機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-04「至高に蠢く魔窟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都オスロの空港には、数万規模の人々が詰めかけ、熱狂的な空気に包まれていた。

 

 誰もが、奇跡の生還を遂げたユーリア王女の姿を一目見ようと詰め掛けているのだ。

 

 誘拐当初は王女の身の安全を図る為、情報の一般公開は行われず、軍と警察による極秘捜査が行われていたが、王女が救出されたと言う報せを受け、王宮付きの広報担当官から正式な発表が成されたのである。

 

 中古の輸送機から降りてきたユーリアの可憐な姿を見て、詰め掛けた国民達は大歓声を持って迎える。

 

 誘拐されたという発表から今まで、国民の誰もが、王女の身を案じていたのである。

 

 空港に詰めかけた記者、そして国民の群れが織りなす黒だかりの山が、王女が普段から国民に絶大な支持を得ている事が伺える。

 

 容姿端麗に加えて頭脳も明晰。そして国民に対する慈愛も忘れない王女を、誰もが慕っていた。

 

 国民だけではない。ユーリアの父、スカンジナビア現国王アルフレートも、娘が救出されたと知り、わざわざ空港まで迎えに来て、輸送機から降りてきた娘を涙ながらに出迎えていた。

 

 その様子を横目に見ながら、真の意味で救出の立役者であるキラ達は、邪魔にならないように端の方で見守っていた。

 

 こういう時は、気を効かせて目立たないようにするのが暗黙のルールである。

 

 今回の主役は、救出された王女であり、その父王であり、そして救出に赴いたフリーダムのパイロットだ。脇役に過ぎないキラ達に出番は無い。

 

 だが、それで構わない。

 

 国の式典に傭兵が出て行っても目障りなだけだ。こちらとしては報酬が貰えればそれで充分なのだから。その件に関しては、後でユーリアを通じて王宮に請求する事になっている。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 民衆が上げる歓呼の熱狂に当てられながら、キラは安心したような、それでいて感心したような目でバルクを見た。

 

「あんな機体、良く手に入れられたね」

 

 あんな機体、とはバルクが戦闘中のキラに届けた機体である。

 

 ZGMF-X42Sデスティニー。

 

 ユニウス戦役における最強の1機であり、ユニウス戦役中はザフト軍の旗機でもあった機体である。

 

 3年前に実戦配備された機体であり、既に旧式化が始まっている機体ではあるが、その圧倒的な性能は未だに一線級である事は、先の戦いでキラ自身が証明していた。

 

 キラに操縦されたデスティニーは、グフとザクを全く寄せ付ける事無く撃墜してしまった事からも、デスティニーがいかに優秀な機体であるかが伺える。

 

 正直、あそこでデスティニーが届かなかったら、今回の作戦は失敗していた公算が高い。

 

「正確に言うと、こいつは量産型じゃ」

 

 自身が仕入れてきた機体を見上げ、バルクは言った。

 

「『コンクルーダーズ』は知っとるか?」

「聞いた事がある。確か、大戦中にデュランダル議長が提唱した、ザフト軍の特殊部隊だって」

 

 ユニウス戦役中、当時のプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは高い性能を誇るデスティニーと、各部隊から選りすぐったエースパイロットを集めて最強の特殊部隊を創設しようとしていたと言う。それがコンクルーダーズだ。

 

 しかし肝心のデスティニー量産体制が整う前に大戦は集結し、提唱者のデュランダルも戦死した為、部隊創設案は廃案になったのだ。

 

「こいつは、その時の名残じゃよ。ずっと使われる当ても無く、ジブラルタルに死蔵されておったのを、書類を偽造してちょろまかしてきたんじゃ」

「また、無茶をする」

 

 老人の無謀なやり口に、キラは苦笑するしかなかった。

 

 確かにデスティニーは癖の強い機体だ。遠、中、近全てのレンジに対応する武装を装備し、更に大出力のエンジンを搭載する事で比類ない機動性を与えられた機体を十全に使用できる者は限られている。たとえコーディネイターの兵士であったとしても、この機体の性能をフルに発揮できるとは思えなかった。

