機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

45 / 53
PHASE-17「不退転の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相性の問題だな。

 

 クレナイを操って必死に防戦と回避を繰り広げながら、アスランは心の中でそう呟いた。

 

 視界を埋め尽くすように、同一のシルエットを持つ機体が迫ってくるのが見える。

 

 先程からアスランは、なかなか戦闘の主導権を握れずに翻弄されている。

 

 仕掛けられたハウリングの残像戦術を前に、流石のアスランも攻めあぐねている状況である。

 

 勿論、その9割がダミーである事はアスランにも判っている。しかし、どれが本物であるか判らないところが、この攻撃の怖さがあった。

 

 ミラージュコロイドの残像機能をいかんなく発揮したハウリング。その中で作り出せる残像は数十にも及ぶ。いかにアスランと言えど、その中から一瞬で本物を見抜く事は不可能である。そして一瞬で見抜く事ができなければ、次の瞬間には容赦無い反撃を喰らってしまう事になる。

 

 状況的には八方塞がりに近い

 

 視界を埋め尽くす勢いで縦横に向かってくるハウリングを相手にするには、クレナイのような接近戦用の機体ではなく、シロガネのように砲撃戦用の機体であった方が良いだろう。あるいはそれを狙ってジークラスとメリッサが連携を行っているとしたら、アスランもラキヤも、見事に、その策に嵌ってしまった事になる。

 

 しかし、相性が悪いからと言って、撤退して仕切り直し、とはいかないのが少々辛いところである。

 

 アスランは虚実織り交ぜたハウリングの砲撃を回避しながら、チラッと大和の方に目をやる。

 

 ユウキに指揮された大和は、敵の集中砲火を食らいながらも前進を続け、間も無くバスターローエングリンの有効射程距離内にオラクルを捕捉できる場所まで来ている。そうなるまでに、何としても大和を守り通す必要があった。

 

「でぇぇぇい!!」

 

 オオデンタ対艦刀を振り回すアスラン。

 

 日本刀に似た外見を持つ優美な対艦刀は、その刃で接近してきたハウリングを斬り捨てる。

 

 しかし、またしてもハズレ。刃を受けた瞬間、ハウリングの姿はアスランの視界から掻き消える。

 

「ハズレよ!!」

 

 嘲笑うように言いながらメリッサは、対艦刀を振り切った状態のクレナイに向けて砲撃を浴びせる。アスランの攻撃は、またしてもハウリングの虚像を斬り裂くにとどまったのだ。

 

 メリッサからの反撃は、すぐに成される。

 

 飛来する虚実の砲撃。

 

 それに対してアスランは、およそ回避不能とさえ思える無数の光線を、巧みな機動を駆使して回避、クレナイを安全圏まで退避させた。

 

「やはり、手の届く範囲にいるはずもない、か」

 

 縦横に向かってくる砲撃を回避しながら、アスランは苦りきった声で呟く。

 

 メリッサは自分の長所と、そしてクレナイの弱点を読み切っているようだ。

 

 クレナイは武装の大半が接近戦対応である。その為メリッサとしては、距離を置いておけば、取りあえずダメージを受ける事は無い。加えて無数の残像をばらまいているので、捕捉はほぼ不可能に近い状態である。

 

 事実上、アスランは手も足も出ない状態である。

 

 もっとも現状において戦いを優位に進めているメリッサだが、彼女としても、アスランがここまで粘って来るとは思っても見なかったのだが。

 

 彼女の予定としては、もっと早い段階でクレナイを撃墜し、以後はジークラスの援護に行こうと思っていたのだが、それもアスランが予想外の抵抗を見せている為、未だに果たせないでいた。

 

「しかし、それができるのも、あと僅か・・・・・・」

 

 ハウリングのコックピットで、メリッサは低い呟きを漏らす。

 

 彼女の目から見ても、クレナイの動きが徐々に精彩を欠き始めているのが分かる。今も、実体の攻撃がもう少しで命中しそうになっていた。

 

 敵は確実に疲労を蓄積し始めている。それ故に、回避が追いつかなくなり始めているのだ。

 

