第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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サブタイトル「ダンジョンにSF兵器を持ちこむのは間違っているだろうか」


フォーセリア・魔神界・混沌/時空の結合より3年

 かつて。

 場所とも言い切れぬ、そこで。

 はるかな昔、魔神が召喚され使役された。

 一人の父親が一人の少女を生贄にし、夢破れ命どころか魂さえ失った。

 その息子と竜が少女の姿をした魔神王に、致命傷を負わされた。

 七人の英雄が魔神王と戦い、聖女が命を落とし、赤髪の傭兵が呪縛された。

 フォーセリアと、〈魔神界〉。特別な魔法でわずかな門が開くだけのはずのそこは……

 

「ここは」

 銀に輝く、魔法のかかったミスリル全身鎧をつけ、斧槍(ハルバード)を手にしたドワーフが驚きの声を漏らした。六英雄の一人、失われた石の王国の王フレーベ。

 経験者だからこそ、それは衝撃的だ。

「なんということじゃ」

 着ぶくれした老人……同じく六英雄、大賢者ウォートが、様々な魔法を素早く使いながらうめく。

「山脈の下なのに、地平線が見えている。レーザーレンジファインダーとソナー、可視光線が全部別々の地形を示している」

 全身鎧に身を固めたワルター・フォン・シェーンコップが、苦々しげに言う。

 彼のすらりとした長身を知る者は違和感を持つだろう。要するに極地防寒服を着ているように着ぶくれしている。

 鎧の鋼は偽装であり、鋼板ならメートルに達する頑丈な装甲服。その下には宇宙服機能とプロスポーツマンの数十倍の出力を持つ、通称マッスルスーツが重ねられている。

 ヘルメットに内蔵された画面は様々な情報を表示し、普通は使わない筋肉のわずかな動きであらゆる操作ができる。自由惑星同盟時代の装甲服内蔵コンピュータをエミュレートしているが、ウィル・ネリー・シャルバート・ダイアスパーと違う原理が4重冗長、合わせて3キログラムないのに4つとも同盟戦艦のコンピュータ以上。

 その手には、大型のフェイザーライフルが握られている。

「なんだこれは」

 ローブ姿のルーク・スカイウォーカーがうめき、フォースを探知に回した。

「〈混沌〉の影響です」

 サイコドライバーであるクスハ・ミズハが日本刀の姿をした別物を杖に、吐き気をこらえつつ漏らす。

 彼女も偽装鎧をまとっている。シェーンコップのものよりもずっと装甲が厚い、

(死なないことを最優先した……)

 ものだ。

 その隣ではブルックリン・ラックフィールドがしっかりと恋人を守っている。

「それより、戦いだな」

 フレイム王カシューが誰よりも平静に古代王国の魔剣、切れぬものなきソリッドスラッシュを抜く。

 いつもの軽装とは違い、飾りのない全身鎧を着ている。星の旅人が貸したものだが、シェーンコップらとは違い頑丈で軽いだけの、普通の鎧だ。

(実戦では、使い勝手のわからぬものはよしたほうがよい……)

 このことである。

 実際、マッスルアーマーは格闘では、慣れない限りむしろ不利になる。強化服を身につける機動歩兵が裸でも十分強くなるまで訓練するのも、強化服のパワーを使いこなすためだ。

「ああ」

 魔力の輝きを浮かべる美しい全身鎧と盾を身につけたレオナー帰還王も聖剣を抜いた。

 放浪中も愛用した魔法の剣ではない。

 ヴァリス王エトに預けられた王国の至宝……

『法の剣』

『正義の鎧』

『光の盾』

 古代語魔術とも違う、至高神の力で作られた祭器級の品だ。

「返していただけなければロードスが滅びます」

 とスレインが真顔で言い、

「もし家臣にばれたら、返したらカノンが滅びるな」

 とレオナーが返したものだ。

 どちらも冗談などではない。返却しなければカノンとヴァリスの全面戦争になり、エトは八つ裂きにされ騎士団・民・神官がすさまじい憎悪で争うだろう。逆にそれほどの貴重品を得たカノンの家臣は、それを正統性として全ロードス支配を訴え、レオナーが拒めば反逆さえする可能性が高い。無論それはロードス各国を動かし、戦争で消耗した各国にとって致命傷になりうる。

