第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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銀河英雄伝説/時空の結合より2年10カ月

 ユリアンたちはエル・ファシル自治政府領で、自治政府軍・ローエングラム帝国艦隊・ヤマトなどの救援を受け、自己増殖全自動工廠を守り抜いた。

 すぐに彼らは〈ABSOLUTE〉へのクロノゲートを擁するエックハルト星系に向かうよう、キムボール・キニスンに命じられた。

 キムのドーントレス改は別の、人類領域の外側に向けてその高速で旅立った。

「この自由浮遊惑星系の人々を、全員自己増殖全自動工廠に乗せて、エル・ファシル本星に運ぶ。自治政府軍と、必要に応じて帝国軍も救援する」

 ミュラーの表情に、ユリアンは不吉なものを感じた。

「新帝国全体で、何が起きているのでしょう」

「はっきりと把握しきれない。反乱、と言えてしまえばまだ楽なほどだ。荒唐無稽な話が多い」

「荒唐無稽な、生物と機械が混じったような怪物を見た」

 ディンギル戦に参加した士官の言葉だ。

「小官も変なものと戦いました」

 ルイ・マシュンゴが冷静を保っていう。その剛毅な安定感をミュラーたちも見直した。

「何が起きているか。簡潔に言えば、あらゆる場所が飽和攻撃されている」

 ミュラーの一言に、ユリアンは背筋を震わせた。それでも即座に立ち直り、

「ならば、誰も見殺しにせず今できることを」

 と、改めてそこにいた人々を指揮する。

 自由浮遊惑星系の人々を人命検索、疎開させる。

 巨大自動工廠の人が暮らせる場所を割り振り、上下水設備や食糧配給システムを作る。

 工廠に、生活資材・より快適な生活スペースの生産を指示する。

 それら複雑な仕事の中心となるムライらの有能さ、若く階級も低いのに彼らを使いこなすユリアンに、ミュラーたちはあらためて瞠目した。

(ヤン元帥の養子とのことだが……どのような教育を?)

 

 さらに、ミュラーたちはレンズマンの能力に、あらためて瞠目した。

 ユリアンはレンズを手に入れた直後、駆逐艦でルイ・マシュンゴらを奇妙な方向に送りだした。大型氷衛星の、穴を開けられていない大氷原を割る、誰も住んでいない岩塊に。

 指示を終えてすぐ避難民たちの中に行き、一人の恐ろしく汚い老婆のところに迷わず歩む。そして、気がふれているとも思えるボロの塊を、まっすぐに見つめた。

「レオポルド・シューマッハ少将。幼帝たちの場所はここですね」

 携帯情報器具の情報を見せられたボロは絶句し、ユリアンの目を数秒見つめる。

 ユリアンは静かな声で続けた。

「権力を求めなければ」絶妙の呼吸。「僕がヤン・ウェンリーとレンズマンの名にかけて、生涯を保証します」

 ボロは顔をぬぐう。そこにはミュラーも顔は知っている士官がいた。

「ユリアン・ミンツ。裏世界でも、卿の名は知れている。ヤン・ウェンリー提督はメルカッツ提督との約束を守った。そして今卿を見た。信じられる」

 マシュンゴたちが駆逐艦で向かった鉱山には深い穴が掘られ、駆逐艦程度の船の生命維持装置を頼りに十数人が隠れていた。少年廃帝エルウィン・ヨーゼフ二世、ランズベルク伯爵を含めて。

(本当に、レンズマンは他人の思考を読むことができる)

(あの酸化金属の岩山には、レーダーも通らない。全知だというのか?)

 その事実に誰もが、畏れさえ感じた。

 実際には、レンズを通じてキムから聞いていたのだ……キムがリゲル人に匹敵する知覚力で知ったことを。そしてユリアンは、

(レンズの用法に、これもある……)

 ことも洞察し、将来それを身に着けるため、

(自らを訓練する必要がある……)

 と理解した。

 入浴して変装を落としたシューマッハは、ユリアンを一目見て信じきったように、重大な情報を伝えた。

 地球教のド・ヴィリエらがボスコーンと組んで奇妙な麻薬を蔓延させ、それを利用して大規模な反乱を起こそうという気配がある、

「……我々も、ルビンスキーに頼って危うく逃げた。これ以上、幼帝を利用されたくはない」

「ご心配なく。場合によっては別時空に逃がしてでも」

 シューマッハは深くうなずいた。

「地球教の今回のテロは、きわめて危険だ。人間が人間ではなくなってしまう」

 ミュラーにとって、本来ならば幼廃帝は重要な話だ。だが、報告を受けたラインハルトはさして関心も持たず、むしろユリアンらの印象を聞きたがった。

 

 

 一行はエル・ファシル本星に寄り、巨大工廠をその衛星として軌道に乗せてから、一気にフェザーンを目指す。

 時空の結合以前であれば、フェザーンからエル・ファシルまでは何カ月もかかっていた。

 だが、幾多の時空の技術が集まった今は違う。エル・ファシルからフェザーンまでの所要時間は、数日。

 さらに、バーゲンホルムに適した星間物質が少ない宙域、長距離クロノ・ドライブに適した重力場が安定した宙域の探査が進めば、

(日帰りすら可能になろう……)

