機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-18「意志の刃、輝く刻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部隊を指揮しているムウは、黄金のアカツキを駆って、最も抵抗の激しい戦場へと迷う事無く飛び込んで行く。

 

 漆黒の戦場の中にあっては、その機体色故に、ムウの存在は際立って目立っている。

 

 だが、それこそが狙いである。

 

 目立つムウが活躍する事によって、味方の士気は大いに上がる事になる。

 

 勿論、撃墜されれば目も当てられない程士気が下がる事になるが、今のところ、それは度外視して良いだろう。

 

 何と言っても「不可能を可能にする男」の異名は伊達ではない。

 

 これまで幾多の困難に打ち勝ってきた男にとって、この程度の事態など、苦境の内にも入らない。

 

「行くぞォォォ!!」

 

 叫ぶと同時に、アカツキの背や肩に装備したドラグーンを射出する。

 

 かつてのシラヌイパックでは7基だったドラグーンが、このオオトリパックでは8基装備となっている。

 

 射出と同時に、攻撃位置へと着くドラグーン。

 

 放たれる攻撃。

 

 閃光は別のドラグーンを直撃、それを反射して更に別のドラグーンへと向かう。

 

 形成される光の檻。

 

 一種、光のサーカスとでも形容すべき光景だが、優美であると同時に凶悪極まる攻撃である事は間違いない。

 

 織りなす光の重囲に絡め取られたエンドレス機は、抵抗する事も逃げる事も出来ずにドラグーンの攻撃を浴びて爆散する機体が続出する。

 

 反撃しても無駄である。

 

 あらゆる光学兵器を反射できるヤタノカガミ装甲は、敵のビームも例外なく反射できる。

 

 ドラグーンを排除しようと攻撃したエンドレス機は、次の瞬間には自らが放った攻撃によって爆散する運命にあった。

 

 ならば、と、アカツキ本体の排除を狙ってくる敵も存在するが、それもまた握手と言わざるを得ない。

 

 たとえドラグーンを操っていたとしても、操縦をミスるようなムウではない。

 

 ムウはライフルやサーベルを駆使して、不用意に近付いてきたエンドレス機を例外なく排除していった。

 

 見る見るうちに、エンドレス機は数を減らしていくのが分かる。

 

 その様子を見て、ムウはオープン回線で叫ぶ。

 

「ようし、もう少しだぞ、お前等!!」

 

 ムウが叫んだ、正にその瞬間だった。

 

 出し抜けに強烈な閃光が迸り、オラクルの表面装甲を直撃するのが見えた。

 

 息を呑むムウ。次いで、会心に近い笑みを浮かべ、閃光の行き付く先を見守る。

 

 この瞬間正に、戦艦大和が放ったバスターローエングリンが、オラクルを直撃していたのだ。

 

 大和が放ったバスターローエングリンはオラクルの表面装甲をあっさり貫通、更に三層に渡って存在する装甲板を刺し貫き、内部の機構を直撃した。

 

 更に、それだけにとどまらない。

 

 照射状態を保持したまま、バスターローエングリンの閃光はオラクル表面を滑るように、命中点を移動する。

 

 当然、閃光が滑った場所は容赦ない破壊がまき散らされ、オラクルの艦体を斬り裂いていく。

 

 内部が地獄絵図の様相を呈しているであろう事は、想像に難くなかった。

 

 艦載砲としては世界最強クラスのバスターローエングリンを直撃されたのだ。いかに世界最大の要塞艦であっても耐えられる物ではない。

 

 直撃を受けた箇所から、盛大な爆炎を上げるオラクル。

 

 その様には、かつてスカンジナビアと北米に核の炎を降らせ、世界中を恐怖に陥れた威容は存在しない。そのまま、落城寸前の城砦と言った感じだ。

 

「よし、みんな、もう少しだ。攻撃を集中させろ!!」

 

 炎を上げたオラクルの様子を見て、すかさずムウが全軍に指令を飛ばす。

 

 オラクルは激しく炎上しながらも、尚も前へと進み続けている。そこは流石と言うべきところだろうが、先程までと比べて防御砲火が明らかに薄くなっている。

 

 大和の砲撃は、オラクルを一撃の元に大破させたのだ。

 

