第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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銀河戦国群雄伝ライ/時空の結合より2年半

 

 独眼竜正宗、行方不明……その知らせは、五丈・南天を駆け巡った。

 それは智に残された臣民にとっては絶望であり、羅候にとっては福音だった。そして軍師たちにとっては、疑心暗鬼の始まりだった。

 

 雷の受け取り方は奇妙だった。

 彼はいつも、何万光年離れていても正宗の動静を本能的に嗅ぎ当てるのだが、むしろ嬉しそうに知らせを受けた。

「正宗に、一体何が起きたんだ」

 と、師真のほうが雷に聞いたぐらいである。情報を集め分析し報告するのは彼の職分なのだから、話は逆だ。

 

 智の宮廷があった、夷の星々には、ごくわずかな艦隊が残っている。

 だが、そこにある並行時空へのゲートを目当てに威力偵察すると、撃退される。その領域に近づくことも許さないが、置かれている兵力は非常に少ない。

 

 練はその件にはそれほど関心を見せていない。別時空の征服に精力を傾け、雷の五丈に向けた侵攻準備を続けている。

 五丈の主な課題は、新興の自国を安定させること、練の侵攻を迎撃することだ。

 産業を奨励し、商業を保護する。法治を守り、裁判を公正にし、汚職を断つ。民を保護し、戦乱に故郷を追われた者は新田を作らせ入植させる。

 そしてその余力で、新しい艦をつくり、兵を育てる。技術者、官僚、裁判官、士官を教育する。

 特に古戦場からスクラップを得て、それを鋳なおす工場が多く建っている。

 地味な統治だ。

 

 もう一つ、特に師真ら大覚屋一族が強い関心を持っているのは、最近つながるようになった並行時空の技術、交易である。

「おれたち五丈がつながるのは〔UPW〕だけだ。あちらから攻撃してこないのはありがたいが、軍事技術は売ってくれない」

「それでも、民生品だけでも交易できるだけ、ましというものです」

 そう愚痴を言いつつ、輸入した娯楽品のたぐいから相手の技術を学び、なんとかそれを軍事に応用できないか、多数の若者を集めて頭を絞らせている。

 どんな技術も、軍事的に応用はできる。特に通信技術の宇宙戦・陸戦双方への応用は高い優先順位を持たされた。

 

 練では、牛魔王の大勝利が祝われていた……だが、姜子昌は浮かぬ顔だった。

 牛魔王の軍は、姜子昌の厳命にもかかわらず、一人の捕虜も連れて帰ってこなかったのだ。〈ファウンデーション〉の時空からも、戦ったパルパティーン帝国からも。

 また、技術の参考になる道具・艦船・兵器も何一つない。

 ことごとく殺し、焼き尽くしてしまったのだ。

「命令を聞いていなかったのか」

「いくさですぞ、勝利の勢いに乗っているとき、そんな細かいことは考えられません。兄弟にまさる戦友を殺された兵が、多少はめを外すのは仕方ありませぬ」

「そうだ、いくさなんだ。勝てばいいんだよ!勝ったんだ、何の文句もあるものか!」

 王の羅候もそちらに同調している。

(五丈は、師真が観戦武官を派遣し、戦闘に参加させず情報収集に専念させる制をとっているようだ。戦友を見捨てる仕事だから士気を下げる、と採用できなかったが、利も大きい。敵を知り味方を知ればは兵法の基礎だ。

 こちらが諸将の軍に入れている密偵を使うか)

 諸将を信じ切らず、密偵を入れるのはむしろたしなみというべきである。

(いや、密偵にとっては同調こそ生き延びる唯一の道。戦友に逆らって捕虜を助けるなど、正体がばれて殺されるだけだ。無理だ)

(このことによる技術の遅れが、練にとって致命傷にならねば良いのだが……)

 姜子昌の悩みは戦勝にもかかわらず尽きない。

「よおし、そっちの時空は二個艦隊いれば征服できる。北伐も進めるぞ!帝虎級をもっと増産するんだ!」

 羅候の情熱と楽天主義が、血に飢えた将兵を鼓舞する。

 