 とも言われている。

 その探査も、ジェイン航法で送りだされアンシブルで情報を送り返す多数の無人機により、急速に進められている。人類領域の外も、アンドロメダやそれ以上に遠い多くの銀河もだ。

 新領土(ノイエ・ラント)にも旧領土(アルターラント)にも総督府が置かれていないのも、その大幅な速度増があってのことだ。さらに安価で通信容量の大きな即時通信、アンシブルも普及しているのだ。

 

 全自動自己増殖性巨大工廠を、エル・ファシル星系外惑星軌道に置くのは反対もある。

 もともと、離れた自由浮遊惑星で試験を始めたのも、危惧があるからだ。

 人間も含めた有人星も資源として取り込み無限に自己増殖する、最大の災厄にもなりかねないのだ。

 だが、

(今は、これを敵に渡さぬことこそ肝要……)

 ゆえに、エル・ファシル自治政府がすぐに防御できる場に置く必要がある。

 複数のデスラー砲保有艦が狙いをつけることで、暴走のリスクを最低に抑える、ともしている。

 

 エル・ファシル本星に一度降りたユリアンは、船上で多くの人と面会予約をしていた。

 本来工場に行った目的である稼働開始映像だけでなく、奇妙な敵との戦いの映像も大量に手に入っている。それは公衆から見ても価値が大きい。エル・ファシルの人々でも、新領土の人々でも高い金を出す。

 また、さまざまな陰謀に関する情報も手に入れていた。あわただしい旅の準備の中でも、麻薬組織に関する情報をミュラーとも協力して総合し、帝国と共有した。

 そこではシューマッハも、有能な士官として整理された情報を出した。またエルフリーデ・フォン・コールラウシュも多くの情報を提供した。

 

 凱旋将軍のようにユリアンを、何人もの人が出迎えた。ミュラーでさえ顔と名前を知る人もいる。

 シドニー・シトレ自由惑星同盟退役元帥。

 アレックス・キャゼルヌ現エル・ファシル自治政府財務次官。

 ウォルター・アイランズ元国防委員長。

 シンクレア・セレブレッゼ元同盟中将。

 ほかの人々について知れば、もっと呆れるだろう。

 旧帝国では半ばお尋ね者の密輸商人もいる。

 フェザーンのはねっかえり商人もいる。

 旧同盟軍で、軍需物資横流しで知られた札付きもいる。

 トリューニヒト派の財界人もいる。

 ゼントラーディの名だたる艦長がいる。

 元薔薇の騎士(ローゼンリッター)もいる。

 有名な殺し屋もいる。

「清濁併せ呑むにもほどがあるな……」

 若いミュラーはそう部下に漏らし、オルラウの、

「ラインハルト陛下も、清濁を併せ呑もうと、オーベルシュタイン閣下を帷幕に迎えました」

 という答えに深く感じ入った。

 

 ヤン・ウェンリー、むしろフレデリカ・グリーンヒル・ヤンが別時空からもたらす情報・技術・コンテンツの価値は、とてつもない。まして今は次々と航行不能宙域を巨大艦で切り開くゼントラーディが、貪欲に文化を買う。

 ハイネセン、フェザーン、〈ABSOLUTE〉の支社も含め、とてつもない金と人を集めている。

 今のユリアンの、民主共和政治の主導者としての声望も大きくなっている。

 まして、自動工廠攻防戦での活躍、紋章機発見とレンズマン任命は、英雄に飢える世論をわしづかみにした。

 

 エル・ファシルには一日もいられないだろう。ユリアンも、紋章機パイロットとなったカーテローゼ・フォン・クロイツェルも早く〈ABSOLUTE〉に来るように言われている。

 そのわずかな時間にユリアンは、多くの仕事を人々に任せ割り振った。

 その仕事ぶりは、人を選び任せるうまさはヤン・ウェンリー、処理の正確さはアレックス・キャゼルヌを思わせた。

 わずかな時間で仕事を片づけ、財産を整理したユリアンは、そのままランズベルク伯爵たち三人、エルフリーデらも連れて、紋章機ごとシャルバート艦に便乗して旅立った。

 

 

 この反乱は、最初から異常ずくめだった。

 旧同盟領・帝国領……それも皇帝直轄領・元門閥貴族領を問わず、特に腐った人々の間にそれは起きた。

 突然、昨日まで普通に暮らしていた人が凶暴化して家族や路傍の人々を襲う。

 武器ではなく、人間とは思えない怪力で。そして武器による攻撃を受けると、それがきっかけで周辺の機械と融合し、巨大化していく。

 体がドロドロに溶け、そのまま近くの沼の泥と融合して流動的な表面の巨人となる者がいる。

 通り魔が憲兵隊の銃撃に蜂の巣になり、大量の血が近くのビルの壁や装甲車に飛び散る。と、ビルの壁をなすガラスが溶け、装甲車を包む……そしてゾウより大きな、七脚のヒキガエルが立ち上がり、大口径ブラスターを口から吐いて暴れる。

 それらが宇宙港を襲い、艦船と融合して、宇宙艦隊と戦い始めてもいる。

 一部は戦争の残骸にとりつき、おぞましい姿で再生してもいる。

 中には、有人惑星そのものが潰れるように崩壊し、艦船の大きさの微生物のような不気味なものが多数出現することもある。

 巨大ガス惑星に怪物が飛びこみ、短期間で多数の、ゾンビ化したような艦隊が出現することもある。

 

