新五丈の武王都に、ロイエンタールたち四人の姿があった。
比紀弾正の支配で栄え、そして簒奪し暴威をふるった骸羅の遷都で焼き尽くされた古き都。
骸羅に暴かれた巨大な墓跡のそばに、小さなほこらがあり、僧がいた。
顔も髪色も変え、偽名を名乗る旅人は、一人の初老の僧がひたすら勤行を続けている背を見た。
後ろ姿でもわかった。
(剣でも、艦隊を率いてぶつかっても、どちらが勝つかはわからぬ……)
それほどの猛将と。
「この卑しい僧に、何をお望みか……」
地獄を見尽くし、ただ主たちの、無数の将兵の菩提だけを願う僧。猛将だからこそ、だれよりも死を見てきたからこそできる目。
旧五丈において五虎将と呼ばれ辺境で牙を磨いた実力者であり、狼刃に率いられて竜我雷の野望を阻止せんと立ちはだかった男の一人、王政。
狼刃と残りの四人は見事果てたが、一人生き残った彼に雷は意外な命令を下した。
(頭を丸め、この戦の戦死者を弔え……)
と。
旅人は敬意を示し本名を名乗る。
「オスカー・フォン・ロイエンタール元帥。別の時空の出身、ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝に仕えており今は賜暇、さらわれた息子を探している」
(宗教という巨大な力と、道義的な正統性。艦隊を丸々与えて野に放つよりも危険性は大きい)
ロイエンタールは、〈混沌〉との戦いで轡を並べた竜我雷の、
(天下人にふさわしい……)
圧倒的な天運、力を見てもいる。
竜我雷が、捕虜となった勇将を助け、しかも自分に仕えさせるのではなく僧とした断には身が震えるようなものを感じた。
この古い都も、一年前とはまるで別に変じている。
破壊された部分はある意味史跡として保存されている。だが別のところに巨大な人工湖がつくられ、その近くに新しい都市ができている。
淡水魚・巨大で人を食うこともある淡水エビ・染料がとれる貝を養殖して売るためだ。
弾正の時代にも大法螺として計画されることはあったが、あまりの規模に実現を想像することもできなかった事業だ。
もとより古都の星には旧式だが軍事工業施設もあり、使いようによってはさまざまな物を生産できる。文明レベルが低い時空だが、それでも作れる物は多くあるのだ。
目や膝、腰をやられて引退した刀鍛冶も多く、彼らを新技術で治療し、新しい機械を使わせれば刀を多数打てる。手打ちの砂鉄鋼刀は、別時空の惑星を軽く砕く艦隊の士官たちにも人気だ。
戦乱を免れた職人の手による手描き磁器も、手縫いの絹も高く売れる。
新五丈全域に、膨大な需要がある。『道』のためだ。
道。ただ『道』と言われることも多い。
〔UPW〕の中心設備、幾多の時空へのハブとなる絶対領域〈ABSOLUTE〉から狼刃の燃える墓所となった金洲海のゲート。そこから、正宗が逃れた辺境の、バラヤー帝国につながるゲートを結ぶ。
そしてバラヤー帝国の別の星からダイアスパーのある時空につながる。
ダイアスパーと〈ABSOLUTE〉。最高の技術と、今多元宇宙の多くが集まる地を結ぶ。
その巨大な道の整備、莫大な最高技術を秘めた兵站の供給こそ、第一次タネローン攻防戦の勝利をもたらしたと言えよう。
その大業を短期間でなしたのは、ロイエンタールの同僚、パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥と五丈の大覚屋師真である。
バーゲンホルムは超速だが、空間にわずかな砂粒、いや陽子ひとつが浮遊していても大きく速度を落としシールドに負荷をかける。
それを防ぐために、たとえばガス反動推進を厳に禁じ、代案として推進剤をばらまかない航法のタグボートを用意してやる。
かといってイスカンダル式のワープなどをしたら変な粒子がばらまかれ時空に傷が走り、バーゲンホルムを大きく妨げることになる。
どこでどの航法を用いてよいか、厳しく規制しなければならぬ。
特にバーゲンホルムは解除時に相対速度が解放されるため、面倒な施設を必要とする。
ほかにも気象台や灯台、交通整理信号を整備する。
道の邪魔になる山や沼を吹き飛ばし、巨大海獣を狩る。
海賊を狩る。
緊急時に避難できる港を整備する。
事故があったときに迂回できる道を整備する。
大覚屋師真、ひいては竜我雷は、この莫大な利権となる『道』そのものに通行税を課してはいない。無料……そのかわりに、道のわきに多くの施設を置き、そこに金を落とさせた。