 まさに、総攻撃を掛ける絶好のチャンスだった。

 

 ムウの意志を受け、共和連合軍は先を争うようにしてオラクルへと殺到していく。

 

 もうすぐだ。

 

 もう間もなく、全てが終わる。

 

 皆がその思いを胸に、己が未来を勝ち取る為に突き進んで行った。

 

 

 

 

 

 味方に混じって進撃する共和連合軍の中に、キラとリィスもいた。

 

 4基のフィフスドラグーンを従え、白い装甲に蒼炎の翼を羽ばたかせたクロスファイアはオラクルの巨体へと向かって飛翔していく。

 

 向かってくるエンドレス機。

 

 対してキラは、リィスに戦況予測でサポートさせながらドラグーンを飛ばし、合計20門の砲を駆使して敵機を排除していく。

 

 キラにはムウのような特殊な空間把握能力は無い為、ドラグーンの操作は全てOS任せになる。しかしヤキン・ドゥーエ戦役時、ラウ・ル・クルーゼの手によって初めて実戦投入されて以後、インターフェイスの改良は日々行われている為、今ではかなり複雑な操作であってもOSがオートでやってくれるようになった。

 

 かつて、キラとエストが搭乗していたストライクフリーダムの主力武装であったスーパードラグーン機動兵装ウィングも、そうした恩恵を受けた兵器の一つであると言える。まして、ストライクフリーダムの実戦投入から4年、インターフェイス技術も大幅に向上している。それに伴い、ドラグーンの性能も比較にならない程高くなっていた。

 

 今も、向かって来るエンドレス機に対して、4基のフィフスドラグーンは猟犬の如く駆け抜け、オートで攻撃を行っている。

 

 1基に付き5門の砲を備えたフィフスドラグーン。その火力は、ほぼ初代フリーダムに匹敵していると言っても過言ではない。勿論、1撃の威力はフリーダムの武装よりも劣っているのだが。

 

 しかしそれでも、改良された推進力と小型化されたユニットから来る機動性は、戦力として充分すぎる物がある。

 

 前方に占位してクロスファイアの進撃をはばもうとするエンドレスの部隊に対して、キラはドラグーンの他、クロスファイアが装備するビームライフルやレールガンを駆使して容赦なく砲撃を浴びせて吹き飛ばす

 

 逡巡している暇は無い。今こうしている間にも味方の被害は拡大しているのだ。

 

 クロスファイアの攻撃を浴びて戦闘不能に陥るエンドレス部隊。

 

 その横を、キラは悠然と通り過ぎていく。

 

 まさに覇者の行進とでも言うべきか、その行く手を遮る事ができる者は1人として存在しなかった。

 

 そのクロスファイアが向かう先に、炎上を続けるオラクルの姿がある。

 

 大和の砲撃を真っ向から食らい、そこかしこで炎上している様子が見えるオラクル。

 

 世界最強クラスの艦砲を真っ向から食らっては、流石の巨大要塞艦も気息奄々と言った感じである。こうしている間にも、艦内の火炎は急速に広がって言っている。なまじ巨大な艦体が仇となり、広範囲に渡った損害に対して、ダメージコントロールが追い付いていない様子だ。

 

 しかし、それでも尚、オラクルはゆっくりと動き続けている。一見すると、最早陥落寸前と言った様相ながらも、機関はまだ生きている証拠である。

 

 その様子を見て、キラは舌を巻かざるを得ない。あれだけの損害を被りながら、尚も機能停止に至らないとは。

 

 だからこそ、キラは飛翔する。

 

 オラクルを止めるには並みの攻撃では埒が明かない。何とかして致命傷を与える必要性があった。

 

 味方をも追い抜き、高速で飛翔するクロスファイア。

 

 間もなくオラクルに辿り着こうとしている。

 

「もうすぐだ。攻撃位置に着いたら、フルバーストを仕掛ける。良いね」

「ん」

 

 キラの言葉に、リィスが短い返事を返す。

 

 大丈夫だ。今なら敵も混乱している。一気に懐に飛び込む事も不可能ではないだろう。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 飛翔するクロスファイアの行く手を遮るように、複数の閃光が投網のように投げかけられた。

