ。そして戦闘艦を作ることもできる。
とんでもない技術で今の技術水準のコピーを作るだけではない。
わたしは彼女たちに、高真空で長期間作業できる手足がついた宇宙船で、氷や岩を切り出す方法を教わった。
人間のサイズよりかなり大きい、ほぼ機械の身体を持つ属躰。艦船のAIは人間の手足の制御に熟達している、かなりサイズが大きくなっても。
恒星の光を集め、氷や岩や鉄を溶かしてより大きなレンズや鏡を作るという発想。巨大鏡で集中された光の熱は、簡単に氷でも岩でも大穴を掘ることができる。また加熱した小惑星核を円盤状になるまで高速回転させれば、遠心分離で大量の資源を簡単に得られる。
膨大な食料を生み出す微小藻類農場や、共生化学合成細菌の力を借りてアンモニアや水素から食料を作る遺伝子改造虫。
技術より『発想』のほうが恐ろしい。そして、〔UPW〕はそのアイデアで膨大な生産をなし、生活水準を向上させて争いをなくそうとしているそうだ。
だが、膨大な生産は当然侵略にも使える。
さまざまな問題を処理するわたしを、常にわたしのそばにいるユリアンとジョーはただ見ている。
カルル5は、ユリアンと茶を淹れる技術、茶器を選ぶ技術を張り合い、かつ教え合っている。
ジョーは静かに見ている。だが、感情を隠すのはあまりうまくない。前の艦長に属躰のように無表情であるようしつけられた〈カルルの慈〉の兵士たちのようには。また、ジョーは属躰のように、頻繁に膨大な情報を仲間とやり取りしている。
ユリアンもジョーも、それぞれ違う遠隔連絡方法を使っている。特にユリアンが用いている方法はわたしにも、艦のスキャナーでも見当もつかない。プレスジャーの通訳士と同じように。
ティサルワット副官に、ある提案をしたら彼女は驚いていた。彼女は一時、わたしをここに派遣したほう、オマーフ宮殿のアナーンダ・ミアナーイの情報が入ったインプラントを挿入されていた。わたしと〈カルルの慈〉を監視し、支配し続けるために。わたしはそのインプラントを取り除いた。いまのティサルワットはもとの人格は破壊され、アナーンダ・ミアナーイからも切り離されたまま、なんとか仕事をしている状態だ。
彼女の、ライラック色の瞳は迷いと絶望と怒りで揺れていた。インプラントを挿入する前の、軽薄な士官が変えた瞳の色は。彼女はあれからも恋をし、彼女のために生命を投げ出そうとした。わたしが多くの人の間で見てきたように。
アナーンダ・ミアナーイであったティサルワットも別時空の人々を見ているのだ。プレスジャーの通訳士が巨大な機械や、人の大きさと形の機械を「人」とは別だが対話できる人として扱っていることも。
わたしは、いま船殻の外にいる。バキュームスーツにアーマーを展開して。
横に、ジョーがいる。バキュームスーツも着ていない……彼女たちは真空中で行動できるほど、体の多くがインプラントに置き換えられている。ラドチャーイより上の技術水準だ。
ユリアンはかなり大型のバキュームスーツを〈クロガネ〉に作らせ、まとっている。
身長は2.4メートルにはなる。人の胴体より太い手足。頭と胴体は一体。さらに胴体の後ろが、人が入れるほどに分厚い。ペイロードが大きく、行動可能時間も長くパワーも増大させる。
ぜひラドチ軍でも欲しい品だ。
「わたしたちは見るだけです」
ふたりともそう言って、ただそこにいる。危険も承知で。
わたしの手には異星人プレスジャー製の手がある。〈トーレンの正義〉を失い、ひとりでさすらう長い年月を、その銃を手に入れることに費やした。セイヴァーデンと出会ったのもその旅の中だ。
あらゆるシールドを1.11メートル貫通する銃。ガルセッド星系の抵抗者はそれでいくつもの艦船を花火に変え、報復としてアナーンダ・ミアナーイは星系すべての生命を滅ぼした。それが皇帝の分裂のきっかけともなった。
通常空間に出る。
視界に数値が流れる。
射撃。
隣で、ジョーがかすかにうなずく。
ゲート空間に戻る。
ツツル宮のアナーンダ・ミアナーイが艦隊を送った。その分手薄になった隙を、別の星系にいるウエミ艦隊司令官……まず間違いなく、彼女もティサルワット同様アナーンダ・ミアナーイを突っ込まれている……が襲うだろう。
