機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ 作:ファルクラム
1
虚空に飛び込むと同時に、己の意識が急速に書き換えられていくのを、少女はリアルタイムで錯覚する。
炎上するオラクルを発すると同時に、レニは己の意識を全開放した。
彼女の持つあらゆる感覚が、この巨大機動兵器を操る為にシフトされ、戦闘モードへの以降を告げていた。
この時の感覚は、決して嫌いな物ではない。
ヴィクティムシステムが齎す圧倒的な感覚増幅と、反射能力の向上によって、戦場のあらゆる状況が、レニには手に取るように分かる。
この瞬間、少女は捕食者となる。
獰猛な牙を持つ獣。あらゆる生命体の頂点に立つ、絶対の王者。
その進軍を阻める者は、どこにも存在しない。
スロットルを開き、核エンジンによって得られた莫大なエネルギーをスラスターに送り込む。
宇宙戦艦の物と同等の出力を誇るスラスターが、唸りを上げて、巨体を前へと押し出した。
「レニ・ス・アクシア、カタストロフ出る」
低いコールと共に、レニはカタストロフの巨体を駆って一気に戦場へと飛び込んで行った。
共和連合軍の攻撃はますます勢いを増し、オラクルは既に通常の航行すらおぼつかなくなりつつある。
このような状態になっては最早、メギドによる地球攻撃など夢のまた夢であろう。
しかし、まだカーディナルは最後の手段を残している。ならばレニがするべき事は、マスターを信じて戦うのみだった。
「行けッ!!」
正面を見据えながら、カタストロフが搭載したドラグーンコンテナ4基を切り離すレニ。
切り離されたコンテナのカバーが開くと同時に、内部から合計40基のドラグーンが一斉に飛び出して行った。
その光景に警戒するように迎撃態勢を取ろうとする共和連合軍。飛んでくるドラグーンを迎撃しようと、手にした火器を振り上げて火線を躍らせる。
しかし、その行動は無意味でしかなかった。
40基のドラグーンは飛んでくる砲撃を悉く回避して攻撃位置に着くと、一斉に360門の砲撃を敢行する。
縦横に駆け巡る、無数とも錯覚する閃光。
文字通り、光の嵐としか形容のしようがない光景。
たちどころに、周囲に撃墜をします爆炎の花が次々と咲き誇っていく。
死を呼ぶ光の渦に巻き込まれ、オラクルを攻撃しようとしていた共和連合軍機は片っ端から薙ぎ払われていく。
カタストロフに対して、反撃に成功した機体は存在しない。レニの正面に立った機体は、ただの1機の例外すら無く吹き飛ばされ、虚空に散華する運命を強要される。
誰もが、圧倒的な威容で迫りくる巨大兵器を止める事が出来ないのか?
そう思った瞬間、仲間が上げる爆炎を乗り越えるようにして、3機の漆黒の機影が飛び出してくると、フォーメーションを組んで、手にしたビームライフルをカタストロフに向ける。
漆黒の色をしたシシオウ。フリューゲル・ヴィントに所属するコガラスである。一連の動作を何の淀みも無く行っているあたり、精鋭部隊としての面目を躍如していると言えるだろう。
フォーメーションを組んだ状態から、一斉に攻撃を仕掛けるフリューゲル・ヴィント機。
縦横に駆け巡って襲いかかってくるドラグーンの攻撃をよけ、彼等はカタストロフ本体へと迫る。
放たれるビームは、まっすぐに直撃コースをたどる。
しかし次の瞬間、彼等の活躍は一瞬の歓喜で終わってしまった。
フリューゲル・ヴィントの攻撃は、カタストロフが張り巡らせた陽電子リフレクターを貫くには至らず、全て空しく弾かれてしまったのだ。
鉄壁の防御力を誇る陽電子リフレクターが相手では、並みの攻撃では歯が立たなかった。
お返しとばかりにレニが放ったミサイルが、宙域全てを包み込むように向かってくる。
再開される惨劇の連鎖。
ミサイルの直撃を受け、次々と共和連合軍機が爆発、炎上していく。
いかにフリューゲル・ヴィントの精鋭と言えど、カタストロフの圧倒的な進撃をはばむ事は出来ない。
更にレニはカタストロフの両脇から突き出したアウフプラール・ドライツェーンを斉射、今もオラクルに向かって艦砲射撃を仕掛けていた共和連合軍艦を吹き飛ばす。
3機のコガラスは、尚も執拗にカタストロフへ攻撃を仕掛けてきているが、レニはそれを鬱陶しそうに一瞥する。
同時にシュツルムファウストを射出、向かってくるコガラスに対して5連装スプリットビームガンによる砲撃を仕掛ける。
