機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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FINAL PHASE「受け継がれる光の、その先は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食時に新聞を読むのは、既に習慣と化していた。

 

 コーヒーを片手にページを進める姿は、ある意味器用であるとも言えるが、読み進める目は、お世辞にも楽しそうには見えない。

 

 書かれている記事の内容は、どれも明るいとは言えない物ばかりだった。

 

 欧州における動乱に端を発し、スカンジナビア王国滅亡、北米大陸壊滅と言う事態を経て、最終的には軌道上での激突を制した共和連合軍の勝利にて幕を閉じた一連の紛争は、最終的な首謀者となった人物の名から取られ、「カーディナル戦役」と言う名前で呼ばれる事になる。

 

 昨今の新聞記事は、そのカーディナル戦役における戦後処理に係る物ばかりだった。

 

「行儀悪いぞ」

 

 不意に声を掛けられて顔を上げると、妻である女性が、特徴ある金髪の下から呆れ気味に視線を送ってきているのが視界に映った。

 

 苦笑する。

 

 こう言った、妻の口が悪いところは出会った頃から変わっていないが、今ではこれ程耳に心地いいと思う声は他にないと感じている自分が、妙に可笑しかった。

 

 アスラン・ザラ・アスハは新聞を閉じると、妻であるカガリ・ユラ・アスハに向き直った。

 

「ああ、すまない。朝はこうしていないと、どうも落ち着かなくてな」

「まったく、お前は・・・・・・」

 

 言い訳のような夫の言葉に、カガリも苦笑で返す。こうしたやり取りも、毎朝の事だった。

 

 カーディナル戦役の終結を受けて、このほどようやく結婚に至ったアスランとカガリは、アスランがアスハ家に婿養子に入ると言う形で新婚生活を始めていた。

 

 オーブが共和制へ移行した事で首長制度は無くなり、アスハ家も多くの権限を失っている。しかしそれでもアスハ家が名門である事に変わりは無く、その家名を存続させる必要があった為、アスランも婿養子に入る事を了承したわけだ。

 

「ラクスも大変だよな。こんな連中の相手しなくちゃいけないなんて」

「それは君も同じだろう」

 

 まるで他人事のように友人の心配をするカガリを見て、アスランは苦笑で応じる。

 

 現在、月面中立都市コペルニクスにおいて、共和連合と地球連合の間で和平交渉が行われている。

 

 地球連合側から共和連合に対して停戦と和平交渉の開始を打診してきたのは、軌道上におけるオラクル攻防戦が終結してから1か月後の事だった。

 

 その頃、共和連合側でも、今後の方針を巡って会議は紛糾していた。

 

 エンドレス壊滅とカーディナル討伐は完了したが、彼等と袂を分かった地球連合軍は未だ厳然とした脅威として存在している。改めて地球連合との紛争を再開するのか? それともこちらから地球連合に対して停戦を打診するのか? 会議は賛否双方に分かれて連日行われていた。

 

 そんな状況に終止符を打ったのが、地球連合側からの停戦の打診だった。

 

 地球連合側の状況は、共和連合のそれよりも苦しかった。何しろ精鋭部隊であるファントムペインを始め、多くの部隊がエンドレスに身を投じた事で、組織としての地球連合軍はガタガタの状態である。加えて、盟主国である大西洋連邦の諸都市はオラクルの核攻撃で壊滅状態である。

 

 スカンジナビア王国の滅亡や欧州戦線の壊滅によって消耗が激しいとはいえ、未だに十分な余力を残している共和連合軍に攻め込まれたら、防ぎきれないであろう事は確実だった。

 

 そこで地球連合上層部は、先手を打って停戦交渉に持ち込んだわけである。

 

 とは言え、地球連合が今大戦の敗戦国である事実は変わりようがない。先のヤキン・ドゥーエ戦役やユニウス戦役が終結した時には、まだ余力が残っている状態だった為、地球連合軍も比較的早い段階で立て直す事ができたのだが、事実上の財源と資源の集積場とも言うべき北米大陸が壊滅した事で、大西洋連邦は戦争継続どころか、被災者の救援もまともにできていない有様だった。停戦、和平交渉の流れは必然であった。

