機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE―21「騎士よ眠れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自らを焼く炎は、ついにブリッジにまで上がってきた。

 

 今や大和はそれ自体が炎の塊であり、死に行く者への、壮大すぎる送り火と化している。

 

 艦内に生存者は、もはや絶望的である。仮に残っていたとしても、救出は不可能である事は誰の目にも明らかであった。

 

 焼け落ちながら沈んで行く戦艦大和。

 

 その様子を、ユウキは巡洋艦カゲロウのブリッジから見守っていた。

 

 沈みゆく巨艦に対し、静かに敬礼を送る。

 

 周囲にいるのは、同じように大和を脱出してきたクルー達。皆、ユウキに倣って大和へ敬礼を送っている。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役時、地球連合軍に攻められるオーブを守る為に初陣を飾った大和が、今、全ての役目を終えて永の眠りに着こうとしていた。

 

 ユウキの脳裏には、あの艦と共に過ごした日々の事が鮮明に思い出されていた。

 

 亡きトウゴウの元で戦った副長時代。宇宙軍創設時の艦長時代。ユニウス戦役を戦った第1戦隊司令官時代。そして、この最後の決戦。

 

 長き戦いを共に戦ってきた大和は、もはやユウキにとっては半身と言っても差支えが無かった。

 

 と、

 

「ユウキ」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには見覚えのある男性が、こちらに歩いてくるところだった。

 

「フラガ中将!!」

 

 慌てて敬礼を送る周囲の一同に対して、ムウは苦笑しながら手を上げる。

 

 周りにいる者の中には重傷を負っている者までいるのだ。ムウとしては、あまり気を使って欲しくなかった。

 

 そのムウはと言えば、エンドレスと交戦して乗機のアカツキを撃墜され、その後、漂流している所を、このカゲロウに救助されたのである。

 

 しかし流石と言うべきか、乗機を撃墜されたにもかかわらずムウは殆ど負傷している様子が無い。せいぜい、腕と頬に治療の跡がある程度である。代替機を用意すれば、今すぐにでも戦線復帰ができる事だろう。

 

「・・・・・・大和は、よくやってくれたよ」

 

 ムウは感慨深く、炎の中に沈む大和を眺めながら呟く。

 

 L4同盟軍時代からの付き合いであるムウにとっても大和は、かつての乗艦であったアークエンジェル同様に思い出深い艦である。あの艦に助けられた事は決して少なくない。

 

 その大和が沈む事に対して、ムウなりに感じている事がある様子だった。

 

 そんなムウに、ユウキは力無く笑顔を返す。

 

 大和が失われたのは悲しい事だが、それでもこうして大和の事を思い、心に留め置いてくれる人がいると言う事は、艦としても幸せな事だと思った。

 

 だが状況は、一同に対して感慨にふけり続ける余裕を与えたりはしなかった。

 

「オラクルに異常発生!!」

 

 オペレーターの悲鳴にも似た報告に、ユウキとムウは殆ど同時に目を向けた。

 

 巨大なメインスクリーンには、尚も炎上を続けるオラクルの姿が映し出されている。だが、その姿は、つい最前までの者と比べて、明らかな変化が生じていた。

 

 炎上する船体から、一部の区画が分離しようとしている。

 

 中央ブロック、恐らく司令部の存在する区画を中心に、オラクルの中枢と思われる部分が切り離されていた。

 

 巨大な船体からすれば、おおよそ30パーセント程度。それでも、切り離された区画がかなりの巨体である事は間違いない。

 

「トカゲの尻尾切りってか? けど、逃げるにしたって今さら・・・・・・」

 

 ムウの言葉は尤もである。

 

 傍から見ればオラクルは、損傷部分を切り離して、無事な区画だけで逃走しようとしているように見える。

 

 だが、既に組織としてのエンドレスは壊滅しているに等しい。今さら中枢だけが逃げ延びても、組織としては既に死んでいる。立て直すにしても、数年単位で同規模まで戻る事は不可能だろう。

 

 むしろ、逃げるにしてもオラクルその物を囮にして、他は四方に散った方が、生存確率は格段に上がる筈なのだが。

 

 そこまで考えて、ユウキはハッとした。

 

 敵がオラクルの切り離し作業を行った理由。それを自分達は、エンドレスが抵抗の意志を完全に喪失した事を前提に考えている。

 

 だが、それがもし違ったら? 彼等がまだ、抵抗の意志を諦めていないのだとしたら?

