機動戦士ガンダムSEED 焔を刻む銀のロザリオ   作:ファルクラム

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PHASE-16「狂気の奔出」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハチの巣を突いたような騒ぎとは、正にこういう状況を言うのだろう。

 

 そうとしか言いようがない状況が、オラクルの司令本部で起こっていた。

 

 行き交う怒号と、急を告げる報告が交錯する。

 

 時折、足元が揺れるのは地震ではない。今こうしている内にも共和連合軍の攻撃は熾烈さを増して襲い掛かってきている。その対応に、誰もが追いついていない有様なのだ。

 

 クロスファイアの先制攻撃と、それに続く共和連合軍の攻撃により、オラクルはその巨体の各所を損傷し、内部区画も破壊が続いている。モビルスーツの火力のみならず、艦隊からも艦砲射撃を浴びせられるに至り、徐々にではあるが、巨大な船体が削り取られて行っているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 しかし、そこは流石の巨体と言うべだろう。通常の艦船ならとっくの昔に撃沈されていてもおかしくない程の損傷を負いながらも、オラクル全体から見れば、未だに小破以下の損傷しか蒙っていない。

 

 共和連合軍の熾烈な砲撃も、オラクルの巨体に対して有効な打撃を与えられないでいるのだ。

 

 艦隊の中には逆に、オラクルからの反撃を喰らって撃沈する艦も少なくは無い。故に双方にとって、未だに「自軍優位」とは言えない状況だった。

 

「第105区画に砲撃着弾。隔壁、閉鎖します!!」

「右舷G砲塔群全滅!!」

「右舷カタパルトより、第7機甲大隊出撃します!!」

「共和連合艦隊接近。現在、味方艦隊と交戦中!!」

 

 オペレーター達からの報告を、カーディナルは司令席に座したまま、無言の内に聞き入っている。

 

 奇襲を喰らったとは言え、エンドレスの各部隊は皆、奮戦して共和連合軍の攻勢を支え続けている。当初に比べたら、だいぶ状況も持ち直している。オラクルも未だに軽微な損害しか被っていない状況から、まだまだ逆転は充分に可能と思われた。

 

 しかし、一点だけ、カーディナル自身が臍を噛みたくなるような事態が発生していた。

 

「射出口の状況はどうか?」

「ハッ 現在、ダメコン班が急ピッチで作業を進めています!!」

 

 オペレーターからの報告を、カーディナルは僅かに顔を顰める。

 

 オラクル自体の損傷は確かに今のところ小さいが、しかしある意味、深刻と言える損害を被っていた。

 

 故意にか偶然にかは知らないが(恐らくは前者)クロスファイアの放った先制攻撃が、メギドの射出口を直撃して、ミサイルランチャーを軒並み使用不能にしてしまったのだ。

 

 幸い、発射体勢にあったメギドは、間一髪で格納した為に事無きを得たが、もし弾頭に着弾でもしていたら、核エネルギーが誘爆を起こし、その時点でオラクルの命運は終わっていただろう。そうならなかった事だけが不幸中の幸いだった。

 

 いや、相手はあのキラ・ヒビキだ。もしかしたら、こちらがそのような防御に出る事まで計算して攻撃を行った可能性もある。万が一、メギドが一斉に誘爆して味方の共和連合軍が巻き添えを食らう事を恐れた。それ故に、自分の砲撃がメギドを直撃しないように留意したとも考えられる。

 

 そこまで考えて、カーディナルはフッと笑みを漏らした。

 

 どうにも自分は、あの青年の事を深刻に考えすぎている気がする。確かに彼は人類史上最高のコーディネイターであり、SEEDを持つ、人類進化の先駆けであるかもしれない。しかし、そんな彼であっても全てを見通せるわけではないのだから。

 

 いずれにしても尚、エンドレスにとって好ましいとは言えない状況が続いているのは確かだった。

 

 今のところ状況は拮抗しているが、それもいつまでも続く物ではない。必ず状況が動く時が来る。それは戦場においては自然な流れである。

 

 そして、その変化が必ずしも、エンドレスにとって有利に動くとは限らなかった。

 

 現状のオラクルは、使えない大量破壊兵器を腹の中に抱えている状態である。予断が許される余地は一切無い。ダメコン班が修理を急いでいる所ではあるが、それとていつまでに終わるか判った物ではない。

 

 最悪、再攻撃を喰らって、搭載している核ミサイルが一斉に誘爆、オラクルが撃沈される可能性も考慮に入れる必要があった。

 

「・・・・・・・・・・・・自分も行きたいと思っているのかね?」

 

