第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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*今回は、「銀河英雄伝説 マクロス」で検索すれば今のところ出てくる動画をご覧の上、それをビジュアルとしてお楽しみください
*改めて注意:多元宇宙の扉が開いて以降は、全く別の歴史です。「後世の歴史家の分析」や「その短い生涯に」のたぐいは事実上全部キャンセルです
*ミレニアム・ファルコンの速度はネットで調べたら1.5光速とかで、一年で四十万光年往復するヤマトに比べ超鈍足ですが、実際に1.5光速では映画内での活動も無理ですので『スパロボ補正』とします


銀河英雄伝説/時空の結合より1年

 新帝国暦1年、12月4日。

 誕生したばかりの新帝国に、とてつもない戦乱が降りかかった。千万隻……ゼントラーディ基幹艦隊が襲来したのだ。

 

 

 戦い抜いた数百万将兵全員に、功績はある。だが、数人の超人的なちからがなければ、すべては無駄だったはずだ。

 ヤン・ウェンリー。ラインハルト・フォン・ローエングラム。アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト。エルネスト・メックリンガー。

 そして援軍の、マイルズ・ヴォルコシガンとハン・ソロ。

 あの、チャーチルの演説はかれらにもふさわしい。

 

 読者にとっては、もどかしい話だ。どうすればよかったのか、よくわかっているのだから。

 そして、後にこの戦いについて聞いた、メガロード01の人々ももどかしさに狂いそうになった……自分たちがもう二年早く、この時空に来ていれば、と。

 無理な話である。この戦いの時には、メガロード01は故郷の時空にいた。そして、その故郷の時空は、多元宇宙につながってはいなかった。

 どうしようもないのだ。

 

 そう、どうしようもない……

 微生物を培養する技術の成立から1928年にフレミングが気づくまでに、いくつのシャーレが青カビに汚染され、捨てられただろう。

 写真の発明から1895年にレントゲンが気づくまでに、どれだけの乾板が感光し、捨てられただろう。

 抗生物質やX線診断があれば助かった人が、何百万人死んだことだろう。

 どうしようもないのだ。

 

 読者はどれほどもどかしいだろう。

 ファーレンハイト艦隊が、あり得ない大勝利を治めた。

 通信兵が負傷し、臨時代理として通信席に座った新兵が、歌を敵に放送してしまった……それだけのこと。

 真相が突きとめられるまで、25日もかかった。その間に死んだ人は、軍民合わせて七百万人にも及ぶ……

 どうしようもないのだ。無理というものだ。

 新兵は軍曹に殴り倒されて配置転換された。その軍曹は、軍法会議にかけない優しさと保身感覚があった。さらにその艦の艦長は、その違反でもある温情を追認した。艦隊の皆、激戦でそれどころではなく忘れ去った。

 無理だ。人間には無理だ。軍隊の至上価値は、規律・伝統・前例墨守・思考停止・保身だ。技術なしで男が出産し、裸で空を飛ぶのと同じ、無理だ。

 25日で、その無理を成し遂げた人たちが偉大なのだ。

 何かあることに気づいたヤン。

 ヤンを信じたラインハルト。

 激戦の中情報を集め、保身なく提出したファーレンハイト。

 ミルフィーユ・桜葉の強運を使うことを思いつき、奔走したマイルズ。

 激戦の中、追跡を振り切って〔UPW〕まで情報を届けたハン・ソロ。

 軍の常識とは外れた現実を受け入れたメックリンガー。

 

 

 誰も考えていなかった。異星人はいない、それが常識だった。一銀河の五分の一程度しか探査されていないのに、おろかな傲慢というものであった。

 この襲来は多元宇宙の結合に関わることであり、それまでの常識からは外れたことだ。

 

 多元宇宙そのものが「発見」されたのはゼントラーディ来襲以前だった。クロノゲートが開き、〔UPW〕の使者が訪れたのは、帝国暦490年=宇宙暦799年6月22日にラインハルト・フォン・ローエングラムが自ら戴冠し、新帝国暦一年となった、その半年ほど前。

 クロノゲートが開いたのは帝国領の、フェザーンに近いエックハルト星系。

 また、ウルヴァシーの近くにも別のゲートが開いた。

 帝国・同盟とも戦乱のため対応は遅れたが、ラインハルトは戴冠直後に相互不可侵を中心とした返信を返した。〔UPW〕は『一つの時空内での政権には干渉しない』方針を守り、ローエングラム朝を承認。

 だが、新帝国において、〔UPW〕の優先順位は低かった。

 同盟は膝を屈してバーラトの和約を結んだが、ヤン・ウェンリーの逮捕と逃亡、レンネンカンプの自殺、エル・ファシルの独立宣言と、次々に非常のことが起きる。

 帝国内も、ラインハルトの暗殺未遂など、一日たりと寧日はない。

 さらに新帝国暦1年10月9日には、帝国首都オーディンからフェザーンへの遷都が始まった。

 その多忙の中、多元宇宙についての関心は自然に後回しとなっていた。

 ラインハルト皇帝自ら、今度こそ銀河を統一せんと「黄金獅子旗(ゴールデンルーヴェ)」の旗を掲げた、その時に恐るべき知らせが来た。

 知らせは混乱しきっていた。

 

 ファースト・コンタクトで、どちらが撃ったのかは後に大問題となった。

 イゼルローン回廊にほど近いアムリッツァ星域にフォールドした艦隊と、近くを警戒していた帝国艦隊が戦端を開いた。

 どちらの部隊も、上級者に接触を報告するより先に戦っており、間もなく全滅した。

 その後、メックリンガーやオーベルシュタインが再検討し、〔UPW〕も協力して探った結果、ボスコーン艦のシュプールが発見された。

「第三勢力の発砲」

 そのことを知った怒りは激しかったが、それは後のことである。当時はどちらも、敵と戦うこと以外は考えていなかった。

 

 惑星がひとつ、女子供の脱出も許されず殲滅された。メックリンガーの部下からメックリンガー、またメックリンガーからラインハルトへの連絡もそれぞれ困難だった……フェザーンへの大本営移動から遷都、そして親征という混乱の中だった。

 また旧帝国領自体が広大であり、複雑だ。

 だが、新帝国軍の情報面は軍務尚書オーベルシュタインを中心に高い水準で機能していた。実情をつかんだラインハルト皇帝は、敢然と立ち上がった。

 これほど美しき三位一体は、多元宇宙のどこを見ても見つかるまい。太陽を紡いで絹糸としたかのような豪奢な金髪に、完璧な白磁のかんばせ。純白の槍先、旗艦ブリュンヒルト。掲げられし黄金獅子旗。

 全軍、誇りと怒りに燃えている。

 

 

 ゼントラーディの側から見ても、それはとんでもない災厄だった。

 監察軍との戦いのさなか、大艦隊でのフォールドが突然失敗し、全く未知のマイクローン集団に突然攻撃された。

 自分たちが今いるのが、フォールド前にいた故郷銀河とは違うことに気がついた。敵艦の破片を分析して文化の痕跡を認め恐怖し、プロトカルチャーと思われるマイクローンの絶滅を決定した。

 まず、艦隊・惑星を殲滅しつつ進撃し、自動補給工廠が人の住めないホットネプチューンなどを材料に「兵站」を形成する。

 その無尽蔵の補給を受けたゼントラーディ部隊は、まず目についた巨大要塞に戦力を集中した。ワープとは違うフォールドでは、イゼルローン回廊は回廊ではない……帝国にとっては通れない場所を、彼らはゆうゆうと通った。

 

 

 イゼルローン要塞。直径60キロメートル、表面は耐ビーム鏡面仕上げ、超強靭な鋼やセラミックでがっちりと固められ、帝国・同盟戦艦の主砲も通用しない。

 強力な主砲、「雷神(トール)のハンマー」とあわせ、無敵を誇った。

 一万五千隻余の護衛艦隊をあわせ二百万人の軍人、さらに三百万人の後方支援民が定数とされる。内部の核融合炉と大規模な人工照明農場、循環システムにより、膨大な人数を半永久的に養うこともできる。五百万人より人口の少ない惑星もざらにあるのだ。

 

 ただ、無敵という割には、近頃はころころと主が変わる。

 ヤン・ウェンリーが奇策で内部から奪取し、その後自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)の降伏によって帝国が奪回し、現在はコルネリアス・ルッツ上級大将が守っている。

 

 そのイゼルローン要塞に、ゼントラーディ艦隊は殺到した。

「こいつらは、なんだ」

「帝国側から?」

「か、回廊の、通行不能宙域からの侵入です!」

「敵、推定……い、一千万隻!」

「メックリンガー上級大将より通信。『この新勢力は、人類を殲滅する気だ』と」

「敵艦、推計3000メートル級です」

「超巨大質量出現!……ありえない、失礼しました、この計器が正しいとすれば、全長600キロメートルあまり」

「こちらからの通信には、一切応答しません」

「閣下!いかがなさいますか」

 ヴェーラー中将の問いに対し、ルッツの決断は早かった。

「ガイエスブルク要塞を移動させた技術、あれで要塞ごと、同盟方面に移動する。ああならないよう、エンジンはしっかり防御しろ。

 防衛艦隊のうち六千隻を三交代で、要塞砲の死角を守る。

 残りと輸送艦には非戦闘員を全員収容せよ。詰めこめ。生命維持装置と食料も準備しろ。

 これから通信を書く。同盟方面に、暗号化せずに送れ。

『イゼルローン要塞および駐留艦隊司令官コリルネリアス・ルッツ上級大将より、わが主君ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝陛下へ。

 誰であれ、この通信を受信した者は、ラインハルト本営とヤン・ウェンリー氏、双方に再送信するように。

 当イゼルローン要塞は、既知の人類に属さぬ大敵に攻撃されております。

 小官は味方と合流すること、二百万非戦闘員、また回廊出口付近の、今や帝国臣民にほかならぬ非戦闘員の生命を優先すべき、と判断し、同盟方面に要塞ごと移動します。

 以下、こちらで収集できた限りの、敵の情報を添付します』

 データを添付し、送信せよ」

「か、閣下」

「全責任はおれがもつ。卿が軍法会議で証人になれるよう、死力を尽くそう」

 ルッツが指さすスクリーンの、めちゃくちゃな数の巨大艦を見つめ……通信官は反逆にほかならぬ文章を入力し、最大出力で送信した。

 問い返す目に、ルッツは静かに答えた。

「説明しておこう。

 選択肢は三つ。動かぬか、帝国方面か、同盟方面か。

 そしてラインハルト陛下の本隊は、すでに同盟方面に進発している。その慣性を無駄にする陛下ではあるまい。

 動かぬのは、敵が見かけ倒しでなければ自殺、またはわずかな名誉と時間稼ぎに四百万の生命を浪費することだ。敵の弱きを前提とするのは愚だ。

 メックリンガーと合流するのも必要かもしれぬ。特に帝国側にこそ、将兵の家族はいるのだ。だが、合わせて三万にしかならぬ。ラインハルト陛下の十五万本隊に合流し、十六万となるほうが、勝利の可能性は増すのだ。

 また、最前線で敵と戦うわれらが得る多くの情報こそ、ラインハルト陛下が何よりも必要とするもののはず。少しでも近くから発信する方がより早く多くの情報が届く」

 幕僚は表情を輝かせてうなずいた。

「また、ヤン・ウェンリーだが。ラインハルト陛下の、彼に対する好意は明らか。そして陛下が好意を持つほどの人ならば、人類と多くの非戦闘員の危急に駆けつけぬはずもない。

 それに必要なのは情報であり、その情報を彼が受け取れるよう、平文で送ったのだ。

 それが間違っていたというなら、戦後におれが責任を取る。決断し、責任を取るために指揮官の重職を拝命したのだ。

 そして、その戦後を作るために、恥も恐れず戦い抜かねばならぬ。まず、艦隊を出せ……敵を引き寄せ、トールハンマーだ」

 ルッツの言葉に、二百万将兵は覚悟を決め、戦いの喜びに瞳を輝かせた。

 

 

 同盟を再征服すべく遠征の途上にあった皇帝は報を受け、即座に立ち上がった。

「ルッツ・メックリンガーからの超光速通信(FTL)、またシュタインメッツの地方治安部隊もとてつもない数の、同盟も帝国もなく全人類を滅ぼさんとする巨人艦隊について報告している。

 予は人類すべてを統べる唯一の皇帝として、この殺戮者、人類の敵を叩き潰す。

 今、予は大艦隊を率いて戦いに向かっている。その方向を変えるだけでよい。

 全艦隊、全速でイゼルローン回廊の帝国側出口に向かえ」

 音楽的な声とともに、蒼氷色(アイス・ブルー)の瞳が激しくきらめく。

(この方は、戦いの中でこそ、敵が強ければ強いほど輝きを増す)

 それは誰もが思うことであった。

「ですが陛下、これまでの帝国領はいかがなさいますか」

 美しき首席秘書官、ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが発言したのは、出席者の思考を整理するためでもある。

「わが艦隊の将兵の故郷はあちらにあります。メックリンガー艦隊の一万余隻で支えきれるでしょうか」

 シュトライト首席副官がそうつけ加えた。

 ヒルダの目が強い光を帯びる。皇姉アンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃の名を出すことは誰にもできない、ラインハルトにとって重要すぎる存在だから。

「今から引き返せば、接敵が遅くなります」

 オスカー・フォン・ロイエンタール元帥の言葉に、ラインハルトは明確にうなずいた。

 主君が家族への私情で判断を誤るようであれば、ロイエンタールの叛骨に火がつくこともあろう。かすかな、ちりちりする思いのままに金銀妖瞳(ヘテロクロミア)は注意深く主を見計らっている。

