第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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混乱時空/時空の結合より3年

 ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝は、奇襲の可能性をいくつも挙げていた。

「通信、特にアンシブルやレンズに対する攻撃……最悪はコンピュータウィルス型」

「兵站基地の奇襲」

「偽装した工作隊の攻撃による、連合軍の同士討ちの誘発」

「数の暴力」

「主要指導者やその家族に対するテロ」

「現場指揮官の精神操作」

 ……

 多くの、人間の技術とは異質な怪物との戦い。それを経験した天才は、総指揮官エンダー・ウィッギンの命により想像を絶する奇襲を多数想定し、自らがそれをする立場として構想し、対策を立案した。

 エンダーはラインハルトを全面的に信じた。

 通信破壊に備え、通信妨害対策が発達したローエングラム帝国から学んで、シャトルを用いた濃密な連絡網。

 ヤン・ウェンリーがアスターテで味方を救った、事前のプログラム入力。

 冗長性のある兵站。自動工場機能がある大型艦・機動要塞を、戦線に高密度に置く。

 同士討ちを防ぐため、信頼関係を作る……娯楽の多い星で将兵を混ぜて楽しませる。兵はともに酒を飲み、格闘訓練の名目で拳で語り合う。将は互いの癖を知り尽くし、電子名を偽っての同士討ち誘発攻撃をされても見破れるほどにシミュレーションで対決させる。

 そして、最も警戒したのが暗殺だ。

「総司令官のエンダー・ウィッギン、〔UPW〕長官タクト・マイヤーズ、トランスバール女皇シヴァ、バラヤー皇帝グレゴール、そしてその家族。これはオーベルシュタインの警告だが、盟約の象徴といえるコーデリア・ジェセックと、六人のゲートキーパーも高価値目標だ」

 地球教征伐で、あやうくワーレンを失いかけた。死んでいたら、またはワーレンほど剛毅な将でなかったら、艦隊が再起動するまでに敵の大半が逃げていたかもしれない。

「敵は思いがけないところから出現し、怪物と化した存在を使うことがある……常人の護衛では、マッスルスーツの補助があっても防げない」

 空間転移を使うゲスト。麻薬の作用で怪物化したテロリスト。顔を覆って窒息させ、死体を動かす血だまり。

 さまざまな脅威のデータが集められ、それを前提に対策が練られる。

 

 ラインハルトにとって、エンダーが出したこの課題には別の意味もあった。

 現実の問題。

『この連合軍に最大のダメージを与える』

 方法として、

『アンネローゼやヒルダを暗殺したり人質に取ったりする、

またキルヒアイスを貶めてラインハルトを怒らせ判断力を失わせる』

 のは、きわめて有効なのだ。

 そのことを、容赦なく直視させられた。

(弱点がある将は無能……)

(克服できなければ、切り捨てる……)

 そこまでやっているのだ、と理解できてしまった。

 エンダー・ウィッギンは、死者の代弁者である。

 二つの意味で。〈死者の代弁者〉という筆名で『窩巣(ハイブ)女王』『覇者(ヘゲモン)』そして『ヒューマンの一生』の三書をものし、〔死者の代弁者〕という教団の種をまいた、著述者。

 もう一つは、自らが種をまいた〔死者の代弁者〕の一聖職者としての長い人生。多くの死者を代弁……良いことも悪しきことも真実を暴き、遺された者の心を切り開いて、癒してきた。

 それは心に、

(焼けた鉄を当てる治療……)

 のようだとすら言われている。

 その灼熱を、ラインハルトもはっきりと知った。

 エンダー自身も痛みを味わっていることも。彼は代弁した死者やその周辺の人を、その高い共感力で愛し理解したからこそ、もっとも残酷な真実を暴くことができる。膿んだ傷を切り開くことができる。

 軍人としてのエンダーは、敵を理解し、愛し、そして殺すことができる。だからこそ最優秀の軍事指導者なのだ。

 ラインハルトは、その意味でのエンダーの恐ろしさも心底理解した。

(たとえキルヒアイスのクローンが襲ってきても、感情を切り離して戦い続けられるか……)

 その覚悟を、容赦なく迫られたことがわかった。

 深い理解と愛情ゆえであることも。

 

 

 戦場で実際に起きたのは、ラインハルトが二番目に恐れていたことだった。

 数の暴力。

 ボスコーン艦隊の圧倒的な、圧倒的な物量と、〈混沌〉の怪物たち。無限にもほどがある恒星の炎がかりそめの生命を押しつけられて飛び出してくるのだ、

(たまったものではない……)

