機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-05「洋上の伏兵」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤道を越えた後は、南に進むにつれて徐々に気候が穏やかになるのが分かる。出国してからこちら、特に天候がれると言う事も無く、航海は穏やかの内に進んでいた。

 

 降り注ぐ陽光を受け、海面に影を落としながら、1隻の艦が航行している。

 

 それほど大きい艦ではないが、形としてはなかなか奇抜である。

 

 前半部分は地球連合軍がヤキン・ドゥーエ戦役前から使用している、ドレイク級護衛艦に似ている。その前部上甲板には連装のゴッドフリート系と思われる主砲塔が鎮座し、他にも対空砲と思しき砲門がいくつか増設されているのが見えている。

 

 後部は大きく膨らんだ箱を無理やりくっつけたような形をしている。これは内部が大型の貨物用のカーゴになっており、機体や物資を格納できるようになっているのだ。

 

 艦船と言うより、武装貨物船、あるいは仮装巡洋艦と言った感じだ。

 

 民間所有の貨物カーゴ船「フューチャー号」。傭兵斡旋業者バルク・アンダーソンが商取引用の物資や機体を輸送する際に使う艦船である。

 

 地球軍が廃棄処分にする予定だったドレイク級護衛艦を、書類を偽造して取得、更に最新式のレーザー核融合エンジンと安定用の主翼を装備して大気圏飛行を可能とし、後部には貨物用のカーゴを設置した代物だ。

 

 かなりゴテゴテした印象があり、継ぎ接ぎだらけ、と言う表現が正しく的を射ているように見える。

 

 戦闘力は通常の戦闘艦艇より低いが、モビルスーツは最大で4機搭載可能と、このクラスのレベルではそれなりに多く、搭載する機体次第では艦のスペック以上の戦闘力を発揮する。

 

 その中古の改造船に過ぎないフューチャー号に、今、似つかわしくない程に華やかな容姿と身分を持つ高貴な人物が乗り込んでいた。

 

 スカンジナビア王国第1王女、ユーリア・シンセミアは今、フューチャー号の一室に仮の居を構えている。

 

 目的はオーブへの渡航。その為の隠密行程である。

 

 当初、船の選択にはちょっとした悶着があった。理由は、ユーリアの身分である。

 

 クライアスをはじめとしたスカンジナビアから派遣された護衛組が、このような中古船にユーリアを乗せる事を強く反発したのだ。

 

 彼ら曰く、このようなみすぼらしい船など、ユーリア様が乗るには相応しくない、と。

 

 しかし、実際問題としてスカンジナビア軍には、大気圏内飛行が可能な艦船は存在しない。シャトルや輸送機では、武装が少ないうえに搭載機数も少ない為、充分な護衛を行えない。万が一、敵の待ち伏せを受けたりしたら、ひとたまりも無かった。

 

 水上艦を使うのは論外である。速度の遅い水上艦では、万が一、敵の襲撃を受けた場合振り切れない。

 

 スカンジナビア軍側は、オーブから迎えの艦船を寄越してもらっては、などと非現実的な案まで出してきたが、当然、それも却下である。今回の目的はユーリアの身の安全の確保である。迎えの艦船など要求したら、それこそ鳴り物入りのような雰囲気になって、ユーリアの行動が敵に筒抜けとなってしまう恐れがあった。

 

 結局、すったもんだの討論の末に、とうのユーリア自身がフューチャー号を使用する事を了承した為、事態は収束する事となった。

 

 カーゴの中には、フリーダム、デスティニー、グロリアスの3機と、ストライカーパック等の武装、そのほか補給物資が搭載されている。それらの機体はサイを中心とした整備班が乗り込んで、完璧な状態で整備を行っていた。

 

 大西洋を南下して南米大陸の南を守る航路を取った船は今、南米の最南端、マゼラン海峡付近に差し掛かっている。

 

 出発前に行った検討の結果、この航路を取る事が最も安全だろうと言う結論に達したのだ。

 

 北米周辺から大西洋中部を抜けるまでは地球連合の支配領域であった為、緊張の数日を強いられたが、南アメリカ合衆国は共和連合の一国であり、南大西洋は同国の制海権にある。

 

「ここまで来れば、もう大丈夫、かな?」

 

 ブリッジに立ったキラは、傍らで航行の指揮を取るバルクに話しかける。

 

 バルクはここ数日、フューチャー号のブリッジに寝ずに立ち続け、万が一不測の事態が起こった際、即応できるようにしていた。

 

 クルーは他にもいて、本来なら交代で休憩も取るのだが、バルクだけは最低限の休息を取るだけで舵輪を握り続けている。

 

 一国の王女を乗せているのだ。普段は性格の軽い印象が強いバルクも、航行には細心の注意を払わざるを得ない。その責任感が、バルクに舵を握らせ続けているのだ。

 

「バルク。僕がしばらく代わるから、少し部屋で休んで来たら?」

「何のッ」

 

 気遣うキラに対して、バルクは胸を逸らして笑みを向ける。

 

「わしが現役の頃なんぞ、1~2週間の徹夜は当たり前じゃった。それに比べたら、この程度の疲労なぞ物の数に入らんわい」

 

 そう言って呵々大笑する。

 

 何とも元気な老人である。

 

 キラ達がバルクとの付き合いを持つようになって既にそれなりの時間になるが、今でも若い人間と酒の飲み比べなんて物をやっては圧勝したりしている光景をよく見る。

 

 キラも20歳を過ぎてから、多少酒を飲むようにはなったが、この老人ほどに飲めるようになるまでは、どれくらいになるのか、見当もつかなかった。

 

 もっとも、酔った勢いで若い兵士と相撲を取り、ギックリ腰になったりしている辺り「年寄りの冷や水」と言えない事も無いが。

 

「それはそうとな、キラ」

 

