機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-02「駆け込んだ小鳥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は走る。

 

 息を切らしながら、

 

 それでも足だけは止めずに。

 

 周囲を歩いている人々は、少女に奇異な目を向けてきているが、今は構っている暇はない。

 

 見渡しても見覚えのない風景のみが広がっている。無理も無い、ここに来るのは初めての事なのだから。

 

 まるで、別世界に来たようである

 

「ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ」

 

 息が上がる。

 

 こんなに走ったのは、もしかすると生まれて初めてかもしれない。

 

 心臓は先ほどから強烈な鼓動を刻む事で自己主張し、まるで体から飛び出そうともがいているかのようだ。

 

 足の筋肉は悲鳴を上げ、ちょっとでも気を抜けば、そのまま倒れてしまいそうだった。

 

 ちょっとでも休みたいと思うが、そんな事をしている暇はない。

 

 自分には目的がある。それを果たす為には、何としても逃げ切らないと。

 

 その時、

 

 背後から追いかけてくる、複数の足音が聞こえてきた。

 

「ッ!?」

 

 緊張の為にとっさに足を止めると、周囲に目を走らせる。

 

 路地裏にあるゴミ捨て場に目を留めると、その陰にしゃがみ込んで身を隠す。

 

 そうしている内にも、足音が徐々に近付いて来るのが分かる。

 

「おい、いたか!?」

「いや、ダメだ。そっちは!?」

「こっちもいない。クソッ どこに行ったんだ・・・・・・」

 

 男達の苛立った声が、隠れている場所のすぐ傍から聞こえてくる。

 

 彼等は追手だ。もし見つかったら、連れ戻されてしまう事になる。その為、少女は物陰に隠れたまま、目をギュッとつぶり、息を殺している。

 

 こんな所で掴まる訳にはいかない。自分には、成さなくてはならない事があるのだから。

 

「仕方ないッ あっちを捜すぞ!!」

「おうッ!!」

 

 走り去って行く足音を聞いても、しばらくはそのまま息を殺して蹲っている。

 

 口の中で、ゆっくりと60秒数えてから、ゆっくりと顔を上げる。

 

 追手が戻ってくる気配はない。どうやら行ってしまったらしい。

 

 ホッと息をついて、表へと出て来ると、彼等が走って行ったのとは反対の方向へと駆けだす。

 

「急がないと・・・・・・」

 

 足は、自然と速くなる。

 

 グズグズしていると、彼等が戻ってくるかもしれない。

 

「何としても、あの人達に会わないと・・・・・・」

 

 背中に迫る恐怖に耐えながら、足を速めた。

 

 

 

 

 

 朝の陽ざしを浴びて、ゆっくりと目を覚ます。

 

 体を包む優しい柔らかさが心地よい。

 

 戦場の地面で雑魚寝しているわけではなく、そして愛機のコックピットで身を縮めているわけでもない。

 

 ここはスカンジナビア王国首都オスロにあるホテル。

 

 先の撤退支援の任務の後、辛くも戦線離脱に成功したキラ達は、その後どうにか味方軍と合流し、このオスロに引き上げてきていた。

 

 傭兵などと言う因果な商売をしていると、柔らかなベッドで眠る機会など殆ど無い。いや、そもそも充分な睡眠時間を確保できる事の方が珍しい。

 

 ある時など、何日間も睡眠時間が確保できなかった後で、泥沼のような撤退戦をする羽目になった事もある。

 

 それを考えると、今回もこうして生きて帰ってベッドに眠る事負ができたのは幸せだ。

 

 身体を起こすと、すぐ横で静かな呼吸音が聞こえてくる。

 

 2人用ベッドの上で、キラの隣には瞳を閉じたまま可愛らしい寝息を立てている少女がいた。

 

 エストである。

 

 キラにとって少女は、戦場においては自分の半身とも呼べる相棒である。そして私生活の場においても、誰よりも大切な存在となっている。

 

「・・・・・・疲れてるんだろうね」

 

 そっと呟いてキラは、眠るエストの頭を撫でてあげる。

 

 ここの所、ひどい連戦続きだった為、エストに掛かる負担も大きかった。

 

 気の済むまで眠らせておいてあげようと思い、キラはベッドから抜け出した。

 

 手早くコーヒーの準備をする。

 

 このコーヒーの淹れ方に関しては、以前、プラントに赴いた際にバルトフェルドから教わった物である。

 

 もっとも、現在ではザフト軍の隊長として部隊を率いるバルトフェルドが淹れるコーヒーは、あまりに味が濃すぎてキラはとてもではないが飲めたものではない。

 

