機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-03「捕らわれの王女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北海海上にある孤島は、通常の航路からも外れている為、殆どの者には、その存在すら知られてはいない。

 

 スカンジナビア王国の高官。それもごく一部の物のみが知るこの島に、ひっそりと建つ豪邸。

 

 そこに、少女はいた。

 

 流れるような長い金髪を持つ、西洋人形のように清楚な佇まいを持つ少女。

 

 スカンジナビア王国第1王女、ユーリア・シンセミアである。

 

 外遊視察の際に謎の武装勢力に拉致されたユーリアは、この島に連れてこられ、軟禁状態に置かれていた。

 

 脱出は、事実上不可能。

 

 本国から遠く離れたこの孤島では、ユーリアの味方はいない。広大な海上に浮かぶ島は、事実上、広大な牢獄に等しい。

 

「何か、不自由な事はございますかな、ユーリア様?」

 

 部屋の中に無遠慮に入ってきた男に対し、ユーリアは顔を向ける事もせずに外を見ている。

 

 異様な人物だった。

 

 声の感じから男である事は判るが、その顔面は、頭頂から顎までをすっぽりと仮面に覆われ、伺う事ができない。

 

 かなりの長身で、女性としては標準的な体格のユーリアから見ても、見上げるような大男だった。

 

 カーディナル。

 

 この邸宅の家人に、そのように呼ばれていたのを覚えている。この男が、ユーリア拉致を実行した人物である。

 

「・・・・・・・・・・・・わたくしを、どうするつもりです?」

 

 硬い表情のまま尋ねるユーリア。

 

 対してカーディナルは、顔を仮面で覆っている為、表情の変化を見る事はできない。ただ、くぐもった声を発して応じた。

 

「あなたにも、お判りになっているはずだ。我々があなたを浚って、何を求めているか、と言う事をね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で答えるユーリア。

 

 対してカーディナルは顔を近づけて尋ねる。

 

「どこにあるのですか例の『遺産』は? その在り処をお教えいただければ、我々としてもあなたに手荒な真似をせずに済むのですが?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 人を強引に拉致しておいて、何を白々しい。

 

 心の中で呟くユーリア。しかし、現実に虜囚を受ける身となっては、如何ともしがたい物がある。

 

 ここでどれだけ抵抗して見せたとしても、無力なユーリアにはどうする事も出来ないのだ。

 

「何がご自身にとって最善であるか、よくお考えになる事ですな。時間だけはあるのですから」

 

 勝ち誇ったように言い捨てると、カーディナルは悠然とその場を後にした。

 

 1人残ったユーリアは、悔しそうに唇を噛みなしめる。

 

 カーディナルが何を欲しているか、ユーリアには見当がついている。

 

 だが、彼等を欲する物を彼等に与える事はできない。あれは、世に出してはいけない物。叶うならば破棄してしまいたい物だった。

 

 出来得るなら、誰か受け取るにふさわしい人物に渡したいのだが、そのような人物が都合よく現れるとも思えない。ならばやはり、ユーリア自身が胸に秘めたまま、最後まで口を閉ざすのが最善なのだが、それもいつまで続けられるか。

 

 カーディナル達は今のところ、ユーリアを賓客のように扱っているか、それもいつまでも続けられると言う保証は無い。いつ何時、危害を加えられるか。

 

 それに

 

「ミーシャ・・・・・・・・・・・・」

 

 ユーリアの脳裏には、1人の少女の顔が浮かぶ

 

 襲撃を受けた際に一緒にいた侍女。ユーリアにとっては妹のように可愛がっていた、メイドの少女である。

 

 護衛が全滅した時点で虜囚になる事は防げないと感じ、ミーシャだけは逃がしたのだが、彼女が無事かどうか心配だった。

 

 今は信じるしかない。ちょっと先走りが過ぎるきらいのある娘だが、あれで目端が良く、機転も効く。彼女なら、無事に追っ手を振り切っているだろうと思う事にした。

 

 

 

 

 

 その頃、同じ邸宅内の一室から、2人の小柄な少女が慎重に周囲を見回しながら廊下を素早く移動していた。

 

 2人ともメイド服を着ている事に加えて、体格も似ている。

 

 しかし片方は慣れたような足取りで音を立てずに動いているに対し、後から続くもう片方は、明らかにオドオドした感じが見て取れる。

 

