第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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都市と星/時空の結合より2年10カ月

 地球。

 リスの、静かな村。飾り気のない建物の、暖かな寝床。

 夜であった。餃子のうまそうな香りが広がる。

 猫耳の男……練の羅候が、はね起きた。

 怒りに心を占領されて。爆発するような、燃え盛るような、全身に焼けた刃を刺すような、心が溶けた鉄になり沸騰するような。

 即座に、体が動かなくなる。

「怒りが収まるまで体の自由はもらう」

 老ヒルヴァーが静かに言った。

「羅候!」

 練皇后・邑峻の、うれしそうな声、皿が落ちる音。散らばった餃子から湯気と独特の香りがし、奇妙な昆虫が飛んでくる。

 六人の幼児の泣き声。

「苦労したぞ」

 ヒルヴァーの声は、あくまで静かだった。

 

 羅候は、ミュールに操られていた。

 征服した星の一つで、戯れに現地の音楽を聞いたときに、身分を隠し芸人のふりをして潜入したミュールがヴィジフォンを用い、その場の全員を洗脳して離脱していたのだ。

 それを見破った宿敵・竜我雷にとらわれ、智の正宗……紅玉に預けられた羅候は、きわめて重要な資料だった。

 人を操るミュータントであるミュールの力の、生きた資料。

 主にリスの超能力者により、検査と治療が行われた。第二段階レンズマンであるナドレックもひそかに訪れたし、身分を隠した第二ファウンデーションの者も治療に加わった。マジークからも魔法使いが来た。

 分析と治療は長期にわたった。

 

 また、羅候とほぼ同時に捕虜となった皇后の邑峻も、長い旅を経ている。

 人質にしよう、という諸将を雷の正室である紫紋が一喝し、保護し出産まで面倒を見たのち、彼女の希望を聞いて羅候のもとに送ったのだ。

 練・新五丈・智・バラヤーそれぞれから女官がついてきている。すりかえを防ぐためであり、羅候たちが変死したら疑われるからだ。潜入して市井の仕事ができるコマンドでもあり、家事やリスでの仕事を手伝っている。

 邑峻はここの生活にも順応した。もともと彼女の出身地である南蛮では、高貴な女性も少なくとも恋心を伝えるための餃子は自分で作る。

 邑峻は、羅候に餃子を作るのが大好きだった。その延長で、多くの家事を喜んでこなしている。

 羅候を看病し、子供たちを育てていれば、彼女はほかに何もいらなかった。

 時にはダイアスパーに通い、王女から皇后としての贅沢三昧すら貧民のままごとに思える超絶な贅沢も楽しんだ。

 ヒルヴァーとその妻ナイアラ、そしてダイアスパーのアルヴィンやジェセラックともすっかり仲良くなっている。紫紋や麗羅と仲良くなったように。

 

 この地球までの旅路では、バラヤーのグレゴール帝とも謁見した。

 その旅も思い出深いものがある。

 活気にあふれたエスコバール・バラヤー・コマール、そしてゲートから地球までに寄った星々。

 智の領民やメガロード01の人々が入植した惑星。

 その近くには、ダイアスパーからの連絡でよみがえった、惑星サイズの巨大工場もいくつもあった。

 その工場が今は、とてつもない生産能力を兵站に注いでいる。

 エンジン。コンピュータ。個人携帯用コンピュータ。

 ミサイル。シールド。艦船用バーゲンホルム。惑星用バーゲンホルム。

 各種センサー・レーダー類。

 プラズマ・アーク銃。神経破壊銃。スタナー。ハイパーニードラー。

 刀槍。上着、下着。タオルやハンカチ。靴やヘルメット。パワードスーツと宇宙服を兼ねるマッスルスーツ。

 携帯工具。検査器具。ライト。

 艦を艤装するのに用いる、台所やリサイクルトイレの設備。バター虫養殖設備。ゼントラーディ式の兵糧生産設備。

 浄水装置。空気浄化装置。汚染除去装置。

 ティッシュペーパー、トイレットペーパー、キッチンペーパー、油紙、硫酸紙。

 紙とペン、墨と硯と筆、さまざまな画材。

 調理設備。ものを洗う設備。大量のパイプその他の修理用部品。

 さまざまなテープ類。バルブやポンプ。

 ベッドや机、椅子、シーツやマットレス。枕やハンモック。

 あえてコンピュータを使わない、ボードゲームやカードゲーム、ダーツやビリヤード、さまざまなスポーツやゲームの機材。

 ダイアスパー式のロボットと、R2-D2・C-3POの技術を集め小型化したドロイド。

 工業設備や採鉱設備。

 扉の名札。ロッカー。ドッグタグ。

 十億年の眠りから覚め、ダイアスパーが何十億と作ったロボットによって修理された巨大工場は、十億年前にも作っていた物や自らの時空に存在しなかったものを、大量に生産していた。