 

「オペレーター、オラクルの予想進路を計算してッ 奴がどこに行こうとしているのか突き止めるんだ!!」

 

 叩き付けるように発せられたユウキの言葉に、オペレーターはやや慌て気味に計算作業に入る。

 

 報告は、ややあってもたらされた。

 

「出ました!! オラクルの予想進路を、進行方向と速度を元に割り出しましたッ!!」

「結果は!?」

「それが・・・・・・地球です!!」

 

 予想通りの報告がなされた事に、ユウキは愕然とした意識が表出する事を押さえられなかった。

 

 彼等はまだ、諦めてた訳ではない。むしろ、双方が消耗した現状を見極め、最後にして最悪の切り札を切ってきたのだ。

 

「フラガ中将!!」

「ああ!!」

 

 ユウキの言葉に、ムウも全てを察しているとばかりに、即座に返事を返す。

 

 連中はオラクルその物を巨大な爆弾にして、地球に落下させる気なのだ。恐らく、例の核ミサイル、メギドもまだ、切り離した中枢ブロックに搭載されているはずだ。度重なる攻撃で発射は不可能になったが、しかし、艦ごとぶつけてしまえば話は同じである。否、艦自体の質量も加わる為、被害は普通に発射された場合よりも増す事になるだろう。

 

 メギドが何発残っているかは、もはや関係無い。オラクルが地球に落下すれば、それだけで地球は壊滅状態に陥る事になる。

 

 現れた巨大なスラスターを吹かし、地球への進撃を再開するオラクル。

 

 それを見て、ムウは素早く決断した。

 

「ユウキ、俺は代替機で出撃する。お前は艦隊を率いて続いてくれ!!」

「判りました」

 

 ユウキが頷きを返すと、ムウは足早に格納庫へと向かう。

 

 まだ終わっていない、何もかも。

 

 ユウキは気合を入れ直すように、帽子をかぶり直す。

 

 最後に一度だけ、尚も炎を上げ続ける大和に目を向け、僅かに目礼を送った。

 

 

 

 

 

 いったい、いつの間に?

 

 キラは周囲を見回してから、内心で歯ぎしりをする。

 

 最前までカーディナルのエンドレスと激闘を繰り広げていたキラ。

 

 クロスファイアの性能とリィスのサポート、そしてキラ自身の能力を相乗させる事で、ここに至るまでどうにか状況を拮抗させていたのだが、しかしここに来て、状況を一変する事態が起こっていた。

 

 エンドレスと対峙しているクロスファイア。

 

 そのクロスファイアを囲むように、ドラグーンを装備した親衛隊仕様のグロリアスが展開していたのだ。

 

 その瞬間、キラは自分達が罠に嵌った事を悟った。

 

 カーディナルは、その気になればキラと互角以上の戦いをする事ができる。それはここに至るまで、クロスファイア相手に一歩も退かずに戦い続けて来た事を見ても明らかだった。

 

 しかし、パイロットである前に組織の長であるカーディナルは、いかに敵の最強パイロットが相手とはいえ、たった1人の敵にかかずらっていられる立場ではない。

 

 故に、自身の勝利を確実な物とする為に、罠を張り巡らせてキラを誘い込んだのだ。

 

 恐らくクロスファイアの攻撃を巧みに回避しながら、親衛隊が伏せている地点まで誘導したのだろう。キラもリィスも、まんまとそれに乗せられてしまった事になる。

 

 呻くように目を細めるキラ。

 

 正直、カーディナル1人でも手に余ると言うのに、その上、増援まで相手にしないとなると、いかにキラでも状況は容易ならざるものとなる。

 

 しかし、悠長に悩んでいる暇は無かった。

 

 エンドレスの右腕が、鋭く振られる。

 

 次の瞬間、総攻撃が始まった。

 

 親衛隊機は一斉にドラグーンを射出、エンドレスと対峙しているクロスファイアに対して四方から包囲するように差し向けてくる。

 

 対してキラは、とっさに紅炎翼を羽ばたかせて、その場から飛び退く。状況としては、先の対親衛隊戦と同じだが、今度は数も多い。加えてエンドレスまでいると言うきつい状況である。

 

 クロスファイア目指して向かってくるドラグーンに対し、キラは上昇を掛けながら回避するコースを探る。

 

 包囲網が完成してしまったら、いかにキラでも脱出は難しい。その為にも、何とか自分の安全圏を確保しながら戦う必要があった。

 

 間一髪。無数のドラグーンが吐き出す閃光が、クロスファイアの足先を掠めて行くが、キラはその前に未完成の包囲網から逃れる事に成功する。

 