 

 それを考えるとキラは、かつてイリュージョンやストライクフリーダムを操縦した経験がある為、パイロットとしては充分な能力を持っていると言える。

 

 バルクは次いで、キラと並んで立っているエストに目をやった。

 

「お前さんの分の新しい機体も用意しておいたからの、後で確認しておいてくれ」

「ありがとうございます」

 

 対してエストは、相変わらず淡々とした調子で礼を述べる。

 

 バルクの事は苦手としているエストだが、傭兵斡旋業者としての彼の手腕自体は高く買っているのだ。恐らく、デスティニー級とまで行かずとも、相応の機体を用意した事が期待できた。

 

 フォックス・ファングはこれまで、性能的に劣る機体で数に勝る敵を相手に勝利してきたのだ。これからは、少しはましな戦いができるかもしれない。

 

 欧州の戦場は、膠着状態が続いている。予断は許される物ではない。だが、新型機を持った2人が戦線に復帰できれば、戦況を覆す事も不可能ではなくなるかもしれない。

 

「さあ、行こう。昨日はきつかったからね。少し休んでから基地に戻ろう」

「はい」

 

 そう言うと、キラはエストと連れ立って歩き出す。

 

 この時。2人はこの後、いつものように前線に戻る物と信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 王女の奇跡の帰還に沸き立つスカンジナビア王国の国内。

 

 誰もが感動に沸き立つ中、

 

 そうではない者達もまた、存在した。

 

「クソッ 馬鹿共がッ」

 

 テレビに映し出された「王女帰還」の様子を見て、苦々しく吐き出す男は、王宮の一角で豪奢なソファに身を沈め、昼間にも拘らず酒を満たしたグラスを傾けている。

 

 若い男だ。恐らく20代前半くらいであろう。着ている物にも高級感が出ており、一目でその人物の身分が高い物である事が分かる。

 

「何が王女の奇跡の帰還だッ 連中は何も判っていない!!」

「そうですね。全くそう思いますよ」

 

 青年の対面に座った男が、追従して相槌を打つ。

 

 だが、見る者が見れば、それがいかに異様な光景であるかが分かるだろう。

 

 青年の名前はフィリップ・シンセミアと言う。この国の第1王子の地位にあり、ユーリアの5歳年上の兄に当たる。

 

 しかし、フィリップがテレビの中の妹を見る目には、愛情など感じる事ができない。ただ只管に、憎しみのみが映し出されていた。

 

 そして、彼の対面に座っている人物は、顔全体を仮面で覆っており、その表情を伺う事はできない。

 

 見間違えようも無い。あの、ユーリア誘拐を行ったカーディナルと名乗る男だった。

 

「カーディナル、これはお前の失態だぞッ あの女をまんまと奪い返されやがって!!」

「申し訳ありません。予期せぬ邪魔が入ったもので」

 

 詰問するフィリップに対して、カーディナルは肩を竦めて見せる。まるで、王女の奪還は予定調和だったと言わんばかりの余裕の態度である。

 

 その態度が、更にフィリップの神経を逆なでする。

 

「お前が大丈夫って言うから、あの女の拉致を命じたんだぞッ それを・・・・・・」

「物事にエラーは付き物ですよ」

 

 フィリップの言葉を遮って話すカーディナルの態度には、余裕が消えていない。

 

 フィリップにとって、妹のユーリアは目障りな存在でしかない。

 

 容姿端麗、頭脳は明晰、その上、国民からの人気も高い。父親のアルフレートなど、フィリップよりもユーリアの方を可愛がっているくらいである。

 

 王宮の中でも露骨にユーリアを持ち上げる風潮が強い。アルフレートの後を継ぐのはフィリップではなくユーリアであると言う話まである程だ。

 

 当然、フィリップとしては面白くない。何とか自分の株を上げ、妹を排除できない物かと、日々思案していた。

 

 そんな時に近付いてきたのが、このカーディナルである。

 

 当初は、その怪しい仮面の為に気味悪がっていたフィリップだが、カーディナルが示す案はどれも的の射た物ばかりであり、フィリップとしても彼の実力を認めざるを得なかった。

