皇帝ラインハルトの命令で、ロイエンタールとオーベルシュタインは艦隊をつくり、ウルヴァシーを通って〔UPW〕に赴いた。
艦隊編成は、両元帥の競争でもあった。
どれほど大変か……
攻めてきたゼントラーディ基幹艦隊は、約一千万隻。生き残り帰服したのは半分強。帝国と同盟を合わせた、民間船舶を含めた全宇宙船の三倍近く。
大半は武装を外し、民間交易・開拓に使われているが、それでも三十万隻以上が帝国軍に編入されたのだ。
もうひとつ大変なのは、最新技術を詰めた艦をどう割り振るかだ。特に信頼でき、有能な士官でなければまかせられぬ。
オーベルシュタインは軍務尚書としての仕事を部下に分け、旧同盟やゼントラーディから人を選び艦を動かす仕事をこなした。
(おのれが頓死すれば役目がとどこおるならば、それは無能にほかならぬ……)
このことは、これまでラインハルト・ロイエンタール・オーベルシュタインの、神がかった有能さに頼っていた新帝国にも浸透してきた。
何より、現実にラインハルトの不在という非常事態を経験した。部下をそだて、仕事を分かりやすく整理し、集団をうごかすノウハウの必要性を、上は皇帝自身から下は少佐まで、身に染みて思い知ったのだ。
ロイエンタールは、全軍の三分の一を掌握し、一つの生き物とした。
「どちらが大変だったろう?」
多くの人は、自らも激務に追われつつ、元帥ふたりの競争を興味深く見ていた。
そしてふたりそれぞれの、形は違うにせよ有能な働きぶりに感動すらしていた。
オーベルシュタインは、旧同盟の現役軍人のみならず、退役軍人や傷痍軍人、在野の人物についての資料も手に入れていた。同盟が降伏した時に軍や政府から資料を接収したのだ。
(軍務からは離れがたいが、帝国の旗はいやだ……)
という、ある意味危険分子で、有能な人物も、先にリストにしていた。
状況によっては、危険分子を草でも刈るようにまとめて検挙するつもりも、あったろう。
そしてゼントラーディの軍制度・人事情報も的確に理解しており、その指揮系統に旧同盟軍人を入れて再編することもできた。
その希望者たちは、原則として家族ごとの移住になる。現役軍人だけでなく、退役軍人も多くいる。ある意味追放でもある。それでも、帝国の旗に従うのをよしとしない、気骨のある者ばかりだ。
旧同盟将兵には、帝国将兵と比べて強みがあった。教育水準の高さだ。
人口比は帝国が二倍、だが国力は48対40。一人当たりの能力は倍近い。平民を軽蔑・憎悪し、ろくに教育もしなかった大半の帝国貴族と、義務教育と福祉がいきとどいていた自由惑星同盟の差だった。トラバース法のようなゆがんだ軍国主義的なものであっても、だが。
さらに、プロトカルチャーの技術で大量生産された、いくつもの並行時空の技術を集めた先進個人携帯コンピュータ……それがいきわたったのは帝国将兵も同じだが、読み書きができるほうが使いこなすのは早いに決まっている。改良版ドロイドなどの流入で、低教育でも働けるようになったのはかなり後の話だ。
ちなみに、ネリー最新型のように脳に直結する度胸がない大半に普及しているのは、要するにメガネだ。フレキシブルなマイクも口元に伸び、耳にかけるつる先から短いケーブルでカナル式ヘッドホンが出る。ひっこめたペンで字や絵を書けばその動きを見、机の上に手を置けば視野にはキーボードが表示され、指を動かして入力できる。
もうひとつ、オーベルシュタイン艦隊には優位があった。ゼントラーディが帰服したのは、もともと文化を求めるがゆえ……その文化、艦隊として集まる以上、食と音楽。
この二つの幅と質……料理人や選曲者としての能力は、生活水準の高い同盟のほうが圧倒的に高かった。また、フェザーンや並行時空の商人たちとのパイプも、兵站も扱うオーベルシュタインのほうが太かった。
ゆえに、ゼントラーディ将兵の管理に苦労が少ない。
ロイエンタール艦隊も、今は帝国将兵のみではない。旧同盟の志願者やゼントラーディ人も、オーベルシュタイン側ほどではないがかなりの数入れているのだ。
それは艦隊の士官たちに、思いもかけぬ苦労を強いることになった。
「我々は艦隊士官であり、ホテルやレストランの経営者ではないんです!」
という悲鳴が、あちこちから響いた。
帝国士官たちは誰もが、ロイエンタールとオーベルシュタインの確執はよく知っている。
(敬愛する将のために、絶対に負けるわけにはいかない……)
と決意をこめてはげむが、何よりもゼントラーディが要求する文化、毎日の食が最大の問題として立ちふさがることになる。
ロイエンタールはさすがに、同盟やフェザーン商人、ブラマンシュ商会の力も借りて食事の質を大幅に上げた。
それはますます、帝国と同盟の文化の違いを際立たせてしまった。
帝国は、前王朝の建国帝であるルドルフ・フォン・ゴールデンバウム以来、退廃芸術を徹底的に弾圧してきた。ローエングラム朝はゴールデンバウムのアンチテーゼではあるが、その多くはゴールデンバウム朝の教育を受けている。それに退廃芸術のソフト自体がない。
文化そのものがかなり偏っているのだ。
だが、それはことなった文化が二つある、ということ。どちらが優で劣かは果てしない論争の種だ。
