機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-23「焔を刻む銀のロザリオ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーディナルの実年齢が、実は10歳そこそこにしか達していないと言っても、誰も信じないだろう。

 

 だが、それが事実であるのだから仕方がない。

 

 彼が目覚めた時、体は既に20代の大人まで成長しており、生きて行く上で充分以上の知識が脳の中に書き込まれていた。

 

 目覚めた時の事は、今でも鮮明に覚えている。何しろ、すぐ目の前に自分と同じ顔をした人物がいたのだから。

 

 ギルバート・デュランダルと名乗ったその人物は言った。「君は私だ」と。

 

 どうやらデュランダルは、自分に万が一の事が起きた時の予備プラン遂行用として、カーディナルを作り出したらしかった。

 

 既に数年後に控えた計画始動を前に、どうしてもカーディナルの存在が必要不可欠だったデュランダルは、独自に成長を促進させるプログラムを作り出し、カーディナルを誕生から1年程で20代まで成長させたのだ。

 

 かつては、彼のユーレン・ヒビキをも上回る遺伝子工学の天才とまで言われたデュランダルだからこそできる芸当であった。

 

 培養槽から出たカーディナルに、デュランダルは色々な事を話してくれた。

 

 デュランダルが話してくれた事は、どれもカーディナルにとって興味を引く事ばかりだった。勿論、知識としての事柄は全て、培養槽の中で学習装置を使って得ていたので問題は無かったが、やはり実際の話を聞くのでは、受け取る印象が全く違った。

 

 その後、デュランダルは自らの理想である、争いの無い平和な世界を構築する為にユニウス戦役を引き起こし、そして最後はオーブ軍との戦いで敗れて死亡した。

 

 本来であるなら、カーディナルはただちにセカンドプランを実行するべく、行動を起こすべきだった。

 

 だが、カーディナルはそうはしなかった。

 

 戦争を終わらせる為に戦ったデュランダル。だが、それは本当に正しい事なのだろうか? と考えてしまったのだ。

 

 たとえ戦争の無い平和の時代を一時築けたとしても、果たしてそれに意味があるのだろうか? どの道、時間が経てば人は起こった悲劇を忘れ、また戦争を起こすようになる。

 

 では、どうすれば良い? どうすれば、より良い世界を迎える事が出来る?

 

 考えた末に、カーディナルは結論に達した。

 

 戦争を無理に終わらせようとするから、そこに軋轢や不満が生じ、また戦争が起こる火種となる。結局、戦争をしてでも何かを得ようとする人々にとって、戦争を終わらせる行為それ自体が余計な事でしかないのだ。

 

 ならば終わらせなければ良い。戦争を続けさせたい者達には好きなだけ続けさせた上で、その戦火が平和を願う人々に及ばないようにする事が出来れば良い。

 

 大事なのは平和を求める事ではなく、秩序を維持する事なのだ。

 

 戦争を欲する者は戦争を続ける秩序、平和を願う者には平和を維持する秩序を与えて、双方が干渉しないようにする。それが出来れば、あらゆる意味で円満な世界を作り出すことも可能なはずだと考えた。

 

 やがて行動に移ったカーディナルは、軍籍を詐称して地球連合軍に入隊、第81独立機動群ファントムペインの司令官の座に収まり、着々と力を蓄えて行った。

 

 計画を進めて行く上で、カーディナルはどうしても気になる事があった。それは、ある人物に関する事である。

 

 キラ・ヒビキ

 

 生前のデュランダルは言っていた。もし、自分達の計画の障害となるとしたら、それはこの少年だろうと。

 

 以来、カーディナルはキラ・ヒビキに関するあらゆるデータをかき集めた。

 

 出生、最高のコーディネイターとしての実力、性格、実績、人間関係など、キラ・ヒビキに関わる者は全てに目を通した。

 

 どうやらデュランダルは、キラ・ヒビキと直接対決する事も考慮に入れていたらしい。その為、カーディナルを生み出す際に、その遺伝子に手を加え、あらゆる能力が可能な限り底上げされていた。

 

 そして今、予想通りの展開が行われていた。

 

 この最後の決戦の場にあって、カーディナルはまさに、意中の相手とも言うべきキラ・ヒビキとモビルスーツを駆って対峙していたのだ。

 

 

 

 

 

 背から深紅に輝く4枚の翼を広げ、全てを圧倒するような存在感を示す、カーディナルが操るエンドレス。両足を失いながらも、その威容はいささかも薄れる事なく、却って凄味を増した感すらある。

 

 エンドレスの姿を目の当たりにしながら、キラは険しい表情のまま沈黙している。

 

 エンドレスの背に装備されていたキュクロプスは、接近、砲撃、双方に使用可能な武装ユニットであると同時に、大出力推進を可能とするスラスターとしての役割も担っていた。

 

 そのキュクロプスを破壊したのだから、エンドレスの戦闘力の大半を奪えたはずとキラは考えたのだ。

 

 いかに強力な戦闘力を誇るモビルスーツでも、宇宙空間で推進器が破壊されては如何ともしがたい。人間で言えば両足を斬り落とされたような物である。

 

 これが大気圏内であるなら、地上に降りる事で戦闘継続は可能であるが、宇宙空間では機動力の喪失は即撃墜に直結する。

 

 そう思っていた。

 

 だが、違った。

 

 破壊されたキュクロプスの残骸をパージすると、エンドレスはその背から、今キラ達が見ている巨大な翼を出現させたのだ。あの翼が、クロスファイアやエルウィング同様、推進器の役割を担っているであろう事は考えるまでもない事である。

 

《驚く事はあるまい?》

 

 沈黙しているキラの様子を楽しむように、カーディナルは語りかけてくる。

 

《君が持っている物。それを私が持っていたとしても、何の不思議も無いだろう?》

 

 その言葉に、キラはギリッと歯を鳴らす。

 