シュツルムファウストは、言わばカタストロフの「腕」に当たるわけだが、カタストロフ自体が通常のモビルスーツに比べるととんでもない巨体である為、その腕自体も1基でモビルスーツ並みの大きさを誇っている。
シュツルムファウストは攻撃位置に着くと同時に、5本の指からスプリットビームガンを発射する。
それに対するコガラスの反応は、僅かに遅れてしまう。
シュツルムファウストからの砲撃を食らい、瞬く間に2機のコガラスが撃破され、虚空に散華した。
残る1機は、仲間がやられるのを見て敵わないと踏んだのだろう。ただちに機体を反転させると同時に戦闘機形態に変形し距離を置こうとする。
しかし、その決断はあまりにも遅かった。
カタストロフの口部にあるツォーンが発射されると、戦闘機形態になって離脱しようとしていたコガラスを、背後から吹き飛ばしてしまった。
戦慄が、戦場に走る。
オーブ軍最強部隊であるフリューゲル・ヴィントですら、この怪物を前にしては、一矢報いる事すらかなわなかった。それはすなわち、並みのエース級のパイロットですら、この怪物の進撃を止める事はかなわないという意味だ。
その事実が恐怖となって戦場に蔓延し始める。
恐怖を抱いた兵士は逃げ腰となり、徐々に距離を置くようにしながら離れて行くのが見える。
その間にも、カタストロフを駆って戦場を蹂躙し続けるレニ。
最大火力が解き放たれるたびに共和連合軍艦隊は吹き飛ばされ、40基のドラグーンから吐き出される360門の砲撃は、オラクルに取り付こうとしている機体を容赦なく吹き飛ばしていく。
戦場に吹き荒れる、破壊の嵐。
レニはその身に託された力を如何無く発揮し、自らの、そして自らのマスターが歩もうとしている理想を妨げようとしている存在を吹き飛ばしていく。
その進撃は、誰にも止める事ができない。
迫る、逃れようの無い死に、誰もが慄いた。
その瞬間、
鋭く走った閃光の一撃が、カタストロフの張り巡らせた陽電子リフレクターを直撃して弾けた。
「何だ!?」
最前まで我が物顔で戦場を蹂躙していたレニは、怒りの眼差しを上げて振り仰ぐ。
自らの行く道を邪魔した不届き者に対する怒りが、少女の両眼から迸っているかのようだ。
その激情を向ける先から
虚空を裂くような蒼炎の翼をほとばしらせて、カタストロフに真っ直ぐに向かってくる者がいた。
「お前の相手は俺だ!!」
言い放つとシンは、構えていたエルウィングの狙撃砲を格納し、代わりにドウジギリ対艦刀を抜刀すると、肩に担ぐように構えて斬り込んで行く。
残像を残し、超高速域まで一気に加速するエルウィング。元々高機動型の機体ではあるが、そこに加えてさらに、エクシード・システムのアシストも加わり、埒外の高速性能を発揮している。
シンは先のバックヤード攻略戦における戦訓を考え、対カタストロフ戦の戦術を独自に組み上げてきている。
殆ど宇宙用デストロイと形容しても良いカタストロフを相手に、距離を置いてチマチマと砲撃戦を行っていたのでは、火力差であっという間に押し切られてしまう事になる。
ならば、高速高機動を発揮して、初手で一気に懐まで飛び込んでしまう。それしかなかった。
ようはデストロイやジェノサイドと同じである。距離を置いての火力戦はエルウィングに限らず全ての通常型の機体が不利である。ならば小型機ならではの強みを十全に発揮するしかない。
ただし、誰しもが実践できる事ではない。類を見ない高速が発揮可能なエルウィングと、その機動力を如何無く振るう事ができる《オーブの守護者》シン・アスカの実力があって、初めて可能となる戦術である。
カタストロフから放たれる火線をよけ、一気に対艦刀を振り上げるエルウィング。
その前面には、カタストロフが放ったドラグーンが集結しつつある。先頭正面に火力を集中させる事で、高速接近するエルウィングの進路を阻もうと言うつもりだと、シンは判断した。
しかし、
「今さら、そんな物で!!」
いかに火力を集中させたとしても、今のエルウィングを捉える事は不可能だ。こちらはドラグーンをすり抜けられる軌道を描くまでの事。
シンがそう思った瞬間。
突如、前面に展開したドラグーンから、一斉に光の幕が張り巡らされた。それも、1枚や2枚ではない。存在する全てのドラグーンが、幕を張り巡らしてエルウィングの接近を拒んでいる。
「なん、だと!?」