 ケスラーの、のちの調査で判明したこと……地球教を通じて、奇妙な麻薬がばらまかれていた。

 従来この時空で普及していた合成麻薬サイオキシンとは違う。そして銀河パトロール隊が戦っているシオナイトやベントラムとも、似ているが異なる。

 分子を分析するとサイオキシンとベントラムがつながったようにも見えるが、従来の化学では考えられない原子の結合がある。

 窒素が鎖を作っている。そして原子サイズの、原子ではない……生きているような奇妙なものによって、結合するはずのない分子が結合している。

 化学の常識も無視するのが〈混沌〉のおぞましさだ。

 それは麻薬としては、ベントラム以上の満足感、サイオキシン以上の快感をもたらし、瞬時に圧倒的な中毒になる。

 もちろん供給者に絶対服従せずにはいられない……

 それだけでなく、服用者の心の泥底の、意識さえできないおぞましい妄想が現実となり、服用者の心を破壊しながら世界そのものを侵食していくのだ。

 周辺の、服用していない人間の心もねじ曲げる力ゆえに、捜査も不可能といっていい。絶対自白薬の即効性ペンタがあってさえも。

 新帝国……病死を免れたラインハルト・フォン・ローエングラムによる改革、多元宇宙がもたらす新技術による、公正な法の支配・生活の向上……誰もが食える無条件福祉。

 それでは生きられぬ、それまでに権力と腐敗の美酒を飲みすぎた人にとって、その薬物は抵抗しがたい誘惑だった。

 

 思いもかけぬ、艦隊による内乱。

 指揮統制がないかと思ったが、またたくうちに奇妙な統制が生じた。

 それは、

(化物になった、軍経験がある者の心のどこかが指揮しているのであろう……)

 とされた。

 

 

 その敵艦隊の一部がフェザーンへ急ぐ、ユリアンたちやヤマト、シャルバート艦も狙っている、と警告が走った。

 数カ月の旅路を数日にするバーゲンホルムと連続ワープの速度、だが連続ワープが途切れ、バーゲンホルムも使えない巨大ガス星雲の中、その襲撃はあった。

「左舷、主砲斉射!」

 カンで放った古代進の一撃が、暗黒ガス雲に隠れた敵をぶち抜き、膿のような液を噴出させる。

 それをシャルバート艦から放たれる対空機銃が吹き飛ばす、

「あれに触れてはなりません。〈混沌〉に侵食されます」

「ああ、ありがとう」

 直後、古代守の高機動小型艦が、すさまじい動きで暗黒ガスが突然変形した、何千ものトゲがある塊をかすめ、ミサイルを叩きこむ。

 イスカンダルからの波動エンジンつきミサイルおよび蓄電池の転送は、イスカンダルのあるヤマト時空の外には届かない。だが、スターシヤから仕様書を受け取ったシャルバート艦にも、いろいろ作っては転送する役割は果たせる。

 シャルバート艦と同じ時空にいれば、問題なくその戦法は使えるのだ。

 守の操縦技術、サーシャの予知能力も冴えわたる。

 巨大なシャルバート艦に張りついていた、何百もの小型無人艦が母艦を離れ、確実な防御陣を築く。全自動工廠に作らせた小型艦を、シャルバート技術で強化したもの。すべてユリアンが制御している。

 カリンの駆る紋章機を先頭に、丁寧に戦い始める。

 だが、所詮多勢に無勢……

 そこで、ユリアンは何かを感じたのか、奇妙な指示を出した。

 ヤマトには奇妙なところにバーゲンホルムで移動し、敵がいないところに波動砲を放つように。

 そして敵が要塞のようにこもっている多数の小惑星の集まりに、激突するような軌道で全戦力を突撃させた。

「無茶だ」

「ううん……そういうことね」

 サーシャがにんまり笑い、波動ミサイルを送りつつ一気に加速する。

 波動エンジンの暴走爆発が小惑星をいくつも吹き飛ばす。

 多数の無人艦が、強化された大口径機関砲を乱射する。

 膨大なエネルギーが小惑星集団を蹂躙し……突然、小惑星が一斉に偽装を脱ぎ捨てた。

 密集し、強力なシールドをつけた艦隊。まさにそれは金床(アンビル)である。

 そして当然背後から、高速艦隊の金槌(ハンマー)が襲う……

 

 その時。

 まず、ヤマトが波動砲を発射。標的はない、だが濃密な星雲に、虚無の風穴があく。

 虚空に突然出現して、金槌である高速艦隊を襲う、劣らぬ高速の艦隊……その先頭には白い旗艦……それが、航行困難なガス雲に波動砲が開けた穴を道路代わりに、バーゲンホルムで一気に加速。

 金槌高速艦隊の横腹を襲いたい、と動けば必ず通り、減速しなければならない濃密なガス……そこに、ガスに隠れてかなりの数の敵艦隊が罠を敷いていた。だが波動砲が掘った道路で加速したブリュンヒルトは抜き去って、あっさりと金槌に追いつき、優美な巨体からデスラー砲を三連射する。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝陛下」