 今なら確実に、赤い奴にトドメを刺せるはず。四方八方から虚実を織り交ぜた一斉攻撃で仕留める。それで終わりだ。

 

 残像の陰で、そのように呟きながら、クレナイの隙を伺うメリッサ。

 

 ちょうどその頃、ラキヤのシロガネはジークラスのグラヴィティと対峙し、激しい応酬を繰り広げていた。

 

 当初は距離を置いての砲撃戦を行っていた両者だが、シロガネの装甲がビーム攻撃を無効化している事を看破したジークラスが、以後はインレンジでの斬り合いに終始している。

 

 こうなると、ラキヤにとっては聊かやりにくいな状況となる。

 

 別段、ラキヤは接近戦が苦手と言う訳ではないのだが、それ以前にシロガネは砲撃戦優位な機体である。接近戦主体の戦術で来られたら、少々窮屈な戦いを強いられる事になるのだ。

 

 今も、勢いよく振り抜かれたビームクローの一撃を、ラキヤは辛うじて機体を後退させる事で回避している所である。

 

 シロガネは両手にビームサーベルを装備しても剣は2本。対してグラヴィティは4本のビームクローを展開できる。その条件の違いから生じる手数の差は大きかった。

 

「とは言え、泣き事は言っていられる状況じゃないよね!!」

 

 言いながらラキヤは、旋回しつつ向かってくるグラヴィティを見据え、シロガネの右手に装備したビームサーベルを掲げて突撃していく。

 

 白銀の光を発しながら迫るシロガネ。

 

 対してジークラスも、4本のクローを翳して正面から迎え撃つ。

 

 先に仕掛けたのはグラヴィティ。

 

 その4本の爪が、四方からシロガネに斬り掛かってくる。

 

 対してラキヤは、シロガネを一旦降下させてグラヴィティの攻撃を回避、同時に切り上げるようにビームサーベルを繰り出す。

 

 そのサーベルの一閃は、しかし一瞬早くジークラスがグラヴィティを上昇させたため、空しく中を薙ぐに留まった。

 

「そんなもんに、当たるかよ!!」

 

 ジークラスは体勢を立て直そうとするシロガネに追いすがると、再び両足のビームクローを一閃して斬り掛かる。あくまでも接近戦を貫く戦術のようだ。

 

 鋭い光刃に拠る斬撃。

 

 対してラキヤは、左腕のビームシールドでグラヴィティの攻撃を受け流す。

 

 と、思った瞬間、ジークラスは機体を横滑りさせながら、シロガネの左側へ回り込んで行く。シロガネは今、右手にサーベルを持ち、左手にはビームシールドを構えている関係で、自身の左側、つまり、シールドの更に外側まで回り込まれると、完全に機体の死角に入ってしまうのだ。

 

「そらッ こいつを食らいやがれ!!」

 

 旋回の勢いそのままにビームクローを振るうジークラス。

 

 その一撃が、シロガネの肩装甲を斬り裂いていく。どうやら回避しきれなかったらしい。

 

 ラキヤは舌打ちする。

 

 見るとヤタノカガミ装甲は一部が斬り裂かれ、内部機構がむき出しになってしまっていた。

 

「これは、少しまずいかな・・・・・・」

 

 このまま接近戦をしていたのではジリジリと押し切られてしまう。そう判断したラキヤは、どうにか距離を置こうと、後退を掛ける。

 

 だが、

 

「そう簡単に逃がすか!!」

 

 ラキヤの意図を見抜いたジークラスは、後退するシロガネにピッタリと張り付いた状態で斬り掛かってくる。

 

 4本のクローを巧みに操りながら攻め込んでくるグラヴィティに対し、砲撃武装の射角が取れないシロガネは、殆ど防戦一方に近い状態である。

 

「そら、これで、どうだ!!」

 

 言い放つと同時に、シロガネの正面に躍り出るジークラス。そのまま4本のクローを繰り出して斬り掛かろうとする。

 

 次の瞬間、ラキヤの目にSEEDの光が宿った。

 

 ジークラスが見せた一瞬の隙。それを逃すまいと、胸部のヤタガラス複列位相砲を起動、不用意に正面に出たグラヴィティに向けて撃ち放つ。

 

「ぬおッ!?」

 