呻くシン。同時に、ほとんど本能的な動作で急ブレーキをかけ、距離を置くようにエルウィングを制動させる。
カタストロフとエルウィングの間に展開された40基のドラグーン。その全ての先端部分から、光の膜は出力されている。
シンは舌打ちする。これでは接近するコースを割り出す事すらできない。とっさにシンはエルウィングを後退させて、体勢の立て直しを図る。
そこへ、好機とばかりにカタストロフのドラグーンが一斉攻撃を仕掛けてきた。
1基につき9門の砲を駆使して、エルウィングを追撃してくるドラグーン。
その縦横な攻撃を前に、シンは抵抗する事も出来ずに後退を続けるしかない。
「クソッ 何なんだ!?」
ドラグーンからの攻撃をよけながら、シンはビームライフルで反撃する。
しかし、エルウィングが放った攻撃は、全てドラグーンの先端部分に張り巡らされた光の膜によって弾かれていく。
その光の膜、正体が陽電子リフレクターである事に気付くまで、シンはそう時間はかからなかった。
戦訓を重視して戦いに臨んだのは、何もシンだけではなかった。
先のバックヤード攻防戦において、エルウィングやシロガネの高機動に苦戦させられたレニだったが、その戦訓を鑑みて、ドラグーン全てに陽電子リフレクター発生装置を追加していたのだ。
モビルスーツに搭載可能な物に比べると出力的には劣るものの、それでもシールドとしては必要充分な硬度を持っている事に加え、何より数が多く、更にモビルスーツを上回る機動力を発揮出来る、言わば「独立機動する盾」としての役割を持っている。並みの攻撃では、自由に動き回る40枚もの楯を突破するのは事実上不可能に近い。
更にそれらを突破しても、今度はカタストロフ自体のシールドが待ち構えている訳である。正に鉄壁と言って良い守りである。
後退するエルウィングを見据え、反撃に転じるレニ。
ドラグーンの攻撃に加えて、カタストロフ本体からの攻撃も加わり、徐々にシンを追い詰めていく。
それに対してエルウィングは、蒼炎翼を羽ばたかせて必死に回避運動に徹する事しかできないでいる
状況は圧倒的に不利。シンの攻撃は全く相手にダメージを与える事ができず、逆に縦横に迫ってくるドラグーンの攻撃によって、回避できる空間も狭められつつある。
シンの中で、徐々に焦燥感が募っていくのは止められなかった。
2
シンのエルウィングが、レニのカタストロフと戦闘を開始した頃、エンドレスの戦線を突破した共和連合軍は、次々とオラクルへの直接攻撃を開始していた。
戦艦群が艦列を並べて艦砲射撃を仕掛け、機動兵器部隊は要塞艦に取り付いて破壊を繰り広げてる。
勿論、エンドレス側も反撃をしてくるが、その抵抗は最早、微々たる物でしかない。
既にファントムペインの精鋭達を悉く討ち取られたエンドレスに、共和連合の大軍を打ち負かすだけの力は残されていなかった。
か細い抵抗も短時間の内に排除されると、いよいよオラクルへ叩き付けられる砲火は密度を増していた。
勝利が見え始めていた。
このオラクルを撃沈できれば、オーブは助かる。そうなれば、この戦いは共和連合軍の勝利となる。
誰もがそう思い始めていた時だった。
その機体の接近に初めに気付いたのは、部隊を指揮してオラクルの攻撃に当たっていたハイネだった。
オレンジ色のゲルググは、自身も巨大要塞艦の攻撃に加わりながら、執拗にオラクルへ攻撃を加える味方の様子を見守っている。
攻撃は順調に行われている。
既にオラクルの被害は内部機構にまでおよび、更に大和やクロスファイアの攻撃によって散々破壊されている。動き自体は未だに停止するに至っていないが、それにしたところで、惰性でノロノロと動き続けているに過ぎない。
巨大要塞艦が完全に停止するのも時間の問題かと思われていた。
しかし、それでも尚、崩壊する兆しが見えないのは、オラクルの持つ巨体ゆえであろう。必死に攻撃しても、なかなかそれが、致命傷に結び付かないのだ。
先制攻撃を加えた殊勲艦である大和も、今は通常の艦砲射撃に切り替えて砲撃に加わっている。バスターローエングリンは、そうそう連射ができる代物ではない為、今は砲身を冷却しつつ、エネルギーをチャージ中である。
そのような中で「そいつ」は姿を現した。
オラクルを攻撃していた共和連合機。
その内の5機が、突如としてハイネの目の前で爆発、消滅したのだ。
「何だ!?」
呻くハイネ。