 ユリアンは微笑した。

「そちがユリアン・ミンツか」

 画面に映る、豪奢な金髪・白磁のかんばせ・アイスブルーの瞳。戦争の天才・常勝の帝王。

 押し流さんばかりの覇気を、ユリアンは受け止めた。

 ひざまずかない。民主共和制のものは、ましてレンズマンにはひざまずく膝はない。

「ご快癒をお喜び申し上げます」

「予に道を与えるとは僭越な。まさにヤン・ウェンリーや、あのビュコック老を思い出す。強行突破はできるだろうがいくつか犠牲は出る、その犠牲を減らしてやろう、そう思ったのだろう?」

「はい」

「撃ち漏らした伏兵と、あちらの敵の挟撃を受けることを考えたか?」

「陛下も、伏兵を全滅させるおつもりはないはず。二時間後に、あちらの青色超巨星を超新星爆発させるつもりです」

「よし、よく予の意図と戦いを読んだ。戦場での借りは、戦場で返すとしよう。これからどれだけできるか、見せてもらうぞ」

「この戦いでは従います。ご指揮を」

 皇帝の笑みが、直視できぬほどの輝きを放つ。

 

 ユリアンにとって実に楽しいものだった。ヤンとともに、昔の戦争の記録をシミュレーターに呼び出して、ユリアンとヤンが論評したり、敵味方それぞれの指揮官の立場を演じたりして遊ぶ、その繰り返しのように。

 平和な日々での、ユリアンの最良の思い出。一年以上直接は会っていない、ヤンとフレデリカ……

 むろん、同時に自分が人殺しをしていること、味方のよき将兵の命をテーブルに乗せていることを、一瞬たりとも忘れはしない。

(……こんな思いで、あんな平然と指揮をしていたんだ)

 ヤンの実戦を近くで見た時とも、さらに違う強い感慨。感慨にふける間もなく、次々と出される命令に従って自分の戦力を指揮する。

 ラインハルトと自分の読みを比べ、その豪壮華麗な構想と深さ、鋭く柔軟な修正に驚嘆する。

 

「なぜ皇帝自身が、こんな少数艦隊で?」

 相原がそんな疑問を持った。

 シュトライトが答える。

「今、新帝国全体のあちらこちらで、比較的小規模の乱が起きています。犠牲を最小化し、敵が集まるのを防ぐために、こちらは多数の小艦隊を作り、多くの星に送っています」

「それができるのも、メルカッツ校長のおかげだ。ヤマト、この座標に向かって、主砲を右舷射撃しつつ移動せよ。古代守、ヤマトを追跡しつつここに火力を集中せよ」

 ラインハルトが軽く言い、命じる。

 新帝国士官学校校長に任じられたメルカッツは、子供たちだけでなく大・中・少・准将もたくさん抱え込むことになった。

 もともとロイエンタール・ミッターマイヤーからミュラーまでの、ラインハルトが元帥府を開くと同時に集めた上級大将以上の者と、大将以下の、連勝で昇進した若者には能力格差が指摘されていた。

 そのことはゼントラーディ戦役でもあらわになった。

 次の双璧と期待されていたクナップシュタインとグリルパルツァーは戦死。ほかの者も、上級大将以上を支えては優れた者は何人かいたが、単独の艦隊を任せるには不安があった。

 ただでさえ、新技術の大量流入と、帰服したゼントラーディ・元同盟士官と共同で軍を構築するという難事が控えているのだ。

 それで将官たちのかなりの割合は、激務の間を縫い士官学校で再教育を受けることとなった。同盟から新帝国軍に編入を希望した者、帰服したゼントラーディの士官も多くいた。

 帝国の最優秀将官であり、ヤン艦隊で同盟の手法も学んだメルカッツは、何よりも基礎を重視した。

 白兵戦における基本、正剣というべき基礎。

 集団歩兵戦の基礎。

 そして艦隊機動の基礎。

「基礎を徹底してこそ、あらゆる新技術を使いこなせる」

 厳しく、建築のようにしっかりと基礎を固め、一つ一つレンガを積み重ねるような一年半。

「変化を恐れるな」

 誰よりも大きな変化に身一つで飛びこみ、違いすぎる社会に順応して結果を出した男の説得力。

 それは本来の士官学校生徒にも強い印象を与えた。

 ゼントラーディの巨人や、帝国軍の大将閣下が眠そうなひとにらみに縮みあがる。そしてシミュレーターの中では、フィッシャーの指摘通りに些細なミスが一気に拡大し、艦隊を崩壊させているのだ。

 そしてその校長たちは、自らも熱心に新技術を学び、激しい訓練を通じて新技術に適応した新戦術を作ろうとしている。それがまた新しい新技術で泡と消えても、腐らずに最初からやり直す。

 率先して新技術に適応しようとする態度、背中を見せているのだ。

 その上で、何人か士官学校生や若手士官の優れた者が、ジェダイの留学に出たりレンズマンの通信訓練をするようにもなった。まだレンズマン認定を受けた者はいないが、脱落する大半も含め、能力の底上げにはなっている。

 

 厳しい指導で学び直した若い将官たちは、若いだけあってよく新技術にも適応し、数日もかからず惑星にかけつけ、怪物を倒し秩序と生活を回復する仕事を着実にこなしている。

 上級大将たちもそれをよく指揮し、兵站を支えている。

 だからこそ、ラインハルトは少数でユリアンを救いに駆けつけることができたのだ。

 