 その練にも内憂はある。正宗が抜け出し、夷に身をひそめたときに、智やその周辺の旧国を制圧していたのだが、そこはどうしても不安定だ。

 正宗が姿を消してから、逆に智の旧臣の一部が過激化し、暴動が起きることもあるのだ。

 反乱には無差別殺戮で制圧しているが、それはそれなりの戦力を食う。

 その艦隊の隙をつき、智の旗を掲げた艦隊が智の旧領を襲い、智に忠実な民だけを大量に拉致して去る事件が多発した。

「飛竜の艦隊だな?」

 姜子昌は首をひねっていた。

「むしろ身分の高いものは無視することが多い……健康で、紅玉に特に忠実な民だけを積めるだけ積んでいく、か」

「むしろありがたいほどですな。その、人がいなくなった土地は領主が売り物にできる」

 報告者は笑っていたが、姜子昌は飛竜をよく知っている。

 若いころ、共に学んだ仲でもある。

(あいつは無意味なことはしない)

(正宗が拠点とした星にも、夷への門がある。全艦隊をそちらに向けて、そのまま消えた……当時はその行動を厳重に秘匿していたが)

(そして、たった二十隻の艦隊に、五十隻さしむけたというのに、二隻撃沈しただけ。本隊を捕捉できていない)

(正宗は、飛竜は何を考えて、今どうしているのだ?正宗は、生きているのか?あの星は病とも解釈できたが)

(それは、練が五丈を攻めたり別時空を攻めたりしたとき、何か重大な事態につながらないか?)

 

 練に多くの密偵を入れている師真も、そのいくさには注目していた。

 雷と師真が報告を見て、頭をひねっている。

「なんか、勝ち負けより、思い通りにすることを目的にしてる気がするんだ。飛竜らしくないな」

「智の側に、一人も死者がいない、ということでいいよな?」

「白兵戦からは徹底的に逃げ回ってるな」

「やられるのが前提の無人艦以外はやられていない。

 最悪を考えれば、智の艦は今は無敵だ。それでわかりやすく勝利するより、無敵であることがばれないように、練艦隊から逃げることを選んだんだ」

 雷の分析に、師真はうめいた。

(報告を総合すれば、そうとしか読めんな……く、どっちが軍師だよおい)

 

 夜、天文を見ていた師真。そのかたわらに、メガネのさえない青年がやってきて、いくつかの星を指さした。

「師真さま」

「ああ林則嘉か。この星の変化は間違いない。病んでいた星が、また明るく輝いている」

「これは、一つの解釈しかありません」

「言ってみろ」

「正宗公は死病に冒されていた、それが治ったのです」

「ああ」

「智のそばにあるゲートから行ける、バラヤー帝国の技術でしょうか」

「遠交近攻の原則を崩す……何か、それでも得になる何かがあるということだ。智は医療技術と、何か戦争の切り札になる技術を手に入れて、今度の戦いで飛竜が隠したのかもしれない」

「バラヤー帝国側にはどんなメリットがあるでしょう?遠交近攻の原則は簡単には崩れない……いや、確かあの時空は、超光速航行にワームホールを用いる……超光速航行技術と、医療などを交換した?」

「やばいことになったな」

「竜王陛下に報告しましょう。情報収集も」

「反間の策も練らなければな。幸い、バラヤーは権力闘争が常に激しい」

 

 だが、情報収集・調略は困難をきわめた。バラヤー帝国の優秀な機密保安庁は、五丈がさしむけた密偵をきっちりとはばんだ。

 それだけでなく、夷の、智が管理していたゲートに近づこうとすると、平和目的と言っても飛竜の艦隊が通さない。無理に戦おうとすると、うまく練艦隊と戦わされそうになってしまい、引き上げるしかなくなる。

 智との外交関係も、事実上断たれている。のらりくらりとかわされ、智の政府があるのかないのか、誰もはっきり言えない状態になっているのだ。

 練に残されている智の旧臣たちも、わけがわからないといきまくばかりだ。

 だが、商人の星南京楼を通じて、ほんの影程度の情報は入る。

 智の旧臣が、口を極めて正宗をののしっていると、うわさが入ったのだ……正宗が天下取りを諦め、別時空の者と協力して開拓をしている、と。

「つい最近のことだろう。正宗は酒と快楽に溺れると見せ、諫言した忠臣すら自殺させ、その油断につけこんで練皇后を人質にし、奸臣を斬って智王を捕え離脱した」

 師真の言葉に、皆がうなずく。

 だが、雷はにやにやと笑い、足元を固めていた。

 