 思案しているキラに、バルクは改まった口調で話しかけた。

 

 振り返るキラに対し、バルクは前方に視線を向けたまま尋ねる。

 

「お前さん、エストと知り合って、どれくらいになるんじゃ?」

「え? ・・・・・・そうだね。もう5年・・・・・・いや、あと少しで6年かな。もっとも、間2年間、全く会っていなかった時期があるけど」

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役が集結してしばらくの間、キラは己の身を隠すように世界を放浪していた時期がある。その間、エストはおろか、他の仲間達とも一切顔を合わさなかったのだ。

 

 元テロリスト「ヴァイオレット・フォックス」として、大戦前、大西洋連邦を中心とした現在の地球連合各国に対してテロ行為を行っていたキラにとって、自身の過去と言う物は、どんなに逃げても、逃れられない存在だった。

 

 逃げても逃げても、どこまでも追いかけてくる、まるで忌まわしい影法師のような存在、それが過去だ。

 

 だからこそ当時、キラはエスト達からしばらく距離を置く選択肢を取ったのだ。せめて、ほとぼりが冷めるまでの間。

 

 オーブ軍を退役する前に、エストに協力してもらって大西洋連邦のデータベースに侵入、自分に関する全ての経歴を消去し、その他流出した形跡のある物も丹念に追って消去した。

 

 その為、データベースの照会で正体がばれる事は無いと思われる。あとは、自分の顔を知っている人物に直接会うか、あるいは消去しきれなかったデータが他にあった場合だが、それらが起こる可能性は限りなく低いと思われた。

 

 事実上、テロリスト「ヴァイオレット・フォックス」は、この世界から消滅したに等しい。少なくとも、キラが何らかの理由で活動を再開しない限り、最強最悪のテロリストが、この世に再び姿を現す事は無い。

 

「でも、どうしたの、急に?」

「・・・・・・いや」

 

 訝るようにキラは尋ね返す。急に自分達の関係について尋ねてきた事が不審に思えたのだ。

 

 バルクは話を打ち切るようにして、視線を前方へと向けたままでいる。その表情は、どこか深刻な何かを抱えているかのように細められている。普段、公然とエストにセクハラをしている人物と同一人物とは思えない程だった。

 

 キラが更に何かを尋ねようとした時、ブリッジへと入ってくる人物があった。

 

 スカンジナビア軍の軍服に身を包んだ長身の男。クライアスである。

 

 クライアスは入って来るなり、キラとバルクの元に大股で歩み寄って来ると、キラとバルクを交互に見回して尋ねた。

 

「オーブまでは、あとどれくらいかかる?」

 

 ぶしつけな質問をするクライアス

 

 対してバルクは、キラと顔を見合わせて肩を竦めると、傍らの地図と計器を見比べて顔を上げた。

 

「そうじゃの・・・・・・あと2日・・・まあ、3日は掛かるまい。予報では、天気が荒れる事も無いじゃろうし」

 

 間もなくマゼラン海峡を抜ける。そうなればもう、南太平洋だ。あとはオーブまで一直線で行ける。

 

 万が一、嵐に遭遇するような事があれば、回避航路を取らざるを得ないので、若干の遅延を来す事も有り得るが、天気情報を確認する限り、どうやらその心配も無いらしい。

 

 だが、その回答に不満だったのか、クライアスはあからさまに顔をしかめて詰め寄ってきた。

 

「もう少し短縮する事はできないのか? こんな場所で敵の襲撃を受けたりして、姫様の御身にもしもの事があったらどうするつもりだ?」

 

 居丈高に言い放つ、スカンジナビアの騎士。

 

 姫の護衛としての義務感故に、彼女の身を守ろうと逸っているのだろう。その気持ちは判らないでもない。クライアスや、彼の指揮下として船に乗り込んでいる騎士達からすれば、自分達の命よりもユーリアの身の安全の方を最優先に考えなくてはならないのだから。

 

 だが、バルクは航海の責任者として、冷静に指摘する。

 

「もう少しスピードを上げる事はできない事は無いが、それでも結局のところ、短縮できるのは数時間程度じゃ。何より、これ以上速度を上げたりしたら、変に船が振動してしまう。それでは、姫様達は船酔いしてしまうんじゃないのかの?」

 

 何しろ古い船だ。元々は宇宙護衛艦だった物を、無理やり大気圏航行用に改装し、更に貨物室まで増設している為バランスは非常に悪い。下手に限界性能を引き出そうとすると、却って事態はマイナスになりかねない。最悪、古い艦内回路がエンジン出力に耐えられず、焼き付いてしまい、結果的に航行能力が大幅に低下してしまう事も考えられた。

 

 その回答に、クライアスは苦々しく顔を歪める。

 

「まったく・・・・・・だから俺は反対だったんだ。こんな船に姫様を乗せるなど」

 

 隠すそぶりも見せずに悪態をつくクライアス。

 

 対してバルクは、クライアスの方を見もせずに、操船に専念している。自分の言いたいことは言った。それでも強要するなら責任は取らない。そんな態度である。

 

 ブリッジの中に険悪な空気が立ち込め、他のクルー達などあからさまに慄いている者までいる。

 

 仕方なくため息を吐くと、キラは2人の間に入って取り成しをする事にした。

 

「まあまあ、アーヴィング大尉。ユーリア殿下の体調に何かあったら、それこそ、問題があると思いますよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「それに、万が一、敵の襲撃を受けた時の為に、僕達がいるんじゃないですか」

 

 笑顔を向けるキラ。自分達がいるんだから、万が一の場合にも十分に対応できる。それなら、ユーリア達の体調も考えて航行するべきなのではないか、と言うつもりで告げたのだ。

 

 対してクライアスは、そんなキラを鋭く睨みつける。

 

「言っておくがな、俺はお前達の事も信用していないぞ」

 