それが、同盟と帝国の火種にならぬよう注意しつつ、ゼントラーディを満足させ、何よりもオーベルシュタインに負けぬよう……
ロイエンタールの有能さも、また際立つものがあった。
多忙を極めるロイエンタールだが、
「ミッターマイヤーをうらやむ気にはなれんな。フェザーンと同盟、ゼントラーディ、新技術で行けるようになった航行不能宙域……帝国は五倍になった。
陛下の天才があるとはいえ、負担はとてつもない。さらに陛下は、教育と開拓に力を注ぎ、ほかの統治の多くを部下に任せると決められた……」
と、友を気づかうゆとりもあった。
(民生を高め、教育水準を高めることでしか、超技術を持つ幾多の並行時空に伍していくことはできぬ……)
ラインハルトは開拓で、特に旧帝国の生活・教育水準が低い農奴層の生活水準を高め、また子供たちすべてを教育する、という遠大な志を公表した。
もっとも虐げられていた人たち。貴族に対する不信感も強く、進歩を受け入れるのも苦手とする。
だからこそ、力とカリスマ、実利や流言を巧みに用い、特に若い者に新しい仕事を体験させる。体験した者が故郷に帰り、二度と帰らないわけではない……塩原と鞭と飢餓どころか、変な道具を使うわけがわからない仕事をさせられるが軍隊以上に毎日満腹の天国だ、と納得させる。
そして優秀な子供から、新天地で成功を目指せるように。はじめは口減らしに近い。
ゼントラーディ大戦の後、帝国が集中して取り組んだプロジェクトがある……健康診断を兼ねる国勢調査だ。
四百億+ゼントラーディ数億を全員登録する。
旧ゴールデンバウム帝国では、多くの星は貴族に任され、領民は領主の奴隷にすぎなかった。帝国とは、兵士の割り当て以外関係なかった。
同盟とゼントラーディは、制度的には行き届いていた。が、民主共和主義を目的とする同盟と、軍事を目的とし人を兵器として管理するゼントラーディ、もちろん帝国とも思想が違う。
それを、混乱が起きないように統一する……全員の名、指紋・足裏紋・掌静脈・虹彩・声紋・DNA、性別や能力をひとつのデータベースにする……それだけでも大反乱がおきかねぬ難事だ。
さらに、子供たちの能力評価。新基準の知能や運動能力だけではない。フォース……ミディ・クロリアン値、セルダールで開発された魔法の素質など、並行時空由来のとんでもない基準も入る。
脳直結型コンピュータを考えに入れれば、身体障害は事実上ハンデにならない。精神障害、特にイディオ・サヴァンも、考えられなかった使い道がある。
その調査で、特に優れた子が選別され、ラインハルトの手元に送りこまれる。
皇帝直属の教育機関で、皇帝夫妻とほとんど寝食を共にし、試行錯誤で教育する。
(天才は天才を知る……)
と、いうわけだ。
その分、拡大した新帝国統治の仕事の多くは、ミッターマイヤーやフェルナーにゆだねている。
また、ラインハルトの姉アンネローゼも、自ら仕事を担った。ラインハルトが病み、ヤンが去って後は摂政を引き受け、三元帥の重石となっていた。
ラインハルトが落ち着いたとき、彼女は正式の謁見を願い出た。
(姉上)
公の場で、ラインハルトとアンネローゼはほとんど会ったことがない。旧帝国ではアンネローゼは遠慮し、ラインハルトが帝国を掌握してからは、彼女はキルヒアイスの悲劇から弟を避けて閉じこもっていた。
姉ではなく、臣グリューネワルト大公妃として扱わねばならぬ、それ自体がラインハルトには苦痛であった。
姉がもし老帝の寵姫とされなければ、キルヒアイスの妻となった彼女をたびたび訪れる、つつましい幸せがあったのだろうか……そのような空想にふけるには、半身を失った痛みは大きすぎたし、仕事が忙しすぎた。
また、アンネローゼ自身は、家計の破滅をよく知っていた。
(相手が誰であれ、身を売ることにはちがいなかったろう……)
女なればこそより現実的に理解している。
「さて」
こうして二人が相対していれば、二人ともの美しさに誰もが打たれずにはおかない。
「陛下。まことに厚かましきことながら、お願いがございます」
(姉上のお頼みを断るはずがない……)
「なにか」
「なにとぞ、わたくしに、仕事をたまわるか、政略結婚の道具としてください」
ラインハルトの表情が氷と化した。
姉に、この表情を見られたくはなかった。
(また、自らをごまかしていた……この時が来ることは、わかっていたはずだった)
アンネローゼを政略結婚に……その話は、誰も出さなかった。ラインハルトはよくわかっていた。
だが、今知られる多元宇宙を見渡すと、独身男性の支配者は存外少ない。
トランスバール皇国は女皇。〈知性連合〉のレイ王は老人である。
バラヤー帝国のグレゴール、新五丈の竜我雷、デビルーク王国のギド・ルシオン・デビルークは既婚だ。
ヤマト地球は一応民主制であり、セタガンダ帝国はきわめて奇妙な婚姻制度だ。
最高の候補は、隣国にほかならぬガルマン・ガミラス帝国のデスラー総統。
また、〔UPW〕に早くから加入した、セルダール王国のソルダム王も有力候補と挙げる者はいた。
友好関係にはないが、〈世界連邦〉のミュール、パルパティーン皇帝、練の羅候、ペリー・ローダンの名も計算には挙がっていた。