 それでも、剣士ではないエトは、そのリスクを負った。

 その横にはテシウスと名乗っていた老人が両手剣を抜いていた。両手剣と、上着に隠れた鎖帷子には強力な魔法がかかっている。

 マッスルスーツなしの装甲服を着たユリアン・ミンツが、緊張の面持ちで剣を構える。レオナーに貸してもらった魔法の剣だ。左手にはライフルを抱えている。

 そのかたわらでは、大きな重機関銃(セミポータブル)を左手で腰だめにしたルイ・マシュンゴが静かに警戒している。巨体をマッスルスーツで着ぶくれさせ、さらに電柱を背負っているような奇妙なシルエットになっている。強引に手持ち射撃可能にした艦載対空パルスレーザーを含む、合計で1トンを超える多数の重火器。火力だけなら旧同盟の歩兵戦闘車に倍する。

「これほどの力を出せるとは驚きましたね……魔法ではなく技術で」

 装甲マッスルスーツを着たスレインが驚きあきれている。レイリア、エト、ミモレット・ポートランも同じ姿で、かなりの量の荷物も背負っている。

 ディードリットとウッド・チャックはマッスルスーツをつけていない。精妙な動きを狂わせたくないからだ。

 ウッド・チャックの頭には、奇妙な額冠がある。

 魔法の鎧・盾・剣に身を包んだパーン、銀の鎧に身を包んだコルムが魔法使いたちを守っている。

 レドリック、シーリスは竜の機動力で連絡に飛び回っており、ここにはいない。リューネ・ゾルダークも二人の竜騎士を高空から機動兵器で護衛するため、一行から外れている。

 さらに、もう一人魔法使いが増えている。

 

 ウォートの塔を出た一行を、一人の魔法使いが待っていた。

「人間じゃない!?」

 レンズの情報に、ユリアンが叫んだ。

「遅かったな」

「バグナード、生きていたのか」

 声をかけたパーンが剣を抜こうとして、止めた。敵意がないことに気づいたのだ。

 バグナードは、マーモの魔法使いである。賢者の学院で天才をうたわれていたが、禁断の魔法に手を出して追放され、復讐を果たしベルドに仕えた。追放と同時に魔法を使えばすさまじい苦痛がある呪いをかけられたが、その苦痛に耐えられる精神力の持ち主。教育者としても軍師としてもすぐれていた。

 先の邪神戦争で、スパークに討たれたとされているが……

「あ、あなた……ノーライフキング!」

 レイリアとエトが息を吞む。大地母神(マーファ)の神官であるレイリアは、不自然な生命とは敵対する立場だ。ましてエトは正義をつかさどる至高神(ファリス)の信徒、悪であるアンデットの王、ノーライフキングは問答無用で倒すべきだ。

「スパークがあなたを討ったというのも事実で、それが儀式の完成、というわけですね」

 スレインの指摘にバグナードがうなずく。

「魔法の探求を続けるにも、魔神は邪魔というわけだ」

 バグナードは悪びれずに笑う。

「そう、こいつが二つの祭器を手に入れてニースを器にしたのは、その儀式のためだったんだ。そのあと三つともカーラに渡したがね……邪魔しないことと引き換えに」

 その時のカーラであるウッド・チャックの言葉に、衝撃が走る。

「……二人とも、それにスレインも、こらえられないか?」

 パーンの言葉に、三人が歯を食いしばる。

 スレインにとっては、自らが学んだ賢者の学院そのもの、師や同窓の仇でもある。スレインとレイリアの夫婦にとっては、愛娘ニースをさらい、常人なら確実に死ぬような……確実に寿命が縮むめにあわせた、仇でもある。

「カーラとして、私は知っています。彼の目的はあくまで、魔法を探求したい、それだけであると」

 レイリアの声はすさまじいものがあった。カーラでもあった彼女は、ニースをもう一度殺しかけた罪すら負う……やったのは、体はウッド・チャックだが。

「で、敵なのか?味方なのか?」

 シェーンコップの言葉に、パーンは皆を見回し、一人一人の目を見て、答えた。

「味方だ」

「……今更だろう。ここには……」

 レオナーが、テシウス老をにらむ。

「スカードの魔神王子、ナシェルがいるのだからな」

 

 一行に加わった老人の偽名は、パーンの父親の名だ。真の名はナシェル。すでに滅んだモスの小国スカードの王子。

 スカードはドワーフとの同盟によって力と財を持っていたが、それゆえに隣国ヴェノンに狙われた。

 ヴェノンの野望と自らの死病に焦ったナシェルの父王ブルークは、とんでもないことをした。古代王国が使役した魔神の封印を解き、自らは悪役となって息子の手にかかることで、ナシェルをロードスの覇王に仕立てよう、と。