 まるで糾弾するかのようなクライアスの舌鋒に、キラも思わずたじろく。

 

 対してクライアスは、畳み掛けるようにしてキラに詰め寄ってくる。

 

「フォックス・ファングだか何だか知らんが、お前達のような傭兵が、我々、誇りある騎士団に敵う筈がない。全く、国王陛下もいったい何を考えて、このような輩を姫の護衛にしたのか」

 

 傭兵に対しる侮蔑を隠そうともしないクライアス。

 

 対してキラは、苦笑気味にその評価を受け入れる。

 

 実際、傭兵など正規の軍人からすれば、屑漁りの野良犬と変わらない。そのような傭兵が自分達の同格として王女殿下の護衛と言う栄えある任務に選ばれたのが我慢できないのだろう。

 

 加えて言えば、それでかの大言を吐けるだけの実力を、クライアスは持っている。これまで、幾多の戦場に出ては負け知らず。撃墜した敵機は二桁に上る。スカンジナビア最強の騎士と言う呼び名は、伊達ではないのだ。

 

「とにかく、戦場に出たら、せいぜい足を引っ張らないようにする事だな」

 

 そう言い捨てると、クライアスは大股に出て行った。

 

 入れ替わるように、格納庫で機体の整備をしていたサイがブリッジへと入ってきた。

 

 肩をぶつけるような勢いで出て行くクライアスを見送り、サイは振り返った。

 

「良いのか、あんなに好き放題言わせといて?」

 

 心配するように、キラを見ながら言うサイ。

 

 サイとしても、友人をあのように蔑んで言われる事は面白くないのだ。

 

「だいたいキラ、階級だって、アーヴィング大尉より、お前の方が上だろう」

「うん・・・・・・まあ、ね」

 

 サイの言葉に、キラはやや曖昧な返事を返す。

 

 キラもエストも、昔軍にいた関係から、れっきとした階級を持っている。そして階級と言う物は、軍を除隊しても剥奪されない限り有効なのだ。

 

 いざ大事が起こった際、戦力が足りない場合ベテラン軍人にも招集がかかる場合がある。要するに、新米兵士が一線に出られるようになるまで、埋もれているベテランを引っ張り出して時間を稼ごうと言うのである。その際、いちいち階級をリセットして新米のペーペーと同格にしていたのでは、効率が悪い事この上無いからである。

 

 つまり階級とは、一度取得してしまえば、あとは死ぬまで有効なのだ。

 

 実際の話、キラは中佐の階級を持っている。クライアスよりも2つ上だし、撃墜数にしたところで、面倒くさくて正確には数えていないから判らないが、桁が1つ、下手をすれば2つ違う。

 

 因みにエストは大尉であり、クライアスと同格である。

 

 しかし、

 

「あそこで言ったってしょうがないよ」

 

 そんな事を言ったとしても、向こうは俄かには信じないだろうし、仮に信じたとしても、クライアスのプライドを無用に傷付けるだけだと思ったのだ。

 

「だいいち、階級なんて性に合わないし」

 

 あっけらかんとそう言って、キラは肩を竦めて見せる。そう言う堅苦しいのは、誰か別の人間がやればいいと思っているのだ。

 

「まったく、お前らしいよ。あ、これ。デスティニーの整備、終わったぞ」

 

 そう言うとサイは、苦笑しながらクリップボードに挟んだ資料を差し出してくる。

 

 それを受け取りキラは細部にまで目を通していく。

 

 特に不足している点は無い。完璧な整備である。

 

 やはり、サイに頼んだのは正解だった。彼と彼の連れて来たスタッフは、デスティニーやフリーダムのような難しい機体の整備も、効率良く、かつ難無く熟してくれる。こういう隠密行の旅では、ありがたい存在であると言える。

 

 とにかく、オーブまであと少しの行程である。危険地帯は抜けたとは言え、油断はできなかった。

 

 

 

 

 

 その頃船室では、3人の少女達がテーブルを囲んで優雅なティータイムのひと時を過ごしていた。

 

 普段着ているような豪奢なドレスではなく、一般人なら誰もが着るような平服を着ているユーリアだが、その出自の高貴さを隠しきれないのか、ただ座って茶を飲んでいる姿にも、ある種の神々しさがにじみ出ている。

 

 後の2人、エストとミーシャは、当然のようにメイド服を着て、ユーリアが淹れた茶を飲んでいる。

 

「・・・・・・それにしても、これはどうなのでしょう?」

 

 飲み終えたカップをソーサーに戻しながら、エストは僅かに首をかしげ、ユーリアとミーシャを見比べて言う。

 

 2人が実の姉妹のように仲が良い事は、その手の人情の機微に疎いエストにも理解できる。

 

 しかし、

 

「普通、お茶を入れるのはメイドの役目であると思うのですが、そこの所はどうなのでしょうか?」

 

 言うまでも無く、ユーリアは王女である。それに対して、(コスプレをしているエストはともかく)ミーシャはれっきとした、ユーリア付きのメイドだ。そのミーシャ「の為に」ユーリア「が」茶を淹れたのでは、立場があべこべである。

 

 エストが飲んだ茶もユーリアが直々に淹れた物である。確かに美味しい事は美味しかった。以前、ラクスに淹れて貰ったお茶と比べても、遜色無い味わいだった事は認める。

 

 だがやはり、王女がメイドの為に茶を淹れる。と言う光景は、流石のエストにも奇異な物に映ったのだ。

 

 そんなエストの疑問に対して、ユーリアはクスクスと笑いながら答える。

 

「以前、ミーシャにお茶を淹れさせた事があるのですが、その時に・・・・・・」

「ゆ、ユーリア様!!」

 

 王女の発言を遮るように、ミーシャは両手を振り回し、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「そ、その事は内緒だって約束したじゃないですか!!」

「あらあら、そうでしたわね」

 