 

 更にカーディナルは、己の知識を誇る事無く、あくまでもフィリップを持ち上げ褒め称えるような言動をした事も、フィリップの自尊心を満足させ、態度を軟化させる一因となった。

 

 やがて、当初は彼を薄気味悪く思っていたフィリップも、カーディナルを自身の相談役として重用するようになり現在に至る。

 

 カーディナルは、妹に対して強いコンプレックスを抱いているフィリップに巧みに言い寄った。

 

 「そんなにユーリア様が邪魔なら、こちらでどうにかしましょうか?」と。

 

 妹の事を苦々しく追っているフィリップだが、流石にこの提案には躊躇を覚えた。流石に、そこまでする必要はないだろう、と。

 

 しかし、どうにかして妹を排除したいと思っているのは事実である。迷った末にフィリップは、最終的に「絶対にユーリア様に傷は付けない」と言うカーディナルの言葉に押される形、計画にゴーサインを出したのだった。

 

 計画は成功し、外遊中のユーリアを拉致する事には成功した。

 

 外遊中の所を襲撃して護衛を排除し、まんまとユーリアの身柄を確保した。侍女が1人逃げたのは知っていたが、たかがメイド1人、何ほどの事は無いだろと高を括っていた。

 

 だが、そのメイドがまさか、自分達の計画に影を落とす事になるとは、夢にも思っていなかった。

 

 追手の目を掻い潜ったメイドが、傭兵の援軍を連れて舞い戻って来たのだ。

 

 更には、別ルートで内定を進めていた軍部もユーリアの所在を突き止めて、救出のための戦力を送り込んで来た。

 

 クライアス・アーヴィング。あの、「スカンジナビア最強の騎士」にまで出てこられたのでは、如何ともしがたい。

 

 ユーリアはあっさりと奪還され、「奇跡の生還」と相成ったわけである。

 

「とにかくだ、事がこうなってしまった以上は仕方がない。だが、万が一にも僕の事は表に出ていないだろうな?」

「それは勿論。万全を期しましたので」

 

 今回の件、フィリップは計画の殆どを知らないし、カーディナルがフィリップの相談役をしている事は王宮内でも誰も知らない事だ。その為、フィリップの関与が疑われる事はまずないだろう。

 

 カーディナルの答えに対しようやく落ち着きを取り戻したのか、フィリップは手にしたグラスをグイッと煽り、ソファに座り直した。

 

「それにしても、ユーリアめ、運の良い女だ。これほど早く救出されるとは」

 

 フィリップにとっては忌々しい限りである。

 

 ユーリアがいないうちに王宮内を固め、自分の後継者としての地位を固めようと考えていたのだが、こうも早く救出されたのでは、フィリップは何もする事ができなかった。

 

「・・・・・・運が良い、ね」

 

 そんなフィリップを見ながら、カーディナルは低い声で呟く。

 

 しかし、仮面の奥で放たれた低い言葉は、苛立って体をゆすっているフィリップの耳に届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍の格納庫では、デスティニーと並ぶ形で1機の機体がメンテナンスベッドに固定されようとしていた。

 

 地球連合系モビルスーツの特徴である、バイザー型のカメラアイを持ち、ウィンダムと似た、ほっそりした四肢を持つモビルスーツ。

 

 基本となるシルエットはウィンダムに似ているが、頭部の形状はより小型化し、腕部にグレネードランチャーの発射装置を備えている。

 

 地球軍が最近になって戦線に投入した、新型の主力機動兵器。

 

 GAT-07「グロリアス」だ。

 

 ストライク級機動兵器の流れを受け継ぐ機体であり、背部のコネクタにはストライカーパックを装着可能。あらゆる戦況に対応可能であり、その性能はユニウス戦役中に活躍した地球軍の機動兵器、ストームに匹敵するとさえ言われている。

 

 メンテナンスベッドに固定されるグロリアスを、キラ、エスト、サイ、バルクの4人は並んで見上げている。

 

「デスティニーの事もそうだけど・・・・・・」

 

 キラは感心したように言う。

 

「こんな機体、良く手に入ったね、バルク。新型機じゃない」

「ま、蛇の道は蛇と言うしの。コネと言う物は、ある所にはある物じゃよ」

 

 そう言うと、腰の曲がった老人はカッカッカと高笑いを上げる。

 

 デスティニーの方はまだ、高性能故に倉庫の中に死蔵されていた物をくすねて来たと言うので納得できるものもあるが、グロリアスはバリバリの新型機。ようやく配備が始まったばかりの機体だ。

 

 いったい、どんな手品を使ったら、新型の機体をくすねて来る事ができるのか?