 このことだ。

 また、ローダン2が支配する悪しき太陽系帝国が出してきた最悪の兵器……オールド・マン。

 時空を超えた自動工場が作り出した、何万というギャラクティス級超戦艦を集めた巨大要塞。

 何十万発ものトランスフォーム砲が地球の公転軌道ぐらい広い宙域を耕す……パラトロン・バリア同様敵の攻撃を別時空に流せるネガティブ・クロノ・フィールドすら持続時間の限界、そこに何万発も集中攻撃を浴びれば。ただでさえシールド貫通性能が高いトランスフォーム砲、それが百万メガトンの何万倍も注がれれば、装甲はもちろんいかなる防御も速度も無意味だ。

 しかもすべてがボスコーンの技術によって改良され、攻防走とも大幅に高まっているのだ。

 波動砲・デスラー砲艦だけで数百万の連合艦隊、それですら数で圧倒される。

 

 数の暴力に対して、エンダーが取った策は、辛辣だった。

 ぬかるみ。塹壕。機関銃。背後からの重砲。……第一次世界大戦、には届かぬが、南北戦争のようではあった。何万の兵でもすべて屍に変える、豊富な兵站に支えられた防御線。

 以前からデスラー・ルダ・ノアが研究していた最悪兵器。ブラックホール砲を量産機動要塞に積み、バーゲンホルムでどこの戦場にも素早く送れるようにした。

 どこの戦線であれ、数の暴力はブラックホールに次々と呑まれていく。

 デスラー砲とクロノ・ブレイク・キャノンの射線を重ねると、物理破壊より時空破壊に力がいくことが判明した。それを徹底的に敵の針路に注いで、時空そのものをぬかるみのように動きにくくした。

 ぬかるみと機関銃に動きを止めた敵には、ハイパー放射ミサイルが瞬間物質移送機で近距離に出現し、バーゲンホルムで瞬時に光速の数万倍に加速されて突き刺さる。恐ろしい放射能はゆがめられた生命をさらに暴走させ、崩壊させていく。

 そして、

(ガトランティスゆずりの……)

 火炎直撃砲。改良された瞬間物質移送機と、波動砲・デスラー砲などの複合兵器。高水準のコンピュータとOS、多数の無人機や駆逐艦による敵観測の精密さは、その移送の精度を10光秒から30メートルにまで、天より高めていた。

 遠距離の、多くのシールドを無視して指定された座標にぶちこまれる熾烈な炎は、巨大艦も一瞬で消滅させる。

 さらに2キロメートル級戦艦の、何十門ものデスラー砲が濃密な機関銃となり、敵の突進を食い止めた。

 また、戦場のあらゆる時空の性質を細かくガミラス駆逐艦によって測量させ、最適のハイブリッド超光速航法をきちんと調べた。

 ミッターマイヤーが高速艦隊の基礎を築き上げ、それを誰でもできるようフィッシャーとシュナイダーがマニュアル化し、さらにメルカッツがローエングラム朝の将官たちに、

(眠っていてもできるよう……)

 叩きこんでいた。

 高速艦隊は、輸送艦隊も高速にした。兵站はスムーズで、しかも襲われるリスクも半減した。

 

 オールド・マンは、デスラーが作った地形を活用した罠にはめて高速移動ができないよう宇宙のサルガッソに落とし、そこにラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝の親衛艦隊を叩きこんだ。

 わずか420隻、だが全艦ダイアスパーに送り、リミッターなしの最高水準で改修させた、2.5キロメートルの超高速戦艦。艦長は帝国・同盟・ゼントラーディ問わぬ、選び抜かれた腕利きばかり。

 それはまさに、天才の手足、全身の細胞のようだった。

 艦隊が完全に、一つの体となったのだ。

 何万というギャラクティス級球形戦艦、一点集中で注がれるトランスフォーム砲や、どの一隻に接近しても恐ろしい力で襲うコンヴァーター砲……

 それを、ラインハルトは生身の肉体で格闘するように受け流した。

 大男が力任せに振り回すフックを、とろけるようにやわらかくさばいて喉を痛打するように、30隻ずつの小艦隊を1000倍光速で、十キロメートル単位の精度で動かし、40メートルの近さに集まって重ねたシールドで攻撃を受け流した。