 慌てるミーシャを見て、ユーリアは口元を手で押さえて、上品な笑顔をこぼす。

 

 何やら、2人だけで話が盛り上がっている様子である。

 

 事情が分からないエストとしては、首をかしげざるを得ないのだが、きっとミーシャの事だ。何か、とんでもない状況になったであろう事は簡単に想像できた。

 

「それにしても、驚いたと言えばエスト。あなたは、わたくしよりも年上だったのですね」

「はい」

 

 ユーリアの言葉に、エストは淡々と頷く。

 

 自分が実年齢よりも低く見られる事自体、エストにとっては珍しい事ではない。

 

 ユーリアよりも2歳年上のエストは、発育面では彼女よりも劣っている。これは、10代中盤で成長が止まってしまった故に皮肉だが、自分ではどうしようもない事であるので、エストとしては、自らの体に折り合いをつけて生きていくと決めていた。

 

「良いですね、そうやって若いままでいられるって・・・・・・」

 

 エストを見ながら、ミーシャが、少しうっとりしたように言う。

 

 確かに、女性にとって若さを保つ、と言うのは永遠の憧れであるのかもしれない。実際、コーディネイター全盛のこの時代になっても、人間は寿命、テロメアの摩耗からくる老化と言う宿命から逃れられていない。

 

 そう言う意味では、エストの体は理想的なのかもしれないが。

 

「そんな、都合の良いものじゃありません」

 

 エストはそう言うと、珍しく皮肉げに笑って見せる。

 

 幼少期からエクステンデットとして過酷な訓練と薬物投与をされ、その結果、人が人として当たり前に持っている「成長する権利」を失ったこの身体が、それほど良い物だとはエストは思えない。

 

 もし、キラと出会っていなかったら、自分はどこかの戦場の最前線に投入されて野垂れ死にしていたのではないか、とさえ思える。

 

 そんなエストの様子に、ユーリアは何か超えてはいけない一線を感じたのだろう。不用意な発言をした侍女を軽く睨みつける。

 

「ミーシャ、メッ」

「す、すみませんッ」

 

 可愛らしく怒るユーリアに、ミーシャは慌ててエストに対し頭を下げる。怒り方は優しいが、ユーリアが自分にこのような態度を取る時は、彼女が本当に起こっている時だと知っているからだ。

 

 そんな2人の様子を見て、エストは淡々とした調子で返事を返した。

 

「気にしないでください」

 

 そう言って、紅茶を啜るエスト。

 

 この、成長を止めた身体について、エストはとうの昔に折り合いを付け、諦念を持って受け入れている。

 

 気にしたって始まらない事は気にしない。むしろ、そんな事で気を遣わせてしまう方が心苦しかった。

 

「ところで・・・・・・」

 

 重くなりかけた話題を変えるように、ユーリアは声をかけた。

 

「キラとエストは、ご結婚なさっているのですか?」

「いいえ・・・・・・・・・・・・」

 

 ユーリアの質問に対して即座に否定の言葉を告げてから、エストはふと、キラと自分達の現在の関係について考えてみた。

 

 自分達の今の関係について、果たしてどのような言葉が当てはまるだろう?

 

 「夫婦」では無論ない。結婚したわけではないし。「恋人」と言うほど初々しい関係でもない。さりとて「愛人」と言うほど生々しくもない。しかし「パートナー」と言ってしまうと、今さら他人行儀なような気もする。

 

 しいて近い物を上げるなら「同棲相手」だろうか? 結婚はしていないが、それなりの関係にはなっている。ベッドを共にした回数も、両手の指では足りない。

 

 だが、それも微妙に違うような気がする。

 

 結局のところ、キラと自分の関係を一言で言い表せる言葉を、エストは思いつく事ができなかった。

 

 それにしても、結婚。

 

 考えた事も無かった。自分とキラが夫婦になるなど。勿論、自分がキラにとっての「1番」であると言う自信はあるし、これからもそうあろうと思っている。

 

 だが、それと「結婚する」と言う事が、エストの中ではどうしても結びつかなかった。

 

 更に、エストが何かを言おうとした時だった。

 

 突如、けたたましい警報が船内に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍に所属する戦艦ガブリエルが、その船を発見したのは、日が中天に差し掛かろうとしていたころだった。

 

 ガブリエル。

 

 天界における熾天使の一柱に数えられる名前を与えられた戦艦は、かつて「不沈艦」と言う異名で呼ばれたアークエンジェルの流れを組んでいる。

 

 ユニウス戦役後、壊滅状態だった軍の再編を行う一環として、地球連合軍が完成させた、ミカエル級戦艦の1隻である。

 

 そのガブリエルが向かう先に、海上を低空で航行する中古の貨物船は存在している。情報にあった船に間違い無かった。

 

「成程な。あれでは王女が乗っているとは、誰も思わない、か」

 

 ガブリエル艦長を務める、フリード・ランスター少佐は、冷静な眼差しでフューチャー号を見詰めながら呟く。一国の王女が乗るにしては、ずいぶんとみすぼらしい物である。もしカムフラージュを狙っての選択だとすれば、なかなか凝っていると言える。

 

 自分達にしても、事前に情報が流れてこなかったら見過ごしていたかもしれない。

 

 スカンジナビアの姫がオーブに向かったと言う情報を得た彼等は、このマゼラン海峡で網を張って待ち伏せしていたのだ。

 

 彼等は王女を乗せている。と言う事は、なるべく安全で、かつ最短の道を選ぶはず、と考えたのだ。

 

 まずユーラシア大陸を横断するルートは、戦地を通らなくてはならない為に除外。北海周りのルートは、安全だが距離がありすぎる。となると残るは大西洋を南下するルートのみだったが、マゼラン海峡を通るか、喜望峰の南を回るかまでは判別できなかった。

 