 これで条件は五分。

 

 否、キュクロプスを装備したデッドウェイトの状態でも、エンドレスはクロスファイアを匹敵するほどの機動力を発揮していたのだ。それが無くなった今、完全にこちらを凌駕しているであろう事は間違いなかった。

 

 ともかく、これで終わりではなく、戦闘続行となる。

 

 ブリューナク対艦刀を構え直すキラ。

 

 カーディナルがファーブニル・ビームサイズを振り翳して斬り掛かってくるのは、ほぼ同時だった。

 

「速い!?」

「ダメ、よけッ・・・・・・」

 

 2人が思わず目を見張った瞬間には、エンドレスは既に指呼の間に迫っていた。

 

 リィスの警告を待たず、キラは紅炎翼を羽ばたかせてクロスファイアに回避行動を取らせる。

 

 旋回する大鎌。

 

 その刃は、キラが残したクロスファイアの残像を斬り裂いていく。

 

 回避は間一髪だった。あと僅かに遅ければ、足を大鎌に斬り落とされていたかもしれない。

 

「このッ!!」

 

 レールガンで牽制の射撃を行いつつ、後退を掛けるキラ。

 

 しかし、カーディナルは、深紅の四翼を羽ばたかせながらクロスファイアの射撃を回避、全く速度を落とす事無く向かってくる。

 

「遅いな!!」

 

 フルスピードでクロスファイアに追いつくエンドレス。

 

 振るわれる大鎌を、キラはとっさにビームシールドを展開して防ぎにかかる。

 

 刃と盾。その接触面から火花が飛び散る。

 

 一瞬の拮抗。

 

 しかし、勢いはエンドレスの方にある。

 

 深紅の四翼が羽ばたいた瞬間、猛烈な圧力が盾の接触面から襲ってくる。

 

「うぐっ!?」

「ああっ!?」

 

 声を上げるキラとリィス。同時に、勢い負けしたクロスファイアは大きく吹き飛ばされた。

 

 錐揉みするようにして流されていくクロスファイア。

 

 それを追撃し、エンドレスは再び大鎌を振り上げた。

 

「このッ まだだ!!」

 

 強引に機体の態勢を立て直しに掛かるキラ。

 

 とっさに両手にビームライフルを構え、レールガンを展開。更に3基残っているフィフスドラグーンを射出し、全砲門を開いて向かってくるエンドレスを迎え撃つ体勢を整える。

 

 19門に減少したフルバースト。

 

 しかし、フルスペック時よりも薄くなった弾幕は、機動力を上昇させたエンドレスを捉えるにはいたならない。驚異的な機動力を発揮して、クロスファイアからの攻撃を全て回避してしまった。

 

 その圧倒的な性能を目の当たりにして、キラは思わず息をのむ。

 

 足を先に失っている事も、さしてマイナスにはなっているようには見えない。この状態に変化したエンドレスは推進力も姿勢制御も背部の四翼だけで賄える為、足の有無は機動力維持に関係無いのだ。却ってデッドウェイトを切り離した事で機動力はカタログスペックよりも向上してさえいる。

 

 宇宙空間において、モビルスーツの足など飾りに過ぎないという証拠だった。

 

 クロスファイアからの攻撃を簡単に回避すると、カーディナルはビームライフルで連撃を仕掛ける。

 

 対して、シールドを展開して防ぐキラ。

 

 しかし、次の瞬間、あらぬ方向から放たれた攻撃によって、ドラグーン1基が破壊されてしまった。

 

「何だ!?」

「上ッ!!」

 

 リィスの警告に従い、振り仰ぐキラ。

 

 そこには、5門の砲からビームを吐き出して向かってくる、5つの独立機動デバイスユニットが存在していた。

 

 正体は、先にキラが破壊したキュクロプス。その先端である「手首」に当たる部分だった。

 

 アーム部分を切り離し「手首」だけになったキュクロプスは、ドラグーンのように独立稼働して、ビームを放ちながら向かってきていた。

 

「クソッ!?」

 

 縦横に放たれる攻撃を、紅炎翼を羽ばたかせて回避するキラ。先に破壊したはずの武装が、よもやこのような形で復活可能だとは、露とも予想できなかった。

 

 4基のキュクロプスは執拗にクロスファイアを追ってくる。

 

 リィスの戦況予測と、独自の判断を織り交ぜて回避して行くキラ。

 

 だが、キュクロプスにばかり気が取られ、周囲の警戒が却っておろそかになってしまう。

 

 カーディナルは、その隙を容赦なく突いて来た。

 

「右、から来る!!」

 

 悲鳴に近いリィスの警告通り、右から回り込むようにして占位したエンドレスが、キュクロプスの攻撃に対して必死に回避運動を行っているクロスファイアめがけてビームライフルを放ってくる。

 

 対してキラは、エンドレスからの砲撃をとっさに上昇して回避。同時に、OSをFモードに変更、蒼炎翼を広げて迎え撃つ体勢を整える。

 

 ビームライフルとレールガン、そして2基に減ったドラグーンを放つクロスファイア。FモードのOSサポートを受けた攻撃は、比類無い速射力でエンドレスとキュクロプスの進撃を阻もうとしてくる。

 

 その内、1発がキュクロプスを捉え、1基撃ち落とす事に成功した。

 

 しかし喝采を上げる暇は無い。フルバーストモードに入っているクロスファイアの隙を突くように、深紅の四翼を広げたエンドレスが大鎌を振り翳して向かってきているのだ。

 

「敵本体接近、接触4秒後!!」

「やらせない!!」

 

 リィスの声を聞きながら、砲門をエンドレスへ向けようとするキラ。

 

 しかし、

 

《無駄だよ、何をやろうともね!!》

 

 言いながらカーディナルは、クロスファイアからの攻撃を、まるで飛んでくる小石でも避けるように軽々と回避してしまう。

 