 

「新手か!?」

 

 とっさに蒼炎翼を羽ばたかせ、クロスファイアを後退させるキラ。

 

 同時に、後席のリィスもデュアルリンクシステムに目を走らせる。

 

「上方、敵機10、急速接近。特殊装備に注意!!」

 

 娘の簡潔なオペレートは、ある意味、妻のそれよりも淡白に聞こえる。

 

 しかし、この忙しい戦場の中にあっては、却ってそれが頼もしくも感じられるのも事実だ。

 

 蒼炎翼を羽ばたかせながら、距離を置こうとするキラ。

 

 そのクロスファイアを仕留めようと追撃してくる機体が、キラの視界の中で瞬いた。

 

 数はリィスの報告通り、10機のグロリアス。それらはクロスファイアを射程内に補足すると、背中に装備したドラグーンを一斉に射出してくる。

 

 その様子に、思わずキラは息を呑む。

 

 全機が、ドラグーン装備のグロリアス。

 

 数は1機につき12基。合計で120基。更に、1基につき5門の方を備えている為、合計で600門の砲撃がクロスファイアに襲いかかってくる。

 

 まさか、ドラグーン装備の部隊が存在するとは思っても見なかったため、虚を突かれた感すらある。

 

 群れを成して襲いかかってくるドラグーン。

 

 対してキラは蒼炎翼を羽ばたかせると、四方八方から吹き抜けるビームを回避しつつ、クロスファイアを安全圏に導こうとして必死に操る。

 

 ドラグーンの最大の利点は、独立機動する砲塔を利用して、目標を包囲できる事にある。もし包囲網が完成されてしまったら、いかにキラであっても脱出は困難となる。

 

 だがドラグーンは、そんなキラの動きを先回りするように、巧みに先回りして逃げ道をふさいでくる。数があまりに多い為、キラの操縦技術やリィスの戦況予測をもってしても、なかなか振り切れないのだ。

 

「これはッ!?」

 

 まるで自分の動きを読まれているかのようなドラグーンの動きに、キラは思わずうめき声を発する。

 

 ドラグーンの包囲網を破ろうとするたびに、ドラグーンは必ず先回りして、クロスファイアの頭を押さえようとしてくる。さりとて、足を止めていれば包囲網が完成してしまう為、動き続けるしかない。

 

 この、ドラグーンを装備したグロリアス部隊は、カーディナルが自らの親衛隊として編成した部隊であり、ドラグーンを利用した連携攻撃を前提に結成された、初の特殊部隊でもある。

 

 OSの進歩によって、一般兵士であってもドラグーンを使用する事が出来るようになっているのは先にも述べたが、カーディナルはそこに目を付けて「少数でありながら、1個艦隊に匹敵する火力を操る特殊部隊」の創設を目指して結成した部隊である。

 

 カーディナルは当初、この部隊の指揮官にレニを据えようと考えていたのだが、彼女にはカタストロフという、単独戦こそ最大限に威力を発揮する機体を与えた為、この部隊はレニとは別の重要戦力に位置付けて戦線投入したのだった。

 

 初めて実戦投入された部隊だったが、彼等はキラを追い詰めるほどの実力を見せつけている。その点から言えば、カーディナルの目論みは成功であったと言えるだろう。

 

 放たれる無数の閃光に対して、流石のキラも攻めあぐねている状況である。リィスの戦況予測を聞きながらクロスファイアを操り、どうにか状況が好転するのを待っている状態である。

 

 その間にも、包囲網を完成させたドラグーンがクロスファイアめがけて一斉攻撃を仕掛けてくる。

 

 迫りくる無数のビームの檻は、その一条一条が計算され尽くされ、逃げ道を完全にふさいだ上で発射され、クロスファイアを絡め取ろうとしてくる。

 

 並みのパイロットであれば、決して脱出は不可能であったであろう、緻密な網目の元に放たれたドラグーンの攻撃。

 

 これで、キラ達の運命は終わりかと思われた。

 

 次の瞬間、

 

 そのビームの群れを、キラは鋭い視線で見据え、

 

 次の瞬間、クロスファイアのOSが切り替えられる。

 