 思考を中断したカーディナルは、振り返る事無く背後へと声を掛ける。

 

 そこには無表情のまま、戦況を映した画面を食い入るように見つめているレニ・ス・アクシアの姿があった。

 

 彼女のカタストロフは、先のバックヤード攻防戦の折に、エルウィング、シロガネ、アカツキ等と交戦して激しく損傷した為、現在は格納庫で修理を受けている。それに伴い、新型の装備も受領している最中である為、出撃可能になるまではもう少し時間がかかる見込みだった。

 

「私は、全てマスターの意志に従うだけです」

 

 淡々とした調子で告げるレニに対し、カーディナルは笑みを漏らす。

 

 かつて、地球連合軍のエクステンデット研究所を閉鎖する際にカーディナル自身が見い出し、そして引き取った少女は、以来、彼の腹心として今日まで共にあり続けている。

 

 レニはカーディナルに対し常に忠実で、そして彼が命じたありとあらゆる命令を完璧にこなしてきた。

 

 故に、カーディナルもまた、この腹心の少女に全幅の信頼を置き続けている。

 

 フッと、笑みを浮かべる。

 

 この娘がいる限り、カーディナルは誰にも負ける気がしなかった。

 

 そう、相手がたとえ、あのキラ・ヒビキであったとしても。

 

 

 

 

 

 両軍の間に交わされる砲撃は、尚も熾烈さを増そうとしている。

 

 盛んに砲撃を撃ち上げるオラクルと、距離を詰めた共和連合軍は、激しい砲撃によって応酬を繰り返していく。

 

 時折、共和連合軍の艦が爆発、撃沈する光景が見られるが、それでも彼等は前進をやめる事無く突き進んで行く。

 

 誰もが分かっているのだ。自分達に退路は無く、敗北は即ち破滅に直結すると言う事を。

 

 艦隊とオラクルの間では、出撃した両軍の機動兵器群が、更に激しい戦闘を繰り広げている。

 

 両軍合わせて2000機近い機動兵器のぶつかり合いは混戦模様を呈し、ただ己に近付く敵機を相手に戦っているようなありさまだ。中には、機位を見失って孤立する機体も珍しくなかった。

 

 そのような中で戦艦大和は、いちはやくオラクルを艦砲の射程距離まで収められる位置へ前進を果たしていた。

 

 持ち前の重装甲で敵の攻撃を弾きつつ、近付こうとする敵艦に砲撃を浴びせて撃沈する大和。

 

 そのまま宇宙空間を泳ぐ巨大なエイへ砲撃を浴びせ撃沈に追い込みたいところではあったが、そうはできない事情があった。

 

 オラクルに最接近した大和を待ち構えていたのは、エンドレスの激しい抵抗であった。1隻だけ突出してきた大和を撃沈しようと、多数のエンドレス機が大和めがけて集中砲火を浴びせて来たのだ。

 

 しかし、大和もまた決して負けてはいない。

 

 ただちに大和は対空砲火を撃ち上げる事によって侵攻を阻もとする。もともと、火力と装甲によってモビルスーツに対抗する事を目指した艦である。こうした戦い方はむしろ、大和にあった物であると言えるだろう。

 

 更に、アスランとラキヤに率いられたフリューゲル・ヴィントも、奮戦している。

 

 彼等は大和の全周をカバーするように展開すると、接近してくるエンドレス機を片っ端から撃墜していく。

 

 今のところ、大和が大きな損害を被る事は無い。オーブ最強部隊の、そして世界最強戦艦の面目躍如、と言ったところだろう。

 

 だが、周囲を取り巻く敵の数は時を追うごとに多くなってきている。いかにアスラン達が奮戦したとしても、長時間にわたって防ぎ続けられる物ではない。

 

 何とかして状況を打開し、艦砲射撃を実行する必要があった。

 

「ラキヤ、下方から敵が接近しようとしている。対処頼む!!」

《判った。第2中隊、僕と一緒に来いッ 艦底側の敵を排除する!!》

 

 指示を受けたラキヤのシロガネが、指揮下のフリューゲル・ヴィント第2中隊を率いて艦底側に回り込んで行く様子を見送りながら、アスランはクレナイを駆って部隊の先頭に立ち、オオデンタ対艦刀を構え直した。

 

 敵は四方八方から来ている。今こうしている間にも、敵は後から後から湧いてくる有様だ。部隊を指揮するアスランはそれら全てに対処して、攻撃位置に到着するまで大和を守り通す責任があった。

 

 そんなアスランのクレナイに向かって、数機のエンドレス機がライフルを放ちながら接近してくる。

 

