機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-06「2人のあるべき形とは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて「オーブ連合首長国」と呼ばれた国は、今はもう無い。

 

 その名前を持った国は、既に過去の世界へと過ぎ去っていた。

 

 今から遡る事3年前、当時の代表首長カガリ・ユラ・アスハの宣言により共和制移行を目指して準備してきたオーブは、この春、政治形態の切り替えを行い、それまで行ってきた首長制度に終止符を打った。

 

 自薦、他薦によってそれぞれ選ばれた候補者を募り、国民選出による総選挙を行う事で、国の国家元首たる大統領を選出。新たなる体制を確立するに至ったのだ。

 

 これにより、「オーブ連合首長国」はその長い役割を終えて歴史のページの中にのみ存在する子かとなった。

 

 そして今、新たに「オーブ共和国」と言う国家が産声を高らかに上げたのだ。

 

 新国家立ち上げに沸くオーブ共和国。

 

 その首都であるオロファトの港に、はるばる欧州からやってきたフューチャー号は錨を降ろしていた。

 

 熱狂に湧くオーブには似つかわしくない程に中古でみすぼらしさが目立つ船ではあるが、それに乗る人物と、そして迎えに出た人物は、いっそ不相応なまでに高貴さを放っている。

 

 タラップを伝って降りてくるユーリアを出迎えた人物。

 

 短く切った癖のある金髪に、意志の強そうな目をした女性は、今は紫色の閣僚服に身を包んでいる。

 

 カガリ・ユラ・アスハ。

 

 オーブ連合首長国最後の代表首長であり、初代大統領であるロイド・ヤマモトの元で外務大臣を務めている。

 

 数々の戦場を指揮官として、そしてパイロットとして駆け抜け、更に政治分野では、かのギルバート・デュランダルとも対等に渡り合ったカガリは、ヤマモト大統領に乞われる形で外務大臣に就任したのだ。

 

 そして本日、極秘裏に入国したユーリアの接待役を仰せつかり、この場に出迎えに出ていた。

 

 ユーリア王女の姿を認めると、カガリは駆け寄って恭しく頭を下げる。

 

「ようこそオーブへ、ユーリア王女。滞在中はなるべく不自由が無いように、私が責任を持って取り計らわせていただきます」

 

 アスハ家とシンセミア家は、元々深い交流を持っているが、今は外国から来たVIPと、その接待役である。カガリは最大限の礼儀で持って、ユーリアを出迎えた。

 

 丁寧に挨拶するカガリに対し、ユーリアもまた感謝の意を込めて会釈する。

 

「ご丁寧に、痛み入ります。不躾な訪問でご迷惑をお掛けする事も有るかと存じますが、なにとぞ、良しなによろしくお願いします」

 

 アスハ家とスカンジナビア王家は昔から昵懇の仲であるが、カガリとユーリアは初対面である。アルフレートはそこの所を考慮し、娘を預けるのに相応しい相手としてカガリを選んだのだった。

 

「お疲れでしょう、まずはホテルの方をご用意しましたので、ゆっくりなさってください」

 

 そう言ってから、カガリは背後で控えていた女性に振り返った。

 

「イスカ、彼女を車の方へ。私は、もう1件、顔を出してから行くから、それまで待っていてくれ」

「畏まりました」

 

 カガリに呼ばれると、背後に控えていた長身の女性が前へと出て来る。

 

 カガリの秘書を務めるイスカ・レアと言う女性は、恭しく会釈をすると、車を止めてある方へユーリアを誘導していく。

 

 この後彼女達は、カガリが用意したホテルに直行して、長旅の疲れを癒す事になる。

 

 先導されて車の方へと向かうユーリアに続いて、ミーシャやスカンジナビアの騎士達も続いて歩いて行く。

 

 クライアスを含めて、軍服を着たスカンジナビア騎士は12名。皆、スカンジナビア軍でも有数の実力者として有名である。仮に不足の事態が起こったとしても、これだけの人数がいれば充分に対応する事が可能である。

 

 乗ってきた船に背を向けて歩いて行く騎士たち。

 

 しかし中で1人、クライアスだけは、ふと足を止めて、船の方を見やった。

 