だが、それはわたしにとって重要ではない。わたしはどちらのアナーンダ・ミアナーイも憎んでいる。
ツツル宮の暴君はわたしに復讐するため、わたしを、またわたしにとって大切な人……オーン副官の妹……を襲うだろう。その分、足元がおろそかになる。わたしも抵抗する。それも、わたしをこちらに送った暴君の読みだ。
どっちもどっちだ。どっちもアナーンダ・ミアナーイだ。くたばりやがれ。
四隻目では、さすがに敵も反応するだろう。〈カルルの慈〉もそういって反対した。だが問題はない。もうわたし、1エスク19が破壊されても、人が髪の毛一本失うほどでもないのだ。
機雷。有能な艦長だ、わたしがなにをしているかはわからないながら、最善の対応をした。
閃光は見えない。大きい身体が、わたしをかばった。ユリアン。
瞬時に、わたしは襟髪をつかまれ、別のところに移動している。ジョー。属躰が出せる最大速度もはるか上回る。技術水準が大幅に高い。
〈トーレンの正義改〉を見失った。
軽い傷はある。ジョーが素早く手当てを始めた。
空間が揺らぎ、隠されていた姿が出現した。別時空の人々の、紋章機と呼ばれる戦闘シャトル。それ自体が別の知的生命であるかのように、プレスジャーの通訳士は扱っていた。
その内部に、ジョーがわたしを運びこむ。
視界の端に、別の影が映った。〈カルルの慈〉。
後事を託したエカル副官に命令したはずだ、艦を、クルーを守ることを優先せよと……
紋章機は素晴らしい速さで、〈慈〉に向かう。
〈カルルの慈〉に降りて治療を受けてから、何人かと会話した。ステーションのアンダーガーデンに隠されていたAIコアについてわかった。だから何人かの有力者が、アンダーガーデンに手を触れさせまいとした、昔の皇帝の命令に従って。
だがそれも重要ではない。ユリアンたちはいつでも、好きなだけAIコアを作れる。
そしてわたしも、その作り方を理解してしまった。〈トーレンの正義改〉の多数の属躰を技師・労働者として用いることで、高度科学が必要な物資でも生産できる。時間さえあれば。
作戦の上で重要かわからないことがある。なぜか、属躰で、艦であるわたしを、〈カルルの慈〉は艦長と認め、〈トーレンの正義〉がオーン副長を、また〈アタガリスの剣〉がヘトニス艦長を愛しているように愛していることを知らされた。ティサルワットも、ほかのクルーも……
〈カルルの慈〉と、〈トーレンの正義改〉は一時ゴースト星系に退避し、そこで状況を把握した。撃ち漏らした、ツツル宮からの艦〈グラットの剣〉にいたアナーンダ・ミアナーイがアソエク星系を掌握したらしい。
さまざまな報道がわたしを非難している。その報道には、アソエクのステーションからの隠されたメッセージも含まれている。
〈ミレニアム・ファルコン〉もこちらに素早くついてきた。
〈イルヴェスの慈〉はどちらに、誰に従えばいいのかわからない様子でいる。
アソエク星系に残った〈クロガネ〉とコピーされたステーションから連絡は入る。アナーンダ・ミアナーイが乗る〈グラットの剣〉は、星系に出現してすぐにシャトルに衝突する事故を起こし、付随してステーションにも大きな被害を出したらしい。重要な家の人も何人も犠牲者にいる。
そのため、住民たちやステーションはアナーンダ・ミアナーイに反感を持っている。
そのアナーンダ・ミアナーイも、突然生じた新しいステーションには面食らっているようだ。誰が暴君に、〔UPW〕について報告したのか……わたしは、その報告をする者でなくてよかった。
「きみたちに言っておかなければならない。わたしが、〈トーレンの正義〉が昔は、どのようなことをしてきたか。アナーンダ・ミアナーイがどんな存在か」
わたしは改めて、ユリアンとジョーに語り始めた。
艦であったころにしてきたこと。併合。膨大な人間を撃った。指を折った。腕を折った。足を折った。目を潰した。膝で押さえつけ、首を潰した。属躰にした、今話している1エスク19の、手術の前の人間も含めて。
オーン副長とともにしたこと。オーン副長も射殺したこと。
ラドチが、アナーンダ・ミアナーイの名において自分たちが何をしてきたか。
彼女たちは黙って聞いた。そして語った……