 放たれる攻撃。

 

 それに対してアスランは、クレナイの高機動を如何無く発揮して回避する。

 

 向かってくる光線全てを、SEEDを宿した瞳は全て正確に見極め、逆にスラスター全開で距離を詰めていく。

 

 対して、クレナイを前にしたエンドレス兵には成す術がない。あまりのレベルの差を前に、彼等の技術ではアスランに追いつけないのだ。

 

 深紅の機体が優美な対艦刀を振るうたび、エンドレスの機体は確実に斬り裂かれ爆散していく。

 

 その圧倒的な戦闘力が織りなす光景を前に、エンドレス兵は逃げる事も抵抗する事も敵わないでいる。

 

 かつてはザフトのトップエースとして腕を振るい、キラ達とは時に味方として、そして時に敵として共にあり続けたアスラン。

 

 その実力は、ザフトからオーブへ所属が変わっても変わる事は無かった。

 

 振り返れば、フリューゲル・ヴィントに所属するコガラスが、エンドレスに所属するグロリアスと交戦している様子が見て取れる。皆、隊長であるアスランの活躍に奮起しているのだ。

 

 その様子を見て、アスランは1機のグロリアスを叩き斬りながら、同時に僅かながら憂慮を顔に浮かべた。

 

 皆、奮戦してくれている。任務上の都合とは言え、突出した関係から敵に包囲されたフリューゲル・ヴィントは、周囲を多数の敵に囲まれて砲撃を受けている状況である。しかしそれでも尚、状況が優位の内に推移している事が、フリューゲル・ヴィントの戦闘力の高さを物語っている。

 

 しかし、このままではじり貧は間違いない。

 

 味方の援護を得られなければ、いずれは総攻撃を受けて袋叩きにされるだろう。

 

 埒を開けられるとしたら、それは自分やラキヤのような指揮官クラスの奮戦以外にはありえないのだが。

 

「それも、こうまで敵が多い状況では、何ともな・・・・・・・・・・・・」

 

 呻くような声を上げながらビームライフルを放ち、近付こうとしていたグロリアスを撃墜するアスラン。

 

 状況は共和連合にとっても決して楽ではない。単独先行したはずのキラやシンからも何の連絡も無い状態である。

 

 戦況全体としての状況が拮抗しているのはせめてもの救いだが、エンドレスにはメギドと言う切り札がある以上、けっして予断は許されない。

 

 現状、共和連合軍とエンドレス。互いに戦況がどう転ぶか予想できない、危ういバランスの上で戦い続けていた。

 

 その時だった。

 

 出し抜けに砲撃を浴びせられ、アスランはとっさにクレナイを後退させる事で回避した。

 

「新手か!?」

 

 舌打ちしながら、アスランはクレナイを振り返らせる。

 

 正直、この時点での敵増援は歓迎すべき事態ではない。無論、どんな状況でも、敵の増援など無いに越したことはないのだが、今はタイミング的に最悪と言っても良い。辛うじて危うい上に成り立っている戦場のパワーバランスが、一気に崩れてしまう可能性が高いからだ。

 

 振り仰げば、クレナイに向かって急速に接近してくる2機の機影がある。

 

 見覚えのある機体、グラヴィティとハウリングだ。

 

 ジークラスとメリッサは、本来であるならファントムペインの幹部である為、切り札として温存されるべきところなのだが、本丸の危機とあっては座視する事も出来ず、障害を排除すべく駆け付けたのである。

 

 並んで飛翔する2人は、奮闘するフリューゲル・ヴィントの中で、ひときわ目立つ赤い機体に目を留めた。

 

「隊長機を優先して叩くぞ。良いな、メリッサ!!」

《了解、まずはあいつね》

 

 冷静にクレナイを見据えながら、メリッサはジークラスに返事を返す。

 

 かつてのジャスティスを髣髴とさせる深紅の機体。恐らく接近戦仕様の機体らしいが、優美な曲線を描いた対艦刀を携えているのが特徴である。

 

「連携攻撃で行くぞ。掩護しろ!!」

《了解!!》

 

 メリッサに指示を出すと、ジークラスはグラヴィティの速度を上げてクレナイに突っ込んで行く。

 

 それと同時にメリッサも、ハウリングが持つ分身残像機能を発動、視覚を攪乱しながらクレナイに対して接近しつつ照準を付ける。

 

 縦横に吹き抜ける砲撃の嵐。

 

 無数の閃光が、クレナイ目がけて吹き付けてくる。

 