 自分達が乗ってきた船、フューチャー号。

 

 そのタラップから降りてくる小柄な少女の姿を、クライアスはじっと見つめる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少女は、共に降りて来た青年と何やら話しているのが見える。生憎、距離があり過ぎる為、会話の内容まで聞こえて来る事は無いが。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 

「何してるんですか、隊長?」

「あ、ああ、すぐ行く」

 

 部下に促され、クライアスは我に返ると、慌てて後を追いかける。

 

 だが、

 

 歩きながらクライアスは、もう一度だけ振り返って、少女の横顔を覗いて見たあと、足早にその場を後にした。

 

 一方、

 

 タラップを伝って降りてきたキラとエストの元へ、カガリが駆け寄ってきた。

 

「ようっ」

 

 久しぶりだと言うのに、相変わらず気さくな挨拶をしてくる「きょうだい」にキラは、親しみを込めて笑顔を返す。

 

「カガリ、久しぶり。元気だった?」

「ああ、お陰様でな。お前等も元気そうで何よりだよ。もっともこっちは、ここの所の忙しさが半端じゃなかったけどな」

 

 そう言うとカガリは、大儀だと言わんばかりに肩を回し、大げさにため息をついて見せる。

 

 無理も無い。実際、大変なのだろう。

 

 それまで常識のように続けて来た首長制度を廃して共和制に移行したばかりのオーブは、まだ黎明の混乱期にある。全てはこれからであり、カガリも外務大臣として重責にある事から、その責任の重さは相当な物だ。

 

 特に昨今、共和連合の主要国として、オーブの持つ役割は計り知れない物がある。その上で、外交の重要性は嫌でも増すと言う物だ。

 

 しかし同時に、キラには分かっている。

 

 いかにも現状が難儀そうにしているカガリの瞳には、熱いエネルギーが満ち溢れているのが見て取れた。

 

 仕事に充実を感じている者のみが持てる、強い光である。

 

 実際、代表首長の重責から解放され、以前よりも権限は減少したものの、その分フットワークは軽くなったのは間違いない。むしろ、代表首長と言う枷に捉われていた時期よりも、今の方がカガリの性に合っているのかもしれなかった。

 

「ゆっくり話したいところなんだが、今日はユーリア王女を接待しなきゃいけないからな。話はまた今度なッ」

 

 そう言い置くと、カガリは踵を返して脱兎の如く駆け去っていく。

 

 相変わらず忙しない事この上ない。

 

 しかし、今も昔も変わらないカガリの様子に、キラは心に大きな安心感が宿るのを感じていた。

 

「あの性格は多分、一生治らないと思います」

 

 ボソッとひどい事を言うエスト。

 

 彼女もまた長い付き合いで、自身の姉貴分でもあるカガリの性格は熟知している。そこから考えれば、確かにカガリのあの性格は、早々な事では変わらないように思えた。

 

「さて、僕達も、どこかに宿を取らなきゃいけないね」

「そうですね」

 

 文字通りVIP待遇のユーリアやスカンジナビア騎士達と違い、キラ達は宿も自前である。なるべくならユーリア達のホテルに近い場所に宿を取りたいところである。

 

 ユーリアの護衛と言う観念から見れば、キラ達も同じホテルに泊まるべきなのだろうが、騎士達が「地上に降りてからの護衛は自分達の管轄。傭兵はお断り」と言った類の事を強硬に主張した為、やむなくキラ達は遠慮したのだ。

 

 この任務がどれほど続くかは知らないが、彼等とはこれからも共に働く以上、無用な軋轢は避けたかった。

 

 と、

 

「何じゃ、つれないのう。このまま船に泊まれば良いじゃろ。安くしとくぞい」

「ヒアァァァ!?」

 

 可愛らしく悲鳴を上げるエスト。

 

 振り返ると、いつの間にか背後に立っていたバルクが、手を伸ばしてエストのお尻を撫でまわしていた。

 

 全く気配を感じなかった。

 

 キラもエストもかなりの場数を踏んだ歴戦の戦士である事は間違いないが、セクハラ行為をかます時のバルクの気配だけは、なぜか察知する事ができなかった。

 