 普通なら艦隊で超光速飛行するときには、ものすごい安全距離が必要なのに、非常識を通り越した近距離。それで衝突事故が起きないのは、とてつもない精度の艦隊制御がなせるわざだ。

 固まって防いだら、すぐに散開する。高密度に固まる、古代のファランクスを思わせる隊形は防御は固いが、艦隊内部へのワープアウトなどで瓦解する……それを暴き出したのははるか遠い別時空のベルファルド(タイラーのクローン)だが、この連合艦隊でも何人も気がついていた。

 指で肘の急所をつかんでしびれさせるように敵艦隊の通信を断ち、それに反応した動きに呼応し艦隊全体を前進させた……つかまれた腕を引いた、その反応に付け入って懐に飛び込むように。

(エンジェル隊の、少数の高性能個人戦闘艇を細かく用いる戦いは、とても美しいものだ……)

 病床で見た美しい戦法を、自らもやってみたかった。

 フィッシャーの、見事な艦隊機動も味方の立場で使役し、士官学校で行われた教育にも触れた。

 艦隊機動そのものの極めがいのある、

(おもしろさ……)

 に、めざめてしまった天才。

 攻撃力よりも、動きの正確さ・操縦に対する反応の速さ・観測・通信を優先した艦で構成された艦隊を、最大限に改造されたブリュンヒルドから精密に操る。

 相手に心を読まれている……それでも、読んでいても的確を極めた艦隊機動の前に、一つの対応しか選べなかった。

 三千隻のギャラクティス級が超光速飛行に入る、そのため硬直した全艦に正確な狙撃をぶちこむ……発射は数十秒前だ。完全に敵の動きを読む、いや思い通りのタイミングで動くよう、何手も先から操る。

 それでエンジンが故障し、超光速飛行が不安定なものとなった、その間にオールド・マン本体に80隻を素早く送って一撃、こだわらずに素早く引く。

 瞬時に、キロメートルもない正確さで50隻が囲んで一斉射撃。

 それを脱して反撃できるのは、らせん状の一本の道だけ。そこに導かれた敵艦隊は、そのままサルガッソの破壊渦に巻き込まれ、衝突同士撃ちをする。ラインハルトの命令に従っているかのように多数の巨大球形艦が壮大ならせんを描いて自滅していく。

 無理にサルガッソから動こうとした鈍重な巨体、その動きそのものが巨体を引き裂いていく。

 さらに本命の狙いは、わずか3隻の正確で複雑な動き。オールド・マンの重要なエネルギー流路を正確に狙った。

 敵が動こうとするちょうど出ばなに、ガラスを割るように突然で鋭く軽いフィンガー・ジャブを目に放ち、瞬時に針の穴を通す一発をみぞおち、相手の腕にやわらかく触れたまま腕をまわすと相手の巨体が吸い込まれるように振り回され重心が崩れ……さらにそれをフェイントに高速の小内刈りをかけ、倒れた瞬間に腎臓を踏み蹴るように。

 

 ラインハルトにとっては、

(使いこなされている……)

 それ自体が快感でもあった。

 皇后のヒルダや岳父のマリーンドルフ伯爵などには、

「陛下は将に将たる皇帝ではありませぬか。自ら艦隊を率いて強敵に挑むのは、匹夫の勇と申すものです」

 だのなんだの言われるが、実際問題こちらの仕事でもこの上なく有能な上、デスラーという趣味を同じくする親友もおり、さらに竜我雷という新しい悪友も増えたからたちが悪い。

 ムライの口癖、

『困ったものだ……』

 が、マリーンドルフ伯爵やブラッケ、ミッターマイヤーに感染ってしまったほどだ。

 さらに統治のほうはヤンから秘奥義丸投げをいい意味で学んで用い、しっかり仕事はしている……新技術と軍需で好景気、統治の責任はしっかり負っている、という美点は変わっていないのだから、さらにどうしようもない。

 

 潤沢な兵站がある戦い、特に各艦隊の指揮官が気を使ったのは、食事・トイレ・風呂・寝床だ。

(腹が減っては戦はできぬ……)