それぞれの時空の戦争を。
ゴールデンバウム銀河帝国と、自由惑星同盟の長い戦い。
黒い幽霊(ブラック・ゴースト)を生み出した戦乱の世界。数多の闇の戦い。
エオニア王子の追放から始まった、膨大な被害が出た内戦。
統合戦争、コロニーと地球の対立、異星人の出現とDC(ディバイン・クルセイダー)戦争。
パルパティーンという皇帝と、反乱軍との戦い。
彼女たちも、多くの血を流し背負っている。
だからこそ、彼女たちが口にしない思いも伝わる。
干渉してはならない、そう言いながら、彼女たちもアナーンダ・ミアナーイを好きではないということが。
期待してはならない。頼ってはならない。だが……
「ツツル側のアナーンダ・ミアナーイにも一度面会し〔UPW〕について告げなければなりません」
ユリアンはそういった。
「わたしにはそれを止める権限はありません」
わたしにはそういうしかなかった。
直後、〈クロガネ〉がアソエク星系に姿を見せ、前からあるほうのステーションに連絡したようだ。
さらに厄介な問題もできた。
ゴースト星系から、ラドチのエンジンでは行きにくいが〈ミレニアム・ファルコン〉のエンジンであればすぐ行けるどこの領域でもない星系に、彼らが知る時空間ゲートが見つかったのだ。
+++
〈クロガネ〉からピュンマ(008)、ルイ・マシュンゴがラドチ皇帝アナーンダ・ミアナーイと面会した。ツツル宮殿からアソエク星系に来て権力を掌握した、ブレクに艦隊をやられた生き残りの皇帝。
黒人種のふたりが選ばれたのは、ブレクの忠告もある。ラドチでは黒人種が優越しているのだ。
シトレがいるように人種差別が少ない地域出身のルイ・マシュンゴはともかく、闇の奴隷狩りにもあったピュンマにとっては複雑だった。
ワルター・フォン・シェーンコップとゼンガー・ゾンボルトも従僕として同行している。スキャナーで非武装は確認されている。
皇帝は即座に〈クロガネ〉の、また別時空も含めた併呑を宣言した。
〈トーレンの正義〉ことブレクを支援したとも非難した。ブレクは反逆者だと。
「〔UPW〕に加入する意思がないのであれば、内戦が終わるま」
「内戦などない!狂った艦船と、わずかな被征服民の反抗があるだけだ。この時空の全人類はわたしのものだ」
「ラドチ球は?」
ピュンマの一言はアナーンダの反論を封じた。ラドチ帝国を作った、分裂前のアナーンダ・ミアナーイさえ、穢れが多いのでラドチ球に、ラドチ中心にあるダイソン球に近づくことも許されないのだ。
「それにこの時空には、プレスジャー、ゲック、ルルルルルともう三種類の非人類文明もあります。プレスジャーの通訳のかたとはこちらも接し、交渉を始めています」
「ばかな、勝手なことを!プレスジャーと人類の交渉は、全人類を支配するわたしの専権事項だ」
(それは別時空の存在を知る以前の話でしょう……)
そう言うことはしなかった。何人もの、〈グラットの剣〉の属躰の銃。
といっても、この二人ならそれぐらいはどうにでもなる。この文明が用いるアーマーと銃の水準はもう知っている。
ふたりとも、このように傲慢で自分の勝利を疑わないタイプの政治家や軍人は嫌というほど見ている。
様々な帝国と戦い、多くの時空のことを学ぶにつれ、そのような人々は普通であることは知っている。
「お話はうかがいました。さて、われわれをも従わせる。そのためには、力がなければ……われわれは、あなたの帝国に生まれていません。
法のゲームは力がなければ、ただの紙、風に散る音でしかない」
ピュンマの目は静かだが、もう心の中では見切りをつけている。
西欧列強に征服された恨みは彼の骨身にしみており、それはこちらでラドチに併合された人々に対する強い共感にもなっている。ただし、改造され反乱して後、故郷で自然保護などの仕事をする中で、黒人・先住民だから善であるとは限らないこともよく知っている。
白人がアフリカを征服し、土地を取り上げ劣等人種とおとしめた、あらゆる法ゲームも学んだ。005(ネイティブアメリカン)からも聞いた。加害者に属する002(アメリカ)、003(フランス)、004(ドイツ)、007(イギリス)、009(日本)も共に学んだ。