 キラが見ている前で、無言のままバルクに殴り掛かっていくエスト。

 

 対してバルクは、ヒョイヒョイっとばかりにエストの攻撃をかわしていく。先程から、全くと言って良い程、エストの攻撃は当たっていない。

 

 キラはたまに思う。

 

 あの老人も、もしかして「SEED」を持っているのだろうか? と。

 

 そうでなかったら、エストの攻撃をああも(無駄な華麗さを発揮して)回避する事は不可能なように思える。

 

 結局、エストにボコボコにされた状態で、バルクは戻ってきた。

 

 何か、顔の形が変わっている気がするが、そこは気にしない。いつもの事だから。

 

「全く、お前さんは、少しは敬老の精神を持たんかい」

「性犯罪者を敬う必要性は、どこを探しても見当たりません」

 

 口調こそ淡々としているが、明らかに怒った口調で言うエスト。毎度の事ながら、この老人のセクハラには辟易している様子だ。

 

 そんな2人の様子に苦笑しつつ、キラはバルクに向き直った。

 

「悪いんだけど、バルク。僕達は町の中に宿を取るよ。護衛の事もあるし、それに、久しぶりのオーブだから、ちょっと街の方を見て回りたいし」

「そうかのう?」

 

 キラの言葉に、バルクは少しだけ寂しそうにする。ちょっと、疎外感を感じているのかもしれない。

 

 だが、

 

「ごめんね、バルク」

「そうか・・・まあ、仕方ないかの」

 

 申し訳なさそうに謝るキラに対し、バルクは気にするな、と言う風に手を振って見せる。

 

 キラとエストが、このオーブと言う国に特別な思い入れを持っている事をバルクは知っている。

 

 それだけに、無理強いもできないと感じているのかもしれなかった。

 

「儂は船の整備をしとるよ。何かあったら、電話で呼び出してくれ」

「うん、お願いね」

 

 そう言うと、トボトボと言った感じに船内へと戻っていくバルク。そんな老人の寂しそうな背中を見送りながら、キラは嘆息する。

 

 バルクには悪いが、せっかくオーブに来たのだから、色々と見て回りたいところがあった。

 

「じゃあ、エスト。取りあえず、宿を決めて・・・・・・」

 

 言いかけた時だった。

 

 エストが、キラを制するようにして、彼の袖をクイクイッと引いた。

 

 導かれるように振り返った視線の先。

 

 そこには、こっちを見詰めて微笑を浮かべている、黒髪の青年の姿があった。

 

 青年の姿を見て、キラは呆然と呟く。

 

「・・・・・・・・・・・・アスラン」

 

 それは約3年振りとなる、親友との再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラ・ヒビキとアスラン・ザラ。

 

 2人を繋ぐ友情と言う名の因果は、複雑に絡み合い、解く事ができない程にまで難解化している。

 

 月面の中立都市コペルニクスにて、その後に待ち受ける運命も知らないままに出会った幼い2人。

 

 それが2人を繋ぐ、流転の運命の始まりだった。

 

 次に再会した時は、崩壊寸前のヘリオポリスだった。そこで2人は、互いの立場故に、敵と味方に分かれる事になる。

 

 キラは地球連合軍、アスランはザフト軍に。

 

 その後の紆余曲折は、とても一言や二言では語りきれないだろう。

 

 時に味方として、時に敵として行く道を交錯させた2人は、友情とも好敵手ともつかない奇妙な関係の上に、自分達を落ち着かせていた。

 

 そのアスランが運転する車の、助手席にはキラが、後部座席にはエストが座り、市街地を移動していた。

 

「せっかく来てくれたのに、残念だったな。お前達の知り合いは今、殆ど国外にいるんだ」

「それは、仕方ないよ。みんな忙しいだろうし」

 

 アスランの言葉に、キラは肩を竦めて答える。

 

 オーブ国内は今、どこも多忙な状態であると言う事は、長く戦場にいたキラにも判っている。

 

 地球連合軍は地上でも宇宙でも攻勢を強める傾向がある。それに伴い、オーブは戦線を維持しつつ、敵の消耗を待っている状態だ。

 

「シンは北方戦線だし、ムウさんやマリューさんは宇宙にいるしな。国内にいるとしたら、ユウキとライアくらいかもしれん」

 