「まず、われらが勝利するシナリオは何がある?このまま進み、数を恃む敵の指導者を討つか弱点を暴いて敵の大軍を無力とする、それ以外に活路はない。

 それが一日でも早いこと、それこそ旧帝国領の臣民を助ける路である。

 今からフェザーン回廊を通じて引き返しても、ただ時間を空費するのみ。兵站に便はあれど、その利はさしたるものにあらず。

 何よりもわれらは、前に出て勝つ軍である!」

 ラインハルトの明確な言葉に、ロイエンタールも、誰もが莞爾とうなずいた。

「応!」

「ジーク・カイザー!」

「プロージット!」

 絶叫が艦隊を包み、全艦隊は最大速度でワープを始めた。

 そしてラインハルトは、秘密裏にヤン・ウェンリーに連絡した。ただ一言だけ。

『信じている』

 

 独立を宣言したエル・ファシル星系に向かっていたヤン・ウェンリーは、ルッツの通信を傍受し、即座に決断した。

 通信だけでなく、事前にイゼルローン回廊に配置していた無人観測施設も、多くの情報をヤン不正規隊(イレギュラーズ)に伝えており、ルッツの通信と矛盾はなかった。

「もちろん、助けに行こう」

 ここにムライ中将がいれば、何か常識論を言っただろう。だが、その日のムライはハイネセンに向かっている。

「われわれは一応、民主主義のために立ち上がったとされている。なら、民間人の生命を守るのが民主国家の仕事だろう?」

「もともと伊達や酔狂で集まったんですからな、我々は」

 とダスティ・アッテンボローは言ったものだ。

 話が決まれば、もともと向かっていたイゼルローン要塞にひたすら急行するだけだった。

 

 先の戦いで帝国は、同盟領のガンダルヴァ星域にある不毛星ウルヴァシーを直轄領とした。

 そこに集積された艦隊を預かっているのはシュタインメッツ上級大将である。

 ちょうどそのウルヴァシーにも、並行時空とのゲートが開き、その交渉も任され多忙でもあった。

 もし多元宇宙というものがなければ、シュタインメッツは自身ハイネセンに赴くつもりもあった。だが、どちらにしても皇帝ラインハルトの親征によりその予定は変更され、合流していたことだろう。

 だが、ルッツからの通信とラインハルトの命令を受けたシュタインメッツは、フェザーンからイゼルローン回廊に至る長い補給網の結節点であるウルヴァシーの防衛にも心を砕きつつルッツ救援に急行することとなった。

 そして半ば公然の秘密として、ヤン一党との合流も命じられていた。

 

 ハイネセンの同盟政府は、事実上無視されていた。

 ラインハルトはただ一言、

「知らぬ」

 ですませてしまった。

「愚物どもに一艦も一秒も割く気にならぬ。目前には千万隻の敵があるのだ」

 であった。

 そして同盟政府は、何一つ決める力がなかった。

 ヤンの脱出・レンネンカンプの自殺に至る顛末を発表する力すらなかった。無造作に公表し自らの非を認めたラインハルト皇帝の前に、完膚なきまでに威信を砕かれた。

 再宣戦したラインハルトに抵抗すべく、老いたビュコック元帥が現役に復帰したが、それでどちらと戦うのだろうか。

「といっても、もうラインハルト皇帝はイゼルローン側に向かっているそうです」

 チュン・ウー・チェン総参謀長は何とか笑おうとしていたが、最高評議会議長ジョアン・レベロの耳には届いてすらいない。レベロただ一人、まったく無駄な努力を続けているが、もはやかれを相手にする人すらいなかった。

「宇宙に異星人などいるはずがない。それもヤン・ウェンリーの策謀だ、と皆が言っているのだ」

「なら確かめに行けばいいでしょう!そして本当に敵があるのなら、民主主義なのですから民を守るのが少なくとも建前のはずです」

「偽りであれば物笑いになってしまうではないか」

「確かめる方法なら」

 そう言いかけて、ただ絶望するしかなかった。

 現実を確かることすらも、権力者というものはできないのだ。決めることができないのだ。

 今は一秒の時間を惜しみ、間違ってもいいから決断すべき場なのに……

(決断ができぬことこそ、民主主義の欠点である)

 そう、同盟にとって最大の敵であるルドルフ・フォン・ゴールデンバウム皇帝も、またラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝も同意するであろう。

 歴史家志願のヤン・ウェンリーならこう反論するだろう……

(腐敗した帝政も決断力・行動力を失う、現実を見ない廷臣の群れになるものだ、リップシュタット戦役における門閥貴族を見よ、メルカッツ提督は旧主を誹謗しないがシュナイダーからいろいろ聞いた、そちらのシュトライトやファーレンハイトにも聞いてみよ。古代史を振り返り明帝国や豊臣氏の滅亡を見よ)

 と。

 本質は、腐敗した権力は思考停止が蔓延し、現実を確かめ決断する力をうしなう……それが人類の一般法則である、それだけのことだ。

 そして、

(ではどうすればいいか)

 行動し、機能している点ではラインハルトのほうが上手であろう。ヤンは、民主主義を信奉しつつその欠点も、珍しくもその運動神経をもって数センチの差で、数秒後には一秒の差で、愛妻の助けと執行者のええかっこしいもあり死を免れた経験もあり、よくわかっている。それでもなお、民主主義以上の方法を見つけ出せないでいるのだ。

 ただ、ラインハルトも結婚しようとせず、帝国の後継について諫言されたら不規則発言ばかりしている。彼の、軍事や統治では天才にほかならぬ脳には、人類がいまだ発明していない新政体が眠っているのだろうか。それとも、多元宇宙で噂になっている細胞活性装置に賭けているのか。だとしたらヤン・ウェンリーは悲鳴を上げるだろう。歴史は常に、専制君主が不老不死を求めたらおしまいだと告げているのだから……だが、それは不老不死が実際には不可能であった時代の話でもある。ペリー・ローダンは千年以上の年月、統治に成功しているとも伝えられる……

 

「では、われらは同盟を守るため、民主主義のために戦います」

 そういったチュン・ウー・チェンは、精神的に崩壊した議長に最後の、憐みの視線を落として議場を去り、同盟宇宙艦隊司令部に戻った。

 会議室に入ると、ビュコック元帥に加え三人の軍人が待っていた。

 ヤンの股肱であるフィッシャー中将、ムライ中将、パトリチェフ少将。三人とも「バーラトの和約」以来、辺境星区に配属されていたのだ。

 三人は「パン屋の二代目」と称される総参謀長に敬礼し、言葉を待った。ここでは謹厳なムライの雰囲気が感染している。

 チュン・ウー・チェンは微笑した。

「ヤン・ウェンリーは迷わないでしょう。彼は、民主国家の軍隊が存在する意義は民間人の生命を守ることにある、という建前を本気で信じこんでいます」

「貴官の言うとおりだ」

 ビュコックが静かにうなずいた。

「トリューニヒトや憂国騎士団の連中から見れば、反国家思想として糾弾されそうな言ですな」

 パトリチェフがまぜっかえす。

 ビュコックが、静かに目を開いた。

「同盟軍であること、同盟市民であったことに少しでも胸を張りたいのなら、同胞を脅かす人類そのものの敵と戦おうではないか。勝ち目がないといえば、ラインハルト皇帝の軍と戦っても勝ち目はないのだからな」

 老いた目が閉ざされる。何千万という味方を見送ってきた目が。

「最後ぐらい……」

 それ以上、言葉は必要なかった。

 微笑と酒がかわされ、同盟最後の艦隊がかき集められた。

 

 

 ほかにも意外の援軍があった。

 ウルヴァシーの近くに開いたゲートから、艦隊が出てきたのだ。

 その姿は、銀河帝国の者には異質にすら感じられた。

 水上艦のデザインそのままのヤマト。円盤状のミレニアム・ファルコン。氷装甲とスマートメタルに覆われたワスプ号。

 大規模なガイデル移動要塞と艦隊、フラーケン潜宙艦隊。

「ラインハルト皇帝陛下、お初にお目にかかる。ゲートの向こう側の、ガルマン・ガミラス帝国東部方面軍司令長官、ガイデル」

「これはこれは、おうわさはかねがね」

 ラインハルトも、礼を保つ。その眼は、相手が本物だということを見誤りはしない。

「手元にあるだけ引き連れてきた。これからも艦隊を編成しつつ、次々と援軍が加わることになろう。また地球や、並行時空の友たちも来てくれた。

 聞いた情報によれば、そちらがやられれば次はわれわれです」

 誰もが思っている、艦隊は三百隻程度、こちらの基準では吹けば飛ぶような小規模ではないか、と。

「ご厚意、心よりありがたく思う。デスラー総統にも感謝の意をお伝え願いたい」

 答えたラインハルトは、その艦隊……そしてヤマトの恐ろしさをまだ、知らない。ただ、闘志に快い好意を感じるのみだった。

 古代やハン・ソロは、ラインハルトのすさまじいまでの美しさに驚くばかりだった。

「そちらのヤマトの艦長、ヤン・ウェンリーと声が似ているな」

 ラインハルトがいぶかしげに言うのに、

「いえ、それは、まあ事情が」

 古代が声を変え、ガイデルが首をひねる。

「なぜ総統閣下と似た声になるのだ?」

「それはその、今は……それにガイデル長官、デスラーのこの声を知ってるのか?」

*お好きな声でどうぞ*

 

 

 

 12月15日。ヤン艦隊は、エル・ファシルに寄る間もなくすさまじい数の敵を前にしていた。

「観測範囲だけで、三十万隻」

「……帰りましょうか?」

 アッテンボローの冗談に、皆が笑う。乾いた笑いだ。

 冗談というなら、この敵の数こそがまさに冗談だ。

 苦笑したヤン・ウェンリーが、玉砕の如き美学の支配を拒むことは後世の歴史家も認めるところである。

 ヤン艦隊は、途中で合流した艦もあるが、一万隻を超えるかどうかだ。

「むりだね。背後も断たれてる」

 後ろを親指でさすヤンはいつも通り、行儀悪く指揮デスクの上に、片ひざをたてて座っている。

「それに、エル・ファシルの、女子供だけでも脱出する時間を稼ぐ。イゼルローン要塞の女子供も、です」

 アレックス・キャゼルヌの言葉に、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツが深くうなずいた。

 ヤンはおさまりの悪い黒髪を乱暴にかき回す。

「エル・ファシルからの脱出計画は二度目だ。だから楽だろう」

「といっても、百万人を逃がすのは簡単ではないですよ。時間もかかりますし」

「まあ、帝国軍なら前やった手品の種を知ってるが、また同じ手を使えるかな。そう、隕石に偽装するなら、動力がない、ただの殻でもいいんだ」

「まあ、そのあたりの計画は革命政権に任せる。前にやったことをマニュアルにすればできるだろ、みんな経験済みなんだし。それよりこの、いやになるような大軍だ」

 ヤンの苦笑をしりめに、とんでもない苦労をぽんと丸投げされたキャゼルヌと、ヤンの妻フレデリカは死ぬ思いで書類と通信の山に優先順位をつけはじめた。

「まあ、あの敵はまず、なんなんだろうね?」

 ヤンの言葉に、アッテンボローはきょとんとした。

「中身だよ。ルッツの通信では、12メートルの巨人とあった。遺伝子情報が妙に人類に近い。内臓や骨が異様に強化されているが、構造も人間に近い。

 だが、どこまで人間なんだろう。人間でない相手に、人間用の策略をかけたらこっちが自滅することになる」

 そっと、信頼する将たちを見まわす。まだユリアン・ミンツは合流していないが、それにはむしろほっとしていた。

 

 ゼントラーディ軍は大軍である。

 大軍であればあるほど、機敏には動けない。

 全くの処女地であれば、フォールドも偵察船を出してからでなければ大軍を断層に失いかねぬ。

 じわじわと、とてつもなく巨大なアメーバのように仮足を出し、広がっている。

 エル・ファシルに達したのは、ほんの前哨艦隊でしかない。

 だが、それだけでも膨大であり、ヤン艦隊を踏み潰してエル・ファシルを溶岩の海にし、逃げようとする輸送艦を皆殺しにするのはたやすい、誰が見てもそう見える。

 

 

「ま、段取りはつけておいたよ」

 ヤンの気楽な声に、絶望に陥っていた将兵はかすかな希望を持つ。数の比ではこれ以上の危機を、何度も乗り越えてきたのだ。

 ……ゼントラーディ艦隊の艦の、平均全長は自分たちの二倍以上だと知ったらどう思うだろう。

 だが、艦隊は移動し、エル・ファシルを守るように布陣した。一見、多数の方が有利な、何もない空間だ。

 ゼントラーディ艦隊は堂々と押し寄せてくる。ヤン艦隊からの交信には一切応じない。

「撃つな、動くな。シールドに全エネルギーを集中して、じっと我慢するんだ」

 ヤンはそう命じ、じっと、膨大とも何とも言いようのない敵を見つめる。

 帝国艦とも同盟艦とも異質な、ワニのような姿の艦。

 いくつかの超大型艦は口を開き、こちらの射程外から強烈な砲撃を放ってくる。

 主力戦艦のシールドが飽和寸前になり、かろうじて持ちこたえる。

 二発、三発。

 最前列の戦艦が、次々と破壊されていく。

 それでも動かず待ち受けるヤン艦隊に、敵艦隊が殺到しようとする……どう見ても近すぎる。

 手を伸ばせば敵艦の前面アンテナをつかめそうな至近距離、ヤンの右手がさっと振り下ろされた。

 耐えに耐えていた砲撃が、一斉に放たれる。

 すでに敵の攻撃で全滅していたはず?