 それが次々と、遺棄されダイアスパーの中央コンピュータにより再起動させられた巨大船に積み込まれる。ロボットと、それを使うことを学んだ智の人々の手で。

 船はコマールに開いたゲートに、そしてセルギアールのゲートを通じて新五丈へ、また〔UPW〕に向かう。

 新しい生活に順応していく子供たちは、はつらつと学び働いている。

 飢えと病から解放されたというのに、生活の変化に不満をぶちまける老人たちもいる。

 野心と希望がある若者にとっては、たまらなく刺激的な時代だ。

 

 数時間かけて、ヒルヴァーと、隠れていた第二段階・第三段階のレンズマンが羅候の心を鎮めた。

「大きい男になりたい」

 それが、正気を取り戻した羅候の第一声だった。

「大きい男?」

 老ヒルヴァーの問いに、羅候がうなずく。

「竜我と、熱い時代を作ると誓った。だから、あいつはあれほどまでしてオレを助けた。もっともっと、あんな奴に支配されたりしない、大きい男になって誓いを果たす……あいつの前に、対等な男として立ちたい!」

 ヒルヴァーは、常人とは明らかに違う大きさの感情に、圧倒される思いだった。

 争いも飢えもないリスと別時空からの人々は、ブロイラーと元となったセキショクヤケイより違った。

「そうか」

 やってきて首をかしげる、幼い女の子を抱いたアルヴィンに、羅候は目を見張った。彼自体獣の耳があり、頭が魚や龍の重臣がいる。それでも違和感が強すぎる。

 青年に見えるが美しすぎる……顔が完全な左右対称。爪など人間なら必ずあるものもない。羽や爪、くちばしすらなく他者をつつくことなどない、病気にも絶対ならないニワトリ、養鶏業の夢のまた夢のようなものだ。

 その腕の中の女の子も、美しいだけでなく何か人間とは根本的に違うのが……英雄であり、百戦を経た彼だからこそわかる。

 彼女のパートナーであるナドレックは、誰にも知られないところに姿を隠している。

 二人には重大な仕事がある。遠い昔銀河間距離を越えて去った、この銀河の人間が作り上げた桁外れの精神生命体と接触すること。そしてとある暗黒恒星に封じられた〈狂える精神〉を調査することだ。

(ボスコーンなどに、あれを利用されたら、たまったものではない……)

 このことである。

 羅候の治療に協力するのは、そのついでの息抜きでしかなかった。

 また、〈中央コンピュータ〉とアリシアや〔UPW〕の六つの月ともレンズを通じて情報をやり取りしている。

 

「あれは大きくないか?」

 と、アルヴィンが夜空を指さしたのは、彼自身の判断だろうか、それともその腕の中の幼子の誘導だろうか。

 夜空を見上げた羅候の目に、とんでもないものが飛びこんできた。

 自然であるにしてはあまりにも完全な、強い白い光を中心にして六角に囲む、金・赤・緑・青……色鮮やかで目立つ明るさの星がなす天空の宝石細工。

 見張った目が、驚愕と畏怖に震える。

「大きいものなら……」

 そういったヒルヴァーが、静かに目を閉じる。

 とてつもない人造の、物質と無関係な超精神がヒルヴァーの精神能力を通じて、羅候の心に触れる。

 まだ幼子の心。今もとてつもない知識を注がれつつ、それをやすやすと受け入れている……実際、今このいくつもの時空にある情報すべてを注いでも、大陸規模の砂漠にジョウロで水をやるようなもの……