 

 とは言え、転んでもただでは起きないのが地球連合である。

 

 和平交渉は進めるものの、条約自体を有名無実化しようと、あの手この手で政治工作を仕掛けてきていた。

 

 彼等も必死である。大西洋連邦は国土が壊滅し、復興には数十年が掛かるとさえ言われている。世界最大の大国も、二等国に転落する事は確実だった。その為、僅かでも交渉を有利に進めようとしている事が露骨に伝わってきていた。

 

「もう、形振り構わずって感じだな」

「予想はしていたけどな」

 

 アスランの言葉に、カガリは肩を竦めて答える。

 

 条約は主に「国際法廷の開設と戦争犯罪人の処罰」「賠償金の支払い」「領土割譲」「西ユーラシア」および「スカンジナビア王国復興支援問題」「軍縮」などが盛り込まれている。

 

 だが大西洋連邦はその全てに、色々と難癖をつけて来ている。戦争による敗北を、交渉でひっくり返そうと言う意図は明らかだった。

 

 曰く、「我が国は戦争に負けた訳ではない。事実、共和連合の兵士は、ただの1人と言えど地球連合領に踏み込んでいない。よって、賠償の支払いや領土割譲に応じる言われは無い。また、戦争犯罪人は自国において処罰すべき問題である為、国際法廷の開設などは、露骨な内政干渉であると判断する。西ユーラシアとスカンジナビア王国復興支援への参加に異存はないが、当方は自国の復興も行う関係から、予算を出す余裕は無く、監督官等の人材を派遣するに留める。軍縮は、共和連合側と協議の上、双方が軍備を縮小する形であるなら、応じる用意がある」との事あった。

 

 何とも傲慢な物言いではないか。まるで自分達が敗戦国であると言う自覚が、全く無いようにさえ思える。

 

 特に問題なのは欧州やスカンジナビア王国で彼等が行った、虐殺行為への処理問題である。その事を含め、国際法廷の開設や賠償、復興支援事業の立ち上げを条文に盛り込んだのである。

 

 しかし大西洋連邦側は「虐殺行為はカーディナル率いる旧ファントムペインを中心としたエンドレス勢力が行った物であり、当方は一切関知していない」として、詳細な情報開示にも応じようとしない。明らかに、このまま知らぬ存ぜぬを押し通したまま逃げ切ろうと言う魂胆だった。

 

 だが、西ユーラシアでは多くの住民が彼等の虐殺行為を目撃している。どう足掻いても逃げ切れるものではない。

 

 何より、これ以上戦争継続ができない事が分かっているのは、他ならぬ地球連合側である。粘り強い交渉を続けて行けば、いずれは彼等の方から折れざるを得ないのは明白だった。

 

「出発は今日だよな? 何時からだ?」

「午後の最初の便だ。お前も遅れるなよ」

 

 尋ねるアスランに対し、カガリは予定を思い出しながら答える。

 

 今日、カガリもまた、共和連合のオーブ側代表として停戦交渉に参加する為、コペルニクスに向けて旅立つ事になっている。

 

 そしてアスランは、その代表団の護衛部隊を指揮する隊長として同行する事になっていた。

 

 元特殊部隊隊長であり、階級も少将に進級したアスランがやる任務としては、聊か地味なようにも思えるが、これはアスラン自ら志願した事である。

 

 和平交渉と言う新たな戦場に旅立とうとする妻に対し、少しでも助けになりたいと思ったのである。

 

「何にしても、よろしく頼むな」

「ああこちらこそ」

 

 そう言うと、アスランとカガリは互いに笑みを交わし合うのだった。

 

 

 

 

 

 その事務所が設立されたのは、今からほんの1か月前の事である。

 