 しかしインド洋は、スエズを基点とする地球連合軍と、オーブ軍が維持する激戦区である。故にそのような場所を航路に選ぶのは避けるだろうと考え、マゼラン海峡に布陣したのが功を奏した。

 

「貧弱な武装の貨物船にしたのが、連中にとって仇となった、か」

 

 腕組みをしながら言ったのは、この部隊の隊長を務めるウォルフ・ローガン大佐である。

 

 歳は間も無く40に掛かろうとしており、頭髪には白い物も交じっているが、筋骨隆々とした体躯は、加齢による老いなど一切感じさせる事は無い。モビルスーツの操縦に掛けては地球連合軍でも3本の指に入ると言われる。まるで老いて獰猛さと老獪を増した狼を髣髴とさせる外見だ。

 

 彼等は地球連合軍第81独立機動群ファントムペイン。

 

 ファントムペインかつては、ブルーコスモス直属の特殊部隊だったが、戦後になった軍直轄の特殊部隊に再編され、今回の欧州戦役においても猛威を振るい続けている。

 

 ウォルフが率いるローガン隊は、その中でも精鋭中の精鋭を集めた最強部隊である。

 

「カーディナルからは、何と?」

「特に何も。全て、こちらに任す、と」

 

 フリードの返事に、ウォルフは頷きを返す。

 

 持つべき物は、自分を信頼してくれ任せてくれる上官であろう。だからこそ、腕の振るい甲斐もあると言う物だ。

 

「よし、モビルスーツ隊発進。奴らがオーブの島々を見る前に片を付けるぞ!!」

 

 怒号の如く、ウォルフは言い放つ。

 

 それと同時に、ガブリエル両舷に備えられたカタパルトデッキからは次々とモビルスーツが飛び立っていく。

 

 先行して発進していくのはグロリアス。ウィンダムに代わって、地球連合軍が実戦配備した主力モビルスーツである。そのどれもが、空戦用のジェットストライカーを装備している。

 

 続いて、グロリアスとは別の3機のモビルスーツが発進する。

 

 グロリアスよりも、武骨なイメージのある機体である。

 

 イントルーダー、イラストリアス、インヴィジブルとそれぞれ名の持つ機体の背には、エール、ソード、ランチャーのそれぞれストライカーパックが背負われている。

 

 グロリアスと並行する形で開発されたストライク級機動兵器で、それぞれ、高機動、接近、砲撃に特化した性能を与えられている。

 

「行くよ、ブリジット、シノブ!!」

 

 イントルーダーを駆る、リーダー格のルーミア・イリンが、インヴィジブルのブリジット・ハーマン、イラストリアスのシノブ・リーカに声をかける。

 

「用意は良い!?」

《もっちろん!!》

《問題無い。いつでも行ける》

 

 ブリジットとシノブからも、それぞれ個性的な返事が返ってくる。

 

 周囲から鉄砲玉娘と称されるくらいに、元気のいいルーミア。

 

 3人の中で一番大人びており、陽気で取っ付き易い性格のブリジット。

 

 クールで落ち着いた雰囲気のシノブ。

 

 3人揃って「トライ・トリッカーズ」と言う呼称で呼ばれている。

 

 部隊に配属されて以来、3人は常に一緒に行動をし、一緒に戦ってきた。自分達以上にお互いの事を知っていると言っても過言ではない。

 

 それ故に、高い連携攻撃も可能だった。

 

「レニの奴が、カーディナルの護衛で暫く戻らないからね。今の内に点数稼ぐよ!!」

《オッケー!!》

《了解!!》

 

 ルーミアが高らかにそう言うと、3機は速度を上げて突き進んでいく。

 

 そして更に1機、ガブリエルの甲板上には、長大なライフルを構えたグロリアスが鎮座していた。

 

 そのコックピットに座する男は、20代中盤程の若い男である。端正な顔立ちをしているが、口元には濃いひげが生え、右頬にできた大きな傷が凄味を見せている。

 

《ロベルトよ》

「何だい、ダンナ?」

 

 名前を呼ばれて、ロベルト・グランは顔を上げた。

 

 サブモニターにはブリッジにいるウォルフの顔が映し出されていた。

 

《カーディナルの情報では、連中はかなり手ごわいようだ。お前の狙撃で連中の動きを止め、その間に包囲する作戦で行くぞ》

「あいよ」

 

 ロベルトは飄々とした調子で頷くと、ターゲットスコープを開いて覗き込む。

 

 その視線の先には、必死に退避行動に映ろうとしているフューチャー号の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 カーゴのハッチが解放されると同時に、3機のモビルスーツは発進する。

 

 キラのデスティニーが深紅の双翼を広げ、クライアスのライトニングフリーダムが12枚の蒼翼を閃かせる。

 

 現在の地球圏で、最強クラスの戦闘力を誇る機体である。

 

 そしてもう1機、デスティニー、フリーダムに遅れる形でエストが駆るグロリアスも射出される。

 

 背に負っているのは、ノワールストライカーと呼ばれる武装である。かつてのIWSP(統合兵装ストライカーパック)の流れを組む装備で、遠近中、全てのレンジに対応できるのが特徴だった。

 

 主翼を広げると、エストはフリーダム、デスティニーに続いて速度を上げていく。

 

 視線を向ける海上の先には、真っ直ぐに向かってくる地球軍の機体が見える。

 

 数は6機。いずれも新型機だ。フューチャー号目指して真っ直ぐに進んでくる。

 

 仕掛けたのはクライアスだ。

 

 フリーダムが先行するように加速すると、全武装を展開する。

 

「行くぞ、全ては姫様の為に!!」

 

 フルバースト射撃を敢行するクライアス。

 

 放たれる11門の閃光。

 

 対して、6機の地球軍機は、一斉に散開してフリーダムの攻撃を回避する。

 

 3機のグロリアスは、海面付近を疾走するようにして防衛線をすり抜け、フューチャー号へと迫っていく。

 