 FモードだったOSは切り替えられ、Dモードへ変更。同時に白かった装甲は黒く染まり、蒼炎翼は紅炎翼に変化する。

 

 残像を引き、飛翔するクロスファイア。

 

 操るキラの視線は全てのビームの軌跡を完璧に捕捉、僅かコンマ一秒単位の誤差を見逃さない。

 

 埒外とも言うべき機動力を発揮するクロスファイア。その機動力は、圧倒的な質量と制圧力で迫ってくるドラグーン、その回避不可能と思われた攻撃を悉く回避して見せた。

 

 驚愕したのは、エンドレスのパイロットたちである。

 

 仕留めたと思った次の瞬間には、クロスファイアが攻撃を全て回避して見せていたのだから、彼等の驚きは無理もない事であろう。

 

 その隙を逃さず、キラは反撃に転じる。

 

 2本のブリューナク対艦刀を抜き放つと、並走連結させツーハンデットモードに変化、20メートル級対艦刀にして思いっきり振り抜く。

 

 常軌を逸したとしか思えないほど巨大な対艦刀の一撃を前にして、複数のドラグーンが一瞬で斬り飛ばされ爆発する。なまじ、包囲網を形成する為に密集隊形をとっていた事が完全に仇になった形だ。

 

 しかし、彼等もカーディナルが自ら選出した精鋭達である。この程度は苦戦というカテゴリにすら値しない。すぐさま体勢を立て直しにかかる。

 

 一部のドラグーンを撃墜されたのは事実だが、ドラグーンの数は尚も多数存在している。包囲網の綻びを取り繕ってあまりある戦力である。

 

 予備戦力として待機していたドラグーンが、包囲網の穴へと飛翔して再びクロスファイアを取り囲もうとする。

 

 だが、

 

「敵、新手、来る!!」

「させるか!!」

 

 縦横に撃ち放たれたビーム。

 

 しかし、それらがクロスファイアの影を捉える事はない。

 

 リィスのオペレートを聞きながら、キラは残像を引きながら超高速で機体を操り着弾コースにあった攻撃を悉く回避、閉じる直前の包囲網から脱出してしまった。

 

 包囲網を抜けると同時に、キラは機体を振り返らせて睥睨する。

 

 焦ったのは、エンドレス兵達である。クロスファイアの超加速力を前に、彼等の対応は全く追い付かなかったのだ。

 

 世界で唯一のSEED専用機。その圧倒的な性能差をまざまざと見せつけた感がある。ましてか、操っているのは人類最高のコーディネイターである。多少、適性が高い程度の並みのパイロットでは、数十人が束になって掛かったとしても相手になる物ではない。

 

 それでもどうにか、攻撃態勢を再構築しようとするエンドレス兵達。

 

 しかし、それを許すキラではない。

 

 SEEDを宿した瞳は、向かってくるドラグーンを見据える。

 

 同時にクロスファイアは再びDモードからFモードにチェンジ、装甲は黒から白に、炎の翼は赤から青に変化した。

 

 フィフスドラグーン機動兵装ウィングを射出、同時にビームライフル、クスフィアス・レールガンを展開、24連装フルバーストによる一斉攻撃を撃ち放った。

 

 強化されたOSの圧倒的なロックオン能力と砲撃力を前に、攻撃位置につこうと躍起になっているドラグーンを補足、撃ち落としていく。

 

 100基以上あったドラグーンの群が、瞬く間に数を減らしていくのが傍目にも分かる。その速度は、ものの10秒前後で3分の1近くまで撃ち減らされてしまった。

 

 数が減った砲撃密度。

 

 その中を、クロスファイアが縦横に駆け巡る。

 

 両手にアクイラ・ビームサーベル抜いて構えるキラ。

 

 生き残っているドラグーンが、クロスファイアを捉えようと正面に展開して砲撃を放ってくる。しかし、万全の状態の時ですらクロスファイアを捉える事ができなかったものを、数が減った現状では何ほどの脅威にもなりはしない。向かってくる攻撃を、キラは難なく回避してグロリアス部隊の中へと飛び込んだ。

 

 この急激な動きに、エンドレス兵は対応できない。

 

 両手の剣を振り翳すクロスファイア。

 