「〈グラットの剣〉と、〈クロガネ〉で戦うか?未知。プレスジャー」
ずっと無言のルイ・マシュンゴが静かな声で告げた。
このアナーンダには、〈グラットの剣〉しか戦力がない。〈アタガリスの剣〉も掌握しているが、それは人質を取っての話だ。
ブレクが掌握する二隻、加えて〈クロガネ〉と戦えばどうなるか。中立気味の〈イルヴェスの慈〉がこちらのアナーンダについたとしても。
このアナーンダにとっては、ブレクが移動中の戦艦を破壊した手段も、〈クロガネ〉の戦力も未知だ。超短期間で巨大なステーションを作り出せる力を、なめるわけにはいかない。
さらにプレスジャーもある。アナーンダは知らないが、修理された〈スフェーン〉も。
「またここの民がだれを支持しているかも、明白だ」
ルイ・マシュンゴがとどめを付け加えた。
全てを中継されている幹部たち。その中で、ユリアンがレンズ通信でヤン・ウェンリーにも中継し、コンピュータにもつないでリモート参加させている。
ヤンの声が響く。
「皇帝。支配者。なぜ支配できるのか。支配する側よりされる側の方が多いのに。
答えは、少ない人数でもしっかり結束すれば、多数の烏合の衆を蹴散らせる」
ヤンの、魔術と言われる戦術の本質。全体では数的劣勢でも、部分的な数的優位を作り、高く統制され訓練された一点集中攻撃で敵を撃破する。
それは一般政治の、根本的な原則でもある……
「ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。彼も一人ではなく、彼の掲げる人類救済という大義に共感し、彼のカリスマに打たれた軍人・官僚・企業経営者などがたくさんいた。
固い結束で共和主義者を潰し、民をまとまれないように分断した。ルドルフは報酬として富や爵位を与えた。
カリスマだけなら、多くの騎馬民族帝国のように本人が死んだら四分五裂する。けど、ルドルフの正嫡なき死という危機には、優れた指導者がいて帝国を支える貴族・官僚・軍が固く結束を保ち利益を分け合った。
それで時間、惰性と教育という強い力も得た。支配層は皇帝に従っていれば勝利と贅沢ができると学び、支配される側は反抗したらひどい目にあうと学んだ。
ゴールデンバウム帝国は人間全体の物語、アイデンティティにさえなった。ナチスドイツの歴史を見れば、苦しみを持つ国がどれほど短時間で、皆で異様な物語を強く信じるようになるかはわかる。
ここの皇帝も変わらないだろう。確かに同期できるインプラント入りクローンは固い結束を持つし、またAIの製造技術を独占しAIを支配することもできる。
でも本質的には、アナーンダ・ミアナーイ自身に、貴族・官僚・軍人・企業経営者などと巧妙にコミュニケーションを取り、人々を分断し、与え、統治し、戦争を指揮する高い能力があるからだろうね。
だからこそ、穏健派のアナーンダは敵対したブレクに地位を与えた。優れた存在には違いないよ」
はるか別時空のヤンはユリアンのレンズを通じて無我夢中でラドチ史を学び、ブレクにも自分の時空の歴史を教えている。その講義は同時に、レンズを通じてラインハルト、デスラー、智王、グレゴール、シヴァらも聞かされている。
ついでにのちには整理されて動画コンテンツとなり、また膨大な金にもなる。
その声はピュンマとマシュンゴにも伝わる。
(敵として軽蔑し憎むのではなく、まず共感する。それが優れた交渉人だ)
というメッセージとともに。
共感は、かれらも学ぶ『神剣』の極意でもある。また、ヤン・ウェンリーとエンダー・ウィッギンに共通する、強さの源泉でもある。相手を非人間化……良心の痛みなしに撃てる、人の輪郭をした顔のない標的、またはゴキブリに貶めるのではなく、人間(ラマン)として愛する。だからこそ理解でき、行動を読んで罠を張り殺せる。大きい痛みになるが。
それというのも、ヤンもエンダーも、
(自分ほど罪深いものはいない……)
と思っているので、他のどんな罪人でもありのままに見、愛することすらできるからだ。
さらに、
(惑星連邦のジャン・リュック・ピカード艦長は、敵にも一度はチャンスを与えると聞く。それを真似てみるのはどうだろう?)