 その行動を阻止すべく、立ち塞がろうとするフリーダム。

 

 対してイントルーダー、イラストリアス、インヴィジブルの3機は上昇すると、三角形の頂点を担うようにフォーメーションを組む。

 

「ブリジット、シノブ、あいつをやるよ!!」

《《了解!!》》

 

 一斉にビームライフルを発射する3機。

 

 吹き伸びる閃光。

 

 対して狙われたフリーダムは、蒼翼を翻して回避する。

 

「何ほどの物か!!」

 

 回避すると同時に、クライアスはフリーダムが装備した4門のバラエーナを放つ。

 

 吹き上がる太い閃光。

 

 だが3機はフォーメーションを解除すると、一斉に散開した。

 

 閃光は空しく、空へと駆け上がっていく。

 

 フリーダムからの攻撃を回避すると、イントルーダーはビームサーベルを手に斬り掛かる。

 

「そら、これで!!」

 

 煽るようなルーミアの声と共に振りかざされるサーベルを、後退する事で回避するフリーダム。

 

 だがそこへ、今度はインヴィジブルがサーベルを翳して斬り掛かってくる。

 

「まだまだ!!」

 

 ブリジットが距離を詰め、横なぎに振るわれる斬撃を、フリーダムは間一髪で上昇して回避する。

 

 そこへ、

 

「貰ったぞ!!」

 

 叫ぶシノブ。

 

 両手で保持したシュベルトゲベールを翳し、イラストリアスが真っ向からフリーダムに斬り掛かってくる。

 

 顔を顰めるクライアス。

 

 回避直後である為、その攻撃を防ぐ事はできない。

 

 クライアスはとっさに、フリーダムのビームシールドを展開して防ぐ。

 

 シールドと刃がぶつかり合い、スパークを起こす。

 

 動きを止めたフリーダムに対し、

 

「ブリジット、そっちお願い!!」

《任せてよん!!》

 

 ルーミアのイントルーダーがビームライフルを、ブリジットのインヴィジブルがアグニを構えてフリーダムを取り囲むようにして展開した。

 

 イラストリアスが離れると同時に、一斉攻撃を放つイントルーダーとインヴィジブル。

 

 放たれる十字砲火を、巧みに回避するフリーダム。

 

 そこへ、3機は再び斬り込んで来た。

 

 

 

 

 

 量産型デスティニーは、オリジナルのデスティニーに比べると、かなり武装や性能が簡易化されている。

 

 同機の代名詞とも言うべき残像機能はオミットされ、アロンダイト、長距離ビーム砲も取り外されている。パルマ・フィオキーナも左手のみになり、ビームシールドではなく、状況に応じてサイズを変更できる機動防盾を装備している。

 

 武装だけを見ると、デスティニーよりも、その前身となったインパルスに近い。

 

 装甲もVPS装甲ではなく、特殊強化装甲に変更されている。当然、防御力もオリジナルより低下している。

 

 もっとも装甲に関して言えば、キラはさほどの重要視はしていない。

 

 言うまでも無く、PS装甲では実体攻撃は防げてもビーム攻撃は無効化する事ができない。

 

 PS装甲が最も効果的なのは、自軍にはビーム兵器があって、敵がそれを持っていない状態。要するにCEにおける時期で言えば、キラ達が巻き込まれる事になったヘリオポリス崩壊事件よりも前の事だ。当時のザフト軍のモビルスーツは、良質な携行型ビーム兵器を保有していなかった為、モビルスーツ用の武装は全て実体系の物ばかりだった。そこに持って来れば、PS装甲は大きな価値を持つはずだった。

 

 しかし皮肉にも、ヘリオポリス崩壊時に奪われたXナンバーの技術により、ザフト軍はビーム兵器の小型化に成功。これによりPS装甲の魔力は、その効果を充分に発揮する前に失われてしまった事になる。そして現在、モビルスーツの携行ビーム兵器は、ほぼ必須化している。つまり、PS装甲は、持っていてもほとんど意味を成さなくなっているのだ。

 

 キラの持論としては、攻撃は回避、迎撃、あるいはそれが不可能ならシールドで防御した方が、装甲で受け止めるよりも効率が良いと考えている。それが、言わばキラにとって「PS装甲無用論」だった。

 

「さて、行こうか」

 

 キラは気負った様子も無く呟き突撃を開始する。

 

 紅翼を輝かせ、高速で飛翔するデスティニー。

 

 そこへ、3機のグロリアスが、ビームライフルを放ちながら迫ってくる。

 

 吹き抜ける細い閃光。

 

 一撃でも喰らえば、デスティニーの大損害は免れないだろう。

 

 しかし、当たらない。

 

 放たれる火線は全て、高機動を発揮するデスティニーをすり抜けるようにして駆け抜け、大気を焼くに留まる。

 

 上記のように様々な点で簡略化されている量産型デスティニーだが、機動性はオリジナルから比べても低下していない。かつて地球連合軍を圧倒した、比類無い機動力はいささかも衰えず健在である。

 

 そして操っているのは、世界でも最高クラスのパイロットである。

 

 ライキリに乗っていた時には感じられなかったような、圧倒的な加速と機動力。それらをキラは、難無く操って斬り込んで行く。

 

 接近。

 

 3機のグロリアスの中央に飛び込むと同時に、キラはビームライフルを抜き放ってトリガーを引く。

 

 放たれた閃光は2条。

 

 僅か一瞬の間に、グロリアス2機は頭部を正確に撃ち抜いて吹き飛ばされた。

 

 残った1機は、状況不利と踏んだのだろう。一旦距離を置いて、牽制しようと試みる。

 

 しかし、それを許すほど、キラは甘くない。

 

「逃がさない!!」

 

 後退しようとするグロリアスに対し、素早くビームライフルを2発発射するデスティニー。

 