「人の気配があまりしませんね? 恐らく、殆どのシステムが自動化されているようです」

「そ、そうなのですか?」

 

 ミーシャに説明してやりながら、エストは内心で好都合だと感じていた。人の目があまりないなら、潜入も楽に行えるはず。

 

 エストとミーシャは現在、問題の島に潜入しユーリア王女救出作戦を実行していた。

 

 当初は、ミーシャの依頼の真偽について疑念が持たれていたが、様々な情報を収集し分析した結果、確かにスカンジナビア王国の王女が、拉致されて行方不明になっていると言う事が分かった。

 

 その事を受け、彼女の依頼を受ける事としたのだ。勿論、報酬に関してはミーシャではなく、後日、スカンジナビア政府の方に請求する事になるだろうが。

 

 作戦としては、キラが陽動の為に、外部にいる敵部隊に奇襲をかけてこれを攪乱。その隙にエストとミーシャがユーリアを見付けて救出するのだ。

 

 本来ならエスト1人で潜入した方が身軽で良いのだが、彼女1人では仮にユーリアを見付けても警戒されてしまうかもしれない。その事を考慮したうえで、ミーシャについてきてもらったのだ。

 

「一つ、質問しても良いでしょうか?」

「はい?」

 

 先を行くエストに尋ねられ、ユーリアは訝るような仕草を見せる。

 

 対してエストは、歩く足を止めずに尋ねた。

 

「ユーリア殿下が浚われた理由について、何か心当たりはありますか?」

 

 エストが気になっていたのは、それである。

 

 相手は正体も判らない者達とは言え、一国の王女を拉致すると言う暴挙に出たのだ。何らかの理由があるのは間違いない。

 

 その事について、ユーリアの傍らに仕えていたミーシャなら、何か心当たりはあるのでは、と考えたのだ。もしかすると、敵の正体についても何らかの情報を得られるかもしれなかった。

 

 しかし、尋ねたエストに対して、ミーシャは申し訳なさそうに顔を伏せて答えた。

 

「すみません。そう言った事は、ちょっと私には・・・・・・お仕えしていると言っても、ユーリア様のお身の回りのお世話を仰せつかっているだけですから」

「そうですか」

 

 予想していた答に、エストは納得したように頷く。

 

 ミーシャを責める事はできない。いかに王女付きと言っても、彼女は一介のメイドに過ぎないのだ。国の根幹にかかわるような事には首を突っ込めないだろう。

 

「・・・・・・ただ」

 

 ミーシャは、慎重に何かを思い出すように、再び口を開いた。

 

「ここ最近、ユーリア様は、何かを思いつめたようなお顔をなさる事が多くなったような気がしていました」

「思いつめた、ですか?」

「はい。話しかけても上の空だったり、終始、窓からお外を眺めていたり。普段は、もっと活発なご気性の方なんですけど」

 

 それだけでは彼女の身に何か起きていた、とは判断しづらい。ただ、普段からユーリアに接しているミーシャだからこそ、判る事も有るのかもしれなかった。

 

 いずれにしても、この場で事件の詳細を知る事は不可能だった。

 

「判りました。では行きましょう。王女殿下は、恐らくこの先にいます」

「はいッ」

 

 そう言うと2人は、更に邸宅の奥を目指して進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の中に身を潜め、キラは探知されないようにゆっくりと進んで行く。

 

 ライキリは本来、水中戦用の機体ではないのだが、単純に水に潜って移動するくらいならできない事も無い。

 

 この作戦に先立ち、バルクを通じて新型機の発注を依頼していたのだが、残念ながら間に合わなかった。一応、サイが入念な整備を施してはくれたが、敵に万が一特機クラスの機体があったら、ライキリで戦うのはきついかもしれない。

 

 だが、無い物を嘆いても仕方がない。手持ちの武器で最善の結果を出すのも、傭兵としての務めである。

 

「さて、時間は・・・・・・」

 

 キラは時計に目を走らせる。

 

 間もなく、作戦開始時刻だ。

 

 まず、キラが島に上陸して派手に暴れ、敵の目を引き付ける陽動の役割を担う。

 

 その間に、先行しているエストとミーシャが監禁されているユーリアを見付けて救い出す。と言うのが今回の作戦である。

 

 島自体はそれほど大きいと言う訳ではないが、それでも2個小隊程度の部隊が駐留している事は、事前の偵察で判明している。恐らく、ユーリアを浚ったと言う謎の武装勢力の部隊だろう。