 

 バルクは海千山千の傭兵達の中でも、仲介人として一目置かれている。恐らくキラ達のような若造には理解できない手練手管があるのだろう。

 

 こちらとしては、せっかく用意してくれた機体を有効に活用するだけだった。

 

「それで、サイ、どう?」

「ああ、そうだな・・・・・・・・・・・・」

 

 キラが尋ねると、サイは読んでいたマニュアルから顔を上げて言った。

 

「デスティニーの方は、ちょっと複雑だが、基本はザフト系の機構がそのまま使われているみたいだから、何とかなりそうだよ。グロリアスは、どちらかと言えばウィンダムに近いから、こっちも問題ないと思う」

 

 頼もしい答えに、キラは満足して頷く。

 

 いかに強力な機体でも整備不良では実力を発揮できない。そういう意味で、キラ達を生かすも殺すもサイ達の腕次第と言う事になる。

 

 その後、サイがいくつか不明な点をバルクに尋ね始めたため、キラとエストは邪魔にならないように格納庫を後にした。

 

「良かったね。扱いやすい機体が手に入って。あれなら、すぐに使えるんじゃない?」

 

 元々、地球軍のストライク級機動兵器を始めて実戦投入したのがエストである。そういう意味では、ストライク級機動兵器の操縦に掛けて、世界で最も精通しているのがエストであるとも言える。

 

「そうですね。マニュアルを詳しく見る必要がありますが、問題は無いと思われます」

 

 キラの言葉に対し、エストは淡々とした調子で答える。

 

 因みに、任務が終わったにも拘らず、エストは未だにメイド服を着ている。

 

 これは、別段、任務や何かの罰ゲームと言う訳ではない。これが彼女の普段着なのだ。

 

 昔、オーブ軍にいた頃、ある理由でメイド服を着る機会があったエストだが、それ以来、いたく気に入り、普段着代わりに着る事が多くなった。

 

 おかげでキラは一時期「いたいけな少女にメイドのコスプレをさせて喜ぶ変態野郎」という、とんでもない汚名を着せられていた事があったりした。

 

 だが本人が気に入っている事だし、何よりキラ自身、エストが可愛い格好をする事は嫌ではない。そのせいで、あまり強く「やめて」とは言えないのである。

 

 とにかく、バルクのおかげで戦力を充実させる事ができた。

 

 また明日から、前線に戻って戦う事になる。だがこれならば、今まで以上に面白い戦いができそうだった。

 

 そう思った時だった。

 

「失礼」

 

 歩いている2人に、背後から声をかける者があった。

 

「フォックス・ファングの、キラ・ヒビキ様、それにエスト・リーランド様で、宜しいですか?」

「え?」

「はい?」

 

 振り返る2人。

 

 そこには、身なりの良い男性が恭しい態度で立っていた。

 

 

 

 

 

 奇跡の救出劇から、国民総出での祝福を経て王宮に戻ったユーリアは、1日経って充分に体を休めた後、父である国王アルフレートに呼び出されていた。

 

 アルフレートは御年52歳で、尚も働き盛りである。

 

 これまで世界に対して目立った功績を上げてきたわけではないが、ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役と長引く戦乱でスカンジナビアが戦火に飲まれる事が無かったことを思えば、その手腕が決して凡庸でない事は疑う余地も無い。

 

 長い人生で子供は3人儲けたが、12年前に妻を、8年前に長男を病で失った後は、残った2人の子供、特に末娘のユーリアを大切に思い、これまで育ててきた。

 