 それで同盟艦隊の大半、十万隻以上を宇宙の藻屑にしたラインハルトはもとより、他の将帥もそれはよくよく知っていた。

 特にゼントラーディは文化にうるさく、気を使う。

 多くの時空の料理人たちも、重要な戦力だった。

 あちこちの新しい料理のレシピや食材が送られ、研究材料になる。それを参考に作った新しい料理を故郷の平和な人々で試し、成功作を別時空に送る。

 それを目にした軍関係者が、そのレシピを大金で買い上げて要塞の食堂や艦の調理装置に送る。

 多くの時空の料理が比べられ、融合し、次々と新しい料理が生まれ、競い合う。

 ローエングラム帝国旧領のドイツ風料理、新領土の多様な料理。

 ヤマトが洗練させていた、小型艦に入る自動工場でできる多様な料理。

 ミルフィーユやカズヤ、その師の、極上の菓子。

 ヴォルコシガン館のシェフ、マ・コスティが得意とする豪華なサンドイッチや菓子。

 五丈の刺激の強い料理や智の豪華な宮廷料理。滅びた国々から流れた料理人が伝える料理。

 ダイアスパーの十億年で磨き抜かれた料理。

 銀河パトロール隊の時空で愛されるフェアリン。

 将たちは大金を出してそれを高め、艦船で供給できるように工夫した。兵たちを満足させるために。

 それはレプリケーターやバター虫の普及にもつながり、あちこちの、大規模機械がまだ買えない星でも魚の養殖やハーブ栽培など新しい産業も生み出した。

 細かい、たとえば小さい駆逐艦で出るコーヒーをうまくするだけでも、将兵の満足度は大違いなのだ。それは細かいことだからこそ困難でもあったが。

 たとえば、インスタントコーヒーがまずい理由は、粉の開封後の酸化、湯の温度、水質、そして何より湯と粉の量の比が一定しないことにある。ならば、水を浄化・成分調整し、気圧・温度を管理し、粉は少量ずつ窒素密封カプセルにするだけでかなりうまくなる。さらに、コーヒーも紅茶も本物の粉をカプセルにして淹れればもっといい。

 艦内トイレは、母星を持たぬゼントラーディで特に発達していた。それを洗練させ、清潔で心地よくすることにも力を入れた。

(トイレを壊された……)

 戦艦ユリシーズの伝説は、どこの軍も常にあることだ。

 最近〈緑の月〉が作ったウツボカズラの遺伝子操作種も実戦に投入され、好評を博している。多数の、人間一回分の糞尿が入る大きさの葉袋をつけ、それを便器にはめて出せばいい。機械によって蓋をふさいで茎についたままどかせば、数時間で完全に消化吸収する。その栄養で新しい葉袋を多数つけ、ピアノ線の何倍も強い繊維でできたツルを伸ばす。

 強力な消化液で完全に清潔、普通の循環システムと違って出したものを食べているという不快感がない。ついでに繊維も、艦船内では用途が多いし、バター虫に食わせてもいい。

 艦に一つか二つの汚水処理システムで集中処理する方式では、配管に大量の資材と重量と費用がかかり、戦闘でシステムを破壊されたらユリシーズの地獄となる。小さい部屋の内部で完結する遺伝子操作ウツボカズラなら、戦闘で被害が及んでもその部屋を密封するか、最悪部屋ごと捨てて別の部屋のウツボカズラを引っ張り出せばいい。ついでに配管の分いろいろ節約できる。

 風呂も、艦内の狭い寝棚のための寝具さえも、多くの時空の技術が融合して工夫され、試行錯誤で磨かれていく。

 それら、居住惑星からの補給に依存しない、艦内で完結する生活の技術は、軍のみならず大型宇宙船への人口移動にも強く関係している。

 

 

 激しい戦いの中、さらに恐れていたことが起きた。

 指導者の暗殺。

 地球教が築いていた暗殺網を利用し、思いもかけないところから怪物化した人が襲った。

 どんな食糧輸送網にも入りこむネズミや害虫が、集まって姿を変えた。

 それだけでなく、時空どころか夢の中からも怪物は出現し、宮殿や旗艦の片隅で悪意を食って育った。

 常人の衛兵では、マッスルスーツで10トン近くベンチプレスできても、かさばるがより強力な機動歩兵の強化服……の強化版でも、対抗できる存在ではなかった。

 デラメーターやフェイザーなど強力な手持ち武器も手に入ったが、火力を強めすぎれば艦そのものに穴が開くか、高熱で守るべき者が死んでしまう。護衛にとって、広島原爆の威力があるグレネードランチャーなど無用なのだ。

 だが、ラインハルトの警告から、対策はなされていた……

 