 それでも、エンドレス兵達はどうにか抵抗しようと砲火を振り向けてくるが、それも数秒後には徒労になる。

 

 2本のサーベルが複雑な軌跡を描き、鋭く虚空を斬り裂きながら迫る。

 

 クロスファイアのビームサーベルが煌めく度、グロリアスは頭部や腕を斬り飛ばされて戦闘力を喪失する機体が続出する。

 

 尚、複数の機体は生き残っている武装を振り上げて、クロスファイアに対して反撃を試みてくる。彼等は距離を置いて砲撃しつつ、クロスファイアを牽制しようと試みていた。

 

 しかし、キラはそれを許さない。

 

 4基のフィフスドラグーンを飛ばすと、合計20門の砲を撃ち放ち、生き残っているグロリアスの四肢を次々と吹き飛ばしてしまった。

 

 数分後、周囲にはクロスファイアのみが滞空している状態になっていた。

 

 既に戦闘力を残しているグロリアスはいない。全て、キラにひれ伏すように残骸が周囲に漂っているのみだった。

 

 ドラグーンを引き戻し、ウィングユニットのハードポイントにマウントするキラ。

 

「進路クリア、接近可能」

 

 淡々とした声で、リースが報告してくる。

 

 彼女の言う通りだ。目の前には、炎を噴き上げるオラクルの姿がある。その間には、もはや殆ど抵抗勢力は存在していない状態である。

 

「行くよ、リィス」

「ん」

 

 父の言葉に、娘は短く頷いて答える。

 

 最早、この最強の親子を阻める者は、どこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 

 四肢を吹き飛ばされた機体は、僅かに宙域から離れた場所に浮遊したまま、全ての人から忘れ去られたかのように漂っている。

 

 未だに生きているモニターの彼方では、閃光を迸らせながら交戦を続ける両軍の姿が見て取れる。

 

 ここからでは、共和連合軍とエンドレス、どちらが優勢であるか判然としなかった。

 

 しかし、それも最早どうでもいい事である。

 

 半壊したエクスプロージョンの中で、ダークナイトはぼんやりとしたままコンソールから手を離し、何をするでもなく漂うに任せていた。

 

 いったい、どうすれば良かったのだろう?

 

 そんな事を考える。

 

 脳裏によみがえるのは、ここに至るまでに辿った自らの軌跡である。

 

 スカンジナビアでの戦いで撃墜され、愛する祖国を、守るべき民を、敬愛する主君を奪われたあの時から、ダークナイトの転落人生は始まった。

 

 カーディナルの口車に乗り、かつて自分から全てを奪った組織に身を置き、世界を滅ぼす戦いに加担している。

 

 ダークナイト。

 

 闇の騎士。

 

 かつての理想と誇りを忘れ、堕落した今の自分には、正にお似合いの名称と言える。

 

 いったい、どうすれば良かったのだろう?

 

 先ほどの疑問を、もう一度反芻した。

 

 全てを失い、自ら命を絶つ力すれ奪われていた自分。

 

 薄れ行く自我の中で、徐々に別の色へと塗り替えられていく自分自身を嘆き、叫び続けたのを覚えている。

 

 しかしやがて、その声無き声もまた、風の前の塵の如く消え去って行った。

 

 そして、次に目を覚ました時、自分はフルフェイスの仮面をかぶせられ、悪の騎士ダークナイトが誕生していたのだ。

 

 ダークナイトは、先に刃を交えた青年の事を思い出す。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 かつてはともに刃を合わせ、肩を並べて戦った者同士。そして、自分が思いを寄せていた少女が、世界の誰よりも信頼し、愛していた青年。言わば、ダークナイト自身にとっては愛憎入り混じる感情を抱いた青年だった。

 

 だが彼の言うとおり、かつての自分と彼との間には、確かに信頼があったはずなのだ。

 

 しかしカーディナルが施した洗脳は、そんな信頼すらキラに対する憎悪に塗り替えてしまった。

 

『あなたが守りたかった物は、核に焼かれて破滅する世界か!? それともスカンジナビアの人々の平和か!?』

『いい加減にして目を覚ませッ クライアス・アーヴィング!!』

 

 キラの言葉が、何度も、何度も反響しては耳から離れようとしない。

 