 このコーヒーは自分で研究を重ね、ようやく見つけた自分好みのブレンドだった。幸い、エストも気に入ってくれた為、毎朝コーヒーを淹れるのはキラの役割になっていた。

 

 コーヒーが奏でる香ばしい匂いが室内に漂い始めた頃、ベッドの方でモゾモゾと人が動く気配があった。

 

 視線を向けると、黒髪の少女が眠い目を擦りながらベッドの上にペタンと座り込んでいた。

 

「おあようございましゅ、キラ」

 

 まだ起き抜けで呂律が回らないらしく、噛み噛みの挨拶をするエスト。

 

 それに対してキラも愛おしそうな眼差しを少女に向ける。

 

「おはようエスト。コーヒー淹れたけど、君も飲むよね」

「・・・・・・あい」

 

 普段の機械的な応答とは全くかけ離れた、張りの無い返事。彼女、このような姿を見せるのはキラの前だけである。

 

 エストがここまで無防備な姿を見せるのはキラだけ。つまり、それだけキラに気を許していると言う事になる。

 

 それはキラにとっても、堪らなく嬉しい事であった。

 

 2人分のマグカップを用意して、コーヒーを注ぎ込む。

 

 準備をしてから振り返ると、なぜかエストは、まだベッドの上に座り込んだまま、キラの方をじっと見つめていた。

 

「エスト、どうしたの?」

 

 コーヒーを淹れたのだから、テーブルの方に来れば良いのに。

 

 訝るキラに、エストはようやく普段の調子を取り戻して言った。

 

「朝の挨拶がまだです」

 

 挨拶ならさっきした。と、言いかけて、キラは納得した。

 

 確かに「こっちの挨拶」は、まだだった。

 

 ニッコリ微笑み、カップをテーブルの上に置くと、再びベッドの上に乗るキラ。

 

「おはよう、エスト」

 

 そう言って、キラはエストの唇に軽くキスをした。

 

 対してエストも、甘えるように目を閉じて、キラの口付けを受け入れる。

 

 暫く、互いにキスの感触を味わっていた2人は、やがてどちらからともなく唇を放した。

 

 顔を放すと、キラは苦笑を張りつかせた顔でエストを見る。

 

「まったく。出会った頃の君は、こんな感じじゃなかったと思うけど。いつの間に、こんな甘えん坊になったのかな?」

 

 出会った頃のエストと、キラは互いに敵同士だった。

 

 今はもう無い、オーブ連合首長国所有の資源衛星ヘリオポリスで2人は出会った。もっとも、お世辞にも愛を語らうような出会いでなかったのは確かである。

 

 その頃、所属していた組織が壊滅した為、追手の目を逃れて潜伏中だったキラ。

 

 あのキラを捕殺する為に派遣されたのがエストだった。

 

 当時のエストは、まるで人形のように一切の感情の揺れも見せる事は無く、ただ淡々と己が任務をこなすだけの存在でしかなかった。

 

 それからさまざまな紆余曲折があり、戦場では互いに信頼し合うパートナーに、そして私生活では掛け替えのない恋人同士と言う存在に互いの存在を収めていた。

 

 出会った頃から比べるとエストは、外見上は相変わらず感情の揺れが少なく表情も乏しいが、付き合いが長い者が見れば、気分に合わせて色々な感情が読み取れるようになっていた。

 

「つまり、私はキラに調教されてしまったと言う訳ですね」

 

 突然のトンチンカンな物言いに、思わずキラが、その場でズッコケそうになったのは言うまでもない事である。

 

 一体全体、いきなり何を言い出すのか、この無口少女様は。

 

「・・・・・・・・・・・・前から思っていたんだけど、君は一体、どこでそういう言葉を覚えて来るのかな?」

 

 何とか体勢を立て直して尋ねるキラ。

 

 それに対してエストは、淡々とした調子で返す。

 

「この間、ムウさんが貸してくれた本に書いていました」

「よし判った。その事は後でムウさんに、キッチリ問い質しておくよ」

 

 まったくあの人は・・・・・・・・・・・・

 

 現在はオーブ宇宙軍を率いている自分の兄貴分の顔を思い出し、キラは頭痛がする想いに捕らわれた。

 

 人の彼女に、何をいかがわしい言葉を教えているのか。もうすぐ2人目の子供も産まれると言うのに。

 

 何はともあれコーヒーを淹れると、エストものそのそとベッドから這い出してきた。

 

 エストは相変わらず小柄な体つきをしている。本人によると、出会った頃から殆ど体型は変化していないらしい。相変わらず手足や体は人形のように華奢だし、2人並んでみれば、背丈はキラと頭一つ分以上違う。