 勿論、実際の攻撃は一つだけなのだが、ミラージュコロイドを利用した眩惑機能脳影響で、今のアスランには無数のハウリングが自分に向かって砲門を開いているように見える。

 

「厄介な物を!!」

 

 ハウリングからの攻撃を回避しながら、アスランは苛立ちと共に吐き捨てる。

 

 偽物と判っていても回避せざるを得ない。そこにこそ、ハウリングの恐ろしさが存在する。どれが本物か判らない以上、全てが本物であると思って対処するしかないのだ。

 

 クレナイを急加速させるアスラン。とにかく、味方が不利に陥らないうちに、この状況を打破する必要があった。

 

 接近と同時に大剣を横なぎに振るい、ハウリングを斬り捨てるクレナイ。

 

 しかしハズレ。オオデンタは空しく何も無い空間を斬り裂くだけに留まった。

 

 舌打ちするアスラン。本物がどれかを見極めない限り、いくら攻撃しても無駄だと言う事である。恐らくメリッサは、クレナイからの攻撃を受けにくい場所を選定しているだろうが、それを見抜く事は、今のアスランには非常に困難である。

 

 追撃が来る前に体勢を立て直すべく、アスランは機体を後退させようとする。

 

 だがそこへ、今度はジークラスのグラヴィティが高速で追いすがってきた。

 

「そらそらァッ もう1人いるって事、忘れてねえか!?」

 

 後退するクレナイに対して、正面に対峙するグラヴィティ。

 

 同時にビームライフルとビームキャノン、複列位相砲スキュラを深紅の機体に向けて撃ち放つ。

 

 強烈な砲撃は、しかし一瞬早くアスランが機体を翻したため、クレナイを捉える事はない。

 

 しかし、そのせいでアスランは再び大きく体勢を崩してしまった。

 

 その隙を逃さず、ジークラスは両腕両足にビームクローを展開、クレナイに斬り掛かってくる。

 

「貰ったぜ!!」

「ッ まだだ!!」

 

 振るわれるビームクローの一撃を、シールドで防御するアスラン。

 

 同時に、反撃の手も打つ。左足のビームブレードを展開、不用意に接近したグラヴィティに対して蹴り上げる。

 

 クレナイが放つ鋭い蹴り上げ。

 

 その動きに対して、ジークラスは舌打ちしつつ後退する。

 

「チッ こいつ、やりやがる!!」

 

 完璧だと思ったタイミングの攻撃。それをこうもあっさりと返された事には、ジークラスも舌を巻かざるを得なかった。

 

 対してアスランはオオデンタ対艦刀を構え、後退するグラヴィティを追撃しようとする。

 

 しかし、それは叶わない。

 

 クレナイの進路を塞ぐように、無数の閃光が放たれる。ハウリングがグラヴィティを掩護する為に、砲撃を浴びせてきたのだ。

 

 勿論、アスランもすかさずビームライフルを抜いて応戦するが、やはりと言うべきか、放つ砲撃は全て、ハウリングの虚像を空しく刺し貫く事しかできない。

 

 そして、その一瞬の後には、反撃が返される。

 

 虚実織り交ぜたハウリングから放たれる攻撃。

 

 たまらず、後退するアスラン。やはり、標的は無数にあるのに、どれが本物か判らないと言うのはかなりきつい物がある。いかにアスランでも、一瞬で本物を見極める事は不可能だった。

 

「このままじゃ、まずいか・・・・・・」

 

 放たれる攻撃を回避しながら、アスランは苦しげに呻く。

 

 このままアスランが、この2機に拘束されていてはフリューゲル・ヴィントの指揮にも支障が生じる事になりかねない。何とかして、この2機を早期に排除する必要があった。

 

 迷うアスランに対し、ジークラスとメリッサはそんな暇も与えないとばかりに距離を詰めてくる。

 

 クレナイを包囲するように展開する無数のハウリング。

 

 そのハウリングの群れを縫うようにして接近してくるグラヴィティ。

 

 アスランが迎え撃つように対艦刀を掲げた。次の瞬間、

 

 出し抜けに、クレナイを掩護するように放たれた砲火が、接近しようとするグラヴィティとハウリングの鼻先を掠めて行った。

 

 突然の攻撃に驚いたジークラスとメリッサは、とっさに後退して体制の立て直しを図る。

 

 振り仰ぐ視線の先。

 

 そこには、真っ直ぐに戦場に向かって接近してくる白銀の機体が存在している。

 

 ラキヤのシロガネだ。

 

 先に接近を試みていたエンドレス部隊を撃退したラキヤは、アスランの苦境を見て、掩護するべく駆け付けたのだ

 

「アスラン、大丈夫か!?」

 