 そう、初めから悩む必要など何も無かったはず。

 

 自分には理想があり、そしてその理想を叶える為に戦ってきたのだから。

 

 そしてそれは、今からでもまだ間に合う筈だった。

 

 計器をチェックする。

 

 クロスファイアの攻撃を受けて、武装の大半は喪失。それどころか四肢も吹き飛ばされた状態。事実上、エクスプロージョンに残された戦闘力はゼロである。

 

 推進器は、出力は低下しているものの辛うじて稼働可能。Nジャマーキャンセラーが生きていたのは殆ど奇跡であるが、エンジンは辛うじてだましだまし動かせる程度である。

 

 戦闘力は皆無。仮に戦場に戻ったとしても、何もする事もできずに撃墜されるのがオチだろう。

 

 だが、そんな事は、もはや関係なかった。

 

 戦おうとする意志。それ自体が、強力な武器になる。それさえあれば、いくらでも立ち上がる事ができるのだ。

 

 眦を上げるダークナイト。

 

 否、

 

 最早、その名は身に相応しくない。

 

「我が名は、クライアス・アーヴィング。スカンジナビア最後の騎士にして、主君に忠誠を誓いし者。我が全ては、スカンジナビアに住まう、全ての者達の為に・・・・・・」

 

 静かに言い放つと、エクスプロージョンの推進剤に灯を燈す。

 

 それは、闇に堕ちた騎士が、光の側に復活を果たした瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トライ・トリッカーズ最後の生き残りであるルーミアは、尚もオレンジ色のゲルググと抗戦を続けながら、徐々に戦場から離脱するコースを辿ろうとしている。

 

 視界の彼方では、共和連合軍の集中攻撃を浴びて炎上しているオラクルの姿がある。

 

 しかしルーミアには、もはやそんな物はどうでも良かった。

 

「シノブもブリジットもやられちゃったし、ぶっちゃけ、もうどうでも良い事だしね」

 

 嘯くルーミア。

 

 エンドレスは、もう終わりである。それは、炎上するオラクルを見れば一目瞭然だった。

 

 ならば逃げるまで。文字通り沈む船に付き合ってやる道理はどこにもなかった。

 

 組織がどうだとか、世界がどうだとか、そんな物に興味は無い。今まで一緒に戦ってきた義理も関係ない。

 

 生き残りたいからこそ逃げる。あとの事は知った事ではなかった。

 

 幸い、ルーミアのイントルーダーは機動性重視の機体。加えて、追撃してきているのは、例のオレンジ色のゲルググのみ。つまり、こいつさえ振り切ってしまえば、戦線離脱する事はさほど難しくないと言う事だ。

 

「絶対、絶対生き残ってやる!!」

 

 言いながら、機体を振り返らせてアグニ改を放つルーミア。

 

 撃ち放たれた太い閃光。

 

 それに対してハイネは、ゲルググを沈み込ませるようにして回避、更に加速しながら手にしたガトリングビームライフルを撃ち放つ。

 

 無数の弾丸がイントルーダーめがけて向かってくるが、ルーミアはそれを難なく回避しながら、シュベルトゲベール改対艦刀を抜き放ち、高速でゲルググへ斬り込んで行く。

 

「こいつで、終わりだァ!!」

 

 機動力を存分に活かした、斬り込み。並みのパイロットなら、気付いた瞬間には真っ二つにされている事だろう。

 

 大剣の刃がゲルググへ迫る。

 

 勝利を確信するルーミア。

 

 しかし次の瞬間、

 

 振るわれた大剣の一撃が、空しく空を切った。

 

「なッ!?」

 

 目を見開くルーミア。

 

 たった今、斬り裂いたと確信した敵機の姿が目の前から消失したのだから無理も無い。

 

 次の瞬間、反応がイントルーダーの上方から接近してくる。

 

 ルーミアが振り仰ぐのと、ゲルググがガトリングビームライフルを放ったのは、ほぼ同時だった。

 

 降り注ぐ光弾はイントルーダーの装甲を貫通、内部機構をハチの巣にして破壊していく。

 

 それに対してルーミアは、成す術がない。

 