水。燃料。修理。替え船。荷役。
事故が起きた時に犠牲者を救助し、道を清掃する職員。事故を見張る船。
公認の遊郭や賭博場。食物。酒。土産物。
道路情報。音楽放送。
美しい氷星、炎星が観光地となる。ただしゲートのある金洲海は別だ。雷の恩人、狼刃の最期の地、通過する者にも敬意を求めるし、遊び場は隣の星までない。もとよりこの星自体、戦場に選ばれただけあって熱く危険でもある。
さらには航海学校、航海法学校、荷役設備学校、修理学校も。
鉄星が三月で資源を掘りつくされ穴だらけのチーズとなる。その穴ひとつひとつが一国を名乗れる人口を支える伽藍となる。
膨大なカネが落ちた。
戦中から戦後も、惑星サイズの船が数分に一隻往復し続ける。事故も海賊もあり、新五丈や〔UPW〕に派遣されていた旧同盟・ゼントラーディ混成部隊が次々に動員され、多くの作業をした。
技術を学んだ。法を学んだ。新しい洗濯機や調理具を学んだ。
多くの星を切り開き、穴を掘って生活の場を築いた。
多くの時空の文化を集約して巨大な伽藍を、骸羅の贅沢すら鼻で笑うようなカジノを築いた。
『道』に近いところに、たとえば香木や硬藤が茂り瑠璃角豚が群れる星があれば、その資源はすさまじい高値ですぐに売れる。
当然、『道』は新五丈各地に枝道をつくり、近くの都市に膨大な金を落とす。
需要。需要。需要。
どんな無知な農民の次男も、鈍い足軽も、未熟な踊り手も、こだわりが過ぎて売れない鞘職人も、半ば素人の大工も、かならず仕事がある。
未熟な職人も、ロボットやドロイド、バガーとともに膨大な仕事を必死でやる……報酬が大きく、客の催促が激しければどうしても励む。励めば腕が上がる。さらに機械やバガーの助けがある。
習熟。大戦の膨大な需要は、後方の戦傷者や女子供、老人までも、機械水準が低い新五丈であっても多くの仕事をさせた。新しい機械に、多くの人々が習熟した。恐ろしい勢いで生産性が高まった。
その生産性は今、民生の向上として爆発している。
戦乱で疲弊していた民……だが何年も前に弾正によって久々に衣食と治安を与えられ、桁外れに増えたまだ子供の労働者たちが新しい機械を柔軟に学び、貪欲に生活用具を求める。
「いつかは自分の家」
「いつかはレプリケーター、ホロデッキ」
「いつかは自分の星」
それが夢ではない。それほどの軍需。
法と治安も、竜我雷の政府はしっかりとととのえた。公正な裁判を信頼し、商売を許されたときに抑圧された民のエネルギーが爆発した。
逆にそれが危険でもあることは、歴史にも詳しい智者たちはよく知っていた。
短期的には無法地帯、麻薬商人(ズウィルニク)の楽園となるおそれ。
中長期でも、たとえば〈共通歴史〉の幕末の日本は開国により、コレラが猖獗をきわめた。またヨーロッパと日本では金銀の交換比が違ったため、向こうから見ればちょっと交換して帰るだけで濡れ手に粟、日本から見れば一方的に貴重な金が流出した。
また、この巨大で莫大なカネが落ちる道は、五丈の若く才ある人々をより豊かな別時空に吸い上げてしまうかもしれない。
大需要で物価が上がり、貧困層が苦しむことにもなりかねない。
また、労せずして無限の富が落ちる道は、〈共通歴史〉近代の石油同様、資源の呪いのように莫大な金が入るのに国が貧しくなることにつながるかもしれない。
何よりもこの道で圧倒的に得をするのは、智の正宗……
多くの懸念はあったが、道を拒むという選択はなかった。
「うちが道を断ったら、ローエングラム帝国とガルマン・ガミラス帝国が大喜びだ。〈星涯(ほしのはて)〉からデビルーク帝国のルートだってある」
「〈星涯〉のごうつくばりのおかげでうちは助かったようなもんだ。あまりひどければ、〈星京(ほしのみやこ)〉だっていつまでもだまっちゃいねえ……〈星涯〉を皆殺しにしてでも道を作るだろうよ」
などと、竜我雷はいったものだ。
ちなみに、ローエングラム帝国にも損にはなっていない。膨大な技術を学び、それで帝国内に高速道を作ることができる。
新五丈と練の、天下統一に向けた戦いは、建前上は続いている。
だが、実際にはここしばらく、ほとんど戦死者は出ていない。
……ロイエンタールが上空に留めている船で留守番をしている羅候が、竜我雷にとらわれ治療のためにバラヤーに送られてから。影武者が治め、五丈とはなれ合いの戦いを続けているのだ。