 シン・アスカは先のユニウス戦役における英雄である。常に最前線にあって多くの敵を倒し、劣勢のオーブ軍を支え続けた事で、今や「オーブの守護神」とまで呼ばれている。

 

 ムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアスは、戦後すぐに結婚し、ほどなく男の子を授かっている。2人ともオーブ宇宙軍の重鎮であり、制宙権維持の要でもある。もっとも現在、マリューの腹の中には第2子が宿っているらしい。その為彼女は、一時的の予備役に編入して軍務を離れている。

 

 そして、アスランにも大きな変化が訪れようとしていた。

 

 アスランの左手の薬指には、銀色の指輪が嵌っている。

 

 オーブが共和制に移行した事でカガリの仕事がひと段落した事を受け、アスランとカガリは正式に婚約を交わしたのだ。

 

 今、アスランはザフト軍を除隊して、プラントからオーブへ帰属する手続きの真っ最中である。これがすめば、アスランは正式にオーブ国籍を取得する事が出来る。そうなれば、カガリとアスランの結婚を邪魔する物は何も無くなる。

 

 アスランとカガリ。運命の悪戯としか言いようのない出会いを果たした2人もまた、長い年月と多くの障害を乗り越えて結ばれようとしていた。

 

「・・・・・・みんな、変わっていくのですね」

 

 後部座席から、活気のあるオーブの街並みを見て、エストはポツリとつぶやいた。

 

 そんなエストを、キラは訝るように振り返って見つめるが、エストの方は視線を合わせる事無く窓の外を見続けている。

 

 変わらないのは自分達だけ。

 

 否、「自分」だけであると言う事に、どこか寂寥感にも似た物を感じているのかもしれなかった。

 

「俺も、これからが大変だよ」

 

 車を運転しながら、アスランがぼやくように言った。

 

「これからは、戦闘以外の事でも彼女を支えていかないといけないからな」

 

 長くザフトの軍人であったアスランの場合、たとえ除隊したとしても、暫くの間は他国の軍隊に入隊する事はできない。機密保持等、色々な制約がある為である。

 

 オーブに帰属しても、アスランがオーブの軍人になるのは、まだ先の事となるだろう。

 

 その為、アスランとしては、帰属後は軍事以外の面でカガリを補佐できたら、と思い、色々と勉強中であった。

 

「そっか、アスランも頑張ってるんだ」

 

 カガリの為に一生懸命になっているアスランを見て、キラは微笑を向ける。

 

 アスランは決して器用な男ではない。それは、カガリとの関係がありながら、ユニウス戦役中は一貫したザフト軍の隊長としてオーブ軍と戦い続けたことからも明らかである。

 

 これまで頑なに軍に居続けた男が、また別の道を模索しようとすることがいかに難しいか、キラには良く判っていた。

 

「お前達はどうなんだ?」

「僕達?」

「ああ。オーブに帰ってくる気は無いのか?」

 

 突然発せられた、誘うような言葉に、キラは怪訝な面持ちで車を運転する友人に支援を向ける。

 

 アスランの発言は、遠まわしにではあるが「いつでも帰ってこい」と言っているように思えたからだ。

 

「・・・・・・今はまだ、無理かな」

 

 ややあってキラは、静かな口調で答える。

 

「今やってる仕事もあるし。それに・・・・・・」

「それに?」

「オーブにいたら見えてこなかった事が、傭兵になって初めて見えて来た事も多いからね」

 

 戦場を渡り歩いていれば、判って来る事も多い。

 

 戦争の悲惨さ。失われる命の尊さ。正義の意味。

 

 それは、オーブと言う平和の国にいては、判らない事だったかもしれない。

 

 そして、それらの事を見て、あるいは自分達で体験して来たからこそ、自分達にできる事は何かを、考える事ができたのかもしれない。

 

 後部座席のエストは何も言わず、キラの言う事を聞き入っている。彼女もまた、キラと共に長く戦場を渡り歩いてきた身である。その胸に秘めた思いは同じであると言える。

 

「そうか・・・・・・・・・・・・」

 