 最高のコーディネイターであるキラ・ヒビキが操り、彼の娘であるリィスが戦況予測でサポートをするクロスファイアは、正に現状の地球圏において最強クラスの機動兵器である事は間違いない。

 

 そのクロスファイアをもってしても、今のエンドレスに追随する事は叶わない。

 

 ヴィクティムシステムによって戦況予測が可能となったカーディナルが相手では、いかにキラ達と言えども分が悪いと言わざるを得なかった。

 

 更に1基のドラグーンが、キュクロプスからの砲撃を浴びて吹き飛ばされる。これで、残ったフィフスドラグーンは1基のみである。

 

「このッ なら、これで!!」

 

 砲撃戦では敵わないと判断したキラは、ブリューナク対艦刀を双剣モードで構えて斬り込んで行く。

 

 クロスファイアは砲撃力の大半をフィフスドラグーンに依存している。そのドラグーン4基の内、3基まで破壊されてしまったのでは、砲撃力の低下も止むを得なかった。

 

 Dモードに変更するクロスファイア。装甲は黒に、翼は赤に染まり雄々しく広げられる。

 

 対抗するように、3基のキュクロプスも指先からビームクローを展開してクロスファイアの前に立ちはだかる。

 

「邪魔だ!!」

 

 右手のブリューナクを横薙ぎに一閃するキラ。

 

 その一撃で、キュクロプス1基を真っ二つの斬り裂き、更に残る2基から放たれる砲撃を、残像を引きながら回避、放たれる閃光を背中に見つつ、双剣をかざしてエンドレス本体へと迫る。

 

 真っ向から振われる、クロスファイアの斬撃。

 

 しかし、剣閃が届く前に、カーディナルはエンドレスを後退させる事でキラの攻撃を回避してしまう。

 

 剣を振り切った状態のクロスファイアに対し、右後方と左後方からキュクロプスが、正面からはエンドレスの本体がビームライフルを構えて包囲する。

 

 同時に三方から放たれる攻撃。

 

 しかし、一瞬の間も置かず、キラは紅炎翼を羽ばたかせて上昇すると包囲攻撃を回避、再び斬り込む構えを見せる。

 

 ブリューナクを並走連結させ、ツーハンデットモードにするキラ。そのままスラスターを全開まで吹かし、一気に突撃を図る。

 

 間合いに入ると同時に、横薙ぎに振るわれる大剣。

 

 しかし、当たらない。

 

 カーディナルはとっさに機体を後退させる事で攻撃を回避し、同時にビームライフルでクロスファイアの動きを牽制しようとしてくる。

 

 一瞬動きを止めたクロスファイアに対して、カーディナルは正確で素早い攻撃を仕掛けて追い詰めてくる。

 

 キラの操縦技術も、リィスの予測も、カーディナルの戦闘力には全く追いつけない状態である。

 

 退避しようと、機体を後退させるキラ。

 

 しかし、それよりも速く、カーディナルは深紅の四翼を羽ばたかせて距離を詰めてきた。

 

《逃がさないよ》

 

 低く囁く言葉と共に、旋回する大鎌。

 

 とっさに、キラも手にしたブリューナクを双剣モードに解除すると、右手の剣を振り翳して、斬り込んでくるエンドレスを迎え撃とうとする。

 

 しかし体勢が崩れた状態での攻撃だった為、クロスファイアの斬撃は僅かな鈍りを見せる。

 

 接触する双剣と大鎌。その刀身が激しく激突する。

 

 次の瞬間、ブリューナクの刀身はファーブニルに斬り裂かれ、中途付近から折れ飛ばされてしまった。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちしながら、とっさに柄だけになった右手のブリューナクをパージするキラ。同時に機体を捻り込ませると、左手に持ったブリューナクをエンドレスめがけて投げつける。

 

 投擲モードでの攻撃ではない為、軌道は安定しないが、それでも投げつけたブリューナクは、旋回しながらエンドレスめがけて飛翔して行く。

 

 しかし旋回する大剣は次の瞬間、二方向から放たれた閃光によって直撃され吹き飛ばされてしまった。

 

 見ればキュクロプスがエンドレスを守るように布陣しているのが見える。ブリューナクを破壊したのは、キュクロプスからの砲撃だった。

 

 棒立ちになったクロスファイアに対して、追撃の砲撃を仕掛けてくるエンドレスとキュクロプス。

 

 キュクロプスからの砲撃を、キラは紅炎翼を羽ばたかせる事で回避、残像を残しながら、どうにか安全圏まで退避しようとする。

 

 1発のビームが命中コースにあったが、キラはそれに対しパルマ・エスパーダを振るって斬り払った。

 

 しかし次の瞬間、キラは思わず目を剥く。

 

 キュクロプスからの砲撃を回避する事に専念しすぎるあまり、急速に接近してきていたエンドレス本体の存在に気付かなかったのだ。

 

《遅いな。未熟だぞ》

 

 迫るエンドレス。

 

 カーディナルの声が、静かに囁かれる。

 

 キラの操縦技術も、リィスの戦況予測も、カーディナルの前では無力だった。

 

 次の瞬間、棒立ちになっているクロスファイアに対して、スクリーミングニンバスを展開したエンドレスが強烈な体当たりを掛けてくる。

 

 回避は間に合わないと判断したキラは、とっさにビームシールドを展開して防ぎにかかる。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 次の瞬間、クロスファイアの機体は大きく跳ね飛ばされた。

 

「キャァァァ!?」

 

 後席でリィスが悲鳴を上げる。

 

 そんな中、キラは回転する視界の中でバルムンクを構えるエンドレスの姿を見た。

 

 既に砲撃体勢に入り、エネルギーを帯びた砲門は発光を始めている。あれが発射されれば、大和をも一撃で撃沈した強烈な砲撃がクロスファイアを襲う事になるだろう。

 