 それは途中までは成功していた……ドワーフ王国とスカードは全滅したが。戦い抜いたナシェルは、全ロードスに認められる勇者となった。

 ブルークが与えてくれた、最高の師の力もあった。若き日のファーンとベルド、ウォート。一人生き残ったドワーフ王フレーベもいた。優れた薬草師もいた。

 ほかにもあまたの勇者がナシェルのカリスマに引きつけられ、忠誠を誓い魔神と戦った。ロードスは一つにまとまるかに見えた。

 が、つまずきの石が二つあった。

 一つは、ブルーク王が魔神王の支配に失敗したこと。もう一つは、ロードスの統一を許さぬカーラ。

 カーラがブルーク王の野心を暴きナシェルを罪人としたとき、ナシェルは魔神打倒のために悪役となった。人間の結束を保ち、魔神と戦わせるために自分を犠牲にしたのだ。父が息子のために自分と娘を犠牲にしたように、仲間とロードス、ドワーフとの同盟誓約のために。

 ゆえに、魔神戦争の惨禍を忘れぬ老人や、その教育を受けた貴族にとってナシェルの名は悪の権化。ナシェルが真相をあかし、魔神との戦いを託した、ほんの数人の幹部を除いて。

 人の世を追われたナシェルは魔神王に一人挑み、破れ倒れた……が、乗っていた竜の力によって、普通とは異なる生命を得た。そしてヴァリス王となったファーンの庇護のもと、妻のもとに帰り子をなし、隠れ生きた。子孫の一人は薬草師となり、マーモ公国に仕えている。

 ファーンとベルドの決着も、遠くから見ている。

 亡父ジェスターに教えられていたレドリックはともかく、真相を知らぬ王族だったレオナーを納得させるのは大変だった。

 ナシェルの名を聞いた時点で剣を抜こうとし……その手より早く老人が柄頭を指で押さえ、左の指先を眉間に置いたら、レオナーがぴくりとも動けなくなった。

 それからウォートやフレーベ、レドリックがさんざん説得した。

 レオナーが怒ったのは、魔神戦争でカノンが、

(人間と魔神の戦いより国内・国と国の権力争いを優先するという、醜態を見せた……)

 という歴史もある。

 

 短い道中の、ほんの数日。ナシェルとコルムは、レオナーやカシュー、シェーンコップさえも生徒にして悪夢の特訓をした。

 ロードス最強の名を分け合っていた若き日のベルドやファーンも、

(数年後のナシェルには、勝てないだろう……)

 と確信していたほどの天才。

 それが世を捨てて五十年以上、生活できる程度の薬草農業と幸せな家庭生活以外、長い長い年月のすべてを剣に注いできた。

 パーンはもちろん、カシューすら子供扱いにするほどだった。

 それはもはや、

(神の域……)

 にほかならなかった。

 コルムも同様だった。

 コルムも、以前の冒険を終えて寿命の違う妻と幸せに暮らす間も、彼女が美しく老い世を去ってからも、長い長い年月を剣技に費やしてきたのだ……敵のいない、哀しい『永遠の戦士』として。

 

 スレインやミモレットもとてつもない講師たちに魔法を教わり、嬉しい悲鳴を上げた。

 

 

 上位以上の魔神が、数百体。

 だが、

(敵が気の毒だ……)

 そう、彼らは思っていた。それほどまでに、信じられる仲間ばかりだった。

 まず、マッスルスーツの力で負担なく担がれてきた小口径グレネードが、シェーンコップの手によって放たれる。高速の低弾道で飛んだ小さい弾頭が、すさまじい爆発を引き起こす……改良デュオデック弾頭、口径23ミリでTNT400キロ相当。

 無駄な威力だけではない。的確に敵の指揮官を粉砕し、先を見越して隊列を乱す。

 そして精密無比なセミポータブルと、クラス3フェイザーの猛火が敵を蹂躙する。シェーンコップ、ルイ・マシュンゴの射撃は一発一発が針の穴を通す狙撃で、しかも一秒に7発は撃っている。ユリアンも才能をすさまじい訓練で引き出しついていっている。

 コルムの弓もきわめて正確だ。

 ウォート、バグナード、スレイン……そしてカーラの呪いに耐えきったレイリア、ウォートに渡された『思い出しの額冠』でカーラの記憶を使いこなせるようになったウッド・チャックの、桁外れの規模の魔法。

 精霊王を使いこなすハイエルフのディードリットも強力だ。マジークの優秀な魔法使いであるミモレット・ポートランは、とくに精神系の魔法を得意とする……精神攻撃を敏感に察知し、対抗できる。下手な大火力魔法よりありがたい。

 レイリアは神聖魔法も使うし、エトも徳高い神官である。

 その、火力の壁を突破した上位魔神たち……

 彼らを迎撃したのは、剣の神々。それを支援するとてつもない技術。

(ナシェル老に比べれば、こんなのなんでもない……)