 突如、反撃に出たシロガネ。

 

 それを全く予期できなかったジークラスは、思わず声を上げて回避行動に移る。

 

 必殺の意志を込めて、シロガネの胸部から放たれた砲撃。

 

 しかし、それは一瞬早くジークラスが期待を翻した為、僅かな差で命中せずに、虚空を薙ぎ払うにとどまった。

 

 そのまま、距離を置いた状態で対峙する、シロガネとグラヴィティ。

 

「危ねえ危ねえ。つい、油断しちまったぜ・・・・・・」

 

 僅かに額に冷や汗を流しながら、ジークラスはため息と共に呟きを漏らした。

 

 自分自身が油断していたとは言え、シロガネの攻撃はジークラスが見せた隙を的確に突いてきたのだ。反応があと、コンマ何秒か遅かったらグラヴィティは直撃を受けて撃墜されていたかもしれない。

 

 しかし、

 

「ネタは割れた。もう同じ手は通用しないぜ」

 

 そう言って、ニヤリと笑うジークラス

 

 一方のラキヤは、舌打ちを漏らしながら再度ビームサーベルを構え直す。

 

 起死回生を狙い、グラヴィティを正面ギリギリまで引き付けて奇襲を仕掛けたのだが、こちらの動きは直前で察知され、回避されてしまった。

 

 これで、もう間違ってもグラヴィティはシロガネの正面に立とうとはしないだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・さて、どうしようかな」

 

 今のでダメとなると、いよいよラキヤは手詰まりになりつつある。

 

 焦りを苦笑に乗せて呟いた時だった。

 

 突然、シロガネのコックピットの脇にある通信機が着信を告げ、サブモニターが点灯した。

 

《ラキヤ、聞こえるか?》

「アスラン?」

 

 突然、通信を入れてきたアスランに、訝るような視線を向けるラキヤ。

 

 その時、体勢を立て直したグラヴィティが、シロガネに向かって斬り掛かってくるのが見えた。

 

「そら、今度こそ終わりだ!!」

 

 言い放つと同時に、4本のクローを展開するジークラス。

 

 そのまま白銀の機体に斬り掛かろうとした。

 

 次の瞬間、

 

 突如、ジークラスの視界が、赤い色で埋め尽くされた。

 

 否、赤い色をした機体が突如現れ、グラヴィティの進路を塞いだのだ。

 

「な、しまッ!?」

 

 状況を理解しようとしたジークラスが、とっさに回避しようとするが、既に遅い。

 

 アスランは振りかぶったオオデンタ対艦刀を、真っ向からグラヴィティに振り下ろす。

 

 その一撃は、肩から真っ直ぐにグラヴィティを両断し、そのまま袈裟懸けに斬り捨ててしまった。

 

 爆発、破砕するグラヴィティ。

 

 その中にいたジークラスが、機体と運命を共にしたのは語るまでもない事である。

 

「ジーク!!」

 

 長年の相棒の最後に、思わず声を上げるメリッサ。

 

 しかし、その一瞬の隙をラキヤは見逃さなかった。

 

 無数に見えるハウリングの残像の中から、1つだけ、不自然な動きをしている機体がある事を見抜く。ジークラスが敗れた為、メリッサは動揺して機体の操作を誤ってしまったのだ。

 

 鋭い眼光で、ハウリングの本体を見据えるラキヤ。

 

 同時に、ビームライフル、レールガン、ビームキャノン、ヤタガラス複列位相砲を起動、7連装フルバーストを構えて撃ち放った。

 

 奔流の如き閃光。

 

 それに対して、メリッサは何もできず、ただ立ち尽くしているのみである。

 

 直撃するシロガネの砲撃。

 

 それは、もはや回避運動すら忘れてしまったハウリングの上半身を襲い、中のコックピットにいたメリッサごと吹き飛ばしてしまった。

 

 視界を埋める閃光の中で、自身の体が消えていくのを感じるメリッサ。

 

 次の瞬間、残ったハウリングの残骸も炎を上げて爆発した。

 

 同時に、視界を埋め尽くしていた残像の群れも、一斉に姿を消していく。残像を作り出していた基が消滅した為、残像自体も構造を保てなくなったのだ。

 