 もうひとつ、各惑星……あるいは、超巨大船……で暴れる怪物たちを抑えているのは、新帝国に対する多数の民の支持もある。

 旧帝国では、民を奴隷とし抑圧するゴールデンバウム帝国からの解放者、衣食住・上下水道・情報・公正な警察をくれる名君として。

 フェザーンでは、新しい技術と市場をもたらし、経済的な自由を許し公平な、有望株として。

 旧同盟にとっては、心配されていた奴隷化や自由の迫害もなく、日常の統治を円滑に機能させる……末期の旧同盟以上の、機能する統治者として。

 そして、旧同盟でヤンの最後の言葉を聞き、

(自分の頭で考え、立ち上がる……)

 決意をし、自分たちの手で地方自治から

(民主主義をよみがえらせる……)

 ために励む人々も、ある程度はいる。

 そして人類全員が、ゼントラーディによる滅亡の可能性を目の当たりにし、人類を救ってくれた新帝国軍+旧同盟軍に深い感謝を持っていた。

 さらにゼントラーディにとって新帝国は、兵器の身から解放し、文化と開拓、可能性を与えてくれた存在である……

 たとえ今大統領など直接選挙をしても、ラインハルトは圧倒的な支持で選ばれるだろう。

 日常の生活、未来の希望……そのために、勇気を振り絞って怪物と戦い、避難疎開して秩序を維持し物資を分け合い、そして駆けつけた小艦隊に情報を伝え、物資を提供して支援する人々がいたからこそ、戦えた。

 ヤマトに便乗しているコルムは、

「これがマブデン、人間か。われら退廃し、世から去って自らを守ることすら忘れ閉じこもるヴァドハーとは違う……」

 と感慨にふけっていた。

 

 ユリアンだからこそ読むことのできた、ラインハルトの天才……

 優れた参謀としても知られる古代守や、長い寿命で文化を磨きぬき、戦術理論も洗練を極めたコルム公子も感動さえした。

 一見何とも思えない、悪手とも思える一手。ヤマトを無意味に捨てたとも思えた。

 だが、それが戦局の流動に伴い、思いもかけぬ形で敵に小さなほころびを作った。

 ユリアンの、紋章機に率いられた無人艦隊とラインハルト本隊が、同時に別のところから攻撃してほころびが広がる。

 そこに波動砲で、敵の流れが大きく崩れる。

 それに対応する敵に、追い詰められていると見せて膨大な数の敵を引きよせ、全艦隊を一つの巨大要塞に乗せてから高速移動。しかもそこにはデスラー砲が多数降り注ぎ、敵のいる宙域の時空そのものを脱出不能の濁水に変えた。極超光速の時間差、かなり以前に発砲していた弾幕が今頃届き、時空を傷つけ超光速航行を不可能にしたのだ。

 ぴったりのタイミングで、シャルバート艦からハイドロコスモジェン砲……青色超巨星が超新星爆発。

 それで敵の大軍を壊滅させ、鮮やかに包囲を脱してフェザーンに帰還したのだ。

 

 

 ブリュンヒルトは惑星フェザーンには降りず、11キロメートルほどの内部をくりぬかれた小惑星に翼を休めた。それが現在の正式の首都、「獅子の翼(ルーベンフリューゲル)」にほかならない。多数のエンジンも搭載されてすさまじい速度で動けるし、内部には最高水準のコンピュータが搭載され、閉鎖大都市も作られている。

 好きにやれ、と言われたシルヴァーベルヒが好きに遊んだ力作だ。

 

 フェザーンと俗に呼ばれる可住惑星の静止軌道には、600キロメートルに及ぶゼントラーディ要塞が二つ軌道エレベーターで地上につながり、どちらも惑星表面の倍近い人口が暮らす大都市となっていた。

 また、本星からは0.15光年離れた不毛の巨大準惑星で、バラヤー・智・メガロード同盟がフレデリカ・ヤンを通じて送った全自動自己増殖工廠が多数の衛星を食い、稼働を始めている。

 さらに、フェザーン星系にいくつもある非可住惑星は、デスラー砲で穴だらけにされて多くの人が住み、工場を作りつつある。

 

 ちなみに通称フェザーンなど砂漠星も、バーゲンホルムという桁外れの運搬技術によって大量の水を手に入れている。何百光年も離れた星系の氷小惑星を、惑星ごとの巨大バーゲンホルムで引っ張ってくる。

 それを複数集め、強力な牽引ビームでつないでから全部バーゲンホルムを解除し、膨大な固有運動を相殺する。残りの固有運動は多数の、ガミラス式波動エンジン搭載艦の出力で相殺する。そしてふたたびバーゲンホルムをかけて砂漠におろし、解除。

 その技術で肥沃になろうとしている砂漠星も多い。

 

 

 ユリアンたちにとっては、フェザーンはいわば寄り道。エックハルト星系にあるクロノゲートから、〈ABSOLUTE〉に行くのが目的だ。

 だが、フェザーンでも求められる仕事は多い。特にシャルバート艦から、多くの帝国軍艦に兵器・防幻覚剤などを供給することは喫緊だ。

 

 そんな中、ユリアン・ミンツはミッターマイヤー元帥に相談があるとミュラーを通じて呼ばれた。

 ロイエンタールとオーベルシュタインが〈ABSOLUTE〉に出向し、帝国の統治面を一手に担っているミッターマイヤーが、多忙だけでない心労をむきだしてユリアンに聞いた。