 そのとてつもない精神、そしてそれとつながりを持つ、この時空にもコロニーを作っている窩巣女王も触れてきた。

 そのすさまじい精神に触れた羅候は悲鳴を押し殺した。

「ああ、たしかにでっけえよ。だが、……竜我のように、何もない身から戦い抜き、でっかくなったのとは違うだろ」

 羅候の、純粋に熱い白炎のような激しい感情は、ヒルヴァーはもてあましそうになった。

「なら、しばらくは限界を超えて体を鍛えてみることだな。あの七つの星を作った人間は、何もない低技術の身から必死で勉強して這い上がったんだ」

 その言葉は、近くにいた幼い少女が言わせたものだ。

「よし、やってやる!」

 そういった羅候は、二つの時空を隔てた故郷で、影武者を奉じて国を守る姜子昌に動画メールを送った。

『オレは元気だ。竜我と、正宗たちのおかげで。ミュールの支配からも解放された。

 邑峻と、子供たちも元気にしている』

 邑峻が自慢げに、子供たちを両手いっぱいに抱えて満面の笑顔で画面に入ってきた。羅候が押しのけ、

『戻りたい、だが、今戻っても竜我の目を見れねえ。あいつの前にまた立てるだけの、大きい男になる。

 それまで、頼む』

 それだけ言った。

(簒奪するな)とも、(簒奪してもいい)とも言わない。言う必要がないほど、信頼している。

 羅候とも顔見知りである智の臣は、黙って動画を送信した。

 はるか離れたゲートの管理設備までアンシブルで送られたデータは、頻繁に往復しているストレージカプセルでゲートを抜けてコマール側のゲート管理設備に出て、すぐにアンシブルでセルギアール前のゲート管理設備、そして同様に辺境にある智のゲート管理設備に送られる。

 そこから、公的には敵国である練の、本当は羅候が影武者で、新五丈や智となれ合っていることを知る姜子昌に、使者が危険を冒して情報を届けるのだ。

 

 

 自給自足のリスに運動ジムなどはなかったので、羅候は第二ダイアスパーに行くことにする……と、知らせを受けてやってきた智の臣が判断した。

 第二ダイアスパーは、智・バラヤー・メガロード01連合がここの地球を訪れてからダイアスパーが建設した第二の都市だ。

 リスとの交渉が始まって数十年がたっているとはいえ、まだまだダイアスパーの人々は混乱している。

 ずっと、自分たち以外の世界はないと信じて暮らしていた。外には恐怖しかなかった。

 新しく生まれた子供たちは新しい世界に順応できるが、寿命が千年なので世代交代が遅い。

 外の人と接触したくない、保守的なダイアスパー人を保護するためにダイアスパーは急遽、第二の都を作り上げた。

 ダイアスパーには過去のイメージがいくつも保存されている。都市イメージを丸ごとコピー&ペーストするだけで同規模の都市を作ることはできる。

 太陽系の惑星軌道を巡る、木星や土星を解体した超巨大工場に情報を送って上半分が都市になっている巨大船を作らせ、地球上に着陸させて下半分を埋め、地下鉄と接続するだけだ。50日もかからなかった……むしろ下半分の、可動部のない超機械の自己増殖に時間がかかった。

 アルヴィンやジェセラックのように、他との接触にも熱心なダイアスパー人は好んで第二ダイアスパーに行く。

 高さも縦横も何キロメートルが当たり前の美しい建物が多数。その建物の森それ自体が素晴らしい美だ。

 百億の部屋のどれも、室内で思うだけで美しい家具や、何億年も前のシェフが作った素晴らしい料理が虚空から出現する。

 あちらこちらに、何億という人々が十億年磨き上げた芸術品が飾られている。

 書物も映像も、何兆何京年かかっても見尽くせないほどある。現実と区別がつかないゲームも多くある。

 そこで、多くの人々が観光し、また学んでいる。

 ジャクソン統一惑星の大豪は隠れて豪遊し、セタガンダ帝国の美しすぎる医師たちとローワン姉妹の様々な年齢の何人かが死に物狂いで遺伝子工学を学んでいる。

 セタガンダはここで学ぶ権利を得るために、バラヤーにあらゆる援助を惜しまなかった。

 

 羅候一家も、しばし療養した後にリスから第二ダイアスパーに向かった。

 リスの、丘の上の目立たない建物から、復活した地下鉄網は第二ダイアスパーにもつながっている。

 二つの文明を隔て、ダイアスパーを囲んでいた大沙漠は、今は存在していない。

 十億年かけてたまった、広大な砂漠の砂はすべて物質転換機が利用しつくした。工業施設に、船に、ロボットに。惑星改造装置に。

 大陸規模のダイアスパー宇宙港の半分はその砂を用いて巨大工場に改装され、残る港も機能を取り戻して毎日何万とも知れない船を受け入れている。

 太陽系の惑星の多くは超巨大工場惑星にされ、放置されていた。地球二つ分以上の質量は、大半の住民を乗せて何十億光年も離れた銀河に飛んでしまっている。が、多くの超巨大工場が惑星軌道を巡り、地球何百個分もの資材を蓄えていた。それらはダイアスパー中央コンピュータの呼びかけに答えて眠りから覚め、膨大な生産力を吐き出し始めた。

 まず作りだされたのが、ゼントラーディが理解せず使っていたプロトカルチャーの全自動工廠を分析し、自己増殖機能をつけくわえたものだ。それはヤマトの地球、ガルマン・ガミラス帝国、ローエングラム銀河帝国、エル・ファシル自治共和国、〔UPW〕にも贈られている。