その羅候は治療を終えて武者修行の最中。さらわれた息子を探すロイエンタール、レンズマンとなったレオポルド・シューマッハらとともに。
ロイエンタールはアドリアン・ルビンスキーをついに確保し、彼らの口からヒントを得ている。
それについて新五丈の密偵、太助と相談した時、王政と話すように言われたのだ。
そして敗将である僧は、一人の狂者への紹介状をしたためた。辺境で暮らす、半ば狂った占い師。五虎将の、狼刃と骸羅の敗北も正確に予言したという……
わずかな時間……二分以内に戻らなければ船ごと撃て……で、ロイエンタールはアナキン・スカイウォーカーのクローンと戦った。
そのクローンも桁外れのフォースがある。クローン親ダース・ベイダーのように弱体化していない。
常人とはまったく違う人工的な環境、短期間での促成栽培だが、それだけにおぞましいほど容赦なく鍛え抜かれている。
だが、ロイエンタールはさらに上の剣術を知っている。
アイラ・カラメルに魔を断つ練操剣の極みを学んだ。
時空を隔てユリアン・ミンツのレンズを通じて、「一なる三者」と魔神の上のナニカが奏でる『神剣』を見た。
フォースをジェダイの概念を越えて暴走させたラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝とも稽古をした。
それだけではない。
「立つ前からありとあらゆる戦い、素手で何千もの幼児や獣を、あらゆる武器で何万もの大人の殺し屋を殺してきたこの俺の、底なしのダークサイド・フォースにかなうとでも思っているのか!」
その陰惨な表情とフォースは、ダース・ベイダーとさえも大きく違う。
「それが?」
ロイエンタールは静かにつぶやき、巨大なダークサイドのフォースを吸いこんだ。
経験の複雑さがまったく違うことを、即座に洞察した。
目の前の、パルパティーン帝国幹部のクローンである青年は、ただひたすら注がれてくる使い捨ての人と殺し合って育っただけの、浅い薄っぺらい存在だ。
(あわれな……)
と思うほどに。
自分はより多くを知っている。
父は自分を憎みつつ育て、きわめてわかりにくい愛情も抱いていたことがいまはわかる。父の膨大な感情。妻への愛と嫉妬。子への愛と憎悪。身分と運命への呪い。膨大な金を稼ぐ喜び。多くの従業員を指揮しライバルを打倒する悦しみ。膨大なものを意識せず受け止めていたのだ。小さな器がくりかえし砕け、つくりなおされるほどに。
士官学校で多くの人、特にかけがえの無い友と触れ合った。
軍隊で膨大な人と接した。傲慢な貴族、愚かな将官、優秀な佐官、善意だが偏りで暴走した提督。さまざまな下級兵。さまざまな士官学校の後輩。農奴の絶望。平民の恨みつらみ。下級帝国騎士の屈辱。
普通であるだけに巨大な闇を抱え自滅した男。勇敢だが残忍なシリアルキラー。優しすぎて死んだ男。完璧に見えたのに女に溺れた中尉。末期の麻薬中毒と剛毅な指揮官の両面があった男。
(ひとは、よいことをしながらわるいことをし、わるいことをしながらもよいことをする……)
複雑な、矛盾に満ちた人々の中で生きた。
そして、目の前のクローンがおめく人数より桁が違う人数の敵を戦争で殺している。その一人一人に家族があり、人生があり、理想があり、欠点もあるよき戦士だと、特に自由同盟軍と共闘してからは理解している。
リヒテンラーデ一族の処刑も……罪のない十一歳の男児も。それもさまざまな。見苦しく泣き喚いた子も、泣きながらも胸を張って死んだ子も。何百もの絶叫、声なき瞳が今も耳に、目にこびりつく。
何よりも、別の経験をした。息子と、戦いの中のほんのわずかな日々、一日数分盗み出して共に過ごした。
フォースの、深さの桁が違う。砂浜を歩いただけの子供と、一万メートル級海溝の底を見た者のように。
『神剣』を学ぶことでダークサイドも制御している。
フォースが渦を巻く。コクを深める。深く、深く魂の底に潜り、深淵を引き出す。
アナキンのクローンが軟体動物のように異様に体を使って繰り出すライトセイバーを、軽く受け流す。
ぱち、と小さな電光が、クローンの背骨に走る。
「がああっ」
咆哮とともに繰り出す連撃、だがそのすべて、伸びきらせない。振りかぶりの段階でとん、とんと軽く光刃を当てている。
「なぶるかあっ」
クローンは、若いころのダース・ベイダーは到底しないような醜い表情で叫んで、周辺の瓦礫をフォースで操りぶつけにくる……
ものが浮き上がり、加速して、クローンの後頭部を襲った。