だが、ラインハルトは動けなかった。帝国を奪ったのも、すべては最愛の姉を取り返すため……どうしてその姉を、政略結婚の道具になどできようか。それでは、あれほど軽蔑し憎んだフリードリヒ四世以下ではないか。
「生存・向上・公平。それが新帝国の原理、ならば今のわたくしの暮らしは、それにもとる、寄生虫にほかならぬものです。
皇族として、範を見せねばなりません」
(そんな、そんなつもりではなかった!姉上を、姉上を取り戻したいだけだったのに)
ラインハルトは、圧倒的な光に打たれたモグラのように、つややかな毛並みを震わせていた。
「どのような……」
「わたくしは、帝国の慈悲を担当したく思います。急速な改革と進歩に、取り残される真の弱者に仕え、涙をぬぐう仕事をしたいのです。
わたくしは、戦場の手柄もなく、陛下との血縁をたてに重い地位をねだっているのです」
何もせず暮らしていれば、ラインハルト自身が否定した寄生虫にほかならぬ。政略結婚もそれに近い。
何かすれば、皇帝の親族が政治に介入し、地位俸給を実力ある者から奪う害毒となる。
どちらにしても、害……ならば、帝国の基本理念『生存・向上・公平』を支持し、範となるべき。アンネローゼはそう決断したのだ。
「悪しき先例とならぬよう、皇后陛下のいとこが軍に入ったように倍も厳しく扱い、無能と判断なされば解任し、害はなはだしければ自害を命じてください」
その必要性は、ラインハルトは頭ではわかっていた。
衣食住は、ゼントラーディの技術もあり、広くいきわたっている。だが、それは旧来の農民には、父祖伝来の仕事を失わせることでもあった。
賢い農民は、文化を求めるゼントラーディのための高級な野菜や肉で儲けることができた。だが、教育も受けていない農奴には、悲しみしかなかったのだ。
ラインハルトには、女子供に対する慈悲はある。だがその激しい気性ゆえ、心弱い者には軽蔑と憎悪しか感じない。
人間は強いものばかりではない……そのことは、リュッケなどにはたびたび言われてはいたが、それを感情に受け入れさせることは、どうしてもできなかった。
いや、それを考えてしまうと、まさにうってつけである、
(キルヒアイスさえ)
に思いが流れ、溶けた鉄をのどに流し込まれたようなことになる。
皇姉の覚悟に、皇帝は圧倒された。
(わかっていた。姉上が……このひとが、強い人であることは)
もとより、ラインハルトの治療中、オーベルシュタインと双璧の対立があったとき、回数は少ないがアンネローゼが最終判断をしたことがある。常にそら恐ろしいほどの鋭さ正しさ、
(かの陛下の姉君……)
と誰もが納得した。
その報告も、読んでいる。
だが、彼女に仕事を与えることは、もう一度姉を失うことでもある。家族ではなく、一人の臣下としてへりくだる姉に、ラインハルトの答える声は、震えていた。
もう一つ、ラインハルトはアンネローゼについて、知っていて言えぬことがあった。公平、例外があってはならない。全員に行われる国勢調査、さまざまなはかり……その一つは、皇姉が『H.A.L.O.システムとの適合度が高い、紋章機操縦者の資質あり』と判定を出したのだ。
仕事が倍増したミッターマイヤーだが、個人的には幸せだった。
人工子宮による子宝。マイルズ・ヴォルコシガンの故郷の技術である。
ミッターマイヤーの父親と親しい、造園デザイナーであるエカテリン・ヴォルコシガンから知らされた。
狂喜したミッターマイヤーは即座に依頼した。バラヤーの息がかかった医師団が莫大な報酬を受けて厳重な護衛のもと、地球からガルマン・ガミラスを通ってフェザーンまで旅した。
時間は当然かかったが、ミッターマイヤー夫婦はついに待望の子を抱いた。
もちろん、同じ悩みを持つ夫婦はたくさんいる。金持ちだけでもたくさん。
フェザーンに当然そのクリニックができ、さらに医師団は〔UPW〕にも支部を作ることを求められた。
艦隊編成競争は、ほぼ引き分け。エックハルト星系のクロノゲートを通り、〈ABSOLUTE〉に二つの艦隊が入った。
戦争中でもある〔UPW〕長官タクト・マイヤーズは、大歓迎してくれた。
一気に人口が増えた。〔UPW〕の元は、トランスバール皇国軍から精強一個師団……エルシオール・ルクシオールと紋章機を含む分、トランスバール皇国軍残りの半分には負けない戦力だったが……が出向しただけだった。人数そのものは多くはなかった。
今は、バガーやペケニーノも多くいる。レンズマンも何人か常駐している。マイルズ・ヴォルコシガンをはじめ、あちこちの時空から大使がいる。
ジェダイ・アカデミー専用の大型船があり、そこに六つの時空や、ローエングラム銀河帝国からも留学生が学んでいる。
「さっそくだが、戦いの準備はできている。命令を」
ロイエンタールは淡々と言った。
「この艦隊は、ローエングラム銀河帝国に敵対しないという誓約のもと、ダスティ・アッテンボロー中将に預けられることとなる」
オーベルシュタインの声も、負けず劣らず淡々としていた。
〔UPW〕にとって、それが大助かりだったのか大変だったのかはわからない。
あちこちでの戦乱に、戦力が必要だったのは事実だ。だが、戦力を扱う官僚組織は、質は高いが人数が少なかった。
強烈な精気をもてあますマイルズ・ヴォルコシガン。経験豊富なアッテンボローたちヤン不正規隊(イレギュラーズ)幹部。天才的なウィッギン一族とシー・ワンム。そしてタクト・マイヤーズ、レスター・クールダラス。