 それだけで、グロリアスは右腕と頭部を吹き飛ばされて戦闘力を奪われてしまう。

 

 並みの兵士では、勝負にすらならない圧倒的な戦闘力。

 

 デスティニーと言う剣を得たキラは、その持てる力全てを戦場で開放していた。

 

 

 

 

 

 キラが3機のグロリアスの相手をしている頃、クライアスはルーミア、ブリジット、シノブの3人を相手に苦戦を強いられていた。

 

 距離を置こうとすれば、3機はフォーメーションを組んで寛大ない砲撃を仕掛け、フルバーストに移行する隙を与えようとしない。

 

 さりとて接近しようとすると、矢継ぎ早に接近戦を仕掛けてくる。

 

 高度な連携を保って攻めてくる3人に対し、クライアスはなかなか反撃の糸口を掴めないのだ。

 

「こいつらはッ!?」

 

 唇を噛むクライアス。

 

 対して、ルーミアの操るイントルーダーが、高機動を発揮してフリーダムに食らいつき、ビームライフルを放ってくる。

 

 エールストライカーを装備し機動力を重視したイントルーダーは、速度だけ見ればフリーダムと比べても遜色は無い。

 

「そらそらそら!! あたしはこっちだよ!!」

 

 翻弄するように、フリーダムに対してライフルを放つルーミア。

 

 イントルーダーの攻撃を前に、動きを拘束させるフリーダム。

 

 そこへ、アグニを構えたブリジットのインヴィジブルが迫る。

 

「これで、どうかしら!!」

 

 ブリジットの鋭い叫びと共に、アグニの砲門は真っ直ぐにフリーダムを向く。

 

 放たれるインパルス砲の一撃。

 

「ッ!?」

 

 伸びてくる太い閃光を、クライアスはフリーダムのビームシールドで防ぐ。

 

 しかし、その一撃で動きを止めてしまった。

 

 その一瞬を逃さず、3機目が動く。

 

「そこだッ」

 

 短い叫びと共に、シノブのイラストリアスが、シュベルトゲベールを振り翳して迫る。

 

 大剣の一撃。

 

 空気すら切断するようなその攻撃を、辛うじて錐揉みするような機動で回避するフリーダム。

 

 しかし、

 

「貰ったァ!!」

 

 ルーミアの叫びと共に、イントルーダーがビームサーベルを翳して迫る。

 

 対して、フリーダムは攻撃回避を行った直後で、すぐには動ける状態ではない。

 

 呻き声を上げるクライアス。

 

 とっさの対応が追いつかない。

 

 振りかざされるイントルーダーのサーベルがフリーダムに迫った。

 

 次の瞬間、

 

 海面を割って、1機のグロリアスが姿を現した。

 

 エストの機体である。

 

 戦闘が始まった直後、エストは海中に身を潜めて敵の動きを見張っていたのだ。そしてフリーダムが危機に陥ったのを見かねて飛び出したのである。

 

「これで・・・・・・」

 

 低く呟くエスト。

 

 グロリアスの両手に持ったフラガラッハ対艦刀を一閃する。

 

「なッ!?」

 

 その突然の事態に、とっさにルーミアの対応も間に合わない。

 

 フラガラッハはシュベルトゲベールに比べると短いが、その分、ビームサーベル並みに取り回しが効く。威力もある程度高い為、対艦、対モビルスーツ双方に有効な万能対艦刀である。

 

 振るわれた刃により、イントルーダーの両腕は肩の付け根付近から斬り飛ばされる。

 

「くっそォォォ!?」

 

 ルーミアの悔しそうな叫びが木霊する。

 

 同時にバランスを失って、海面に落下するイントルーダー。

 

 突然のエスト機の介入は、トライ・トリッカーズの司令塔を一撃の元に刈り取ったのだ。

 

 イントルーダーを撃墜したエストは、振り返ってフリーダムを見る。

 

《今です!!》

 

 エストに声を掛けられ、

 

 殆ど反射的に、フリーダムをフルバーストモードに移行させるクライアス。

 

 解放される11門の砲身。

 

 解き放たれる閃光。

 

 その一斉射撃からは、逃れる事はできない。

 

 直撃を受けるインヴィジブルとイラストリアス。

 

 インヴィジブルの首と、イラストリアスの右腕を一緒くたに吹き飛ばした。

 

「うわっちゃァ!?」

「クッ!?」

 

 一度連携を崩してしまえば、あとは脆い物である。辛うじて回避に成功したものの、これでトライ・トリッカーズの3機は戦闘力を失ってしまった。

 

 それを見て、エストは更に追撃を駆けるべくグロリアスを駆ける。

 

《今の内です》

「あ、ああ・・・・・・」

 

 淡々と告げるエストの声に、やや気圧されながらも頷きを返すクライアス。

 

 後退していく3機を見ながら、エストのグロリアスは更に追撃を掛けるべく前に出る。

 

 その背中を、クライアスは呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 迫り来る地球軍に対してキラ達が防戦を続けている頃、フューチャー号は機関出力を最大にして、必死に退避行動を取っていた。

 

 一応、自衛程度に火器は積んでいるものの、正規軍が相手では気休め程度でしかない。艦砲の射程にまで追いつかれたらひとたまりも無かった。勿論、モビルスーツに追いつかれようものなら一巻の終わりである。

 

 できる事はただ一つ、巻き込まれないように逃げるしかない。

 

 バルク以下クルー達の必死の献身の甲斐あってか、徐々に戦闘の爆音が遠ざかりつつあるのを感じる。

 

 砲火は今や、フューチャー号から離れた場所で交わされているようだ。このままなら、充分に逃げ切れるはずだった。

 

 舵輪を握るバルク。

 

 その背後から、

 

「如何ですか、状況は?」

 