 

 今もキラが着古したYシャツを、下着の上から羽織るだけと言うラフな格好をしているのだが、キラが着ると適正なサイズのYシャツも、エストが着ると裾は膝上付近まで来るし、袖は2つ折りにしてちょうど良いくらいである。

 

 原因は、何となく判っている。

 

 エストは元々、大西洋連邦が対コーディネイター用に戦線投入した強化兵士。いわゆる「エクステンデット」のプロトタイプだ。その為、幼少期から過酷な薬物投与と肉体改造を施されたため、成長ホルモンに分泌異常をきたしたらしい。

 

 一応、髪や爪は伸びるし汗もかくので、いわゆる代謝異常ではないようだが、恐らくエストがこれ以上、肉体的に成長する事は無いと言われていた。

 

 やがて、2人して静かにコーヒーを飲む音だけが、静かな室内にもたらされる。

 

 傭兵などと言う因果な商売をしている2人にとっては、こうしてゆっくりできる時間こそが、至福の時であると言える。

 

 キラ・ヒビキ、そしてエスト・リーランド。

 

 この2人は、傭兵部隊「フォックス・ファング」として、常に多くの戦場を共に駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傭兵部隊フォックス・ファングとは、コズミックイラ77年の時点で世界最強の傭兵部隊の1つとも言われている。

 

 共和連合系列の傭兵部隊であり、少数ながら圧倒的な戦闘力によって戦況を覆したことは数知れず、数々の戦場に雇われては、多大な戦果を上げ続けている。

 

 その戦闘力もさることながら、どれだけ過酷な戦場にあっても、極力、相手の戦闘力を奪うだけに留め、撃破は避けるようにしていると言うスタイルが、多くの伝説と反発を生んでいる。

 

 曰く「誇り高き戦士」

 曰く「唾棄すべき偽善者」

 

 その姿勢について、ある種のカリスマ的な物を感じる者もいれば、逆に偽善と断じる者も少なくは無い。

 

 しかし、フォックス・ファングが最強の傭兵部隊であると言う事は、誰もが認めざるを得ない事実だった。

 

 そのフォックス・ファングこそが、キラ、エストの2人だった。

 

 朝食を終えると、キラとエストは連れだって格納庫へと赴いた。先日の戦闘の際に使用したライキリとウィンダムの整備を頼んでおいたのだ。

 

 現在2人は、スカンジナビア王国と長期契約を結んでいるが、その契約の内容には、正規の報酬の他に自分達の機体の整備をスカンジナビアで行う旨を明記してある。

 

 キラもエストもパイロットとしては一級だが、それでも整備不良の機体で出撃したのでは実力の半分も発揮できないだろう。その事を考えれば、正規の整備兵に機体の整備を頼めるのはありがたかった。

 

 それに、それ以外にもキラは、ここの整備兵に自分の機体を任せても良いと思っている要素があった。

 

 それは、

 

「お、来たか」

 

 並んで歩いてきたキラとエストを見て、丸いメガネをかけた整備兵の青年は顔を上げる。

 

 柔和な顔付きをした、落ち着いた顔立ちの青年は、キラやエストにとっては古い馴染でもある。

 

「機体の調子はどう、サイ?」

 

 キラは傍らまで来ると、自分のライキリを見上げるようにして振り返った。

 

 サイ・アーガイルと言う名前のこの青年はスカンジナビア王国軍の技術中尉である。

 

 キラ、エストとは、かつては同じ艦に乗って共に戦った戦友でもあり、キラとは一時期、彼が潜伏中だったヘリオポリスの工業カレッジで、同じゼミで机を並べていた事もある旧友である

 

 そして今は、キラやエストにとっては無くてはならない存在になっている。

 

 サイは現在、スカンジナビア王国軍の整備兵をしている。ヤキン・ドゥーエ戦役の後、軍を除隊したサイだが、元々工業系の学生だった事もあり、自身の進路はそちらの方を選んだ。

 

 そしてユニウス戦役後に、スカンジナビア軍が整備兵を募集している事を知り、入隊したのである。

 

「キラ、お前な・・・・・・」

 

 呆れたような顔で睨んでくるサイに対し、キラはあからさまにたじろいた態度を見せる。

 

「な、何?」

「『何?』じゃないだろ。いったい、どんな使い方をしたら、一回の戦闘で駆動系がここまで摩耗するんだよ?」

 

 サイが突き付けた整備用の書類には、ライキリの現在の状態が書き出されている。確かに関節部分のアクチューターが摩耗し切っており、今にも擦り切れそうだ。因みにそこの部品は、前回の戦闘の後に交換したばかりである。