 回避は、間に合わない。体勢を立て直したところで直撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

 防御、も無理。シールドで防いでも、その上から押し潰されるのは目に見えている。

 

 万事休す・・・・・・・・・・・・

 

《・・・・・・終わりだ》

 

 カーディナルが勝利の笑みを浮かべ、

 

 キラは絶望感に、苦い表情を噛み締める。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないで!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お父さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響く、リィスの叫び。

 

 同時に、少女の瞳にもSEEDの光が宿った。

 

 少女の魂が発する願い。

 

 その純粋な想いに、クロスファイアが応える。

 

 三度目の、そして最後の変化をもたらされる。

 

『ExSeed System Mode《I》 Activation』

 

 ほぼ同時に放たれた、バルムンクによる砲撃。

 

 迫り来る閃光。

 

 あらゆる物を噛み砕く奔流。

 

 目前まで押し寄せる破壊の光を前にして、

 

 クロスファイアは一瞬にしてその場から飛び退き、回避する事に成功した。

 

《何ッ!?》

 

 驚愕の声を上げるカーディナル。

 

 その視線の先では、これまでとは全く違ったクロスファイアの姿があった。

 

 銀

 

 まさに、そうとしか言いようがない姿。

 

 装甲も、翼も、全てが銀色に染め上げられている。

 

 まさに焔を刻む銀のロザリオ(白銀に輝くクロスファイア)とでも形容すべき姿。

 

 クロスファイア・モードI。

 

 その名称の通り、イリュージョン級機動兵器の特性を顕在化させた姿である。

 

 しかしDモードやFモードと違い、システム発動の条件としては「パイロットとオペレーターが、同時にSEEDを発動させる」必要がある事から、キラは今までこのシステムを眠らせたままにしてきたのだ。エストならともかく、リィスにSEEDとしての素養があるとは思えなかったからである。

 

 しかし、リィスがこの土壇場でSEED因子を萌芽させた結果、封印されていたシステムを発動させる条件が揃った。

 

 残った1基のフィフスドラグーンが射出、攻撃位置に着くと同時に放たれた砲撃がバルムンクの砲身を直撃する。

 

《ぬゥ!?》

 

 カーディナルですら上回る反応速度と攻撃速度。

 

 次の瞬間、バルムンクの巨大な砲身が中途から爆発しへし折られてしまった。

 

 とっさにカーディナルは、用を成さなくなった砲身をパージしながら退避する。同時に、構えたビームライフルを一射、最後のフィフスドラグーンを撃ち落とす。

 

 しかし、そこへクロスファイアが追撃を掛けてきた。

 

 交差するように振るわれる両腕。その掌にはパルマ・エスパーダ掌底ビームソードが発振されている。

 

 一瞬で駆け抜けた斬撃。

 

 対してカーディナルは、とっさに機体を後退させる事で回避すると同時に、2基のキュクロプスを呼び寄せてクロスファイアの前面に展開、砲撃を浴びせようとする。

 

 しかし、キラの方が早い。

 

 クロスファイアの腰からアクイラ・ビームサーベルを抜き放つと、鋭く横薙ぎに一閃、2基のキュクロプスを一緒くたに斬り飛ばしてしまった。

 

 更に銀翼を羽ばたかせて追撃を仕掛けるキラ。後退するエンドレスを追ってアクイラを鋭く斬りつける。

 

 振るわれる光刃。

 

 これには、カーディナルの反応も僅かに遅れる。

 

 クロスファイアが振るった切っ先は、エンドレスの胸部装甲を掠めて行った。

 

 致命傷ではない。

 

 しかし、これまでキラの攻撃を、殆ど封殺に近い形で押さえてきたカーディナルが、初めてダメージを喰らった事は大きかった。

 

 更に追撃を掛けるべく、アクイラ・ビームサーベルを構え直すキラ。

 

 対して、カーディナルもまたファーブニルを構え直して迎え撃つ。

 

《面白くなってきたじゃないか!!》

 

 叩き付けるように叫びながら、突撃してくるクロスファイアに対して大鎌を振るうカーディナル。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、キラはクロスファイアを上昇させて攻撃を回避、手にした剣を勢いのままに斬り付ける

 

 振るわれた斬撃。

 

 カーディナルは、それを後退しながら回避する。

 

 だが、キラの攻撃はそこで止まらない。

 

 とっさにもう1本のアクイラを抜き放つと、目にも止まらぬ速さで高速の連撃を繰り出す。

 

 比類ない速度で繰り出される斬撃の重囲。

 

 しかし、それすらカーディナルは回避して見せた。

 

 深紅の四翼を羽ばたかせて、距離を置こうとするエンドレスを見て、思わず目を剥くキラ。

 

 Iモードの発動により、クロスファイアの戦闘力はこれまでのエクシードシステム発動状態よりも、性能は更に上昇している。これはIモードの特性が、クロスファイアの持つスペックを限界ぎりぎりまで引き出す事にあるからである。

 

 機動力、砲撃能力、接近戦能力、防御力。あらゆる物を限界まで引き出す事ができる、正にクロスファイアにとっての切り札とも言うべきIモード。

 

 しかし、そのIモードの性能にも、カーディナルは追随してきていた。

 

 エンドレスから放たれたビームライフルの攻撃。

 

 その攻撃を、残像を引きながら回避するキラ。同時に、ビームライフルとレールガンを展開、4門によるフルバーストを発射する。

 

 巧みに回避するカーディナル。直撃する砲撃は1発も無い。

 

 クロスファイアの切り札を切って、尚、互角の戦闘力。驚愕するべきは、カーディナルの技量と言うべきだろう。

 

 不意に、トリガーを引くキラの指が急に軽くなり、手元ではカチッ カチッ と言う乾いた音が空しくなっている。

 