 従業員はわずか2人の、ほんの小さなNPO法人だが、オーブ政府からの支援を受け、ささやかながら活動を開始している次第である。

 

 「スカンジナビア復興支援事業団」と銘打たれた看板の事務所では、若い男女が業務処理を行いつつ、時折かかってくる電話の対応を行っていた。

 

 それらの業務がひと段落して、間も無く昼近くになろうとした頃、女の方が顔を上げて男に目をやった。

 

「お茶を淹れます。そろそろ一息入れませんか、フィリップ様?」

「ああ、お願いするよ」

 

 ミーシャ・キルキスの申し出に対して、フィリップ・シンセミアは笑顔で応じた。

 

 カーディナル戦役が終結してから数か月、フィリップとミーシャは2人で、この事務所を立ち上げて運営していた。

 

 スカンジナビアは今、オラクルの核攻撃で主要都市は全滅。国土の大半は放射能によって汚染され、殆ど人が住める土地ではなくなっている。戦乱から生き残った国民の多くも、他国へ亡命して散り散りになってしまっていた。

 

 祖国を復興させ、いつか彼等を呼び戻し、スカンジナビアの復興を成し遂げる。それが、フィリップとミーシャの願いだった。

 

 事業を立ち上げるに当たって、オーブ政府からより大々的な支援も行うと言う申し出もあった。資金面だけでなく、必要な物資、人員、更には支援事業の専門スタッフも派遣する用意がある、と。

 

 しかし、フィリップとミーシャは相談の上、その申し出を断り、スポンサーとなってくれたアスハ家の援助のみを受けて事業の立ち上げを行った。

 

 正直、オーブ政府からの申し出はありがたかったし、援助を受ける事ができれば、もっと事業の規模を大きくすることもできた筈だ。

 

 しかし、フィリップとミーシャはあえて2人で始める事を選んだ。

 

 これは復興であると同時に、贖罪でもあるのだ。

 

 自らの過ちによって父と妹を死なせ、国を滅ぼす原因を作ってしまったフィリップ。だからこそ、あえて苦行の道をゆく事を選んだ。

 

 そしてミーシャは自ら、そんなフィリップを支えて行く事を望んだ。その裏には、もし生きていれば、ユーリアも同じようにしただろうと言う思いがあったからである。

 

 それに、これで良かったのだと言う思いもある。

 

 どのみち、大々的な復興事業を行ったとしても、今のスカンジナビアは到底人が住める場所ではない。今すぐ浄化を始めたとしても、放射能が完全に除去されるには100年近い時間がかかるとさえ言われている。それを考えれば、大規模な事業計画など不当たりになるのは目に見えていた。

 

「ミーシャ」

「はい、何ですか?」

 

 お茶を運んできたミーシャが、声を掛けられキョトンとした顔をする。

 

 そんなミーシャに対して、フィリップは真剣な眼差しをして尋ねた。

 

「・・・・・・お前も、私を恨んでいるのではないのか? ユーリアを死なせてしまった私を」

 

 恐る恐ると言った感じに、フィリップは尋ねる。

 

 かつてはフィリップの妹であるユーリア付きのメイドだったミーシャ。

 

 そのユーリア暗殺に間接的とは言え関わってしまったフィリップ。

 

 正直、恨み言を言われ、汚物を投げつけるように罵声を浴びせられてもおかしくは無いとさえ思っていた。

 

 しかし、この事業を立ち上げると決めた時、ミーシャは迷う事無くフィリップについてきた。

 

「もう、良いんです」

 

 そんなフィリップに対し、ミーシャは柔らかく微笑みを投げ掛ける。

 

 裏表の無い、心からの笑顔を見て、思わずフィリップは自分の胸が熱くなるのを感じた。

 

「フィリップ様は、もう十分、苦しまれました。それに、スカンジナビアは私にとっても故郷ですから。フィリップ様が復興を目指されるなら、絶対にお手伝いしようって決めてましたから」