 

 死ぬギリギリまで運動したい、と羅候が出させた運動器具は、後にそれを見た者を驚かせた。ヴァリリア人ですら到底無理だと茫然となったほど。その体力も、運動を制御する精度も、人間の体で出せるものではなかった。

 いや、ヤマト地球が作り、今やジャクソン統一惑星のクローン脳移植を駆逐してしまった機械の体でも悲鳴を上げる。〈ワームホール・ネクサス〉で流行り、最近の戦争で軍用にも輸出されるようになったマッスルスーツ……トップクラスのスポーツマンの数十倍の力……や、機動歩兵の強化服にすら負けない、底なしの体力。

 その強い肉体を限界まで痛めつけて、絞り尽くして、さらに絞る。常人でいえば……重い木刀で千本素振りして、1500メートルを全力で5回走り、4回で潰れる負荷のウェイトトレーニングを7種目5セットやって、さらにフルマラソンを含むアイアンマン・ディスタンスのトライアスロンを完走するぐらい絞る。

 そのボロ雑巾よりひどい身体で、〔UPW〕からやってきた元近衛という剣術教師にも新しい剣術を習い、無茶な修行であっという間に習得した。

「こんなの、姜子昌と小さいころやった修行に比べれば何でもねえ」

 と、羅候は笑ったものだ。

 戦国の一国の王子として、学問は苦手だったが剣術は好きで、残忍なまでにしごかれ抜いている。若くして父の戦士で国を継ぐまで、地獄の特訓が日常だった。

 前線で双剣を抜いた彼は、まさしく一騎当千。一人で五千の精鋭を切り倒すことが現実にできてしまう身体能力がある。それを実力しか見ぬ南蛮王に見込まれ娘の婿とされ、野蛮な将兵を従えてきたのだ。

 だからこそ、すぐ彼は気づいた。鍛えるだけでは大きい男にはなれない……と。

 

「なら、あちこちに行こうよ。みんなで。いろいろな人に会おう」

 そう邑峻が言い、ともに過ごした人たちに別れを告げた。

 日に日に大きくなる六つ子や、あちこちからの付き添いと共に、旅が始まる。

 ダイアスパー港から、智が派遣した大型戦艦……中身は別物……に乗り、地球を離れる。

 リスの緑とダイアスパーを除けば砂漠に沈んでいた地球は、もう大きく緑を取り戻している。まだ木々は若く、水は安定していないが、青い姿がよみがえるのも遠いことではないだろう。

 初老をむかえた太陽の強い光、文明がなければ生命は終わっていたであろう熱も、地球の公転軌道を動かすことでしのいでいる。

 そして地球のあちこちには底が見えないほど深い穴が口を開け、十億年前に作られたマントルから核まで利用する超巨大工場が息を吹き返している。

 その壮大さは、文明水準が違う羅候たちは息を吞むだけのことはあった。

 

 そして、この銀河での智の首府となっている星にも行った。だが正宗も、幼名虎丸と呼ばれる智王もいなかった。

 どちらも、戦いに出ていたのだ。

 羅候夫妻がここに来ていることはごく一部以外には秘密とされており、寄ることなくゲートに向かった。双方の積み重なった恨みはとんでもない。

 もともと、邑峻にとって智の宮廷は、紅玉に爪に仕込んだ毒で顔を醜くすると脅され人質にされた、思い出としては最悪のところだ。それは別の時空でのこととはいえ、智の宮廷に寄る気にはならない。それにもてなしなども第二ダイアスパーのほうがよほどよいのは知れている。

 だが、新しい首府は美しくはある。

 不毛の海洋惑星だった惑星表面の半分近くが、美しい領土に分割されている。何ヘクタールもある、スイレンのように縁のついた葉の浮草が浮かび、その葉の上に水田が作られ、全自動機械が耕している。その中心には豪壮な水上豪華客船が城のようにそびえている。

 それまで正宗に忠実で高い功績をあげたが、別時空の高度技術に適応しきれない人たちが引退し、贅沢と広い領土を楽しんでいるのだ。

 今の正宗が評価する人材は、身分は低くても、新しい技術を受け入れて学び伸び、自分の頭で考えることができる者だ。彼らはダイアスパーで学び、最新技術の塊である艦船を動かし、遺棄された工場を整備し兵站を生産し、不毛の惑星を開拓している。

 