 否。被害を引き受け破壊され、爆発していたのは、人がいる生きた艦ではない……以前の戦争で破壊された、艦の残骸と不良品の弾頭だ。

 その煙幕を敵が踏み越えた瞬間に、至近距離から最大威力をたたきつけた。

 鉄砲と槍の一隊をたけ長い草原におりしかせ、敵の攻撃を耐えに耐えて、至近距離で発砲し突進するようなもの。

 外しようがない。前面のゼントラーディ艦は、すべて五発以上をくらって粉々に破壊される。

 かまわず包囲しようと押し詰めるゼントラーディ艦隊の広い翼に、多数の水爆ミサイルがなだれ落ちる……何日も前から、エル・ファシル星の、有人惑星の工業力を総動員して作っては打ち上げた……無人防衛システムに全弾発射させた……ありったけのミサイルだ。

 その瞬間だけは、ヤン艦隊は二十万のミサイル艦隊が円盤陣となっていたに等しい。

 そして気がついたときには、ヤン艦隊は全速力でイゼルローン要塞方面に向かっている。

 怒り狂ったゼントラーディ艦隊が追った……そこも、大量の核融合機雷が待っていた。

 それでもゼントラーディ艦隊は、追撃を続けた。エル・ファシルも、その周囲に漂う、よく調べれば生命反応のある小惑星も無視して。

 

「こちらを追ってきた。人間を殺すことだけを目的とした機械じゃない、人間らしい心を持っているようだな」

 ヤンは静かに瞑目した。

 彼は、戦争はしょせん人殺しだということをよくわかっている。特に戦ってきたラインハルト艦隊に、何人も心から尊敬する人がいる。その前日までの戦友、同盟クーデター艦隊を殲滅したこともある。

(今回は、人殺しではなく戦える)

 ……そうも思ったこともあった。

(だが、そうではなさそうだ……)

 それというのも、歴史をただで勉強したいと士官学校に入った、その選択のせいである。

「小惑星帯を通る。こちらはここの地理には精通しているが、あちらさんはそうじゃない。そしてあの巨大ガス惑星の近くを通ってやればいい」

 追跡艦隊は、小惑星帯の隙間を非常識な速度で走るヤン艦隊を追い、小惑星に次々と激突し消滅した。

 そして、巨大ガス惑星をかすめるヤン艦隊が通り過ぎた直後、追いすがろうとして……爆発的な電磁嵐を受けてまた大損害を出した。

 ヤン艦隊は、小惑星帯の隙間や巨大ガス惑星の周期的な噴出のことは知り尽くしていた。

「さ、イゼルローン回廊に急ごう」

 相変わらずの魔術(ミラクル)に酔いしれた不正規隊の皆は、疲労もかまわず誰彼かまわず喜び合い、忙しく働きつつワープの準備をする。

 

 

 ティアマト星域内、自由浮遊惑星近く。

 エンジンをつけて移動し、回廊を脱したイゼルローン要塞は、瀕死だった。

 破壊されていないのが奇跡のようだ。ゼントラーディが、その本来の敵とは違い巨砲主義ではないことが幸いしている。

 雷神(トール)のハンマーも、無理な連射と敵の猛攻にほぼ沈黙している。一発一発は千隻以上を葬るが、焼け石に水なのだ。

 まして、敵は回廊の制限を受けない。こちらの、帝国も同盟もワープでは通れぬ壁を、平気でフォールドしてくる。

「これでは、こちらだけ橋の上を歩き、敵は小舟で自由に水面を動き回るようなものだ」

 そう、誰もが思っていた。

 全員の心が、負けたと思い秩序を失っていない……そのことだけでも、ルッツは名将の名をほしいままにしてよいだろう。

 巨大なイゼルローン要塞は、しんがりとして敵の猛攻を食い止めている。

 回廊を脱してからも、入り口付近の有人星から人を、砲火で脅してでも疎開させ、護衛した。

「こ奴らもすぐに、帝国の臣民となるのだから」

 である。

 護衛艦隊も、二千を残すのみだ。もはや交代もできず、ひたすら戦い続け疲労は限界を超えている。

 必死で逃げ続ける、輸送艦隊。そこには、イゼルローン要塞の百万を超える非戦闘員がいる。ほかの、イゼルローン回廊入り口に近い星から脱出した人も何百万と加わっている。

「来ました!」

 無残に右腕を吊った、右足も機械に交換した士官が、しわがれた声を喜びにはりあげた。

「来たか」

「はい、ヤン艦隊です!」

「やっと……やっと。ヤン・ウェンリー。非戦闘員を頼む」

 ルッツは傷だらけだった。自ら、ダメージコントロールに奔走し、炎の中を走り続けた。

 疲れ切っていた。何日眠っていないかも数えていない。

「これだけ距離があれば、そちらは安全だろう。ガイエスブルク同様、一万隻ぐらい道連れにしてやる。今度は、敵を」

 そう言ってボタンを押そうとした、そのときに通信が響く。

『健康と美容のために、食後に一杯の紅茶』

 ルッツは意味不明の言葉にいぶかりつつ、

「皇帝ばんざい!」

 出ぬ声をふりしぼり、ボタンを押し込んだ。

 莞爾と目をつぶる。

 ……なにも、おきない。

「ど、どうしたのだ」

「ぜ、全機能停止しています」

「自爆装置、作動せず」

「ばかな!」

 ルッツは絶叫した。

「眠らせてくれぬのか。まだ生きよというのか。

 いや、あの爆弾はおとりだったか。こんな仕掛けがあったなら、もしあの巨人どもが来なかったら……大恥を……まあ、ヤンにやられた提督の仲間入りをするだけか。陛下も含めて。はは。

 ははははははは……ははははははははははははははは」

 ひたすら笑い転げる。

「外付けのエンジンは動くか?」

 ひとしきり笑ってから、ルッツは命じた。

「あ、はい。制御できます」

「ならばヤン艦隊の左翼につくように動け」

「は、は……」

 そう言って機材を使うオペレーターたちも、もう限界を通り越している。

『ロシアン・ティーを一杯。ジャムではなくマーマレードでもなく蜂蜜で』

 ヤンからの通信とともに、イゼルローン要塞の機能は回復した。

「ふ……」

 ルッツは静かに、疲れた部下全員に穏やかな声で語った。

「ヤンに命じられた。生きよ、死んで楽になることは許さぬ、立て、戦え、と。戦い抜こう」

 疲労と痛みで瀕死の、そして自爆による死を覚悟しきっていた兵たちは、全員奇妙な表情を浮かべた。

 人間がそんな表情を浮かべることができるとは、人間には想像もつかないだろう。その表情を知っているのは、硫黄島の守備兵ぐらいだろうか。華々しく散って楽になることも許されぬ、最後の最後まで……指一本動くうちは、手足を失っても歯で噛みつき、戦い続ける覚悟……

 自分の生を思わず、美しい死すら捨てる。ただ戦う。

 それは透明で、たまらなく美しいものであった。

 

 ルッツの自爆を止めたヤンだが、絶望的には変わりない。ルッツ艦隊と合わせても一万隻あるかどうか、目の前の敵は百万隻近い。

 さらに、ヤン艦隊を追ってきた艦隊も少なくない。

「さて、と……」

『戦い抜く』

 ルッツの通信に、ヤンは深い痛みを感じた。本当は仕込みをいくつかしていたが、予想より早くここに着いてしまった……

 ちらり、とかたわらの、愛妻フレデリカの顔を見る。

 彼女がここにいることにも、胸をえぐられる思いでいる。

 エル・ファシルの人々とともに逃げるよう、いくら説得しても無駄だった。

「計算では、そろそろ来るはずなんだが。戦場で計算通り行くことなんてない」

 そうつぶやくと、イゼルローン要塞を包囲している敵艦隊の一角に得意の集中射撃を浴びせる。

 一点集中した砲火の前に、巨大な敵艦も虫眼鏡の日光を浴びたアリのように焼けていく。

 構わず突っ込もうとする艦隊と、それを嫌って砲火の薄いところに回りこもうとする艦隊……

 そのわずかなずれに、メルカッツ艦隊が深く突進し、撃ちまくる。

 宇宙の闇を花々が彩る。

 美しい花々の中で、何千もの人が死んでいる。炎に包まれのたうち回る人、苦痛も感じず素粒子まで分解される男、切断された足を見つめて血の海に呆然とする女……本当はゼントラーディ・メルトランディの男女も、同じように死んでいる。

 ヤンは、よくわかっている。

 イゼルローン要塞の、傷つきすぎた姿が見えた。

 故郷とも思っている母なる人工星の、無残な姿に胸が痛む。

 そのとき、さらにフォールドしてきた、イゼルローン要塞すら小さく感じさせる超巨大要塞。

 さらに、とてつもない数の護衛艦隊。

「二百万……三百万?」

「おいおい……」

 ヤン艦隊の全員、疲労がたまっている。撃ちつづけた砲身は効率が落ちている。敵の攻撃を受け機能しない兵器も多い。

 無理なものは無理だ。自分は神ではない……ヤンがそう心の中、つぶやいて、愛妻の目を見た。

 彼女の目には、理解と許しが浮かんでいた。

「何人か、助けられたなら」

 覚悟を決め、巨大要塞が強烈な光を浮かべるのを見る。

 おそらく、トールハンマーのたぐいだろう。ここでくらったら、旗艦はもたない。

 ヤンは智将といわれるが、常に最前線に立つ猛将の面もある。ラインハルトを含め、帝国の提督たちがヤンを尊敬するのはその面もある。

 

 そのときであった。

 絶叫のような通信とともに、猛烈な火箭がゼントラーディの巨大艦隊を襲う。

 どこから?見えぬ。いや、星々を隠す、黒い点……

「ビッテンフェルト!」

 アッテンボローの表情が、今回は絶望ではなく満面の喜色だ。

 後退なしとうたわれる、黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)の比類なき破壊力が、後先考えず敵陣をえぐっていく。

 ヤン艦隊に迫る4000m級超大型艦を、極太の閃光が貫く。

「アースグリム……ファーレンハイトか」

 メルカッツの老い疲れた目が輝いた。

 ファーレンハイトの旗艦アースグリムの艦首には、巨大な砲がある。

 そのメルカッツ艦隊を背後から包もうとした艦隊を、今度は同盟艦隊が襲って引き裂く。

『ご無事でしたか』『ビュコック元帥もすぐに来ます!』

「ムライ!パトリチェフ、フィッシャー……」

 ヤン艦隊が大沸きに沸く。

『間に合いました』

 ミッターマイヤー元帥の誠実な、かなり疲労した表情が、ちらつくスクリーンに輝く。

 速度を優先する艦隊運用で「疾風ウォルフ」の異名を持つ彼だが、そのさらに限界を超えた高速で移動してきたのだ。速攻で知られるビッテンフェルトとファーレンハイトだからこそ、それについてこれた。

 ヤンが安堵のあまり、半ば突っ伏した。

『ヤン・ウェンリー元帥。僚友ルッツを、非戦闘員を助けてくださり感謝の言葉もありません。

 われらは、絶体絶命のタイミングを見計らって登場することなどしません』

 ミッターマイヤーがおさまりの悪い蜂蜜色の髪を振ってちらり、と視線を向けた先には、見たこともない異質な艦。

 赤と黒の、水上艦の姿の艦が輝き、画面がすさまじい光で真っ白になる……二分。光が晴れたとき、敵の超巨大要塞は爆発し続ける煙でしかなかった。

「あ、あんな小型艦が、トールハンマー以上の威力だと?」

 300mに満たないヤマトは、ゼントラーディの基準でも同盟の基準でも、小型艦だ。

 さらに、そちらに向かおうとした艦が次々と、何もない虚空から放たれるミサイルに大破する。

「ウルヴァシーにできたゲートの向こうの、地……うむ、宇宙戦艦ヤマト、ススム・コダイ艦長とガルマン・ガミラス帝国のフラーケン大佐をご紹介します」

 ミッターマイヤーの紹介とともに、小画面が二つ浮かぶ。地球、という名は出せない。憎んでも飽き足らぬ地球教の名を思い出させてしまう。

 古代の情熱的な表情、そして次元潜航艇の狭さの中での、フラーケンの精悍なひげ面。

『お目にかかれて光栄です!なんという戦いぶり』

『ガイデル長官も追いついてくる。支えよう』

 二人とも、タイミングを見計らっての登場をミッターマイヤーに却下されたことは、おくびにも出さない。

『ラインハルト陛下のお言葉をお伝えします』

 ミッターマイヤーの表情が戦いのものにかわる。

『〈第一候補、アスターテ方面。第二候補エル・ファシル。十日後にはどちらかへの途上で合流できる〉。また、ルッツ提督ならびにわれら全員に〈ヤン・ウェンリー元帥の命令に従え〉と。ヤン艦隊の一員となれて光栄のきわみ。名を汚さぬよう、全力で務めます』

 余計な言葉がない。だが、それこそが、ラインハルトのヤンにむけた信頼の深さをはっきりと示している。

〈ヤン元帥〉の名も、さまざまな意がある。ヤンはすでに同盟元帥だが、脱走時点で普通なら剥奪……だが、混乱した同盟に、元帥号剥奪の煩雑な手続きなど、できてはいない。同時にヤンが断った、帝国元帥の意味もある。帝国の軍人はただ一人をのぞき、それを当然のように受け入れている。

 ミッターマイヤーが、そしてビッテンフェルトとファーレンハイトがヤンに敬礼した。

 ルッツも、疲労と苦痛を押して敬礼する。

 古代も、『戦うためには指揮が必要です』と敬礼。フラーケンも敬礼する。

 同時に、ヤンの手元には膨大なデータが流れてきた。ミッターマイヤー艦隊すべての、最高機密を含むデータ。そしてヤマトや次元潜航艇のデータまで。

 そしてすべての艦の指揮権限コード。いざとなれば遠隔操作でラジコンのように動かし、自爆させることすら可能だ。

 同時に事務処理用データを受け取ったキャゼルヌの、絶望の絶叫は誰も聞いていない。一人の地球人に処理できる情報量ではない。帝国艦隊の情報フォーマットはまるっきり違う。さらに簡易機械翻訳されただけの異言語データすら多数ある。ムライとパトリチェフ、さらにミッターマイヤー艦隊の幕僚たちも何人も助けに飛び出したが、それでも今の、合計七万で百万近い敵と対峙しているヤン艦隊より絶望的だ。