 キラの答えに対し、アスランは納得したように頷きを返す。どこか、キラ達の返事は最初から納得していたような口ぶりだ。言ったところで、簡単には事は進まないだろうと考えていたのだ。

 

 アスランが運転する車はやがて、大きなホテルのロータリーに入っていく。

 

 どうやらアスランは気を効かせてくれたらしい。そのホテルは、ユーリア達が滞在しているホテルから1区画分しか離れていない場所に建てられていた。

 

「用心しろよ、キラ、エスト。欧州の戦闘に便乗して、何か良くない事が起きているような気がする」

 

 車の速度を落としながら、少し緊張したような口調で言うアスランに対し、キラは怪訝な面持ちを作って問い返す。

 

「良くない事?」

「それは、どのような事ですか?」

「それは、俺にもまだ判らない。だが、今回のユーリア王女の一件、一筋縄ではいかないような気がしてならない。その事を忘れないでくれ」

 

 質問に答えながら、アスランは正面玄関前まで進めて車を停車させる。

 

 ホテルはかなり新しい物であるらしく、外装も内装もかなり凝った意匠が施されているのが見えた。

 

 一流と言うほどではないにしろ、それなりに設備が整ったホテルだと思われた。

 

「じゃあ、俺はこれからまだ仕事があるから行くが、手が空いたら食事でもしよう」

「うん、楽しみにしているよ」

 

 そう言い残すと、アスランは2人を降ろして走り去って行った。

 

 やがて、車は物陰に入って、キラ達の視界からは見えなくなる。

 

 何かよくない事が起ころうとしている。

 

 走り去るアスランの車を見送りながら、キラは先ほどの彼の言葉を思い出していた。

 

 思い当たる節はある。

 

 たとえば、ユーリアが浚われた理由について、キラ達は一切の説明を受けてはいない。今回の一件が全て、あの拉致事件に端を発している事を考えると、その理由が不透明なままなのはキラ達としても気分が良いとは言えなかった。

 

 何か、おいそれはとは言えない事情があるのか?

 

 推察しても答えが出る事は無いのだが、それでも考えずにはいられなかった。

 

 それに、マゼラン海峡で襲撃を受けた事も気になった。まるで、敵はこちらの動きを読んで先回りしているかのようだった。

 

 南米周辺の制海権は共和連合が握っている為、地球連合軍が部隊を展開したり、哨戒の為の兵力を送り込んでくるには無理がある。つまり彼等は、フューチャー号があそこを通ると知っていて待ち伏せていたと考えた方が良い。

 

 ユーリアのオーブ入りは、あくまでも極秘の事である。知っている人間はごくわずかの筈。なのに、敵は待ち伏せしていた。これはつまり、こちらの情報が漏れていると考えた方がよさそうだった。

 

 しかし、ここでそれをあれこれ詮索しても、あまり意味は無い。とにかく、ここまでの長旅と戦闘で2人とも疲れている。今は体を休めたかった。

 

「さあ、行こうエスト」

「はい」

 

 そう言うと、キラとエストは連れだって、ホテルの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 ユーリア滞在に当たり、オーブ政府は充分な配慮をしていた。

 

 ホテルはオーブ随一の5つ星であり、そこの最上階にある展望スイートを借り切る形となっている。これはホテルの最上階フロアを丸ごと使った物であり、1泊するだけでもサラリーマン3か月分の給料が必要なほど豪華さだった。

 

 勿論、普段から王宮に暮らしているユーリアにとっては、さして広いと感じる物ではないのだが、それでも王侯貴族に対して、失礼にならない対応であるのは間違いない。

 

 もっとも、そのユーリアはと言えば、

 

「もう少し、質素でも良かったのですが・・・・・・」

 

 少し不満そうに呟きを漏らしていた。

 

 彼女としてはそれほど長く滞在するつもりでもないので、どこか適当なホテルに仮の居を構えた方が良いと考えていたのだが。

 

 しかし、周囲にはなかなか、王女の意思は伝わらない物である。

 

「このホテルの警備体制は、オーブでも有数の物です。これも、姫様の身の安全を図る為のものでもあります。どうか、ご自愛を」

 

 傍らのクライアスは、事務的な口調でそう言って頭を下げる。

 