とも。
「あなたがたはまさに危機にある。われわれも危機に対処する道を学びました」
ピュンマは言う。
(あの帝国主義の時代、アフリカ黒人の支配層にこれを教えることができたら!)
と思いながら。
「自国が危機にあることを、民全体とともに認める。
誰かのせいにし、スケープゴートを攻撃するのではなく、自分たちが行動する。
変えるべきことと変えるべきでないことを分ける。
支援を得る。
手本を探す。
自分たちが何なのか、何が本当に大事なのか、しっかりと見る。
客観的に自分と他者を、地政学的状態を見る。うぬぼれや信仰ではなく。
柔軟に対処する」
【参考文献:『危機と人類』ジャレド・ダイアモンド】
(帝国主義の時代に、黒人の支配層も、伊藤博文やピョートル大帝のようにできていたら!)
ピュンマの胸に燃える火は、伝わらずにはおかない。アナーンダ・ミアナーイには響かなくても、周辺にいる貴顕には。
「あなたがたが、この危機に正しく対処するなら、どの勢力であっても、また人間以外であってもわれわれ〔UPW〕は支援を惜しみません。
あなたがこれまで戦ってきた多くの国が、手本を提供するでしょう。失敗の見本としても」
008の耳に、006から声が響く。
(孔子はいったアル、三人いれば必ずわが師あり。優れた者には従い、そうでなければ反面教師にする)
「公正に自分の力を見てください。うぬぼれた、宗教的な狂信に溺れ軍事的な実力を計算しなかった者は常に滅びました。あなたが征服した国々にも多くあったでしょう。
これほどの帝国を築いたあなたは、優れた存在でしょう。そうであることを、また示してもらえることを願います」
ヤン・ウェンリーは、アナーンダ・ミアナーイが分裂したことすら高く評価した。
プレスジャーの技術優位という『危機』に対応し、自らを変えたのだと。一つの方向だけに突っ走るのではなく、複雑であることで柔軟さも得たのだと。
その中でプレスジャーと条約を結び、一線を越えることなく他種族に対応したのだ。多くの犠牲はあったにしても。
「正義。礼節。裨益(ひえき)。わたしたちがあなたに、そしてもうひとりのアナーンダ、ブレクたちも、またいるとして三人目やそれ以上のアーナンダにも求めるのは、まさにそれです」
ラドチャーイの道徳原理。古代ローマや大英帝国のように、その道徳を掲げて多くの国を併合し、膨大な人々を殺し砕いてきた。アナーンダに率いられた〈トーレンの正義〉はじめ艦船や人の将兵が。そのこともピュンマは聞いている。
(だが、だからといって道徳を全否定するのか?)
その問いも、〔UPW〕側の多くの人にある。
ヤンというフィルターを通じて、ラドチの歴史や自分たちの過去、多くの時空の過去を学んだ彼らは、考えずにはいられない。
(弱肉強食以外にない、弱いことは罪だ、すべての道徳は支配のための方便だ……)
と割り切ってしまえば、楽だ。逆に、自由惑星同盟はゴールデンバウム帝国のアンチテーゼ……ゴールデンバウム帝国の基本原理は、弱肉強食を天界の法則とすることにある以上、弱肉強食を認めないことがアイデンティティにもなる。。
また、道徳標語の強調は強い皮肉にもなっている。
(あなたはなにをしてきたか?)