 

 それらの部隊を手早く片付ける必要がある。長引けば、いかにキラでも不利は否めない。

 

 もう一度、時計に目を落とす。

 

 作戦開始時刻に、秒針が合わさった。

 

「よしッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 キラはスラスターを全開にして、水中からライキリを飛び立たせる。

 

 水柱を上げて、空中に踊り出すライキリ。

 

 はねる飛沫が月光を浴びて乱れ煌めく。

 

 ほぼ同時に、島内の警戒システムもライキリの姿を捉えた。

 

 鳴り響く警報。

 

 哨戒に当たっていた機体が、飛び上がったライキリに気付いたのだ。

 

 視線を走らせた先にある機体には、キラも見覚えがある。

 

 ザクだ。

 

 ザフト軍がユニウス戦役時に実戦投入したニューミレニアムシリーズ初期の機体は、その拡張性の高さ、性能の良さも相まり、大戦終結後も数々のバリエーションが作られ、輸出用の機体も多く出回っている。

 

 スカンジナビア軍はモビルスーツ開発においてオーブやプラントに立ち遅れている為、潤沢な資金を背景に、両国から機体を買ってライセンス生産しているのだ。

 

 そのザクが、ライキリの存在に気付いてビーム突撃銃を向けてくる。

 

 だが、動きはキラの方が速かった。

 

 両手に持ったビームライフルを放ち、武器を持ったザクの右腕を吹き飛ばすライキリ。

 

 更に高速で距離を詰めると、すれ違いざまにビームサーベルを一閃、ザク2機の頭部を斬り飛ばした。

 

 戦闘力を失って、地面に倒れる2機のザク。

 

 その様子を見て、キラは満足そうに頷く。

 

「まずは、成功。てところかな」

 

 ここからキラは、派手に暴れてできるだけ敵の目を引き付ける必要があった。

 

 センサーに目を走らせると、起動してこちらに向かってくる機影が見える。

 

 数は複数。なかなか対応が素早い。

 

「さて、それじゃあ、少しだけ付き合ってもらおうかな」

 

 そう呟くと、キラはライキリの両手にライフルを構えて跳躍した。

 

 

 

 

 

 エストは振動が起こるとすぐに、キラが作戦を開始したのを悟った。

 

 家人が少ない事が幸いし、今のところ2人は誰かに見咎めらえる事も無く進む事ができている。

 

 そこに来てのキラの攻撃開始である。敵の注意は完全に外に向けられると思われた。

 

 と、

 

「キャッ!?」

 

 背後から悲鳴と共に、ドテッと言う鈍い音が聞こえてきた。

 

 振り返ると、後からついてきていたミーシャが、顔面から床に突っ込んでいた。どうやら、振動に足を取られてしまったらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「あう~ 痛いです」

 

 エストが助け起こすと、ぶつけた鼻を押さえながら涙顔を上げるミーシャ。

 

 その間にも、振動は激しくなってきている。どうやらキラは、そうとう派手に暴れているらしい。

 

 やりすぎて島その物を破壊してしまわないか心配だった。

 

「もう間もなくです。急ぎましょう」

「う~ はい・・・・・・」

 

 気を取り直して、エストとミーシャがさらに進もうとした時だった。

 

 エストはとっさにミーシャの腕を掴むと、手近な物陰へと引き込んだ。

 

「な、何を・・・・・・」

「シッ」

 

 抗議の声を上げかけたミーシャを制し、エストは物陰から向こうの廊下を伺う。

 

 そこには3人ほどの兵士が立っていた、何やら緊迫した様子で話し込んでいた。

 

「おい、カーディナルからの命令だ。今の内に姫様を、安全な場所へとお連れしろ」

「ハッ」

 

 そう言って、駆けだして行く兵士達。

 

 エストはその様子を見送ると、物陰から出てその後からついて行く。

 

「行きましょう」

「は、はいッ」

 

 背後にミーシャを付き従え、駆けだして行くエスト。

 

 彼等の後をついて行けば、監禁されているユーリアの元へとたどり着けるはずだった。

 

 

 

 

 

 部屋の中に足音も荒く入ってきた兵士を見て、ユーリアは顔を上げた。

 

 先程から邸宅内は激しい振動に包まれ、外からは爆音が聞こえてきている。

 