 アンドルー・ウィッギンが指揮をとっているのは、とある不毛の砂漠星の表面だ。アンシブルや、緊密に往復するシャトルによってそこからでも十分指揮はできる。

 彼は総司令官を引き受けるまでは、人数も少ない星の反乱を指導していただけであり、多人数の幕僚などは持っていない。

 仕事の多くはジェインと統合された超コンピュータ、そしてそれと緊密に連絡する窩巣女王がこなしている。

 ミロや、ピーター……世界の外に出た時に生じた存在……が補佐しているし、〔UPW〕から幕僚や護衛兵も派遣されているが、それほどの数ではない。

 エンダーが、何千年も前に体験した「前の戦い」では、大人の軍人たちに囲まれシミュレーターに座っていた。通信を通じて、バトルスクールの仲間もいたが、それだけだった。

 今はまったく違う。一番の違いは、敵にも味方にも、親や妻や子が無事を祈る命があることを知っていることだ。……血が通わない者や、生物ですらないものもあるが。

 そのエンダーたちの前に、一体の怪物が出現した。

 姿は人間の子供だが、レンズが伝えてくる……桁外れの邪悪。

 顔は美しいとも醜いとも言えない。百人がその顔を見てのちに似顔絵を描いたとしても、何の統一性もないだろう。

 護衛用の、暗黒星団帝国の特殊部隊兵を再現した機械兵が誰何し、攻撃を開始する。

 だが、すべての射線を読むように回避した小人は、瞬間移動のような速度で……途中にある機材を、飛び越えるどころか巨大な砲弾のように貫通破壊して、エンダーに迫る。

 機械兵も次々と粉砕される。

 音速を越える塊が、総指揮官を瞬時にとらえようとした瞬間……幕僚の一人、青年の尻から、スペードのような先端を持つ尾が伸び、小人の拳に絡まった。

 刹那、すさまじい電撃が走る。

「相手が悪かったな」

 ほぼ単身で援軍に来たギド・ルシオン・デビルーク王。

 その拳が、一撃で小人の上体を消し去った。

「今のは……フェイクの端末か」

 気がつくと、まったく違う怪物が何十体もそこにいた。

 カマキリが巨大化したようなもの。

 無数の、ミミズのような長いのが団子になった「何か」。

 幼い少女が泣き、抱きしめる両親ごと、エンダーとピーターが守っている。ジェセック一家も重要な存在であり、もっとも強力な護衛にゆだねられている。

「こいつらもフェイクだろう!出てこい!」

 王の叫びに空間が、じわり、とゆがむ。したたる。

 その奥からの底知れない……月も星も、何の明かりもない夜の森のような、底なしの暗さ。

 それだけで、常人なら狂うほどの暗さだった。

 

 

 バラヤー本星の、グレゴール帝夫妻の執務中、突然敵襲があった。

 指名手配されていたコマールテロリストを陽動に、初老の女が、一人だけ。

「うら、うらみ、うらみ、うら、うらみ」

 わけのわからないことを言う。誰何した親衛兵は、女の指が額に刺さるとそのまま、しなびていく。

 恐怖に駆られて衛兵が撃ちまくるが、ニードラーも、プラズマ・アーク銃も、神経破壊銃さえ通じない。

 突然女は小粒の、牙のようなものをばらまいた。

 ばらまいた牙が、庭の土に触れるとあっというまに百体以上の怪物と化す。三日月剣(シミター)を持った骸骨。

 ミュータントすら受けつけない衛兵は恐怖に崩れる。立ち向かう忠誠心が強い者も、常人が走るより何倍も速く接近され、鋭い剣に急所をはねられる。

 それだけでなく、干物と化した衛兵が生気なきまま立ち上がり、人間離れした力で同僚を襲い、その腕をやすやすと引き抜き首に食いつく。噛まれた者も絶叫がすぐとだえてみるみるしなび、また動き出す。

 さらに老婆は、奇妙な呪文を唱えて唾を吐くような身振りをすると、火球が吹き出し衛兵の顔に当たった。命あるかのように肺に侵入した炎に、もがきながら背骨が折れるほど反る……油煙を吹いて体内から焦げ、服が溶けた脂に染まりそして火がつく。

 あっというまに囲まれた、グレゴール帝夫妻……さらに皇太子と、マイルズ・ヴォルコシガンの二人の子も出産を待っている、人工子宮室に追い詰められた。

 迫る怪物、そこに壁に隠された小部屋から出た男が二刀に長剣を握って飛び出し、翼のように開いた剣が二体の怪物を切り倒した。

 横に鋭くステップしもう一体を十字に断ち、流れるように右手で別の一体を両断。ほぼ同時に、老婆からグレゴールに放たれた火球を左手の剣が切り裂く。命があるような炎が、命があるように斬られ霧散する。