 

 つまりキラは、新品の部品をただ一回の戦闘でダメにしてしまったと言う事だ。

 

「これじゃあ、また交換しなくちゃいけないぞ。毎回こうだと、予算だって馬鹿にならないし」

「今回は、ほら。結構過酷な任務だったから」

 

 目を逸らしながら言い訳をするキラ。

 

 確かに、任務自体は過酷だった。大気圏から一気に降下し戦場上空へ到達、敵部隊のど真ん中に降り立って味方の撤退を支援した後、全速力で離脱と、移動距離だけでもかなりの物だった。

 

 そのせいで機体の摩耗具合も、普段の倍以上である。

 

 一概にキラばかりが悪いとは言えないのだが、

 

「すみません、サイ」

 

 傍らに立っていたエストが、申し訳なさそうに言ってくる。

 

「エストは良いよ。お前は、割と丁寧に扱ってくれているみたいだし。問題はキラ、お前だ」

 

 指摘されて、苦笑しつつ頬を掻くキラ。サイの言い分は完全に事実である為、反論の余地は無い。

 

 実際の話、今回に限らずキラの機体がいつも摩耗が激しいのは事実である。これまで耐用年数を待たずに破棄に至った機体も少なくなかった。

 

 とは言え、それも仕方のない面はある。

 

 キラは元々、シルフィード、イリュージョン、ストライクフリーダムと言った当代一級の機体を乗りこなして戦ってきたのだ。並みの量産機では、キラの反応速度に追随する事すらできないのである。

 

 現在乗っているライキリにしても、運動性能を上げるギリギリのチューニングをやり尽くしているが、それでもキラの能力に完全に応えきれているとは言い難い。加えてライキリは、整備の難しい可変モビルスーツである。その事も整備の困難さに拍車をかけていた。

 

 キラのライキリ、それにエストのウィンダムも、既に現状では旧式機と言って良い。

 

 オーブ軍は既に次期主力機動兵器であるシシオウの開発に成功しているし、地球連合軍も、ウィンダムに続く量産機であるグロリアスを開発、こちらは既に戦線に投入されている。

 

 ライキリにしろウィンダムにしろ一時代を築いた名機である事は間違いないが、新型機の性能の前には敵わない。それは、いかにキラやエストの腕を持ってしても追いつかなくなりつつあるのだ。

 

 ましてか、

 

 キラは先日の、欧州での戦闘を思い出していた。

 

 地球軍が戦線に投入した、恐らくXナンバーの後継機と思われる機体。

 

 そして、フリーダム。

 

 あれらの一線級の機体と戦うためには、どうしてもライキリやウィンダムでは力不足である。

 

「フリーダムとかイリュージョンが欲しい、とは言わないけど、せめてライキリかウィンダムの最新型くらいは欲しいところだね」

 

 キラは肩を落としながら、ボヤキを漏らす。

 

 実はフォックス・ファングの稼ぎは、それなりに良い方である。キラもエストもパイロットとしての腕は超一級であるし、赴く戦場も激戦区を選ぶ場合が多い。やろうと思えば、小国の一等地に土地を買い、豪邸を4~5軒建てられるくらいの蓄えはある。

 

 しかし、金があれば新型の機体が手に入る。と言う訳ではない。

 

 主力機や新型機と言った機体は機密情報の塊である為、どこの軍でも売りたがらない。そもそも輸出用の機体以外は市場に出ないのが常である。

 

「無い物強請りをしても仕方ありません。現状はこのまま、ヒャアン!?」

 

 淡々と話していたエストが、突然可愛らしい悲鳴を上げた為、キラとサイも驚いて振り返る。

 

 すると、振り返ったエストは両手を背に回し、自分のお尻を庇うようにしている。

 

 ああ、またか・・・・・・

 

 既に慣れてしまったキラは、呆れ交じりに振り返る。

 

「バルク・・・・・・」

 

 振り返った先。

 

 そこには、1人の老年の男性が立っていた。

 

 頭髪は完全に白髪になり、腰も曲がっている。見るからに80絡みの老人なのだが、これで杖も突かない健脚振りを見せている。

 

「フム、久しいな、キラ。それにエスト、お前さんはもう少し、お尻の肉付きを良くした方がよいぞ」

「余計なお世話です」

 

 苦笑するキラの傍らで、エストは冷ややかな目を老人に返す。

 

 この老人、名前はバルク・アンダーソンと言い、主に傭兵斡旋や武器供与を行っている。キラ達もこの老人の世話になる事が多い。

 