 戦闘が行われている事は、すぐに判った。いずれかの勢力が、この島に攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 

 そこに来て、兵士達が不躾に乱入して来た。

 

 恐らくカーディナル達にとって、何か都合の悪い事が起こった事だけは判った。

 

「姫様、申し訳ありませんが、我々と共に来ていただきます。こちらは流れ弾が飛んでくる可能性もありますので」

 

 慇懃なセリフを並べているが、ほぼ強制に近い。

 

 対してユーリアは、窓の外に目を向けたまま、断固とした口調で言った。

 

「わたくしはここにいます」

 

 戸惑いを見せる兵士達に対して、ユーリアは居住まいを正して告げる。

 

「どのみち、わたくしは虜囚の身。どこにいようが身の安全が得られるとは思えません。ならば、どこに移っても同じ事」

「そうはまいりません、お聞き届け頂けないのなら、力づくでも従ってもらいます」

 

 一際、巨躯を持つ兵士がそう言って、ユーリアに掴み掛る。

 

「あッ!?」

 

 声を上げるユーリア。

 

 一国の王女と言っても、17歳の少女に過ぎない。鍛え上げた兵士と掴み合いになって敵う筈がない。

 

 そのまま引きずられそうになった時だった。

 

 突如、付き従っていた兵士2人が、昏倒するようにしてその場に崩れ落ちた。

 

「な!?」

 

 突然の様子に、思わず目を剥く巨漢の兵士。

 

「ど、どうしたんだ、お前達!?」

 

 慌てて駆け寄ろうとした時、その鳩尾に凄まじい激痛が走り、意識はあっけなく刈り取られた。

 

 突然の事に、1人残ったユーリアは唖然としている。

 

 倒れた兵士達。

 

 その陰から、銃を構えたメイド服の少女が現れた。

 

「あの・・・・・・あなたは?」

 

 突然現れた少女の存在に戸惑いつつも尋ねるユーリア。

 

 対して、

 

「スカンジナビア王国第1王女、ユーリア・シンセミア閣下ですね。私は・・・・・・」

「ユーリア様!!」

 

 淡々としゃべる少女を押しのけるようにして、別の少女が転がるようにして駆け寄ってくると、迷う事無くユーリアの胸に飛びついた。

 

「ユーリア様!! ああユーリア様!! ユーリア様!!」

「ミーシャ? ミーシャなのね!?」

 

 自分に飛びついてきた少女が、可愛がっていた侍女だと知り、安堵するように優しく抱きしめる。

 

「ああ、ミーシャ、無事で良かった」

「ユーリア様も。お怪我はありませんか? 具合はどうです? お腹すいてませんか?」

 

 矢継ぎ早に質問をぶつけてくるミーシャに、ユーリアはクスッと微笑する。

 

 間違いない、彼女はミーシャだ。たった数日会わなかっただけなのに、何だかとても懐かしく思えた。

 

 暫くしてミーシャが落ち着くのを待ち、ユーリアは話しかけた。

 

「それでミーシャ、そちらの方は?」

 

 声を掛けられ、ようやく出番が来たか、とばかりにエストは前に出る。

 

「私は傭兵部隊フォックス・ファングのメンバー、エスト・リーランドと言います。この度は彼女の依頼で、あなたを救出に来ました」

 

 それを聞いて、ユーリアは納得したように頷きを返した。どうやら、自分が最も信頼するメイドの少女は、自分の身を案じて最強の援軍を連れてきてくれたらしい。

 

「フォックス・ファングのお噂は、わたくしも聞いた事があります。この度は、わたくしの為に力を尽くしていただき、誠にありがとうございます」

 

 ミーシャが連れてきてくれた力強い味方に、ユーリアは深々と頭を下げる。

 

 だが、あまりゆっくりしている暇はない。そうしている内にも戦闘の爆音は聞こえてきている。

 

 エストは素早く、窓の外を確認する。

 

 この場からは戦闘の様子は見えないが、キラが奮戦しているのが伝わってくる。

 

 しかし、いかにキラでも旧式の量産機では限界がある。早く脱出しないと。

 

「話は全て後にしてください。急いで脱出します」

 

 そう告げると、先頭に立って歩き出すエスト。

 

 ユーリアとミーシャも、それに続いて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦で2機のザクを倒したのは大きかった。

 