 剣士たちは皆、そう思っていた。

 百ものとてつもない化け物、〈混沌〉の力で竜や巨人、機械の力さえ取り込んだ超魔神たちが、雑魚に見える。仲間である老人と比べたら。

 

 ルーク・スカイウォーカーはモスの山道で、繰り返しつけられた稽古を思い出す。

「なにをやっている、未来を予知すれば勝てる、とでも思っているのか?」

 予知し、フォースで動きの速さも増していたのに、老人は簡単にルークを打ち据えた。

 ぽん、と。

「力の無駄遣いだ。肩にも右膝にも力が入りすぎだ」

 ぽん。

「剣は剣だ」

 ぽん。

「未来を読んで軍を動かしたら、相手もそれに反応して別のところに軍を動かし、予言が外れる……そんな道理もなぜわからん?」

 ぽん。

「もっともっと広がれ、自分を捨てろ」

 ぽん。

「相手を見て見るな」

 ぽん。

「無理に心を清く保とうとするな、ありのままであれ」

 ぽん。

 まるでルークが一人で踊っているように見えた。ぎくしゃくと、ぶざまに。

 そこを、ゆっくりとした動きの老人がぽん、ぽん、と叩く。

「針のように心を研げ。自分の体のすべてを把握せよ。大地と、世界すべてと一体になれ。自分を捨てろ」

 ぽん。

 その一つ一つの言葉、同時に老人の動き……それにつれて、老人に操られるように動くルークの体そのものが、難しいを通り越したフォースの運用につながる。

 ジェダイの騎士が剣を修行するのも、正しい剣術、体の動きがフォースと深いかかわりがあるからだ。

 だが、そのフォースの運用は戦艦を持ち上げるほうがまだ楽だ……ウェイトリフティング自己ベストの二倍のバーベルの、一端に筆をつけて、それで王義之の書を専門家でも間違えるほど魂ぐるみ真似る方が簡単だ。

 最初の基本点画『一』を完璧に書くようなきわめられた基本と、深い深い心の制御、いや魂の昇華で世界と一体化……ジェダイとしては夢のまた夢のそのまた先の話だ。生前のヨーダや若いころのパルパティーンですら、無理だと絶叫するだろう。

 ちなみに……ルークはウォートに、

「そんなふざけた魔力の使い方があるか、どこから力をくみ上げている、そんなことをして一つ誤って闇に落ちたら暗黒神を召喚するようなものじゃ」

 と怒鳴られ、

「これは面白い」

 とまねようとしたバグナードを、レイリアが浄化の奇跡で半ば昇天させたことがある。徳の高い神官であり、カーラの記憶があるため古代語魔術の知識もあるからこそ、フォースを学んで乱用するのがどんなに危険かよくわかる。

 ルークにはまだ、千分の一もできてはいない。それでも、音速を超える速度で突撃する、蝙蝠の翼を広げ両手の先が長い鞭となった飛竜魔神の襲撃は、はっきりつかめた。

(敵と自分、周囲、世界全部の一つの流れをつかめ……)

(フォースを信じるのだ)

 ただ従い、流れに身を任せて強化されたライトセイバーをふるう。

 光の刃が出るのは、ほんの一瞬。

 首が、飛んだ。

(ゆっくり斬って……とまではいかないな)

 考えが虚空にとろけ、フォースの流れに乗った体が次の敵に対応している。

 ダークサイド、父ダース・ベイダーになってしまう懸念は、忘れてしまった。

 

 ユリアン・ミンツが老人を前に構え、レンズで相手の心を読もうとしたとき……ぽん、と軽く打たれたのに気絶した。

 起き上がったときに、老人は深くため息をついていた。

「その宝玉は、そんなことに使うものではない。なぜルークといい、若い者はこうも力を無駄に使うのか……立ちなさい」

 言われて構えたユリアンは、老人がふわりと木刀を右片手に……地面に先をつけるほど力を抜ききって直立しているのに相対し、圧倒された。

 ぽわーんと、ぼけ老人のように立っているだけだった。

 だが、

(何が相手でも全速で叩き切る……)

 それだけを身体に叩きこんだ斧が、体が動かない。

 レンズを通じて自分の心に覚醒を命じることすらできない。

 吸いこまれる。

 老人が、とてつもなく巨大に見える。入道雲より、至近距離で見る木星型惑星より、巨星より。

 ぽん。

 いつ打たれたのだろう。

 ゆっくりした動きだった。

「振り上げて、おろすだけだ」

 言われた通り、老人の手本をまねようとしたとき……全身全霊で、

『真似』『模倣』

 しようとしたとき。

 ユリアンの全細胞が悟った。

 レンズは、自分の一部だった。

 ユリアンの体・心・魂、そしてレンズと……世界全部が、宇宙全部が、〈天秤〉が、すべてが一体となった。

 ユリアンの脳と心が悲鳴を上げた。レンズとの暴走フィードバック……心がレンズに流れ込み、レンズから心に吐き出される。心があふれ、魂が破裂しそうにふくれあがる。

 殻に、ひびが入った。あとは薄皮一枚。

 だが第二段階レンズマンすら、

(通過点に過ぎない……)