 そんなとき、智からバラヤー帝国に向かう時空間ゲートから、突然一隻の船が出現した。

 練と五丈がにらみ合う中、その船は通信を始めた。

「本艦はデンダリィ自由傭兵隊所属、アリエール号。艦長、エリ・クイン」

「敵か、殺せえっ!」

 練の艦隊が問答無用で襲いかかる。だが、アリエール号はすさまじい速度で、争いもせずに切り抜け、広い五丈領土に突進し星の間に消えた。

「ほう」

 情報を聞いた雷は素早く、意外な星に軍を率いて動いた。

「こんなところへ?」

「それほど速いなら、激しい重力変動で人がいないこの南函星を選ぶだろ。金洲海クロノゲートへの最短距離だ」

 そして、アリエール号は、重力嵐や空間に浮いて飛び交う惑星規模の球形巨木の森の陰を縫おうとして、突然飛び出してきた艦隊に囲まれることになる。

「戦って実力を見せるか、それともここで話すか、どちらかを選ぶんだな。とんでもない速度があることはわかっている。次に何を見せてもらうかな」

 雷の交信に、エリ・クインは舌打ちをした。雷のすさまじい迫力は、歴戦で鍛えられた彼女たちも圧倒せずにはおかなかった。

(さすがね、紅玉公に聞いた以上。紅玉公にもグレゴール皇帝にも全面的に任されてるけど、とんでもないものを預けられてるわ)

「ああ、話してもいい。バラヤーのグレゴール皇帝から、親書を預かっています」

「正宗は、紅玉公はどこで、どうしている?生きているのはわかってる」

 揺るがずに聞いてくる。

「元気よ。バラヤーに」

「嘘ではないが事実すべてではない、もやめろ。智の民は?」

 刀の鯉口を切った雷の殺気に、エリは唇をかみしめた。

(検証できることばかり……隙がないわね)

「バラヤーからつながる、別時空で開拓をしているわ」

「そこで、そのとんでもない技術を手に入れたんだな?バラヤーは超光速技術。確かバラヤーたちは、ワームホールに限定された超光速航法しかなかったはずだ。智は医学や兵器か?」

「そうよ」

「この星を通るってことは、目的地はクロノゲートだな。〔UPW〕に行ってどうする?」

「言わなきゃだめ?」

 雷の笑みが凄味を増す。

「はいはい。マイルズ・ヴォルコシガン卿に会うことです。そして彼に、この船の技術と、紅玉公の伝言を伝え……彼が判断して、〔UPW〕に渡す、と」

「ほう。それを俺にもよこせ、と言ったら?」

「抵抗する」

(全滅させる、だけど)

 もう、数機の万能機が出撃準備を済ませ、主砲が艦隊を狙っている。

「おれたちに勝てる戦力がある、ということか」

 雷の凄味のある笑顔に、強大な戦力があるにもかかわらず、エリたちは圧倒されていた。

(話せば話すほど、情報を取られる……それ以前に、すべてを見抜かれているような、それでいて包まれているような。天下人、ね。

 度量はグレゴール帝、実戦で磨かれた殺気は紅玉公を思わせる。両方に会っていなければ思考を奪われ支配されていたかもしれない。

 すさまじい)

 エリは呼吸すら圧迫されていた。

「さて、ならクロノゲートまで送っていう。こちらでくつろがないか?」

「……そうね。もし何かあれば、わたしを無視し五丈艦隊を撃破してクロノゲートに向かいなさい」

 そう部下に命じて、エリと、智の重臣の一人が金剛に降りる。

「久しぶりだな」

 雷は、気軽に智の臣に声をかける。

 

 球形巨木の、太さ20キロメートルはある大枝に彫られた宮殿で、ささやかな宴が催された。

 どこを見まわしても、とてつもない大きさの一本丸木の美しい木目。華やかな彫刻こそ施されているが、色は一切なく素の木目を活かしており、見事な美意識だ。

 東洋風の奇妙な食事が、驚くほどおいしい。

「さて、紅玉公はあれからどうしたのか、話してくれるか?」

「話さなくても調べる、と?」

「ああ。確かに智からバラヤーへの門は閉ざされているが、別の時空から情報を集めることだってできる。最優先だとわかったからな」

(『竜我雷は恐ろしいが信頼できる男だ』と紅玉公が言っていた)