 降り注ぐ砲撃によって自機が、そして自分自身が破壊されていくのをただじっと受け入れる事しかできない。

 

 やがて爆発が、機体を内部から崩壊させる。

 

 その炎に巻きこまれ、ルーミアの体も消滅していった。

 

 イントルーダーが噴き出す巨大な炎を見つめると、ゲルググを駆るハイネは砲門を降ろした。

 

「随分と手間取っちまったな。みんな無事だといいんだが」

 

 そう呟くと、ハイネは戦線に復帰するべくゲルググをひた走らせる。

 

 後には、戦いの余韻を感じさせる残骸だけが、墓標のように残されているのみだった。

 

 

 

 

 

「イントルーダー、シグナルロスト!!」

 

 その報告が、絶望的な状況に更なる追い打ちを掛けた事は言うまでもない事である。

 

 エンドレスにとって、戦況は加速度的に悪くなり始めている。

 

 総攻撃を開始した共和連合軍の前に、既に戦力の半数近くを喪失、オラクルも共和連合艦隊から艦砲射撃を浴びて、そこかしこから炎を噴き上げているのが見える。こうなると、自慢の移動要塞も形無しであろう。

 

 こうしている間にもダメージコントロール班が賢明な復旧作業を行っているが、損害は彼等が復旧作業を行うよりも早く損害は積み重ねられていく。

 

 極めつけの痛恨事は、ファントムペインの壊滅である。

 

 たった今入ってきたイントルーダーの撃墜。これにより、出撃したファントムペインの内、主だった者達は全滅した事になる。

 

 司令官席に座したまま、カーディナルは険しい顔を作る。

 

 一般兵士達ならまだしも、トライ・トリッカーズ、ジークラス、メリッサ、更にはダークナイトやウォルフまで敗れたと言うのは、カーディナルにとっても予想外の事態であった。

 

 加えて、先程、親衛隊が壊滅したと言う報告が齎されている。

 

 カーディナルが自ら選出した親衛隊は、新型のドラグーンストライカーを装備したグロリアスで構成されている。1人1人の実力はファントムペインに敵わないものの、ドラグーンを用いた連携攻撃をやらせれば、世界でも最強レベルであると自負している。

 

 ファントムペインと並んで、新たなる戦力として期待していたのだが、その彼等ですら敗れ去ってしまった。

 

「・・・・・・・・・やはり、キラ・ヒビキは一筋縄では倒せない、か」

 

 独り言のような呟きは、背後に立つレニ以外には誰にも聞き咎められる事は無かった。

 

 その時だった。

 

「艦後方より接近する機影ッ イリュージョン級です!!」

 

 モニターを睨んでいたオペレーターの1人が、絶叫に近い報告を上げてくる。

 

 この時、親衛隊を含む防衛網を突破したクロスファイアは、残る抵抗戦力を排除しながら、オラクルに迫りつつあった。

 

 大和のバスターローエングリンを食らい、その他の艦から艦砲射撃を喰らい続け、完全に大破したオラクルだが、それでも尚、歩みを止める気配はない。

 

 ならば、多少強引な手段を用いてでも動きを止めるしかない。そしてそれをやるなら、推進器を直接狙うのが最適だった。

 

 蒼炎翼を羽ばたかせてオラクルに接近するクロスファイア。

 

 その進路を遮ろうと、2機のジェノサイドが立ちはだかってくる。

 

 搭載されている火器が一斉に砲撃され、視界全てを光に満たしていく。

 

 質量すら伴って良そうな圧倒的な砲撃。

 

 しかし、キラは巧みな操縦でもって全ての攻撃を回避すると、一気に斬り込みを掛ける。

 

 フィフスドラグーン、レールガン、ビームライフルを展開するクロスファイア。

 

 強烈な砲撃を噴き上げてくるジェノサイドの攻撃も、クロスファイア相手には何の抵抗にもならない。

 

 解き放たれる24連装フルバースト。

 

 その一斉射撃を前に、立ちはだかったジェノサイドは次々と手足や武装を吹き飛ばされ、戦闘力を失っていく。

 

 更にキラは、蒼炎翼を羽ばたかせて一気に接近を図りながら、両手にグリップしたビームライフルを連結、ロングライフルモードにして構えた。

 