 ユーリアもそんな父を慕い、その期待に応えるように努めてきた。その結果、今ではユーリアは17歳という若さで父を補佐し、国政にまで携わる立場になっていた。

 

 もっとも、自分はまだまだだと、ユーリアは常に考えている。

 

 オーブのカガリ・ユラ・アスハは、17歳の時には既に一国を担う立場にあったと言う。それにプラントのラクス・クラインは19の時に最高評議会議長に就任し、その政権を3年もの間維持し続けている。

 

 同年代の少女達が示した偉業に比べると、ユーリア自身、自分はまだまだ未熟であると自覚するところだ。

 

「気分はどうだい、ユーリア?」

「はい。もう、すっかり良くなりました。申し訳ありません、お父様。ご心配をおかけしまして」

「いや、無事であって、本当に良かった」

 

 娘を気遣うように、アルフレートは優しく笑いかける。

 

 善政を敷く名君であると同時に、娘や息子に対して良き父でありたいと常に願っているアルフレートとしては、娘がかどわかされたと聞いてからの数日、食事も喉が通らない程であった。

 

 それだけに、こうして無事に再会できた事の嬉しさはひとしおである。

 

 次いで、少し真剣な表情を見せた。

 

「それで、お前を浚った者の目的は、やはり『遺産』かね?」

「はい」

 

 アルフレートの言葉に対し、ユーリアも真剣な眼差しで返事を返す。

 

 自分が浚われた理由が、自分の知っている「ある物」に関わると言う事は、ユーリアにも判っていた。

 

 頷く娘の姿を見て、アルフレートは納得したように頷く。

 

「やはりか。しかし、厄介な物だな、あれも」

 

 パンドラの箱、とでも言うべきか、それの存在が知れ渡れば、世界に災厄をもたらすかもしれない程に危険な存在。

 

 それの存在を知っているのは、アルフレート自身と、ユーリアを除けばごく僅かであるはず。

 

 にも拘らず、敵は「遺産」の存在をどこからか嗅ぎ付けて狙ってきたのだ。その事から考えても、災いを呼ぶ品である事は間違いなかった。

 

「しかしあれは、断じてあのような方々の手に渡して良いものではありません」

「判っている。よく、守ってくれたね」

 

 そう言ってアルフレートは、娘を労う。

 

 因果な運命に翻弄された娘に対し、慈しみと同乗の感情を寄せるアルフレート。

 

 しかし、憐れんでばかりはいられない。アルフレートは彼女の親として、最大限の努力をしようと決めていた。

 

「それでね、ユーリア。考えたのだが、お前がここにいたのでは、またお前の命を狙う者も現れるだろう。そして、今回のような不測の事態が起こらないとも限らない。無論、二度と起こらないように備える事はできるが、それでも万全の状態にする事はできないかもしれない」

 

 悲痛な表情を浮かべながら、アルフレートは娘に告げる。

 

「だからね、ユーリア。少しの間、お前は暫くの間、どこかに身を隠すべきだと思うのだよ」

「お父様・・・・・・それは・・・・・・」

 

 言い淀むユーリア。

 

 身を隠す。つまり、暫くは表に出ない方が良い、と言う事だろう。

 

 今回ユーリアは騎士団の護衛があったにもかかわらず、襲撃の際には成す術もなく囚われの身となっている。この事から考えると、敵はかなり戦い慣れている者達である事が判る。それこそ、正規軍にも引けを取らない程に。

 

 もし、再度の襲撃があった場合、今度こそユーリアの身は危ないかもしれないと考えられる。

 

 だからこそアルフレートは、一時的にせよユーリアに身を隠すように言っているのだ。

 

 ユーリアにも分かっている。父は自分を思って、このような事を言っているのだと。

 

 しかしそれでも、父の言葉に躊躇いを覚える理由は、愛する家族と離れてしまうのは寂しからに他ならなかった。

 

「心配はいらない。また、すぐに会えるさ」

 

 そう言ってアルフレートは、不安そうな表情を浮かべるユーリアに笑いかける。

 