 そうでなかったら、火力の前に押し切られていたかもしれない。

 

 海岸線の岩場を駆けながら、キラは必死に火線をよけていく。

 

 時折、反撃の砲火を浴びせ、少しずつだが着実に敵の戦力を削いでいく。

 

「・・・・・・これは、なかなかきついね」

 

 普段のキラであるなら、この程度の敵に苦戦する事は無い。

 

 しかし今は、エスト達がユーリア王女を救出するまでの時間を稼ぐ必要がある。限定された条件で、しかも機体性能的には同等、掩護する機体も無いと言う状況では、いかにキラでも苦戦は免れない。

 

「これで!!」

 

 降下と同時に、サーベル2本を抜き放って斬り掛かる。

 

 交差し、奔る斬線。

 

 対峙したザクのパイロットは、その動きを把握する事すらできない。

 

 ライキリがその場を飛び立った時、2機のザクは腕や頭部を斬り飛ばされて戦闘力を失っていた。

 

「あと、3機!!」

 

 機体を振り向かせながら叫ぶキラ。

 

 グフ1機と、ザクが2機。

 

 これなら勝てるか。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、海上を疾走して向かってくる機影を、センサーが捉えた。

 

「新手ッ 速い!?」

 

 驚愕と共に目を見開く。

 

 この状況での増援は、いささか厄介だ。まだエストから作戦成功の報告は無い。加えて、センサーに映る機影の接近速度は、明らかに量産機の物ではない。

 

 ライキリのカメラを、そちらへと向けるキラ。

 

 そこには、見覚えのある黒い機体が、海面スレスレを真っ直ぐに向かってくるのが見えた。

 

「あれは、この間の!?」

 

 呻き声を上げるキラ。

 

 向かってくる機体は、先日、戦場で出会った地球軍の新型機。サイクロンである。

 

「目標捕捉。殲滅行動を開始します」

 

 操縦桿を握るレニ・ス・アクシアはキラのライキリを見据えると、速度を上げて突撃。射程に入ると同時にダインスレイブを抜き放つ。

 

 銃口を向け、斉射される両手の銃剣。

 

「クッ!?」

 

 対してキラは、とっさに後退して銃撃を回避。反撃としてライフルを掲げる。

 

 地球軍の機体がこの場に現れた、と言う事はつまり、この施設は地球軍と何らかのつながりがあると考えていいかもしれない。

 

 更に攻勢を強めるレニ。

 

 サイクロンは2本のダインスレイブをサーベルモードにして距離を詰めると、鋭い斬撃を振るってライキリに襲い掛かる。

 

 対してキラは必死に機体を操って反撃するも、やはり機体性能の差は如何ともしがたく、反撃の隙を見出す事ができない。

 

「クッ!?」

 

 後退しつつも、ライキリはサイクロンの鋭い攻撃を前に、徐々に追い込まれていく。

 

 どうにか反撃しようと、ライフルを構えるキラ。

 

 しかし、それよりも速くレニは動く。

 

 レニはサイクロンの両手にあるダインスレイブをライフルモードで斉射する。

 

 その動きに、キラは追いつけない。

 

 否、キラ自身の反応は追いついているのだが、ライキリの性能がサイクロンの攻撃速度に対し、圧倒的に遅すぎるのだ。

 

 着弾したビーム。

 

 ライキリの左腕を吹き飛ばしてしまった。

 

「あぐッ!?」

 

 呻くキラの声と共に、地面に倒れ込むライキリ。

 

 同時に機体各部に、エラー表示が広がる。

 

 コックピット全体が、赤い警報ランプに染め上げられていく。酷使し続けた機体が、ここに来て限界を迎えつつあるのだ。

 

 操縦桿を動かすも、ライキリは空しく駆動系が唸りを上げるだけで、殆ど動こうとしない。

 

「クッ!?」

 

 全く予期し得なかった敵増援の出現に、キラは唇を噛む事しかできない。

 

 最前まで、苦戦しつつも戦況を有利に進めていたキラが、あっという間に逆転されてしまっていた。

 

 一方、ライキリの動きを止めたレニは、ゆっくりと、その傍らにサイクロンを降下させる。

 

 勝敗は既に決している。しかし、少女にとって「敵」とは、容赦無く、呵責無く殲滅し尽くす物なのだ。

 

 身動きが取れないライキリ。

 