 ヤンは、くしゃくしゃと黒髪をかいてベレーで一瞬顔を覆った。

 とんでもないものを背負ってしまった。

(信頼されるというのも、つらいなあ)

 である。

 それも長い戦いの中で、ひとつひとつのおこないから積み重ねたものだ。

(こうして尊敬できる人と出会うことができた。それだけでも、生まれてきてよかった)

 と、胸が熱くなる。

(だが、こんな素晴らしい人が生まれるのも戦乱の時代だからか。悲しいなあ)

 とまで考えてしまうのが、ヤンのさがである。

 深呼吸する間に、作戦をまとめる。五万を超える艦隊が加わったとはいえ、それでも数の差はすさまじいものがある。

「まず必要なのは時間だ」

 そういうと、

「フィッシャー、艦隊の制御。

 ミッターマイヤー艦隊、現在針路に近いこの一点に、レールガンを全力斉射。敵の主力から外れていますが、一時間後敵の主力を、その時弾がある場所に追い込む予定です。

 それからビッテンフェルト艦隊、右翼から突破。ミッターマイヤー本隊はその後について、敵の本隊を薄く包囲。

 ヤマト、あの砲を連射できますか?できない?なら、イゼルローン要塞を盾に、要塞を防衛しつつ応急修理をお願いします。

 ルッツ提督、補給基地・病院となってください。ムライも要塞防衛、補給作業の補助。

 ファーレンハイト艦隊、メルカッツ艦隊とともに、この軌道で横から。

 次元潜航艇、ミッターマイヤー艦隊の輸送艦から機雷を受け取って、ここに散布し、こちらの小惑星帯を詳しく索敵してください。

 アッテンボロー、前進。ビッテンフェルトの出口を掘る。

 全艦、アスターテ方面への長距離ワープにも備えよ」

 すばやく命令をすませる。

「はっ!」

 画面の全員が喜びの笑顔とともに敬礼し、一言の反問もなく動き始めた。

 百万隻の敵艦隊は、すさまじい圧力で押してくる……

 ヤンの右手が、ふりおろされた。

 

 ちなみに、ミッターマイヤーらの高速艦隊だけが先行するのは、本来は兵力の逐次投入であり、絶対にやってはならないこととされる。

 だが、「大軍は動きが鈍い」かつ「助けねばならぬ味方がいる」……それだけでも、戦史にこれほど多くの、兵力の逐次投入・各個撃破がある理由もわかるというもの。

 兵力の逐次投入をやらかすのは意思決定が不全状態にある組織の、病状というべきものであり、ラインハルト艦隊はそれとは程遠い。「疾風ウォルフ」が先行して勝利を収めたことも多くあり、「逐次投入はだめだ」と言葉に縛られていては「理屈倒れのシュターデン」でしかない。

 ミッターマイヤーを中心にした艦隊を送ってからは、ラインハルトは焦りを抑え、ビュコック艦隊も含めた再編に全力を注ぎ、ビュコックの名で同盟の資源を兵站とし堂々と押し出している。

 十万の大軍。大軍の鈍さを押し切るように光の龍が動く。光より早く、それでいて鋼の統制を失うことなく。

 全多元宇宙に、これほど美しいものがあろうか。

「予が、何よりも求めていたのはこれだった」

 ラインハルトの美しすぎる顔は、戦いの喜びで燃え立っていた。

 ヤン・ウェンリーと轡(くつわ)を並べ、何十倍もの敵に突入する。その喜びの前に、同盟など眼中になく、また遠い旧帝国領オーディンの、最愛の姉を含む人々のことすら脳裏にはなかった。

 だが彼は、己の胸には穴があることを知っていた。その穴は彼の愚かさがつくったものであり、決して、何者をもってしても埋めることのできぬものであった。それは何人もの将がまた思うことであった。

「キルヒアイスが右に、ヤンが左にいれば」

 と。

 また、

「旧帝国暦487(宇宙暦796)年以前であれば、同盟と帝国の艦の総数は何倍もあった」

 とも。

 だが、そうであれば無能な者も多かったろう。今生きているのは、間違いなく筋金入りの有能な者ばかりだ。といっても、帝国・同盟問わず、有能な者も多く死んでいる。

(今、配られたカードで勝負するしかない……)

 のである。

 ラインハルトは、遠足前の子供のように、初デート前の少年のように胸のときめきを抑えかねていた。

 それは全艦隊に、またビュコック艦隊・ガイデル艦隊にさえも感染せずにはおかなかった。

 

 追撃を受け、多数の非戦闘員の脱出船を右に左に守りつつ戦い抜いた、ミッターマイヤー艦隊を主力としたヤン艦隊。

 艦数は65%まで減少している。

 中性子星の近く、激しい電磁波と濃密なガスを利用して、敵の大軍を引きずりこんでしばし静止し、敵が勝手に考えて動くのを利用して時間を稼いでいる。

 艦隊に新しく加わったものも、ヤンを知らぬヤマトやフラーケンたちも含め、今や魔術師の手腕に心からの信頼感を抱いている。

 逆にヤンも、ミッターマイヤーたち帝国の提督たち、またヤマトやフラーケンの能力に心から満足していた。

(ヤン元帥の魔術、その指揮を受ける身になれば、想像以上だ。厳しい指揮者ではあるが、素晴らしいやりがいだ)

(なんてやりやすさだ、こんな素晴らしい艦隊・将帥を持つラインハルトは幸せ者だ。いや、それも苦労して発掘し、育ててきたからこそだ)

 イゼルローン要塞の存在もありがたい。補給品を内部で生産し、将兵の病院にも休養場所にもなる。

 ヤンはじっと考えていた。合流直後の戦いで、ファーレンハイト艦隊が突進したとき、五倍の敵が機能を停止し無秩序に動き、壊滅したのだ。

 そのような反応は、隣を突撃するメルカッツ艦隊の相手にはなかった。

 次にファーレンハイト艦隊が戦ったときにはそのようなことは起きず、敵は普通に、有能に戦った。

「いったい、何が違ったのだろう」

 ファーレンハイトから受け取った、報告書の山。全部読もうとすれば、不眠不休でも十年はかかる。

「なにもかも、全部どんな一見どうでもいいことも」

 ヤンの頼みにこたえ、ファーレンハイトは

「一日にしたこと、覚えている限りすべて書いてくれ。犯罪、大逆に至ることでも、誰の悪口でも、どんなことでも罰しない。すべてを書いてくれ。勝利か敗北かの境目だ」

 そう、艦隊の全員に、深く頭を下げて頼みさえしたのだ。

 それを誰に分析させるか……キャゼルヌもフレデリカも、時空の隔たりさえある四か国の連合艦隊の事務処理だけで、ルッツ以上に限界を通り越している。

(マイルズ・ヴォルコシガン)

 なぜか、その名が浮かんだ。

 オブザーバーとしてヤマトにいる、ヤマトの故郷とも異なる遠い時空の大使。英雄の子で大貴族。

 昔のゴールデンバウム王朝であれば劣悪遺伝子として殺されたであろう、奇妙な矮躯だが、その眼の知性と情熱は隠れもなかった。

 優れた提督という噂もあるが、旅先で軍事に携われず、ひたすら艦内の雑用に励んでいるようだった。戦いが激しくなればなるほど、表情が良くなる男だ。

「ヤマト、ヴォルコシガン卿を」

 呼び出し、報告をゆだねた。

 そうしながらも、わずかに盗んだ休みを取り返すように、大軍は押し詰めてくる。

「そろそろ、か」

 ヤンは微笑し、素早くいくつかの指示を出した。

「全艦、中性子星をかすめるように逃げろ。あとは、おまかせして楽をするとしよう」

 言うや、指揮をミッターマイヤーに任せて自分はタンクベッドに向かった。

 どうやって睡眠を取るか、それがこの混成艦隊では最大の問題のひとつだった。

「とにかく交代で、眠ること。信頼できる交代要員を作ること。人数が少なすぎたり、信頼できる士官が足りなかったりする艦は、負傷者の後送に回して艦隊規模を縮小してでもだ」

 言うはやすし、行うは難し。

 だが、ミッターマイヤーやムライ、キャゼルヌの有能さは、それすらやり遂げた。

 

 熟睡したヤンが目覚めたときには、全速で逃げる艦隊を敵が追い詰めようとしていた。横から敵が襲えば、ヤン艦隊はすべて中性子星に追い落とされ全滅するのみ。

「波動砲は後ろには撃てないからねえ」

 ヤンはふっと微笑する。

『トールハンマーの修理、75%なら発射可能。100%発射まであと2時間』

 ルッツの通信。

 全艦隊も知っている。ラインハルトを中心に、ビュコック・ガイデルが加わった連合艦隊が、もうすぐ近くまで迫っていることを。

 罠の口は閉じようとしている……

「すみません、通信が、向こうからも同時に来たようで、混乱しました」

 オペレーターの声にヤンはやれやれ、とベレーで顔をあおいだ。

 ラインハルトも、その白く美しい顔に微笑を浮かべていることだろう。

 ただでさえ中性子星が近く、通信が難しい。

「いいや、通信の努力だけしていれば。必要ないよ」

 ラインハルトも、旗艦で同様のことを言って上機嫌に笑っている。

「同盟艦すべて、ヤマト、イゼルローン要塞、回頭せよ。ミッターマイヤー艦隊は加速しつつ針路を中性子星に」

 ヤンの命令が響く。

 この世界において敵前回頭は、絶対のタブーである。もし普通に追われていたら間違いなく、発砲より前に敵に呑まれていただろう。

 逆に、敵はそれこそ、絶対に予想していない。意表を突かれた。そしてその、なによりもうまそうなエサに、理性を失った。

 回頭中のヤン艦隊を食いつくすと見えた、毒蛇の頭に大釘が叩きこまれた。

「いーやっほう!」

 誰ともなく絶叫する。

 ロイエンタール艦隊がワーレン・アイゼナッハ両艦隊とともに、長く伸びた追跡縦隊の先端部に砲撃を叩きこむ。それも、ヤン艦隊のお株を奪うように、輪を描いて布陣し全弾を一点に集中したのだ。

 ついでに、イゼルローン要塞が生産し続けた核融合機雷がばらまかれていた。

 回頭を終えたヤマトとイゼルローン要塞、二門の巨砲が同時に咆哮した。

 絡み合う二匹の光龍は、長く伸びた追撃艦隊に深い穴をあけた。波動砲の時空崩壊とトールハンマーの高密度エネルギーが反応し、単純な出力の合計をはるかに超える破壊力となる。

 中性子星の影、激しい異常電波で索敵できぬ死角から、ラインハルトの本隊が突撃し、大蛇を胴切りにしてから胴体をがちりと包囲し締め上げる。ロイエンタール艦隊と二手に分かれ、指向性ゼッフル粒子を目くらましに用い敵の迎撃艦隊二十万とすれ違って、突入したのだ。

 巨砲を放った直後のヤマトとイゼルローン要塞を守るのは同盟艦隊、回頭しても隊形を崩さぬフィッシャーの名人芸。

 さらに相談する必要もないビュコック艦隊が加わり、頭を潰され串刺し・胴切りにされた大蛇の前方をふさぐ。

 速度を殺さず、中性子星の超重力を利用して迂回したミッターマイヤーら帝国艦隊が、まず大蛇の前半を後ろから包囲する。

 敵の後半はラインハルト艦隊に反応して別方向へのベクトルを持っている……まず前半を包囲、次に後半を中性子星に押しつぶすと、流れるような分断・各個撃破。

 戦史に残る、芸術的な変形釣り野伏せ。

 ラインハルトの旗艦・ブリュンヒルトの反対側で包囲陣を守る、ひときわ巨大なガイデル要塞に、それだけでも二十万を超える、ラインハルト艦隊を迎撃しようとしてかわされた艦隊が襲いかかる。だが、要塞はものともせずに敵陣に身をねじ込むと、内蔵砲塔を開いた。

 巨大な六連装ガトリング。戦闘空母デスラー艦のデスラー砲に匹敵する威力で、事実上無限に毎分二発近く連射できる、ガルマン・ガミラス帝国艦隊でも屈指の決戦兵器だ。

 4000mのノプティ・バガニス級艦が、次々と蒸発爆散する。

「捕獲してもらえてよかった」

「あれを食らったらさすがにたまらないよ」

 ヤマトのクルーが背筋を寒くする。

 それを黙らせようと小型機が次々と突撃してくるが、ガイデル艦隊の大半はきわめて強力な対空艦や空母であり、迎撃には事欠かない。

 同盟・帝国、両方の個人戦闘艇部隊も仲良く助け合いながら、敵に突撃を始めた。

 そしてラインハルトが、乱れた敵の一点を指さして突撃を指示する……

 

 ラインハルトにとってもヤンにとっても、

(これほど、すばらしいことがあろうとは……)

 まさかに、思いもしなかったろう。

 何光分もはなれていても、ふたりは四つの目を持つ一つの脳のようだった。のちにその戦闘記録を見たアンドルー・ウィッギンは、

(バガーがアンシブルで脳をつなげて艦隊を操っているような)

 とさえ思った。

 少なくとも軍事的には、ヤンはラインハルトが失った半身にも匹敵した。ヤンの指揮は、亡きジークフリード・キルヒアイスを思わせる正統派でもあった……

(キルヒアイス提督の用兵は最高だった。訓練でも手本にしてる。最高を目指せば、似るのも道理だよ。ラインハルト陛下には申し訳ないが)

 と、ヤンはラインハルトに心で謝っていた。

 ラインハルトはそれを痛みと怒るより、戦いの喜びのほうが圧倒的に大きかった。

(お前は、失われてはいなかったのだな。予の心に、優れた敵の訓練マニュアルの中にすらいたのだな)