 スラスターを全開にして距離を置くキラ。

 

 同時にクロスファイアをFモードに変更、装甲が白に、翼が青に変色する間に、4基のフィフスドラグーンを展開して迎え撃つ体勢を整える。

 

 双方のドラグーンが激しい応酬を繰り広げ、閃光が鋭く交差する。

 

 キラが放ったドラグーンは、親衛隊側のドラグーン数機を同時に破壊する。それと同時にキラは、再び形成されそうになっていた包囲網の隙間に機体をねじ込ませる事で脱出を図る。

 

 だが、

 

《そう来ると思っていたよ》

 

 カーディナルの囁くような静かな声。

 

 振り仰ぐとそこには、ファーブニル・ビームサイズを構えたエンドレスの姿が。

 

「読まれていた!?」

 

 キラ達にとって敵の行動は、全てデュアルリンクシステムで予測し、最適の動きができるようになっている。にも拘らず、カーディナルがこちらの動きを読んで待ち伏せしていた事に、キラは戦慄を禁じえない。

 

 これまで幾多の機体に搭載され、キラ自身が絶大な信頼を寄せるデュアルリンクシステム。

 

 しかしカーディナルの操るエンドエスも、ヴィクティムシステムをOS処理に回す事で、疑似的に未来予測が可能となっている。

 

 これまで多くの戦いでキラの戦いを支えてきた、いわばイリュージョン級機動兵器最大の武器とも言うべきデュアルリンクシステムだが、カーディナルはその効力をほぼ封殺して見せていた。

 

 真っ向から振るわれる大鎌の一撃。

 

 回避は間に合わないと判断したキラは、その攻撃をクロスファイア左腕のビームシールドを展開して防御する。

 

 接触し、火花を散らす大鎌と盾。

 

 しかし、斬撃そのものは防いでも、勢いをつけて放たれた攻撃の、衝撃その物は防ぐ事ができない。

 

 凄まじい衝撃を殺しきれず、クロスファイアは大きく吹き飛ばされて流される。

 

「キャァァァ!?」

 

 錐揉みする機体の中でリィスが思わず悲鳴を上げる中、キラは機体を立て直そうと必死に操る。

 

 娘の事を気遣ってやりたいのはやまやまだが、今のキラにはその余裕すら無い。

 

 エンドレスの攻撃によって体勢が崩れたクロスファイアに対し、ここぞとばかりに親衛隊のグロリアスが総攻撃を仕掛けてくる。ドラグーンを放ちながら向かってきているのだ。

 

 対してキラはFモードのまま彼等と対峙。両手のビームライフルと、腰のレールガンを駆使して、瞬く間にグロリアス1機と、ドラグーン4基を叩き落とす。

 

 しかし、敵の数は一向に減る気配はない。

 

 親衛隊はクロスファイアの攻撃などものともせずに、損傷した味方の機体を飛び越える形で向かってくる。流石にカーディナル自ら選抜しただけの事はあり、敵ながら彼等の勇敢さには目を見張るものがある。

 

 そして、より大きな脅威としてエンドレスの存在もある。

 

《背中ががら空きだよ!!》

 

 言いながらキュクロプスの砲20門による攻撃をクロスファイアに浴びせてくるカーディナル。

 

 一点に集中するようにして放たれる、20発の閃光。

 

 対してキラは、一瞬にして攻撃を察知すると蒼炎翼を羽ばたかせて攻撃を回避。同時にクロスファイアの右手にアクイラ・ビームサーベルを装備してエンドレスへ接近する。

 

 切り上げるように放たれた斬撃。

 

 しかし、その攻撃も、カーディナルは僅かに機体を傾けるようにして回避してしまった。

 

 ビーム刃の切っ先は僅かに届かずに、エンドレスの装甲を掠めて通り過ぎる。

 

 一瞬、カメラの視線を交錯させるようにして対峙するクロスファイアとエンドレス。

 

「チィッ!?」

「フフ」

 

 カメラ越しに睨みあうキラとカーディナル。

 

 一方は舌打ちを漏らし、一方は余裕の微笑をたたえる。

 

 その状況が、両者の立場をこの上ないくらい如実に表している。

 

 味方の協力を得て、圧倒的に有利な立場にいるカーディナル。

 

 対して、一切の援護が期待できない状況のキラ。

 

 更に加えて戦闘力も互角かそれ以下とあっては、キラの不利は火を見るよりも明らかだった。

 

 背後からはビームライフルやドラグーンを放ちながら、グロリアスが接近してくる。

 