 その傍らで、サイクロンがとどめを刺すべく剣を振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

 出し抜けに吹き抜けた閃光。

 

 とっさに、機体を翻らせて回避するレニ。

 

 その振り仰ぐ先、

 

「・・・・・・また、か」

 

 苛立たしく睨みつける上空に、

 

 12枚の翼を広げた、熾天使が舞い降りてきていた。

 

 

 

 

 

 スカンジナビア王国軍大尉クライアス・アーヴィングはコックピットに座し、理解しがたい状況に接し、訝るような視線を周囲に向けていた。

 

 クライアス・アーヴィング程、スカンジナビアを代表するパイロットはいないだろう。

 

 スカンジナビア王国騎士団に所属するクライアスは、パイロットとしての技量は最高クラスである。

 

 一説では、オーブ最強と謳われるシン・アスカ一尉をも凌駕するとまで言われている事に加えて、端麗な容姿から国民の人気も高く、たびたび雑誌の表紙も飾る程だ。

 

 人は彼を、誇りを持って称える。

 

 「スカンジナビア最強の騎士」と。

 

 ユーリア姫が正体不明の武装集団に誘拐されたと言う情報が広がり、司令部からの命令を受けて、ユーリア奪還の為にやって来たクライアスだが、そこでは既に戦端が開かれているとは思わなかった。

 

 しかも、地球軍の機体まで姿を見せている。どうやら、連中が何らかの形で今回の一件に関わっているのは間違いないだろう。

 

  だが、問題は交戦していたもう片方の方だが、

 

「・・・・・・傭兵の機体? なぜこんな所に?」

 

 識別信号から、どうやら味方であるのは間違いないらしいと言う事は判ったが、それがこの場にいて、なぜ地球軍の機体と交戦しているかまでは理解できなかった。

 

 だが、ゆっくり考えている時間は無い。

 

 体勢を立て直したサイクロンが、両手のダインスレイブを放ちながら向かってくる。

 

 その、明らかに交戦の意志を顕にした行動に、クライアスもまた、対応すべく機体を反転させる。

 

「クッ 今はこっちが重要か!?」

 

 叫ぶと同時に、機体を翻らせるクライアス。今は考えるよりも、障害の排除を優先するべきだった。

 

 翼を広げ、一気に飛び上がる双翼の熾天使。

 

 ZGMF-X30A「ライトニングフリーダム」

 

 クライアスが駆る機体である。

 

 形式番号や名称から判る通り、ヤキン・ドゥーエ戦役時にザフト軍が開発したフリーダム級機動兵器の最新型である。

 

 もっとも、これはスカンジナビア軍がライセンス生産した物ではなく、プラントに発注して完成した物である。長引く戦乱に業を煮やしたスカンジナビア政府は、自軍の象徴、つまり旗機となる強力な機体を欲し、ザフトに開発を依頼したのだ。

 

 デスティニー級、ジャスティス級、イリュージョン級、プロヴィデンス級等、他にも同等の機体がある中で、あえてフリーダム級が選ばれた理由は、全軍の「象徴」として外見の威厳が求められた事、そして、寡兵のスカンジナビア軍にとって、その高火力、高機動性が魅力に思われたからである。

 

 そうして完成したライトニングフリーダムは、同国騎士団最強のエースパイロットとして名高いクライアスに与えられ、先日の欧州での戦闘で鮮烈なデビュー戦を飾った。

 

「お前は、この間の!!」

 

 レニはフリーダムを鋭く睨みつけ、ダインスレイブを振るって斬り掛かっていく。

先日の戦闘で邪魔をされた恨みは、彼女も覚えていたのだ。

 

 振るわれる斬撃。

 

 しかし、その攻撃をフリーダムは華麗な動きで回避する。

 

 ライトニングフリーダムの特徴としては、高機動の大気圏内戦闘用装備と、高火力の宇宙戦闘用装備に換装できる事にあるが、今は大気圏用の装備で出撃してきている。

 

 背中に負った12枚の翼は高機動を発揮して、サイクロンの攻撃を余裕で回避していく。

 

 地上から吹き上げるように放たれるサイクロンの攻撃は、1発もフリーダムを掠める事が無い。

 

「このッ!!」

 

 業を煮やしたレニは、スラスターを吹かして機体を上空に飛び立たせる。

 