 護衛責任者である彼としては、ユーリアの安全は最優先で考えなければならない事である。それ故にクライアスとしては、オーブ側の配慮はありがたい事だった。何より、これだけ最高級のホテルなら、スカンジナビア王家としての体面は充分保たれると考えていた。

 

「それに・・・・・・」

 

 ユーリアはクライアスに振り返りながら、もう一つの不満点をぶつける。

 

「キラとエストも、一緒に泊まってもらった方がよろしかったのでは?」

 

 このホテルに泊まるのは、ユーリアとミーシャとクライアス。そしてクライアスの部下である騎士団員ばかりである。

 

 言うまでも無く、これは傭兵であるキラ達を、騎士団側が露骨に排除した結果である。

 

 国王の命令であるから護衛には加える。ただし「身辺警護」には加えない。そこはあくまで自分達の管轄だ。と言う訳である。

 

 ユーリアとしては、知らない異郷の地に滞在しなくてはいけない関係から、なるべく話の合う知り合いに近くにいてほしいと思っていたのだ。特にエストは同性の同年代と言う事もあり、もっと一緒にいて話をしてみたいと思っていたのだが。

 

「ご安心ください、ユーリア様」

 

 そんなユーリアに対し、クライアスは自信たっぷりに言う。

 

「我ら騎士団一同、何があろうとユーリア様の身は一命を賭してお守りいたしますので」

「・・・・・・ありがとうございます」

 

 クライアス達の忠誠は、ユーリアにとって確かにありがたい物である。得難い物であるとすら思っている。

 

 だが、残念ながら、忠誠心だけでは王女の心を推し量る事はできなかった。彼女が何を求めて言葉を発しているのか、クライアスは完全に取り違えていたのだった。

 

 ユーリアの部屋を辞すると、クライアスはその足で騎士団員が控えに使っている部屋へと向かった。

 

 騎士団は今回のユーリアの極秘行に当たり、クライアスを含む12名を護衛に当てていた。

 

 11人の騎士団員達は、クライアスが部屋に入って来ると、一斉に駆け寄ってきた。

 

「隊長」

「時間を分けて3交代で警戒に当たれ。許可した者以外は絶対に通すんじゃないぞ」

「ハッ」

 

 統率の取れた動きで、騎士達は敬礼する。

 

 いずれも軍の中から選抜された精鋭中の精鋭達である。彼等がいれば、如何なる者達が襲ってこようとも撃退できる自信がクライアスにはあった。

 

「頼むぞ、みんな。何としても、滞在中のユーリア様の御身を我らの手で守るのだ」

「勿論ですよ、隊長」

「傭兵の手など借りるまでもありません。我等の手で、姫様を守りましょう」

 

 力強く唱和する騎士達を、クライアスは頼もしく見つめる。

 

 スカンジナビアは過去2度の大戦において、完全に蚊帳の外に置かれ、実戦の機会を得る事は無かった。

 

 しかし今、こうして共に戦う仲間達を見ると、世界中のどのような軍隊と戦っても、自分達が劣っているとは思えなかった。勿論、戦場を這いまわって戦果を漁り、報酬次第では昨日の味方と敵を取り換えるような傭兵よりも、自分達の方が優秀な存在である事は間違いない。

 

 だが、

 

 ふとクライアスは、同行した女傭兵の事を思い出した。名前は確か、エストと言ったか?

 

 正直、はじめは取るに足らない存在だと思っていた。所詮は傭兵。浅ましい野良犬のような存在だと。

 

 だが、あのマゼラン海峡での戦いで助けられた時から、その存在の事が頭の隅から離れなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿な。何を考えている」

 

 自嘲気味に笑いながら、自身の頭の中に浮かんだエストの顔を振り払う。

 

 自分は誇りある騎士。対して向こうは、ただの傭兵。

 

 今回は、たまたま命令によって同じ任務にあたる事になった存在。

 

 ただ、それだけの話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラとエストが取ったホテルは、ユーリア達が泊まっているホテルに比べると、格段にレベルが下がるが、それでも設備的には過不足無い物だった。

 

 ビジネスホテルよりは、若干グレードが高いと言った感じであるが、2人はその程度で十分と考えている。

 