 ゲートに着いたとき、往路では意識がなかった羅候は驚愕した。

 1400キロメートル級超巨大要塞が三つ、5000キロメートル級の人工中惑星がひとつ、しっかりとゲートを守り税関などの仕事をしている。

 小さくて3キロメートルの輸送艦、大きければ40キロメートル以上の球形艦が、二分に一隻以上の頻度で出入りしている。

 羅候の誇る帝虎級巨大戦艦がゴマ粒に見える、とてつもない規模。ただただ圧倒される。

 ゲートをコマールに抜けると、そこも同様の超巨大要塞がしっかりと守っていた。

 多数の艦は、とてつもない速度でセルギアールに飛ぶ。そこのゲートで羅候の故郷に行き、〔UPW〕に最短距離で莫大な物資を運ぶのだ。

 エスコバールからヤマト地球に向かう船もかなりの数があり、交通整理を複雑にしている。

 コマールも大きく変化している。恒星を覆うミラー設備や恒星のすぐそばの巨大農業船がある。以前からあるワームホールの設備も稼働している。そのほうが早い局面もあるのだ。

 惑星は恒星ミラーからの強い光で気温を上げられ、はるか遠くから運ばれた空気も追加されて数十年はやむことのない大嵐。住民は深い地下か、衛星軌道や恒星のすぐそばの巨大船に住んでいる。ゲートの超巨大要塞だけでも、コマールの全人口の何千倍も収容できる。それどころか、コマールの全人口では巨大要塞全体を機能させることができない……無謀なほどの自動化、ロボットやドロイドの力で、やっと動いているのだ。

 圧倒的な経済成長が、独立テロリストたちを抑えこんでいる。高度成長には思想闘争を無力化する力もあるのだ。

 それから、まあ礼儀としてバラヤー本星に訪れた。邑峻は来た時にも訪れている。

 滞在先は、アリス・ヴォルパトリルが所有している高層マンション。

 恨みの深い智の人間もいるし、もともとバラヤーはミュータントを迫害する文化があったので、一家は外出は避け、外出するときは徹底的に変装している。

 羅候一家の滞在はないことになっているが、グレゴール帝が秘密裏に訪問した。

 

 羅候が、細身でもの静かな青年皇帝に抱いた第一印象は、

(なまっちょろいし弱そうだな……)

 程度のものだ。

 やわらかく趣味のいい、それほど広くない部屋に、三人とも座っている。

 グレゴールの服装も、軍服でもスーツでもなく、家でくつろぐようなものだ。

 同席しているイリヤンも同様だ。

 邑峻はアリスと料理を教え合い、子供たちの世話をしている。

「あんたが、このバラヤー帝国の皇帝?」

(次の次には滅ぼしてやる……)

 というほどの敵意と興味の混ざった視線を、グレゴールは受けた。

「グレゴール・ヴォルバーラです。よろしく」

「元秘密保安庁のシモン・イリヤンです」

 羅候の無遠慮な態度にも、二人とも平然としている。

 用意されている酒やつまみは、練とほぼ同じものだ。新五丈にもいる、練の捕虜や亡命者から話を聞き、同様に調理した。

 ヤンに紅茶を出したように、徹底的に情報は集めている。

「で、何の用なんだ」

 静かに飲むのも心地よくはあるが、根がせっかちな羅候が口を開いた。

 強烈な迫力をぶつけてもみるが、一見弱く見えるグレゴールは柳に風と流している。

「あなたを、知りたいのです」

 平静な声。羅候は直感で、見かけによらない……細く柔らかいが簡単には折れず、根が深くて抜けない木のような感じがした。姜子昌や竜我雷と同質の、完全な正直も感じる。

「竜我とだったら、剣で切り結んで分かり合えたがな」

「私には、それは無理ですね」

 グレゴールの平静は崩れない。

「おまえは、天下を取ろうとは思わねえのか?」

 羅候の言葉には、強烈な迫力がこもっていた。

「腹がはちきれますよ……働き過ぎで死んでしまいます」

 それが答えだった。

「コマールを征服し、セルギアールを得て開拓することで、どれほど仕事が増えているか。そしてあちこちの時空がつながって……今やバラヤー帝国は、数字の上では347の星系を支配しています。別時空に飛び地もある。

 処理できる文官も、守れる武官もいないのです」

「俺のとこじゃ、星を取れば手柄を立てた奴にやればすむぜ。正宗だってずっとそうしてたはずだ」

 戦国の世。征服した星の民は奴隷とすればよく、それをする従軍商人も戦陣の常だ。領土を得た武将も、さらにその部下の文官に任せればいい……文官は商人と協力して奴隷を売った金を資金に余剰民を入植させ、設備を修理する。生産と人口が増えれば、主君が要求する貢納に応え、より大きな戦力を率いてまた戦うこともできる。