 人工子宮に、皇后に迫るゾンビにあやまたず矢が立つ。直後、矢尻に塗られたダイアスパー技術のカビが熱い湯気を放ちながら繁殖し、ゾンビが粉と崩れた。

「でかい男になるんだ」

「同じ母親よ、生まれてもいない子を殺そうなんて許せない。ましてこの人工子宮には大切な友達、紫紋の娘もいるんだから」

 羅候と邑峻の夫婦。皇帝夫妻は守り手を信じきったように六人の幼子をあやしていた。

 

 

 巨大要塞で大艦隊を指揮し、連合艦隊の一翼をなすオスカー・フォン・ロイエンタールが休もうとした寝室に、先客がいた。

 全裸。ロイエンタールの美貌によく似た、そしてゴールデンバウム貴族の特徴が強く出た、美しく若い女。

「母上」

 ロイエンタールの表情がこわばる。

「おお、ロイエンタール。死んでおくれ」

 その手に懐剣が輝く。

 ロイエンタールは抵抗もできず押し倒され、刃に身を委ね……たかに見えたが、突然女の背に紫の光刃が生えた。

 肉が焦げる、うまそうな臭い。

 瞬時に、金銀妖瞳の長身が飛び離れると、かすかな震え音とともに女の首が切断される。

「やったわね、可愛い坊や」

 首が、豪奢な寝台に横たわったまま笑う。

 血がふとんに、人のものとは思えぬ量あふれる。赤いふとんに包まれた首なしの体が、ゆらりと起き上がった。紅いふとんはみるみる、人間なら薬を使わなければできない、極端なまでの筋肉にかわる。

 ロイエンタールは、平然とライトセイバーを構えている。彼は激務の間を縫いジェダイの訓練もしていた。一日平均一時間もない、わずか51日で師免を得るに十分だった。

 あまりの才に、霊体のヨーダもオビ=ワンも、ものすごく危惧していた。

(アナキン・スカイウォーカーをしのぐのではないか……)

 と。

 同様に危惧すべき才の持ち主は、この多元宇宙には何人もいる。

 さらに、ライトセイバーそのものも強化されている。収束クリスタルもバッテリーも、より強力なものがあるのだ……それをフォースの導きで組み上げることは変わらない。

 彼は油断なくフォースを高めライトセイバーを構えつつ、脳と直結した携帯コンピュータによって命令を飛ばしている。

(敵襲、非常警戒。わが息子とその母を、守れ……)

 と。

 

 

 シヴァ女皇と月の聖母シャトヤーンの親子が、久々に会った。シャトヤーンになついているノアも遠慮しつつ甘えている。

 敵襲は、最初は味方に見えていた。

 ルーク・スカイウォーカーがシヴァ女皇を訪ねるのはごく自然だった。が、ルークの極秘任務を知る女皇は素早くナイフを抜き、母とノアを守った。

 彼が決して浮かべぬような笑みを浮かべ、強烈なダークサイドのフォースをほとばしらせた『ルーク』。勢いよく吹き飛んだマントの下、上半身裸の体からは機械と、人ではない鱗が見える。

 人の両手に一振り赤いライトセイバー。さらに背から二本伸びた、人のそれの三倍も長い機械の腕それぞれの先端からも光刃。

 その脚は、人ではなく恐竜のそれだった。

 ノアが押した警報にマッスルスーツを着た衛兵が急ぐ。

 だが、『ルーク』の投げたマントが、弾けると稲妻のような柱状の力場が発生し、3メートル近い身長の男が三人出現する。

 背中にコウモリの翼を生やし、巨大な薙刀(グレイブ)を手にし、顔はフクロウ、下半身は機械である怪物。

 すさまじい速度で空を飛び、強力な魔法を使う機魔神は、衛兵を寄せつけない。

 シヴァ女皇を狙う『ルーク』の赤い光刃を、藍色の光刃が受け止めた。

 メガネの、普段は天然ドジの女……アイラ・カラメル。ライトセイバーと、金属剣の二刀。

 

 