 放たれる閃光。

 

 至近距離に近い位置から放たれた強力な砲撃を前に、既に大半の武装を破壊された上に、懐にまで飛び込まれてしまったジェノサイドは成す術がない。

 

 一撃の元に頭部を破壊され、完全に行動不能に陥ってしまった。

 

 尚も背中のイーブルアイを放って抵抗しようとしてくるが、その程度の攻撃は、もはや何の脅威にもならない。

 

 蒼炎翼を羽ばたかせたクロスファイアは、悠々と砲火をかわして飛び去って行く。

 

 かつてはシンですら苦戦させられたジェノサイドを、キラはあっという間に戦闘不能にして排除してしまったのだ。

 

「キラ、敵部隊全滅を確認した。今ならやれる」

「判った、ありがとうリィス」

 

 報告してきた娘を労うと、キラは総攻撃を掛けるべく全武装を攻撃位置に展開する。

 

 Fモードのクロスファイアは、ビームライフル、クスィフィアス・レールガン、フィフスドラグーン機動兵装ウィングの砲門を向け、圧倒的なロックオン速度でオラクルの全推進器を捕捉する。

 

「行っけェ!!」

 

 必殺の意志を込めて叫ぶキラ。

 

 解き放たれる24連装フルバースト。

 

 その一斉射撃が、生き残っていたオラクルの推進器を片っ端から直撃、破壊していく。

 

 推進器を破壊されても、尚もオラクルは動き続けている。しかし、それは最早惰性で動いているにすぎず、艦としての機動力は皆無である事は明白だった。

 

 不規則な振動が、オラクル全体を包み込む。

 

 もはや、キラを止めるだけの戦力がエンドレスにない事は明白だった。そして何より、組織としてのエンドレスもまた、壊滅の瀬戸際にある。

 

 エンドレスは、この戦いに敗れたのだ。

 

 指揮官用のシートに深く身を沈めるカーディナル。

 

 慎重に計画を練り、人材を集め、長きに渡って息をひそめてきた自分。

 

 しかし、慎重の上にも慎重を重ねた行動が、まさか1日で覆される事になるとは。

 

 最早、オーブ攻撃が不可能なのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 恐るべきはキラ・ヒビキ。そして、彼を擁する共和連合軍と言うべきか。やはり、もっと早い段階で彼を排除していれば、今日の事態は防げたかもしれない。

 

 そんな後悔がふと、カーディナルの脳裏によぎる。

 

 もはや、戦況は覆しようがない。

 

 しかし、それでも尚、自分達は戦い続けなくてはならない。自分達が、エンドレスと言う存在が、この世で成すべき役割を全うする為に。

 

「閣下?」

 

 立ち上がったカーディナルに、イスカが訝るような視線を向けてくる。

 

「最終作戦を実行するんだ。その後、全員が艦を離脱。ポイント・オメガにて落ち合うように」

 

 そう告げると、カーディナルはレニを伴って指令室を出て行った。

 

 その足で格納庫に向かったカーディナルは、専用のパイロットスーツに着替え、自らの為に用意した機体の前に立った。

 

 禍々しい外見の機体である。

 

 シルエットその物はクロスファイア等の、機体に類似している感じがするが、四肢若干太く、全高も頭一つ分くらい高い。

 

 頭部はザフト系の機体を連想させる単眼が光り、背部には不釣り合いなくらい大きなスラスターが4基、10本の細いカバーに覆われる形で設置されている。ちょうど、人間が巨大な花弁を持つ花を4つ、背に負っているような外見だ。

 

 コックピットに滑り込むと、システムを次々と立ち上げていく。

 

 この機体に乗るのは初めての事だが、それに関しては問題が無い。何しろ、設計から建造まで、全てカーディナル自身が行った、世界で唯一の彼専用の機体なのだから。

 

 発進位置に着くと、ハッチが開いてカタパルトに灯が入った。

 

「カーディナルだ。エンドレス、出るぞ」

 

 コールすると同時に、カタパルトが機体を虚空に打ち出す。

 

 同時に、機体の装甲がどこか凶兆を思わせる程、不吉な深紅に染め上げた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「意志の刃、輝く刻」      終わり

 


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