 目を向ければ、クスフィアス・レールガンの残弾表示が0を指している。どうやら、ここに至るまでに酷使し続けた結果、ついに搭載弾が底を突いてしまったらしい。

 

 構わずキラは、レールガンを格納すると攻撃を続行する。

 

 回避するエンドレスに対して、両手のライフルを連結させ、大出力の砲撃をエンドレスに浴びせるキラ。

 

 吹き抜けてくる強烈な閃光。

 

 それに対して、とっさに機体を捻り込ませて回避するカーディナル。同時にエンドレスの右手に装備したライフルを斉射、クロスファイアのライフルを直撃して使用不能にしてしまった。

 

 ライフルをパージしながら、キラは思わず舌打ちを洩らす。

 

 これで、頭部CIWS以外の全ての飛び道具は失われてしまった。

 

 残された武器は、アクイラ・ビームサーベル2本と、両掌のパルマ・エスパーダ掌底ビームソードのみとなってしまった。

 

 キラはアクイラ・ビームサーベルの柄尻を連結させてアンビテクストラスフォームにすると右手に構え、次いで左掌からパルマ・エスパーダを発振させる。

 

 双刃と手刀による、変則的な三刀流の構えを見せるクロスファイア。

 

 それに対してカーディナルは、ビームライフルを放ちながら急速にクロスファイアへ接近して行く。

 

 放たれるビーム攻撃。

 

 対抗するようにキラは高機動を発揮してカーディナルの攻撃を回避。同時に銀翼を羽ばたかせて斬り込んでいく。

 

 その接近速度を前に、カーディナルも照準が追い付かない。

 

「いかん!?」

 

 その光景を見て、カーディナルはとっさに砲撃戦では間に合わないと判断しビームライフルをパージ、ファーブニル・ビームサイズを抜いてクロスファイアへ迎え撃とうとする。

 

 横薙ぎに振り抜かれる大鎌。

 

 しかし、キラは一瞬機体を沈み込ませるようにして大鎌の一撃を回避すると、逆に斬り上げるようにしてパルマ・エスパーダを一閃させた。

 

 斬り飛ばされる大鎌の首。

 

《このッ やるな!!》

 

 カーディナルはとっさに、柄だけになったファーブニルを投げ捨てると、両手にビームサーベルを抜き放って、クロスファイアと対峙する。

 

《気付かないのかね、君がやろうとしている事が、如何に無駄かという事を!!》

「何を!?」

 

 接近と同時に振るわれるカーディナルの斬撃。

 

 エンドレスからの攻撃を、銀翼を羽ばたかせて回避するキラ。

 

 上昇を掛けながら体勢を立て直そうとするクロスファイアを、カーディナルは双剣を翳して追撃してくる。

 

 対してキラは、右手の双刃と左手の手刀を構えて迎え撃つ。

 

《この先、これからも戦争は終わらないだろうッ 君が死んだ後も、否、我々が全員居なくなった後も、人類は戦争を続けるだろうッ そして、その間に罪の無い人々が犠牲を出し続けるのは避けられまい!!》

 

 先制したのはカーディナル。

 

 剣を構えるクロスファイアを見据え、深紅の四翼を羽ばたかせて接近、同時に双剣を振り翳して斬りかかる。

 

 対して、エンドレス攻撃を巧みに回避するキラ。

 

 返しの一撃として繰り出されるクロスファイアのアンビテクストラスフォームのビームサーベルは、エンドレスが展開したビームシールドで防がれる。

 

《その過程で犠牲となる罪の無い人々の事も、君は止む無しとするわけだな!!》

 

 カーディナルの叫びと共に、サーベルを切り返すエンドレス。

 

 一閃されたその一撃が、クロスファイアの左足を切り落として行く。

 

「違う!!」

 

 叫び返すキラ。

 

 同時に繰り出した左掌のパルマ・エスパーダが、エンドレスの右腕を肩から切断する。

 

《何が違うと言うのかね!? 結局のところ、未来永劫、人は戦い続け、殺し合いを続ける事になるだろう!! そして、その苦しみに満ちた世界を止める事は、君にはできない!!》

 

 無理な体勢から繰り出されたエンドレスのサーベルが、クロスファイアの左腕を肘から斬り飛ばした。

 

《人が戦い続ける事は、もはや運命と言っても良いッ 故に、如何に君が足掻いたところで、どうにもならんのだよ!!》

 

 確かに、そうかもしれない。

 

 カーディナルの攻撃を受け流しながら、キラは漠然とそう考える。

 

 人はこれまで、幾星霜の時を戦い続けてきた。そして、これから先もまた戦い続ける未来を送るかもしれない。

 

 人が人である限り、戦いをやめる事はできない。

 

 それが運命だと言うなら、何とも救いようのない事ではないだろうか?

 

「けど!!」

 

 叫ぶと同時に、エンドレスの攻撃を切り払うキラ。

 

 同時に、最後の攻撃を行うべく、背中の銀翼を最大限に出力する。

 

「僕は誓う!! 未来永劫、戦い続ける事が人の運命だって言うなら!!」

 

 飛翔するクロスファイア。その手には連結したビームサーベルが振り翳される。

 

 その恐ろしいまでの加速力に、さしものカーディナルも反応が追いつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来永劫、運命と戦い続ける事が、僕の運命だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀翼が光となって舞い散る。

 

 交錯する、クロスファイアとエンドレス。

 

 次の瞬間、

 

 クロスファイアのビームサーベルが、エンドレスのボディに深々と突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刺し貫かれたエンドレス。

 

 キラはクロスファイアの残った右手からサーベルの柄を離し、ゆっくりと距離を置く。

 

 その目の前で、動力を停止したエンドレスが、鮮やかな赤から、無機質な鉄灰色へと変化していく。

 

 勝敗は決した。

 

 しかし、

 

 クロスファイアも無傷とは言えない。

 