 言い放つとラキヤは、搭載している7門の砲を展開、尚もしつこくクレナイに取り付こうとしているグラヴィティとハウリングに砲撃を浴びせて動きを牽制する。

 

 予期していなかった奇襲攻撃に、堪らず後退するジークラスとメリッサ。

 

 その間に体勢を立て直したアスランは、対艦刀を構え直してシロガネと並ぶ。

 

《すまない。助かった》

「お互い様だよ」

 

 そう言って、ラキヤはアスランに笑いかけると、自身もシロガネのビームライフルを構え直す。

 

 その2人の視界の先では、尚も接近してくるグラヴィティとハウリングの姿が見える。

 

 頷きあう2人。

 

 同時に、クレナイとシロガネはそれぞれの敵に向かって突撃していく。

 

 ラキヤとアスラン。

 

 かつては地球軍とザフト軍の立場として、何度も砲火を交わし合った2人が今、肩を並べて新たなる敵に立ち向かおうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成程、大した連携攻撃だな。

 

 オレンジ色のゲルググを操りながら、ハイネは舌を巻くような思いでトライ・トリッカーズの動きを見詰めている。

 

 3機の機体が完璧な連携を見せ、攻めれば自分達の特性を生かした死角の無い攻撃を展開し、守ってはそれぞれを援護し合うような立ち位置でカバーし合っている。

 

 正直、これ程の連携攻撃ができるチームは、地球軍やザフト軍でも限られた一部の者たちのみである。そういう意味では、かなり厄介であった。

 

 3人が戦線に加わった事で、ムウは再び前線に戻って指揮に専念している。そのおかげで共和連合軍は当初の勢いを維持したまま進撃を続行している状態だ。

 

 だが、このままトライ・トリッカーズの跳梁を許せば、共和連合軍の戦線が破たんする事も考えられる。指揮官級であるハイネには、早期にトライ・トリッカーズを排除することが求められていた。

 

「連中の連携を崩す。行くぞ。レイ、ルナマリア!!」

《了解》

《了解です!!》

 

 ハイネの指示に対して、レイとルナマリアは返事を返す。かつては同じミネルバ隊で共に戦った者同士。その呼吸は阿吽の如く心得ていると言って良い。

 

 ハイネの指示を受け、レイとルナマリアはそれぞれの目標目指して飛び出していく。

 

 その機体を、ハイネは頼もしい眼差しで見詰める。

 

 ギャン・エクウェス。

 

 現在、ザフト軍が主力機として正式採用しているゲルググ・ヴェステージとは明らかに一線を画する機体。ジン以来連綿と受け継がれてきている重厚なシルエットとは似ても似つかない、細い四肢を持った機体である。

 

 印象としてはむしろ、ユニウス戦役前半においては、エース、アリス・リアノンの愛機として猛威を振るったインパルスに近い物を感じる。

 

 その性能の高さ故に高コストとなり、量産に失敗した機体。それだけに、性能については一切の不安は無い。加えて、機体を任せられたのはザフトでも最優秀と言って良い2人組である。ハイネとしても、憂慮する要素は何も無かった。

 

 3人の中で、最も早く戦闘を開始したのはレイだった。

 

「行くぞ!!」

 

 鋭く言い放つと同時に、背中からユニットを射出するレイ機。

 

 今回の戦いにおいて、レイはドラグーンウィザードを搭載して出撃してきている。これも、空間把握能力に長けたレイならではの武装選択である。

 

 かつてレイ自身が操縦していたレジェンドと同系統の装備が、勇躍して飛翔していく。

 

 狙ったのはブリジットのインヴィジブル。

 

 レイはドラグーンを飛ばし、インヴィジブルを取り囲むようにして配置、四方から一斉攻撃を仕掛ける。

 

 自機を囲むようにして迫るドラグーンの攻撃。

 

 対してブリジットは、機体を操りつつアグニ改で反撃、できた隙に包囲網を破ろうとする。

 

 そうはさせじと、レイはギャン本体を駆って前へ出ると、ビームカービンライフルを放ち、インヴィジブルを包囲網の中へと押し返そうとする。

 

「舐めるな!!」

 

 対してブリジットも、レイ機の接近を阻もうとビームライフルを撃ち放つ。

 

 砲撃戦に長けたブリジットの砲撃は的確であり、レイは攻撃をシールドで防御しつつ、それでもドラグーンを飛ばして鋭く反撃していく。

 

 そんなインヴィジブルの窮状を見かねたのだろう。シノブのイラストリアスが、シュベルトゲベール改を手に援護に入ろうとする。

 