 そもそも、2人ともホテルのグレードには、それほど拘りがある訳では無い。最低限、寝泊りができればそれで良いのだ。

 

 チェックインを済ませ軽く食事をしてから、2人はツインで取った部屋へと入った。

 

 それぞれにシャワーを済ませた後だった。

 

 下着の上から寝巻代わりのYシャツを羽織っただけという格好のエストが、椅子に座って本を読んでいるキラを見て、改まった口調で尋ねた。

 

「質問があります、キラ」

「ん、何?」

 

 読んでいた本から顔を上げ、エストを見るキラ。

 

 少女は、一見するといつも通りの無表情のようにも見えるが、付き合いが長いキラには、微妙な表情の変化が見て取る事ができた。

 

 何か、深刻な話がある。そう感じたキラは、本を閉じて向き直った。

 

「キラは、結婚したいと考えた事はありますか?」

「結婚?」

 

 エストの口から出るには、あまりに不釣り合いに思える言葉に、キラは訝るように首をかしげた。言っては何だが、エストの興味からはかけ離れている言葉に思えたからだ。

 

 長く一緒にいる2人の間で、今までその手の話題が出た事は皆無である。それだけに、急にエストが結婚の事を口にしたのが、キラには不思議だったのだ。

 

 しかし、

 

 キラを見詰めるエストの目は、真剣そのものである。生半可な答えは許されないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・あるよ」

 

 ややあってキラは、微笑しながら答えた。

 

 キラの答えを聞き、エストはじっと見つめながら次の言葉を待つ。

 

「傭兵なんかやめて、エストと2人でどこかの田舎に行って、そこで結婚してゆっくり暮らせば、それはそれで幸せかな、て考えた事は何度もある。と言うより、今も時々考える事があるかな」

 

 エストは想像してみる。

 

 どこか、戦乱の音も遥か遠くにあるような山際に小屋を作り、キラと2人、ひっそりと暮らしていくような生活。そんな生活も、2人にはあったのではないだろうか?

 

 だが、現実はこの3年間、2人はほぼ毎日のように戦争に身を置き続けた。普通に生活しているよりも、戦場にいる時間の方が長かったくらいである。

 

 結局のところ、自分達には「平穏」は似合わないのかもしれない。そんな風に考えてしまう。

 

 そんなエストを、キラは愛おしげに見つめる。

 

「アスランとか、マリューさんとかの事を考えて、そう思ったの?」

「・・・・・・はい」

 

 キラの質問に対し、エストは素直に頷きを返す。

 

 共に戦った仲間達が結婚して家庭を持ち、それぞれに違う人生を歩み始めている事にたいして、エストも漠然とだが羨望のような物を感じたのかもしれない。

 

 加えて、先日のユーリアやミーシャとの会話に出た内容の事もある。「結婚する」と言う事について、キラがどのように考えているのか知っておきたかったと言う事もあった。

 

「・・・・・・エスト、こっちおいで」

 

 キラはエストを招き寄せると、その華奢な体を膝の上に座らせて、優しく抱きしめた。

 

「あえて、結婚って形にエストが拘りたいなら、僕はそれでも構わない。この仕事が終わったら、ちゃんと結婚式を挙げても良い」

「・・・・・・」

「でもね、僕は思うんだ。僕達の間で、あえて形に拘る必要はないんじゃないかって」

 

 キラは少し体を離すと、エストの顔を見詰めて言う。

 

「だって、結婚なんかしなくたって、僕達はもう、結婚しているような物なんじゃないのかな?」

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 エストは顔を紅潮させてキラを見る。

 

 結婚とは、ある意味でただの通過点に過ぎない。重要なのは、愛し合う者同士が互いに支え合い、共にあり続ける事なのではないだろうか?

 

 そう言う意味で言えば、キラとエストは立派な「夫婦」と言えた。

 

「エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 キラはそっと、少女の唇に自分の唇を重ねる。

 

 対してエストも目を閉じ、静かに青年からのキスを受け入れた。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 オーブ本島に向けて、不気味に蠢く影がある事に、この時まだ、誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-06「2人のあるべき形とは」      終わり

 


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