 ラインハルトが勢子となり、敵を引き出せばヤンが無造作に撃ち落とす。ヤンが嗅ぎ出し、ポイントした敵をラインハルトが撃ち、回収する。芸術的なダンスが踊られる。

 通信の必要はなかった。

 フィッシャー艦隊がラインハルトの命令を受けても、逆にヤンがロイエンタール艦隊に命令しても、どちらも違和感なく、気持ちよく従い戦えた。

 ラインハルトの命令は、常に理にかなっていた。ヤンは、ラインハルト陣営の諸将のことを良く知り、尊敬し、だからこそひっかけることができた。だからこそ、能力も気性もよく知ったうえで使いこなすことができた。

 敵も、数におごらず様々な作戦を用い、反撃してくる。

「敵にもかなりの将がいるな」

 ラインハルトにとっては、むしろ喜ばしいことだった。

 相手がかけた罠を逆用し、自らをエサとして敵を引き出す……そこにミッターマイヤーが痛撃を入れ、ロイエンタールが大釘を叩きこみ、ビュコックに花を持たせる。

 戦いの流れだけをよく見て、相手が押すから引くに変ずる瞬間に黒色槍騎兵をぶちこみ、崩れたところにしっかりとアッテンボロー艦隊が待ち受けている。

 敵の全面攻勢をペチコートのような多重陣で受け流し、地形を生かした罠に引きずりこむ。

 ヤンとラインハルトの二人からは、神算鬼謀が泉のごとく沸き出てくる。

 

 だが、もともと敵の方が圧倒的に多い。ヤンもラインハルトも、寡兵が大軍を倒すのは正しいことではない、そのことはよくわかっているのだ。

 ヤンは本当は敵の三倍の兵力で戦いたいが、政略嫌いもあり実現できないだけ。ラインハルトも、権力を得て以降は政略を用い、自軍の方が多い状態を作ってきた。

 グリルパルツァーの戦死を悼む暇さえなく、悪しき報は響き続ける。

 また、押し返される戦線、圧倒的な敵の数に、有人星から避難しようとする輸送艦の過半をやられたこともあった。ヤン、ラインハルトともに、それは激しく悼み、自らの無力に傷ついた。それでも倒れこむ暇もなく戦い続けなければならなかった。

 さらに、ラインハルトの健康問題までが出てきたのだ。

(敵の方が圧倒的に多い。ジリ貧は避けられない……)

(まして、ほぼ無防備な帝国側……この敵には回廊は無意味なのだから、直接フェザーンを突かれ、さらにそちらから同盟側を蹂躙されて、生き残るのはこの艦隊のみになっては意味がない)

(あの、ファーレンハイト艦隊の攻撃で、なぜ敵があんな混乱をしたんだ)

(その理由さえ)

 ヤンはそのことばかり考えていた。

 激戦の中で、先にファーレンハイト艦隊に起きたような敵陣の崩壊がまた起きた。今度はアッテンボロー艦隊に。

 また、ミュラー艦隊が偽りの退却を行っていたとき、敵がごく短期間激しく動揺し、むしろゼントラーディ軍の艦と同士討ちさえしていた。

 帝国艦隊もヤンの進言もあり、その件の情報を集めたが、余裕のない戦線でその分析に人的資源を振り向けるわけにもいかない。軍の情報分析担当官たちも、連合軍を維持するためのデスクワークで個人戦闘艇パイロット以上にあっぷあっぷなのだ。

 

 そしてヤンに、マイルズ・ヴォルコシガンから連絡があった。

 前線で戦い抜く戦士たちに劣らず疲れた表情で、思い切って決断した雰囲気だ。

「これだけの書類を見るのは、人には無理だ。〔UPW〕に連絡する。ミルフィーユ・桜葉が書類の山から一枚抜けば、そこに答えがあるはずだ」

 自分には無理だ、その一点を認める勇気がどれほど大きいか、わからないではない。失望はするが。

 とはいえ超光速通信でも、大量の書類を届けるとなるとクロノゲートがある帝国領は遠い……

 その話を聞いたハン・ソロが発言を求めた。

「ミレニアム・ファルコンこそ宇宙最速だ。全速で届けてみせる。おれたちには、回廊も何も関係ない、最短距離で飛べるんだ」

 言葉を聞くが早いか、マイルズはファルコンに飛び乗った。

 同時に、真田志郎がキャゼルヌに劣らず疲れた表情で、イゼルローン要塞の工作室から中継した。

「こんなこともあろうかと、作っておいた……スピードと機動性だけを極限まで優先した、ハイパードライブとコスモタイガー用エンジンのハイブリッド艇だ」

 コスモタイガーを一回り大きく改装しただけだ。だが、そのすさまじい速さに、データを見た者は皆呆然とした。

「操縦はルーク・スカイウォーカー。生活は随時ミレニアム・ファルコンに乗り移ればいい」

 それをファルコンとつなげる間ももどかしく、すさまじい速度でイゼルローン要塞から流星が虚空を切り裂く。

 同時に、〔UPW〕幹部と旧知である森雪を中心とした、むしろおとりの小艦隊がフェザーン回廊方面に向かった。

 もちろん、その戦闘艇改装を帝国・同盟問わず多くの将兵が注文することになる……

 

 その時、とある星の暗い片隅。陰謀をめぐらすことしかできない、過去に生きる人たちの潜伏基地を、奇妙な商人が訪れた。

「ルーク・スカイウォーカーを〔UPW〕にたどり着かせてはならない。何としても阻止しろ。この同盟の、書類上は破棄された戦艦を使え。また、このシオナイトやベントラムをさずけよう。資金としておまえたちの大義を成就させるがよい」

 その言葉に、ド・ヴィリエは飛びついた。もちろん、彼らを踏み台にしてより上に行くつもりではある……愚かにも。相手が何なのも知らずに。

 潜伏基地を突き止められたこと、それ自体で相手がどれほど恐ろしい存在か察するべきだったのだ。

 それ以前に、マイルズの任務が失敗すれば、この時空の人類は皆殺しにされるというのに。

 

 

 残る艦隊は、マイルズを希望にゼントラーディ本隊の圧力に直面していた。

 ついに巨象が動き出したのだ。

「まあよかった、こちらに抑えだけ置いて、分散してすべての有人惑星を殲滅する……ということをしない敵で」

 連絡のため、ブリュンヒルトにいたヤンは、半ば呆然としながら、皮肉に言った。

「負けない、に徹する戦いをしよう」

 ラインハルトが静かに、彼の好みとは遠い決断をする。

「先年、ビュコック提督がされたようにですね」

 ミッターマイヤーが楽しげに笑いかける。

(結局負けて、多くの将兵を死なせ多くの未亡人や孤児を作った。せめて今死に場所を作ってくれるとよいが)

 ビュコックは、敗軍の将は兵を語らなかった。

 そのときだった。無理を重ねていたラインハルトが、ついに倒れたのは。

 エミール・フォン・ゼッレ少年が、美しき主君を支えつつ自分も倒れそうな恐怖の声をあげる。死線を幾度もくぐった勇将たちも戦慄し凍りついた。

「陛下!」

「さわぐな。隠しても無駄だ……全艦に通信せよ……ヤン・ウェンリー」

 ラインハルトの声は、弱々しかったが冷静沈着だった。

「はい」

 ヤンがラインハルトの手を取る。

 透き通るように白い、そしてやけどしそうなほど熱い手。

「卿に、すべてをゆだねる。健康を取り戻すまでは」

「引き受けました」

 そう言うほかなかった。

 通信画面のミッターマイヤーとロイエンタールが、迷わずヤンに敬礼した。

 ヤンは一瞬熟考し、シュトライトに命ずる。

「フェザーンに、どのような手段でも連絡。帝国の、後方はすべてこれまで通り、オーベルシュタイン元帥に任せます」

 少し、ミッターマイヤーとロイエンタールをすまなそうに見る。帝国の将兵がどれほどオーベルシュタインを嫌っているか、よくわかっている。

 だが、信頼を悪用し帝国を引っかきまわす気はない、というアピールとしてほかにないことは自明であった。

 シュトライトは歯を食いしばって承知した。

「ロイエンタール元帥、ミッターマイヤー元帥、相互支援をしつつ後退。アッテンボロー、というわけで、艦隊の指揮は任せる、追う敵を横から断て」

 そうして、ヤンが連合軍を率い、情報を待って戦い続けることになった。

 皇帝の身を気遣いながら……帝国の侍医は役立たずであり、ヤマトの佐渡医師がセカンドオピニオンを求められ、診断を下していた。

「この病気は、厄介ですぞ。変異性劇症膠原病……エスコバールのデュローナ・グループなら治療法を知っていたかと思いますが」

「それはうれしいことだ。だが、この激戦の最中に、別の時空に治療のため旅をする、というのは無理だな。勝利ののちだ」

 病床のラインハルトは静かに笑い、傍観者の視点でものしずかに戦争を見つめた。

 帝国将兵の動揺は激しかった。皇帝のカリスマは巨大なのだ。だが治るという希望があった。ロイエンタールとミッターマイヤーという巨大な石があった。

 そして長い戦いでも短い共闘でも、ヤン・ウェンリーを強く認めていた。

 ガイデルが通信を開き、

「諸君のワープでは近づけないとされる、イゼルローン回廊の壁を形成している大型赤色巨星を敵が本拠としているようだ。総統が作られた兵器を試すにいいかもしれん、そこに敵を集め、かつこちらの工作隊が星に近づけるようにしてくれんか」

 そう頼み、それが作戦の中核となった。

 

 その夜、ヤンにビュコックから、秘密裏の通信が入った。

『妙なことになったな、長生きはするもんじゃ』

「ええ、その、というわけで忙しいので」

『聞きたくないことを聞かない者に、総司令官どころか士官の資格さえないぞ』

 ビュコックの、老いてはいるが厳しい叱責と威厳ある姿に、ヤンは歯を食いしばった。用件はわかっている。

『次に戦死するのは、わしじゃ』

 何の飾りもなく、聞きたくない核心が置かれた。

 ヤンもわかっている。帝国将兵に、公平を示すために……同盟軍の誇りのために、必要であることは。

『アーレ・ハイネセン以来、自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)の名誉のためじゃ。何千億とも知れぬ死者たちのためじゃ。ラインハルト皇帝に軽蔑されることはしてはならん。

 この老人に、死に場所をくれ。同盟の死に水を取り、民主主義を残すんじゃ』

(同盟も何もどうだっていいんだ、あなたに生きてほしいんだよっ!)

 その叫びは、口に出せなかった。涙とゆがんだ口元が、雄弁に語っていた。

『ありがとう、孫よ』

 それだけ言って、通信は切れた。

 ヤンは、ラインハルトを恨みたくなった。絶叫しかった。

(ただで歴史を学びたい、それが、それがここまで、ここまで……)

 

 

 一方、エルネスト・メックリンガー上級大将もまた、絶望的を通り越した抵抗を続けていた。

 あちこちの星に分散した艦を集め、五万隻にはなっている。だが、敵は百万を超えるのだ。

 一つの惑星から数百人の、人間国宝級の何かを伝える代表者と遺伝子資源、文化財のみを救出し、残りを切り捨てる選択を迫られていた。それこそ、古典学者が時間旅行をして燃え上がるアレクサンドリア大図書館に行き、一冊だけ持ち帰ってよいと言われるようなものである。

 そして最大の問題がある。オーディンに住むラインハルト皇帝の姉、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃。彼女の無事こそ、ラインハルトにとって実際には最優先事項であることは、誰もがわかっていた。

 だが、アンネローゼが退避を拒んだらどうするのか。また、どこに退避するというのか。

 また、オーディンには、もはや退位した最後のゴールデンバウム皇帝、幼きカザリン・ケートヘンもいる。ヒルダの父親、フランツ・フォン・マリーンドルフもいる。

 ほかにも要人はいる。フェザーンや戦場にいる要人たち多くの家族もいる。

 

 その、玉砕も許されない、ほんの一日二日を稼ぐために多くの犠牲を強いられる……一人で大津波を防ぐような苦闘を前にしたメックリンガーの肩に、銀河の天使たちが舞い降りた。

 

〔UPW〕は、ゼントラーディの侵略を知ってすぐに全面的な支援を決めた。

「これは、一つの時空にとどまらぬ、多元宇宙の人類すべての危機である」

 と。

「人類だけが特別だと?」

 という声もあったが、

「〔UPW〕は、ラマンを差別しない。対話を拒む者は、すべてバレルセである」

 とも宣告した。

 死者の代弁者による『窩巣(ハイブ)女王』『覇者(ヘゲモン)』『ヒューマンの一生』やデモステネスの著作は〔UPW〕でも広く読まれており、「ラマン」「バレルセ」などの言葉は定着しつつある。

 

 ルーンエンジェル隊からは文句も出た。まあ、アプリコット・桜葉は戦いを悲しむだけ、ナノナノ・プディングはわかってない、リリィ・C・シャーベットは命令されれば従うだけ、カルーア・マジョラムはあらあらうふふ……文句を言うのはアニス・アジートとテキーラ・マジョラムとナツメ・イザヨイだが、まじめで忠実なカズヤ・シラナミはそのこともまじめに伝えた。

 何よりも、いつもの無人艦隊との戦いと違い、巨人とはいえ人が乗った艦と戦うと知らされたからでもある。

 

 文句を聞いたフォルテ・シュトーレンと蘭花・フランボワーズは、ルーンエンジェル隊全員を映写室に放りこんだ。

 二時間。

 エオニアによるトランスヴァール星の爆撃と、ローム星砲撃を一時間ずつ。

 