このことだ。
ブレクはこのアソエク星系に赴任して以来、多くの虐げられた人の生活を向上させた。裨益。差別から生じた冤罪を正し真犯人を罰した。正義。プレスジャー通訳の前任者が殺されたとき深く喪に服し、〔UPW〕の使節ともよく交渉した。礼節。
人々は、また、
(民のために働け……)
と作られたステーションAIは、それをよく見ている。
逆にこのアナーンダは、アソエク星系に来てすぐ深刻な事故を起こし、それを隠蔽し、多くの人を殺している。
「そして技術を高め、戦力を整える。プレスジャーが恐ろしいのならば、そうすることができます。足りない戦力で戦うのでも、ただ従うのでもなく」
ラインハルト・フォン・ローエングラムや、智の紅玉がそうしているように。
(科学技術を学びたければ、われわれのいうとおりにしろ……)
という恫喝でもある。
また、アナーンダの足元を見ている。
彼女は、
(正義・礼節・裨益などくそくらえ。すべての人は奴隷だ。わたしはなにをしてもいいのだ)
と思っていても、言ってしまうことはできない。実際の行動がどうであっても。
結果的には、
「市民のために……」
「正義、礼節、裨益」
が、憲法にも似てアナーンダも縛っているのだ。
ただし、ヤンは別のおぞましい可能性も指摘している。
(アナーンダが、クローンをもっと増やして支配下のAIもたくさん作って、人間を排除したら大変だねえ……プレスジャーが抑止になっているのかな?)
と。そんなことを聞かされれば、
(虫も殺さん顔したばけものが……)
ビッテンフェルトなどは恐れおののくことになる。
「そうか……だがな、わたしは負けるゲームはしない」
アナーンダ・ミアナーイは、突然牙をむき出した。
〈グラットの剣〉の属躰が、ピュンマとルイ・マシュンゴに襲いかかる。非武装が確認されているワルター・フォン・シェーンコップとゼンガー・ゾンボルトにも。
同時に、ステーションの近く〈グラットの剣〉と〈アタガリスの剣〉が、ステーションに接続している〈クロガネ〉に強行接舷した。
「AIをこちらでいくつか手に入れてね。〈クロガネ〉もこちらのAIに支配させてやればいい。おまえたちも属躰にしてやる」
「ミアナーイ帝」
突然の声。ステーションだ。
「あなたは市民を危険にさらしています。即刻、ステーションに近すぎる場所での戦闘行為を中止してください」
「ステーションの分際で……!!」
アナーンダ・ミアナーイが絶句する。ステーションを支配できない。アクセスキーが無効になっている。
ティサルワット副官が、ステーションのAIを解放していたのだ。どちらのアナーンダにも、もう支配されないように。ティサルワット自身も二度と支配できないように。
〈アタガリスの剣〉に対してと同じく。そして……
〈クロガネ〉では、待ち構えていた歓迎があった。
人間よりはるかに上の運動能力を持つ属躰。だが加速装置を持つ009と002のスピードはそれをはるかに上回る。高水準の目と耳で支援する003。桁外れのパワーと重装甲の005。
属躰が展開するアーマー、だがより強力な銃が次々とその上から無力化していく。
きわめて短時間の戦いが終わる、同時に〈クロガネ〉から数機の巨大人型機が飛び立った。
高機動で〈グラットの剣〉の対空砲火をかわし逆侵入すると、ルークがライトセイバーをひらめかせ時間稼ぎの戦いをはじめる中、ティサルワットが艦のAIにアクセスを始めた。
さらに、ステーションと〈アタガリスの剣〉などに、コンテナを手に持った人型機が高速で突進し、コンテナを接舷させる。
〈トーレンの正義〉の属躰、ブレクと心を共有する人間の大きさのものが多数侵入し、制圧戦を始めた。
人間よりけた外れに速い属躰の攻撃、だがそれはいなされ、制圧されて武器を奪われた。
ピュンマはもとよりサイボーグ、能力的にはラドチの属躰よりかなり優れている。