その視界の中で、1機の異形のモビルスーツが姿を現した。
シルエットは通常の人型だが、背中には棘のついたカバーに覆われた巨大なスラスター4機を背負い、四肢は通常の機体より太く、更に全高もやや大きい。頭部はザフト系列の機体の特徴であるモノアイが光っているが、あのような機体は見た事が無かった。
深紅の装甲を持つ機体の手には、ビームの刃を持つ巨大な鎌が握られているのが見える。
背中に巨大な花を背負っているかのような形状の機体だが、その外見が却って、機体の禍々しさを助長している感すらある。
目の前に突如現れて味方を撃墜した機体。その圧倒的な存在感を持った姿に、ハイネは最大レベルで警戒を走らせる。
「敵の新手か!?」
言い放つと同時に、ゲルググが持つガトリングライフルを放つハイネ。
これまで見た事も無い機体。間違いなく特機。そして、この段階で出て来たと言う事は、敵の切り札である可能性が高い。その戦闘力が未知数である以上、警戒はしすぎると言う事は無いはずだった。
ハイネがトリガーを引くと同時にガトリング砲が回転を始め、銃身から無数の光弾が迸る。
モビルスーツの装甲程度なら、あっという間にハチの巣にできるだけの威力を秘めた攻撃。
そのゲルググの攻撃に対して、謎の機体は横滑りしながらあっさりと回避してしまった。
ハイネ機に急速接近してくる敵機。
「こいつ!!」
その加速力を前に、距離を置いての砲撃戦では埒が明かないと踏んだハイネは、ビームランサーを抜き放って迎え撃とうとする。
その判断の速さは、流石エースパイロットと言うべきだろう。
ビームランサーを構え、迎え撃とうと構えるハイネ。
しかし、ハイネが正に迎撃のための体勢を整えようとした瞬間、謎の機体が振るった大鎌の一閃によって、ゲルググの両腕は一瞬にして斬り飛ばされてしまった。
「何ィ!?」
驚愕の声を上げるハイネ。
その耳元で囁くように、声が聞こえた気がした。
「なかなかの腕のようだが、私には敵わないね」
次の瞬間、大鎌が容赦なく振り下ろされる。
その刃が通り抜けた瞬間、ゲルググの機体は袈裟懸けに斬り下ろされていた。
コックピットに座し、ハイネを仕留めたカーディナルは薄い笑みを口元に浮かべていた。
「まずまずの性能だな」
コンソールを愛おしそうに撫でながら、自分が操る機体の性能に満足するようにカーディナルは呟く。
GAT-X999Z「エンドレス」。
カーディナルが自ら設計と開発を行い、自身の戦い方に合う形で完成させた、世界で唯一無二となる、カーディナル戦用の機体である。
元々、この機体はザフト系列の機体をベースにしている。
ZGMF-X15A「フォーヴィア」
ヤキン・ドゥーエ戦役の際、ザフト軍が戦線投入したNジャマー・キャンセラー搭載型の機体であり、その圧倒的な戦闘能力を如何無く発揮し、ラウ・ル・クルーゼの駆るプロヴィデンスと共にL4同盟軍を壊滅一歩手前まで追い詰めた機体である。
戦後、機体の設計図を入手したカーディナルは、フォーヴィア級機動兵器をベースに、自らの専用機として組み上げた。それこそがエンドレス。組織名と同じ名前を冠した機体こそ、カーディナルが自らの理想とする世界を具現する象徴として世に誕生させた物である。
その性能は、たった今証明された。
ザフト軍でも屈指の実力を誇るエースである、ハイネ・ヴェステンフルスを、カーディナルは苦も無く撃墜して見せたのだ。性能としては充分であると言えるだろう。
そのエンドレスの姿を見付け、共和連合機が近付いて来るのが見える。
それに対してカーディナルは微動だにしない。
変化は、次の瞬間起こった。
エンドレスが背に負っている花のような形をした大型のスラスターが、展開を始めたのだ。
スラスターカバーは大きく広がり、同時にアームを伸ばしながら回転、噴射口部分が機体前方へ向く。
全てが整った瞬間、エンドレス本体を取り巻くように、巨大な4本の「腕」が出現していた。スラスターカバーだと思っていた「花弁」に当たる部分は、この武装の「指」に相当していたのだ。
その五指から、一斉に砲撃が放たれる。
合計20門の一斉射撃。
今にもエンドレスに取り付こうとしていた共和連合機は、纏めて貫かれ、吹き飛ばされてしまう。
可変大型破砕掌「キュクロプス」。