 もっとも、今のようにセクハラ的な言動が多い為、エストは少々、この老人が苦手なようだが。

 

「まあまあ、ちょっとした冗談じゃよ」

「冗談だったんだ」

「冗談で人のお尻を触らないでください」

 

 キラとエストの突っ込みをスルーしつつ、バルクは自身の背後に目をやった。

 

「そんな事より、お前さん方に客が来とるぞ。わしの事務所を訪ねて来たから、ここまで案内したんじゃ」

 

 促されて、キラ、エスト、サイの3人はバルクの背後に目を向ける。

 

 そこには、小柄な少女が、オズオズといった調子に物陰から顔を出し、こちらに向かってお辞儀をしていた。

 

 

 

 

 

 格納庫の一室を借りうけると、キラ、エスト、サイ、バルク、そして件の少女が机を囲む形で座っていた。

 

「申し遅れました」

 

 少女は改めて、一同を見回して言った。

 

「私の名前は、ミーシャ・キルキスと申します。スカンジナビア王家に仕える侍女です。皆様の事は、こちらにいらっしゃるバルクさんから聞きました」

 

 一同は顔を見合わせる。

 

 共和連合派の傭兵部隊であるフォックス・ファングにとって、スカンジナビア王国は上得意である。そのスカンジナビア王家に仕えていると言う事で、一同の関心は否が応でも高まった。

 

 スカンジナビア王国は現在、賢王と称えられるアルフレート・シンセミアが統治をしている。

 

 今まで歴史に大きな名前で出る事は無かったが、ヤキン・ドゥーエ戦役、ユニウス戦役と言う2大戦役において大した戦火に見舞われる事無く乗り切っている事からも、安定した統治能力において定評がある。

 

 しかし、今次大戦においては、戦場となっている西ユーラシアはスカンジナビアのすぐ南の地域である為、流石に無関係でいるわけにはいかず、軍を派兵して介入を行っている。

 

 一同が聞き入っている中、ミーシャは説明を続ける。

 

「アルフレート陛下には、ユーリア様と言う1人娘がおられます。実は私は、ユーリア様付きの侍女なのです」

「聞いた事がある。確か、聡明な事で有名だって」

 

 キラの言葉に対し、ミーシャは嬉しそうに勢い込んで頷く。

 

「そうなんです!! 頭脳明晰でお優しく、また積極的に色々な事を学ばれる勤勉家でもいらっしゃいます!!」

「そ、そう?」

 

 すごい勢いで主君を褒め称えるミーシャに、思わず引き気味になるキラ。

 

 その様子に我に返ると、ミーシャはコホンと咳払いして続ける。

 

「そのユーリア様が先日、外遊視察中に、何者かによって拉致されてしまったのです」

「えッ!?」

 

 顔を見合わせる一同。

 

 しかし、全員が一様に首を横に振る。そのような重大なニュース、誰も聞いていないのだ。

 

 ミーシャが嘘をついているのでなければ、スカンジナビア王家の方で情報をストップしているのかもしれない。

 

 その時の事を、ミーシャは思い出して悔しそうに唇を噛みしめながら説明していく。

 

 ユーリアのいるホテルを襲撃した謎の武装集団。モビルスーツまで繰り出すほどの徹底さを前に、護衛部隊はひとたまりも無かった。

 

 護衛の兵士は奇襲を受けて全滅し、敵は足音も荒くユーリアのいる部屋にまで迫っていた。

 

 自分達の命運も旦夕に迫っていると思われた時、ユーリアはとっさに、自分が囮になってミーシャを逃がしたのだ。

 

 ミーシャは、自分が囮になると言ったが、ユーリアはそれを許さなかった。

 

 敵の狙いはユーリアである可能性が高い。なら、ミーシャが囮になっても、ただ殺されてしまうだけだろう。最悪、2人とも助からない可能性が高い。それよりも、ユーリアが囮になっている隙に、ミーシャが逃げて、助けを呼んできてほしい。

 

 そう言って、ユーリアはミーシャを脱出させた。

 

「姫様をお守りする事もできず、生き恥を晒してきましたが、そのような時に、皆さんの事を思い出しました」

 

 悲痛な表情をして立ち上がると、ミーシャは勢いよく一同に向かって頭を下げる。

 

「どうか、どうかユーリア様をお救いください!! 軍の方々も調査に当たってくれては居ますが、今は戦争中で、あまり多くの人員は避けないとの事でした。もう、皆さんにお頼みするしかないのです!!」

 

 

 

 

 

PHASE-02「駆け込んだ小鳥」      終わり

 


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