 それに対してキラは、振り向きざまに左掌のパルマ・エスパーダを展開、鋭く横薙ぎに一閃して1機のグロリアスの首を叩き斬る。

 

 更にキラは、背後からキュクロプスによる一斉攻撃を仕掛けてくるカーディナルの攻撃を、上方に飛び退く事で回避。同時にフィフスドラグーンを飛ばして、エンドレスに対して飽和攻撃を仕掛ける。

 

 四方から一斉に放たれる20門の砲撃。

 

 しかし、その命中直前に、カーディナルは機体を翻してその場から回避してしまった。

 

 お返しとばかりにカーディナルが放ったビームライフルの一射が、クロスファイアを掠めて行く。

 

 ドラグーンを引き戻しながら舌打ちするキラ。

 

 そこへ、好機とばかりに親衛隊の機体がしたい寄ってくるのが見える。

 

 正直、カーディナル1人でも手に余っていると言うのに、背後で小煩く蠢動する親衛隊の存在があまりにも鬱陶しかった。

 

 リィスが戦況予測で掩護してくれるおかげで、どうにか戦えているが、僅かでもミスすれば致命傷になりかねない状況である。

 

 どうにか親衛隊だけでも排除したいところだが、そうなると今度はカーディナルに背後から襲われる事になる為、そちらの方がより危険度は高いと言える。

 

 まさにジレンマだった。

 

「なら、これで!!」

 

 キラはOSのモードを変換。再びクロスファイアをDモードにする。

 

 装甲が漆黒に染まり、紅炎翼が広げられる中、キラはブリューナク対艦刀を双剣モードで構える。

 

 残像を引きながら飛翔するクロスファイア。

 

 その急激な加速に、親衛隊側の照準が半歩遅れる。

 

 その間にキラは、彼等の懐に飛び込んでしまう。

 

 立ち尽くす親衛隊のグロリアス。誰もが、クロスファイアの機動力に追随できないのだ。

 

 彼等の目の前で、振るわれる双剣による斬撃。

 

 縦横に振るわれた刃の軌跡によって、瞬く間に3機のグロリアスが手足や頭部を斬り飛ばされた。

 

 更に次の目標を。

 

 キラがそう思って視線を振り向けた瞬間、背後から高速で追撃してくる機体があった。

 

《そこまでにしてもらおうかな?》

 

 落ち着き払ったカーディナルの声。

 

《あまり好きに暴れられると、後々困るのでね》

 

 振るわれる大鎌の一撃を、キラはとっさに期待を沈み込ませるような機動を描いて回避、再び向き直ってエンドレスと対峙する。

 

「大丈夫、リィス?」

「うん、まだ行ける」

 

 気遣うキラの声に、リィスは短い返事で応じる。

 

 頼もしい事である。エストが戦線離脱した事で、イリュージョン級の扱いに対して不安を抱いていたキラだが、リィスの存在はエストの不在を完全に補っていた。

 

 しかし、

 

 エンドレスと向かい合って剣を構えるクロスファイア。

 

 そのクロスファイアを、親衛隊のグロリアスが十重二十重に包囲してドラグーンを展開しているのが見える。

 

 まさに前門の虎、後門の狼とでも言うべきだろうか? ここまえ厳重な包囲網を敷かれては、突破するのも容易ではない。

 

 加えて、カーディナルの存在もある。

 

 ここまでの猛攻を仕掛けているのにも拘らず、未だに余裕すら湛えているカーディナル。

 

 キラの実力、リィスのサポート、クロスファイアの性能。この3つを掛け合わせているのにも拘らず、辛うじて拮抗させるのが精いっぱいという状況には戦慄せざるを得なかった。

 

 迷っている内にも、状況が動く。

 

 クロスファイアを包囲しようとしていた親衛隊が、攻撃を仕掛けようと距離を詰めてくる。

 

 迎え撃つべく、クロスファイア両手のブリューナクを構え直すキラ。

 

 リィスもまた、最適な戦術を組み立てるべく、デュアルリンクシステムを操る。

 

 次の瞬間だった。

 

 包囲していた親衛隊の一角が、突如として攻撃を受けて崩れた。

 

「何ッ!?」

 

 思わず、声を上げるキラ。

 

 動揺は親衛隊全員に走り、誰もが突然の事態が起こった方向に目をやる。

 

 吹き上げている爆炎。

 

 その中から、

 

《無事か、キラッ リィス!?》

 

 聞き覚えのある頼もしい青年の声が、スピーカーから響いてきた。

 