 武装の大半を失い、左腕、左足は欠損。判定中破、やや大破寄りの損害である。一歩間違えば、勝敗は逆転していたとしてもおかしくは無い程の激しい戦いだった。

 

《・・・・・・・・・・・・運命と戦い続ける運命、か》

 

 まだ生きていたスピーカーからは、カーディナルのくぐもった声が聞こえてきた。

 

《できるかできないかはともかく・・・・・・よくも言った物だ》

 

 実際に、具体的な解決策が見いだされた訳ではない。キラの中でも、何をするべきかという事すら描かれてはいないに等しい。

 

 しかしそれでも尚、言いきれるだけの胆力は大したものと言うべきだろう。

 

「降伏、してください」

 

 キラは静かに告げる。

 

 戦いが終わった。これ以上無用な争いは不要だと思ったのだ。誰もが生きる権利がある、などと綺麗事を言うつもりはないが、それでも目の前の男には、自分が成した事への責任を取る必要があった。

 

 だが、

 

《気遣いはありがたいが、それも最早、不要な事だよ》

 

 カーディナルは静かに、苦しげに言葉を放つ。

 

 その声を聞き、キラも相手の状況を察した。

 

 この時、カーディナルは既に攻撃のショックで全身に傷を負い、それが致命傷となっていたのだ。

 

 収容しても、まず助からない。いや、収容される前に事切れるであろう事は確実だった。

 

《これから先の世界・・・・・・君が・・・・・・君達が如何にして戦っていくのか・・・・・・あの世とやらで、じっくりと見させてもらう事にするよ・・・・・・》

 

 次の瞬間、

 

 エンドレスは巨大な火球となって弾け飛んだ。

 

 その様子を、キラとリィスは呆然としたまま見つめている。

 

 ファントムペインの長として地球連合を牛耳り、欧州戦以後は常に世界をリードし続けてきたカーディナル。

 

 その彼が、今、炎の中に消えて行こうとしていた。

 

 消えゆく光。

 

 その様子を、キラとリィスは呆然と見つめている。

 

 カーディナル。

 

 デュランダルのクローンでありながら、あるいはそうであるが故に、強大な指導力を発揮して、世界を自分の敷いた秩序の元に統治しようとしていた男。

 

 絶対平和を目指したデュランダルと、戦争と平和の住み分けによる秩序構築を目指したカーディナル。

 

 一見すると全く違う至高を目指して動いているように見える2人だったが、「己の目指す世界を構築する」と言う意味合いにおいては、2人の目指した場所は、あるいは一緒であったかのようにも思える。

 

 いずれにしても、キラ達は彼等が目指した未来を認めず、抗う道を選んだ。

 

 そしてカーディナルは敗れ、キラは勝者として戦場に立っていた。

 

 操縦桿を操り、キラはクロスファイアを反転させる。

 

「行こう、まだ、最後の戦いが残っている」

「うん」

 

 キラの言葉に、リィスは短く頷きを返す。

 

 銀翼を羽ばたかせ、加速を始めるクロスファイア。

 

 これが、最後の出撃だった。

 

 

 

 

 

 その頃、地球へ向かって飛翔を続けるオラクルへの攻撃は、最終段階を迎えようとしていた。

 

 どうにか大気圏上層に達する前にオラクルを撃沈しようと、躍起になって砲撃を繰り返す共和連合艦隊。

 

 しかし、その攻撃は思った以上にはかどっていないと言える。

 

 僅かに残っているエンドレス艦隊が、共和連合艦隊の前面に展開して、その侵攻を阻んできているのだ。

 

 既に自分達の敗北は必至であると悟った彼等は、殆ど捨身に近い形で抵抗を行っていた。

 

 オラクルと共和連合艦隊の間に割り込んだエンドレス艦隊は、全火力を集中させて砲火の壁を作り、共和連合艦隊を絡め取っていく。

 

 勿論、共和連合艦隊も、彼等を排除しようと攻撃を行っている。数は共和連合軍の方が圧倒的に多いのだから、短時間で決着はつくかと思われたのだが、それでもなかなか効果が上がっていないのが現状である。

 

 中には体当たりまで仕掛けてくるエンドレス艦があると言う狂気的な状況の中で、共和連合軍の中には恐慌を来してしまう兵士まで出るくらいだった。

 

「オラクル、阻止限界点まであと20ッ 依然、速度、進路共に変化ありません!!」

「攻撃を集中させろッ 何としても大気圏に落とすんじゃないぞ!!」

 

 悲鳴のようなメイリンの報告を聞きながら、アーサーは焦燥に満ちた声を発する。

 

 彼が指揮するビリーブは、いち早くエンドレス艦隊の防衛網を突破してオラクルに取り付く事に成功していたが、それでも、その巨体を前にしては戦艦1隻の砲撃など、たかが知れていると言う者である。

 

 ビリーブはオラクルと並走しながら、8門の主砲で艦砲射撃を繰り返しているが、未だにオラクルに致命傷を与えられないでいた。

 

 それでもどうにか、ここに至るまでの攻撃でオラクルの船体にある程度のダメージを与えることには成功している。

 

 あと一息なのだ。あと一息で、全ては終結に導く事が出来るはず。

 

 だが、そのあと一息が、どうしても届かなかった。

 

 どうする?