 ブリュンヒルドの装甲擲弾兵武器庫の隣にある汚水管点検室に、一人の兵士が入った。

「地球は唯一、マスゴミを信じるな、地球をわが手に」

 激しい渇きに苦しむ声でつぶやくと、壁の、塗料の塗りむらが滴になったまま固まったものをひっかき、その下から出たゴマ粒程度の薬を舌に乗せた。

 激しい快感に調子の悪いドラム洗濯機のように震え、失禁する。その皮膚の下に、みるみる蛇のようなものが何匹もうごめき、どんどん大きくなる。男は機械汚水の蛇口を開き、むさぼり飲む。天上の美味をすすっているように恍惚の表情で。極悪な薬剤と油が混じり、肉も骨も溶かしているというのに。

 どんどん皮膚下の蛇は大きくなり、次々と男の体を破って飛び出す。男はもう、ただの皮の抜け殻となってくずれた。

 蛇は汚水を飲んでどんどん太る。そして、扉を破って飛び出すと、多数の車載火器や装甲車に絡みつき、溶け込んだ。

 気がついた兵が射撃を始めるのも構わず、重い液体のような黒霧が生じ闇の稲妻が乱舞する……そこから五十体ほどのケンタウロスが出現した。

 いや、ケンタウロスと言えば神話のそれに失礼……下半身は馬ではなく、ワニの前脚とキャタピラの後部。上半身も鱗に覆われ、頭部はワニのようだ。尖った太い棒と盾を持つ腕は半ば以上機械のものであり、胴体の後部からは車載機銃が突き出ている……

 大量の装甲を丸めた盾が、兵士の攻撃を受け止める。すさまじい速度で走り、壁を紙のように食い破り、ラインハルトのいる中央司令部に向かう。

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラムは、毎日すさまじい訓練をしている。手足を失い引退した薔薇の騎士(ローゼンリッター)にヤマト地球が持つ暗黒星団帝国技術の機械体を与え、寸暇を盗んで戦っていた。

 キルヒアイスを失ったのは、何よりも反応できなかった自分の弱さでもある……それを許すことができない皇帝の鍛錬は、すさまじいものがあった。

 それを日夜見ている、前任者たちの不始末を負った近衛隊の将兵も、どれほど自らを鍛えても足りない。

 高い技術で病気を治したラインハルトだが、それ以上特別な改造はしていない。生身だ。彼は構わなかったが、医師たちが、

(この美貌を損ないたくない……)

 ため、とても慎重に治したのだ。

 だが、天才が努力して高めた拳銃の超高速で正確な抜き打ち、そして……多数の達人を相手に、近衛兵の援護も前提として、超接近戦で生き残るために自然に身についた徒手空拳。

 常人の何倍も強い機械の体、しかも百戦錬磨の達人たちを相手に、絶対的な筋力に劣るラインハルトは別の方向を極めた。

 流れ。

 戦いの流れを読み、敵の動きを操り、相手の出鼻を攻める。

 脆弱な拳ではなく掌、手は受け流しに徹する……2トンを軽く上げるサイボーグ老薔薇が相手、ジャブを受け流すための掌打も、生身の常人に撃てば二の打ち不要(いらず)……軽く打っただけに見えて致命傷……になるほど全身の力を集約し、短く重いものだ。同時に鋭い目つぶしを放って相手の横後ろから、ふくらはぎを踏む。

 NBA選手が小学校高学年にやられてさえ、

(たまったものではない……)

 のだ。

 そのような、力と人数の差を克服できる技ばかり才に任せて極めてしまった。

 また、近衛の何人か、〔UPW〕に留学しジェダイの技を学んだものを稽古相手にして、すぐにフォースの扱いもあらかたわかってしまった。だが正規のジェダイとはならず、あくまで、

(皇帝として……)

 殺されぬための、絶体絶命から生き延びるための鍛錬に徹した。

 時には、数人がかりで地に押さえつけられる、縛られるなど絶望的な状態から、一秒でも長く致命傷だけは避け抵抗し続ける修行すらした。

 皇帝は自ら近衛隊を率い、おぞましい複合怪物を迎撃した。最悪をこえた最悪を覚悟しつつ……

 

 

 智の紅玉、コーデリア・ヴォルコシガン、一条美沙の三人が強力な軍を指揮するのを見ていた少年王が、つと席を立った。

 その脇には、肥満した矮躯……マーク・ピエール・ヴォルコシガンも付き添っていた。

(暗殺者の訓練を受けた、だからこそ暗殺を読める……)