 後に残されたのは、白銀と深紅の機体のみ。

 

 あの入れ替わり攻撃を行った一瞬、互いに相性の悪さから苦戦を強いられている事を悟ったアスランは、ラキヤに通信機越しに立ち位置を変える提案をしたのだ。

 

 つまり、接近戦型のグラヴィティはアスランが倒し、砲撃戦を仕掛けてくるハウリングはラキヤが相手をする、と言う風に。

 

 入れ替えは一瞬で行わなくてはならず、さらに敵に体勢を立て直す暇を与える事はできない事から、一撃で仕留める必要があった関係からも難易度が高かった。

 

 しかし、作戦はどうにか功を奏し、強敵2人を葬る事ができたのだった。

 

 しかし、息を吐いている暇はない。こうしている間にも、味方は苦戦を続けているのだから。

 

《よし、大和の援護に行くぞ!!》

「了解!!」

 

 頷き合い、機体を反転させるアスランとラキヤ。

 

 その行く手では、ある意味、この戦いの切り札とでも言うべき艦が、宇宙空間を泳ぐ巨大なエイを目指して航行を続けていた。

 

 

 

 

 

 ジークラスとメリッサ。

 

 幹部2人が相次いで撃墜された事で、エンドレス側は目に見えて浮き足立ち始めている。

 

 高度な連携は綻びを見せ、それまで見事に統制された攻防戦を繰り広げていた部隊は乱れ、個々の動きで応戦する事を余儀なくされている。

 

 薄くなった砲火。

 

 そこへ、好機とばかりに総攻撃を加えるフリューゲル・ヴィント。

 

 こうなると、少数精鋭の特殊部隊は有利である。縦横に駆け回りながら、身動きする事すらままならないエンドレスの部隊を次々と血祭りに上げて行く。

 

 フリーハンドを取り戻した共和連合軍。

 

 その様子は、大和艦橋のユウキの目からも確認する事が出来た。

 

 隊長機が撃墜された事で、エンドレスのモビルスーツ隊は混乱し、大和への攻撃も薄くなっている。加えて、オラクルの防衛戦力にも事欠いているありさまだ。

 

 ユウキは決断を下す。

 

 勝負をかけるなら、今だった。

 

「面舵20、艦首回頭!!」

 

 立ち上がり、鋭く命令を下す。

 

「本艦はこれより敵要塞艦に対し、艦首バスターローエングリンを用いた艦砲射撃を実行する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラグーンを一斉射出。同時に、自身も手に持ったライフルで攻撃を加える。

 

 レイは白いギャンを駆って前に出ながら、必死に回避運動を取っているインヴィジブルを徐々に追い詰めていく。

 

 トライ・トリッカーズの3人が操るイントルーダー、インヴィジブル、イラストリアスの3機と、レイとルナマリアが駆るギャン。これらはある意味、似通った設計思想の元に生み出された機体であると言える。

 

 かつてヤキン・ドゥーエ戦役中期においてエスト・リーランドの愛機として活躍したストライクの設計思想を受け継ぐイントルーダー、インヴィジブル、イラストリアス。

 

 そしてユニウス戦役時にアリス・リアノンが乗り、戦争序盤から中盤に掛けて目覚ましい活躍を示したインパルスの後継であるギャン。

 

 互いに武装換装システムを持ち、パイロットの特性や戦況に合わせて最適な武装を選べる点は、まさに共通であると言える。

 

 もっとも、トライ・トリッカーズの3人はオーブ沖で、キラとリィスが駆るクロスファイアに敗れて以降、専用強化武装であるトライアングルストライカーを固定装備している状態である為、武装換装システムには、さほどの意味は無くなっているが。これはその名の通り、3つのストライカーパックの主武装を一つに纏めて強化した代物であるが、同時に機体のバランスが崩れないように、戦線投入前に入念な調整が行われていた。

 

 レイがドラグーンを射出するのと同時に、インヴィジブルを駆るブリジットも反撃に転じる。

 

 自身に向かってくるドラグーンを見据えると、背中に装備したアグニ改を跳ね上げて構える。

 