だが彼らにとっても、十万隻近い船は次元が違う。
バガーやジェインの助けも借り、膨大な情報を処理するシステムを作り上げる、艦隊戦より恐ろしい戦いが始まった。
ロイエンタールには、私的にも問題があった。
エルフリーデ・フォン・コールラウシュ。
ラインハルトにより、女子供は流刑・十歳以上の男子は死罪という苛烈な刑を受けた、リヒテンラーデ一族に連なる女性である。
どう流刑から逃れたのか、彼女は処刑を担当したロイエンタールの命を狙い、そのまま男女の関係を結んだ。
そのスキャンダルが起きたのは、ゼントラーディとの大戦のさなかであった。
(それどころではない……)
と、無視された。
大戦が終わった時にはヤン・ウェンリーが短期間全権を預かっていた。その間に上がってきた訴えは、
(どうでもいい……)
と、無視した。
ラインハルトが倒れた状態での、大戦の残務処理でいっぱいいっぱい。五分たりとそんな些事に割く暇などない、ましてロイエンタールを失うなど考えられない。
ヤンは、もともと忠誠心を重視する人間ではない。自分が属した同盟でも、心からの忠誠を求める憂国騎士団の輩に嫌悪感を隠さなかった。まして、他人にほかならぬ帝国での忠誠問題など、どうでもよかった。
仕事さえしてくれればよかった。ロイエンタールは、仕事をしてくれた。
(ロイエンタール元帥が簒奪するなら、別にいい。ラインハルト陛下に、それほど劣るわけではない)
とまで思っていた。
そしてヤンがすべての地位を捨て、治療に出かけるラインハルトとともに時空から去ったときには、ロイエンタールは新帝国全体の、事実上の支配者のひとりだった。
ラインハルトが快癒し戻り、間もなくリヒテンラーデ一族は恩赦され、問題はないとされた。だがそのとき、エルフリーデは赤子を抱いたまま姿をくらましていたのだ。
そのエルフリーデが、思いがけない形で見つかった。
ユリアン・ミンツは、ずっとフェザーンの元自治領主、アドリアン・ルビンスキーを探していた。取材のためだ。
課題で、死んだトリューニヒトを演じるため、そのひととなりを知らねばならない。
そのためには、生前の彼を知る人に話を聞くほかない。
誰よりも彼を知るのは、彼と陰謀でつながっているルビンスキーである。
だが、ケスラーが血眼で探しても見つからないルビンスキーをどう捕まえるというのか。
多くの重要人物とのかかわりがあり、裏の人材も寛容に受け容れて、エル・ファシル独立政府の民主主義運動に参加しているユリアンの情報網からも、何度もルビンスキーはするすると逃げた。
あるとき、ユリアンと仲間のひとりであるカーテローゼ・フォン・クロイツェルがルビンスキーへの伝手を求め、裏町のある宿を襲った。
目当てのドミニク・サン・ピエールは消えていたが、取り残された美しい母子を確保した。
エル・ファシルからおよそ一光年近く離れた、自由浮遊惑星とされる土星大の惑星。その自由浮遊惑星自体、新技術でごく最近見つかったものだ。
冥王星規模の氷衛星のひとつに暮らす、後ろ暗いところのある人たち。
憲兵隊がケスラーによる改革で、以前のように私利私欲とサディズムのまま臣民を蹂躙する悪魔ではなくなった。とはいえ、全員が一夜にして完璧な天使になれるはずなどない。帝国を恐れ、罪におびえて法から逃げ、保護を失った者は、新帝国でもいるのだ。
脱走兵や、リンチの部下たちのようにひどすぎる恥を負った者も、逃げている。
エル・ファシルは、もとよりイゼルローン回廊をのぞむ要地の一つ。平和になり、要塞はもうなく回廊も広がった今、自由浮遊惑星さえゼントラーディ船が立ち寄り金を落とす港となっている。人々は集まり暮らし始めている。
200キロメートルに及ぶ厚い氷の層を、港を作るためデスラー砲が穿った。竪穴が地殻まで届き、底には煮えたぎった水やメタンの液が溜まっている。
その穴に、洞窟に出入りする魚のようにキロメートル級の巨船が出入りしている。
ある巨人用機動ポッドは煮えたぎる湯をタンクに詰めて港に運び、冷たい地表ではアリのようなマイクローンが重機を用いて窒素や一酸化炭素の氷を切り出す。
幅がキロメートルになることもある割れ目に、虫のように人々が身を寄せ合い、港にはつきもののあらゆる商売をしている。表面では暮らせない、外宇宙の放射線が強い。分厚い氷に守られていなければならない。外に出て移動するには重装甲の宇宙船が必要になる。
フェザーン商人が運営する、雑然とした宿町に、赤子を抱えた彼女はいた。文化を求める巨人たちのために、料理や音楽、詩や刺繍を売って。伝統ある宮廷料理。幼いころはコンサートで上位に入ったバイオリン。美しい声での朗読、韻律や絵の教育。繊細な刺繍。
氷をくりぬいた巨大食堂に、巨人たちとマイクローンが肩を寄せ合って座り、バイオリンの演奏に聞きほれつつ食事を楽しむ。オーディンからみれば噴飯ものだが、これも文化なのだ。
母子だけではなかった。たくさんの哀れな女たちが、身を寄せ合って、したたかに、強く生きていた。
逃げてきた売春婦も多い。彼女たちが身を売らなくても生き、赤子に乳をやれるように助け合っていた。