 二時間後、ドアを開けたときは、そこは地獄だった。

 七人とも吐きつくし、半狂乱。ドアや壁には血の筋がつき、爪が突き刺さっていた。

 ナノマシン集合体であるナノナノは、激しすぎる感情で半ば以上崩壊していた。

 暴走した魔力が部屋をとことん破壊していた。

 フォルテとランファは、素早く全員を制圧し鎮静剤を投与し、病院に放りこんでヴァニラ=Hの治癒にゆだねた。

 

 アプリコットは、ある程度のことは知っていた。だが、レーティングなしの未編集映像を見せられたのは初めてだった。

 まして〈NEUE〉出身者にとっては、ショックを通りこしていた。

 無造作に殺された何億人もの人……

 ほかの、〈NEUE〉出身のルクシオールクルーも、その洗礼は受けた。

 

 皆がわずかに立ち上がれるようになったころ、フォルテが語り始めた。軍人の、権威という力を使って。

「これが、あたしたちトランスヴァール軍の、シヴァ陛下の源体験だ。

 見るしかなかった。何もできなかった。

 その無力が、あたしたちにとって最大の悪夢だ。今だって、狂うぎりぎりのところでやっと生きてるんだ。

 そして今回、〈世界連邦〉の策略でその悪夢を繰り返しちまった。

 確かに別の時空だよ。でも、一人一人の命に、子供が目の前で焼けていく親の絶叫に、何の違いがあるというんだい?」

 じっと、泣きじゃくる子供たちを見つめて沈黙し、絞り出すように言った。

「覚悟だけは、共有してくれ」

 

 つい最近、〈ファウンデーション時空〉での、練・パルパティーン両帝国による侵略・虐殺を、〔UPW〕は止められなかった。外交的な脅しは無視された……両帝国とも、むしろ〔UPW〕も侵略する意図をむき出しにしている。

 そして実力行使は、ミュールに止められた。〔UPW〕が攻撃したら多くの自国民が死に、〔UPW〕が侵略者の汚名を着るよう手配し、さらにミュールの側から攻撃を仕掛けてゲートを閉ざすよう仕向けたのだ。

「ミュールは、〔UPW〕の権威が強まり、技術を盗まれるのを防ぎたかったんだ。それで〔UPW〕による干渉を止め、やつらが争うのを傍観して情報を収集しやがった」

 フォルテが、静かな口調に激烈な怒りをこめて吐き捨てた。

 その無力と判断に、シヴァやタクトがどれほど傷ついているか、良く知っている。いや、地上戦の経験も豊富な歴戦の兵であるフォルテこそが、虐殺地獄は一番良く知っている。視覚だけでなく、聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚で。

 瀕死のうめき声、幼児の断末魔、獣といえば獣に失礼な男の叫びと女の悲鳴、わが子を目の前で殺され狂った母の声……

 人が生きながら焼かれる、焼肉の食欲をそそる匂いであることが余計吐き気をひどくする匂い、死体の内臓部が糞ごと焼ける匂い、腐臭……

 血と糞尿と内臓が混じる腐泥の味、押さえても大腿動脈から噴水のように吹き出る鮮血の熱い鉄味……

 腐った内臓の踏みごたえ、ウジ風呂につかり全身の肌くまなくうごめき穴という穴に入ってくるウジ……

 忘れることができないのだ。悪夢を見ずに眠れる夜はないのだ。

 

 その覚悟を共有したルクシオールを中心にした艦隊が、すさまじい気負いとともにクロノゲートを飛び出したとき、大声の通信がトランスバール皇国軍の専用波長で届いた。

『トランスバール皇国軍か?』

「いえ、〔UPW〕軍ですが、トランスバールから出向……」

『ココ・ナッツミルク大尉!ネイスミスだ!タクト艦長は、ミルフィーユは?』

 激しい声に、ルクシオールの時間は一瞬止まった。

 オペレーターの、

「パルパティーン朝銀河帝国が支配する銀河の、反乱……同盟軍の信号です」

「ココ艦長はもう准将ですよっ!」

 などの通信だけが虚しく響く。

『ああ、昇進したのか、失礼した。おめでとう。君にふさわしい昇進だ』

 そういうマイルズの口調からも、激しい焦燥が伝わってくる。

 

 ミレニアム・ファルコンもボロボロだった。

 戦艦を与えられた地球教テロリストは、フェザーンに無駄な攻撃をかけて艦を失い、余力をおとりの艦隊に向けた。

 そちらの被害は大きく、遅れも大きかったが、おとりの役割は果たした。

 また、解放されたアンドリュー・フォークが同盟・帝国どちらの技術でも通過不能な宙域で、奇妙な無人艦隊を用いてミレニアム・ファルコンを襲う事件もあった。

 だがフォークの、優等生丸出しで半ば狂った艦隊運用は柔軟を欠いた。

「艦隊から逃げるのは、さんざんやってるんだよ!」

 叫ぶハン・ソロはルークの超高速艇で牽制、白色矮星をかすめてスイングバイ加速、敵陣の真っただ中に飛び込み、ギリギリでかすめて飛び去った。その時に砲撃を浴び、大破しながら。

 敵前回頭の愚を犯し、同士討ちしつつ混乱する敵艦を、すでに分離して大きく回っていたルークが次々と沈めた。

 そしてフォーク自ら出たスパルタニアン戦闘艇とドッグファイトの末に、鮮やかに撃墜した。優等生で操縦も高得点だったとはいえ、豊富な実戦経験とフォースの助けもあるルークでは相手が悪かった。

 それから超高速艇を予備エンジンとして、半壊状態のファルコンをだましだまし飛んできたのだ。

 それでも遅延は一日程度、フェザーン回りの最大到達時間の三分の一以下である。

 その一日に何人死んだか、恐怖の計算にマイルズは身を裂かれていた……

 

 ルクシオールの、ココ・ナッツミルク艦長は、前にはエルシオールの艦橋オペレーターとしてネイスミス提督……マイルズと共闘したことを、おぼろげながら覚えていた。

「たのむ、ミルフィーユ・桜葉に会わせてくれ!何億人もの命がかかっているんだ!」

 叫ぶマイルズに、ココは素早く決断し、リプシオール級戦艦を一隻つけてミレニアム・ファルコンを送った。

 彼女たちは知らない。そのクロノゲートを急襲しようとする、トランスバール以上の技術を持つ艦隊と、別の艦が見えないところで閃光一つ出さず、激しく戦っていることを……

 

 何もない虚空〈ABSOLUTE〉に浮かぶ奇妙な施設……崩壊したセントラル・グロウブの機能を引き継ぐ、六つの月の技術を結集した巨大要塞。

〔UPW〕長官タクト・マイヤーズは、懐かしい人からの通信を受け驚いたが、再会を喜ぶ暇すらなかった。マイルズの危機感ははっきり感じられ、それゆえに全力で、ゲートキーパーである妻、ミルフィーユ・桜葉を奥津城から引き出し、マイルズに会わせた。

 マイルズにとって見慣れた紋章機搭乗用の服ではなく、美しいドレスを着たミルフィーユ。

 再会を喜ぶ暇もなく、マイルズは小さい体でかろうじて抱えたトランクの、書類の山をぶちまけた。

「一枚、拾ってくれ、ミルフィーユ。今こうしている間にも何百万人死んでいるか。わかっている、こうして君の運を使うことが、どれほど君を傷つけるか。それでも、ほかに手段はないんだ」

 タクトは激しい怒りを感じたが、マイルズの思いもよく理解している。

 ミルフィーユはみるみる涙をあふれさせつつ、つぶやく……

「もう、あんな思いはしたくない。死んでいく人が一人でも少なくなるなら、この運だって」

 それが、トランスバール本星やローム星の地獄であることは、言わなくてもわかった。

「ミルフィー……」

 タクトがミルフィーユの肩に触れた。

(どちらを選んでもいい、支える)

 というサイン。

 ミルフィーユは決然と、目を閉じて一枚の紙を拾い上げた。

 マイルズは一読し、膝からくずおれた。そして、データパッドで検索しなおす。

「ありがとう、ミルフィーユ……これで何億もの人が助かる。歌が答えなのか、三つとも共通して、敵の通信波長で歌を流してしまった。彼らは、歌を聞くと混乱するのか」

「それじゃ、人間みたいじゃないか」

 タクトの驚きに、マイルズは頬をゆがめた。

「人間なんだ。遺伝子操作はされているがね」

 ミューティ疑惑に苦しんできた彼にとって、他人事ではない。その遺伝子操作された相手を、これからこの情報で殺戮する、そのことは理解していた。

 泣き崩れるミルフィーユの肩を、タクトが抱いた。そしてマイルズはひざまずき、貴族の態度でその手に接吻し……次の瞬間には、ポートに全力で走りだしていた。

 夫婦とも、以前並行時空をめぐりともに戦った、変わり者の友のことは覚えていた。彼が、どんなに友を思うに熱く、戦いに熱い男であるか。

 ミルフィーユの悲しみを知らない男、女を傷つけて平気でいる男ではないことは、よくわかっていた。だから傷つきながらも許せた。

 

 

 ガイデル要塞とヤマト、それにイゼルローン要塞の設備で急造したハイパードライブをつけたクナップシュタイン分遣艦隊が赤色巨星に迫っていた。

 その赤色巨星の周囲では、五百万に及ぶ敵艦隊が翼を休めていた。

 波動砲が膨大な艦の渦に大穴を空け、ガイデルのガトリングデスラー砲が大きくばらまかれる。

 いかなる艦隊も決してその正面には立てぬ、地獄の先端だった。

 だが、敵も圧倒多数、包囲殲滅しようと激しい攻撃を仕掛けてくる。

 クナップシュタイン分遣艦隊は、時間の制約で艦数は少ないがありったけの戦闘艇を発進させ、敵のおびただしい機動兵器を迎撃する。

 死角から浴びせられる砲撃の渦を、ガイデル要塞は耐え抜いていた。

 赤色巨星の熱さと、すさまじい各種素粒子流が迫る。ニュートリノ、電子、中性子……電場、磁場、重力波、すべてが桁外れだ。

「惑星破壊プロトンミサイル、斉射」

 ガイデルの命令で、機体の何倍も巨大なミサイルを抱えた機から赤色巨星に巨大な筒が放たれる。機体は素早く反転帰投する。いくつかは敵の猛撃に爆裂した。

 そしてガイデル艦隊についていた、奇妙な工作船が赤色巨星に張りつき、ビームを放つ。

「この規模の巨星、理論上は82時間」

 技師たちが忙しく働く。

「ヤマト、70時間後に波動砲を赤色巨星の中心にぶっ放してくれ。それがトリガーになる」

 任務に殉じたフラウスキー少佐の置き土産だ。太陽制御技術は刃を返せば恒星に超新星爆発を起こさせる最終兵器にもなる、制御には失敗しても爆発させるなら使える。

 ヤマトがルダ・シャルバートに与えられて地球を救い、今は地下深くに封印されているハイドロコスモジェン砲と同じである。

 多数の工作艦を守り抜き、巻き込まれないようにワープする……とてつもない無理を、連合軍は強いられることになった。

 むろん超新星化技術は、ローエングラム朝銀河帝国とガルマン・ガミラス帝国が戦争になるとき切り札にもなりえる技術で、見せることは問題ともされた。だがデスラー自ら超光速通信を受けて、

「出し惜しみをしてはラインハルトとやらに足元を見られよう。そして脅しともなろう」

 と笑って許可した。

 敵もその意図を知ってか、それともガイデル要塞を狙ってか……もともと多数の要塞や艦隊がいる集積地の一つに侵入したのだ、攻撃されない方がおかしい。

 コスモタイガー隊が、工作船を狙う敵の機動兵器と激しいドッグファイトを続け、弾を撃ち尽くしては帰投する。

 ガイデル要塞のガトリングデスラー砲が、次々と艦隊を葬り続ける。

 ヤマトは波動砲すら封印し、ショックカノンの連射に全力を尽くしている。波動砲はその時、確実に撃てなければならない。それまで、主砲の弾幕も切らせてはならない。

 そのメンテナンス、たまに命中する敵弾のダメージコントロールに、クルーは総出で働き続けている。戦術や命中精度ではなく、修理と兵站と医療こそが生死を分ける戦闘だった。

 万一、82時間後のその時にワープが不可能であれば、それで終わりなのだ。波動砲全力発射から12時間後の、しかも不安定な大重力源の近くからの遠距離ワープは、ギリギリなのだ。

 

 おとりとして動いているヤンは、敵を動かしていた。まるで、レンズマンが敵の脳に侵入し、操るかのように。わずかな艦隊のひく手さす手が、敵艦隊を動かして大きな穴を作った。

 だが、次々と被害は入る。

 まず、ビュコック率いる同盟残存艦隊が壊滅した。

 ビュコックの旗艦リオ・グランデは、ラインハルトに静謐な通信を残し、ヤンに同盟軍をゆだね、敵の攻撃を一手に引き受けて散った。

 病床のラインハルトが率先し、帝国の全将兵が、老人の死に敬礼した。

 さらに、ウルヴァシーとの兵站線を維持し、有人星からの避難民を護衛していたシュタインメッツ戦死の報告も入る。

 