「舐めないでよね!! その程度で!!」

 

 挑発的に言いながら引き金を引くブリジット。

 

 インヴィジブルが放ったアグニ改の閃光が、ギャンに向かって伸びてくる。

 

 その軌跡を正確に見据え、レイは機体を翻した回避、同時にドラグーンを操り、インヴィジブルを包囲するように展開する。

 

 インヴィジブルを包囲した状態から、一斉に打ち放たれるドラグーンの閃光。

 

 形成される光の檻は、しかし、発射より一瞬早く、ブリジットがスラスター全開で回避した為、空振りに終わった。

 

 難を逃れたブリジットは、次の攻撃の為にドラグーンを追撃させようとしている例のギャンに対して、アグニの出力を落として速射を仕掛けてくる。

 

 手数の差で負けている為、それを補うための攻撃のようだ。

 

 対してレイも、ギャンの周囲にドラグーンを展開、対抗するように一斉攻撃を仕掛ける。

 

 一瞬、激しい砲火の応酬を繰り返すレイとブリジット。

 

 その攻撃は、互いにわずかながら相手にダメージを与える。

 

 ドラグーンの攻撃は、インヴィジブルの肩を掠め、アグニ改の砲撃がドラグーン2基を叩き落とした。

 

 僅かにできた、ドラグーン包囲網の隙。

 

 それを、ブリジットは見逃さない。

 

「今だ!!」

 

 スラスターを全開にして、一気に駆け抜ける。

 

 慌てたように、ドラグーンが追撃を仕掛けて来るが、既に遅い。

 

 足先をドラグーンの砲撃が掠めて行くが、その攻撃は、高速で駆け抜けたインヴィジブルを直撃する事は無かった。

 

「このまま、体勢を立て直して反撃に!!」

 

 そう、ブリジットが呟いた瞬間だった。

 

 目の前に飛び出す、純白のギャン。

 

 その手にもったビームカービンは、まっすぐにインヴィジブルに向けられている。

 

「んなッ!?」

 

 顔を引きつらせるブリジット。まさか、回避行動をした先にギャンが現れるとは、夢にも思っていなかった。彼女はあまりにも、ドラグーンの動きに気を取られ過ぎていたのだ。

 

 ドラグーンを使った戦術に精通したレイならでは、とでも言うべきか、レイはインヴィジブルの機動パターンを読み取り、ドラグーンで牽制の砲撃を放ちながら、自分が待ち伏せている地点までブリジットを誘導したのだ。

 

 いわばブリジットは、ドラグーンの閃光が織りなす迷路の中を彷徨った挙句、ようやく見つけた出口の先で待ち伏せを食らったような物である。

 

「しまった!?」

 

 とっさに、アグニ改を振り上げようとするブリジット。

 

 しかし、その行動は最早遅かった。

 

「終わりだ」

 

 静かにトリガーを引くレイ。

 

 カービンライフルから放たれた閃光は、過たずインヴィジブルのコックピットを直撃して、その内部を焼き尽くしてしまった。

 

 

 

 

 

 レイがブリジットを仕留めた頃、ルナマリアはシノブのイラストリアスと激しい攻防戦を繰り広げていた。

 

 シュベルトゲベール改を振り翳して斬り込んで行くイラストリアスに対して、ルナマリアのギャンは後退しながらケルベロスやビームライフルで応戦している。

 

 接近戦が得意なシノブと砲撃戦装備のルナマリアの戦いは、壮絶な間合いの削り合いと言った様相を示している。激しい砲撃によって接近を阻もうとするルナマリアと、ギャンの攻撃を回避、あるいはシールドで防御しながら距離を詰めようとしているシノブ、といった構図である。

 

「そこだァ!!」

 

 接近と同時に、両手で把持したシュベルトゲベール改を振り下ろすシノブ。

 

 赤いギャンに向かって迫ってくる、大剣の刃。

 

 対して回避しながら後退、照準と同時に、2門のケルべロスによる砲撃を行うルナマリア。

 

 ギャンから放たれた閃光は、シュベルトゲベール改を振り切った状態で立ち尽くしているイラストリアスへ真っ直ぐに伸びていく。

 