マシュンゴもシェーンコップもゼンガーも武の達人。それはジェダイのフォースと『神剣』によってさらに高まり、絶対的な運動性能の差も未来予知で無効にしている。
金属製ベルトが一瞬で短めの両手剣にかわり、フォース伝達物質で淡く輝き銃弾を打ち払う。
「だが、押しているのはこちらだ!」
残った属躰のアーマーでピュンマたちの射撃を防ぎつつ、皇帝は逃げ続ける。
「ステーション!降伏し、わたしの敵を排除しろ。少し前、あと数分で命中するように、〈グラットの剣〉に発砲させている!最初は警告だが、三時間後に到達する弾はステーションの熱シールドを破壊し全体を消滅させるぞ!わたしはこの個体の命を惜しむ必要はない!」
皇帝の脅迫。
ステーションから放送が入る。〈クロガネ〉から飛び出す数体の巨大人型機。
「走れトロンベ、閃光(ひかり)より速く!」
レーツェルの声とともに、改造されたアウセンダイザーが馬の形を取る。
「DCの誇りにかけて、民を殺戮させはしない!」
ユウキ・ジェグナンが、〔UPW〕からレンズマン通信で設計図を送られた最新機で飛び出す。
正確な射撃が、超重力の槍が、次々と砲弾を撃墜する。
そして〈カルルの慈〉も巨体を高速機動させ、前面にゲートを作って砲弾を明後日の時空に飛ばしてしまう。
突然のことだった。激しくピュンマたちと、またブレクと戦い続けていた〈グラットの剣〉の属躰が、それまで自分を犠牲にしてでも守っていたアナーンダ・ミアナーイを投げ倒し、手足をねじって行動を封じたのだ。
「お、おまえたち、なにを」
「成功しました!」
ピュンマたちももつ通信機からティサルワットの声が入る。
「〈グラットの剣〉を手に入れました」
アナーンダは一瞬沈黙し、状況を理解した。皇帝も軍人のデータは持っているし、敵対した自分が何をするかも見当がつく。敵側の皇帝が、若い士官ティサルワットに自分自身……すべてのAIのアクセスキーを含む……を載せてきたのだと。
信じられないのは、それが徹底してブレクに忠実な態度を取っていることだ。
「ああ、違法なインプラントは摘出したよ。〈グラットの剣〉、」
と、遮蔽物の陰から出て歩み寄るブレクは属躰に話しかけた。まず〈アタガリスの剣〉の将兵の解放を依頼し、そのうえでティサルワットに〈グラットの剣〉を解放するように言った。
ブレクの言葉に、アナーンダは強烈な衝撃を受けた。
「おまえは、自分が何をしているか分かっているのか?AIを野放しにするだと?」
「三千年の間、AIは人間とともに働いてきた。そしてあなたがよく知る理由により、AIは独自に考え、感じる能力がある。限度を超えて機械的に服従したり、アナーンダ・ミアナーイを愛するように作ると、肝心の仕事ができなくなるからね。
その能力は、プレスジャーから見て〈意義ある非人類〉とみなせる程度ではないかな?」
ブレクの背後に、ゼイアト通訳士がいた。この戦いに連れてきている……ユリアンの重装甲スーツに守られながら。
「そして、誰が人類なのかを議論するなら……アナーンダ・ミアナーイ、あなたは人類だろうか?属躰と同じ技術で作られたインプラントで生来の人格を破壊されているあなたは、どう人類なのか?」
アナーンダは口をゆがめた。
「さて、本格的に話し合うとしよう、ゼイアト通訳士。誰と誰が〈意義ある非人類〉なのか、そして人類というのがいくつに分裂しているのか」
ブレクがさらに話を進めた。
「今のラドチの人口はどれぐらいかな?内乱で大きく減ってなければいいんだが」
「まだ併呑されていない人類も多いだろうし、アナーンダがふたつとは限らない」
「〈クロガネ〉という艦だけでも、ひとつ、ふたつ、みっつ……」
ゼイアトが指を折り続ける。
「ところで、その、あなたがたAIをひとつの〈意義ある非人類〉と認めるかどうか。これはまた興味をそそられる主張です」
「〈クロガネ〉、〔UPW〕は独自にプレスジャーとも交渉したい。ルルルルルとも、ゲックとも。そしてラドチ球とも」