 ちょうどその時、扉が開いてフィリップが部屋の中に入ってきた。

 

 フィリップはユーリアの姿を見付けると、笑顔を浮かべて近寄ってくる。

 

「やあ、ユーリア。今回は大変だったね。けど、無事で良かったよ」

「お兄様・・・・・・・・・・・・」

 

 フィリップに対して、力無く笑みを返すユーリア。

 

 兄に対して笑い掛けるユーリアの表情には、一切の邪気も感じられる事は無い。

 

 聡明を持って噂されるユーリアも、まさか自分をかどわかした主犯が、目の前にいる兄であるとは想像だにできなかった。

 

 表面上フィリップは、自身の内面を毛ほども出していない。あくまでも「家族を愛する兄」と言う仮面を被って役割を演じている。そして、ユーリアもアルフレートも、そんなフィリップを疑ってすらいなかった。

 

「聞いたよ、ユーリア。私も父上と同じ意見だ。お前は少しの間、安全な所に身を隠した方が良い」

「お兄様・・・・・・でも・・・・・・」

 

 不安そうな表情を見せる妹の頬を、フィリップは安心させるように優しく撫でる。

 

「なに、大丈夫。お前がいない間、この国は父上と私とで、しっかりと守っていくから」

 

 フィリップとしては、災いを転じて福を呼ぶつもりだった。先の拉致計画は失敗したものの、ユーリアが王宮から遠ざけられるなら、結果的には同じ事になる。あとはユーリアがいない間に事を進めるだけだった。

 

 迷うユーリアに対して、フィリップは更に甘い言葉で囁き掛ける。

 

「心配はいらないよ。私が選りすぐった、最高の護衛をお前に付けてあげよう。彼等がきっと、お前を守ってくれるさ」

 

 そう告げるフィリップ。

 

 フィリップは、その兵士達にユーリアを監視させ、もしもの時は拘束させるつもりなのだ。そうすれば、労する事無く目的を達せられる。

 

 だが、その思惑は思わぬ所から横やりが入る事となった。

 

「いや、フィリップよ。それなら心配はいらないぞ。既に私の方で護衛は用意させてもらった」

 

 アルフレートはそう言うと、合図を送る。

 

 すると、続きの間につながるドアが開き、あまりにも落差が激しい格好の3人の男女が入ってきた。

 

 1人は、フィリップも見覚えがある。

 

 短く切った金髪に端正な顔立ちをした、まるで映画俳優のような青年。スカンジナビア最強の騎士と名高い、クライアス・アーヴィング大尉だ。確かに、彼が護衛であるなら、おいそれとユーリアには手出しできないだろう。

 

 だが、残る2人。王宮に似つかわしくないような、みすぼらしい服を着た男女には覚えが無かった。

 

「クライアスについては、説明は不要だな。彼には護衛部隊の隊長を務めてもらう。他にも騎士団から選りすぐりの者達をクライアスの下に付ける心算だ」

 

 そう言ってから、アルフレートは並んで立っている男女の方を指し示した。

 

 正直、クライアスに比べると、王侯と乞食ほどに落差がありそうな2人である。

 

「こちらは傭兵部隊、フォックス・ファングの2人だ。知っていよう。我が軍に味方する、最強の傭兵だ。この3人に、ユーリア護衛の中核を務めてもらう」

 

 紹介を受けたキラとエストは、呆気に取られた表情で立ち尽くす。

 

 格納庫で2人に声をかけた男性は、シンセミア王家に仕える執事だと名乗り、2人を王宮へと招待したのだ。そこで、ユーリア王女の護衛と言う任務を言いつかったのである。

 

 正直、2人にとっては寝耳に水の出来事であり、驚くなと言う方が無理な話であった。

 

「ち、父上!!」

 

 そんなキラ達を見て、フィリップは焦ったように声を荒げた。

 

「アーヴィング大尉はともかく、こ、このような氏素性も判らない傭兵風情に、大切な妹を託すなど、いったい何を考えておられるのです!? このような者達に頼らずとも、我が国には優秀な兵士がいくらでもいます!!」

 