 飛び込んできた深紅の機体は、手にした日本刀のような対艦刀を振りかざし、瞬く間に2機のグロリアスを斬り飛ばしてしまう。

 

 新たな敵の介入によって親衛隊の間に緊張が走る中、アスランのクレナイは背中にクロスファイアを守るようにして刀を構えた。

 

「アスラン!!」

 

 駆けつけてくれた親友の姿に、キラは思わず歓喜の声を上げる。

 

 ムウの撃墜によって、一時的にオーブ軍の指揮権を継承して代行していたアスランだが、ムウの復帰に伴い、再び遊軍として活動を行っていたのだ。

 

 その際、エンドレスや親衛隊相手に苦戦するクロスファイアを見つけ、援護に駆け付けたのである。

 

《雑魚は俺に任せろッ お前達は隊長機を!!》

 

 力強い言葉を言い放つと、アスランはオオデンタ対艦刀を振りかざして親衛隊の中へと飛び込んでいく。

 

 それに対抗するように、親衛隊もドラグーンを放ってクレナイを迎え撃ってくる。

 

 両者は、たちまちのうちに入り乱れる閃光に隠れ、姿が見えなくなっていった。

 

 その様子を見送りながら、キラは再びカーディナルのエンドレスと向かい合う。

 

 これでもう、背中を心配する必要は無くなった。あちらは、誰よりも頼りになる親友が押さえてくれている。

 

 ならば、キラがする事は一つ。カーディナルの首を取る事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、目の前で起こった爆発を目の当たりにして、シンもラキヤも思わず目を見張った。

 

 最前まで、自分達が戦っていた巨大機動兵器カタストロフ。

 

 全ての武装をシロガネに破壊され、更に本体はエルウィングによって斬り刻まれたそのカタストロフが、突如、シンとラキヤが見ている前で盛大に爆発したのだ。

 

「な、何なんだ?」

《判らない。けど・・・・・・》

 

 茫然とした声を発するシンに対し、ラキヤが何かを言いかけた時、

 

 変化は起こった。

 

 2人が見ている前で、カタストロフの機体が徐々に崩れていくのが見える。

 

 残っていた武装の残骸が崩れ落ち、装甲が剥離する。

 

 瞬く間に、機体としての形が崩れ散っていくのが分かる。

 

 そして、

 

 残骸と化したカタストロフの中から、1機の別の機体が姿を現した。

 

 ゴテゴテと外付け的に多数の武装を装備したカタストロフと違い、こちらはれっきとした人型をしている。ただ、通常のモビルスーツ規格より若干大きく、そして背部には3対6枚の翼を有しているのが特徴である。

 

 どこかフリーダムを連想させる機体だが、武装は手に持ったビームライフルと、腰にマウントしたビームサーベル、そして両腕のビームシールドのみに見える。

 

 GAT-X998Z「スターダスト」

 

 カーディナルがエンドレスと同時期に開発を命じた兄弟機で、フレームに関しては同一の規格の物を使用しているのが特徴である。

 

 カタストロフの巨体は、いわばこのスターダストの外付け追加武装に過ぎなかったのだ。

 

 そのコックピット内にて、

 

 レニはゆっくりと、目を開いた。

 

 目前に踊る「Victim」の文字。

 

 その両眼は、己が前に立ち塞がる敵を排除すべく、鋭い光を放つ。

 

「行く、ぞ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 レニはスターダストのスラスターを全開まで吹かした。

 

 一瞬。

 

 その僅か一瞬で、スターダストは2機との一気に距離を詰めてきた。

 

「クソッ!!」

 

 シンはとっさに前に出ながら、ドウジギリ対艦刀を振り下ろす。

 

 まだ終わりではない。戦闘続行だ。

 

 突っ込んでくるスターダストに対して、真っ向から振り下ろされる大剣の一撃。

 

 それに対して、

 

 レニは超高速機動を発揮すると、振り下ろされる大剣の切っ先を正確に見極めて回避する。

 

「なッ 速い!?」

 

 その動きに、目を剥くシン。

 

 SEEDを発動し、あらゆる感覚が極限まで強化された今のシンですら、今のスターダストの動きを完全に追い切る事は困難だったのだ。

 

 反撃とばかりに放たれるスターダストからビームライフルの攻撃を、シンは蒼炎翼を羽ばたかせて辛うじて回避。同時に自身もビームライフルで反撃するも、スターダストはあっさりと回避して見せる。

 

《シン、下がれ!!》

 