「ミーシャ・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の真摯な言葉に、フィリップは込み上げてくる物を止める事ができなかった。

 

 そのまま泣き崩れるフィリップに、ミーシャはそっと、ハンカチを差し出す。

 

 ちょうどその時、手近にあった電話が鳴り響く。

 

 出ようとするミーシャを制して、フィリップが受話器を取った。

 

「はい、こちらNPO団体スカンジナビア復興支援事務所です・・・・・・はい、そうですが・・・・・・・・・・・・え、資金援助の提供? 本当ですか? ・・・・・・はい・・・・・・はい!! ・・・・・・・ありがとうございます。では、ですね・・・・・・・」

 

 精力的に活動を続けるフィリップ。

 

 そんなフィリップを、ミーシャは優しく見守り続ける。

 

 スカンジナビアの復興は遠いも知れない。あるいは、2人が生きている間に成し遂げる事はできないかもしれない。

 

 しかし、フィリップとミーシャ。

 

 2人が手を携え歩いて行けるなら、どんな困難も苦にはならなかった。

 

 

 

 

 

「い、行くよ」

「どうぞ」

 

 緊張に満ちた声を発するライア・ミナカミに対し、夫であるユウキ・ミナカミは、微笑んだまま妻を見守っている。

 

 車いすに座っているライアは、ゴクリと喉を鳴らすと、両手に持ったロスフトランド杖に力を込める。

 

 かつてモビルスーツに乗って敵陣に突入する時のように思い切って、しかし動作はゆっくりとしたまま腰を浮かせていく。

 

 やがて、普段は殆ど立ち上がる事は無いライアの体が、重力に逆らって持ち上げられ、直立に近い姿勢になる。

 

 ここまでは、いつも出来ている事である。問題はここからだ。

 

 この4年間、ライアは血を滲むような努力でリハビリをしてきた。その集大成が、今試されようとしていた。

 

 緊張ゆえか、全身の力を込めたライアの両腕が小刻みに震えているのが見える。

 

 無理も無い。ここから先は彼女にとっても、そしてユウキにとっても未知の世界となるのだから。

 

 ユウキが固唾を飲んで見守る中、

 

 ライアは意を決して、前へと進み出る。

 

 震える足が、引きずるようにして動く。

 

 この4年間、主の意に逆らい続け、一歩たりとも前へ進もうとしなかったライアの足が、

 

 今、ゆっくりと前に出て、

 

 そして、足裏を地面に接地した。

 

「・・・・・・やった」

 

 思わず、歓喜の声がライアの口から洩れる。

 

 見れば、ユウキも目を見開いて、ライアが一歩踏み出す瞬間の様子を見守っている。

 

 ライアが踏み出した1歩。

 

 それはまさに、止まっていた4年間の時が、確かな鼓動と共に動き出した瞬間だった。

 

 思わず同時に笑顔を浮かべるユウキとライア。

 

 だが、それがいけなかった。

 

 一瞬、気を緩ませた瞬間、支えるライアの腕から力が抜け、体が傾いてしまう。

 

「わッ わわッ!?」

「危ない!!」

 

 とっさに手を伸ばして妻の体を支えるユウキ。しかし、こらえる事が出来ず、そのまま2人揃って芝生の上に転がってしまった。

 

 しばし、抱き合ったまま茫然としているユウキとライア。

 

 だが、やがてどちらからともなく、笑顔を浮かべあった。

 

 ライアが先ほど踏み出した1歩。

 

 それはリハビリにリハビリを重ね、ようやく踏み出す事ができた小さな1歩である。

 

 しかし、それはこれからさらに続いていく人生の中で、必ず大きな意味を持つであろう1歩だった。

 

「おめでとう、ライア」

「うん、ありがとう、ユウキ」

 

 そう言って微笑むユウキに、ライアもまた、柔らかい笑みを返すのだった。

 

 

 

 

 

 最近、基地にできた喫茶店の売りは、出されるコーヒーの美味さにある。

 