 マイルズが引退し、エリ・クインが引き継いだデンダリィ隊は、智のバラヤー侵攻・同盟以来、コーデリア・ヴォルコシガンの直属に近い立場で活動してきた。

 紅玉・早瀬未沙とも何度も接し、三人の能力を何度も痛感し、深く信頼している。

 その紅玉の言葉以上の、雷たち五丈首脳陣の迫力に、エリたちは圧倒されていた。

 悪く言えば、美女に対して欲望むき出しの、粗野な雑兵たちの匂いがぷんぷんしている。だが、粗にして野だが卑にあらず、といえる男たちばかりだ。

(智の貴族の大半のような、甘やかされた愚か者はほとんどいない、みんな明日から傭兵になってもやっていける)

 エリは、ふっと息をついて覚悟を決めた。

(率直に話せば信頼される人。この人の信頼を得ることができれば、巨大な資産になる)

 強めの酒をぐいっと干す。そうなると、人工ではあるが美貌が印象を変える。

「智はゲートを超えて、バラヤー帝国を攻撃しようとした。そして和平を結び、紅玉公本人は故郷では受けられない治療を受けた。また智の超光速技術を用いて、共同で別の、無人の時空を開拓することにした。

 そこでも技術を手に入れた。

 バラヤーの隣国とも協調し、無人と思われていた時空や無人の星を開拓し、軍事力を強めているわ」

 雷は莞爾と笑ってうなずき、客に酒を勧めた。

「なんか、裏切られたようだぜ」

 項武が面白くなさそうに言った。

「まあなあ。これまで正宗を目標に血ぃ吐くような訓練してきた……陛下だって、目標正宗で頑張ってきた。それがこうしてかわされるってのは、面白くないんじゃないですか?」

 古くからの武将らしく、孟閣が雷の心をおもんばかる。彼自身の気持ちも大きい……雷と出会う前から、正宗との戦いで多くの部下を失い、自分も傷ついているのだ。

 雷と師真は軽く目を合わせ、うなずき合った。

「いや、正宗はやはりすごい」

 雷の笑顔に、かげりはなかった。

「あいつの立場で考えてみろ。ずっと天下統一だけに突っ走ってたのが、ぱっと目標を切り替える。反対だって多いだろう。

 俺だって、一兵卒だったのが師団長になって、いろいろと変わっちまった。それに合わせきれず、とりかえしがつかないこともやらかしてる」

 その時に部下となり、厳しく叱咤した孟閣が苦笑した。

「あんたも、一兵士から傭兵隊長になるまで、そんな苦労をしなかったか?」

 ぽん、と雷がエリに酒を向ける。

「した」

 彼女も苦労の記憶は多い。ここにいるのは、それを共有できる人だと伝わる。

 師真が酔い、エリを体で口説きながら諸将に鋭い目を向ける。

「もともと、正宗は智の紅玉姫だ。舞扇より重いものを持ったことのないお嬢さまが、親父が死んで弟が幼いからって、戦場に飛び出した……状況に合わせて自分を変えたんだ。

 自分、というのは服とかだけじゃなく、何を目標にするか、何が善で何が悪かまで変えちまうってことさ。項武、お前も海賊から軍人に変わったろ?」

「思い出したくもねえな、正直言って。まあ、訓練といくさは変わってねえからまだいいけどよ」

 海賊出身の猛将、項武が大杯をあおる。

 師真が目を光らせ、奇妙な情熱をこめて言い始める。

「正宗はふたたび、変わった。自分を書き換えたんだ。並大抵の精神力じゃないぜ。

 それに雷、お前がそのまま……そうだな、正宗と羅候を倒して天下を取ったとして、その時には兵卒から師団長より大きな変化が待ってるんだ。平和な時代の天下人という」

「それは、その時に考えるつもりだった」

「それに失敗してすぐ滅んじまった王朝だって多い。まあ俺は、お前にその強さがあると思ったから、お前を選んだんだがね」

「ありがたいな。そして、俺たちは今どうする?」

 雷の問いに、師真は酔って美女をひっかけようとする態度の陰に、鋭すぎる知性を閃かせた。

「まず、足元を固める。そして正宗にならい、正宗に対抗するためにも、なんとか並行時空の技術を何でもいいから手に入れ、こちらの軍制も変えていく。

 そのためにはたくさんの学者と技術者がいる。そのためには、できるだけ多く、できれば民全員が読み書きそろばんできるようにする。大変だぞ」

「ああ、大変だからこそやりがいがある。ついてこない奴は置いてくぞ、正宗に負けるわけにはいかないからな」

 雷の瞳に冷たい光が走り、背には炎風が盛るかに見えた。親友でもある豪傑たちは打たれひれ伏した。

 