 そのことが見えた。

 その先に、『正剣』があった。

 万日の稽古でもまだ遠い、はるか先への道。とてつもない高さの山の、見えぬ頂上に向かう道。

 正剣……正しい剣。

 ユリアンは初めて、自分の体を本当に使うことができた。

 老人は静かに、ユリアンがゆっくりとふりおろした稽古用斧を木刀で受けた。羽が机に落ちるように、音もなく。

「どうしたんだ」

 仲間が聞いてくる。夜が明けている。

 ユリアンも老人も、七時間以上微動だにしていなかったのだ。ユリアンの体感では一瞬だったが。

 そのひと時、その後レオナーやカシューとの稽古も経て、ユリアンの剣はいっそう速さと凄みを増した。

(サイバスターのような……)

 とブリットが思うほどの疾さ、それでいて舞うように美しい最小限の動き。

 真鍮のような肌の、牛とトカゲの二つの頭を持つ怪物が、すっと二つに分かれた。

 それでもユリアンは満足していない。ナシェルは『完全な動き』より、さらに上にいる。先にいくつの絶壁氷壁があるかわからない。

 そして今、戦うべき敵が、ともに戦うべき仲間がいる。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップは動き回りながら援護射撃を続け、時にライトセイバーで敵を切り捨てていた。

 信頼する部下、ルイ・マシュンゴが圧倒的な火力で援護しつつ、ぴたりとついている。言葉も通信も必要ない。必要なところ、必要なタイミングで正確な弾が飛んでくる。

 楽しかった。

〔UPW〕にも、アイラ・カラメルという自分以上の達人がいた。

 フォースを、ライトセイバーを学ぶのも楽しかった。

 ロイエンタールやキスリング、リリィ・C・シャーベットなど、ジェダイの後輩との研鑽も楽しかった。

 この島に来ても、とてつもない達人が多くいた。

 カシューやナシェル、パーンとの試合は実に楽しかった。

 そしてナシェルとコルムは、はるか遠くにいた。追いつけるとも思えないほど、同じ人間とすら思えないほど。

 ルーク同様、フォースの新しい運用も教えられた。

 生きることが楽しかった。戦うことが楽しかった。

 ありったけの楽しみと、すべての戦いの経験と、尽きぬ闘志をフォースに変え、戦場全体を観た。

 上から見るように。ビデオを自由に巻き戻したり早送りしたりするように。

 戦場全体の弱いところに、すっと動いた。針の穴を通す狙撃を送った。

 斬る時だけライトセイバーを展開させて、敵の機能を停止させる最低限の傷を与えた。

(いくつ眼があるのか)

(何人のシェーンコップがいるんだ)

 そう仲間が思うほどだった。

 フォースの助力は、使いこなすのが難しいマッスルスーツも完全に体の一部にしていた。生身で、舞うように美しく正確に斧をふるっていたように、美しくパワーを活かした。

 ナシェルの神剣すら、かなり模倣していた。

 速い必要もない。パワーも最低限しかいらない。動きの贅肉を削る、戦場全体と調和する。それなら、だれよりも長い戦陣の日々、生命で体に刻んでいた。

 その彼の前に、鳥のような頭の魔神が立った。

 身長は1.5メートルほど、両手に短めの剣を持っている。はっきりと、桁外れの強さがわかる。

 シェーンコップはにやりと笑い、フォースを開放する。

 コルムやナシェルなどの、化物との練習で磨かれていく腕、血みどろの実戦経験……

 緩急、緩やかな動きが超高速になって襲うのを、紙一重でかわす。

 相手の剣も、

(この装甲でも、当たったら関係ないな……)

 と確信できる代物だ。

 薙がれたライトセイバーが、同じく紙一重でかわされる。

 力・速さ・技のバランスがいい、心底恐ろしい相手。相手にとって不足なし。

 