 大剣を振り翳し、レイ機の背後から迫るイラストリアス。

 

 だがシノブの動きは、鼻先を掠めた二条の太い閃光によって押しとどめられた。

 

「あんたの相手はあたしよ!!」

 

 意気込むようにして言い放つルナマリア。彼女のギャンはブラストシルエットを装備で出撃してきている。

 

 レイのギャンに取り付こうとしているイラストリアスの姿を見付け、牽制の攻撃を放ったのだ。

 

 対してシノブも、すぐさま目標を切り替えて大剣を構え直す。

 

「邪魔をするな!!」

 

 激昂したように進路を変えて、ルナマリア機へと斬り掛かっていくシノブ。

 

 旋回して迫るシュベルトゲベール改の斬撃を、上昇しながら回避するルナマリア。同時に、自身もビームジャベリンを抜いて構える。

 

 剣と槍を構えた対峙する、ギャンとイラストリアス。

 

 遠望すれば、ハイネが駆るオレンジ色のゲルググがルーミアのイントルーダーと交戦しているのが見える。両者とも高機動型の機体である為、立ち位置を目まぐるしく変えながら戦闘を行っている様子である。

 

 両軍のエース達は、互いに一歩も退かないまま激しい応酬を繰り広げている。

 

 戦場は、尚も混沌としたまま、どちらが有利とも言えない状況で推移していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変幻自在としか形容のしようがないエクスプロージョンの攻撃。

 

 二桁に上る閃光の乱刃が、複雑な軌跡を描いて迫ってくる。

 

 その動きは、SEEDを発動したキラの目から見ても、どのような動きをしているのか見極めきれない程だ。

 

 とっさに蒼炎翼を羽ばたかせて後退するクロスファイア。

 

 振るわれたエクスプロージョンの斬撃は、一瞬早くその場から飛び退いたクロスファイアを捉えるには至らず、僅かに届かずに虚空を斬り裂くにとどまる。

 

 しかし、攻撃はそこでは止まらない。

 

 すかさず、追撃を掛けるべくダークナイトは動いた。

 

 笑みを浮かべる。

 

 今のダークナイトにとって、キラの動きは、面白いように読み取る事ができる。

 

 先のバックヤード攻防戦においてクロスファイアと交戦したダークナイトは、その際の戦闘でエクスプロージョンの力不足を感じていた。

 

 まだ足りない。

 

 キラ・ヒビキを倒すには、もっと強大な力が必要だ。

 

 そう考えたダークナイトは、エクスプロージョンを徹底的に強化する事にした。

 

 とは言え、既に完成品に近いエクスプロージョンをこれ以上ハード的に強化するのは不可能に近く、そんな事をするくらいなら新しい機体を1から作り直した方が早い。

 

 そこでダークナイトは技術班に命じ、ヴィクティムシステムの反応速度を限界ぎりぎりまで引き上げたのだ。これによりエクスプロージョンは、クロスファイアをも凌駕し得る機動力と接近戦能力を得るに至っている。

 

 勿論、元々、パイロットに負担を強いるシステムである。レベルを上げれば、掛かる衝撃も半端な物ではなくなる。

 

 しかしダークナイトは、システム負荷による肉体ダメージを全て受け止め、その上で見事に機体を操っている。

 

 キラ・ヒビキを倒す。それだけできれば、彼は満足だった。

 

 その為であるなら、感じる痛みも苦しみも恍惚へと変わる。

 

 エクスプロージョンの左手を動かしてビームダーツを抜き放つと、後退中のクロスファイアめがけて投げつける。

 

 真っ直ぐにクロスファイアへと向かい、飛翔する3本のナイフ。

 

 その刃が、標的に届くかと思った瞬間、

 

 キラは命中よりも一瞬早く右手のパルマ・エスパーダ掌底ビームソードを起動、横なぎに一閃して3本のナイフを一息に斬り飛ばしてしまった。

 

 舌打ちするダークナイト。しかしすぐに、全身からビームソードを発振させて斬り掛かっていく。

 

 対抗するように、クロスファイアもビームサーベルを抜いて迎え撃つ。

 

「あくまでも、僕達と戦う道を選ぶのか、アーヴィング大尉!!」

《当然だ!!》

 

 クロスファイアのビームサーベルと、エクスプロージョンのビームソードが交錯する中、キラが掛けた問いかけに対して、ダークナイトは即座に返事を返す。

 

 どうやら最早、自分がクライアス・アーヴィングだと言う事実に関して、否定する気は無いらしい。当初、キラが感じていた既視感は間違いではなかった事になる。

 