 響くラキヤの声。

 

 同時に、全武装を展開したシロガネの姿が見える。

 

 撃ち放たれる7連装フルバースト。

 

 その強烈な砲撃も、しかしスターダストを捉える事はない。ラキヤが放った砲撃は、超絶的な機動力を発揮するスターダストを前に悉く空を切るにとどまる。

 

 そこへ、ビームサーベルを抜いて斬り込んでくるスターダスト。

 

 対抗するように、ラキヤもビームサーベルを抜いてシロガネの右腕に装備、迎え撃つ体制を整える。

 

 剣を交錯させるシロガネとスターダスト。

 

 斬撃は、ラキヤの方が速い。

 

 シロガネの斬撃を、スターダストはビームシールドを展開して防御。

 

 流石の反応速度と言うべきだが、隙が生じた事は確かだ。

 

「貰った!!」

 

 動きを止めたスターダストに対して、ラキヤはシロガネの左手に、もう1本のビームサーベルを装備、斬り上げるようにして繰り出す。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、レニは機体を上昇させて、シロガネが繰り出した斬撃を回避してしまう。

 

 そのままシロガネから離れ、後退するスターダスト。

 

 追撃の為にラキヤが放ったヤタガラス複列位相砲もスターダストを捉えるには至らず、レニは悠々と機体を安全圏まで逃してしまった。

 

「素早いな・・・・・・」

 

 舌打ちするラキヤ。

 

 そんなラキヤを嘲笑うように、スターダストからビームライフルが放たれる。

 

 その攻撃は、白銀の装甲に命中した瞬間、明後日の方向へとはじかれる。

 

 ヤタノカガミ装甲の前にビーム兵器は無力であるが、それでもこちらの攻撃も当たらないのでは意味は無かった。

 

 互いにサーベルを構え、対峙するシロガネとスターダスト。

 

 そこへ、

 

「これでェ!!」

 

 シンのエルウィングが、スターダストの背後から2基のビームブーメランを投げつけるのが見えた。

 

 旋回しながら向かってくるビームブーメラン。

 

 その攻撃を、レニはあっさりと回避してのける。

 

 だが、一瞬、体勢が崩れるのをシンは見逃さなかった。

 

「貰った!!」

 

 蒼炎翼を羽ばたかせて加速するエルウィング。ドウジギリ対艦刀を振り上げ、未だに体勢を立て直せていないスターダストへ真っ向から斬り込んで行く。

 

 敵はラキヤの攻撃と、ビームブーメランの回避の為に動きが限定されている。今なら、捕捉は充分に可能なはずだった。

 

 視界の中に迫るエルウィングの蒼炎翼。

 

 その姿を真っ直ぐに見据え、レニはスターダストの背部に装備した6枚の翼から、独立したユニットを射出させた。

 

「何ッ!?」

 

 目を剥くシン。

 

 スターダストから射出されたユニットは、ターンしながらエルウィングへと向かってくる。

 

 それがドラグーンだと分かった瞬間、シンは機体を後退させながら、放たれた砲撃を回避する。

 

 見た目が似ていれば、攻撃方法までフリーダムに似ていると来た。

 

 鋭い軌道を描きながら、ドラグーンの攻撃を回避するシン。同時にビームライフルを抜いて応戦しつつ後退する。どうにか、ドラグーンを排除する事で反撃の糸口を見つけたいところである。

 

 しかしレニもまた、巧妙にシンの攻撃を避けて反撃を繰り出してくるため、なかなか反撃できないのだ。

 

 その時、

 

《シン、掩護する!!》

 

 叫びながら、ラキヤはシロガネを駆ってエルウィングとドラグーンの間に飛び込むと、両手に持ったビームライフルを次々と撃ち放つ。

 

 たちまちの内に、3機のドラグーンが真っ向からビームを受けて破壊された。

 

 攻撃の速度、正確さ。いずれも比類ない物を持っている。ラキヤ以外の何者にも、模倣が不可能な芸当である。

 

「すまない、ラキヤ!!」

《気にしないで、シン。これも・・・・・・》

 

 言葉が、不自然に途切れる。

 

 ラキヤは、最後まで言い切る事ができなかった。

 

 なぜなら、ドラグーン迎撃の為に砲撃を続けるシロガネ。

 

 そのシロガネのボディ、わき腹付近には、スターダストが繰り出したビームサーベルが深々と突き刺さっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての作業を終えた後、イスカ・レア・セイランは兵士達を伴って、脱出艇のある格納庫へと向かっていた。