 その宴席に、同盟国となっていた西羌から突然急使が来た。五丈に半ば人質として仕えている秦公旦が、いつも通り手紙を自分では読まず雷に渡した。

「竜王陛下!兄上より急使です」

「西羌に、おそらく練と同じ宇宙の門が生じた。そこを探索する艦隊を送ったが帰らず、恐ろしい敵が襲ってきた、と秦宮括からだ」

「陛下」

 兄である秦宮括や母親、他多くの親族・知人を案じる若者を、雷は暖かい目で見た。

「それより、どんな敵だ?必ず助ける、そのためにも情報が何より必要だ」

 雷が急使に激しく問う。師真が身を乗り出し、筆紙を構える。

「とにかく、われらの軍船の何十倍もある、とてつもなく巨大な戦艦です。射程がやたらと遠く、巨大な弾を次々とはなってきます……恐ろしいことに、それらはすべて敵が乗っているのです。大きい戦闘機で体当たりするように」

 百官が戦慄した。

「連絡は?」

 師真の表情が変わっている。

「あらゆる波長で求めましたとも。ですが何一つ返信しないのです」

 

 次々と続報が入る。いくつも星が落とされる寸前だという。

 雷は焦る秦公旦を抑え、必死で情報を収集しつつ戦争の準備を進めている。

「分析でわかったことがいくつかある。あっちの船は、絶対的な距離とは関係がない、別の基準で行けるところと行けないところがある」

 師真が、秦公旦と雷を中心にした諸将に情報を伝えた。

「バラヤー帝国の話とも似ている。機関出力だけで光速を超えられない船が、重力を使って飛ぶ場合に、同じ距離の隣星でも行ける星と行けない星があるらしい」

「不便なもんだな」

「だが、戦力は圧倒的だ。一切話ができない、という点を強調すれば、練は無理にしてもバラヤーや〔UPW〕から援軍をもらえるかもしれない」

「兄上から、最新情報が入っています……捕虜を取らず、取らせないようにするのが敵の方針のようなのですが、たまたま事故を起こした船をとらえたら、これが」

 と秦公旦が見せた絵に、全員びっくりした。

 小さい子供のサイズだが、頭も体も丸っこく毛深い。要するにクマのぬいぐるみ。

 それが死体になっている。微妙にグロい。

「捕まった、と思った時点で、道具が何もなくても自殺するそうです」

「奇妙な奴らだな」

「死を惜しむこともない、目の前の動くものがなくなるまで戦い続けるそうです」

「理想の兵士だ」

「だが、自分の頭で考える人間のほうが強い局面もあるぞ」

 雷がニコッと笑った。

「一番いいのは、同じ戦争バカの練とぶつかり合わせる……そして〔UPW〕やバラヤーからも援軍を集める。西羌は大切な同盟国だ、決して見捨てはしない」

 雷の言葉に、秦公旦が嬉しそうに笑った。

「あと、なんとしても技術をせしめることだ。そうしなければ練や、他の並行時空の敵には勝てないぞ」

 師真が強調する。

「いいな、敵の武器・船・死体でも捕虜。その入手は、短期的には勝利に勝る最優先事項だ。練みたいなバカはやるなよ、あれ聞いたとき姜子昌に、とおっても同情したぜ」

 大笑いが広がる。

「ムリに戦うよりは時間を稼ぎ、退却して民を逃がす。そして敵の武器を手に入れ、できれば練とぶつからせる」

 雷の言葉に、諸将がうなずき仕事に散った。

 残ったエリ・クインに雷が圧迫感のある微笑を向ける。

「エリ、通行料は傭兵代でいいな」

 彼女は苦笑し、ため息をついた。

「それしかなさそうね。この調子だと、金洲海のクロノゲートもふさがれそう……次は〔UPW〕も危ない」

 