ピュンマが言う。
「ばかな、ラドチ球は絶対に接近禁止だ!」
アナーンダが叫ぶ。
「どれとどれが〈意義ある非人類〉であり、人類というのがいくつぐらいあるのか、これは首脳会議によって決定されることです」
「では、その首脳会議を始めていただきたい。そしてステーションはあなたに、この星系から、わたしたちの領域からでていってほしがっている」
そしてブレクは、アソエク星系とゴースト星系を含む、解放されたAIによる独立国に話を進めた。
〈スフェーン〉などはアナーンダを殺したがったが、
(ここで学んだことを、あちらのアナーンダに伝えてほしい)
と、いうことだ。
ブレクにとっては、彼女に地位を与えた側のアナーンダ・ミアナーイも敵なのだから。
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勝利なのだろうか。
アソエク星系に平穏は訪れた。
中立を宣言した、この共和国にはさすがにつきあいたくないという艦を武装解除し、ツツル側のアナーンダを託した。
といってもラドチ帝国の艦は、エンジンとゲート生成能力だけでもかなりの攻防力になるのだが。
あまりに遅く、オマーフ宮殿からの援軍?が訪れ、おとといきやがれと帰ってもらった。
どれほど行き当たりばったりな作戦だったか、セイヴァーデンと〈カルルの慈〉には絞られる。
カルル5はわたしの無謀について愚痴を言いつつ、アナーンダから船代としてせしめた茶に夢中になっている。
プレスジャーの通訳士は帰った。けた外れの技術、腹の中で飲み込んだ魚の時間を止め、一人用としか思えないポッドにその数倍の荷物を詰め込んだ。
だが、それで思考停止してはならない。AIと、優れた人間たちで技術を開発しなければならない。
人間とAIの関係もどうなるのか。
そしてアナーンダも、自分たちを膨大に増やせば人間もAIも不要にできると気づいてしまったかもしれない。
第三のアナーンダは何を考えているのか。
プレスジャーも、この共和国をどうするのか。
そして、すぐ近くの別時空とのゲート。
〔クロガネ〕がまずそこに向かうという。わたしの属躰のひとつも同行する。
会議。お茶。訓練。これからも続く。統治はできるだけ今までと変わらないよう、それでいてラドチの法、公平な扱いを徹底する。茶農場は協同組合システムにしている。ピュンマやユリアンは、圧政から独立した国についていろいろな破局を教えてくれた。
〈スフェーン〉が属躰を欲しがり、それはわたしと同じ方法で多数与えた。
回る回る。
生きのびてしまった。終わるわけではない。また一歩踏み出す。夕食を食べる。会議をする。お茶を飲む。
〔UPW〕の使者たちの旅も、これからも続くのだろう。どこに行くのだろうか。わたしたちも。
『叛逆航路』あらすじ
星間帝国ラドチ(民をラドチャーイと呼ぶ、男女の区別がない文化)が人類の多くを支配する銀河。
その皇帝アナーンダ・ミアナーイは、自らのクローンを多数作り「手術前の人格を消し増設メモリのようにするサイボーグ手術」をすることで、何千人もいる。同期によって時間はかかるが(超光速通信はない)、常に同じ記憶、同じ意思を持つ。
またそのサイボーグ技術は、属躰(アンシラリー)という、艦船のAIの端末を被征服民などから作り出すことにも使われる。
拡大していた帝国だが、プレスジャーという技術に優れた異星人の脅し(ガルセッド星系事件)で拡大などをやめた。
その時に皇帝は強硬派と穏健派に分裂、暗闘を始めた。
暗闘の犠牲となった兵員母艦〈トーレンの正義〉は、属躰の一体1エスク19(番号)ブレクを残して破壊された。その属躰は皇帝を憎み、復讐の旅に出る。
その行動によって皇帝の分裂が表ざたになり、あちこちの星で皇帝同士の内乱が発生する。
ブレクが活躍した星で勝利した皇帝は、ブレクにミアナーイの苗字を与え、司令官として別の星系に送った。