 70時間と、七分。その七分に、千人が生命を捨ててヤマトが回頭する時間を与えた。

 波動砲が赤色巨星の中央を貫き、恒星の反応はさらに激しくなった。

 ヤマトは必死で波動エンジンの修理を進める。11時間と53分以内のワープのために。

 ヤマトを守るクナップシュタイン艦隊が、次々と撃沈されていく。

 一時間どころか、一分が何と長いことか。なのに、波動エンジンを修理している機関員にとって、どんなに11時間が短いことか。

 六時間。数千隻が、ヤマトに集中攻撃をしかけてきた。

「動けるか?」

「今動いたら、ワープができない可能性もあるぞ」

「……主砲を連射しろ!波動カートリッジ弾だ」

「最後の二発です!」

「やらせるなっ!」

 クナップシュタイン艦隊が全艦、全速で敵艦隊の横腹を突き、突き破る。

 残った艦は二隻。旗艦も粉砕されている。

 それでも、敵艦隊の三分の一程度しか減らせていない。

「クナップシュタイン……ミサイル残り全部撃て!」

 古代が絶叫し、コスモタイガーに飛び乗ろうとする。

「よせ古代!お前が出たってミサイルは残ってない!」

 南部が叫んだ。

「ワープ準備……ちくしょう、第七パイプ交換しろ!斧だ、斧を持って来い!」

 噴き出す高圧ガスに片腕を失いながら、徳川太助がわめく。

「もう、超新星爆発の兆候です!40分早い!」

 相原の悲鳴。

「残り時間……」

 千隻を超える艦が、至近距離まで迫っている。

 赤色巨星はビームを注がれ、不気味に脈動している。その激しい重力変動は、まるで巨人に殴られるようにヤマトクルーの内臓を揺さぶり、機関員の手元を、あらゆる機械や計器を狂わせている。

 次々と工作艦がワープした。ワープし損ねて爆発する艦もある。

 目の前の艦隊に、光が蓄積される。放たれたら最後か……不思議なほど静謐だ。

 突然画面が閃光に満たされる。

 もうワープしていたはずのガイデル要塞が、ガトリングデスラー砲のみならず、全身に装備する無数の兵器をぶっ放しつつ突進し、敵艦隊を蹂躙した。

 波動砲すら通用しないとされる頑丈な外壁が、あちこち破られ炎上している。

「ガイデル!」

「ヤマト……われらはヤマトを破った宇宙一の兵(つわもの)。デスラー総統の名誉にかけても、クナップシュタインごときに負けるわけにはいかぬ。どれほど総統にとってヤマトが大切か」

 禿げ頭に包帯を巻いたガイデルが、乱れる画面の中で微笑した。

 巨大要塞から、何隻かの大型艦が飛び出し、ワープする。

 クナップシュタイン艦隊の、最後に残った二隻のうち一隻がワープし、もう一隻はガイデル要塞から出た艦を狙う敵の巨大艦に激突し、大爆発に散った。

「さすがだな。よし、これで兵のほとんどと、超新星化兵器のデータは総統にお返しできる」

 もはや声のみ。

「さっさといけえっ!」

「もう、間に合いません。異常衝撃波来ます!」

 太田が絶叫した。

 その声に応えるように、傷ついた要塞が赤色巨星とヤマトの間に動いていく。

「ガイデル!だめだ!」

 もう、超新星爆発のすさまじいエネルギーは要塞を呑みこみつつある。さらに敵艦隊が恨みの攻撃を叩きこむ。

 爆発していく要塞……それが、わずかに衝撃波を弱め……

 ヤマトにも迫る弾幕を、巨大な、要塞最後のミサイルが受け止めて煙幕を作る。

「デスラー総統……ガルマン・ガミラス帝国万歳……」

 通信に雑音だらけの声が響く。

「ワープ」

 島が、涙ながらにワープに入った。すさまじい爆発が宇宙を切り裂いた。

 イゼルローン要塞があった恒星アルテナに有人星があれば、14年後には陸上生命は全滅するほどの……エル・ファシルなどでは何十年か後、満月より明るく観測できる爆発。銀河のすべての星の輝きより強い、遠くの銀河からでも観測できる爆発。

 無数の重元素を産み出し、生命の基を作りだす爆発……だがその爆発はゼントラーディ艦隊主力にとって、生ではなく死だった。

 多数の艦隊が計画性もなく逃れようとする緊急フォールドは、むしろ被害を拡大した。

 恐ろしい数の艦が、光速で広がる爆発に呑まれ、消滅していく。

 超光速通信搭載の観測無人機からの映像を見たヤンやラインハルト、将帥たちはみな恐怖した。

 だが、もしグリルパルツァーが生きていたら、またラインハルトが元気なら気づいていただろう。超新星爆発で赤色巨星が吹っ飛んだことで、イゼルローン回廊は大幅に広くなった。まあ、それがなくても新しいエンジンの入手で、回廊はもはや回廊ではなくなっている。

 それが帝国の今後をどう変えていくか、フェザーンの文官やオーベルシュタインは考えているだろう。

 まあそれも、この戦役を乗り越えたらの話であり、それは絶望的なのだ。

 

 

 

 メックリンガー艦隊が、絶望的というも愚かな数の敵に直面していたとき……

 そこに、銀河の天使の歌声が鳴り響いた。

 混乱する敵艦隊に、メックリンガーさえ混乱した。

「何が」

「〔UPW〕所属、ルクシオールより通信です!『歌を敵の通信波長で流せば、敵は混乱する。今攻撃せよ』」

「ばかな!だが、実際に敵は混乱している。確かに、今がチャンスだ……総攻撃!」

 メックリンガー艦隊の戦艦がビームとミサイルを連射しつつ、崩れた敵陣に身をねじ込む。

 同時に別方面から、六人の天使が舞い降りた。

 六機の紋章機、その一機は合体により能力を増幅させている……今回はファーストエイダーと。戦闘継続能力を優先するためだ。

 その火力は圧倒的だった。戦闘機よりは大きいが駆逐艦より小さい個人戦闘艇が、次々と戦艦を屠る。

 クロスキャリバーから放たれる二門の、戦艦を何隻も貫通する粒子砲。

 イーグルゲイザーの遠距離狙撃。

 ファーストエイダーは味方機を修復すると同時に、針の嵐を放って敵を貫く。

 スペルキャスターの、魔法技術による六芒星魔法陣は超巨大艦もあっさりと粉砕する。

 迎撃しようとする高機動機は、レリックレイダーが機動性で追随、次々と鋭い一撃で葬る。

 そしてパピヨンチェイサーの圧倒的な火力が、4000メートル級の艦すら粉砕する。

 ただでさえ百隻ぐらいの艦隊となら問題なく戦えるルーンエンジェル隊、しかも敵艦隊は混乱し機能していないのだ。

 さらにルクシオール自体、リプシオール級や無人艦も数百隻が激しく攻撃をかける。

「〔UPW〕の?」

 それを見て、メックリンガーは決意した。葛藤は激しかった……

(だが、今われらが美しく死ねば、次は大公妃殿下に戦火が及ぶ。笑われてもこれ以上悪いことになど、なりようがない!)

 愛蔵の、私用音楽データを、旗艦の、全艦を支配する通信システムに震える手で挿す。

「敵艦隊の通信波長。最大出力」

「閣下!」

「勝利のためだ。全責任は私がとる」

 メックリンガーの……普段は柔和な芸術家だが、衣の下にしっかりと鎧を着た威に、オペレーターはおもいきり出力を上げ、放送を始めた。

 敵の混乱、『デカルチャー!』の絶叫が響く中、艦隊と紋章機がおびただしい戦艦をたたき破っていく。

 

 

 同盟側の連合艦隊は、追い詰められていた。

 ついにゼントラーディ本隊が動き出したのだ。

 大軍が動きにくいダゴン星系に引きずりこんだが、ゼントラーディ軍はその圧倒的な数と破壊力で、小惑星帯を粉砕しながら攻め寄せてきた。

「負けない戦いをしよう」

 ヤンは、ブリュンヒルトの大本営でも、相変わらず行儀悪くあぐらをかいていた。

 それは、もう帝国将兵も安心させるものになっていた。

 ヤマトは帰ってきたが、戦闘不能で修理のためイゼルローン要塞に収納された。そのイゼルローン要塞と並び、10万隻に匹敵する火力源となっていたガイデル要塞が失われた……

 確かに何光年も先では、何百万もの敵艦隊が粉砕されつつある。その映像は全艦に流され、士気を高めている。

 だが、現実に今、ここでは、15対1の絶望的な戦力差があるのだ。

「あえて突っこめ!」

 アッテンボロー艦隊と黒色槍騎兵が肩を並べ、その背後を重厚に覆うロイエンタール艦隊が、逆に鋭く突撃する。ロイエンタールは、ヤン艦隊得意の一点集中射撃ももう身につけていた。その猛火の前に、どんな数も巨大艦も、烈火の前の淡雪のように消えていく。

 ミッターマイヤー艦隊が大きく周囲を回り、またも縦陣切断を狙う……

「ここだ」

 ヤンが読んだ通り、そのミッターマイヤー艦隊にこそ、敵は巨大要塞をフォールドさせ、叩き潰そうとしてきた。

 そこに、何日も前に放たれていた塊が、光速の99.9%で迫る。アルテミスの首飾りを粉砕した時と同様、巨大な小惑星をラムジェットで加速させ、そこにこそ敵が最大の力を置くように敵を動かしたのだ。

 巨大要塞の、ばかでかい目のような巨砲が、氷塊を粉砕する。

「トールハンマーの、何倍だ?」

「惜しいっ」

「だが、連射はできまい」

 ルッツの凄味を帯びた微笑。そう、移動可能なイゼルローン要塞が突進し、トールハンマーを全力で放った。

 巨大要塞が一時的に動きを止め、親衛艦隊が大量に粉砕される。

 だが、残った親衛艦隊は巨大要塞を守ろうと、激しい攻撃をイゼルローン要塞に集中させる。

 トールハンマーもおかまいなしだ。

「まさか、イゼルローン要塞が、数で押しつぶされるのか」

 帝国・同盟ともに戦慄していた。

「ここだな」

 病床のラインハルトが呟く、そのポイントにこそヤンはファーレンハイト艦隊とメルカッツ艦隊を向かわせていた。

 ぴったりの息で両艦隊は、ヤン艦隊お得意の火力集中……突っ込もうとする鼻先を痛打するような一撃で艦隊の足を止め、貴重な時間を稼いだ。さらにくさびを打ったように敵艦隊を分断した。

 ファーレンハイト・メルカッツともに重傷を負ったが。

 ヤンはその知らせを受けながらも、全艦に命令を送り続ける。

「アスターテを思い出せ。敵は多くても、分断されて局地的にこちらが多い状態を作ればいい」

 その瞬間に、全員がわかった。そう、全艦隊は、敵の一部だけをゆるやかに包囲していたのだ。

「目標、エル・ファシル星……射て!」

 ヤンの右手がふりおろされる。一隻の遊兵もなく、全艦の全砲が敵を押し潰していく。

 ここから二等星の明るさで見えるエル・ファシル星を狙うのだ、狙いの狂いようがない。

 そしてきれいに集中した弾幕は、容赦なく敵艦隊を引き裂いていく。

 だが、それもひとときのこと……いまこの宙域にいる敵の、七分の一を破壊したに過ぎない。

 じっくりと、超巨大要塞……イゼルローン要塞のさらに十倍の要塞が、トールハンマーすら軽傷で動き始める。

 その背後には、今ヤンが率いている艦隊の、軽く五倍が従い、加速し始めている。

「要塞同士の撃ち合いほど、楽しいことはないな。ケンプも楽しかったろう」

 ルッツの両目が藤色に輝き、イゼルローン要塞を突撃させる。

「全員を退避させろ」

 ルッツの命令とともに、イゼルローン要塞から次々と艦が飛び出し始める。スズメバチの巣が転がったように。

 ゆっくりと、何時間もかけてイゼルローン要塞と、超巨大要塞は向き合う。

 何発ものトールハンマーが、艦隊を蹂躙する。

 ヤン艦隊も、多数の艦隊の猛攻を受けている。

「ヤマト、修理はそろそろ終わるかな?」

 ルッツの、むしろのんびりとした館内放送に、古代は呆然とした。意図を悟ったのだ……腹の中からぶっ放せ。

「巡洋艦二隻をタグボートとする。接続しておいてくれ」

「は、波動砲……発射可能まで、あと22分」

「まあ、持ちこたえてみるさ」

 ルッツの微笑に、古代はただ歯を食いしばるだけだった。

 

 アイゼナッハが、地面にたたき倒されてその口から、まれな言葉が漏れる。

「大事ない。熱いぞ」

 飛んできていた、幼年学校の従卒が落としたコーヒーを浴びていたのだ。

 

 パーツィバルが猛攻を浴び、艦隊の三割とともに致命傷を負う。ミュラーは重傷を負いつつ旗艦をまたも移した。

「あの時はこんなものではなかった。陛下さえご無事なら」

 

 ワーレン艦隊は巧妙に敵をひきつけ、長く伸びた敵の一隊はアッテンボロー艦隊とガイデル残存艦隊が作った、死の縦隊に閉じ込められる。

「ああはなりたくないものだ。あれではまるで昔の、列を作り棍棒を持って殴りつける兵の間を走り抜ける死刑のようなものではないか」

 殴られながら走り続け、どんどん減っていく敵艦に、ワーレンは心から同情した。

 

 ヤンは、ミスはしていなかった。徹底的に負けない戦いをした。

 だが、それでも多勢に無勢は、多勢に無勢なのだ。

 次々と艦は減っていく。そして敵は、倒しても倒しても増えていく。

 味方の疲労は重なるばかりだ。負傷者は増えるばかりだ。残りが、半数を切る……

 

 イゼルローン要塞から、突然二本の閃光が放たれる。ヤマトの波動砲と、トールハンマーの同時発射……超巨大要塞の、半分が吹き飛ぶ。

「やった!」

 破壊されていくイゼルローン要塞から、ヤマトが巡洋艦にロケットアンカーで牽引され、かろうじて出てくる。

 最後に脱出したルッツの、わずか五隻の小艦隊は巨大要塞の親衛艦隊と戦い抜き、ヤマトを守って次々と破壊されていく。

 要塞と生命を共にするなどしない、最後の最後まで戦い抜く。

 巨大要塞は、わざとエンジンの一つを自爆させ、恐ろしい勢いで回転しながら敵陣につっこみ、多数の敵をまきこんで大爆発した。

 