 雷の艦隊は、西羌の戦闘記録を参照しつつ戦法を考えていた。

「今までのこちらの戦法ではまったく通用しない。新しい戦法を試し、敵の兵器を手に入れるんだ。

 地形そのものを武器としてあたるぞ」

 師真がにんまりと笑った。彼は、地形そのものを用いた大規模大量殺戮と、人間の心理を巧妙に操る作戦を得意とする。

「十分に距離を取れ。敵に撃たせず、追わせろ」

 突撃に慣れた艦長たちには欲求不満がたまる、厳重に管理された艦隊機動。

 日頃の訓練の成果がもろに出る。

「速い!敵はこちらと、相対速度0.2光速近くを出しています」

 五丈のある銀河では、接敵時にはあえて相対速度を低速にする。衝角戦が伝統になっているからだ。0.2光速でぶつかったりしたら両方閃光になってしまう。

「なら超光速航法でかわせばいい。正面からぶつかるなよ」

 師真の羽扇が丁寧に艦隊を動かし、敵の突撃をいなす。

 そして追い詰めてくる、とてつもなく巨大な戦艦が旗艦をとらえようとした瞬間。

 その三重星に安定軌道はない。巨大水惑星と小規模な白色矮星が不安定な軌道でからみあい、定期的に莫大な量の洪水が起きている。

 その洪水を一時せき止め、敵の超巨大艦に叩きつける。

 超巨大艦の圧倒的な出力は一時水にあらがったが、抗しきれず押しつぶされ、次々と白色矮星に引きずりこまれ粉砕されていく。

 中には損害が軽い敵艦もあり、それには五丈の艦隊が襲いかかった。

 生きていた砲はある。だが、もともと五丈の装甲艦はビームには強いので損害は最低限、水圧で速度も出せない巨艦に衝角を次々と叩きこみ、息を止めた将兵が刀槍を手に乗り移る。

 白兵戦。

「うあ」

「え」

「敵の銃、恐ろしく連射が早い!」

「こちらの銃器の比じゃない」

「ひるむなっ!どうせ一度しか死なないんだ!」

「敵陣の中だけが安全だぞ!」

 高連射速度の弾幕にもひるまず、敵陣に飛びこんでは切りまくる!西羌から得ていた情報で、事前に厚い鉄盾を持たせてあったのも功を奏した。

 天井の低さで頭をぶつけながら、鉄と血の、どこでも変わらない戦いが始まる。天井が低ければ長槍や戦斧は無用……鎧通しで殴り、鉄鎧の肘や膝をぶつけ、鉄兜で頭突きをかます、血で血を洗う肉弾戦。

 牛馬羊が群れて虎狼の牙に立ち向かうような密集集団戦をとる「生きたぬいぐるみ」に、同じく訓練と実戦で鍛え抜かれた精兵が突撃し、鉄と血の饗宴が終わることなく続く……

 

 エリ・クインは、金洲海に近い星を襲う巨大戦艦の迎撃を志願した。五丈の孟閣艦隊もついてきている。

「どうせ五丈の軍監に見られるのなら、思いっきり戦力差を見せつけて威嚇するほうが得ね」

 敵艦の数も多く、遠距離から光速の30%近くまで加速した、駆逐艦サイズのミサイルを叩きつけてくる。

 アリエール号は、光速の99.9%に達する巡航速度と高機動性……卓越した慣性補正装置あってのこと……でわずかな隙間をかいくぐりつつ、四機の小型戦闘機を発進させた。

 見かけはA-4スカイホークに似、ひと回り小さい全長9メートルの、大気圏用小型機。だが中身は……

 自力短距離フォールドで瞬時に敵艦の至近距離に出現した戦闘機が、すさまじい光砲を放つ。戦闘機としても小型なのに、出力は巨大砲艦SDF-1マクロスの主砲にも匹敵し、しかもエネルギーは一点に集中している。

 強力なシールドと装甲がやすやすと貫通され、次々とパワー・コア部が破壊される。

 ついてきた、五丈の艦隊は呆然とするほかなかった。

「あの正宗が、こんな戦力を持っているだと……」

「なぜ、こちらに攻め込んで五丈も練も片づけないんだ?」

 さらに戦闘機はガウォークと化して敵艦表面近くを高速で駆け巡りつつ、兵器を潰してまわる。ちなみにライトニングやバルキリーに比べ、腕が極端に細長く、バトロイド形態がない。人間の形をまねることを放棄し、機能を優先したデザインだ。