かつてはフォーヴィアにも搭載されていた、超大型破砕掌「ギガス」の改良型である。折り畳んだ状態では高機動ユニットとして使用できるが、展開すると白兵、砲撃、双方に使用可能な複合兵装になる。
撃ち放たれる閃光は、尚もしつこく食い下がろうとする共和連合軍機を捉え、砕き、吹き飛ばしていく。
例外は無い。
カーディナルの目の前に立ちはだかろうとした機体は、全てキュクロプスの砲撃を浴びて、次の瞬間には意味の無い鉄屑へと成り下がっている。
当然、パイロットも機体と運命を共にしたことは言うまでもない事である。
カーディナルはキュクロプスをスラスターモードに戻すと、最大噴射で吹かす。
魔王の進撃が始まった。
右手にはビームライフル。左手にはビームサーベルを構えたエンドレスは、スラスターを吹かして一気に駆け抜けると、立ち尽くしている共和連合軍機を次々と撃ち抜き、あるいは斬り捨てていく。
それに対して共和連合軍側も、反撃の砲火を撃ち放つ。
可能な限りの火線を集中させて、エンドレスの進撃を阻もうとする共和連合軍。
しかし、その動きは所詮無意味でしかない。
あっという間に距離を詰めたカーディナルは、ライフルやサーベルを駆使して共和連合機を容赦なく撃墜していく。
それに抵抗できる者は、誰1人としていなかった。
カーディナルはコックピットで、ニヤリと笑みを浮かべる。
素晴らしい機体だ。
圧倒的な戦闘力、他の追随を決して許さない機動性。どれを取っても、カーディナルの要求を満たした性能になっている。
背後からはエンドレスに追いすがろうとする機体が尚も存在するが、その全てが、エンドレスの隔絶した機動力を前に、追いつく事すらできないでいる。
まさに、カーディナルの独壇場であると言えた。
やがて、エンドレスは共和連合軍の陣形深くへと攻め込んで行った。
そのエンドレスが向かう先には、1隻の大型戦艦がオラクルに向けて艦砲射撃を行っている。
大和である。バスターローエングリンでの砲撃を行った後、尚もオラクルに対して通常の艦載砲を駆使して攻撃を行っていたのである。
だが、周囲をガードしていた味方機が、たった1機の敵機に壊滅させられた事で、状況は一変しようとしていた。
艦橋に座するユウキは、接近する機影に気付くと、直ちに対処指示を飛ばした。
「右舷、全火力解放、迎撃はじめ!!」
ユウキは即座に、回避よりも迎撃を選択した。
相手の機動力、そして複数のモビルスーツを同時に撃墜するほどの高火力、何より、機体その物から発せられる存在感。そのいずれもが、ユウキの脳裏に激しいアラームを掻きたてている。
あの機動力を相手に、回避を選択するのは無謀である。ここはありったけの火力を集中して接近を阻んだ方が得策であると考えたのだ。
直ちに9門の主砲と6門の副砲、更に舷側に並べられた対空砲が旋回して、接近するエンドレスへ照準、濃密な対空砲火を噴き上げる。
1隻の戦艦が放つ対空砲火としては、破格と称しても過言ではない、圧倒的な砲撃力。
かつて建造された際、「あらゆるモビルスーツの攻撃を、火力と装甲で対処する」と言うコンセプトを忠実に再現している光景である。
主砲から対空砲に至るまで、全ての火器を動員してエンドレスの接近を阻もうとする大和。
飛んでくる無数の火力。
しかし、死神の鎌は無情にも振り下ろされようとしていた。
必死の様相で大和から吹き上げられる対空砲火を嘲笑うかのように、カーディナルは全ての攻撃を回避。同時に背部から大型の大砲を跳ね上げて、その銃口を大和へと向ける。
次の瞬間、絶大なエネルギーがチャージされていくのが、傍目にも判った。
通常のビームライフルではない。もっと、高威力の火器である。
「まずい!?」
ユウキが叫ぶのと、
カーディナルがトリガーを引くのは、ほぼ同時だった。
バルムンク超高圧縮プラズマキャノン。
エンドレスが持つ絶大なエネルギーを如何無く上乗せした、強力な砲撃武装である。
迸る閃光。
銃口から延びた閃光は、戦艦の主砲すら遥かに上回る程の威力でもって駆け抜ける。
着弾。
大和の艦内は、次の瞬間激震に見舞われる。
地球圏に存在する、あらゆる宇宙戦艦であっても装備し得ないほど強固な装甲は一瞬にして融解、それどころか閃光は装甲を食い破ったたででは飽き足らず、艦内部の各区画を食い散らかし、回路と言う回路を引きちぎり大和の艦内を侵食していく。
やがて閃光は全区画を貫通し、大和の反対舷へと突き抜けていく。