「多すぎる金を、どうすればいいのだ?」

 ユリアンは固まった。

 不妊に悩むミッターマイヤー夫婦は、エカテリン・ヴォルコシガンに人工子宮の話を聞いて狂喜した。そして大金を投じガルマン・ガミラスとヤマト地球との外交も使い、バラヤーから人工子宮技師を迎え入れた。

 自らは待望の子を抱いて幸せなのだが、同じ悩みを持つ夫婦は多数いる。

 旧同盟には昔からいた、旧領土でもローエングラム朝となり長い弾圧から解放された同性愛者たちも。

 人工子宮技術なら両性者と、脚のかわりに手があるクァディーでも子を作る。

 同性だろうと、生殖器に異常があろうと、妊娠が死を意味する身体の女性だろうと、遺伝子異常をすべて清掃された子を作ることができる。

 ゴールデンバウム帝国は建国帝ルドルフ以来、劣悪遺伝子排除法を帝国の根幹とした。晴眼帝によって有名無実化され、ラインハルトが治療後に全廃はしたが、影響は残っている。

 ゆえに帝国では、遺伝子異常の清掃はタブーであると同時に切実な望みだ。また、悪法による周産期医療の停滞は、多くの母子の死をもたらした……安全な技術を切実に求める夫は多くいるのだ。愛情のためにも、家の存続のためでも。

 ミッターマイヤーに、金の雪崩が押し寄せた。

 元帥として高い給料をもらってはいたが、桁が違う。いや、桁が毎日のように増えていくのだ。

 そして、軍の事実上のトップでありつつ膨大なカネも持っているというのは、保身上、あやういことはよくわかっていた。

 江戸時代では、大名の地位と石高を切り離した。外様で功績を上げた大領の大名には、幕府での地位を与えない。老中になるような譜代の領土は小さめ。

 ついでに、ラインハルト皇帝とアンネローゼに、おもいがけぬ苦悩がやってきた。ラインハルトの胸のロケットにある、赤い遺髪……ジークフリード・キルヒアイスとアンネローゼの子を作ることが可能なのだ。

 

 普通の人間にとっては、

(金が多すぎて困る……)

 など、笑うか怒るかだろう。

 だが、ユリアンは共感した。

 彼も、多すぎるほどの金を得た。

「小か……僕も、経験しています。フレデリカさんが送ってきた別時空のコンテンツがもたらす、膨大すぎる金にかかわりました。

 周囲の人が変わっていったり、とんでもない過ちを犯しそうになったり。スパルタニアンでの初陣より危なかった、と今になると思うこともあります。

 制御できない、という感覚と過剰な全能感。はい、恐れるべきことです」

「ああ、そう、そうなんだ。戦場での、最悪の情報とそっくりなんだ。

 駆逐艦で死にかけた異常振動を思い出してしまう。大艦隊でささいな操船ミスが増えていき、それが死の瀬戸際になったこともある。それと同じ、制御できなくなる感じがあるんだ」

「ご両親には?」

「……父にも、似たような大金が……ヴォルコシガン夫人の庭園デザインを、あちこちに紹介したら……」

 ミッターマイヤーが深くため息をつく。

「捨てようとして、無謀といわれた軌道エレベータとアンシブルに投資をしたこともある」

 ミッターマイヤーは、ユリアンの目を見て深くため息をついた。

「目が雄弁に言っているな。バカがいる……自分も少し前にやらかした、と」

 ユリアンは深くうなずいた。

「……何倍に、というのは愚問ですね。僕も計算なんてできません」

「……それも全部わかってくれるとは。もし卿が使ってくれるのなら、全部さしあげてもかまわん」

 ユリアンは誠実に笑いかけた。

「師父ヤンは、人に仕事を任せることを得意としていました。今誰よりも大金を必要としている方に、任せるべきです。

 オルタンス・キャゼルヌ夫人から聞いています。アンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃殿下の、慈悲のお仕事……お金がどれほどあっても足りないだろう、と」

 ミッターマイヤーは目を見開き、若きレンズマンの手を強く握った。

 

「皇姉が、その仕事を始めるのが三年早ければ、邪悪な麻薬による動乱などなかったろう……」

 のちの歴史家が口をそろえる。

 仕事に就くと言い出した姉に、ラインハルト皇帝はとんでもない権限をまず与えた。

 皇帝直属聴聞卿。

 バラヤー帝国に伝統的にある、マイルズ・ヴォルコシガンもその一員である役職だ。

 皇帝の耳目。帝国のどこであれ、皇帝自身と同じ法を越えた全権を持つ。あらゆる鍵やコンピュータのロックを開けさせ、すべてを徴発し、軍を含め誰にどんな命令をすることもできる。皇帝のみに命令され、皇帝のみに報告し責任を負う。

(簒奪しろと言わんばかりだ……)

 と、オーベルシュタインなどは心配した。

 だがラインハルトは、

「姉上に簒奪されるならかまわぬ、猜疑心に凝り固まった旧帝国の愚帝どもをまね、骨肉を殺すよりずっと良い」

 と、笑い飛ばした。

 ヤンのこともあり、人を信じきり任せきる喜びを知ってしまったのだ。

 その無限の権限を得たアンネローゼは、

(さすがは、陛下の姉君……)

(君寵第一となったのも、むべなるかな……)