 その閃光が着弾する寸前、シノブは一瞬早く機体を下降させ、ルナマリアの攻撃を回避した。

 

「その程度の攻撃、喰らうと思うか!!」

 

 シノブは叫ぶと同時にスラスターを全開まで吹かし、距離を詰めながらシュベルトゲベール改を大きく振り回す。

 

 旋回して迫ってくる刃。

 

 それに対して、

 

「そんな大振りな攻撃、当たる筈ないでしょ!!」

 

 ルナマリアはギャンを下方へ潜り込ませるようにしてシノブの攻撃を回避。同時に振り上げたライフルを3発撃ち放つ。

 

 とっさに後退する事で回避するシノブ。

 

 そこへルナマリアは、追撃を掛けるように、ケルベロスを跳ね上げてイラストリアスに砲撃を行う。

 

 放たれる閃光を、シノブは機体をひねり込ませながら回避。そのまま大剣を構え直すと、ギャンに向かって斬り掛かっていく。

 

「その機体は砲撃戦仕様。ならば、近付いてしまえば!!」

 

 振るわれる大剣の一撃。

 

 それじは、ギャンが持つケルベロスの砲身を1基、半ばから斬り飛ばしてしまった。

 

「このッ!?」

 

 とっさに、残った砲身をパージして身軽になるルナマリア。

 

 主武装を失ったギャン。

 

 それを好機と見たシノブは、一気に勝負を掛けるべく斬り込んでくる。

 

「貰ったぞ!!」

 

 振りかぶる大剣。

 

 その長大な刃が、立ち尽くすギャンに振り下ろされる。

 

 次の瞬間、駆け上がるように閃光が走る。

 

 イラストリアスの持つ、シュベルトゲベール改は刀身の半ばから斬り飛ばされ、宙を舞った。

 

「なッ!?」

 

 一瞬の出来事に、思わず声を上げる事も出来ないでいるシノブ。

 

 その隙を逃さず、ルナマリアは動いた。

 

 シュベルトゲベール改を斬り飛ばした、ギャンのビームサーベル。その返す刀でルナマリアは、イラストリアスの機体を袈裟懸けに斬りつける。

 

 ビームの刃はイラストリアスの肩口から入り、一気にコックピットまで斬り裂いてしまう。

 

「馬鹿・・・・・・な・・・・・・」

 

 信じられない、と言った面持ちのシノブ。まさか、砲撃戦用の機体が真っ向から接近戦を挑んでくるとは思いもよらなかったのだ。

 

 その為に突かれた一瞬の隙。それが彼女の敗因となった。

 

 湧き上がった炎は、そのままシノブを呑み込んで行く。

 

 その様子を見ながら、強敵を下したルナマリアは大きく息を吐いた。

 

「悪いわね。あたしって元々、接近戦の方が得意なのよね」

 

 ルナマリアはそう嘯くようにして笑みを浮かべると、次の目標に向かって駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペネトレイトライフルを構えるヴァニシング。

 

 そのコックピット内で、ウォルフは珍しく口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

 視線の先では、ステルス粒子をたっぷりと浴びて行動を停止したエルウィングの姿が見える。

 

 オーブの守護者シン・アスカ。

 

 奴にはこれまで何度も煮え湯を呑まされ、敗北を喫してきた。それだけに、今回は万全の対策で臨んだのだ。

 

 今頃、エルウィングのコックピットは全てのセンサーにノイズが入って使い物にならなくなっている事だろう。

 

 いかにシン・アスカがオーブ最強を謳われるパイロットでも、目を潰されては如何ともしがたいはず。

 

 ヴァニシングが放ったミサイルには全て、ぎっしりとステルス素材が詰め込まれていたのだ。それをまともに喰らって、なおも動ける機体など、ある筈も無かった。

 

「貴様とも長い付き合いだったが、それも、これで終わりだ。オーブの守護者!!」

 

 珍しく高揚した声で言いながら、ペネトレイトライフルのトリガーを引き絞るウォルフ。

 

 放たれる閃光。

 

 真っ直ぐに伸びる軌跡。

 

 致死の閃光は、間も無く立ち尽くすエルウィングを刺し貫く事になるだろう。

 