それは、異様としか形容のしようがない光景だった。
たった1機のモビルスーツが放った砲撃。
それが、巨大戦艦の舷側を真っ向から刺し貫き、串刺しにしてしまったのだから。
一瞬の間が、周囲を支配する。
誰もが、あまりの光景に、言葉を失っているのだ。
ただ1人、エンドレスを操縦するカーディナルだけは、その光景をほくそ笑んで見守っている。
砲撃によって、大和は艦首部分が完全に貫通され、着弾箇所にはポッカリと穴が開いている。
次の瞬間、貫通部分から爆炎が躍った。
炎は一気に大和の最深部まで達し、艦内のあらゆる物を焼き尽くしていく。
やがて、大和の長大な艦首は、まるで腐った生木のように中途からボッキリと叩き折られ、巨大な爆炎の飲み込まれてしまった。
ハイネの撃墜、そして大和の大破(恐らく撃沈は免れない)により、共和連合軍側の混乱は拡大しつつある。ザフト軍側の前線指揮官と、最大の火力を有する大和が失われた事により、前線への命令系統に齟齬が生じ始めているのだ。
一度、混乱状態に陥った軍は脆い物である。あとは行き場を失ったレミングの如く、混乱の内に自滅の道を歩む事になりかねない。
その間にもエンドレスは、カーディナルの操縦の元で猛威を振るい続け、浮足立っている共和連合軍機を次々と血祭りに上げていく。
その魔王の如き進撃は、誰にも止める事ができないように思われた。
そのような最中、2機の機体がカーディナルの猛威を止めるべく、急行しつつあるところだった。
《これは、まずい事になったわね。大混乱じゃない》
「ハイネが討たれた事が関係している。油断はできないぞ」
白と赤のギャン・エクウェスを操りながら、レイとルナマリアは深刻そうに言葉を交わす。
既に大和の撃沈と、ハイネの撃墜の情報は2人にも伝わってきている。
幸いと言うべきか、ハイネは重傷を負いながらも、どうにか味方艦に収容されたらしい。既に制宙権の殆どを共和連合側が握っている事が幸いした。その為、こうした救助活動も妨害を受ける事無く、スムーズに行う事ができたのだ。
だが、それでも状況は加速度的に悪くなりつつある。
ここまで優勢に戦況を進めてきた共和連合軍だが、それがたった1機の敵によって覆されつつあるのだ。
「行くぞルナマリア。何としても奴を叩く」
《了解!!》
ルナマリアの返事を聞きながら、レイはギャンを加速させる。
カーディナルの方でも、接近する2機のギャンに気付いたのだろう。直ちに機体を振り返らせて、迎え撃つ体勢を取ってきた。
《行くわよ!!》
言い放つと同時に、ルナマリアは背部に装備した1基のケルベロスを跳ね上げてエンドレスに照準する。
レイもルナマリアも、先のトライ・トリッカーズとの戦いから連戦となる。その為、消耗した武装を補充せずに出撃してきていた。
しかし、泣き言は言っていられない。ここで敵を食い止めなければ、より多くの味方が犠牲になる事になるのだから。
ルナマリアの砲撃開始と同時に、レイもドラグーンを射出してエンドレスへと向かわせる。
無数の閃光が駆け巡り、しばし、光が織りなす幻想的な光景が現出する。
その光の格子の中を、
エンドレスはいっそ悠然とした調子で駆け抜けてきた。
これには、レイもルナマリアも同時に息を呑んだ。自分達の攻撃がこうもあっさりと突破されるとは思っても見なかったのだ。
「油断するな、ルナマリア!!」
《ッ!? 判ってる!!》
レイの声に答えながら、ルナマリアはビームカービンライフルを抜いて、接近してくるエンドレスに向かって撃ち放つ。
速射に近い素早い攻撃。
しかし、その攻撃をカーディナルはあっさりと回避すると、スラスターモードのキュクロプスを全開まで吹かして一気に距離を詰めてきた。
《なッ!? 速い!?》
そのあまりの高速機動に、ルナマリアの対処が追いつかない。
それでもどうにか、ビームサーベルを抜いて迎え撃とうとするルナマリア。
しかし、そこが限界だった。
両手に装備したビームサーベルを振り翳すカーディナル。
それが振り下ろされた瞬間、赤いギャン・エクウェスは、両腕を肩から切断されてしまっていた。
《キャァァァァァァ!?》
「ルナマリア!!」
ルナマリアの悲鳴をスピーカー越しに聞きながら、レイは激情に駆られたようにドラグーンを操る。
ユニウス戦役以来、共に戦い続けてきた相棒とも呼ぶべき存在を傷付けられ、普段は冷静沈着な青年も、激昂を隠せないでいる様子だ。