「あとは任せるわ」

 エリは次々と敵艦を無力化し、あとは五丈に花を持たせた。

 ちなみに、敵艦の一つに特殊なミサイルを撃ちこみ、瞬時に……キノコの菌糸が巨木にはびこるように大型艦のすべてを読み取り、データ化してアリエール号の、ダイアスパー由来の超絶なコンピュータが分析を済ませた。

 

「片づけたわ」

「ありがたい、それで侵攻線を断ち切れた。こちらもなんとか勝ったよ。逆に門を通り越して攻めてやる!」

 自ら前線に立ち、敵の血で紫に染まった雷の咆哮に、戦いの興奮に酔ったエリ・クインたちも同調を抑えきれない。

 重傷を負った秦公旦が痛みも感じず笑っている。

「よくやったよ!」

 秦公旦の手を高く揚げた項武は、まだ興奮が収まらないようだ。

「〔UPW〕からの連絡は?」

「状況は伝えたよ。アリエール号を受け入れてくれるってさ」

 師真が微笑している。

「なら援軍が来るかもな。それもまた、新しい技術を学ぶ機会になる」

 雷が微笑し、奇妙に表情を陰らせた。

 エリが、封をした手紙を差し出す。

「この手紙を、智のゲートを守っている飛竜に送って。デンダリィ隊にも、コーデリア総督の許可があれば援軍に来るよう、書き添えておいたわ」

「わかった。報酬は弾む」

 雷の表情は、戦友に対するあけっぴろげな信頼。エリも微笑し、一瞬目を閉じて覚悟を決めた。

「これを」

 厚い紙束と、タブレットを差し出す。

 敵……ベア=カウ族の技術情報。

 マイクロブラックホールを用いる燃料電池駆動システム。

 ……星系内で、短時間で光速の半分以上に加速できる。超光速航法も可能……雷がすでに持っている技術より不便だが。

 また、パワー・コアをオーバーロードさせれば、反物質並みに強力な爆弾にもなる。

 その高加速に耐える慣性補正装置。

 0.2光速で微小デブリを排除でき、むろんビームや爆発物に対しても強力な防御になるシールドシステム。

 そして巨大要塞にしか搭載できないが、巨大運動エネルギー兵器を偏向させる防御システム。

 強力な重粒子ビーム、重量弾頭も光速近くに加速する電磁加速レールガン。

 高連射速度・高初速・多弾数の携帯火器。

 高度なコンピュータ。

 超巨大戦艦が長期間自給自足できるシステム……下水を処理して食料を生産する農場や、小惑星を材料に艦の部品や消耗品、燃料電池を作る自動工場。

 雷たちも敵艦を一つ拿捕しているが、それをリバースエンジニアリングするには相当な時間がかかってしまうだろう。

 だが、ダイアスパー由来の超コンピュータの手にかかれば、その技術すべてを、五丈の技術者が理解できる教科書にするのは難しくなかった。

「……ありがたい、何よりのものだ。今建造中の艦の工事を止めろ!俺たちの技術と合わせて、もっと強力な艦隊を作るんだ。

 あの獣どもも、練も、そいつで倒してやる。天下は俺のものだ。誰にも渡さねえ」

 雷の気迫に、エリは圧倒された。

(怪物を解き放ったのかもしれないわね。とてつもなく巨大な龍……ここで、今、殺しておいたほうが、故郷の時空にとって……)

「やるか?」

 雷はその殺気を正確に受け止め、嗤った。

「いいえ。幸い、このデンダリィ隊は自由傭兵。誰の臣下でもないわ」

「そうじゃなかったら殺ってる、か」

「……」

 言葉が出ない。

(あの紅玉公が惚れた男、か)

「一度、会ってほしい人がいるわ。ちびだけど、とんでもない精力と運の持ち主」

「ちび?バラヤーの、ヴォルコシガン家の、どっちだ?」

(そこまで調べてたの!情報も重視しているのね)

 エリは突然、笑いが止まらなくなった。

「両方、ね」

「ぜひ、会いたいな」

(どういう意味?敵として戦い倒したい?それとも征服者としてひれ伏させたい?あのちびを、バラヤーを征服するのは簡単じゃないわよ……でも、わたしの故郷の時空には、こんな覇王なんていなかった……)

「伝えておくわ」

「ああ。じゃあな」

 圧倒的な覇王の気迫。すごみのある笑みを浮かべたまま、美しき傭兵提督の高速戦艦を見送った。




銀河戦国群雄伝ライ
ヴォルコシガン・サガ
彷徨える艦隊

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