 どうやらマスターのこだわりであるらしく、豆の選定から淹れ方、ポットの形まで、完璧にコーディネートされている。

 

 内装も落ち着いた雰囲気のあるシックな物で、出来てすぐに、基地内の人気スポットナンバー1となっている。

 

 その人気ぶりはオーブ軍のみならず、同盟関係にあるザフト軍の間で有名で、合同演習などが行われた際には、わざわざ寄って行く者までいるくらいである。

 

 その喫茶店のマスターが美しい女性である事も、人気の拍車に一役買っているのだが、

 

 当のマスターは現在、呆れ気味な視線をカウンター席に送っていた。

 

「て言うかさ・・・・・・」

 

 アリス・シュナイゼルは嘆息交じりに、自分の前に座って呑気にコーヒーブレイクを楽しんでいる3人を見る。

 

「みんな、こんな所で油売ってて良いの? そろそろ訓練の時間でしょ?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。どうせ、やる事は決まってるんだからね」

 

 答えたのは、アリスの夫であるラキヤ・シュナイゼルである。

 

 その横には、アリスとラキヤの共通の友人であるシン・アスカ、そして彼の恋人であるリリア・クラウディスが、同じようにカウンターに身を預けながらコーヒーを飲んでいた。

 

「そうそう、あんまり早く行ったって邪魔になるだけだよ」

「・・・・・・ま、良いんだけどね、ボクは別に」

 

 シンの暢気すぎる発言に、アリスは処置なしとばかりに肩を竦めて見せる。

 

 この店を気に入り、こうして足を運んでくれるのは嬉しいのだが、今やオーブ軍の中核とも言うべき夫や友人達がこんな事で、本当にこの国は大丈夫なのだろうか? と時々不安にならないでもない。

 

 1人、リリアだけは察したように苦笑を浮かべ、アリスに同調するような視線を向けてきている。どうやら彼女も付き合わされた口であるらしい。

 

 吊られるように、アリスも無言の苦笑を返す。どうやら女同士、何かしら通じる思いもあるようだ。

 

 カーディナル戦役が終結し、それまでは戦時下臨時編成扱いだったフリューゲル・ヴィントは、正式にオーブ軍特殊部隊として再編成され、その初代隊長にはラキヤ・シュナイゼル一佐が、副隊長にはシン・アスカ二佐が就任、技術顧問として、リリア・クラウディス技術一尉が整備班を率いて合流していた。

 

 とは言え先のオラクル攻防戦と、それに先立つバックヤード攻防戦、更には欧州戦線において、フリューゲル・ヴィントは壊滅的な損害を被っており、生き残ったベテランパイロット達も、他の部隊の隊長職や教育部隊へ転属している。事実上、フリューゲル・ヴィントの再建はゼロからのスタートだった。

 

 大戦は終結したものの、各地ではエンドレスの残党と思しきテロリストやゲリラが活動を続けている。それに、今でこそ鳴りを潜めているものの、地球連合軍もいつまた蠢動を始めるか判らない。最強部隊であるフリューゲル・ヴィントの再建は急務でもあった。

 

 ラキヤやシンも、連日のように部隊メンバーの選別や訓練に忙しいのだが、暇を見付けてはこうして来てくれていた。

 

 アリスはふと、これまでの事を思い返してみる。

 

 この店が完成してから、本当に色々な人が足を運んでくれた。

 

 アスランとカガリのアスハ夫妻や、フラガ夫妻、ザフト軍との合同演習があった時などは、ルナマリアやレイ、メイリン、ハイネ、アーサーがわざわざ来てくれた事もあった。

 

 一度など、アリスの憧れである、現プラント最高評議会議長ラクス・クラインが来店した事もあった。

 

 その時は、感激のあまりアリスは卒倒してしまい、当のラクス本人に介抱されると言う、滅茶苦茶恥ずかしい思いをしてしまった。

 

