「きょーみないね」
大覚屋師真は手紙をあっさりと焼いた。
「行かなくていいんですか、兄さん?」
弟の英真は焼けていく手紙を、見ている。
「五丈の利害を離れて、なんてきれいごと、あるわけねーだろ」
「でも素晴らしいきれいごとですね」
「行きたいか?」
師真の言葉に、英真は微笑み、話題を変えた。
「〈ABSOLUTE〉は、狼刃元帥が亡くなられた金州海近くに門を開けたそうですね」
(行きたい、か。だが、お前にもその資格はない。『この世は思い通りにならないこと』を知らないからな)
師真のおひゃらけた目に、弟を心配する憂いが、ほんのかすかによぎる。
「やっかいなこった。まあそれより、正宗がどう動くか見てみるか」
「今正宗公がいる夷にも、また南蛮のほうにも門があるとか。練はそちらにも軍を出している、と。兄上はどのようにお考えですか?」
「んー?練とその向こう側が戦争やっててくれれば、少なくともこっちに来るのは遅くなるだろ。今はうちは、骸羅の暴政から国を立て直すのに精いっぱいだからな」
と、師真は自堕落に姿勢を崩して伸びをし、膨大な書類をまた一枚処理して、英真が差し出した茶を飲んだ。
「竜王陛下は?」
「あいつも、自分の実力はわかってるさ。金州海とつながってるトランスバール皇国は攻める気はないと言ってる。それだけでもありがたいよ、交易でも儲かるし」
英真も別の商人との交渉に出て、師真はまたひとしきり仕事を進める。しばらくして、廊下を通りかかった英真を師真が呼び止めた。
「そうそう、南京楼の商人を通じて、南蛮方面から来る連中に情報を流せ。心理歴史学はうちが手に入れた、と」
「え?あのあちこちが求めている、素晴らしい数学ですね?手に入れたなんて初耳です」
「んなもん手に入れてねーよ。いいんだよ、〈セルダン・プラン〉はずるいんだ、現状がどうなっていようが、『これは一時的な逸脱だ』ってごまかせる。まるっきり儒者の戯言だ、ホンモノであろうとなかろうと。だが、それを武器にすることならできる」
師真はそう笑い飛ばして、首を振りながら出ていく弟を見送った。
その手には、乏しい情報で作られる多元宇宙の、複雑なつながりを描く図や各時空が擁する戦艦の戦力など、多くの情報が積まれている。
王宮の広い庭には、激務の間を縫って時間を作り、兵たちと木刀で汗を流す若い男…新王、竜我雷の姿があった。
激しく息をつき、井戸水を頭からかぶって、岩に腰かけて一息つく。
横からどんぶりでぬるい茶が差し出され、一気に干した。
「うまい」
振り返ると、正妻の紫紋。彼女は優しく微笑んで、同じく疲れている兵たちの間もまわり、水や菓子を振舞っている。
その謙虚で仁慈あふれる振る舞いは、旗上げ以来の武官や兵士、賢者たちにこの上なく愛されている。豪奢で廷臣や商人に人気のある側室の麗羅とは対照的に。
だからこそ、懐妊が待たれてもいるのだが……
いつしか替えてくれた、熱く濃いおかわりの茶を干しながら、雷は空を見ていた。
「多元宇宙、か」
師真らがまとめた報告を思い出す。知られている限り、有人だけで14、無人を含めれば100を超える別時空。その一つ一つに千億の星と千億の銀河、いくつかは銀河一つで百兆の人口を持つという。
(正宗、羅候……やつらを倒し、この銀河を統一しても、幾多の宇宙と戦わなければならないというのか。狼刃元帥……誓いました、必ず銀河を統一し平和を実現してみせる、と。でも、そこへの道が、見えなくなりそうです。広すぎる、多すぎる……)
(シヴァという女皇帝の手紙。率直な言葉が偽りでなければ、平和を求め多元宇宙の広さに圧倒されている。俺と同じく)
(俺は平和は、剣と血、恐怖からしか出てはこないと知っている……だが、これほど広い多元宇宙を、一人の力で統一することが……疑うな、疑ったら狼刃元帥も、俺のために死んだ幾多の将兵、俺が殺した敵の命も、すべて無駄になってしまう)
(話したい、知恵を借りたい……狼刃元帥、弾正公……正宗……)
遠い正宗との幻のような逢瀬も、もう終わりを告げた。その肌の感触を改めて思い出す。
(次に正宗と会うとすれば、どちらかが死ぬ時……それが戦国の世、ならそれを終わらせる)
雷は静かに茶を干し、立ち上がった。
(今は、今できることを。足元を大切にしよう)
「三楽斎!税率と港湾整備の話、さっさと片付けるぞ!」
「行きたいなあ」
片目の女将軍、智の紅玉……すでに正宗の名は幼い弟王に譲ったが、誰もが正宗と呼ぶ……は〔UPW〕からの手紙を手に、そうつぶやいた。
彼女は策を用い、練から弟王を取り返しはした。だが軍事力の衰えはどうしようもなく、智の大半を放棄し、辺境の名もない星で勢力を立て直そうと苦心している。
そんな彼女を、甲冑に身を固めた同じく女将軍が必死でいさめた。
「そんなめっそうもない、多元宇宙各地から優れた軍師を引き抜き自分のものにしたい、というだけです。まして御屋形様は最強の武将の一人、それを部下にして自分を強めたいと……それに御屋形様が行かれては、この智は終わりです。それによるこの時空の変化を、自国の利に用いるのみでしょう」
わかっているよ、とうなずきかけ、星空を見つめる。
「行きたくても、〔UPW〕への門は五丈領内だ」
それでもあきらめきれぬように、何度も手紙を読み返す。
(私が行けば、智は終わり……なら、終わっているということだ。後継者を育てられなかった指導者など指導者失格)
自らの余命が短いことも自覚している。
(このシヴァという女皇は、この頭脳を必要としてくれるのだな)
そう思うと、胸が激しく騒ぐ。
(だが……ああ、〔UPW〕に行きたい、竜我の部下全員と練の大戦艦全部が欲しい……そう思っても愚かなことだ。私についてくる者のため、智のために最後まで戦い抜く……それしかできぬ)
自嘲気味に手紙を破って未練をふり捨て、立ち上がった。
「それより、〔UPW〕とは別の時空との門に、手が届くそうだな」
「は、そちらは……」
飛竜は、手紙が破かれるまでの時間の長さを気にしていた。だがそれ以上考えることはなかった、しなければならないことは多いのだ。
並行時空からの使者や、五丈の密使も何人も紅玉との面会を待っている。彼らも暗殺者かもしれず、それから主を守るためには……
その頃、練軍は〈ファウンデーション〉の銀河に攻め込み、殺戮を繰り広げていた。
そして、同様にその銀河を攻めているスター・デストロイヤーを中心とした艦隊とぶつかりつつある。
さらに、離れたところではファウンデーションの残党や、ハン・プリッチャー将軍率いるミュールの高速船団も様子を見ている。
多元宇宙がつながってから最初の、大戦が始まろうとしていた。
銀河戦国群雄伝ライ
ギャラクシーエンジェル2
ファウンデーション
スターウォーズ