 確定された未来とでも言うべき、その瞬間を夢想して、ウォルフは笑みを浮かべた。

 

 次の瞬間、

 

 瞳の光を取り戻したエルウィングが、蒼炎翼を羽ばたかせてヴァニシングの攻撃を紙一重で回避して見せた。

 

「なッ 馬鹿な!?」

 

 あまりの事態に、驚愕の表情を満面に張り付けて唸るウォルフ。

 

 さすがの彼も、あの状況からエルウィングが復活を果たすとは思っても見なかったのだ。

 

 いったい何があったのか? エルウィングは目つぶしを喰らって動きを止めていたのではなかったのか?

 

 だが、動揺を来しているウォルフを尻目に、高機動を発揮して攻撃を回避したエルウィングは反撃を開始する。

 

 シンは背中から狙撃砲を跳ね上げて構えると、ヴァニシングに向けて撃ち放つ。

 

 ようやく、自分の作戦が失敗した事を悟ったウォルフは、エルウィングからの攻撃を紙一重で回避しながら、体勢の立て直しを図る。

 

「仕方ない。ならば、正面から打ち倒すまでよ!!」

 

 言い放つと同時に、ペネトレイトライフルを格納してビームサーベルを構え直す。元より勝利を確実な物とするために小細工を仕掛けたが、正面からの血戦もまた、ウォルフの望むところである。それが、宿敵とも言うべき《オーブの守護者》シン・アスカが相手と来れば、尻込みする理由はどこにもなかった。

 

 そこへ、エルウィングがドウジギリ対艦刀を構えて斬り込んでくる。

 

 そのコックピット内で、シンは瞳にSEEDの光を宿らせて、自身に向かってくるヴァニシングを見詰めている。

 

 モニターに浮かんでいる「ExSeed System Activation」の文字。

 

 恋人であるリリアが、予め用意しておいてくれていたエクシードシステムを、シンは土壇場で起動させる事で、ステルスによるシステムダウンと言う事態を切り抜けたのだ。

 

 エルウィングに搭載しているエクシードシステムは、クロスファイアに積んでいる物のコピーであり、オリジナルに比べると、それほど劇的な変化がある訳ではない。せいぜい、OSの処理速度が速くなり、それに伴い機体の動きが速くなる程度である。

 

 しかし、シンにとってはそれで充分だった。

 

「今度こそ、終わらせてやるよッ 俺達の戦いも!!」

 

 ヴァニシングが振り下ろしてくるビームサーベルを直前で上昇しながら回避、同時に後退するような動きをしながら狙撃砲を撃ち放つシン。

 

 SEEDを宿し、あらゆる感覚が増幅された上、更に機体性能も向上したシンは、これまで感じた事も無いような圧倒的な解放感を、自身と、自身の機体に感じていた。

 

 これまでよりも速い反応。

 

 これまでよりも鋭い機動。

 

 これまでよりも正確な照準。

 

 そのどれもが、シンを魅了するかのようだ。

 

 クロスファイアに搭載されているオリジナルには一歩譲るものの、エクシードシステムはシンを満足させるに足る戦闘能力を彼に与えていた。

 

「聞けッ お前等があくまで戦いを望むって言うなら!!」

 

 向かってくる攻撃。

 

「そんな事は、俺が絶対に許さない。俺の全てを賭けてでも止めて見せる!!」

 

 それに対してウォルフはビームシールドを掲げる事で防御する。

 

 反撃にと放ったペネトレイトライフルの砲撃は、しかしエルウィングが残像を残して回避した為、空しく虚空を駆け抜けるにとどまる。

 

《面白い。やってみるが良いッ だが、いかに我々を倒したとしても、戦いの火種は決して消える事は無いッ それは幾多の歴史が証明している事だ!!》

 

 回避行動を取るエルウィングに対して、ウォルフは、構わずにライフルを放ち続ける。わざと散らすように砲撃を放って、エルウィングの回避可能範囲を狭めるのが狙いだ。

 

 機動力ではヴァニシングはエルウィングには敵わない。ならば、その圧倒的な回避能力を限局してしまえば良い、と言う訳である。

 