縦横に振り向けられるドラグーンの攻撃。
しかし、その攻撃が届くよりも一瞬早く、カーディナルは機体を傾けるようにして、全ての攻撃を回避してしまった。
《おやおや》
更に追撃の砲火を放とうとするレイ。
そのレイの耳に、どこか懐かしさを覚える、落ち着いた雰囲気を持つ男性の声が聞こえてきた。
《誰かと思えば、レイ、君だったのか。久しぶりだね》
「ッ!?」
相手がカーディナルだと判った瞬間、レイは思わず息を呑んだ。
かつて、レイが父親のように慕ったデュランダル。
そのデュランダルと同じ顔、同じ声をカーディナルはしているのだ。郷愁は否が応でも増してしまう。
《元気だったかい? ずっと会えなくて寂しかったろう?》
「だ、黙れ!!」
やや上ずったような声で叫びながら、レイはドラグーンをエンドレスへ差し向ける。
「お前はギルじゃないッ ギルなんかじゃない!!」
叫びながらカービンライフルを放つレイ。
しかし、冷静さを欠いた攻撃はエンドレスを捉える事無く、空しく駆け抜けて行くにとどまる。
《悲しい事を言う物ではないよ、レイ》
「黙れと言っている!!」
この男が何かをしゃべるたび、レイの中で深刻な苛立ちが募っていく。
レイがかつて慕ったデュランダルは、あのメサイア攻防戦において、誇りを持ったまま死んでいった。
ならば、目の前で対峙する男がデュランダルである筈が無い。
だが、その声を聞くたびに、レイの中で言いようの無い不快感が湧き上がるのをどうして求める事ができなかった。
《また、一緒に暮らそうじゃないか、レイ》
「黙れ、黙れ、黙れェェェェェェ!!」
言い放つと同時に、生き残っている全ドラグーンを展開するレイ。
「その声で、俺の名を呼ぶなァァァ!!」
全てのドラグーンが、砲門をエンドレスに向けた。
次の瞬間、
凄まじい衝撃が、ギャンに襲い掛かった。
抵抗する事も出来ずに、衝撃に飲み込まれるレイ。
この時、ドラグーンを展開したレイが攻撃を開始するよりも一瞬早く、キュクロプスの展開を終えたカーディナルが一斉攻撃を仕掛け、全てのドラグーンと、更にはギャンの四肢まで一瞬にして吹き飛ばしてしまったのだ。
「レイ!!」
悲鳴を上げたのは、機体を損傷しながらも生き延びていたルナマリアである。
彼女の前の前で、レイの乗るギャンが一瞬にして戦闘力を喪失して大破する様を見せ付けられたのだ。
援護に入ろうにも、ルナマリアのギャンも戦闘力は喪失しており、辛うじて推進器が生きている程度だ。
大鎌を振り翳して白いギャンに迫るエンドレスを、ただ見ている事しかできないルナマリア。
「レイ!! 逃げて、レイ!!」
ルナマリアの悲痛な叫びにも、返事は帰らない。
もうだめか?
そう思った瞬間、
黄金の輝きが、レイのギャンを守るようにして撃ちかけられた。
3
ムウが急を知らされて駆けつけた時、状況は既に最悪と称しても良い状態に成り果てていた。
味方のエース級の人間は悉く討ち取られ、大和さえも撃沈を免れない状況に陥っている。
それを、たった1機のモビルスーツが現出せしめたのかと思うと、空寒い物を感じずにはいられなかった。
「下がれ、そいつの相手は俺がする!!」
並みのパイロットでは、エンドレスの相手をする事はできない。却って損害を増やすだけである。
ならばこそ、ムウが相手をするべきだった。
「行け!!」
8基のドラグーンを一斉射出するムウ。
放たれたドラグーンはムウの意志に従い、エンドレスを包囲するようにして展開、その砲門を向けてくる。
しかし、縦横に放たれたビームは、エンドレスを捉えるには至らない。
攻撃が行われる前に、カーディナルはドラグーンの包囲網を脱出してしまったのだ。
互いに、同時にビームライフルを抜き放ち、銃口を向け合うムウとカーディナル。
しばし、互いに砲撃を行って動きを牽制しつつ、次の一手を構築するようにして動く。
ムウはドラグーンを引き戻し、再び攻撃する態勢を整えつつある。
しかし、その動きは、エンドレスを駆るカーディナルには手に取るように捉える事ができた。
エンドレスが単眼なのには理由がある。
カーディナルは、この機体にヴィクティムシステムを搭載するに当たり、そのスペックをOSの情報処理系統に回したのだ。
これによりエンドレスは、戦場の状況を全てリアルタイムで事細かに把握する事ができる。