 サイクロンは背中に負った4基のガンバレルを展開、両手のダインスレイブと合わせて、フリーダムめがけて一斉砲撃を敢行する。

 

 対して、クライアスはその砲門を見極め、フリーダムを冷静に回避させる。

 

 吹き抜ける閃光は、急激に高度を落としたフリーダムを捉えるには至らない。

 

「その程度の攻撃、何ほどの物か!!」

 

 更に放たれた攻撃に対し、今度は飛び上がって火線を回避、同時にフリーダムの全武装を展開する。

 

 4門のバラエーナプラズマ収束火線砲、腰のクスィフィアス改連装レールガン、両手のビームライフル、腹部のカリドゥス複列位相砲。

 

 合計11門。ドラグーン装備でないにもかかわらず、かつてのストライクフリーダムに迫る火力だ。

 

 解き放たれる11連装フルバースト。

 

 奔流は大気その物を粉砕してサイクロンに迫る。

 

「クッ!?」

 

 対してレニは攻撃を断念し、サイクロンを大きく後退して回避せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 海上で激しい戦闘を繰り広げるフリーダムとサイクロン。

 

 余人の介入を許さないような、激しい攻防が視界の先では繰り広げられている。

 

 その様子を、キラは半壊したライキリのコックピットで、見つめていた。

 

「・・・・・・このままじゃ、まずい」

 

 コックピットの中で、キラは呻くような呟きを漏らす。

 

 あのフリーダムのパイロットがかなりの技量である事は間違いないが、それは敵のパイロットも同じだ。

 

 フリーダムは、サイクロンを押さえるのに手いっぱいになっている。

 

 しかし、島にはまだ3機の敵が残っているのだ。それらを排除しないと、仮にエスト達が王女を救出したとしても、脱出する事はできない。

 

 ライキリは既に殆ど動かせる状態ではない。どうにかOSを調整して最低限のシステムは回復させたが、できてせいぜい、あと1回飛行するくらいではないだろうか。

 

 今まで長く、キラの愛機として頑張ってきた機体だが、どうやらここらが寿命であるらしい。

 

「ごめんね・・・・・・サイ」

 

 必死に整備してくれた友人に、そっと詫びる。

 

 サイが入念に整備してくれた機体を、結局ダメにしてしまった事が、キラには悔しかった。

 

 だが、ライキリの犠牲を無駄にしない為には、何としてもエスト達の脱出を掩護しないと。

 

 そう思った時だった

 

《聞こえておるか、キラ!!》

 

 スピーカーから聞こえてくる、威勢の良い声。同時にセンサーが、高高度をゆっくりと飛行する機影がある事に気付いた。

 

 その機影には、キラも見覚えがあった。

 

「バルク!?」

 

 4枚プロペラの主翼を持つ古式ゆかしいスタイルの輸送機は、バルクが常用している機体だ。バルクはこの他にも自前の貨物船や輸送車両を多数所有している。それらは主に物資やモビルスーツの輸送に使われるのだ。

 

《お前さんの新しい機体、持って来てやったぞ!!》

 

 その声に、キラは目を見開く。

 

 バルクにはライキリに代わる新しい機体の発注を依頼したのだが、どうやら土壇場で、その機体が届いたらしい。

 

 しかし、今は交戦中だ。非武装の輸送機を着陸させる事はできない。折角の機体も、キラが乗り込めないのでは何の意味も無い。

 

 キラが決断までに要した時間は、一瞬すら必要なかった。

 

「構わない。バルク、そのままパージして!!」

《何じゃと!?》

 

 キラのとんでもない発言に、バルクは仰天した声を上げる。無人の機体を出して、一体どうしようと言うのか?

 

 しかし、キラは再度叫ぶ。

 

「構わないッ 後は僕が何とかする!!」

《ええーいッ どうなっても知らんぞ!!》

 

 やけくそ気味に叫ぶバルク。

 

 同時に、輸送機の後部ハッチが開くのがカメラで確認できた。

 

 それを受けて、キラは動く。

 

 残ったバッテリーエネルギーを叩き込むようにしてエンジンを全開にする。

 

 主の意地に応えるように、ライキリは最後の力を振り絞って咆哮する。

 

 ライキリがまだ生きているとは思わなかったザクとグフは慌てたように砲撃してくるが、キラは構わずライキリを戦闘機形態にして、一気に飛び上がる。

 