《戦争を望む者がいる限り戦争は終わらないッ 何をどうしようとな!! 貴様等がやっている事は所詮、無意味な自己満足の徒労にすぎん!!》

「やりもしない内から諦めている奴が偉そうにほざくな!!」

 

 狙い通り、エルウィングはヴァニシングが放った砲撃の為に動きを鈍らせる。

 

 トドメの一撃を。

 

 そう思った瞬間、

 

 突如、シンは跳ね上げるように機体を急上昇させ、ウォルフが作り出した檻の中から抜け出す。

 

「逃がすか!!」

 

 とっさに、砲撃の包囲を修正しようとするウォルフ。

 

 しかし、今度はシンの方が速い。

 

 エクシードシステムによって性能を底上げされたエルウィングは、持ち前の圧倒的な機動力を如何無く発揮してヴァニシングの懐に飛び込むと、ドウジギリ対艦刀の切っ先を真っ向から振り下ろす。

 

「ただ信じれば良いッ 信じて前に進み続ければいい!! そうすれば、たとえ途中で力尽きても、必ず後に続いてくれる奴が現れる。それができれば、俺達の戦いにも必ず大きな意味がある!!」

 

 誰もが平和を望んでいるわけではない。中には戦争を望む者も少なくは無い。そうした人間がいる限り、決して戦争は終わらない。悲し事だが、それも真理の一面を突いているのは事実である。そうでなければ、戦争がこうも続くはずはないのだから。

 

 だが、どんなに長い道のりであっても、はじめの一歩目を踏み出さない限り、ゴールに辿り着く事はできない。

 

 そして、シン・アスカと言う青年は、自らが望むゴールを踏むまで、決してあきらめるような男ではなかった。

 

 なぜなら、彼もまたヒーローの1人だから。

 

 ヒーローとは、たとえ困難に突き当たって倒れても、全てを背負ってまた立ち上がる事ができる者を差す。

 

 故に、シン・アスカは間違いなく、ヒーローの1人であった。

 

 大剣を振り翳して迫るエルウィングに対し、目を見開くウォルフ。

 

 しかし、彼には最早何もできない。

 

 ウォルフの目の前をエルウィングが駆け抜けた瞬間、

 

 ヴァニシングの機体は頭頂から足先まで綺麗に真っ二つに斬り裂かれて爆散した。

 

 

 

 

 

 艦橋内になり続けるブザーは、徐々に大きくなりつつある。

 

 ユウキは艦長席から身を乗り出し、状況を見守っている。

 

 大和は今、艦首をオラクルに向けて、砲撃態勢に入っている。

 

 その艦首のハッチが開かれ、内部から巨大な大砲が姿を現していた。

 

 艦首固定砲バスターローエングリン。

 

 艦載砲としては最強クラスの威力を誇り、並みの戦艦程度なら1発で轟沈させる事が出来る威力を誇っている。

 

 まさしく、大和にとっては最強最後の切り札である。

 

「艦首、バスターローエングリン起動!!」

「エネルギー回路、1番から99番まで接続良し!!」

「目標、エンドレス要塞艦オラクル!!」

「推進ユニットに照準合わせ!!」

「照準完了、誤差、マイナス0・5!!」

 

 大和の艦首にエネルギーが充填され、光り輝くのが見える。

 

 全ての物を粉砕する、光の顎が姿を現す。

 

 専用のゴーグルを装着するユウキ。必ずこのゴーグルを装着しないと、視覚に異常を起こす事になりかねない。

 

「エネルギー充填率、120パーセント!!」

「トリガー、回せ!!」

 

 ユウキの命令に従い艦長席のコンソールが開くと、中から銃のトリガーのようなものが姿を現した。

 

 グリップを握り込むユウキ。同時に正面の照準用のゲージが姿を現す。

 

「バスターローエングリン、砲撃準備完了!!」

 

 オペレーターの報告を聞き、目を見開くユウキ。

 

 その双眸には、自身が討ち果たす目標がしっかりと見据えられる。

 

「バスターローエングリン、発射ァ!!」

 

 絞り込まれるトリガー。

 

 次の瞬間、閃光が奔流の如く迸った。

 

 

 

 

 

PHASE-17「不退転の翼」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。