 ただし、主君としては論功行賞を誤れば反乱につながり、強すぎる部下が出ないよう調整するなど本来は苦労するところだが……羅候はそれらは姜子昌に任せきっていた。

 その生き方は、この時空とは文明水準が違いすぎる。部下が暴走して百人前後の支配層子弟を虐殺しただけで悪名に呪われ、泥沼のテロに生涯祟られたアラール・ヴォルコシガンから見れば、呆れた話だろう。

 羅候と同水準から、バラヤーよりさらに上……食料も土地も実質無限、労働すら大半が自動化できる文明水準にいきなり至った智の正宗がどれほど苦闘したことか、ともに苦闘してきたグレゴールはいやというほど知っている。

 グレゴールは否定せず、深くうなずいて受け止めた。そしてわずかにイリヤンに目を向け、長い長い苦労をおもんばかる。

 否定せずにいられたのは、グレゴールたちにとって羅候たちの世界は、曾祖父かその前あたりまで……〈孤立時代〉には当然だったからだ。今も、セタガンダ帝国はいくつもの星を残忍に支配している。マイルズが潜入した捕虜収容所の報告に戦慄したのも、最近のことだ。

「あなたは、大きい男になりたいとおっしゃっている、そう聞いています」

 グレゴールから話題を変えた。

「ああ」

 羅候の背から、炎を背負うような怒りと迫力が吹き上げた。

『竜我』の名を、噛み潰すように口にのぼせる。

「うらやましいことです、それほど大きな目標に向かうことができるなんて」

(私は、誰かを越えたい、対抗したいと思ってはならないのに)

 グレゴールは心で悲鳴をあげ、瞬時に修正した……

(あいつとは、与えられた仕事が違う。この仕事をきちんと果たすだけ)

「だが、何をすれば……何をすれば、竜我より大きくなれるんだ?」

 羅候が姜子昌以外に、そのような弱みを見せる……それ自体が、グレゴールのすべてを受け入れる態度に心を開いているからだ。

 グレゴール・ヴォルバーラ帝は、とびぬけた存在ではない。その治世に大きな戦争はない……小競り合い程度だ。

 彼は子供から大人になるころに、親戚のマイルズ・ヴォルコシガンに軍事的な才能で遠く及ばないことをいやというほど知ってしまった。

 ラインハルト・フォン・ローエングラムのような美貌とカリスマ、天才もない。

 智の紅玉、竜我雷、デスラー……ヤン・ウェンリーやタクト・マイヤーズ、オスカー・フォン・ロイエンタール……別時空の英雄たちと接するほどに、自分が劣っていることが見えている。

 狂わぬだけで、自分の等身大の大きさから目をそらさぬだけで精一杯だ。

 だが、そんな自分でも帝位を担い、人として歩き続けられるよう、育ての父母であるアラールとコーデリアの夫婦に育て上げられている。

 信頼に応え抜いてくれたマイルズやイリヤン、部下たち……守るべき妻と子も支えとなっている。

 一人ではない、集団である帝国の、部品であることを自覚し、しかも人の心を失わずにい続けることで、グレゴールは成長し続けた。

 大英雄である三代のヴォルコシガン……ピョートル、アラール、マイルズへの劣等感から出発し、重すぎるプレッシャーを受け止め続け、闇に染まることがなかった彼は、誰であれ人としてまっすぐに見ることができるだけの器も自ら築いている。

 いつしかマイルズも、イワン・ヴォルパトリルやマークも信服しきっている。特にイリヤンの引退のきっかけとなった事件で、犯人を裁いたときのグレゴールの力……マイルズやイワンは目の前で思い知らされている。

 ラインハルトや紅玉……ヤン、エンダーなども含むグレゴールに会った英雄たちも、その深い思いやりに支えられた剛さを認め、畏怖してさえいる。

 羅候にも伝わるのだ。グレゴールが彼を一人の人間として見て、全身全霊で共感してくれていることが。

「あなたがどうすればいいかは、わかりません。

 私は、ただ仕事をこなすこと、バラヤーを滅ぼさず、臣民を侵略者の剣にかけさせることなく、無事に次代に継ぐ……それだけです」

(ここにも大きい男がいる!)