 まあ、当たったところで嬉しくも何とも無いが。

 

 心の中でそう呟きながら、キラは2丁のビームライフルを構えて接近しながら砲撃を仕掛ける。

 

 それに対して、ダークナイトはその攻撃をシールドで弾きながら接近、多数のビームソードを駆使してクロスファイアに斬り掛かる。

 

「何故だ!?」

 

 エクスプロージョンの斬撃を、巧みな機動を発揮して回避するキラ。そのまま腰のレールガンを展開、連続して砲撃を浴びせる。

 

「互いに信頼しあえたんじゃなかったのか、僕達はあの旅の中で!!」

 

 飛んでくる砲弾を回避するダークナイト。そのまま牽制するようにビーム銃剣を抜き放ってクロスファイアに射撃を仕掛ける。

 

《それがどうしたと言うのだ!?》

 

 放たれるビーム。

 

 エクスプロージョンからの攻撃をキラはシールドで防ぎながら機体を後退させ、同時に4基のフィフスドラグーン機動兵装ウィングを射出する。

 

 ドラグーンから縦横に撃ち放たれる20門の砲撃を、ダークナイトは機体を傾けながら回避。再び全武装を展開してクロスファイアに斬り掛かっていく。

 

《あの時、あの場にいなかった貴様を、いったいどう信頼しろと言うのだ!?》

「ッ!?」

 

 その言葉を聞いて、キラは一瞬言葉を詰まらせる。

 

 正直、それを言われると反論の余地が無いのは確かである。スカンジナビアが滅亡する際に、キラがほとんど何もしてやる事ができなかったのは事実なのだから。

 

 あの事態を招いた責任の一端がキラにはある、などと言われれば、それを否定する事も出来ないだろう。

 

 しかし、

 

「だからって!!」

 

 ビームライフルとレールガンの計4門を使ってエクスプロージョンの動きを牽制しながら、キラはダークナイトに向かって叫ぶ。

 

「だからって、なぜあなたが、このような事をする!? 僕に恨みがあるなら、僕に直接ぶつければいい!! こんな、世界を滅ぼすような行為に加担する事に、いったい何の意味があるっていうんだ!?」

 

 キラが分からないところはそこだった。

 

 確かにダークナイト、クライアスはスカンジナビア王国が滅亡するのを阻止できなかった。そして、そのせいで、あの場にいなかったキラの事を恨んでいる事も(少々納得はいかないが)判らないでもない。

 

 だが、それで世界を滅ぼそうとするカーディナルに加担する事の意味が、キラには理解できなかった。どう考えても、論理の飛躍であるように思えてならない。

 

《貴様には分からんさ!!》

 

 クロスファイアに追撃を仕掛けながら、ダークナイトが叫びを発する。

 

《自らの祖国を守れず、主君まで死なせ、そして自分1人がおめおめと生き延びてしまった騎士の惨めさなど、貴様のような傭兵に判るものか!!》

 

 接近してくるエクスプロージョンに対して、キラは4基のフィフスドラグーンを放って牽制しつつ次の一手を考える。

 

 このFモードは、どちらかと言えば砲撃戦仕様の状態だが、接近戦ができない訳じゃない。ただ、やはりガチガチの接近戦仕様であるエクスプロージョン相手に斬り合いを演じるのは、聊か無謀と言う物だろう。

 

 Dモードの方に切り替えるのも一つの手だが、さて。

 

 そんな事をしている内にも、12本の刃を振り翳してエクスプロージョンは斬り込んでくる。

 

《スカンジナビアが滅び、ユーリア様まで亡くなった今、俺にとってこの世界など毛程の価値も無いッ だから、滅ぼすのだッ それが、あの戦いで死んでいった者達への、せめてもの手向けとなる!!》

 

 ダークナイトの叫びを聞きながら、成程とキラは心の中で呟きを漏らす。

 

 今の叫びを聞いて、ほんの一端のみだが彼の心の中が覗けたような気がした。

 

 ようするに、今の彼の中には何もないのだ。

 

 スカンジナビアを失い、ユーリアを失い、全ての戦う理由を奪われたクライアス。

 

 その絶望の果てに得た物が「自分が全てを奪われて尚、普通に存在し続ける世界への復讐」なのではないだろうか?