 自分の子飼いの兵士をユーリアの護衛として付け、彼女を監視させるつもりだったフィリップとしては、スカンジナビア最強の騎士と、得体の知れない傭兵風情に得物かっさらわれた形となってしまったのでは、とんだ計算違いである。焦るのも無理は無かった。

 

「だいたい、傭兵など、金次第でいくらでも寝返るような卑しい存在ですよ!! そんな連中に大切なユーリアを託すなど、私は承服できません!!」

 

 喚くように糾弾するフィリップ。

 

 そんなフィリップの様子に対し、キラとエストは互いに顔を見合わせて肩を竦める。彼等のような王家の人間にとって、傭兵が卑しい存在であると言う偏見があるのは否定できないし、そんな事を言われるのは、最早2人とも、慣れた物である。

 

 激昂するフィリップに対して、しかしアルフレートは鷹揚として頷いて見せる。

 

「お前の言う事は判らんでもない。だが、フォックス・ファングの噂は、お前も知っていよう。それに、この2人は実際にさらわれたユーリアを救出してくれたのだ」

「えェ!?」

 

 驚いて声を上げるフィリップ。つまり、目の前にいる2人が、自分の計画の邪魔をしたと言う事だ。

 

 こいつらさえいなければ、と言う思いがこみ上げてくるが、それを飲み込んでフィリップは言い募る。

 

「しかし、だからと言って、このような得体の知れない者達に頼らずとも・・・・・・」

「その点も、心配はいらん」

 

 その反論は予想していた、とばかりにアルフレートは淀み無くフィリップを遮った。

 

「この2人、今でこそ傭兵に身をやつしているが、オーブのアスハ家や、プラントのクライン議長とも縁が深いと聞く。出自に関しては、そこらの兵士よりも、よほどしっかりした物だ」

「そこまで知ってましたか」

「侮れませんね」

 

 アルフレートの言葉に、キラとエストは嘆息を禁じ得なかった。

 

 確かに、ラクスとは今でも友人関係を続けているし、カガリとはきょうだいの関係だ。一国の情報力は侮れないと言うべきか、自分達の経歴がそこまで暴かれているとは思わなかった。

 

 まさかとは思うがキラ自身、自分の「過去」がバレていないか、心配になってきた。

 

 アルフレートは執務机から一通の手紙を取り出すと、それをユーリアへ差し出した。

 

「行き先はオーブだ。ここに書簡もしたためた。あとはアスハ家のカガリ殿が、お前を悪いようにはしないだろう」

 

 アスハ家とシンセミア家は古くからの付き合いがあり、アルフレートもまた、カガリの事を深く信頼している。大事な娘を預ける相手として、これほど相応しい相手は他にいないだろうとさえ思っていた。

 

「・・・・・・はい、わかりました、お父様」

 

 不承不承と言った感じながら、父の言葉に頷くユーリア。敬愛する父にここまでしてもらった以上、無下にする事も出来ない。

 

 ただ、己の中にある不安を押し殺して、差し出された書簡を受け取るしかなかった。

 

 

 

 

 

 父との会談を終え、ユーリアはガックリと肩を落として自室へ続く廊下を歩いていた。

 

 これからの事を思うと、晴れがましい気分ではいられなかった。

 

 正直、国を離れるのは彼女の本意ではない。

 

 今、スカンジナビアは大変な時である。欧州の戦線も、決して予断が許されない。いつ、地球連合軍が攻勢をかけて来るかもわからないのだ。

 

 そのような中にあって、第1王女であり父王を補佐する立場にある自分が国を離れる事には、不安を覚えざるを得ない。

 

 何より、愛する家族と離ればなれになってしまうのは辛かった。

 

 だが、父の心配も判る。「遺産」の事もある。ユーリアがスカンジナビア国内に留まるのは危険だった。「遺産」を守る事もまた、自分にとっては重要な役割の一つである。それを考えると、父の命に従うのはベストだと思えた。

 

 その時、

 

「ユーリア様ッ」

 

 振り返ると、息を切らせるようにして走ってくるクライアスの姿があった。

 