 ブリットとクスハは、かばいあって強大な敵に立ち向かっていた。

 二人とも、仲間たちのような剣の天才ではない。あくまで努力型だ。

 リシュウ・トウゴウに学んだ示現流を、コルムやナシェルは正確に理解し、無駄を消して正しく刃筋を通すことだけを教えた。

 ごくわずかな、足の親指の使い方程度、実戦と軍生活でついた動きの垢を落とす。落とした正確な動きを、一日千回力尽きるまで練習させる。

 それだけで二人とも、見違えるようになった。

 示現流の創始者と同等かそれ以上にある剣聖二人が、時を越えて流派の創始者と語り合うように動きを磨いたのだ。

 まだ慣れきっていなかったマッスルスーツの力に頼るのではなく、使いこなすこともできるようになった。

 視覚では見えぬ魔神と、大鎌をふるう魔神二体の連携攻撃。クスハのサイコドライバーとしての能力が見えぬ魔神を見つけ、ブリットが装甲まかせに二つの大鎌をしのぐ。

 マッスルスーツをつけていさえ、上位魔神との力比べでは押し負けてしまう。

 贅肉を極限まで落とし、豪剣から利剣に昇華した二の太刀要らずが、剛腕を断ち切る。

 

 カシューが戦っていたのは、魔神将級だった。四枚の翼、そして肉の二つの腕と、緑青色をした……身長の二倍近い長さ、胴体ほどの太さがあり、長剣のような二本の鉤爪の腕をひとつ余計に生やしている。

「相手を読んで戦うやり方の、さらに上があるのだぞ」

 ナシェルの短い教えを思い出す。

 むしろ、

(流れ……)

 戦いの流れそのもの。

 戦場全体を読み、相手をより深く理解する。

 名将としても知られるカシューは、ある程度はわかっている。

 そしてカシューが若いころ剣闘士に落ちたのも、目の前の敵との戦いに夢中になりすぎ、戦場全体の流れを読めず、槍衾から早く逃げなかったからだ。

 敵の超高速と、岩をやすやすと断ち切る力。小さいほうの腕が握る短剣の、すさまじい技術。

 体に絡みつき、強烈な痛みをもたらす魔法。

 それも、戦いの一部。

(ベルドは、こんなものではなかった)

 戦ってきた強敵、積み重ねた経験。

 そしてナシェルと、ほんの数度の練習試合で伝わったものが、勝てそうにない敵の一撃を柔らかく受け流していた。

(まだ、オレは成長できる)

 それがたまらなくうれしかった。

 ゆっくりと後退し、強烈な一撃を受け流す……その瞬間、ナシェルが敵を切り捨てていた。

 

 パーンとレオナーは、美しい、まだ幼くさえある少女の姿をし、巨大な剣を持つ魔神と切り結んでいた。

 二人がかりでもかなわぬほどの腕。

 レベル3フェイザーの直撃を受けても消滅せず、瞬時に再生する体。

 そして、マッスルスーツのさらに上を行く力。瞬間移動としか思えない速さ。

 だが、

(ナシェルとコルムの剣技に比べれば……)

 もっとはるか上が見えた。

 ナシェルのゆっくりした「ぽん」は、瞬間移動より防げないのだ。

 パーンがアシュラムに破れ、十年ひたすら磨いた剣技。それは、格上との戦いでこそ真価を発揮する。

 レオナーの、以前の華麗さから、短い特訓で水飴のような透明感と粘りに昇華した受け流しとカウンター。

 パーンの、精霊王を封じるための魔剣が、すさまじい速さの突きで魔神王級の肩を貫く。

 再生するまでの一瞬、レオナーの『法の剣』が背を断ち割る。

 多数の魔神が襲い掛かり、呪いや投げ矢を放つが、二人の強力な魔法鎧と盾は猛攻をしっかりと受け止め、魔法攻撃をほぼ無効化する。

 

 コルム、ナシェル、フレーベが、魔法使いたちの最終防衛線を作っている。

 誰も通れない。

 猛禽の頭をした魔神将級の魔神や、大蛇の下半身に人の上半身をした怪物が、次々と両断される。

 フレーベの鎧はいかなる攻撃にも傷一つつかず、隙間がない。

 どれほど打たれてもひるむことなく、すさまじい速さと力で斧槍がふるわれる。

 

 

 戦いの中、はっきりと空気が変わった。

 世界そのものが変わった。

「〈混沌〉が、魔神界が!こちらに、侵食……漏れて……」

 クスハがうめき、崩れ落ちる。ブリットが抱え、それを襲う魔神をシェーンコップが切り捨てた。

 