 羅候の全神経がそう叫んだ。

 グレゴールは柔らかく微笑みかけ、いつしか一度抜けていたイリヤンが酒と料理を持ってきた。

「こちらは、ヴォルコシガン領のメープル・ワインです。強いですよ」

 強い酒には目がない羅候が挑み、想定以上の強さに悲鳴を抑え見事に干す。

「うまい」

「はい」

 うまい料理と酒、短くとも楽しい時を過ごし、間もなくグレゴールが辞去した。彼の時間がどれほど貴重なものであるか、羅候にはわからなかった……彼は姜子昌に政務を任せきり、飲んで寝てあとは皇后と睦み合うだけだからだ。

 姜子昌たちは情報収集で、正宗や竜我雷の日常を知ってうらやむ気持ちを押し隠している……正宗は過労で病死しかけ、雷は下賤の出身なのによく勉強し、まあ少しは勝手に遠乗りに行ったりすることもあるが政務には熱心に取り組み民生を向上させている……

 

 

 バラヤーでは、羅候夫婦は厳重な変装なしには街を歩くこともできなかった。智の人間がけっこういるからだ。羅候一家の滞在は極秘も極秘、智と練の憎悪はすさまじい。

 そのかわりにアリスが勧めたのは、本や高画質高音質の携帯コンピュータからのさまざまなコンテンツである。

 そこには、巧妙に現実の戦いも混ぜられていた。

 バラヤーの歴史上のいくつかの戦い。

 ネイスミス提督としての、マイルズ・ヴォルコシガンの戦いは武器は違っても羅候の血も沸かせた。

 戦後、レンズマンになる前にユリアンが創設した映像音楽企業による、軍機を犯さぬ程度に編集されてはいるさまざまな戦争ドキュメンタリー。

 そして、今このとき、バラヤーがかかわっている戦い……タネローン攻防戦。

 

 後退し、補給と休暇をとっているロイエンタール艦隊とデスラー艦隊の、現実と区別のつかない精緻なシミュレーション訓練を羅候は見た。

 機密に触れているのも、グレゴールや正宗のはからいだ。

 見ている羅候は、ロイエンタールのかたわらにいるような状況にある。膨大な情報が、親切なことに翻訳されて手元に届いている……とてつもないコンピュータゆえ。

 始めは、自分がやっていたことと同じだった。

 タイミングを見計らう。

 味方と敵を掌握する。

 だが、戦いが始まった瞬間、そこにはまったく違う事態が起きていた。

 まずデスラー艦隊の全艦が消える。

「え」

 瞬間、ロイエンタールの指が目の前の、円周率を小数表示してプリントした、数の羅列に触れる。すぐさま、目の前に浮かぶ文字に、奇妙な順で触れる。

 副官が、プリントアウトした紙を交換した。普通の乱数表では読まれる、円周率など超越数を乱数表代わりにし、さらに使い分ける……そう解説が入る。

 羅候はまず艦隊の速度と位置を見て、驚愕した。

 自分の艦隊とは、何桁違うかわからない速度。バーゲンホルムで瞬時に光速の数万倍を出し、さらに星間物質が多い宙域にぶつかると思ったらバーゲンホルムを解除、瞬時に、

「ワープ。ワープ中クロノドライブ」

 ロイエンタールの平静な声が響く。

 ふ、と余裕が出た羅候が彼を観察した。

(姜子昌に似てるな)

 冷静さと、自分のすることを完全にわかっている正確な動き。智将だが個人白兵戦でも優れている、武術の達人らしい優雅な動きと自信。忠誠心と矜持。美形でもある。

 二段階の超光速飛行が、銀河の二割近い距離を瞬時に飛び越える。

「全艦、22146-1184-752に波動砲斉射、分子破……バーゲンホルム、プログラム33、火薬推進」

 二万隻の艦隊が、とてつもなく太い光砲や光の散弾を発砲、すぐさま艦体に起きた爆発に押され、飛び跳ねるように上に逃れる。

 逃れた直後、虚空から出現したミサイルの嵐が艦隊のあったところを貫いた。逃げた方面は敵の砲火があるところであり、何百隻も破壊される。

 ロイエンタールは動揺せず、矢継ぎ早に命令する。

(空いてる方面は罠、あえて飛びこんだか)

 羅候にもそれはわかる。

「バーゲンホルム解除。対空戦、同時に第三分遣隊はハイパードライブで隊形を整え、次元潜航廷を撃破せよ」

 突然止まった艦隊がすさまじい輝き、虚空から出現する戦闘機を……撃墜できない。

 戦闘機は出現し、瞬時に消えるだけだ。

 ロイエンタール艦隊から離れた小艦隊がV字隊形になると虚空に、奇妙な爆雷を放つ。それは光もなく宙に消える。

「第五分遣隊、相互の位置関係を報告し、二光年445に移動」

「全艦停止、分子破壊砲を前方に斉射し、ありったけの実体弾をこの領域に置け!連鎖反応フィールドで壁を作れ。直後12番移動」

 数秒後、艦隊の前に浮かぶ光の壁の中から、膨大なミサイルが出現し消滅していく。数隻の駆逐艦も出現し、即座に消滅した。

 ロイエンタール艦隊は、死の光の壁から逃れて何百分の一秒バーゲンホルムで移動し、さらにワープを始めている。

 移動がおくれた何隻かには光壁をすり抜けたミサイルが刺さり、艦内に放射能が充満し爆発する。

 そのミサイルの速さが普通ではない。バーゲンホルムでさらに加速しているのだ……瞬間物質移送機で送りだす前に。

(ん?さっきのあの、変なミサイル……罠だ!)