 クライアスはユーリアに駆け寄ると、沈痛な表情で彼女を見た。

 

 国民から絶大な人気を誇る端正な顔立ちの青年は、多くの女性を魅了してやまない秀麗な眼差しで持って、真っ直ぐにユーリアを見詰める。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、息を詰まらせるユーリア。

 

 まるで映画スターのような顔で見詰められると、ユーリアと言えども、クライアスの持つある種の魔術めいた美貌に引き付けられてしまう。

 

「心中、お察しします、ユーリア様」

「クライアス・・・・・・」

 

 察してくれる忠実な騎士の想いは、ユーリアにとっても嬉しい。しかし、それで心が晴れる事は無い。

 

 結局、国を離れざるを得ない事には変わりないのだから。

 

 彼が一緒に来てくれる事はありがたいが。

 

「ご安心くださいユーリア様。旅先での御身の安全は、この私が命を代えてお守りします。私の他にも何人か、選りすぐりの部下をユーリア様の護衛として連れていくつもりですので」

「ありがとう、クライアス。お願いします」

 

 彼等が来てくれるのは、確かにありがたい。オーブはユーリアにとって異郷の地。全く見知らぬ土地に行くに当たり、知っている者がいるといないとでは雲泥の差があった。

 

 果たして、これからどうなるのか。

 

 ユーリアは己が進むべき道について、憂慮を覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 部屋に戻るなりフィリップは、自身の不機嫌さを隠そうともせずに机を脚を思いっきり蹴りつけた。

 

「クソッ クソッ クソッ!!」

 

 蹴り付ける度、値打ち物の机は悲鳴のような軋みを上げる。これ1台で、小さな家一軒建てられるくらいの値段がするのだが、そんな事もお構いなしである。

 

 そんなフィリップの荒れた様子を、同席しているカーディナルは、仮面越しに冷ややかな目を向けて尋ねる。

 

「いかがなさいました、フィリップ様?」

「どうもこうもないッ 父上め、余計な事を!!」

 

 苛立って爪を噛みながら、フィリップは事の顛末をカーディナルに説明する。

 

 ユーリアが、一時的にオーブに身を隠す事になった事。

 

 その護衛として、スカンジナビア最強のパイロットであるクライアス・アーヴィングと、得体の知れない傭兵2人が付く事。

 

 苛立ち交じりのフィリップの説明を聞き、カーディナルは納得したように頷く。

 

「成程、そのような事がありましたか」

「これを機会に、ユーリアを遠ざける事ができると思ったのにッ」

 

 クライアスにしろ、あの2人の傭兵にしろ、かなりの凄腕だと言う。これでは、迂闊に手を出す事も出来ない。

 

 だが、フィリップの激昂を余所に、カーディナルは涼しい態度を崩さない。

 

「それは良かったですな」

「何がだ!?」

 

 苛立って叫ぶフィリップに対して、カーディナルは彼を宥めるように、余裕の態度で告げる。

 

「これでフィリップ様は、誰に憚る事も無く、ご自身の地盤を固められるではないですが」

「む・・・・・・・・・・・・」

 

 カーディナルの指摘に、フィリップは黙考する。

 

 その事は、フィリップ自身も考えないでもなかった。確かに、目障りなユーリアがいなければ、その間に国内を固める事は不可能ではない。

 

 フィリップとて、ユーリアを亡き者にしたいと考えている訳ではない。ただ、次に自分が国王となる為の足場を固める上で、ユーリアの存在が邪魔になっているだけなのだ。

 

 そう考えると確かに、ユーリアの護衛について斟酌する必要は無くなる。

 

「ユーリア様の事は、我々にお任せください。万事、不足の無いように取り計らいますので」

「任せて、良いのか?」

 

 オズオズと尋ねるフィリップに対し、カーディナルは自信ありげに頷きを返す。

 

 得体の知れない男である事は間違いない。

 

 だが、出会ってからこれまで、カーディナルはフィリップに不利益になるような事はした事が無い。

 

 それだけは、間違いなく信頼できる相手だった。

 

 

 

 

 

PHASE-04「至高に蠢く魔窟」      終わり

 


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