 涼やかな声を掛けられて振り返ると、そこには思ってもみなかった、やんごとなきお方が立っていた。

 

 思わず仰天するバルク。

 

「こ、こいつは王女殿下!?」

 

 舵輪を握っていなかったら、その場で平伏してしまいそうなほどの驚きようだ。

 

 腰を抜かさなかったのが不思議なくらいだった。

 

 他のクルー達も同様の反応であるらしく、皆唖然とした顔で、突然現れた王女様を見詰めている。

 

 一同が視線を向ける中でユーリアはバルクの傍らに立つと、愁いを帯びた瞳で戦場の状態を映したモニターを見詰める。

 

 彼女の見ている先では、戦闘を続けるキラ達の様子が映し出されていた。

 

「心配ですかい?」

 

 ユーリアの横顔を見ながら、バルクは舵輪を握ったまま静かに問いかける。

 

 このような戦場は、彼女にとっては未経験の物なのだろう。血の気を失って真っ青な顔をしているのが見える。

 

 そんなユーリアを勇気付けるように、バルクは笑いかけた。

 

「なに、あの坊主たちに任せておけば、何も心配いらんよ。奴等、歳は若いが、これまでいくつもの戦場を駆け抜けてきたベテランじゃ。そこらの連中に負けはせん。安心して構えていて大丈夫じゃよ」

「はい・・・・・・」

 

 ユーリアが強い口調で頷きを返した。

 

 その時だった。

 

 突如、ブリッジ内に警報が鳴り響く。

 

 不安を駆りたてるような警報音に、居並ぶクルー達は皆、一気に緊張の度合いを強める。

 

「しまったッ!?」

 

 バルクは舌打ちしながら、船を加速させる操作を行う。

 

 ロックオン警報である。完全に油断した。戦場ははるか後方だと思っていたのだ。

 

 飛来する、1発の砲弾。

 

 真っ直ぐに向かってくる弾丸は、フューチャー号への命中コースにある。

 

 もはや、回避は不可能。

 

 気たる衝撃に備えようとした、

 

 まさにその時。

 

 砲弾の進路を遮るようにして、深紅の双翼を掲げた鉄騎が舞い降りた。

 

 デスティニーである。

 

 キラはフューチャー号の危機を察知すると、全速力で取って返し、攻撃を防いで見せたのだ。

 

 更に飛んでくる第2撃。

 

 音速で飛来し、全てを粉砕するはずの砲弾はしかし、それすらもキラはシールドで弾いてしまう。勿論、フューチャー号に被害は無い。

 

 シールドを翳したデスティニーは、守護者の如く、その場に悠然と立ち続けていた。

 

 

 

 

 

「まさか、この俺が外しただと!?」

 

 グロリアスを駆るロベルトは、自分が撃った弾が、突然割り込んだ紅翼を持つ機体のシールドで弾かれるのを見て、呻き声を上げた。

 

 グロリアスの手には、モビルスーツ用の長大なスナイパーライフルが握られている。ロベルト自身が交渉に依頼して作らせた、特注のスナイパーライフルである。

 

 長く戦場にあって、スナイパーとしてライフルを握っていたロベルト。

 

 スナイパーとしての腕前は「超一流」と言って良く、これまで狙った獲物を外したことは無い。その正確無比な狙撃技術は、地球連合軍でも並ぶ者がいないと自負している。

 

 その自分が狙撃に失敗した事が、ロベルトには信じられなかった。

 

「やろう、舐めやがって!!」

 

 自分の狙撃が、シールド一枚に防がれた。その事実が、ロベルトの自尊心を深く傷つけた。

 

 そんな事あるはずがない。自分が狙撃に失敗するなど、何かの間違いだ。

 

 再度の攻撃を行おうと、次弾を装填するロベルト。

 

 その時だった。

 

《もういい、ロベルト。いったん後退するぞ》

 

 通信機から、ウォルフの重々しい声が聞こえてきた。

 

 見上げれば、サブモニターに部隊長のいかつい顔が映っている。しかし、普段は精悍さを感じさせるその顔にも、どこか苦々しい色がこもっているように思える。

 

「ダンナ? 後退するって・・・そりゃ無いだろ!! 俺はまだやれるぞ!!」

 

 確かに必殺の狙撃には失敗した。だが、まだまだ充分に弾丸は残っている。このまま砲撃を続行すれば、必ず仕留める自信はある。

 

 だが、逸るロベルトを諭すように、ウォルフは重い声で言った。

 

《ルーミア達も敗れた。これ以上の交戦はこちらが不利だ》

 

 ウォルフの指示に、ロベルトは唇を噛む。

 

 自分が狙撃に失敗し、そしてそのまま逃げなくてはいけないと言う状況には、どうしても納得がいかない物がある。

 

 だが、実際の話、出撃した機動戦力は全て撃退されて後退している。確かに、このまま戦っても自分達の不利は否めなかった。

 

《ここで退いても、奴らを仕留める機会はまだある。今は退け》

「・・・・・・チッ 仕方ねえな」

 

 ウォルフにそこまで言われたのでは、無理強いをする事も出来ない。

 

 だがそれでも、滾る意欲を隠しきれず、ロベルトはダメ押しするように尋ねる。

 

「だがよ、チャンスはまたくれるんだろうな?」

《勿論だ。俺としても、このような形で終わる気は無い》

 

 尚も戦意を失わないロベルトの言葉に、ウォルフはいかつい顔のまま頷く。

 

「・・・・・・判ったよ」

 

 その言葉に、ロベルトも納得して銃口を引く。

 

 ウォルフが請け負った以上、必ずチャンスは近いうちにやって来る。自分はそれを待って待機するだけだった。

 

 やがて、艦首を巡らして後退していくガブリエル。

 

 その様子を、キラはデスティニーのコックピットで、いつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

PHASE-05「洋上の伏兵」      終わり

 


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