その集団は、ルビンスキーの愛人である、ドミニクがかかわっていた。
……ルビンスキーの陰謀組織も、日のあたるところでは生きられぬ人を助ける、互助組織の面もあったのだ。ルビンスキー自身は冷酷非情だが、闇の人脈に寄生して生きている彼は、逆に闇にしか生きられない人が生きられるよう、その頭脳となることも多かった。
ピクミンとオリマーらの共生のようでもあった。ピクミンは生き繁殖するため頭脳を求め、オリマーは戦い運ぶ手を求める。需要と供給が結ばれたのだ。
また、エルフリーデには別の価値もあった。アドリアン・ルビンスキーもドミニク・サン・ピエールも、富の星フェザーンで高い地位を持っていた。あらゆる贅沢をよく知っていた。だが、代々の上位貴族であるエルフリーデの趣味の高さは格別であり、地下の逃亡生活では利用価値を認められていた。
もちろん、ルビンスキーが彼女と子を確保していたのは、陰謀のためだが。
ユリアンたちが遠い自由浮遊惑星を訪れたのは、ドミニクを探してだけではなかった。重大な取材も兼ねていた。
ユリアンは、実にいろいろなことをしている。
まず、レンズマン訓練校の、通信での勉強と運動。最近は、多くの学科に合格したので時間は短くなり、かわりに麻薬売人捜査の仕事が増えてきた。
エル・ファシル自治政府の与党『ヤン党』の重要な下部組織『「自分の頭で考えろ」勉強会』のリーダーである。
またヤンの名を冠したコンテンツ会社もやっている。音楽・映像・体感コンテンツ、ニュースなども含む、昔のテレビ局のような仕事。〔UPW〕からも、夫と旅を続けているフレデリカからも、多くのコンテンツが手に入る。
ゼントラーディという、文化を貪欲に求める大口顧客がある。需要はいくらでもある。
むろん、レンズマンの学科・格闘技も通信でこなしている彼が、一人で全部できるはずもない。師父に倣って、巧みに人を選び、任せているのだ。
彼がわざわざ遠くまで取材に出かけたのは、別時空で外交・交易の仕事もしているフレデリカ・ヤンから、エル・ファシル独立政府と新帝国両方に届けられた品の稼働試験があったからでもある。
プロトカルチャー由来の自動工廠に、ダイアスパー技術で自己増殖能力をつけくわえたものだ。
バラヤーのそれのように、リミッターを外せば……はなく、短期間での自己増殖と艦船生産を優先したものだが。
巨大な価値があり、当然宇宙海賊などの襲撃も考えられていた。
『居住できる惑星にこだわるのは、もうやめたほうがいい』
ユリアンは師父が去る直前、語った言葉を思い出す。
『人類の領域は、この銀河の5分の1、恒星は百億を超える。
でも人が住める、酸素大気がある惑星はわずかだった。最盛期三千億の人口しかなかったのも、そのせいだ。地球ひとつに住んでいた時代の最大人口の、数十倍でしかない。
イゼルローン要塞に住んでみて、言葉にはならなかったが……
(自給自足できるじゃないか。これがたくさんあれば、人口に上限はない)
そう、言葉にできたのはゼントラーディを見てからだった。彼らは大軍で、完全に自給自足している。
そしてヤマトも、あんなちっぽけな艦で、一年間自給自足の旅をした。
エネルギー炉、それに自動工場があれば、できるんだよ。
ラインハルト陛下もぼくより先に、思いついていたんだ』
ガトランティス帝国という先例をつぶさに見たデスラーも、二度も故郷を破壊されたショックもあり居住可能惑星のはかなさに気づくことができた。
エル・ファシル星系に、冥王星規模の準惑星は22個ある。今ユリアンがいる自由浮遊惑星の衛星にも5つある。
その一つを、ゼントラーディ規格の600キロメートル級要塞に加工する……
単純に10分の1が資源として使えるとして。
冥王星の質量は、1.3×10の22乗キログラムとされている。使える資源は、まあ10の21乗としておこう。
600キロメートル級要塞。
300メートル近いクイーン・エリザベスが約10万トン。10万トン=10の5乗×1000キログラム=10の8乗キログラム。
要塞と客船では、メートルとキロメートルで10の3乗、さらに(体積だから)3乗して10の9乗。600と300で出る余分な2は、工場と農場に使うとしよう。
21-(9+8)=4。10の4乗=1万隻、超巨大要塞ができる。
人数も体積に比例する、クイーン・エリザベスの乗客は2000人以上。要塞一隻に、10の9乗×2000=2兆人。それが1万隻。
この時空の総人口400億など、どこかに消し飛ぶ。
検算してみよう。要塞ではなく直接クイーン・エリザベスを大量生産する。
クイーン・エリザベスが約10万トン。10の8乗キログラム。
冥王星から、10の21乗キログラムが材料になるとする。
21-8=13。10の13乗=10兆。10兆隻。
一隻の収容人数は2000人……まあ、京になることは変わりない。
*この計算は間違っているかもしれません。適当な豪華客船で検算してみてください*
その船には、核融合炉のエネルギーを用いて、衣食を満たすシステムもある。
ゼントラーディも、大きさこそ違うがマイクローン技術を用いれば交配可能、人類とほぼ同じだ。
酸素を含んだ空気を吸い、二酸化炭素を吐く。
水を飲み、窒素化合物を含んだ尿を出す。
炭水化物・脂肪・窒素を含むタンパク質などを食べ、ふんを出す。