 もっとも、その後でもらったラクスのサイン入り色紙と、並んで一緒に撮影した写真、そして現役歌姫時代の限定ジャケット付きCDアルバムは、アリスの一生の宝物である。

 

「今、何ヶ月目だっけ?」

 

 不意に、コーヒーを飲み終えたリリアが、そう聞いてきた。

 

 その視線は、アリスのお腹に向けられている。

 

「今、ちょうど6ヶ月目かな。まだまだ先は長いよ」

 

 そう言いながら、アリスは自分のお腹を、左手で愛おしげに撫でる。そのお腹は、服の上からも判る程、ふくらみを帯びていた。

 

 アリスは、ラキヤの子供を懐妊していた。彼女の言うとおり、既に妊娠6か月目に入っており母子共に健康、経過は順調だった。

 

「そっちはどうなの? そろそろ?」

 

 アリスが尋ねると、シンとリリアは意味ありげに見つめ合い、次いで、互いにはにかんだような笑顔を見せる。

 

 そのシンとリリアの左手の薬指には、それぞれ揃いの指輪が嵌められていた。

 

 つい先日、シンはリリアにプロポーズして、リリアはそれを受け入れた。

 

 正式な式はまだ先だが、苦難を共にした2人がゴールインするのも、あともう僅かだった。

 

「判らない事があったら何でも聞いてよ。力になるからさ」

「アリスの癖に、えらそうに」

 

 ちょっと背伸びしたような事を言うアリスに対し、シンが苦笑交じりに混ぜ返す。

 

 何だかんだ言っても、この中で一番年下であるアリスがそんな事を言うのは、微笑ましいと言うか可笑しいと言うか、とにかく微妙に似合っていないのは事実だった。

 

 だが、そんなシンの言葉にもへこたれた様子は無く。

 

「だって、ボクの方が先輩だし。人生的に」

 

 そう言って笑って見せる。

 

 戦いに勝った。

 

 多くの犠牲の上ではあるが。

 

 否、だからこそ、生き残った人々は幸せになる義務がある。志半ばで散って行った人達の分も。

 

 未来を作るのは勝者の権利であり、そして義務でもある。勝ち取った平和を維持する事は、勝ち取る事よりも難しい事なのだ。

 

 シンも、ラキヤも、アリスも、リリアも、

 

 今この時、愛する人や友人と共に過ごせる幸せを、心の底から感じて笑う事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

 心地よい微睡の中で、エスト・ヒビキは自分の意識が、まるで水面の上で揺れているような感覚を味わっていた。

 

 陽だまりが織りなす自然な光の中で転寝をしていると、いつまでも眠っていられそうだった。

 

 いっそ、ずっとこのまま、温かい光の中で眠り続けたいと言う欲求が浮かんでさえ来る。

 

 だが不意に、優しく揺り動かす手の感触を感じ、エストは自分の意識がゆっくりと浮上していくのを感じた。

 

 その感触に、エストは僅かに笑みを浮かべる。自分の体を揺する手の主が誰であるか、エストには微睡の中でも判ったのだ。

 

「・・・・・・お母さん・・・・・・起きて、お母さん・・・・・・」

 

 名前を呼ぶ、可愛らしい声。

 

 ゆっくりと目を開くとすぐ目の前で、娘が少し心配そうな表情をしてエストの方を見ていた。

 

「・・・・・・んみゅ、リィス?」

 

 眠い目を擦りながら、エストは顔を上げる。

 

 かなり気持ちよくて、いつの間にか寝入っていたらしい。ベッドの縁に寄り掛かると言う無理な姿勢でも熟睡していたのだから、疲労はかなり溜まっていたのだろう。その間に、リィスは頼んでいたお使いから帰って来たらしい。

 

 見ればいつの間にかエストの肩には、冷えないようにとタオルが掛けられている。どうやら、寝ている間に掛けてくれたらしい。

 

 と、ガチャリと扉が開き、エストが寝ている間にタオルを掛けてくれたらしい夫が、部屋の中へ入ってきた。

 