 と言われる賢明さを見せた。

 むやみに権限をひけらかすことなどしない。フリードリヒ四世の後宮でも、ひたすら身を慎んだように、控えめに徹した。それでいて的確に人を選び、任せることで結果を出した。

 短期的に今飢えている人を救うこと、そして長期的に帝国をよくすること、両方にきちんとバランスを取って。

 そのために、彼女はマグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人を用い、オルタンス・キャゼルヌとエカテリン・ヴォルコシガンに連絡した。静かに地下に根を張る、女たちのネットワークの中枢に。

 オルタンスを通じ、キャゼルヌを育てた地位の低い凄腕の事務屋……引退した老人が主……を何人も集めた。また息子と夫を悼むビュコック夫人も紹介され、彼女を入口にバーラトの、いろいろと役に立つ女性を数多く集めた。

 マグダレーナもエカテリンも、新帝国のあちこちに延びる深い人脈網を通じて、目立たないが使える女ネットワークの中枢を何人も皇姉に紹介した。

 アンネローゼは彼女たちの深い人脈と経験に心からの敬意を伝え、信じ、大きな権限を与えて任せた。

(新帝国全体で、今網からこぼれ泣いている人の涙をぬぐう……)

 明白な目標を掲げて。

 その信頼には熱意と忠誠が返ってきた。返せる人を見抜いた。アンネローゼの人を見る目、任せるうまさは、

(ヤン・ウェンリーをしのぐ……)

 とも後世評される。

 だが、それは後のこと。今は圧倒的に資金が足りない。

 いくら無制限に徴発できる権限を持っていても、むやみにそれを使えば害毒となることはよくわかっていた。

 アンネローゼ以上に金の恐ろしさを知っている人間もいない。赤貧の主婦・贅を極めた寵姫の両方を経験したのだ。誰よりも憎悪の恐ろしさも知っている。

 金が欲しいアンネローゼと、金が重荷になるミッターマイヤー。ユリアンの提案は両者にとって福音だった。

 そして戦略的にも、動乱で苦しむ新たな弱者たちを迅速に能率よく助ける組織は、新帝国にとって絶対に必要なものだ。さらにそれが人心安定すらやってくれるとなれば、

(五個艦隊にもまさる……)

 戦力ともなろう。

 新帝国の、旧同盟を含む組織との軋轢も、マグダレーナ・ビュコック夫人・エカテリンの三人を最初に使うことで回避できている。

 貴族であるマグダレーナは帝国貴族、さらに婚約者のメックリンガーを通じ軍部にも深いパイプを持つ。

 ビュコック夫人は旧同盟軍部に息子と夫を国に捧げた良妻賢母の鑑と尊敬され、女網と広く深く結びついている。

 造園デザイナーとして人気を集めるエカテリン・ヴォルコシガンは、ミッターマイヤーの両親から帝国軍中枢部、そして何人もの成金や貴族、大企業の経営者まで人脈を広げている。さらにバラヤー帝国とも深くつながり、外交官としても評価が高い。

 新帝国……新領土、エル・ファシル自治政府も含めて、手が届かぬところはない。

 

「それに、元帥閣下がおっしゃっていないことも、レンズがなくてもわかります。情報も、皇姉殿下に流すべきです」

 ユリアンの炯眼に、ミッターマイヤーは改めてうなった。

「まさに……」

「いえ、これもオルタンス・キャゼルヌ夫人からカンニングしたことですよ」

 そう、情報。劣悪遺伝子排除法の影響が残る中での人工子宮事業。それは膨大な極秘情報……あらゆる貴顕の最大の弱み、裏の裏の人間関係の底泥、人間の心の闇そのものが流れてくる。

 逆に、だからこそ今この時のミッターマイヤーにしか、人工子宮事業はできなかったのだ。ほかの誰がやっても、頑固に苦を押しつけようとする権力老人・迷信に縛られ技術を拒む愚者・巨大な利権を抱える闇医者の組織・社会秩序維持局などにつぶされていただろう。古い権力が崩壊した中、特にラインハルトの留守中は帝国の支配者であり、誣告も暗殺も通じないミッターマイヤーだからこそできたことだ。

 エカテリンとマイルズ両方と深い絆を持っていたことも大きい。エカテリンも前夫や息子の遺伝病に苦しみ、マイルズも第一世代の人工子宮生まれ。封建社会に生殖関連の新技術が入るときの軋轢は知り尽くしている。さらに、マイルズは故国の両親、ほか多くの、新技術の苦労を知り尽くした賢人たち紹介した……最低二つの時空の門、いくら即時通信が発達しても数日かかるが、文のやりとりで多くを学び、同じ過ちを犯さぬようにできた。同時にそれは、ローエングラム帝国の外交としても値千金であった。

 人工子宮事業を通じて入ってくる情報の半分でも、できぬことはない。ミッターマイヤーが本当に捨てたいのは、まさにそれだ。そして、皇姉の『慈悲』にとってそれがどれほど力になるかも、考えてみれば自明であった。

 誰にも言えず哀しみ苦しみ抜いている、莫大な悲哀の情報がある。それを、人の心・弱さを知り尽くす、世に隠れた老能吏たちが使いこなしたら……

 ちなみに、アンネローゼの活動はユリアン・ミンツとも、キャゼルヌ夫人・ビュコック夫人を通じてかかわりはある……直接の面識こそないが。だからこそわかることだ。

 