 

 帽子を目深に被り直しながら、アーサーは苦笑を漏らす。

 

 かつての自分なら、こんな時、ただ悲鳴を上げてオロオロとするだけだっただろう。本音を言えば、今だってそうなってもおかしくないくらいである。

 

 にも拘らず、冷静さを保ち続けている事に、自身に対する誇りと、妙な可笑しさを感じているのだった。

 

 居住まいを正す。

 

 とにかく、諦めるにはまだ早すぎる。

 

 ザフトの軍人であるならば、最後の最後まで諦めるべきではなかった。

 

 その時、

 

「後方から、モビルスーツ1機、急速接近、これは・・・・・・」

 

 その反応を調べたメイリンが、歓喜の声を上げて顔を上げた。

 

「クロスファイアです!!」

 

 メイリンの声を聞いた途端、ビリーブのブリッジに光が差し込んだような錯覚さえ覚えた。

 

 この絶望的な状況の中にあって、共和連合軍最後の切り札たる存在が間に合ったのだ。

 

《ビリーブ、聞こえますか!? こちらキラ・ヒビキ!!》

 

 ビリーブを追い越す形でオラクルへと向かうクロスファイアから、ビリーブに向けて通信が飛ぶ。

 

《イリュージョン・シルエットとハイパーデュートリオン・ビームをお願いします!!》

 

 キラからの通信を受けて、メイリンは振り返ってアーサーを見る。

 

 その視線に対して、アーサーも無言の内に頷きを返した。

 

 事この段に及んだ以上、躊躇う理由は何一つとして存在しなかった。

 

「シルエットフライヤー1号を開放、ハイパーデュートリオンチャンバー、スタンバイ。測的追尾システム、軸線上にクロスファイアを捉えました!!」

 

 メイリンがオペレートする中、最後の攻撃に向けた準備が着々と完成していく。

 

 アーサーは立ち上がると同時に、さっと右手を振るった。

 

「シルエットフライヤー、射出!!」

 

 ビリーブのハッチから、射出されていく小型の飛行機が先行するクロスファイアへと向かう。

 

 その様子は、キラ達の方でも確認する事ができた。

 

「来たッ」

「リィス、ドッキングシークエンス、スタンバイを!!」

 

 キラの指示を受け、リィスも自らの役割を全うする為に動く。

 

 ビリーブから射出されたシルエットフライヤーと軸線を完璧に同期させる。

 

 もはや時間が無い。チャンスは1回しかないと見るべきだった。

 

 シルエットフライヤーが運んできた武装が分離し、クロスファイアの右腕へと装着される。

 

「ドッキングを確認、回路、接続開始」

「ハイパーデュートリオンサーバー起動!!」

 

 キラがそう言うとほぼ同時に、ビリーブから1本の細い光線が放たれる。

 

 その光線を、クロスファイアの胸部で受け止める。

 

 次の瞬間、劇的な変化が起こった。

 

 輝きを増すクロスファイア。

 

 同時に、それまで空だったバッテリーゲージが、一気にフルメモリを指し示す。

 

「受信確認、全動力フルスロットル!!」

「パスワード認証、コード『ヌァザ』、封印解除!!」

「光の聖剣、起動完了!!」

 

 その中で、キラは右腕に装備した巨大な大砲を構える。

 

 超高密度プラズマ収束火線砲「クラウソラス」。

 

 これこそがクロスファイアの、否、イリュージョン級機動兵器の最強にして最凶、かつ最後の切り札である。

 

 その武装の形態は、これまでの歴代イリュージョン級の間で、様々な変遷を遂げている。

 

 初代のイリュージョンでは機体格納型だった。2代目のフェイトではミーティアに搭載される形で運用された。

 

 そして3代目となるクロスファイアでは、これまでとは違った形で運用されるよう設計されていた。

 

 まず、砲身はシルエットフライヤーでクロスファイア本体まで運ばれてドッキングする事になる。ここまでは武装の形態こそ違えど、フェイト版のクラウソラスと同じである。

 

 だが、クロスファイアは、ここから特殊な操作が必要となる。

 

 クラウソラス発射に必要なエネルギーを、ハイパーデュートリオンビームという形にして母艦から照射。それを受け取る事で初めて発射可能となるのである。

 

 これは、歴代のクラウソラスが、1発撃てば以後はしばらく使用不能になってしまう事を解消する為に施された措置である。これにより理論上、クラウソラスの連射すら可能となるはずだった。

 

 無論、現実はそれほど簡単にはいかないのだが。

 

 このシークエンスを行う為に、ビリーブには新たにハイパーデュートリオンビームの発射装置が外付け的に追加されていた。

 

 ビリーブからの受信を受け、キラはクロスファイアを振り返らせる。

 

 クロスファイアが振り上げた大砲は、砲門部分が2つある連装砲になっている。本来であるなら、この砲身を縦に分離して両手に構え使用するところだが、現状のクロスファイアは、先のエンドレスとの戦闘で左腕を喪失している為、このように並走連結状態で装備しているのだ。

 

 全ての準備は整った。

 

 眦を上げるキラ。

 

 その瞳は、尚も地球に向けて降下を続ける、禍々しきオラクルの姿を捉え続ける。

 

 脳裏に浮かぶのは、自らが辿って来た、運命という名の道。

 

 ここに至るまで、本当に色々な事があった。

 

 ザフト軍の攻撃を受けて崩壊するヘリオポリス。そこで、後に自分の妻となる少女と出会い、そして殺し合った。

 

 奇妙な成り行きから地球連合軍のパイロットとなり、そして長い戦いが始まった。

 

 ラクスと初めて出会ったデブリ帯。

 

 老提督から、過去を乗り越えるように叱咤された低軌道。

 

 砂漠で出会った猛き虎からは、戦争の意義について問いかけられた。

 

 流されるままオーブへと行き、そこで自分の「きょうだい」と再会した。

 

 親友との激しい激突を経てプラントへ、そこでエストと共に、ラクスからイリュージョンを受け取り、再び戦場へと戻った。

 

 オーブでの敗戦を経て、再び宇宙へ。

 

 最終決戦での激闘、かつて守ってあげられなかった少女との死戦を経て戦争は終結した。

 

 2年の時を経て、再び舞い戻った戦場。

 

 それからはずっと、エスト共に戦い続けてきた。

 

 やがて子供ができ、リィスを娘として迎え、エストと結婚した。

 

 そして今、最後の戦いを制して、キラはここにいる。

 

 ここまで、本当に色々な事があった。

 

 だが、まだまだ、全てはこれからだ。

 

 まだ行ける。

 

 自分はまだ、走り続けられる。

 

 だから!!