衣服を着て、汚す。食器を汚す。髪の毛や皮膚片を落とす。
惑星に暮らす人類は、出したものを入れるものに戻す仕事を、大量の微生物や植物にさせている。太陽光のエネルギーを用いて。……息を吐き、汚水を川に捨て、耕し漁をしている、というのはそういうことだ。
艦船に付属する生きた兵器であるゼントラーディは、地を耕すなど思いもしない。艦船の中で完結させるしかない。
空気から二酸化炭素など汚染を取り除き、酸素濃度を戻す。
生活から出る糞尿、下水、汚れた衣類や食器を、飲める水・食料・新しい衣類や食器に戻す。
それらを、核融合炉の無尽蔵のエネルギーを用いて、主に大型艦船が行っている。小型艦は大型艦の補給を受ける。
どんな人数であっても、十分な艦船さえあれば生活できる、ということだ。
ゼントラーディ技術・波動エンジン・ドロイド・バター虫……それらの融合は、それほどの人口容量と生産力を意味している。
それこそ、
(多元宇宙を戦乱から救う……)
と、コーデリア・ヴォルコシガン、智の紅玉、一条未沙が考え至った想でもある。
それほどの生産をもたらす工事を取材し、空き時間にドミニク・サン・ピエールの足取りを追う。
数多くの船が集まる、大イベントだった。
〔UPW〕から、クレータ・ビスキュイを中心とした技術者が訪問していたし、新帝国からはグルックも視察に来ていた。
港にとっては、大金を得るチャンスだった。
資源化されると決まっていた準惑星に身を寄せ合って暮らす、追われようとしている人たちの存在も知った。
その中に、ロイエンタールの子とその母もいたのだ。
また、どさくさまぎれでとらえられた人には、ワイルド・ビル・ウィリアムと名乗る隕石鉱夫もいた。新帝国のファーレンハイトなら、見覚えがあったかもしれない。
そうしている間にも、自己増殖性全自動工廠は稼働を始めていた。イゼルローン要塞の二倍近い、全く違う表面の質感の巨球が、100キロメートルサイズの衛星を食う。
そして巨大なガス惑星に、それ自体が10キロメートルはある球形船を降下させ、また上昇するのを受け止める。一日に三回も。
とてつもない生産が始まった。
同時に。ルイ・マシュンゴが、とらえたルビンスキー関係と思われる人から話を聞く……カリンがエルフリーデと話す。
「あなた……見たような、母が持っていた写真。そう……学校で世話になったコールラウシュ家のお嬢様、と懐かしそうに語ってくれたわ」
「お名前がフォン・クロイツェル? 亡命した……叔母から聞いたことがあります、お気の毒な話だったと、明らかに冤罪なのに」
カリンの両親も帝国からの亡命者であり、若い女どうし。話は弾まずにはいられなかった。
シェーンコップの私生児であるカリンにとって、母子の身の上は他人事ではなかった。プレイボーイの被害者。そして自分も亡母も、髪の毛一筋の違いでそちら側……いや、組織の助けゼントラーディの富もなく、身を売っていたはずだ。
戦争孤児のひとりであるユリアンも胸を痛めた。
「ロイエンタール元帥に連絡して頂戴。絶対に責任を取らせてやる」
カリンの厳しい言葉に、ユリアンは圧倒されていた。
その背後の、悲しげな眼をした美女と、その腕の中の赤子。
「でも、彼女自身は何を望んでるの?」
「どうだっていいわ。もし彼女が不幸になりたいっていうなら、その子はもらう。子供も不幸にしようなんて許せないから」
「……どうか、気をつけてください」
エルフリーデの悲しげな、消え入るような声にユリアンは注意をひかれた。
「ドミニクさまは、あなたたちがいらっしゃるのを知って出ていかれたのではなく、何か危険を聞いた、という話です。
ド・ヴィリエ、地球教の話も出ていましたわ」
「何?」
そのときだった。
番組収録のモニターに、ユリアンの目が吸い寄せられる。光点ではない、闇点。光があるべきところにない。
貴重な工廠の稼働試験を護衛している、国境警備隊の艦が次々に火を噴く。
パニックが広がろうとする中、ユリアンの声が響いた。
撮影クルーを素早くまとめる。緊急時の訓練も、実戦訓練がある彼は行き届いている。
「アンシブルとFTLの両方で、エル・ファシル本星・ハイネセン・ウルヴァシーへ連絡!放送用回線を使っても構わない」
「ユリアン」
駆けつけてきたムライは、ユリアンに頼っている数十人の男女を見た。
多くは退役中尉のユリアンより上。ましてムライは中将、雲の上などというものではない。
「ムライ中将。この区域の指揮官は?」
「連絡は取れない」
「なら」
ムライが首を振る。
「私は階級は高かったが、ラインではなくスタッフだった。こちらには一私人としている。今指揮をとっている、君が指揮を続けるべきだ」
歩く常識論、顔の替わりに〈秩序〉のムライ。だが、現実を見ない無能者ではない。ヤンの幕僚なのだ。
「では、できるだけ広い範囲、できれば艦船、軍との連絡をお願いします」
ユリアンの決断は早かった。
「わかった」
ムライも、迷わず従い仕事に集中した。
「隕石鉱夫たちを集めてくる!」
「頼む、同時に」
「ああ、最優先は誰も残らないよう人命検索。生命維持プラントも集めてくる」
隕石鉱夫のワイルド・ビル・ウィリアムが率先して補佐する。その異常な能力の高さを、ユリアンはいぶかしむより今はありがたかった。