 大金と情報を受け取り、ついでにミッターマイヤーの両親も得たアンネローゼは、懸案とされた事業をまず進めた。

 まず活用されたのは、旧領土で膨大な人口を持つ農奴たちだった。

 解放されたものの教育水準が低く、危惧される存在だった。それゆえに今回の動乱では、麻薬を買う金すらなく変貌した者は少なかった。

 ゼントラーディ技術が桁外れの量の食料供給を生み出し、職を失うかに見えた低教育の農奴たち。だが、彼らにでき、そして機械化はしきれない仕事はあった。

 育児。

 四百億の、子を産める夫婦はことごとく十人の子を作ろうという勢いだ。さらに昨日まで子を産めなかった不妊・同性愛のカップルも、これまでの痛みを忘れるように子を作っている。

 その子を育てる補助に、良き親になることはできる解放農奴たちは、うってつけであった。

 まず、それがきっかけになる。新帝国の、膨大な涙、真の弱者を助けるという遠大な目標に。

 

 

 フェザーンでも多くの仕事をこなしたユリアン、ヤマトや古代守、シャルバートたちはエックハルトに、そして〈ABSOLUTE〉にやっと向かう。

 統治と戦いに忙しいラインハルトは、特別な賓客を見送りに出た。

「エルウィン・ヨーゼフ二世、ランズベルク伯爵の身は、姉上にお預けする。メルカッツ校長も後見に加わる。エルウィン・ヨーゼフ二世には公爵位と年金を与え、以後予の名誉にかけて陰謀の道具とはせぬ」

 シューマッハは、フェザーンで人質とされた部下たちの行方知れずを知り、できる限りのことをした。幼廃帝の養育・教育という責任もある。そのかたわら士官学校のメルカッツを手伝い、のちにローエングラム帝国からの第二段階レンズマン第一号となり、ユリアンを助けることになる。

「また、帝国においてレンズマンには皇帝直属聴聞卿の地位を与える。ただし、レンズマンの側も皇帝に報告する義務を負う。またあたう限り帝国の法を尊重し、尚書・元帥・皇族の身体不可侵を尊重する。

 パトロール隊と帝国の国益が相反したら、皇帝に報告することで信頼を保たねばらない」

「はい」

 そのことはキムボール・キニスンとラインハルトの間で協定ができている。エル・ファシル自治政府も同様だ。

「卿が敵でも部下でもなかったことが残念だ」

 ラインハルトの賛辞に、ユリアンは静かに微笑する。

 そして、レンズが読み取ってしまったこと……皇帝の深すぎる哀しみ、鋼鉄ワイヤの剛毅とガラス糸の繊細さを兼ね備える心の震えを、目で受け止めた。

「実は、もう少し前に陛下にお目にかかっていました。第一次ラグナロクで、陛下がフェザーンを制した折に」

「予は卿を覚えていない。限界がある、普通の人間なのだ」

(愚かな人間だ。愚かな)

 

 ラインハルトが今朝見た夢が、ユリアンの脳裏に伝わる。

……………………

「プレップ!」

 叫びとともに軍医がラインハルトを押しのけ、赤毛の頭をそらして奇妙な器具を首にあてがい、血管に冷たい液を流す。

「任せてください」

 ヴァニラ・Hの静謐な声とともに、ナノマシンが活動する光がキルヒアイスの体を覆う。

……………………

 激しくはね起きたラインハルトは、顔を押さえて歯を砕けるほど食いしばった。

「夢か……ああ、技術さえあれば。技術さえあれば、キルヒアイス……」

 

 ミッターマイヤー夫婦に子を与えた、マイルズ・ヴォルコシガンの故郷の技術。マイルズ自身もそれに救われた、低温治療……手榴弾で腹をえぐられても治療できた。

 ヴァニラやナノナノが使いこなす、癒しのナノマシン。

 どちらかがあれば、ジークフリード・キルヒアイスは死ななかった。

 それはラインハルトに、妄執のように技術を求めさせ、新帝国に普及させる力となった。

 

 ユリアンは、言葉にはできなかった。だが、せめて目で、伝わるようにと祈りつつ皇帝を見つめる。

 何か伝わったのか、ラインハルトは静かに微笑した。

「これから、予はどのように戦えばよいのだろう」

 ヤマトに乗っていた、ベンジャミン・シスコが進み出る。

「〈ABSOLUTE〉から、何人かが艦隊の行けぬところで魔と戦います。勝利しさえすれば、混沌は力を失い、決戦の場への門が開かれましょう。

 そこで、各時空の艦隊が集って敵と決戦することができます」

「まるで、予が望むことを言葉にしてくれているようだな。期待しているぞ」

 ラインハルトは静かに笑い、護衛にミッターマイヤー艦隊をつけて奇妙な賓客たちを送りだした。




銀河英雄伝説
宇宙戦艦ヤマト


乃木希典の妻、ともに殉死したとだけしか知りません。
でも、考えてみればどれほどの影響力を持っていたでしょう。
軍神の妻。息子を二人とも御国に捧げた、母の鑑。
どんな高官の母でも、どんな金持ちの奥方でも、その一言、表情一つを恐れずにはいられないでしょう。

ビュコック夫人も同じはずです。そしてフサエ・ミフネ(タイラー)も…

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