 

 今!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守りたい世界が、あるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り上げられる砲門。

 

 光り輝く砲身。

 

 あらゆる物を斬り裂く運命にある、巨大な光の聖剣。

 

 次の瞬間、迸る閃光。

 

 闇を斬り裂いて、光の聖剣は駆け抜ける。

 

 その向かう先にある、巨大で禍々しいか影。

 

 その影を、

 

 クラウ・ソラスの閃光は、真っ向から直撃し、そして刺し貫く。

 

 次の瞬間、

 

 オラクルの内部に残されていたメギドが一斉に誘爆を開始、その内部から崩壊していく。

 

 全人類を恐怖に陥れ、絶望を味あわせた兵器が、今、聖剣によって斬り裂かれ、焼き尽くされていく。

 

 崩壊は、思ったよりも早かった。

 

 内部から膨れ上がった炎が、あっという間に全てを焼き尽くしていく。

 

 やがて、全ての破片が燃え尽きた時、その場には巨大な炎だけが残り火のように存在するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い。

 

 本当に長い戦いが、終わりを告げようとしていた。

 

 エストが分娩室に入って、既に半日近い時間が経過している。

 

 その様子を、廊下で待ち続けていたフィリップ・シンセミアとミーシャ・キルキスも、既に疲労困憊と言った有様である。

 

 復調したばかりのミーシャなどは、一度は貧血を起こしかけていたが、今は治療を受けて戻ってきている。本当は今すぐにでも病室に戻らなくてはいけないのだが、そこら辺はある時に似たのか、なかなか強情だった。

 

 しかし、自分達の疲労など、何ほどの物ではない。

 

 そう、今も分娩室の中で戦っている彼女の苦しみに比べたら。

 

 やがて、その苦しみも報われる時が来た。

 

 廊下に光がさす頃。

 

 扉の向こう側から、生命誕生を告げる元気な声が聞こえてきたのだ。

 

 壁一枚隔てた向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた瞬間、フィリップとミーシャは、思わずとっさに顔を上げて互いに目を合わせる。

 

「やった!!」

「生まれました!!」

 

 手を取り合って、喜び合うフィリップとミーシャ。

 

 だが、そこで終わりではなかった。

 

 扉の向こうから湧き上がる泣き声。

 

 それに折り重なるように、もう一つ、泣き声が伝わってくる。

 

 それが意味するところは、一つしかない。

 

「まさかッ!?」

「双子ですか!?」

 

 

 

 

 

「おめでとうございます。男の子と女の子、元気な双子の赤ちゃんですよ!!」

 

 我が事のように歓喜に満ちたナースの声を聞きながら、エスト・ヒビキは最後の力を振り絞るようにして首を動かす。

 

 本当に、今のエストにはそれくらいの力しか残されていなかった。

 

 出産に際し、全ての体力を使い果たしたエスト。

 

 全身から血を抜かれたような怠さと、水分と言う水分を一滴まで絞られたような汗の感触を受け入れながら、エストの視線は自分が横たわるベッドの、その隣にある小さなベッドに向けられた。

 

 そこには、生まれたばかりで、まだ目も開ける事ができないでいる2人の子供達が、大きな声で泣きながら、自分達の母親に挨拶をしてきていた。

 

 その様子を愛おしそうに見詰め、エストはクスッと笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・・・・・・・初めまして・・・・・・・よく、生まれてきて、くれました」

 

 そう囁くように呟いてから、

 

 エストは、今も戦い続けているであろう夫へと思いを馳せた。

 

 キラ・・・・・・・・・・・・

 

 私、頑張りましたよ・・・・・・・・・・・・

 

 だから、早く、帰ってきてくださいね。リィスを連れて・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

PHASE-23「焔を刻む銀のロザリオ」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消滅していく炎を見上げ、

 

 キラはゆっくりとクロスファイアの右腕を降ろす。

 

 凄まじい砲撃によって加熱したクラウソラスの砲身は、先端部分が溶け落ちていた。

 

 用を成さなくなった砲身をパージしようとして、キラは気付く。

 

 クロスファイアの腕がシステム不良に陥っている。恐らく、内部の機構は完膚なきまでに破壊されている事だろう。そのせいで、コックピットからの信号を完全に受け付けないようになっていた。

 

 嘆息するキラ。

 

 これこそが、キラが初手からクラウソラスを投入しなかった最大の理由である。

 

 いかにクロスファイアの性能を持ってしても、このクラウソラスの砲撃には耐えられないと判っていたからだ。

 

 このクラウソラスは、まだ未完成品なのだ。いかにハイパーデュートリオンビームによるエネルギー受信システムを採用した事で、理論上は連射が可能となったと言っても、発射の反動に機体が耐えられないのでは使い物にならない。

 

 故に、切り札は最後まで取っておいたわけである。

 

 仕方なくキラは右肩のジョイントを外し、クロスファイアの右腕ごとクラウソラスをパージする。どのみち、砲身が破損した以上、持っていても仕方が無かった。オラクルを撃沈すると言う役割は果たしてくれたのだから、それで充分である。

 

「・・・・・・・・・・・・お・・・お父、さん?」

 

 オズオズと言った感じに、後席のリィスが声を掛けてくる。

 

 先程はとっさの事だったので無我夢中で叫んだのだろうが、冷静になって改めてキラを「お父さん」と呼ぶのは、どうやらまだ恥ずかしいらしい。

 

 そんな娘の仕草に、キラはクスッと笑いかけた。

 

「さあ、帰ろう。お母さんが待ってるよ」

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

 リィスの小さな返事を聞きながら、

 

 キラは既に殆ど反応が無くなっている操縦桿を操り、味方のいる方向へクロスファイアを反転させた。

 


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