ユリアンの存在は、奇妙なことに様々な人々をまとめた。
彼はヤン・ウェンリーの背後にいたことが多く、そんな映像もある。
(ヤン・ウェンリーの後継者……)
それは、ごく当然のようだった。
撮影隊も、遠い自由浮遊惑星、秩序がないであろう港への旅、退役した駆逐艦で来ている。
「まず工廠に!動かせる船で、港の人々も工廠に避難させるんだ。軍用設備だ、最低限の自衛兵器はあるし、イゼルローン以上の防御もある!」
「ヤン・ウェンリーの後継者だ!」
「ユリアン・ミンツ!」
恐怖が、ざわめきとともに去った人のすさまじい武勲を思い出させる。
「ムライ中将!」
「ヤン艦隊の参謀」
「さあ、ユリアン・ミンツがここの指揮官だ。命令に従い、港の人々を避難させなさい。エル・ファシルの英雄の養子だ、決して民間人を見捨てることはない。逃亡者、罪人であろうともだ」
「は、はいっ」
具体的な行動計画、巨大工廠にある大型宇宙港への船の出入り。厄介な仕事を、ムライは的確にこなした。
仕事を与えられ、命令されることによって人々は恐怖から一時的に逃れられた。
「自動工廠に、できるだけ早く作れる無人艦を多数作らせる。自衛火器も使うんだ」
命令し、指揮する間にも、攻撃は激化しつつある。巨大な自動工廠に、不吉な振動が続く。
カリンはエルフリーデ親子、そのほかにも多くの、港の貧しい人々をまとめ、物資をあさっていた。
水・食物・臨時トイレ・緊急用空気維持装置・暖房装置……長期の籠城になるかもしれない。乳飲み子も、ロイエンタールの私生児だけではない。
それどころではないのに、ふと、工廠の計器が叫ぶ警報に注意が行った。
「何?」
『ガス惑星から回収した資源に、存在しえない、破壊不能の何かがあります』
「それどころじゃないわよ」
と言って宇宙袋入れのところに飛んでいこうとしたカリン。
『何か、別のプログラムが侵入しています……』
『適合者発見』
「これ!」
そこらの機材から、二酸化炭素分離装置をでっちあげようとしていた〔UPW〕技師のクレータが叫んだ。
「これ、紋章機のデータよ」
奇妙な目でカリンを見つめる。
「適合者……この、奇妙な塊は……自動工廠制御コンピュータ!その破壊不能な回収残渣を、ここのできる限り近くに運んで!」
「クレータさん、いまはそれどころじゃ」
「その仕事は別の者に割り振る。クロイツェル伍長、クレータ整備班長の指示に従え」
隕石鉱夫とは思えぬ、強烈な権威を漂わせるワイルド・ビル・ウィリアム。いつしか、手首には巨大なレンズが輝いている。
「は、はい」
「いくぞ!」
叫んで飛び出す三人。そこに、奇妙な生物が襲いかかる。
虎ぐらいの大きさで六本足、長い首についたスズメバチのような大あごをひらく、黒檀のような質感の怪物。
ワイルド・ビル・ウィリアムが手にしていた、身長を越える機関室用斧が、その首を叩きそらす。次の瞬間、一瞬でデラメーター……同盟軍のハンドブラスターよりはるかに強力な携帯火器が抜かれ、怪物の半身を消し炭にする。
「行け!」
彼の叫びに、クレータとカリンは走った。ほかにも何匹の怪物がいるかわからない……
巨大工廠についている、大型宇宙港……その小さな枝に、その塊は移動されていた。
「やはり」
クレータが衝撃に目を見開き、周辺の大型自動アームを操作する。使い慣れたものとは違うが、ダイアスパー技術が通訳となっている。
「やはり紋章機……国勢調査データ、カーテローゼ・フォン・クロイツェル……H.A.L.O.システム適合度……」
素早い入力の中、巨大な球がぱかりと開き、上半分がクレーンに持ち上げられる。
球そのものは高温だったが、内部は信じられないことに室温だ。
「さ、乗って」
「え」
「みんなを守って、あの赤ん坊も!」
「は、はい」
半ば茫然と宇宙服をつけ、エアロックをくぐって、おろされた70メートルの大型機……慣れたスパルタニアンとはかなり異なる、双胴の機体の中央に乗る。
(そう、これ。生まれる前から、知っていた)
父母のように。生体認証のついたスパルタニアンより、ずっと深い結びつき。
わかる、操作性はスパルタニアンと同じ。ただ、攻防ともに、桁外れに強いだけ……
天使の輪、人間の脳と一体化するロストテクノロジーH.A.L.O.システムが起動する。
紋章機が億年の眠りから覚める。
謎の艦隊から、必死で貴重な自動工廠を守るエル・ファシル独立政府警備隊は、茫然とした。
スパルタニアン程度の小型艇が、大型旗艦に匹敵するすさまじい戦力と防御、桁外れの速度で敵艦を蹂躙しているのだ。
直線速度・防御・比較的近距離の火力に優れた、散弾銃を持ったバイク乗りのような機体。どこにでも向けられる中口径の機関砲も備え、対空戦にも秀でている。
「あれは」
「あ、あれは、カーテローゼ・フォン・クロイツェルが、単騎出撃」
ユリアンの目が、衝撃と悲痛に一瞬くらむ。だが、指揮している、守っている人たち……みどり児の瞳を思い出し、自分を取り戻す。
「わかった」
「アンシブル指揮システムと連動させます!あれは紋章機です。こちらの戦艦より強力ですよ、大丈夫です」
戻ったクレータの声。
(強力だったら全力で落とすに決まってるだろう!)