 

 しかし、それは正真正銘の破滅願望と言うべきだろう。あるいは、そのように洗脳されたのかもしれない。そこまではキラにも判別できなかった。

 

 国を守れず、民を守れず、敬愛した主君をも守れず、ついには戦う意味さえ失ったクライアス。

 

 だからこそ、全てを失い、行き場所を見失った自分の感情をぶつける場所として、世界を滅ぼす行為に加担している、と言う事だろう。

 

「そんな事をしたって、何の意味も無いって事が分からないのか!?」

 

 キラは尚も叫びながら、ドラグーンを機体周囲に引き寄せて展開、クロスファイア自身の火力と合わせて24連装フルバーストを放つ。

 

 奔流の如き閃光は、エクシード・システムの後押しを受けて凄まじい砲撃速度を維持しつつエクスプロージョンに襲い掛かっていく。

 

 それらを巧みによけるダークナイト。

 

 しかし嵐のような砲撃を、流石に全てを回避しきる事はできないらしく、シールドで防御しつつ、徐々にエクスプロージョンを後退させていく。

 

「スカンジナビアはまだ終わったわけじゃない!!」

 

 追撃を掛けながら、キラが叫ぶ。

 

「まだ、フィリップ王子がいる!! 彼を助けて、国を再興しようとは思わないのか!?」

《寝言を抜かすな!!》

 

 怒りの声を上げ、ダークナイトはクロスファイアめがけて斬り掛かっていく。

 

《あの馬鹿王子が何をやらかしたか、貴様が知らないはずがあるまい!! あのクズがした事は万死に値する!! いや、そんな生易しい言葉では飾れまいッ 100万回殺しても飽き足らないさ!! 叶うなら俺自身の手で八つ裂きにしてやりたいくらいだ!!》

 

 ダークナイトの叫びを、キラは回避行動を取りながら聞き入る。

 

 言いたい事は判った。

 

 ダークナイト、否、クライアスの奥底に、あるドロリとした重苦しい感情も理解できた。

 

 全てを失って自暴自棄に走ろうとする感情も、理解できない事は無い。

 

「けど!!」

 

 キラは動く。

 

 向かってくるエクスプロージョンに対してマルチロックオンを起動、全武装を展開して迎え撃つ体勢を整える。

 

「あなたが言いたい事は判らないでもない。けど、それで世界を滅ぼそうっていうのは、絶対に間違っている!!」

《知った風な事を、言うな!!》

 

 斬り掛かってくるエクスプロージョン。

 

 その攻撃を、キラはシールドで防いで、更にクロスファイアのスラスターを全開、急激に加速させる事で押し返す。

 

「まだ、やり直そうとしてる人がいる!! これから幸せを掴もうとしている人がいる!! 今を必死に生きようと足掻いている人がいる!! そうした人たちの希望を奪う権利が、あなたに・・・・・・あなた達にあるものか!!」

《何を!?》

 

 体勢を立て直そうとするダークナイト。

 

 そこへ、

 

 キラは背中からブリューナク対艦刀を1本抜き放ち、ビーム刃を発振させないままエクスプロージョンに叩き付けた。

 

 エクスプロージョンを襲う強烈な衝撃。

 

 思わず、コックピット内にいたダークナイトが、前後不覚に陥る程だった。

 

 更に、それだけではない。ブリューナクの一撃は、エクスプロージョンの頭部に叩き付けられた為、顔面が完全にひしゃげてしまっている。

 

 エクスプロージョンは、勿論VPS装甲を装備し、物理衝撃を無力化する事ができる。しかし、モビルスーツの頭部は元々、センサー系が集中している為、ダメージに対して脆い構造をしている。

 

 そこに来て、モビルスーツの膂力を余すところなく叩き付けたのだ。耐えられる道理は無かった。

 

 頭部が潰れた状態で、どうにか逃れようと機体を後退させるダークナイト。

 

 だが、その前にキラはクロスファイアの全武装を展開し、砲撃準備を完了していた。

 

「あなたが欲しかった物は、核に焼かれて破滅する世界か!? それともスカンジナビアの人々の平和か!?」

 

 声よ届とばかりに叫ぶキラ。

 

「いい加減にして目を覚ませ!! クライアス・アーヴィング!!」

 

 24連装フルバーストが解き放たれる。

 

 それに対抗する手段は、

 

 ダークナイトには無かった。

 

 砲撃を浴び、次々と四肢が吹き飛ばされるエクスプロージョン

 

 ダメージはフィードバックし、コックピットにまで影響を及ぼす。

 

 吹き荒れるスパークと、激しく立ち上る煙。

 

 その中で、ダークナイトのフルフェイスヘルメットが砕け散って宙に舞った。

 

 大破したエクスプロージョンは、コントロールを失って流されていく。

 

 その様子を、キラとリィスはクロスファイアのコックピットの中で、いつまでも見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

PHASE-16「狂気の奔出」      終わり

 


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