更に、それだけではない。あらゆる情報を統合し、敵機の行動パターンを一瞬で解析する事によって、わずか数秒ではあるが、未来を予測する事すら可能となっている。
これはイリュージョン級機動兵器が搭載するデュアル・リンクシステムと同じ機能である。イリュージョン級の最新鋭機動兵器であるクロスファイアですら、複座にする事でようやく使用可能になっている短期未来予測を、それより多少劣るとはいえ、エンドレスは単座の機体で賄っているのだ。
これによりエンドレスは、それ自体の戦闘力と相まって、同レベルの機体に対して圧倒的なアドバンテージを誇るに至っているのである。
エンドレスが単眼な理由は、膨大な情報処理にOSの大半を回しており、センサー系を若干削減しているからである。もっとも、先述したとおり情報処理能力に関しては他の追随を許さない為、センサー能力が多少劣っている程度の事は、エンドレスにとっては弱点の内にも入らないのだが。
攻撃位置に着いたドラグーンが、一斉攻撃を開始する。
対してカーディナルは、包囲網を破ろうと、スラスターを吹かして機体を前へと出す。
しかし、
「逃がさん!!」
ムウは叫びながら、ドラグーンが放った砲撃を、更に別のドラグーンに反射させていく。
ムウが得意とする、ヤタノカガミの反射作用を応用した光の重囲陣である。
瞬く間に閃光はエンドレスの機体を包み込み、逃げ道を塞いでいく。
「フム、なかなか、面白い事をやる」
それに対して、カーディナルはあくまでも余裕の態度を崩さない。ムウが必殺を込めて行う攻撃も、まるで、ちょっと面白い曲芸を見せられている、と言う程度の認識でしか無いように思えた。
一方のムウは、勝利を確信して笑みを浮かべた。
後は、ドラグーンの包囲網を狭める。それで終わりだ。
「喰らえ!!」
反射させていたドラグーンを、一斉にエンドレスへと向ける。
これで終わり。
そう思ってムウは見守る。
次の瞬間、
突如、エンドレスを囲むように出現した赤い光の幕が、ドラグーンの放ったビーム攻撃全てを、けんもほろろに弾き返してしまった。
「何ィッ!?」
その状況を、全く予想していなかったムウは、思わず目を剥いてしまう。まさか、あのような防御が可能とは、全く思わなかったのだ。
スクリーミングニンバス。
かつてはドムトルーパーが主力装備としていた攻撃、防御兼用の装備で、機体前面に攻性フィールドを形成する事で、相手の攻撃を防ぐと同時に、体当たりを掛ければ文字通り粉砕する事ができる武装である。
しかし、ドムトルーパーは三位一体の戦術を使用する事で、スクリーミングニンバスを最大展開できたのに対し、エンドレスは1機だけでかつてのドムトルーパー隊のそれに匹敵するだけのスクリーミングニンバスを形成している。
砲撃戦ではバルムンクやキュクロプスを駆使し、接近戦ではファーブニルや、果てはスクリーミングニンバスを備え、更には短期未来予測まで可能な、次元の違う戦闘力を誇る機体。それこそが、カーディナルの駆るエンドレスである。
「クソッ!?」
舌打ちしながら、双刃型のビームサーベルを構えるムウ。
とにかく、ドラグーンによる攻撃が効かない以上、どうにか接近戦で仕留めるしかなかった。
スラスター全開で、エンドレスに斬り掛かっていくアカツキ。
しかし、双刃型のビームサーベルが振るわれた瞬間、ムウの目の前から、エンドレスが消え去った。
「何ッ!?」
驚いて声を上げるムウ。
次の瞬間、衝撃は背中から襲ってきた。
ムウが斬り掛かるよりも一瞬早く、アカツキの背後に回り込んだカーディナルが、ビームライフルでアカツキのスラスターを攻撃したのだ。
いかにアカツキと言えど、ヤタノカガミ装甲をスラスター噴射口まで張り巡らせる事はできない。
エンドレスの一撃によって、アカツキのスラスターは完全にひしゃげてしまっていた。
「しまった!?」
呻くムウ。
どうにか機体を振り返らせ、ビームサーベルを構え直す。
しかし、メインスラスターを破壊された以上、最早それは無駄な努力でしかなかった。
ファーブニル・ビームサイズを振り翳すエンドレス。
三日月形の刃が袈裟懸けに振り下ろされた瞬間、
アカツキの機体も、真っ向から斬り裂かれ、爆炎に飲まれていった。
後に残るのは、深紅の装甲を持つエンドレスのみ。
その様は正に、全てを蹂躙して焼き尽くす魔王の如き姿であった。
PHASE-19「凶兆の紅」 終わり