 まさか、と思える場所から、五歳児程度の大きさの、半ば機械化された何かが飛び出した。

「体が小さい暗殺者、というのも悪くはないさ。大きい人間には思いもよらない隠れ場所がたくさんあるもんだ」

 マークと少年王の笑み、だがその、若いころのヨーダを機械化し、角をつけたようなものは人間よりはるかに上の俊敏さで二人を飛び越え、コーデリアを狙う。

 その、天井や壁を蹴る信じられない軌跡と速度……人間に反応できるものではない。しかもその手には赤い刃のライトセイバー。

 だが、別のライトセイバーがその光刃を食い止めた。

 デンダリィ自由傭兵隊の長エリ・クィンが、半歩引き、青紫のライトセイバーを二刀に構えている。

 やや着ぶくれたような、厚手の装甲服。

 右は上段、左は正眼。もっとも美しい構えだ。それは戦いに集中した表情の人工の美貌を、素晴らしく引き立てていた。

 

 

〔UPW〕の巨大人工施設の中心でタクト・マイヤーズ、ミルフィーユ夫妻を襲ったのは、次々に強力な魔法で怪物を召喚する、クモのように八本の機械脚をもつドラム缶に入った怪物だった。

 酸素大気を呼吸できない生物なのか……

 突然出現したそれのすぐ前に、黒い闇の魔法陣が浮かぶ。

 そこから出現した、いくつも頭を持つ怪物。それが髪を引き抜き、投げた。

 髪の毛は意志ある矢のように飛び、撃ち続けている何人もの衛兵に刺さる。

 衛兵が動きを止め、肉も骨も崩れてスライムと化す。

 そのスライムが、じゅうたんやカーテンにしみこむ。

 タクトは、必死で愛妻の目を押さえ、かばった。

 布が、意志を持つように起き上がり、身長3メートルほどの巨人が出現する。その身は、表面は布のように見えるが、ナメクジのような質感が漏れる。顔もナメクジのよう。

 その両手は、まるで長い剣のように尖り伸びている。

 パワーもすさまじく、石壁や柱を豆腐のように断ち切る。走り跳ぶスピードも音速に近く、衛兵では相手にならない。

 背後のドラム缶にまた魔法陣が黒く輝くと、強烈な闇の稲妻が走る。

〔UPW〕長官とゲートキーパー、二人を守ったのはリリィ・C・シャーベットと、テキーラ・マジョラム。

 魔法攻撃はリリィの練操剣が切り払い、テキーラの強大な魔法が魔物の動きを的確に止める。

 そして母のアイラ・カラメル同様ジェダイでもあるリリィは、ライトセイバーで怪物の腕剣を断ち切り、踏み込んで急所をなぐ。

 

 

 デスラーが優美に、プールどころかサッカー場ぐらいある風呂を楽しんでいるとき。湯の色が突然黒い血に変わり、激しい腐臭が漂う。

 血が大きな泡を吹き、泡一つ一つが人の顔となって盛り上がる。

 デスラーが殺してきた、敵味方何十億としれぬ人の顔。

 恨みの声が独裁者を責める。

「醜いな」

 血を浴びたまま裸のデスラーが、立ち嗤う。

 今更、このようなもので動揺するような男ではない。

 膨大な黒血は、潮が引くようにあちこちに渦を巻いて集まる。

 何百という首を持つヘビ。炎の舌を吐くドラゴン。炎をまとった巨人。氷でできた恐竜。

 それが襲ってきた、そこに岩影から何十発も銃弾が放たれ、怪物を次々と貫く。

 銃弾ぐらい平気そうな巨体が、次々に爆裂しただの湯に戻る。

 その岩影を、爆裂した怪物の一つから飛び出した高速の影が襲った。

 ぎいん。

 金属がかみ合う音と共に、二人が転がるように飛び出す。七歳ほどだがすさまじく美しい裸の少女が手にした、刃渡り5メートルはある両手剣……それが黒い髪と服の青年が手にした大型拳銃に防がれている。

 ギド・ルシオン・デビルーク王が大金で雇った、銀河最強と言われる殺し屋、クロ。

 今回は護衛だが、仕事とあれば手は抜かない。

 たとえ相手が魔神王でも、〈混沌〉の神々の一柱でも。

 

 

〈混沌〉に混ざった魔神、また始原と終末の力を秘めた巨人、より高い永遠の竜……そしてボスコーンの機械文明。

 艦隊では対抗できぬ敵との戦いと、同時にはるかな時空では、よりおぞましい敵との戦いが続いていた……




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