 

 全く持って、カーディナルの作戦は見事と言う他ない。

 

 カーディナルは、万が一、オラクルが甚大な被害を被り、オーブ攻撃が不可能になった時ん事まで含めて作戦を立てていたのだ。

 

 オラクルが甚大な被害を被るという事は、すなわちエンドレスもまた崩壊寸前の状況に至っている事が考えられる。仮にここで生き延びたとしても、戦力を保持した共和連合軍は必ず追撃の手を伸ばしてくるだろう。地球連合軍も余剰戦力を差し向けてくるかもしれない。そうなるとエンドレスは息の根を止められる可能性すらある。

 

 だからこそ、追撃の手を絶つ必要がある。それも、完膚なきまでに。これは、その為の作戦だった。

 

 オラクルそれ自体を巨大な爆弾に見立てて地球に落とす。

 

 その内部に納められていた多数の核ミサイルが一斉に誘爆を起こせば、その被害はスカンジナビアや北米大陸の比では無くなる。恐らく、あのユニウスセブン落下事件「ブレイク・ザ・ワールド」すら上回る災厄をもたらす事になる。

 

 当然、環境は激変し、各国はその対応に追われる事になる。その間にエンドレスは、安全圏まで悠々と逃げ延び、そして再起を図るというわけである。

 

 この作戦で地球が汚染される事など、彼等にとってはどうでもいい事である。それによって多くの人間が死ぬ事など、毛ほども考える必要性を感じなかった。

 

 ただ、自分達が生き残ればそれで良い。後はどうなろうが、自分達の知った事ではなかった。

 

「さあ、急ぐわよ。愚図愚図して大気圏落下に巻き込まれたんじゃ、笑い話にもならんからな」

 

 そう言うとイスカは、先頭に立って歩き出す。

 

 その時だった。

 

 廊下の向こう側に人影が立っているのを見つけ、イスカはその場で足を止めた。

 

 ゆっくりと、足を引きずりながら近付いてくるその人物。

 

 漆黒のパイロットスーツに身を包んだ男性。

 

 その人物を見た瞬間、イスカは侮蔑を隠そうともせずに嘲笑を投げつけた。

 

「何だ、テメェも生きてたのかよ。随分、しぶといじゃねェか」

 

 イスカの嘲笑に対して、その人物は無言のまま、しかし足はゆっくりと動かして歩み寄ってくる。

 

 クライアスである。

 

 キラとの戦闘で撃墜された後、半壊したエクスプロージョンを駆って帰還し、この場に駆け付けたのだ。

 

 しかし、今のクライアスの出で立ちを見たら、誰もが絶句する事だろう。

 

 スカンジナビア沖で撃墜された際、左腕と左足を失い、それを義手義足で補っていたのだが、そのうち義手の方は戦闘で吹き飛ばされ、本来腕がある場所には、今は何もない。

 

 何より衝撃的なのは顔だろう。

 

 かつてはスカンジナビアに住まう多くの女性を魅了した甘く端正な顔立ちは、撃墜された際の衝撃で爛れ、頬は溶け落ち、内部の筋や骨格が剥き出しになっている。眼球は飛び出し、更に頭髪は全て溶け落ちてしまっていた。

 

 化け物としか形容のしようがない姿のクライアス。

 

 それに対して、イスカは嘲笑を惜しげもなく叩きつける。

 

「テメェのその化け物面じゃ、敵の攻撃の方が避けて行ってくれたか? まあ、どうでも良いけどよ」

 

 生きていたんなら、まだまだ使い道はある。

 

 そう思った瞬間、

 

 クライアスの右手が、霞むような速度で持ち上げられた。

 

 その手に光るのは、1丁の拳銃。

 

 銃口は、真っ直ぐにイスカへと向けられていた。

 

 嘲笑を張り付けたままのイスカ。

 

「ユーリア様、クライアスはスカンジナビア騎士として、最後の務めを果たします」

 

 静かな宣誓と共に、指はトリガーを引き絞る。

 

 吐き出された弾丸。

 

 それは一瞬の間を置いて、イスカの胸の中央に命中した。

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の身に何が起きたのか、とっさには思いが至らないイスカ。

 

 ノロノロと胸にやった手には、開いた穴から零れ落ちた血液がベットリと付着している。

 

 ややあって、咳き込んだ口からも真っ赤な液体を迸らせた。

 

 その様子を見て、クライアスは会心の笑みを浮かべた。

 

 こいつだけは、

 

 ユーリアを殺したこの女だけは、絶対に許さないと、ずっと思っていた。

 