 魔神たちが、はっきりと変わる。獣鳥と人間のキメラのような要素が減り、別の巨大な何かに変じていく。

 基本的には、竜の皮膚を持つ人の姿。頭部は、虚ろな暗黒をたたえた球状。

「魔神は、本来精神の存在。こちらには、それこそ人が海に潜るように、糸を通じて人形を操るようにしか、来ることはできぬ」

 ウォートが静かに言う。

「まったく別の邪な……神に近い存在が、別の肉体を彼らに与えています。竜と、巨人と、そして石や金属まで混ぜた……より、魔神本来の力に耐える器を」

 エトが神託を受け、くずおれる。

「それに、見るんだ」

 ルークが上を見上げる。

 戦っていたホールだったはずが、いつか……茫漠たる、巨大な荒れ地となっている。空は月のない星空のように暗く、血をぶちまけた沼のように昏い。

 そして遠くに、何かが見えた。

 人間の、十倍以上……低くて全高20メートル。

 ティラノサウルスのような姿。

 下半身がワニのケンタウルス。

 六足歩行の機械の下半身に、大弓を持ち金肌人の上半身。

 

 その中央に、それがいた。

 性別もわからない、身長1.2メートル程度の少年の大きさ。

 両手の、手首から先が1メートルほどの刀になっている。

 はっきりとわかる。神の領域にあると。

 破壊神カーディス、地母神マーファの顕現を見たことがある……古代の魔竜シューティングスターを倒したパーンたちにも。

 はるか昔からの、とてつもない存在と戦ったことがあるクスハたちにも。

「あれには、普通の魔剣も通用しない……」

 そう、カーラの記憶を持つレイリアがうめく。

 突然、きた。

 すさまじい声……美しすぎる歌声とも、巨大すぎて足だけでも、どんな巨大な塔より大きいであろう猛獣の咆哮ともいえる声、巨大な魔力が放たれる。

「心が壊れます!」

 ミモレットが悲鳴を上げる。

 そこに、ユリアンが飛び出してレンズで防壁を張った。

 すさまじい圧力が、ユリアンに一点集中される。

「魔法で助けるんだ!」

 ウォートを中心に、最高の魔法使いが何人も、次々に複雑な呪文を唱える。

 神々をも支配するほどの、古代語呪文の精華が結晶する。

 それで軽減されてもなお、力がユリアンを襲った。

 レンズが輝く。輝きを強める。太陽をしのぎ、皆の目がくらむ。

 すさまじい、力と力。

 ユリアンの脳には、20桁の掛け算を1秒で暗算しようとするより大きな負担がかかっていた。体の全細胞が、レンズの……ユリアン自身の力にひしいでいた。

 心は、ありえない圧力を受けていた。子供が横綱の、いや暴走列車を正面から押し返そうとするような。

 どんな拷問よりも痛かった。全神経が、ショック症状による即死を命じていた。

 血液がすべて沸騰するかのようだった。

 ユリアンに残された、すさまじい光が消滅しようとする肉体をめぐった。体を正しく制御する、それだけがあった。

 巨大な力が、吹き上がるのではなく一点に集中した。

 ユリアンは、自分の脳神経細胞すべての配線を理解した。全身すべての神経を理解した。全身すべての血管を理解した。全身すべての骨格と筋肉を理解した。全身の細胞、気の流れを、簡単な機械の設計図を見るように見た。

 心のすべてを整理し、世界全部と溶け合った。

 自分であり、相手であり、世界すべてだった。愛であり、智恵だった。

 レンズの、無限の力がユリアン・ミンツと一体化した。レンズはきっかけにすぎなくなった。第二段階レンズマンとなったことが、はっきりわかる。

 心を、『ありて、ある』とすることができた。

 母の写真を焼かせた祖母を、許し愛することができた。自分が殺してきた敵の痛みを知った。

 レンズの力は、手にした魔法の剣も解析し、高めあっている。古代王国の付与魔法(エンチャント)を理解し、共感し、とりこんでいる。

 たいていの剣士は、魔法の剣を手に入れると自惚れ自滅する。本当に使いこなせる剣士はめったにいない。

 レンズを使いこなすのと同じく、困難だ。

 魔法の剣を、レンズを、自らの心と体を……

 すべて使いこなす。

 レンズの計算ですべての無駄を削った、限りなく完全に近い動き。

 

 それが、子供の姿をした……魔神王の、さらに上位、魔神帝というべき存在にふりおろされ……受け止められた。

 剣である左手がユリアンの腹を薙ごうとしたのを、コルムの剣が受け止める。

「きみの、普通の魔剣ではどれほど高められても、魔神王は倒せない」

 コルムが静かに言う。

「そうじゃった……あのときも」

 六英雄の生き残りたち……フレーベ、ウォート、そしてレイリアとウッド・チャック二人のカーラがうめく。

「フラウスが命とひきかえに〈魂砕き〉(ソウルクラッシュ)を奪うまでは、どうしようもなかった」

「だが、〈魂砕き〉はアシュラムが持って海に去っているんだ」

 パーンが叫んだ。

 絶望が広がりそうになるが、コルムは笑った。

「この〈反逆者〉(トレイター)も、それ/黒の剣/ストームブリンガーの眷属だ……これが鍛えられるのは遠い未来のことだが、この多元宇宙は、事の前も後も曖昧になる。生まれる前の子が死ぬことも、鍛えられる前の剣に神々が斬られることもある」