ユリアンはかろうじて叫びを抑えた。
外では、ルイ・マシュンゴとワイルド・ビル・ウィリアムがすさまじい戦闘力で、管理室を襲おうとする怪物を次々に撃退していた。さらに、ついでにやってきていたヴァンバスカークはじめヴァリリア人部隊が加わる。
戦線では、巨大にして無敵のドーントレス号が、すさまじい速度と戦力で紋章機を援護し、敵と戦い続けていた。
戦闘が始まって、二日。カーテローゼ・フォン・クロイツェルも休息のため一時帰還し、ユリアンの腕に倒れこむ。その映像は、戦っている人たちに強烈な印象を与えた。
貿易用になっていたゼントラーディ船も、対海賊用のわずかな武器で必死で戦っている。
エルフリーデをはじめとする港の貧しい人たちも、料理や洗濯、修理などできる手伝いをしていた。
敵はますます増えているが、ついに巨大工廠は命令に従い、数万隻の小型艦を生み出した。人が乗ることもできない、アンシブルでの遠隔操作ができるだけ。
エル・ファシル自治政府が受け取ったほうの自己増殖工廠には、戦闘艦の作成には制限がついていた。が、クレータら技師たちが頭を絞り、
『恒星に近い、強い電磁波にさらされる環境用で、高密度ガスや大重力下の影響があっても動ける探査船=高機動・重装甲
周辺の環境・地形を観測できる=高い索敵・センサー機能
電磁場・ガスなどがあっても母艦と通信できる=通信能力が高い
地形を探査し、岩や氷を蒸発させて組成を調べる、高出力アクティブレーザーレンジファインダー=レーザー機銃(+カメラ)
採鉱用遠隔操作発破+採鉱した鉱石を打ち出す電磁カタパルト=反応弾ミサイル』
と設定することで現実には駆逐艦並みの戦力がある。
人工知能を積む暇はなく、ゆえに指揮官の能力に、すべてがゆだねられる。
なし崩しで全部を指揮することになったユリアン・ミンツが陣形を組み、じっくりと戦い始める。
負けないことを重視し、敵の弱いところに戦力を集中する。遊兵を作らない。
師父ヤン・ウェンリーや、亡きビュコックの指揮を思わせるものだった。
ムライと、ワイルド・ビル・ウィリアムも的確に補佐した。
また、巨大工廠に時々出現する怪物たちから、人々を守るためにルイ・マシュンゴとヴァリリア隊が戦い続けている。
紋章機をあえて呼び戻し、敵艦隊が突入するすきまを作らせる。崩れたと見せて追う敵を崩し、別方面から一隊を呼んで集中砲火を加える。それと同時に、敵のわずかにくびれた部分にドーントレス号を突入させて分断する。
無人にした、実は使い物にならない大型戦艦に大量の爆発物を積んで餌とする。敵を引きよせ、餌をドーントレス号の牽引ビームで引っ張って加速し、敵の真ん中で自爆させる。それでできた敵陣の乱れに紋章機を先頭に全艦を突撃させる。
粘り強く、的確な防御指揮は、ついに報われた。
三条の、らせん状の青い光弾。ヤマト、シャルバート艦、古代守艦。
そして遠くからデスラー砲を撃ち続ける、三百のバーゲンホルム・デスラー砲艦。斉射ではなく、艦隊の一隻が放って後退、即座に次が発砲。超巨大な機関銃だ。ミュラーが艦隊中の試作高速艦隊を集めた分遣艦隊。
そしてエル・ファシル独立政府艦隊。
「カーテローゼ・フォン・クロイツェルと、紋章機は失ってはならない!」
「自己増殖自動工廠を、何かは知らないが敵に渡すなどとんでもない」
すさまじい戦力に、謎の敵は壊滅する。
そして、救出されたユリアンたちは、恐ろしい事実を聞くことになる。
〈混沌〉に侵され、半ば怪物化した戦没艦を中心とした艦隊が、地球教の旗を掲げてハイネセンで蜂起。
さらに、同盟側の、人類にとっては未知の空域から、奇妙な艦隊……とてつもない数の、20メートル級の戦闘機からなる敵が攻撃を仕掛けてきているという。
「ラインハルト陛下も、すぐに御親征にいらっしゃいます。よくこの重要施設を、僚友を守ってくださった」
ミュラーは興奮気味に、若き英雄ユリアン・ミンツの手を握った。
「いえ、私は指揮をしただけです。戦ったのは、このカーテローゼ・フォン・クロイツェルやゼントラーディ船員を含む多くの人々です」
「ヤン・ウェンリーの後継者!」
「ユリアン・ミンツ!」
熱狂的な叫びが響く。
そこに進み出てきた、グレーの制服に着替えたワイルド・ビル・ウィリアム……キムボール・キニスンが、ユリアンの腕をつかみ、用意していた台の上の、奇妙な装置にユリアンの腕を入れた。
そのままに、と目でいい、手にしていた小さい箱を開き、絶縁ピンセットを取り出すと、輝くレンズを取り出してユリアンの腕に触れさせた。
輝きがレンズに走るのを見て、装置に落とす。
目もくらむような輝き、複雑な装置の働きの後、装置から抜き出したユリアンの腕には頑丈な金属の腕輪、そしてレンズがまばゆく輝いていた。
「ユリアン・ミンツ。きみは多元宇宙に広がったパトロール隊訓練課程でも、卓越した能力を見せた。そして見事な指揮能力も、富と権力におぼれず、謙虚に人間を学ぶ強さも見せてくれた。
君にはいかなる道徳的な弱さもない。このレンズとグレー・レンズマンとしてのすべての名誉にかけて、その名を汚したことのないレンズの着用者と宣言できる。
レンズマンについて、細かくは後に話すことになる……私がホーヘンドルフ校長に言われたことを。
今は、新しいレンズマンの登場を、ともに祝おう!」
叫びがさらに広がる。
ユリアンはアリシア人の面接を受けてはいないが、第二段階レンズマンであるキムも、最終判定ができる。
「まず、カーテローゼ・フォン・クロイツェル、そしてエルフリーデ親子を、全速で〔UPW〕へ。途中の航路でも敵襲があるだろう。
そしてユリアン。君も、星海に羽ばたくといい」
新しい戦い、新たな英雄。
そしてフェザーンでは、「その為人(ひととなり)、戦いを嗜(たしな)む」美しき皇帝が、新技術で改良された美姫(ブリュンヒルト)に乗り、帝国を守る戦いに踏み出しつつある。
また別時空に派遣された軍も、激しい戦いに身を投げようとしていた。
銀河英雄伝説
超時空要塞マクロス
ギャラクシーエンジェル2
ヴォルコシガン・サガ
レンズマン