「ああっ」
操ったはずの重量物を操り返された衝撃。
その瞬間、ロイエンタールはまぶたをわずかにひくつかせた。
義手が銀色の糸となって伸びる。自由に変形し、イゼルローン要塞以上のエネルギーと、その何桁上かばかばかしいほどの計算力を秘めたジーニアスメタルの義手。
それがすっと、包丁程度の最低限の光刃を握ったまま動く。クローンの両手両足を根元から断ち、高熱で止血する。その身体が落ちる前にロイエンタール自身がわずかに移動し、鋭い蹴り。爪先が無駄なく延髄を撃ち抜いている。
もはや荷物となったそれを担いだロイエンタールは、すばやくハッチに急いだ。
羅候と、ルーク・スカイウォーカーのクローンとの戦いも短かった。もとより厳しい時間制限がある。
ジェダイという妙な生き物との戦いも、羅候は経験は積んでいる。
ライトセイバーという武器と、鋼の剣や鉛の銃弾は、奇妙な関係を産む。
ブラスターやライトセイバーは、ライトセイバーではじき返し防ぐことができる。
だが鋼剣を受けようとしたり、鉛玉をはじき返そうとしたら、超高熱の金属蒸気を浴びることになる。逆に鋼剣で光刃を受けようとしても、受けられず斬られる。
ナイフでの戦いに近い。フットワークで有利な位置を取り、防御ではなく先制と回避。何よりも気迫。
彼にとっては、単純すぎる戦いだった。ロイエンタールとの稽古のときも。
自分の気迫と相手のフォース、相手のフォースで強化された足と自分の俊足、どちらが上回るか。
それだけだ。
だから、一瞬で決まった。
人と人との戦いではなかった。ヒョウとヘビの戦いだった。
超速の突き。
一瞬、両方の姿がぶれる。押し出された風圧が狭い部屋に吹き荒れる。
羅候の短剣が、クローンのあご下から後頭部に先端が出るほど刺さっている。羅候自身も右脇腹を大きく切り裂かれているが、かまわず離脱した。
時間はほとんどない。
両手足を断たれた男を担いできたロイエンタールに、軽くうなずきかけてシューマッハの迎えを受ける。担ごうとしたシューマッハだが羅候は拒んだ。
濃厚な血の足跡が、彼が走ってきた通路に残っている。
溶け斬られた通路から自分の船に入り、すぐに羅候は意識を失う。
ロイエンタールは黒い光刃のライトセイバーをふるい、素早く溶着された部分を再び切り離た。自船を隔壁で閉鎖し、すぐに船が高速で逃れる。
直後、強烈な光弾があちこちからボスコーン艦に注がれ、爆散した。
そうしてやっと捕縛したアドリアン・ルビンスキー……その姿はむごかった。
末期の脳腫瘍に苦しみつつ隠れて陰謀を巡らす元自治領主を捕捉した、優れた技術を持つボスコーンのエージェントは、延命の代償として激しい苦痛をもたらす治療をしたのだ。ルビンスキーを奴隷化するために。
記憶を吸い出され、操り人形にされつつ、耐えた。
意志だけはあったのだ。英雄たちと戦い抜き屈しない意志は。
その自白から知ったことは多くある。
ルビンスキーの意志、アナキン・スカイウォーカーのクローンのフォース……だがそれも、ロイエンタールのフォースとシューマッハのレンズの前では無力だった。
さらに鉄棺の奥の幼い第三段階レンズマンは、自分の存在を悟られることなく完全な尋問をやってのけた。親同様、暗躍にこそ優れているのだ。
アナキンのクローンの目標が、グレー・レンズマンであるキムボール・キニスンの息子、クリストファーであったことは衝撃だった。ロイエンタールの息子は、偶然その身代わりとしてさらわれたという……だがその偶然も、どこまで偶然なのか……
そして、別動隊が今も幼いクリストファーを求めて蠢動していることも知った。
ボスコーンと、パルパティーン帝国出身のクローンの複雑な関係も。その裏の多くの麻薬組織も。
もちろん情報や、ルビンスキーらの身柄はケスラーに譲った。
そして新五丈で情報を集めたロイエンタールが指示され、向かった辺境は、
(人の領域とは、思われぬ……)
ほどの悪路であった。
外見は旧銀河帝国の旧式大型輸送艦、中身は〔UPW〕最新水準の別物でなければ到底航行できぬものだった。
沼の星が多く、泥の川が宇宙を流れる。
ただ、食物は妙にうまかった。泥に住まい跳ねる魚や、人をひとのみにする巨大ウナギ、革に猛毒があるナマズ、その死体を温泉で煮て無毒化して食うカニなど、どれも不気味だがうまい。
ささやかな楽しみがある旅路の先、追放された狂人はどんな道を示すものか……