 コルムの手の、美しい剣はそれにふさわしい、強力な魔法の輝きを放っている。

 

「ここは任せるとして……」

 シェーンコップとカシューが、熟練の指揮官らしく別のことに気づいた。

 圧倒的に巨大な、魔神と竜と巨人、機械が混じった……邪神に限りなく近い何か。異巨神たち。

 それには、ルイ・マシュンゴが負う、過剰威力と思えるパルスレーザーすら通用していない。

「いいえ、大丈夫」

 目を覚ましたクスハが微笑し、ブリットの手を握って天に手を差し伸べる。

「龍虎王!」

 すさまじい光が渦巻き、相対している異巨神たちと同等と思える存在が、そこにあった。竜顔巨人身、高貴でさえある立ち姿。

 クスハとブリットが古代の超機神に認められ、正義のために闘う姿。

 

 その傍らにはるか高くから、巨大な美女が舞い降りる。

 人類の、地球のために世界を征服しようとした天才、ビアン・ゾルダークが遺した二つの傑作……ヴァルシオーネを駆る愛娘リューネ・ゾルダーク。さらに異界の魔法技術、ダイアスパーやウィル、シャルバートを含む超技術による改良も受けている。

 

 高速で急降下した大型個人戦闘艇……人造量産紋章機、ホーリーブラッドが鮮やかな機動で滞空する。

 ダイアスパーとウィルの技術さえぶちこんだ最新試作の別物、完全に使いこなせるのはオリビエ・ポプランぐらいだ。

 

 空がかすかにゆらぎ、超ステルスが解除された紋章機が姿を見せる。

「ユリアン!」

 カーテローゼ・フォン・クロイツェルが恋人を呼ぶ。

 

「荷物は確かに届けたぞ!」

 ハン・ソロからの通信が入る。

「ああ。ファルコンはこのまま離脱しろ!」

「援軍から連絡があるんだ。そいつを誘導して、すぐ戻る!」

「ウフォーオ」

 チューバッカの咆哮を頼もしく聞く。

「さあ、第二ラウンドだ!」

 シェーンコップの叫びとともに、数は減ったが精鋭ぞろいの、魔神王にかぎりなく近い人間サイズの魔神たちが咆哮し、走る。

 剣神たちは緩やかに構え、最高の魔法使いたちも呪文を唱える。

 そして巨大な機械神と、異巨神たちが圧倒的な火力をぶつけ合う。

 

 

 はるか空に、〈天秤〉があった。

 それは姿を変えていく。天秤の棒は巨大な槍に。二枚の皿は、一部重なりあった、8の字を横に倒したような盾に。

「あの盾を破れば、戦うべき敵のところに行けます!」

 異巨神の猛撃に、超機神の剣を振り斬ったクスハが叫ぶ。

 圧倒的な火力が、赤銅の巨大な盾に弾かれる。巨大な槍が、機動兵器を打ちのめす。

「すべてを、すべてを断つ剣を……」

 そこに声が響く。

「オレを呼んだか!」

 ブリットが、信じられないようにそれを見る。

「オレを呼んだか、クスハ・ミズハ!」

 くろがねの馬にまたがり、剣というにはあまりに巨大な、分厚く幅広く長いそれを担いだ、もののふの姿をした大型機動兵器。

「ダイゼンガー!アウセンザイター!」

「ゼンガーさん、レーツェルさん……」

 懐かしさと頼もしさに、ブリットとクスハが涙ぐむ。

「行け、トロンベよ!閃光のごとくうううっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 絶叫とともに、騎馬の鉄侍が加速する。

「刃馬一体!一刀、両っっ、断っっっ!」

 すさまじい剣閃が、槍の穂先近くを断ち落とす。

「いけ!」

 絶叫とともにその背後から、巨大なドリルを艦首につけた戦艦が飛び出し、盾にぶちあたる。

「つらぬぇええええええっ!」

 皆の叫びとともに、盾が砕けた。

 また、世界が変わる。




ロードス島戦記
銀河英雄伝説
スターウォーズ
スーパーロボット大戦OG
ギャラクシーエンジェル2
永遠の戦士コルム


*「ロードス戦記」終了後のレイリアがカーラの魔法を使えること、『思い出しの額冠』は独自解釈です。
*未来に出発するまでのヒマな頃、コルムはむしろ作曲と義手作りに集中してましたが、ちょっと改変。

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