 羅候が気づいた瞬間、そこにロイエンタール艦隊が飛びこんでしまう。

 後方に出現しとどめを刺そうとするデスラー艦隊……

 だが、デスラー艦隊の真上から数隻の艦がバーゲンホルムの信じられない速度で突撃し……強烈な対空砲火が乱舞し、極太の光砲が撃ち合われる。

 その間を隔てていた地球の二倍ぐらいある惑星と火星ぐらいの惑星の二重星が、瞬時に削り尽くされ煙と化し吹き飛ぶ。万単位の波動砲・デスラー砲の斉射だ。

 そしてまた、撃ち終わってすぐに両方が虚空に消え失せ次を狙う……全艦に複数の波動エンジンがあり、波動砲を発射してすぐに逃げることができる。

 

「なんて、なんて戦力だ。両方の、将も大したもんだ……これが、こいつらの」

 シミュレーションを終えた羅候は、びっしょり汗をかいていた。

「これは、本当なのか?」

 シモン・イリヤンに聞いてみる。

「実際に行われたシミュレーションの映像です」

 どのように自室に帰ったのか、思い出せない羅候は布団をかぶって震えていた。

(くそう……これが本当なら、練の軍勢がどれだけあっても……)

 出現したと同時に光とミサイルの嵐を放ち、消える敵艦隊。練自慢の艦隊が蒸発し、光に溶け、放射能に全滅するのが目に見えた。

(竜我。正宗。やつらも、それを知ったのか。それで、正宗はひたすら技術を高め、竜我は連合軍に加わって這い上がろうとしているのか。ミュール……あのドちくしょうは、人を操って力を手に入れようとしているのか)

 冷や汗を流し、震えながら考える。

 そんなとき、それはやってくる。

 前にも旅の最中、一人きりになった時に、それは数回出現した。

 玄偉……旧五丈の重臣として、似顔絵は見たことがある男だ。

『力が欲しいか?』

 そういって、何かを手渡そうとしてくる。

「黙れ、うさんくさいやつめ」

『おまえが求めれば、無限の力を与えよう。竜我雷に勝てる力を』

 いつもより強く、現実的に。

「黙れ」

(竜我なら、こんな変なのに変な力をもらったりはしない!)

 強烈な気合と共に、枕元の剣がほとばしった。

『む』

 苦痛の声。

 羅候は、第二ダイアスパーで習った奇妙な別時空の剣術を思い出す。魔法を斬るという剣。

 剣術としても、無駄のない身体の動きと心技体の一致は興味深かった。

 才に任せた一閃、手ごたえはわずかにあったが完全ではない……

『ふ、ふふ……ガキが、どこで魔力を断つ剣など学んだ……だが、すべてを手にするのは……』

 苦痛を押し殺した、とてつもない憎悪に満ちた、人のものとは思えぬ声とともに、それは消えた。

「羅候!」

 心配した邑峻が扉を開き、羅候は彼女を固く抱きしめる。

「化け物との戦いか。どこに出てくるかわからねえ」

 ぎり、と歯ぎしりをして、声が漏れ、大声になっていく。

「……こうしてうじうじしてるのは、俺らしくねえ!」

 叫んだ羅候は、アリスとイリヤンを訪ね、起きたことを伝えて……

「……俺に、俺たち夫婦にできることはねえか?」

 そう、告げた。

「レンズマンからも、化け物の報告は受けています」

「そして……お願いすることがあります。一人の魔を斬れる剣士として」

 アリス・ヴォルパトリルは、この時があることを知っていたかのように言った。彼女は羅候を心配する邑峻に、何度も言っていたのだ……

 信じていればいい、心配するなと。

 邑峻も、心から羅候を信じ、子育てを楽しみ、羅候の心を少しでも楽しませようと踊ったり餃子を作ったり尽くしていた。




都市と星
銀河戦国群雄伝ライ
ヴォルコシガン・サガ
レンズマン


妙にこの話は苦戦しました。「大きい男になる」というのが実に難しい…

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