「あ、起きたんだ。もう少し、寝ていても大丈夫だったんだけど?」

 

 キラ・ヒビキはそう言うと、起き抜けのエストに笑いかける。

 

 カーディナル戦役の後、正式にオーブ軍への復帰を打診されたキラは、それを受け、准将として軍に復帰している。

 

 しかし今は、理由があって休職中である。

 

 その理由が、エストが先ほどまで寄り掛かって眠っていたベッドの上にあった。

 

 赤ん坊用のベッドの上には、双子の赤ん坊が気持ちよさそうに眠りこけているのが見える。

 

 黒い髪をした男の子は、ヒカル・ヒビキ。

 

 茶色の髪をした女の子は、ルーチェ・ヒビキ。

 

 2人とも、あのカーディナル戦役の直後に生まれた、キラとエストの子供達である。

 

 ヒカルとルーチェは、先程の母親同様、陽だまりの中で静かに眠っている。

 

 そのあどけない寝顔を見詰め、キラとエストは揃って微笑みを浮かべる。

 

 可愛くて仕方が無かった。

 

 自分の子供が、こうして無事に生を受けて、すくすくと育っている事は、キラにとっても、エストにとっても堪らなく嬉しい事である。

 

 と、不意に袖を小さく引かれ、キラは振り返る。

 

 見れば、リィスが何か言いたげな表情でキラを見上げてきている。

 

 その表情を見て、キラは娘が何を言いたいのか悟った。

 

 最近、嫉妬と言う感情を覚えたリィスは、キラとエストがヒカルやルーチェばかり構い過ぎていると、こうして自分をアピールする行動に出る事が多かった。

 

 どうやら、弟や妹に、大好きなお父さんとお母さんを取られるのではないかと心配になっているようだ。

 

 安心させるように頭を撫でてやると、リィスは気持ちよさそうにくーっと目を細め、キラの手に撫でられるまま身を預けてくる。

 

 ヒカルとルーチェは勿論、リィスも、キラ達にとっては大切な子供達である。

 

 そして、

 

 キラはそっと、愛する妻の華奢な肩に手を回して抱き寄せる。

 

 それに合わせるように、エストもまた、キラに全てを任せて身を預けた。

 

「エスト、僕は暫くしたら、また戦場に出る事になる」

「はい、判ってます」

 

 キラの言葉にエストは、静かに頷きを返す。

 

 戦い続ける事は、この人の運命だ。それは最早、疑いようがない。だからこそ、エストもその歩みを止める気は無かった。

 

「でも、約束するよ。僕はたとえどんな状況になったとしても、必ず君達の居る場所へ戻ってくる。これは絶対だ」

「はい」

 

 そう、キラはこれまで、どんな戦いも勝ち抜き、必ずエストの元へ帰って来た。

 

 そして、これからもそれは変わらないだろう。

 

 2人はしばし見つめ合い、そしてどちらからともなく微笑みあう。

 

 キラの腰に、リィスが小さな腕を回してしがみつく。

 

 その様子が可愛らしく、キラとエストはまた笑みを浮かべるのだった。

 

 両親と姉、そして弟と妹達。

 

 そんなどこにでもある温かい家族の風景を、柔らかい日差しはいつまでも優しく、包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、最悪を謳われたテロリストの少年がいた。

 

 彼は長い年月を戦い続け、やがて世界を巡る様々な戦いに身を投じ、そしてついには勝利する事で、自らの大切な物を守り抜く事ができた。

 

 そしてこの後も、キラ・ヒビキは多くの戦場に召喚され、己の運命を胸に抱き戦い続ける事になる。

 

 しかし今はまだ、愛する妻や、可愛らしい子供達と共に過ごせる平和な日常と言う陽だまりの中で、心地よい微睡を続けていた。

 

 その身に宿らせた進化の証、SEEDを眠らせたまま。

 

 

 

 

 

FINAL PHASE「受け継がれる光の、その先は」      終わり

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ      END

 


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