 この女を殺し、そしてユーリアの仇を取る。それこそが、クライアスがスカンジナビア騎士としてできる最後の忠誠だった。

 

 報復は、すぐに行われた。

 

 倒れたイスカの周囲に取り巻いていた兵士達が、手にしたライフルをクライアスに向けてくる。

 

 足を負傷しているクライアスには、逃げる事は出来ない。

 

 だが、最早、それもどうでもいい事だった。

 

 自分が出来る事をやった。その満足感がある。

 

 そして、キラ・ヒビキ。自分を導いてくれた、あの青年には感謝もしていた。

 

 彼だけではない。

 

 あの時の旅は、クライアスにとっても、本当に楽しかった。

 

 ユーリア、ミーシャ、バルク、サイ。その他、多くのクルー達との触れ合いは、それまでスカンジナビアの中だけに生きてきたクライアスにとって、本当に新鮮な事ばかりだった。

 

 それに、エスト。

 

 自分の心を奪い、そして失恋を味あわせた少女。

 

 彼女に対する恨みなど無い。ただ、幸せになってほしいと言う願いだけが心の中にはあった。

 

「・・・・・・みんな、ありがとう」

 

 自らを貫く弾丸の感触を味わいながら、事切れる寸前、クライアスは、確かな微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 遠望すれば、親衛隊と交戦するクレナイの姿が見える。

 

 流石はアスランと言うべきだろう。圧倒的な数の差を前にしながら一歩も退く事無く、むしろ押してさえいる。

 

 それらを横目に見ながら、クロスファイアとエンドレスは再び1対1で対峙していた。

 

 周囲には他に、敵も味方もいない状態。

 

 ただ、対峙する2機の機体のみが、その場にあり続けている。

 

「・・・・・・・・・・・・これは、僕の直感ですが」

 

 ややあって、キラは口を開いた。

 

 その眼差しは、正面のエンドレスに、否、そこにいるカーディナルに注がれている。

 

「あなたは、ギルバート・デュランダル本人じゃありませんね?」

《・・・・・・・・・・・・ほう?》

 

 キラの指摘に対して、カーディナルは肯定も否定もしない。ただ、どこか感心したように息を吐いただけである。

 

《なぜ、そう思うのかね? 後学の為に聞いておきたいのだが?》

「あまりにも違いすぎるんですよ。かつてのデュランダルと、今のあなたは」

 

 かつてのデュランダルは、多少の政策の強引さはあったものの、その本質的な部分にはあくまで「戦争根絶」があったはずなのだ。にも関わらず、カーディナルは力で抑えつけた秩序の実現を目指すと言っている。

 

 その二つが、キラの中では長く矛盾した物であるように思えてならなかったのだ。

 

 だが、それも目の前の人物がデュランダル本人でないとしたら説明がつく。

 

 果たして、

 

《・・・・・・流石だね》

 

 カーディナルは、自身の正体に感付いたキラに、惜しみない賞賛を送った。

 

 自分がデュランダル本人ではない事については、レイも感付いていた様子があったが、彼の場合、もともとデュランダル本人と長く接する機会があった為に感付いた事なのだ。それに対してキラは、論理的な判断で結論に達している。その事がカーディナルにとっては賞賛すべき事に思えたのだった。

 

《かつて、遺伝子研究所にいたデュランダルが、自身の成果として、唯一、この世に生み出したクローン。それが私だよ》

 

 カーディナルの言葉に、キラは思わず息をのんだ。

 

 ギルバート・デュランダルのクローン。

 

 まさかそんな物が存在するとは、思ってもみなかったのだ。まだしも、双子の兄弟や後天的な整形手術を施したと言った方が納得できるものがあるし、キラとしてもそう考えていたのだが。

 

《言わば、この私自身が、真の意味で「デュランダルの遺産」と言うべきかもしれないね》

 

 そう言って、冗談めかした笑みを浮かべるカーディナル。

 

 対してキラは、ブリューナク対艦刀を構えなおす。

 

「あなたが何者であるかは関係無い。だが、あなたがあくまでオーブを滅ぼし、世界を力で管理するというのなら、僕は全ての存在を掛けてあなたを止めて見せる」

《やってみたまえ》

 

 答えると同時に、自身もファーブニルを構えるカーディナル。

 

 両者、互いの刃を振りかざして同時に切り込んでいく。

 

 今、最後の激突が幕を開けた。

 

 

 

 

 

PHASE―21「騎士よ眠れ」      終わり

 


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