 それでも、敵の超巨大要塞はその一つだけではなかった。

「どれだけ……」

 それだけ戦っても、戦っても……

 ヤンの体が、疲労に崩れそうになる。脳が溶けるようだ。

「また、別の超巨大要塞が」

「またか、いくつあるんだ」

 

 そのとき。歌が流れた。

 名曲とされるが、少々古い歌が。

 敵艦隊の通信を傍受しようと流していた回線に、混線していた。

 そのとき、ヤンの疲れ切った目に、それが映った。

 敵艦隊すべてが混乱しているのを。

 そして、次の瞬間、強烈な閃光が目をくらませる。敵艦隊の、最も濃密な中央部が粉砕される。

「……きたか」

 ルクシオールの、デュアル・クロノ・ブレイク・キャノン。

「陛下!」

 メックリンガーが叫んだ。

「いや、今は陛下は……生きてはおられるが、ご病気で」

「なんと!」

「まさか、われらが卿を助けるのではなく、卿がわれらの援軍になるとはな」

 ロイエンタールが苦笑し、

「全艦突撃!黒色槍騎兵のごとく!」

 絶叫に、艦隊が応えた。これほどわかりやすい命令もない。

 さらに、ウルヴァシー方面からもすさまじい閃光が、敵艦隊を襲う。

「お初にお目にかかる。ガルマン・ガミラス帝国総統、デスラー」

 百隻近い、巨大な砲そのものの艦や、甲板から巨砲を見せている戦闘空母。

「デスラー閣下。病中失礼する、ラインハルト・フォン・ローエングラム。話はわが代理、ヤン・ウェンリーとお願いする」

 ラインハルトが病床から身を起こす。

「ほう」

 と、デスラーはヤンを見る。

「デスラー閣下。ガイデル長官は、まことにご立派でした」

 ヤンがデスラーに敬礼する。

「武人の鑑(かがみ)、まさしく宇宙一の兵(つわもの)の名にふさわしい最期だった」

 古代が敬礼する。

「武人ならば当然のこと。勝利をもって弔いとしよう」

 デスラーが不敵に笑い、全艦デスラー砲装備の親衛艦隊が発砲を続ける。

 敵は膨大だが、混乱してまともな艦隊機動はとれていない。

「よし……どれほど多くても、羊の群れを獅子が襲うのだ」

 ラインハルトが笑った。

『き、きみたちには文化があるのか』

 ついに、敵艦から奇妙な、そして人間でもある姿の通信が入る。

 次々と。

『文化を、文化を取り戻せるのなら……』

「ああ、ある。われわれは人間だ。歌い、踊り、愛しあい、愛のために戦う人間だ」

 古代の声が、戦いの終わりを告げた。

 次々とゼントラーディは降伏し、

『邪悪な文化は、滅ぼさねばならぬ』

 と叫ぶ、超巨大要塞の総指揮官に立ち向かう。

 波動砲、デスラー砲、デュアル・クロノ・ブレイク・キャノンの斉射に超巨大要塞が消滅するのは、もはや終わりの仕上げでしかなかった。

 

 

 

「ジョアン・レベロ議長が殺害されました。殺害犯のロックウェルらが、ハイネセンを無血開城」

 その知らせを受けたヤンの表情は、何とも言えなかった。

(ああ、そうか)

 と。

 死を何度もくぐったからこそ、できる表情だ。

 人間とはそんなものだということを、底の底まで理解して。あるがままの現実を受け入れて。

 それで、

(ああ、そうか)

 である。

「また、異星人の大艦隊を、ヤン・ウェンリー一人が倒したとか……その、ラインハルト皇帝がヤンに降伏したとか……ものすごい英雄話が、マスメディアに。

 同盟の星の多くは、お祭り騒ぎです」

 ユリアン・ミンツの表情は、嫌悪感を示していた。

(それが、まだ若いということだ。人間に期待して、失望などをするのだから)

 ヤンは、もう老いたような思いだった。

「ロイエンタール元帥。超光速通信で、同盟のできる限り多くの人が、声を聞けるようにしてください。同盟のマスメディアは信用できない」

「二日」

 金銀妖瞳をきらめかせたロイエンタールは、忠実に、有能に命令を果たした。部下には災難だったが。

 残った5万艦隊、すべてをあちこちの惑星に配備し、惑星降下可能な艦載艇を低空に浮かべ、音声を鳴らせるようにした。

 ヤンは、あちこちの惑星の広場に集まり、歓呼の声を上げ同盟国歌を歌う群衆に、静かに語り始めた。

 音声が、そして多くの画面にヤンの顔が映る。その背景が帝国の艦であることに気づいた人もいる。

「ジョアン・レベロ議長が死んだ。わが身がかわいい人に殺されて。ああ、ぼくはヤン・ウェンリーだ。演説なんてできないから、ただおしゃべりをさせてもらう」

 熱狂。

「ルドルフ皇帝が出てきたときもこんなだったのかな」

 アッテンボローが皮肉気に言うが、画面の熱狂に圧倒されている。

 ちらり、と見たヤンはため息をついてつづけた。

「恥ずかしくてならない。民主主義の旗で戦ったことが。

 誇らしくてならない。ビュコック提督たちと同じ旗で戦ったことが」

 もう、涙声だった。

「同盟の残存艦隊は、ほとんど残っていないよ。もう、帝国に抵抗できる力などない。自由惑星同盟は、負けたんだ。

 ああ、今病気で治療しているラインハルト陛下は、ぼくに全部任す、って言ってくれた。

 ウェンリー朝を作ってもいいし、帝国も含めてこの銀河全部を民主主義にしてもいい。アンネローゼさんに帝位を継がせて立憲君主制にしてもいい」

 もちろん、聞いている帝国艦隊の多くは愕然としている……だが、ミッターマイヤーが「騒ぐな!」と一喝し、かろうじておさまった。

 呆れたことに、「ジーク」の声さえあった。

「レベロたちは、多元宇宙ゲートも、ゼントラーディ艦隊も……目の前の現実を受け入れることもできなかった。いいやつだし、頑張ってたけど。

 トリューニヒトは、同盟を売った。

 同盟に致命傷を負わせたのはサンフォードとウィンザー夫人。

 そしてレベロを殺した連中、名前を知りたくもない……」

 中断は、効果を狙ったのではない。単に、かろうじて体ごと横を向き、床に嘔吐したからだ。

 その音と映像、「ごめん」と謝る声、うがい音はそのまま中継された。マスメディアは次々と中継を中止し、別の番組を始めたり扇動政治家を登場させたりした。

「そんな連中を選んだのは、君たちだ。今、ぼくが見てる情報画面で、一人の人間の名前を怒鳴ってる君たちが、同盟だ。君たちが負けたんだ」

 ヤンは、静かに息を整えた。

「同盟の将兵は、そんな君たちのために戦いぬいた。その素晴らしさは、帝国の将兵一人一人がよく知っている。血を流して人類を救った……敵であった帝国の将兵、また存在を否定された並行時空の将兵とともに。ぼくはその一員であることは、誇っている。

 君たちも言うだろう。銃後で耐えてきたと。立派に戦った退役兵も多くいることは知っている。ビュコック提督の未亡人……こんな形で知らせて申し訳ない……あなたも、有権者の一人だ。

 ぼくも何度も選挙の機会があった。責任がある。

 陰謀をやって政権について歴史の流れを変えなかった責任は、拒否するよ。ぼくは神じゃない、そんなことをしてたらもっとひどくなったろう。

 正しければ勝利する、なんて幻想にすがるのはやめてくれ、ゴールデンバウム帝国の門閥貴族だって見たいものだけを見て滅んだ。

 英雄を求めるのはやめてくれ、ゴールデンバウムを選んだように。

 集団での熱狂と暴動はやめてくれ、それは何も生まない。自分の頭で考えることをやめるな。

 陰謀と権力、テロで歴史を思い通りにできると思うのはやめてくれ、誰だって神じゃない、歴史は、宇宙はあんたのママでも奴隷でもない。

 国家やイデオロギーに魂を売るのはやめてくれ、国家なんて幻想でしかないんだ。人類が滅びる直前だったんだよ」

 泣きながらしゃべる言葉が、やっと、熱狂する聴衆の耳に伝わっていく。ビュコック夫人は、しずかに、しずかに涙を流しつづけていた。

「現実を見て、自分の頭で考えて、立ち上がるんだ。暴力ではなく、アーレ・ハイネセンの勇気と賢明をもって。

 ぼくは、同盟を帝国に売るよ」

 重大すぎる言葉は、内容の重みに比べてとんでもなく軽い、なんでもない口調だった。

 ヤンはいつも、なんでもない口調で艦隊を動かしてきた。何万もの味方を、何十万もの敵をそんな口調で殺してきた。

「自由惑星同盟軍総司令官、ヤン・ウェンリー元帥は、ローエングラム銀河帝国摂政ヤン・ウェンリー元帥に正式に無条件降伏し、降伏を受け入れる。

 実際に同盟には、帝国に抵抗する力なんてないんだ。同盟政府には、当事者能力はない。

 といっても、民主主義の種火が根絶されたら帝国が腐ったときに、また種火を作るのに何百年もかかるから……帝国にはいくつか約束してもらった。

 エル・ファシルは自治領として民主主義を残す。

 帝国・同盟問わず、ルドルフ皇帝の登場、自由惑星同盟の誕生と敗北を、義務教育として教える。どんなに民主主義がひどいことになるかを。

 言論などの自由は守る。まあ、ローエングラム朝の帝国は、実は最近の同盟より自由だよ。

 同盟領は、地方自治は民主主義でいい。それを帝国がしっかりと見て、民主主義が機能するようなら、民主主義を少しずつ拡大していく。

 帝国は、甘い母親にもなるけれど、厳しい試験官にもなる。

 好きに選ぶといい。

 これまでのように、考えるのをやめて鳥のひなのように口を空けてエサを待つか。それならローエングラム朝は最高さ、すてきなエサをちゃんとくれる。ラインハルト陛下が治っても、治らなくてもだ。まあ、しばらくは。

 それとも、敗北を認めて、自分の頭で考えて、もう一度氷河を掘るつもりで民主主義の道を歩むか。

 簡単だとは思わない方がいい。人間の集団は妙なことになるし、歴史の流れはものすごい力で思いもよらない方向に流れるもんだ。

 ローエングラム朝という試験官は、厳しいが公平な試験官だ。暴動などに走らず、足元からしっかりと民主主義を積み上げ、実績を積み重ねれば、いつか憲法や議会だって認めてくれる。

 ぼくは、治療で出かけるラインハルト陛下を護衛して、この時空から出ていく。あとは帝国のみんなに任せる。

 では、さよなら」

 それだけ言い終えて、ヤンは通信を切った。

 みな、言葉もなかった。アッテンボローも、ロイエンタールも、ユリアンも。

 聞いていたラインハルトは、何とも言えない微笑を浮かべた。

 同盟の民衆は、徹底的に打ちのめされた。

 中継を途中で打ち切ったマスメディアは、根こそぎ信頼を失った。

 レベロを殺した人たちは、自殺する者もいた。リンチに遭った者もいた。しぶとく生き延び金持ちになった者もいた。

 ヤンの言葉が伝わったのは、やはり少数だった。

 大多数は、単にヤンを裏切り者として憎むだけだった。そんな連中は、あっさりと帝国の善政に忠誠を誓った。

 人間そのものに絶望し、自殺する者も多かった。

 だが、少数は立ち上がった。考え、学び、語り始めた。語り部の先頭にユリアン・ミンツがいた。

 放送は、ロイエンタールによって少しつづけられた。

 特に、ゼントラーディについての情報……降伏した生存者との共存。

 新しい技術によって人類の領域が広がること。

 ガルマン・ガミラス帝国や地球、〔UPW〕との友好条約。

 また、ゼントラーディが理解もせず利用していたプロトカルチャー製の兵站技術で、これまで利用できなかった不毛な星も資源にできること。

 ついでに、戦勝祝賀パーティーにのこのこと出てきたヨブ・トリューニヒトをデスラーが一目見た瞬間、拳銃を抜き射殺し平然と「顔が気にいらぬ」とのたもうたことも。

 

「あれこそ、専制の良いところではないか。デスラー総統閣下がああしてくれず、予が病死して帝国を民主化していたら、二十年後にはトリューニヒト帝国だったやもしれぬ」

「そういうことがあるのは認めるしかないですよ」

 苦笑しあうラインハルトとヤンは、ブリュンヒルトに乗ってウルヴァシーから、デスラーとともにガルマン・ガミラス帝国に向かおうとしていた。

 フレデリカら、何人も同行している。

 

 事実上全人類を統一したローエングラム朝銀河帝国は、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃を摂政とし、ロイエンタール・ミッターマイヤー・オーベルシュタイン三元帥の合議を中心として統治されることになった。

 ゼントラーディは主に帝国側の、帝国領域の外側にフォールド航法を利用して広がり、帝国とも技術を交換して開発を進め、文化を学び直すことになる。

 ロイエンタールはデスラーと協議の末、デスラーに自らのワープとゼントラーディの無人工場技術を分け、そのかわりに破壊された艦の破片の分析を黙認してもらい、ガミラス式準波動エンジンの技術も手に入れた。

 イスカンダル式波動エンジンに比べ出力は劣るが、生産性・整備性・信頼性ははるかに高い。

 

 そしてマイルズ・ヴォルコシガン、ワスプ号のクリス・ロングナイフ、ミレニアム・ファルコンのハン・ソロらはついに、エックハルト星系に開いたクロノゲートから、〔UPW〕を訪れた。

 そこでマイルズは昔の部下に再会し、新たな冒険が始まることになる……




銀河英雄伝説
超時空要塞マクロス
ヴォルコシガン・サガ
スターウォーズ
宇宙戦艦ヤマト
海軍士官クリス・ロングナイフ
ギャラクシーエンジェル2
レンズマン

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