 輸送機から、人型の影がパージされる。

 

 チャンスは1回きり。2度目のトライはできない。

 

 この一瞬に、キラは全ての神経を集中させる。

 

 落下して来た機体と、ライキリを同期させるキラ。同時にコックピットハッチを開くと、迷う事無く身を躍らせた。

 

 スカイダイビングの要領で空中を泳ぎ、新しい機体の胸部装甲に降り立つと、強風にあおられながら、開いているハッチへと体を滑り込ませた。

 

 シートに座ると、慣れた手付きでシステムを立ち上げる。

 

 ザフト系列の機体だが、かつてはイリュージョンを操縦していた経験がある事から、キラは問題なく機体を起動する。

 

 下方から、ザクとグフが飛び上がってくる。

 

 吹き上がってくるビーム。

 

 そのうちに一発が、無人のライキリを直撃する。

 

 爆発四散するライキリ。

 

 その光景を横目に見ながら、キラは今まで頑張ってくれた愛機に心の中で哀悼を捧げる。

 

 全ての準備は整った。

 

 機体を振り向けるキラ。

 

 同時に、背に負った深紅の翼が、雄々しく広げられる。

 

 ZGMF-X42S「デスティニー」。

 

 かつてユニウス戦役時にザフト軍が実戦投入した決戦用機動兵器。その圧倒的な戦闘力は並み居る地球連合軍を蹴散らし、ザフト軍に連戦連勝をもたらした機体だ。

 

 キラは高速機動を発揮して、吹き上げる火線を全て回避する。

 

 同時にデスティニーは急降下しながら、抜き放ったビームライフルを放つ。

 

 素早く二射。

 

 正確な射撃が放たれる。

 

 二条の閃光が、一瞬にして駆け抜け、上昇してくるザクを捉える。

 

 ザク2機が頭部を吹き飛ばされて落下していく。

 

 残るはグフのみ。テンペストを抜き放ち、斬り掛かってくる。

 

 対抗するように、キラはデスティニーの肩からフラッシュエッジをサーベルモードで抜き放ち一閃する。

 

 空中で交差する両者。

 

 互いの剣が光刃を閃かせる。

 

 次の瞬間、グフは頭部と右腕を一緒くたに斬り飛ばされた。

 

 解放感、とでも言うべきだろうか?

 

 ライキリでは得られなかった、自分の持てる力を全て出し切れる感覚に、キラは酩酊にも似た恍惚を存分に味わっていた。

 

 自分の能力をフルに発揮できる事が、これ程までに気分が良いとは、キラは久しく忘れていた。

 

 救いがたい事に、自分自身があくまでも「戦士」である事を再認識させられる。

 

 一方、ザクとグフが全て撃墜された事を受けレニは舌打ちする。

 

「・・・・・・不甲斐ない」

 

 頼りない味方に苛立ちを覚える。

 

 敵はフリーダムにデスティニー、かなりの強敵である。サイクロンがいかに新型でも、1機で対抗するのは難しい。

 

 どうするか?

 

 そう思った時。

 

 島から高速で飛び出していく機影がある事に気付いた。

 

《レニ、ここは退け》

「カーディナル!?」

 

 上官からの声を聞き、思わず目を剥くレニ。

 

 島から飛び出した航空機は、海面上を疾走するように飛行していく。

 

《これ以上ここに戦っても意味は無い。無駄死にをするな。つまらんだろ、それじゃ》

「・・・・・・はい」

 

 不満ではあるが、カーディナルの命令は絶対である。

 

 尚も猛攻を強めるフリーダム。

 

 その攻撃を回避しながら、低空に舞い降りるサイクロン。

 

 追って降り注いだ閃光が、海面に激突した瞬間、強烈な水蒸気爆発が起こり、水煙が吹き上がる。

 

 しかし、命中は無い。

 

 沸き起こった水煙を煙幕代わりにして、サイクロンは戦場から離脱する。

 

 フリーダムを駆るクライアスは、あえてそれを追おうとはしない。今は敵を追い払えれば、それで十分だった。

 

 

 

 

 

 朝日と共にエストとユーリア、ミーシャは邸宅から外へ出て来る。

 

 上がり始めた陽光が照らす光の中を、

 

 デスティニーとフリーダムは、ゆっくりと舞い降りてきた。

 

 

 

 

 

PHASE-03「捕らわれの王女」      終わり

 


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